かつて、戦争があった。今はもう滅んだ、名前のない国と国の争い。 戦争は多くの戦場を生み、同時に多くの血を流した。そして、多くの命が散った。 そんな数ある戦場の、ある場所。そこには多くの墓標があった。それは剣の墓標。散って行った無念を宿した剣の墓標。一度や二度の争いではなかったのだろう。剣の数は万に届いたかもしれない。 辺境に存在するそこは、誰に知られることなく終わるはずだった。誰にも知られることなく、墓標は存在していくはずだったのだ。 しかし、そこにはあるものが埋まっていた。 竜刻。竜の魔力を宿したそれが埋まっていた。幸い、戦争中にそれが知られることはなかった。知られていれば、更なる争いになっただろう。 だが、それは別の不幸となる。残された竜刻はそこで流された血と無念。全てを変質させた。 苦痛、恐怖、悲哀、憤怒。負の感情が戦場には満ちていた。それが形を成し、一つの異形を生んだ。 死んでいった戦士達の骨が巨大な体躯を生み、千の腕を作り出す。そして千の腕が振るうのは、墓標となり無念を孕んだ剣。 負の思いが生んだ異形の骸骨剣士。それは辺境の地で、果てること無き怨念を晴らすためにその剣を振るい続けている。 「ヴォロスに行って竜刻を回収してきてほしい。……ただ、厄介なことになっている」 シド・ビスタークが重い口調でそう切り出した。「回収してほしい竜刻は魔物を生み、その中に存在している。つまり、その魔物を倒さねばならない」 魔物は巨大な骸骨。多くの腕を持ち、それぞれが別の意思を持つかのように襲いかかってくる。 腕は骸骨の巨大さに比べれば細く長い。そして数が多く、技術も洗練されている。「恐らく、そこで死んだ戦士達の技術が残ったのだろう」 一流の技術を持ち、更にそれは一つだけではなく無数の剣で振るわれる。場合によっては、振るわれる剣そのものが魔力を宿していることもある。 そして、竜刻の魔力の影響でゆっくりとした再生能力ももっている。大した速度ではないが、のんびり戦っていては不利になることもあるだろう。「各々の技術と力を存分に発揮して、倒してほしい」 場所は辺境の荒野。気兼ねすることなく、戦っうことができる。「人がめったに来ることはないが、迷い込む人間がいないとも限らないし、魔物が古戦場から出ないとも限らない。だから、確実に倒してくれ。頼んだぞ」 そこには多くの剣が突き刺さる辺境の荒野。数多の無念と血が流れた古戦場。そこに、骸骨の魔物は存在した。 骸骨剣士は、音にならぬ怨嗟の声を叫ぶかのように、身を震わせる。 一束幾らの鈍らから、類稀にみる名匠の業物まで。それは、何も差別することなく平等にふるい続ける。止まらず、我武者羅に辺境の古戦場を彷徨い剣を振るう。 それはまるで、その身に宿した無念と怨念を、いつか全てを無に帰す日を求めるかのように。 そして、それは見つけた。自らの前に立ちはだかる存在を。それは何を考えているのかはわからない。 ただ、それは戦闘本能のまま、ロストナンバー達辺と襲いかかってきた。 さあ、戦いの始まりだ。生き残り、竜刻を奪うために。己が全てを出して……骸骨剣士を、打ち破れ。
風が吹き荒れ砂塵を巻き上げる。そこには生きる存在はいない。そこにいるのは、かつて生きた存在の残滓のみ。 荒れ果てた地を骸骨は彷徨う。剣の墓標の中をただ歩き続け剣を振るう。骸骨が何を求めているのか誰も知らない。ただ、骸骨は存在している。 彷徨い剣を振るう骸骨剣士の前に立つ影があった。それが何で、誰かなど骸骨剣士は知らないし知ろうともしない。ただ、その数多の剣をってして襲いかかる。破壊衝動こそが今の骸骨剣士の行動原理なのだから。 その腕を持ち、あらゆる敵を切り裂く。敵が何人いようと関係ない。その腕がある限り骸骨剣士は一体で一軍に匹敵する。一桁の敵など、個人でしかあり得ない。 いや、あり得ないはずだった。 