「がおーーー。我も年越し特別便に乗りたいのだー」 図書館の一室。 一枚の紙片を手に世界司書(見習い)のガン・ミーが唸る。 行くアテはある。 ロバートからの招待でイースター島へのバカンスに招待されているのだ。 しかし。 遊びに行くとなると、年末年始の「宿題」は絶望的である。 手にした紙片には「研修問題用紙」と書かれており、要するにまだ見習い司書のガン・ミーは勉強が終わっていないので特別便に乗らず、自分から図書館居残りを選択したというわけである。 年に一度、ロストメモリー達が異世界への旅を楽しめる時。 ガン・ミーも特に制約されたわけではない。年越し特別便までに解いてみせるのだー! と高らかに宣言した以上、やっぱりできなかったと言って照れ笑いイースターへ行く、というのはカッコ悪い。 みかんどらごんの沽券に関わってしまう。 と、いうことでクリスマスも年末も必死に問題を解き続けた。 ガン・ミーの学力についてあえて触れはしないが、現在、最大の敵は言語である。 パスやノートの助けがあれば言葉や意思は通じるのだが、世界図書館の公用語はファミリーの使う言語。即ち、英語だ。 アルファベットの記憶、簡単な単語だけでも難しい。 さらに基礎的な単語の勉強も必要である。 それに加えて壱番世界の常識やパズル、発想の転換のためのダジャレ問題。 例えばアリオに言わせれば「勉強なんて暗記だと思っていた」と言わしめる。 要するに無数の経験を言語に置き換えたものを記憶するのが知識の習得であり、 この研修は無数の経験を己で乗り越えることにより知恵を取得することが目的なのだ。 知識は使ってこそ知恵になる。 と、いうことで、ひたすら目の前の問題と向き合って、数々の難題をこなしていたガン・ミーだった。 しかしそんな彼に転機が訪れる。 司書室で言われた「この真ん中へんのパズルなんか、みんなでやったら楽しいと思うな!」という言葉。 自分で解かねばならないのは確かなのだが。 なのだが。 なのだが。 このままだと自力で解ける頃には春、いや夏になるかも知れない。 そして、それだけの期間自分で苦労するのは特に苦ではない、とガン・ミーは思っている。 でも。でも。でも。『みんなでやったら楽しい』のならば、みんなと遊んでみるのも一興ではないか。 ガン・ミーが研修問題用紙から顔をあげると、斜め向かいの机に座っていたエミリエと視線が交わった。 にへら、と笑顔を向けられたのをきっかけに「そういう依頼をしてもいいのか?」と問いかけてみる。「そんなことをしてもいいのかー?」「え、いいんじゃない?」「……そういうものなのだ?」「わっかんなーい。エミリエの研修の時はそんな問題なかったもーん。あ、でも、その問題作った時は解かされたよー。なんかね「読んでる人によって別の文字が見える」所と英語で書かれているところがあるみたいだよ。エミリエにはこの左のマスの一つ一つにぐちゃぐちゃした文字が見えるんだけど、アリオは「なんで0世界にひらがなが!?」って驚いてたんだよ。ブランも「懐かしい文字だな」とか言ってたの。あ、でもさでもさ、リベルだっけ、それ作ったの。性格悪いよねー? クロスワードの原則ルールなんか普通知らないのにねー? 問題のルールに乗っ取ってないのがヒントとかありえないよねー? そだ、Dは3だよ。そこが一番時間かかるんだよね。……あ、それは置いといて」 つまり。 テストはすでに終わっているわけで研修は問題の解き方をマスターするものである。 誰かの力を超えて乗り越えるというのは世界司書になくてはならないスキルなのではないか! 強引に拡大解釈したガン・ミーは早速、閲覧室を出て廊下を移動し、図書館の前で叫んだ。「助けて欲しいのだー!!!」 ・・・。 ・・・。 返事はなかった。 ほとんどの人が年越し特別便に乗る旅支度をしているからだ。 やばい。このままではイースター島へ行くみんなのお見送りをしなければならない! と、いうことで。 ガン・ミーは心当たりの有るロストナンバーに片っ端からエアメールを打ち始めるのであった。=============●特別ルールこの世界に対して「帰属の兆候」があらわれていようとなかろうと、このパーティシナリオをもって帰属することは不可能です。希望する場合はプレイングに【帰属する】と記入しても無駄です(【 】も不必要です)。帰属するとどうなるかなどは、企画シナリオのプラン「帰属への道」を参考にして下さい。なお、このシナリオにおいてはどんな状況になろうと帰属できる場合はありません。!注意!パーティシナリオでは、プレイング内容によっては描写がごくわずかになるか、ノベルに登場できない場合があります。ご参加の方はあらかじめご了承のうえ、趣旨に沿ったプレイングをお願いします。=============
● リベルの眉間に皺が寄っていた。 ガン・ミーの進捗を見に来てみればガン・ミーが頑張っているはずの一室にロストナンバー達が約20人。 ああでもない、こうでもないと問題用紙を手にメモ用紙にそれぞれの解法を書き込んでいた。 「……なるほど、ロストナンバーに依頼を出したと」 「た、助けてもらったのだー」 「なるほど……、わかりました。私が回答を述べるのも無粋でしょうから皆さんの回答が出揃うのを待ちましょう。誰か一人でも正解すればガン・ミー司書の研修に合格点をつけます」 そう言ってリベルは部屋に集う一同を見回した。 「それとガン・ミー司書。この件は報告書にまとめる必要があります。せっかくですから問題を見てからこの続きを読むように、と特記しておいてください」 【注意(byガン・ミー)】そういうわけだからこれを読む人は問題を解いてみてから読み進めて欲しいのだー! ●謎の文字表 問題用紙の左端。 最初の一問目が堂々、鎮座ましましている。 升目が7×7の49文字あり、その中にランダムな文字が詰まっている。 普通に読んでも意味は通らない。 「そうすると0を塗りつぶせというヒントが重要だと思うが、どうやら画数ではないようだ」 シュマイトが小さく溜息をついた。 横を見るとシーアールシーゼロが問題の横に【T】の文字を記入している。 彼女はすでに二問目に取り掛かっていた。 「すごいな。どうやって解いた?」 「目と耳を塞ぎ心の眼を研ぎ澄まし見るのですー。するとTという文字が浮かんできたのです」 「あの、もしかして」と岩髭。「文字の中に丸がない場所を塗りつぶしていけばいいのでしょうか。すると……あ」 「6には○が1あり、1と2にはない。つまり、お、す、み、みたいな○のないカナを塗りつぶすってことだな」 いつのまにかメルヒオールが黒板に文字列を写し取っていた。 さらにチョークでカナにマルのない文字に×をつけていく。 すると、横棒がひとつ、その中央あたりから下に伸びる棒がひとつ。 「このアルファベットって言う文字の『T』と同じ形になるな。さて次の問題だが」 「ちょっと待った、次の問題は俺に任せてもらおうか!」 名乗り出たのは桐島怜生である。 「壱番世界の大学生の学力を見せつけちゃる!」 そう言って怜生は不敵な笑みを浮かべた。 ●幕間(夢) 「う~んう~ん……」 一は唸り声をあげていた。 迫り来る巨大なセクタン、ヤケに目が大きく頬がでっぱっているセクタン、一昔前のアニメ風な絵柄のセクタン。 そんな巨大セクタンに一の小さな体は今にもぷちっと潰されそうになっていた。 「今こそ、この伝説の武器を使うときですね!」 