ブルーインブルーには多くの遺跡が残っている。それらの遺跡のほとんどは機能を停止し、静かに眠るのみだ。 しかし、中には少なからず活動をし、機能が残っている遺跡もある。 遺跡を調査し、過去の技術を今に蘇らせるのがそれぞれの海上都市の繁栄の一助となっている。 さて、そのためにはその遺跡に潜り調査をせねばならない。 その調査を請け負うためにロストナンバーたちが派遣されることもある。だが、全ての遺跡に対してというわけにはいかない。遺跡の調査には各都市の考古学者たちが赴くことも多々ある。そしてその調査には危険が付きまとうこともある。「今回は、危険が多々ある遺跡の調査に同行してもらいたいんだよ」 エミリエ・ミイは少しだけ難しい顔でそう切り出した。複雑そうな感じがまた可愛らしい。 しかし何故そんな危険な場所への同行なのだろうか。危険があるとわかっているのなら、ロストナンバーだけで行けば問題もないはずである。「同行する考古学者さんなんだけど、とっても優秀な人なの。いくつかの遺跡でもたくさんの発見をしたりしてるよ」 つまり、それだけ優秀な人物であれば得るものも大きいということだ。だからこそ多少の危険を冒してでも……ということだろうと納得しかけた。しかし……「ううん。実際に遺跡自体はそれほど危険じゃないの。確かに多少の防衛機構は生きてるし、海魔も小さな存在はいたりもするんだけど……」 とても困ったようにエミリエは言葉を続ける。「研究熱心すぎて、それ以外に注意力散漫というか…」 まあ、熱心なのはいいことですが。「その人、とてもドジなの」 ……ドジ、ですか。「そしてとっても鈍いの」 ……頭はいいのに。「この人が何かすると絶対にトラブルが起きて、本人は自覚がないんだよ」 ……はた迷惑なことこの上ない人物のようだ。「でも優秀なの……」 ……優秀でも限度があると思わないでもない。 とにかく、その人物を守りつつ遺跡の調査を行えばいいということだ。「色々と大変かなって思うけど……皆ならきっと大丈夫だから。よろしくね」 ちょっとだけ無理やりな笑顔だったけれど、そう言ってエミリエは皆を送り出すのだった。 ジャンクヘブンにある研究所。研究所の一室で一人の女性が資料の整理をしていた。 長い髪を後ろで一つに縛り、黒いフレームの眼鏡をかけた女性。白衣の袖をまくり、忙しく動き回っている。「ひぅ……やっぱり、こういう作業は普段から……しとかないと、ですねぇ……」 息を荒くし、資料を机に置く。次の調査までにまとめねばならないことがたくさんあるのだが、なかなか進まない。「えっと、こっちのが……ひゃぅっ!?」 新しい資料を持ち上げたら、うっかり下に置いてあった器材に足を引っ掛けて全部まきちらしてしまう。「うぅ……進まないですね」 がっくりと肩を落として。暗く沈んでしまう。 彼女の名前はフレンダ。優秀なのだが、まあドジなので……日常的に色々とアレな感じの人物だ。うっかりで実験を失敗することもしばしば。 こういうミスで、彼女の発見などの功績はプラスマイナスゼロの状況だ。 本人的には研究できれば満足で、功績自体に興味はない。しかし、より良い環境での研究には興味がある。 今回の調査結果によっては追加で調査資金が手に入る予定だ。だからこそ彼女は気合を入れて資料をまとめ、整理している。……上手く進んではいないのだが。 彼女に充実した研究をさせてあげられるかはロストナンバー次第。さて、どういう結果になるのだろうか。
遺跡に到着するまでの船旅。長いものではないが、けして短くもない時間。 そこでロストナンバーたちは改めて顔合わせを行っていた。 「おぉ~、芸術が投網するおニィさんとツンデレ大好きハギノさんじゃん……おひさっ!」 とにかく元気な様子で一気に場の空気を明るくしたのは日和坂 綾だった。一緒に来た3人の内2人と面識があった彼女としては話を切り出しやすかったのだろう。 「また会ったね、3回目だっけ? お化け嫌いって言ってたけど、暗いのは平気?」 「暗いのは別物ですよ。エンエンもいますしね!」 軽口に軽口で応じたのはハギノだった。やはり同行した回数が多いだけになんとなくお互いの考えが分かりやすい。 「久しぶり。