「千の腕持つガジャドクロ、ねェ?1人が腕170本倒せッてかァ、ギャハハハ。バァカ言ってんじゃねェよ、お前ェら?二撃目までは俺が貰うワ。なんせ俺の愛は射程が広いからヨ」 その瞬間、一つの影がその場から消失した。 瞬間移動で接敵したのはジャック・ハート。自身のESPで超移動した彼は更に攻撃のために力を開放していく。 「俺サマの愛に溺れちまいなァ!ライトニングトルネードッ!ソニックブラストッ!」 ジャックの体から雷と風が生まれ骸骨へ襲いかかる。激しく轟く雷は骨の表面を焦がし、吹き荒れる風が削ぎ落としていく。更には手に持つ剣へとその威力は及ぶ。 剣に及んだ電撃により剣が溶け、風邪が骨を削り腕の耐久力を下げていく。攻撃力と防御力を同時に下げ、ジャックは弱ったところを狙い攻撃を加えていく。 だが、骸骨も数多の経験を積んだ戦士達の力がある。すぐに新たな剣を持ちジャックへと襲いかかってくる。 しかしその攻撃は届くことがない。ジャックと入れ代り前に飛び出たのはハーデ・ビラール。追いすがる腕が急に切断されていく。1本、2本、3本……確実に腕は斬り落とされる。 「光の刃の発動限界は16分。1人170本弱腕を倒せば終わるのだろう?1本1秒で倒してみせる。問題はない」 ロングソードに生まれた光の剣は一瞬。しかし、その一瞬で十分すぎた。触れた瞬間に剣と腕は切断されていくのだ。 腕と剣の両方を斬り落とすハーデは、時には鉄板入軍靴で蹴り剣を誘導し、最適な場所を狙い斬り落とす。的確な読みで動き、効果的な場面で光の刃を展開する。 しかし、腕は無数に存在する。ハーデを囲むように剣が振るわれ、その身を切り刻もうと襲いかかってくる。それにハーデは一気に光の刃で斬り落とすかと考えるが、あることに気付き一点へと飛び込む。 向かった先を打ち抜く一条の光。打ち抜かれた先の骨は赤く燃え尽き、溶けていく。その隙間から飛び出しハーデは別の腕を斬り落とした。 空に飛び立ったメテオ・ミーティアが空からハーデを援護したのだ。空からの狙撃は正確に追いすがる手を打ち抜いていく。 「ハーデ、あまり無茶しないでよ?」 苦笑してメテオは自身へと伸ばされる腕も撃ち落とす。ハーデ自身が切り抜けられないわけではないと理解しているが、効率を優先すればあの場で無為に長時間解放する意味はなかった。 「僕は空から援護するわ。剣で戦う人は思う存分戦ってね。ある程度、腕と武器を減らさないと竜刻の回収も難しいから」 いかに経験の多い戦士の記憶があれど、空を飛ぶ相手に相対した経験などないであろう。空からの援護は確実な成果を出すことは間違いがなかった。 そして、メテオの言葉に乗るように前に出るのは、それぞれが剣やそれに類するもので近接戦闘を望んだメンバーだった。 飛び出た影は2つ。それぞれ左右から挟み込むように骸骨剣士へと立ち向かう。 「ふむ。剣に生き、死んだ者の怨霊かのう」 鍛丸は襲い来る刃を見据えて、心に訴えるものがあると気付いていた。 同じ剣に生きるものとして他人事とは思うことができなかった。 「戦う事でその怨念が晴れると言うなら……戦える限り全力でお相手いたそう!」 同時に快音が響いた。骸骨剣士の持つ剣と鍛丸の持つ剣がぶつかり火花を散らし、双方の刃が砕け散った。 「ふむ、脆かったのう……」 鍛丸が素早くその剣を捨て、別の剣を地面から抜き放ち別の剣を抜こうとしていた腕を関節から断ち切った。 その後襲いかかる剣も弾き飛ばし、関節を狙い的確に落としていく。 今回、鍛丸は自身のトラベルギアを抜こうとはせず、骸骨剣士と同じ土俵で戦うと決めていた。相手がこの地にある剣を使うというのならば自分もそうしよう。 そして、この地にある怨念は剣にも籠っている。ならば、その剣たちにも同じように暴れさせて怨念を晴らそうと決めた。 その覚悟こそ確かなものだというように、その地にある剣を差別することなく使っていくのだった。 「あんたは…いや、あんたらは確かに最強だ。