どこからか剣を取り出し、自由になる左手で巨大セクタンに向け、大きく呪文を唱える。 しかし、なにもおこらなかった。 ぷち、っと音がして一の体はちょっとお見せできない感じに潰されてしまった……所で目を覚ます。 「ゆ、夢オチですか!?」 「おお勇者よ。死んでしまうとは情けない。そなたにもう一度、もんぶ寿司をあげるよ。うにょー」 「……?」 一の目の前に、もんぶ型の寿司が大量に並べられている。 よく見ればかなり精緻な作りこみがなされており、熟練の職人の技を思わせるがストーリーの進展には特に影響はなかった。 皿代わりにスヤスヤと眠っている怜生の体が使われているが、こちらも特に話の進展には影響がないので割愛される。 「あ、あれ、巨大セクタンは……じゃなくて、問題はどうなったんですか?」 「問題? もんぶみたいなぬいぐるみにできるわけないじゃん。だからね、せめてみんなの力になろうと思って差し入れをもってきたよー」 もんぶがそう言うと、さらにもんぶ寿司が怜生の上に積み重ねられた。 ●カラー・ブロック さて、と言ってメルヒオールは黒板に問題を書き写す。 チョークの色が足りないらしく、すべて白チョーク。 問題を写す前にゼロが回答欄に「H」と書き込んでいる。 「まずアイスを食べるのです。次に、ノートにアルファベットを書き並べアイスの棒を立て、倒れた方向の文字が正解なのです。なので、ここはHなのですー」 「……。岩髭、君はどうだ?」 「僕ですか? ええ、謎はすべて解けてません! けど、少しだけなら……いやでもやっぱり分からないかも」 シュマイトと岩髭が手元を見つめている間にメルヒオールは黒板に問題を写し終えた。 様々な形状をした大小のブロックが並んでいるようにしか見えない。 「桃色橙色黄色緑青紫。それしか分からん」 ルンがきっぱりと断言した。 メルヒオールがチョークを置く、途端、黒板を見てあちこちで「あっ」と言う声があがった。 数人が理解したようだ。メルヒオールは満足気に頷いた。色を除いてブロックだけで見ればよくわかる。 さらに、手元の紙ではなく黒板に書く事で、離れた位置からの視点で見せることができた。 岩髭が手元の紙、ブロックの上下に直線をひいた。 「文字が白抜きで隠されていて上下を線で補間してあげると、HI?KLという文字がでてきますね!」 「ああ、そういうことか。ゲシュタルト性質だな」 「しかし、あとは?の中身は……実はさっぱりです。あの三カ月くらい時間をいたけないでしょうか……特別便おわっちゃいますよね、はい」 「HI?KL、この並び、間違いなくハイキック、インパラキック、?、キック、ローキックの順に違いないのです」 「つまり入るのはジャンプキックのJだな」 虎部が自信満々に「J」と書き込む。 「そうなんですね! さすがです」 岩髭は虎部に賞賛の拍手を送った。 「私はアルファベットの並び順だと思うが……」 ひょっとして自分が間違っているのだろうかとシュマイトは己の解答用紙を見つめなおした。 ●幕間(意地悪?) 十数人が手元を見つめ頭を抱えている。あと、ユーウォンが踊っている。 そんな空間の中ではルンは問題用紙を前後左右裏表、くまなくひっくり返して見つめて眺め、嗅ぎ、舐めていた。 気付けばくしゃりと丸め、口に運んで食べてしまう。 パンパンと手を払ってからルンはにっこりと笑顔を作った。 「問題なくなった。解決! さあ旅行だ旅行!」 元気よく手をあげたルン。 ユーウォンがルンの意見に賛同する。 「もうそれでいい気がしてきたよ。いやさぁ。じっと見てぱっと分かるような奴なら手伝うのもやぶさかじゃないけどね。じっくりあれこれ考えて計算したり塗ったり消したり書いたりって、時間がかかって面倒だよね!」 