芸術が投網とは上手いこと言ってくれるじゃん」 綾と一緒だったときに使った影の投網を思い出し、確かにその言い方は的を得ていると納得するのは鹿毛ヒナタ。今回も、投網もしかしたら見せるかもしれないと嘯いてみたりする。 「あ、キミとは初めましてだよね? 私、壱番世界出身の武闘派女子高生、日和坂綾って言うの、ヨロシクね~。遺跡調査楽しみだね!」 「うん、跡調査ってすっごいワクワクしちゃうよね~っ! 未知なるロマンがたっくさん眠ってるワケだし~」 テンション高めで綾と盛り上がるのは祭堂蘭花。未知なる遺跡への期待で胸いっぱいの様子だ。 「とりあえず神に愛でられしドジっ子属性超堪能って言うか、大怪我しないようガンバロウね」 「でもそのドジッぷりって、どんなもんなんだろ……」 うーんと頭を捻る蘭花。いまいちドジが想像つかない様子だ。 「まあ考えてもしょうがないよ。遺跡でちゃんと守ればいいんだし」 改めて、同業者としてよろしくねーと声をかけるハギノ。お互い足の運びから、なんとなく似通っている部分に気付いていたのだ。 さて、とりあえずの顔合わせは終わった。後は遺跡に到着してフレンダの身を守るのみ。 しかし彼等は甘かった。彼等は知らない……フレンダがどれだけの存在であるかを! 「あれ、そういえば学者さんは? いなくねぇか?」 そういえば護衛対象の彼女がいないと気付いたのはヒナタだ。皆に問いかけた瞬間……。 「キャー! た、助けてください~!!」 悲鳴と同時にドボーンと何かが水に落ちる音。 顔を見合わせるロストナンバーたち。 「まさか!」 全員が音の方へ行くと、船から落ちて溺れかけているフレンダの姿が……。 「す、スゴイ…まさに神の領域? さっすがエミリエの顔を引きつらせただけあるなぁ。これは本腰入れないとだね」 そういう問題でもない。いや、まあ遺跡に到着する前からこれだから、エミリエが顔を引きつらせたのも当然である。何もない船でやらかすのだから、遺跡での行動は推して知るべし。 「きゃーっ! そんなこと言ってる前に助けないと!!」 蘭花としては、こんな形でドジがどんなもんかを知りたくはなかった。 で、結局フレンダはヒナタのトラベルギアで生みだされた影の投網で回収されたのだった。 「まさか、こんな場所で使うことになるとは思わなかったぜ……」 「お疲れ様。でも船から落ちるとか、普通に命の危険じゃない? なんで今まで無事なんだろう」 素朴だが本当に何故かと疑問になる。だが、それ以上にハギノが考えていたのは……。 (なんてこった、僕のボケる暇がないじゃないか……。ツッコミもこなすけどね。超有能だから) うん。ツッコミもする余裕あるといいですね。 「うう、皆さんさっそくありがとうございます~」 ビショビショなフレンダ。ヘニョンとなった彼女からは有能な空気は感じられないが……。 遺跡ではどうなってしまうのか。ロストナンバーたちは一抹の不安を覚えたのは言うまでもない。 そしてやってまいりました本日調査対象の遺跡内部。 通路を通り広いエリアまで到達することができた。今日はここでの調査がメインとなる。 ここではとりあえずフレンダが調査し、ロストナンバーたちで護衛するわけなのだが、彼等自身で調査することも可能だ。勿論フレンダを守りつつ、という前提条件があるのだけれど。 まあ何だかんだで自由行動と言ってもいい。フレンダとしてもずっと付きっきりでいられてもストレスだろう。 なので羽目を外すパターンもOKなのだ。そしてそんなパターン筆頭として行動したのが……。 「遺跡も廃墟だYO!」 廃墟大好きヒナタがテンションを一気にマックスまで持って行った。 「俺だけ運動能力が十人並? 知らんな……廃墟を歩く心意気だけは負けん寧ろ勝てる!」 ドーン! と背後が爆発するような効果音が聞こえたような聞こえないような。 「メットよしトレッキングブーツよしマグライトよし」 一つずつ装備確認。黒で統一されたそれらで完璧防御。 廃墟で遺跡。準備は完ぺきでなくてはならない。 「逐日自然に侵食され、過ぎ行く時間をその身に刻む静謐なる形骸……その廃れた趣きをしかと観るぜ、撮るぜ!」 そして夢中で写真撮影を開始してしまう。