だがな…最強ってのは必ずしも無敵じゃねえって事を解らせてやる」 鍛丸と逆から向かった木乃咲 進に襲いかかる無数の刃。それらを冷静に見極め、虚刻を叩き込む。骨に対してはあまりにも無謀と思える攻撃だったが、当たった骨は弾かれその形を崩すこととなった。 叩き込まれた部位は骨の接合部。いかに丈夫な骨とはいえども、完全に同じ硬度を持っているわけではない。確かに弱い部分は存在しているのだ。木乃咲は高速で襲い来るそれを見極めて正確に断ち切ったのだ。 手は次々と襲いかかってくる。さらに手は普通の人間とは違い、関節の構造も滅茶苦茶で、予想がつかない。それでも木乃咲は惑わされずに接合部を断ち切っていく。 「人外を問わず迫害され、戦い続けてきた木乃咲の短刀術は、当然普通でないケースにも対応できる様になっているからな」 だからこそ、何も惑う必要はない。短刀術は急所を貫く為にある殺人技術なのだ。少し構造が違えども元となったのは人間の骨。筋肉に隠れているわけでもなく、剥き出しになった骨など見極めることは容易い。ただ自身の見えたことを信じて刃を振るえば結果はついてくる。 数々の手を斬り落とされて骸骨剣士は怒りに吠えた。手を更にロストナンバーたちへと伸ばそうとするが、その手が急に切断された。断ち切られた手の傍に誰もいないはずであり、攻撃されたとしてもそれを感知することができなかった。 「体が小さいからな。気付かないのも無理はない」 ふわりと浮き、気付かれずに腕を落としたのは陸 抗。小人と呼ばれる種族の彼は、その小さな体で骸骨剣士に気付かれなかったのだ。うさ耳帽子のブーメランによる切れ味は骨をものともしない。 しかし、ここまでされても気づかないほど骸骨剣士は甘くはない。腕が伸びて陸へと刃を降り注がせる。 「そして、体が小さいなら……的も小さいからな」 相手が大きく自身が小さければ、襲いかかる刃の数は制限される。そして、同時にその軌道を見極めることなど容易い。 PKの力で軽やかに空を舞い刃を避けていく。小さな体を捉えることは至難の技であり、その小ささで補足を抜けてしまう。 小ささを生かした的確な行動は骸骨剣士の剣線を十分に乱している。辛うじて当たりそうになっても、勁で逸らし、破壊する。 ロストナンバーたちはそれぞれ自分の長所を生かして骸骨剣士を翻弄していく。腕を幾つも削ぎ落とし、戦局は彼らに傾いていた。 骸骨剣士は戸惑いを感じていた。今まで幾度かこの場に訪れた人間を葬っていた。それはいつも一瞬の出来事であり、続くものではなかった。 人間の戸惑いは恐怖へとつながる。しかし、この骸骨剣士の戸惑いは怒りへと変換される。 いかに削られようとも骸骨剣士はその動き止めようとはしない。その腕はまだあるのだ。骸骨剣士は声にならない咆哮を上げて動き出す。今まで動かなかった手が動きだし、削り取った手が元に戻ろうと蠢いている。ここからが本当の戦いだと無いはずの目が訴える。 数多の戦士の戦場を駆けた記憶。数千の剣による、剣戟の記録。あらゆる経験が最高の状況を作るために戦略を組み立てる。思考も私情もなく、それはただ相手を殺すためだけに戦略を作るのだ。 骸骨剣士の動きに変化を感じたのはハーデが最初だった。数々の腕を叩き落としていたが、途中から光の刃を展開する数が減ってきていた。最適なタイミングを狙って振るっていたために、そのタイミングを作るために動いていた。その結果として多くの腕を潰してきた。だが、だんだん数が減っている。 「学習しているのか……?」 切断するために光の刃を展開するのは一瞬。そして、その瞬間は同時に剣と腕を切断できるタイミングを探りつつだった。それ故に、巧みに腕はタイミングをずらしてきていたのだ。 「小癪な真似を……」 骸骨剣士の動きは格段に良くなっている。今までも悪くはなかったが、今は強敵の動きだ。 だが、それはあくまでも先程より。