「ルン、問題食べた。問題なくなった。ガン・ミー、司書なれる。いい?」 ルンの言葉に司書候補ガン・ミーは希望に満ちた目でリベルを見つめるが、彼女の冷たい瞳から返答の内容が希望に沿ったものではないことは一瞬で見て取れる。 「……字。なくてもルン、困らない。話す聞く、それで充分。それより旅行行く。ルン、そこに行く。一番の勉強! 何で字、いる? リベル、意地悪?」 返答したのはリベルではなく、メルヒオール。 そうだな、と言ってルンの頭に手を乗せる。 「忘れちゃいけないことが一杯ある。伝えたくても伝えられないこともある。きっと色んな世界で色んなやつらが色んな方法で自分がいなくても言いたい事を伝わるようにしてきたんだ。『おやつは戸棚の中』とかな。それが伝わらなくちゃ、おやつは戸棚の中で腐る。そりゃもったいないだろ?」 ルンは小さく頷く。 「うーん、よくわからんがわかった」 その説明だけでは完全に疑問符はなくならないのだろう、ルンは小さく首をかしげた。 ●七つの枠 枠が七つ。ひとつの枠につき6~9個のマス目になっており、左端は赤、右端は青で塗られている。 一斉に回答者が「M」と記載した。 「どうしてMなのです?」 Aと書いたゼロがクビをかしげる。 シュマイトはカレンダーを指差した。 「並んだ四角の列が赤と青に挟まれた7列なので曜日の英語表記だと判断した。そして緑の丸はmondayの1文字目なのでM、というわけだ。ところでどうして君はAと書いている?」 「どれにしようかなチャイ=ブレさまのいうとおりー、ってやったらAになったのですー」 「……そうか」 ●幕間(悩むのよ!) 「なーぁーんーでー、あたしにも送ったのよ。このみかんの見習い司書は! クリスマスにはお茶噴いたけれど。ついでに落とし穴にも落とされたけど!! あたし、あるふぁべっとわかんないんだから。だから、右端なんて全くね。っていうか、ここまでの流れを見てる限り、あたし、全然わかんないじゃん。 ここまでの答え、三つとも「あるふぁべっと」じゃないのよー!! いーだ!! 五行長の試験には、こんなのなかったわよ」 丸まったみかんをぐりぐりと拳骨でこねくり回しながら、黄燐はわめき続ける。 ぶちゅ。 みずみずしい音と共に黄燐の手に水気が飛んだ。 「え……?」 机の上のみかんは皮の一部がやぶけ、オレンジ色の果肉と果汁が机に広がる。 「っきゃぁぁ!! こ、殺しちゃった!? あたし司書殺害犯!? ってか、こんなにモロいなんて知らなかったのよ!?」 「あ、それ、用意したみかん。あぶり出し用な」 パニックに陥る黄燐の背中で、ルイスはガン・ミー司書をこねこねと丸めて遊んでいた。 机の上でつぶれたみかんはルイスが用意したものらしい。 彼はどこからか筆を取り出し、机の上を果汁を筆先につけると素早く問題用紙になでつける。 紙の上にはうっすらとオレンジ色の液体が付着したが、さっぱりわからない。 するとルイスは近くにあった照明で問題用紙を炙り始めた。 じわじわと浮かび上がるのは立派なドラゴンの絵である。 「ほーら、あぶり出し!」 得意そうに笑いながらルイスはガン・ミーをつかみ、先ほどつぶれたみかんの皮から汁を飛ばして遊ぶ。 「しみるのだー。やめるのだー!」 「司書をここまで好きに弄れるのってそうそうないよな~。そう思わ……」 こんっ☆ と乾いた音がして。 黄燐のポックリがルイスの後頭部にクリティカル・ヒットした。 「ったく心配させんじゃないわよ!? さ、続きよ続き。……と言ってもさっぱりわからないのよね。でも頭使うのは嫌いじゃないわ。ふふ悩むのよ、あたし悩むのよ!!」 黄燐はぶつぶつ呟きながら問題用紙のやぶ睨みを開始した。 ●ディラックは電車に乗る(猫は座る) ガラっとドアが開いた。 「助けを求める龍の声が聞こえたんだぞー!」 はたして、みかんどらごんの悲鳴は菊子に届いた。届いていた。 しかし、ルイスの手から抜け出した今、ガン・ミーが欲しい助けは主に問題を解く方向である。 「と、いうわけで、助けて欲しいのだー」 「え? パズルー? うー……まぁやるけどなー。え、この右のを解けばいいんだなー!? ……うっ」 DIRAC+RIDES=TRAIN CAT+TO=SIT ひとつのアルファベットにひとつの数字が対応するらしい。 「文字に重複しないよう0~9の数字を当てはめ全ての組み合わせについて暗算し、式が成り立つものを探すのです。並列処理で一度で終えるか演算速度を増大させ一つづつかはお好み次第なのです。ゼロはまどろむお仕事があるので誰かに任せるのですー」 まくらを机におき、シーアールシーゼロがまどろみだす。 よくわからないがー、と前置きして菊子が計算用の白紙にペンを走らせた。 「ふむふむ、つまり全通り当てはめればいいんだなー! 任せろー!!」 菊子の手元の計算用紙に猛烈な速度で数字とアルファベットが書き付けられていく。 数秒おきに床に投げられる計算用紙に目を通すと、再びメルヒオールが黒板へと数字を書き出した。 「エミリエのヒントではD=3。後は順に筆算のルールに従って推測ができる。まずは……」 「解いたぞー!!!! これでいいかー!!!!」 メルヒオールの解説を遮り、菊子が勝利の雄叫びをあげた。 丁寧な解説の間、菊子の足元には何十枚もの計算用紙が落ちている。すべて仮定と検算の結果だ。 「と、いうわけだから、●の「8」になるのはCだぞー!!!」 凄まじい力業に呆然とする一同の前で、菊子は高らかに勝利を宣言した。 「解いたからみかんどらごんと一夜を共にさせ……」 そしてすぐさま18歳未満禁止に抵触しそうな台詞を吐こうとしたので司書達に連れ出された。 ●最終問題へと進め シュマイトが問題用紙をしげしげと眺める。 「さて、これで四つの問題がすべて解けたわけだが……」 「左から順にTJMC……う~ん?」 虎部がTJMCの四文字を前に首を傾げた。 「私はTが解けなかった、そこで四文字を並べてみたが、JM?Cとなる。これだとさすがに意味が通らない、これが最終問題か。……JMOCで「樹木」、あるいはJMPCで「純白」つまりスペース4字も考えたがさすがにアグレッシブすぎる。Tを当てはめると……」 「あ、そうか。問題を解いた後、マルの中身を色の順に並び替えなきゃダメなんだな。と、すると【JMTC】……なんだこりゃ。ジャムテック?」 考え込む一同。 やがて、虎部が呟いた。 「もしかして色も関係あるのか? PINK、GREEN、RED、BLUEに変える……そうか!」 「何か分かったのか?」 「色の頭文字と答えの文字の順番の差の数なんだよ! JとPの間は6! 続けると「6621(むむふいち)」つまり全ての真実はあの解読不能の奇書「ムムフィッチ手稿」にある! という意味だ!」 「……むむふいち?」 「世界図書館からムムフィッチ手稿を探し出すんだ! 一やんGO!」 「へっ? は、はい! わかりましたよっ! ムムフィッチ手稿ですね! なるほど全然わかりませんでしたけどそれが答えなんですね!!」 虎部に唐突に名指しされ、一が背筋を伸ばして飛び起きた。 反射的に返事を返してしまったためかなりの大声になり、一を挟んで左右にいる鰍と梓が一を見つめる。 「……ムムフィッチ手稿って何だ?」 手元のクロスワードを説きながら、梓が呟く。 「えっ、知らないんですか!?」 「いや、全然」 梓の代わりに鰍が首を振る。 