まあ何も起こらないうちは何しても自由である。 フレンダもそんなヒナタの様子には尊敬の視線を送っていた。 「熱いですねぇ。私もあれだけ情熱を持って調査しないとですね……!」 とても共感され、調査への熱意を増したのだから流石である。 「凄い熱意……。あんなに夢中になっちゃうんだから、邪魔するのは野暮だよね」 フレンダも良い感じで共感してるし、問題がないどころか良い結果なのだから綾としても流石に邪魔はできない。 「じゃあ私もメットにランプ装着! ホラホラ、フレンダさんもヘルメットかぶって? 遺跡の床が濡れて滑って脳挫傷とか困るじゃん?」 持参したヘルメットをフレンダにも装着させる。何かあった時のための準備はするに越したことはない。特にフレンダは何をしでかすのか未知数なのだから。 「あら、ありがとうございます~。いつも頭を打ったりするので凄く助かりますよ」 いや、なら自分でも頭を保護するのを持ってきてください。 「今日のこの遺跡ではちゃんと色々な結果を残したいので……よろしくお願いします」 ペコリと頭を下げるフレンダ。幾度か同じようなやり取りが全員と行われていたりする。それだけ、今回は頑張りたいと思っているのだろう。 「ま、大船に乗った気でお任せ下さいよー。きっちりと守りますからね」 ハギノが応じ、力強く頷いた。船での一軒もあるし、きっちりと守り抜こうと心に決める。 そして、ツッコミもきちんと決めて見せようじゃないかと改めて誓った。 でもって、綾もハギノの言葉に頷いていた。 とにかく近くにいれば何とか守ることもできるだろうと考えていた。フレンダ自身が色々としでかしてしまうのなら、近くで見ていればそれに対処することができる。 (まあ、神がかり的ドジっ子瞬間を見逃しちゃうのもアレだし?) 守らなきゃいけないけど、裏でちょっと楽しみなのは御愛嬌だ。 そして、近くではなくまずは遠くから守ろうとしたのが蘭花だ。 忍びの身軽さを生かして遺跡の中をくまなく探索する。 内部では生きている防衛機構も存在しているかもしれないし、構造的にフレンダが踏み込んでは危険な場所だって存在しているのだ。 「彼女にもしもの事があったら大変だし……慎重に行動しよっと~」 高いところもあっさりと登り、丁寧に調査する。遺跡そのものの価値はまだ分からないが、危機も未知だ。 「うーん、とりあえずはこんなものかな」 ステッキで脆くなった場所をつついたりしてみると、そこがボロボロと崩れる。ある程度、この近辺の構造で危険なところは把握できた。罠に関係するものも全てとは言えないが把握できているはずである。 不確定なものもあるが、そこは適宜反応していけることだろう。 そして実際、近くの罠についてはハギノが対応し反応していた。 「はーいそこ触らなーい!」 蘭花同様に忍びスキルで罠を事前に察知してフレンダを誘導していく。 しかし、指示は問題ないのだけれど……。 「え~なんですか~?」 あんまり人の話を聞かないフレンダが平気で罠を次々と作動させていってしまうわけで。 足もとでカチリ、という音。そして上では何かが開く音が。 「ふぇ~?」 フレンダが上を確認すると降ってくる大量の刀剣の群れが…! 「くっ、危ない!?」 ハギノがとっさに飛び付き、その効果圏内から押し出した。もともとフレンダが居た位置に突き刺さる刀剣は遺跡の床に深々と突き刺さる。その鋭さは普通のものとは思えなかった。 と、鎖のようなもので繋がれたそれは再び上に巻き取られて元のように戻っていく。 「どうなってるんだここ……」 とりあえずここは踏むなという意味でバツ印のテープを張っておく。 「はぅっ、助かりました~!」 飛び付いた時の速度で軽く目を回したフレンダがハギノに礼を言う。しかし、ふらつく足取りは明らかに危ない。 しかもお礼言ってるのハギノではなく綾だった。 「いや、ハギノさんあっちだよ……?」 (うーん、本当にこれは本腰入れないと……なんだけれど) 今の光景は実は繰り返すこと5度目くらいである。 綾もフォローを入れているのだが、ぜんぜんフレンダは言うことを聞いてくれない。 いや、聞いても全然身についていない。完全に興味優先で動いているのだった。子供すぎる。 