強敵とはいえ、まだ自分には届いていない。その証拠に一撃もダメージを受けていない。 数が多くとも実力では自分は劣っていないはずなのだ。だからこそ、タイミングをずらされたのには不快を感じてしまう。500本の腕を刈り取るつもりだ。それなのに、まだ170本にも届いていない。 「たった170人の御魂を鎮めるのに、私だけ出来なかったと言われたくないからな……やってやるさ」 ハーデの動きが加速した。そして同時にタイミングを意図的にずらしていく。 加速した動きについてくるために腕もそれに合わせて刃を振るおうとする。しかし、それに合わせようとする動きを読み蹴りを叩き込み軌道をずらし、光の刃で叩き斬る。更には別の刃も対応してくる前に斬り落とす。その動きはどんどん加速し続け、腕を一切自身へと近づけさせようとはしない。刃も腕も等しく切り裂き、光の刃の消費を抑えたまま最高の成果を生みだしている。 「ふふ、でも今はハーデだけじゃないわ。皆でやるから、効率もいいもの」 「それは確かに。俺もそう思う」 そう言うメテオと陸は全員の動きをサポートするように骸骨剣士の腕を減らしている。メテオは空から全体を見渡し、それぞれが動きやすいように正確な狙撃を行っている。陸は攻撃を引き寄せつつ、上手く死角に潜り込みつつ仲間たちを狙う腕を破壊して回っている。 ここまで全員が最高のコンディションで動けたのはメテオと陸によるサポートがあったといっても過言ではない。 「さて、竜刻はどこかしらね……」 サポートしつつ、メテオは激しく腕を振るい続ける骸骨剣士を観察する。腕を斬り落とす中で、隙を縫うように体に攻撃が幾度か当たるがいまだに竜刻が見えない。陸も破壊してどんどん削り竜刻を探している。この2人が見つけることができれば各々が全力で腕を破壊し本体を攻略することができるだろう。 「ふむ、儂も負けておれんな」 ハーデたちの華麗な動きに触発されるように鍛丸もその動きを加速させていく。 慣れていないはずの剣を巧みに操り、骸骨剣士の骨を断ち切っていく。関節から切り離された腕が戻ろうと蠢くが、すぐに戻ることはない。いや、戻ろうとした瞬間にその腕が切り裂かれるだろう。それほどまでに鍛丸の今の動きは洗練されてきていた。 「儂にはこれ以外戦い方がないからのう。なら、それを徹底していけばいいだけじゃ」 慣れていようがいまいが関係ない。刃を扱うのなら根本は同じなのだ。だから迷わない。振るう刃は、今は自分の刃なのだ。かつて様々な担い手がいたであろう時を重ねた刃の数々を、自身が長年扱っていたかのように振るい続ける。 長く持たない剣もあった。しかし、それでも最高の剣線を描き鍛丸は骨を断っていく。その斬撃は剣に込められていた怨念を昇華させていく。ただ戦うだけではなく、中にある全てを救うかのように剣を振るう。 そして勿論、そんな戦いを見せられて感化されたのは鍛丸だけではない。 「もう、護るべき国は滅びてるってのに。護るべき物が無い戦いなんざ…それこそ、無駄なだけじゃねえか」 少しだけ切なそうな声を出すが、進はすぐに冷静な顔になる。この戦いは、そんな無駄なことをやめさせるための戦いでもあるのだから。 テンションを維持していくのは戦闘では大切なことだが、それは意外にも途切れやすい。しかし、進はけしてテンションを切らない。冷静に慌てずに、関節部分などの脆い場所を一瞬で探し出す。進の持つ短刀術は確かに凄まじく有効な手段であろう。しかし、それを生かしているのは進なのだ。 「さあ、何本でも来い。本体まで突き進んでやる」 迫る刃に臆することはない。ただ、進めばいいのだから。 「おいおぃお前ぇら…やるじゃねェか。ったく、俺も激しくしちまうじゃねェかよゥ!」 最初に放ったESPで大きく削り落としたジャックは十分に激しい攻撃をしていたが、他のメンバーを見ていて、これは黙っていられないと気合をさらに入れる。 