誰か知らないかとあたりを見回すが、一の戸惑いの視線に答えてくれそうな人は誰一人いなかった。 「あの、ムムフィッチって何ですか?」 「おーっとぉ! 列車が出る! ま、あとは頑張れ!」 「あ、逃げた!」 椅子の上にあった荷物をひっつかみ、すっと体を屈めると、膝のバネを最大限に利用して図書館から全力で姿を消す。 ●幕間(もうこうなったら) 「んもー、めんどくさ! もういい! リベルを殴って白状させましょ! それが一番よ!」 イテュセイが床に寝転び、手足をじたばたさせてわめきだした。 「ってゆーかね!!」 イテュセイの周りを解答用紙が浮遊してぐるぐると回りだす。 「あたしはぜんぶわかってるの! でも、それを教えると歴史が変わっちゃうから! あれよ、タイムパラドックスってやつよ。ちなみにヒントは「君たちはチャイ=ブレの食事に過ぎない」よ! 食肉流通の明日をみつめて……。そういうわけで、はーい、あたし、答えを発表しちゃいます! 答えは【日本食肉流通センター】よ!」 えへんぷい、とイテュセイは無い胸を張る。 ユーウォンがぱちぱちと拍手をはじめた。 「すごいね! どうやってわかったの?」 「だってあたしは歴史を知ってるもの!」 「でも、答えは四文字らしいよ?」 小首をかしげるユーウォン。 途端に笑っていたイテュセイの表情が固まる。 「四文字? ……え? 今ので歴史が変わった? 問題が違う? やっちゃったあ! てへぺろー!」 ●ちからを合わせ、闇の向こうに jmtc、jmtc、とぶつぶつ呟く。 四文字がjmtcだとすると、少なくとも一の持っている辞書にそんな単語は載っていない。 どうしたものかと伸びをすると、司馬ユキノがソアと一緒にクロスワードを解いていた。 「あれ、ユキノさん。そのクロスワード。どこにあったんですか? いつのまにかフォッカーさんもクロスワードやってる! ってか鰍さんも、梓さんも! ひどいですよ、私さっぱりなのに!」 最速でクロスワードを仕上げたのはフォッカーだった。 他の皆がクロスワードを解いているため、フォッカーは一に問題用紙を差し出す。 「問題文に『キーワードを○○○○に変え、最終問題へ進め』とあるのにゃ。そこで問題用紙の上の方にkeywordって書いてあったから、jmtcに書き換えたらこのクロスワードが出てきたのにゃ。で……」 フォッカーの言葉を引き継ぐように、ユキノが溜息をついた。 「うん、クロスワードは埋めたけど……。このままだとさっぱりね。ソアちゃん、わかる?」 「い、いえ、私はただのユキノさんのお手伝いですし……、最初の問題もユキノさんがどうやって解いていたのか、説明を聞いても分かりませんし……」 ユキノはクロスワードのパズルを傾けたり、光にすかしたりと、あらゆる角度から見ようと試行錯誤する。 ふと思いついて、ユキノはソアの肩に手を置いた。 「もしかして……ソアちゃん、このクロスワード、ノートにそのまま写してくれる?」 「は、はい」 「うー、まったく自信がないのにゃ」 フォッカーが苦笑いしながらリベルの元へ歩み寄ると、顔をあげたリベルの前に解答用紙を差し出した。 彼の提出した四文字は【討ち入り】である。 「ヒントは『ちからをあわせて』だから横書きに合わせて「ち」が左上に来るようにしてみましたにゃ。「ちからをあわせて闇の向こうを見つめれば到達できる」なんて赤線を引いてるからこれはヒント以外の何者でもないのにゃ。で、そのまま問題用紙に『闇』という字を書きましたにゃ。……で、闇にかからない部分を見ると「討ち入り」になりましたにゃ」 フォッカーは自信なさげにぽりぽりと頭をかいた。 「あの、次は私です」 ソアが席を立つ。 その隣の席ではユキノが笑顔を浮かべ、ソアに小さく手を振っていた。 