「えっ、あらら? やだ私ったら、本当に申し訳なく……」 カチリ。再び。 「あら?」 パカリと開く床。そして下に広がるのは底の見えぬ暗い闇。つまり落ちるわけで……。 「きゃわぁぁっ…!?」 「うぉい、何やってんだよ!」 今度はヒナタの影が飛び出てその身体を支え持ち上げる。ある程度の撮影を終え、満足して戻った途端にこの事態だった。 「戻ってこれとは……廃墟どころじゃないのか。いや、でも俺は諦めない。守りつつ堪能してやる!」 本当に素晴らしい熱意である。この熱意で写真を取られた遺跡もある意味本望ではないだろうか。 「なんで私ってこうもドジなんでしょう……皆さんには迷惑ばかりで……」 カチリ。再びの再び。 そして次に舞い戻ってきたのは蘭花。とにかく大変そうな気配を感じて戻っていたので間に会ったのだが……。 「やーん! 何これー!?」 とっさにフレンダを庇ったものの、上から降ってきた大量の海水だった。 「なんでこんな罠があるのさ! 僕こんな微妙なの受けたくなかった!!」 命に別状のある罠ではないものの、地味に精神的ダメージが大きかった。彼女もこんなの本当に嫌だったろう……。 「本当に神に愛されてるがごとしのドジっ子……ああっ、ちょぉっと待ったぁ!」 もう凄いドジっぷりに感服していた綾。けど、更にフレンダは動いていたのだった。 謝って忙しい彼女だったが、そのわたわたしてた状態ではまた何をしでかすのか……。 とにかく落ちついてもらわなければ話にならない。 (ヨシ、ココは…必殺気そらし大作戦!) 「え~と、フレンダさんの研究について教えてほしいなっ!」 下手に動かさないより、こっちの方がよっぽどマシなはず。研究熱心なようだし、これならば気を逸らしつつ安全を確保することができる。 「えっ、そうですねー。私は基本的に遺跡に残されたものからその仕組みを読みとったり、復元するのが主でして……」 そして長いトークが展開された。丁度全員揃ってのこの場面。熱弁をふるうフレンダを誰も止めることができなかった。 「そもそも遺跡が稼働していた時期というのが今から計算して……」 ……10分経過。ちょっと皆飽きてきています。 「ですから私はこの遺跡に注目したわけなのです。今回の調査内容次第で……」 ……更に20分経過。かなり皆飽きております。 「そうですね、例えばこのようなものを見てみると……」 そして近くにあったよくわからない機械のようなものに手を伸ばして……。 「あら?」 カチリ。再びの再び、でもって再び。 ドパーン! と大量の海水が全員に降り注いだ。正直フレンダの話にうんざりしていたので、誰もつい反応が遅れてしまった。 「あ、あらあら……? えっと、私ったらまた…!? み、皆さん本当に申し訳ありません!!」 誰も何も言えません。なんというか、命の危険はないんだけれど……。その、迷惑なパターンだった。 「あの……念の為聞いときますけど、わざとじゃないんすよね?」 ややひきつった笑顔で問うハギノ。ああ、エミリエの送りだす時の笑顔がこんな感じだったような気がする。 「えっ、それは勿論……細心の注意をしてるんですけれど……」 「……ですよねー」 (悪意が無いだけ始末が悪いんすけど……! というか細心の注意でこれって!!) もうある程度は諦めて貰うしかないようだ。 「……そもそも、なんでこんな海水トラップあるんだろう。必要ないよね明らかに」 蘭花は罠に詳しいものの、この遺跡にこんな罠を仕掛けるメリットがわからなかった。だって海水かかるだけで、それ以上の被害が何かあるわけでもないし。 「そんなことより冷える……。ほら、皆もちょっと乾かした方がいいよ」 冷えてしまった身体をエンエンの炎でちょっと乾かす綾。あまり強くしても熱いので難しい。 しかし、冷え切ってしまうよりはましだろう。 そんなわけで軽く温まってから調査を続行しようとしたのだが……。 甲高い笛の音が響く。それはヒナタのセクタン舟が吹いたホイッスル。ヒナタに言われて周囲を見ていたら、危険な影を見つけた。 「こいつは……海魔か!?」 舟と視覚を共有し、その影を見る。何か、大きな影が滑るように近づいてきていた。 「……フレンダさん下がって!」 