ここまでにも自身の装備で腕を削っていたが、更に派手に動こうと楽しげな笑みを浮かべていた。 「俺サマの妙技、魅せてやるヨッ」 自ら前に飛び込み、刃の嵐へとその身を躍らせる。襲いかかられる前に、自ら両手に握った鉈を振るい剣ごと骨を断ち切る。背後から襲いかかってきた剣は回し蹴りを加えてベクトルを流して横へと逸らしていく。流した先を逃すことはなく、鉈を切り返して切断する。他のメンバーに引けを取ることなく骸骨剣士の腕を断ち切っていく。 骸骨剣士は再生能力を持っている。それほど強さがあるわけではないが、十分すぎる能力だったはずだった。しかし、ロストナンバーたちの猛攻を前にその能力は意味をなしていなかった。再生しようともその度に腕は断ち切られ、打ち砕かれる。 そして骸骨剣士がそのポテンシャルを発揮したことで、ロストナンバーたちもそれを上回る程の戦いを見せた。もとより上回っていた彼等は、それを気に更に畳みかけることができていたのだ。そして、それ故に余裕が生まれた。 多くの腕を失った骸骨剣士は自身を守るすべが少しずつ減っていた。結果、より本体へと近づくことができる。 「そこだっ……!」 陸のブーメランが骸骨剣士の左胸を切り裂いた。左の肋骨を切り裂いた瞬間、探し求めていたものがそこには存在していた。怨念の影響を受け、そこに埋まった戦士達を束ねた存在。竜刻の姿がそこにはあった。他の部位より硬く、ブーメランでも他の部位ほど削ることはできなかった。だが、確かにその姿を現したのだ。 人の心臓に位置する場所に埋まっていた竜刻はすぐにその姿を隠そうとする。他の部位に比べて早い速度で再生が始まり、新たな肋骨が生まれそこを補強している。 更には腕の数本がその場所を守るように動きだす。 「簡単に見逃すはずがないじゃろう!」 その全ての腕を鍛丸が切り落とす……と同時に持っていた剣が砕け散る。手の届く範囲の全ての剣は砕け散った。相手も自身も武器を無くした状態で、他の腕が危険を排除するかのように鍛丸に襲いかかるが、それでは足りない。鍛丸にはまだ自身の刀が残っている。それらで弾き、守りきる。が、やはり多い。ほとんど打ち砕いたとはいえ手はまだ残っている。周囲を囲まれるように展開された腕は鍛丸に逃げる隙を与えようとはしなかった。 不意に、鍛丸の体がに後ろに引き寄せられた。ジャックが自身の力を使い、鍛丸を自身の後ろへと逃がしたのだ。 「む、すまぬの……」 鍛丸は素直に礼を言う。このタイミング、鍛丸自身も下がらねばと感じていた。何故なら、もう竜刻の場所はわかり鍛丸自身が守ろうとしていた直近の腕を破壊している。つまりは、大技で畳みかけるべき時だからだ。 ジャックは鍛丸に気にするなというようにニヤリと笑みを浮かべた 「報告書はキッチリ漁ってんのヨ、俺ァ?初対面でもお前ェらの使いそうなテは大体把握してるつもりだぜェ?」 だから、このタイミングだと叫ぶ。ここで畳みかけることができる。 まずその一手目を打つのは進。今回はまだ使っていなかった空間遣いの能力を展開する。 「せめてもの供養だ。てめえの剣戟で以って裂いて咲かせて散らしてやんよ。だから、いい加減に戦いに疲れた身体と、憑かれた心を休ませやがれ」 進の周囲、地面に突き刺さっていた剣や、弾かれていた刃。そして骸骨剣士が持っていた剣も姿を消す。 消えた刃は全て空間に無限に連鎖して落下している。そして、その無限に落下するエネルギーを宿した刃の数々は凶悪な威力を持ち解き放たれる瞬間を待っている。 「裂いて咲かせて散らしてやる」 一瞬で骸骨剣士の半身が削り取られた。一本でさえ腕を数十本消し飛ばす威力を秘めた刃が、百本近い数で襲いかかる。抵抗することなどできるわけがない。打ち返そうとすれば触れた瞬間に消し飛ばされるのだから。 消し飛ばされ、裸にされてゆく骸骨剣士。その中に、輝く竜刻の怪しい輝き。そこに向けて狙いを定めるメテオ。 