「ユキノさん。やっぱり全然自信ないんですけど……」 「大丈夫ですよ。自信もって説明してください」 「は、はい……! がんばります!」 そういうとソアはクロスワードの問題が書かれた用紙二枚を向かい合わせに重ねる。 「このクロスワード、チとカの文字があります。一枚目の「チ」と二枚目の「カ」を合わせてすかしてみると、黒枠に囲まれた『ユーモア』という文字が現れます、きっとこれが正解の四文字なんじゃないかって、あの、そ、その……」 「チとカをあわせるの、「チカ等(ら)」をあわせる……ってね。エミリエちゃんが言ってたように、クロスワードは黒マスを上下、あるいは左右に二つ以上並べて置く問題は好ましくないとされています。逆にそれがヒント、なんて言ってたからこういうコトじゃないかと思うの」 「ううう、はっきり言って自信がないです……」 そうね、と言ってユキノはソアの頭をぽんぽんと撫でた。 ●すべての○を二つ進めよ 「赤線が引いてあるとは。……なんだ、リベルも意外と親切なんだな」 問題用紙を視線の高さに持ち上げ、鰍は口元を緩める。 「リベルさん……。もしかして仕事だけじゃなく恋愛もしたいとか悩んでるのかな」 「聞いてみたらどうだ?」 鰍と梓が机上の問題用紙を裏返し、伏せた。 「あー、また二人の世界に入ってる! そんなことしてるとお二人の薄い本出しちゃいますよ!」 「反応に困ること言わないでよ、一ちゃん。ところで、もう解けた?」 梓の問いに一は満面の笑顔でVサインを出して答える。 「じゃあ、これが勝利の答案用紙ですね! じゃあ、これを……あれ? 私の回答とお二人の回答が違いますね?」 「さっき、ソアちゃんが言ってたよね? クロスワード上の[チ]と[カ]、でもそれだけじゃなくて[ラ]の文字もクロスワード上にある」 梓がクロスワード上の「チ」「カ」「ラ」の文字を赤ペンで囲む。 「クロスワードは7x7マスだった。で、同じ7x7マスの問題が最初の問題にあっただろ?」 鰍が指したのは最初の問題、0や6のように空間のない文字を埋めるとアルファベットのTが浮かんでくる文字セット。 「今度はフォッカー君が言ってたように、二つの「7x7のマス目」をチが左上に来るように問題をくるっと回転させる。さっきのクロスワードと「ちから」の三文字を合わせると……」 「タテヨコのマスの数が同じですね! なるほど、わかりません!」 「こうすると?」 鰍が問題用紙とクロスワードを重ねたまま、明かりに翳す。 「ええと、やっぱり分かりません!」 「見るべきは『闇の向こう』だよ、一ちゃん。クロスワードと「Tを導いた問題」を「ちから」が合うように重ねて、闇……「黒マス」と重なる部分を読んでごらん」 スベテノマルヲフタツススメヨ 「おお、全てのマルを二つ進めよ! ……マルってなんですか?」 「ここまででマルと言えば一つだ。JMTC、二つ進めてみな」 問題用紙に記入したJMTCの横に鰍が矢印と文字を付け加える。マルを進めるとはつまり。 J→K→L M→N→O T→U→V C→D→E 「これが答えだ。解いてみれば簡単だろ?」 「うう、さっぱりです」 梓がしょげる一の解答用紙をめくる。そこには「ロストレ」の四文字。 「私はこの回答を夢枕で見ました! ……いえ、ホントは「あけおめ」だったか、それとも「ことよろ」だったか。あ、「みかん!」だった気もするし……ああ脳内で一昔前の萌えアニメが乱舞するー!」 頭を抱えて座り込む一の後ろで、リベルが「まぁいいでしょう」と呟き、ガン・ミーの世界司書研修は無事、終了した。
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