「そこにあるのさえわかれば、狙いは簡単よ!」 ずっと探していた竜刻の姿をメテオが見逃すはずはない。メテオは刃の降り注ぐ空間に狙いを定める。レーザーナイフを正面に構え、最初の一歩を踏み出す。 「生憎剣は持ってないけど、この技で勝負するわ!」 踏み出した速度は、骸骨剣士に迎撃できる速度ではなかった。回転を加え恐るべき速度でメテオは骸骨剣士を貫く。降り注ぐ刃の隙間を貫きメテオは駆け抜けた。速度と回転力を合わせた攻撃力は骸骨剣士へと大きな風穴を開ける。 「ちょっと、ずれちゃったかしら」 竜刻をそのまま回収するつもりだったが、少しずれていた。だが心配することはない。自分は一人ではないのだから。 進とメテオが開けた空白の空間を駆け抜け竜刻へと迫る光があった。 「世界が永遠の闘争を望まなかった。だから我々がその望みを叶えた。それだけだ」 ハーデが駆け竜刻へと向かう。阻止しようと離れていた腕も戻るが、抑制していた光の刃はまだ十分余裕がある。接敵した時点で切断されてしまう。更には仲間たちの援護もあり何も遮ることはできない。ハーデが光の刃を振るい、竜刻を骸骨剣士の体から切り離し吹き飛ばす。 骸骨剣士は竜刻により変質した魔物。それ故に、それが体から離れてしまえば存在は希薄となる。そして、そうなってしまった骸骨剣士を逃す道理はない。 打ち砕かれ、全員による総攻撃により粉々に粉砕され、骸骨剣士は再び墓標へと還ったのだった。 骸骨剣士のいなくなった古戦場は、剣の墓標へと戻った。どれだけの血が流れたのか、どれだけの命が散ったのだろうか。死してなお戦おうとする程に、ここでは多くの戦士が逝ったのだ。 「やれやれ、厄介だったなァ。俺サマも疲れタ」 ジャックは笑いながら今回の戦いを振り返る。厄介ではあったが、まあ悪くない動きはできていた。 今回の戦いについて、思うことがあるのは無論一人じゃない。 「負けるつもりはなかった。私1人ではなかったしな。だがもし1人で来たのなら、最初から戦術核でも持ってきただろうな」 「あら、必要ならボクが核並のこともできたかもしれないわよ?」 冗談ぽく言うメテオの言葉にハーデは苦笑し肩をすくめる。 周囲に並ぶ剣の墓標。ここにある剣の数だけの力を骸骨剣士は持っていた。1人では、核でもなければやっていられなかっただろう。まったくもって、厄介だったと思う。 「おんし達の気、こうして戦う事でちっとは晴れたのかのう?」 鍛丸が団子を備え手を合わせる。自分と同じように剣に生きた過去の英霊たち。けして、死してなお戦いたいとは思っていなかったはずだ。しかし、こうなってしまうほどに戦いに対する気持ちが強かったのだろう。それが憎悪などの負の感情であれ、それは剣を握った戦士の業だ。 「儂も気をつけねばいかんのう」 「それを意識している限りは大丈夫だろう」 陸は今回の戦いでは負の感情を意識していた。骸骨剣士を生みだすほどの強い感情に、自身も影響を受けてしまわないかと思ったのだ。大丈夫ではあったが、やはり人の心の力について思うところがあった。 「まあ、なんにせよ疲れたな。……骸骨の奴も、いい加減疲れてただろうし休ませてやれてよかったよ」 団子をじーっと見て、腹も減ったと進は考える。貰いたいものの、流石に備えてすぐになどはしたないと苦悩しつつ、鍛丸がそれに気づき勧めてくれるまで難しい顔で唸ってしまう。 終わってしまえば全てはそれまで。激しかった戦いの地を彼等は後にした。 残ったのは剣の墓標。それはずっと其処に在り続けるだろう。 訪れるものはなく、何があったのかを知る者もいない。 永遠に過去の怨念が積もり形を成してしまった。 だが、この戦いで怨念も晴れたことだろう。 過去の戦いではありえなかった、最高の戦いがあったのだから。 (了)
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