蘭花がフレンダを後ろに下がらせると同時に光の術文字を書き光源を生みだした。あまり強い光で何か余計なものを呼ばないつもりだったが、今となっては視界を確保するのが優先だ。 そして、全員がその姿を見た。 やや濁ったような粘液塊、そう言うしかないだろう。それは俗にスライムと呼ばれる存在だった。先程から幾度か降り注いだ海水を取り込むようにしつつ、その形を自在に変えている。 「はぅ、海魔ですか!? これは……ああ、きっと海水はこの海魔を誘導するシステムだったんですね……」 海魔に驚きつつも冷静な解説をするフレンダ。蘭花の後ろで、怖がりつつも興味津々である。 フレンダの解説の通り、詳細は不明だが確かにスライムは海水に誘われるようにこの場に近づいてきていた。 「海魔ぁ? 今忙しいんで、どうぞお帰り……」 うざったそうに海魔を見るハギノだったが、ふと何かを思いつき大変にこやかな笑顔になる。ええ、それはもう本当に素敵な笑顔だった。寒気がする程に。 「いや、やっぱ帰らんでいいですよ。ゆーっくりしていってね?」 にこやか笑顔で愛刀を持つハギノ。もう完全に八つ当たりをする気満々だった。 「そうだよね。ここはゆっくりしていくべきだよ」 そして更に乗っかる蘭花。こっちもまた良い笑顔だった。 「覚悟しろっ……!!」 2人同時に突撃開始。忍のタッグは素早く、スライムに動かす隙を与えなかった。 ハギノが連撃で斬り刻み、その動きを阻害する。粘液の塊であるスライムはその傷を修復しようとするが……。 「まだまだ止まらないよ!」 ハギノの付けた切れ目を更に深く斬り裂いていく。忍びの2人の傷は、確かにスライムの動きを停止させる。 「この程度で僕たちに襲い掛かるなんて、無駄すぎるよ!」 蘭花はニヤリと笑い、スライムの動きを確実に封じてしまった。 「これはチャンス…! エンエン、火炎属性ぷりーずだよ!」 これを好機と読んだ綾が一気に2人へと続く。 「行っけぇ、連脚火炎弾!」 エンエンの炎を使い、炎を纏ったシューズがスライムへと叩きこまれた。一撃ではなく、二撃三撃と積み重なっていく。 水でできたようなスライムだったが、その炎の蹴撃には確かな手ごたえがある。衝撃と熱によるダメージはスライムの体を溶かし、削り取られていく。 余裕で倒してしまえると、誰もが思った。しかしスライムもただでは終わろうとしない。その体を一気に膨張させた。もとより大きな体を持っていたのだが、その質量は見た目通りではなかった。内に、更なる容量があったのだ。 広がり、その体は無秩序に周囲へと襲いかかる。鞭のようにしなり襲う触手。本体から切り離され高速で飛来する水砲弾。他所の罠が起動し、落ちてきた刃や岩を投擲。溢れた体で押しつぶすのしかかり。 それらがロストナンバーたちに襲い掛かるが、その程度の動きでは被弾することなどあり得ない。難なく避け、蘭花に至ってはフレンダを抱えて退避する余裕さえあった。岩や刃も符で止めることでフレンダに触れさせもしない。 だが、問題は彼等に対してだけではなかったのだ。 「だ、駄目です! まだあの周辺の構造は調べていない……!!」 フレンダが悲鳴のように叫ぶ。命を捨てるわけにはいかない、しかし調査が目的でもあるのだ。もしもあの場所に重要なものがあったとしたら……。 「鑑賞の邪魔だー!」 フレンダの叫びと同時、いやそれよりも早い段階で動いていたのがヒナタだ。膨張を始めて周囲を襲った瞬間から避けると同時に影の壁を生みだしていた。壁はスライムの攻撃を全て受け止め、弾き飛ばす。 廃墟を愛している彼にとって破壊など言語道断。というか実は皆が攻撃してた段階から守るための影を生んでいた。万が一、遺跡に被害が出ては困る。 「フゥ……危なかった……」 無論、遺跡がである。彼自身は危なくないし、他の皆も余裕で無事である。 スライムは怒り狂うかのように更に動きを激しくしてくるが、それも無駄なこと。 「海魔には投網がお似合い。捕縛ー」 影の投網でその動きを止めてしまう。ある程度の塊のスライムはその中から抜け出すことができずにもがくしかできない。 そして、そんな状態のスライムに……ロストナンバーたちの八つ当たり気味な全力攻撃を耐えきれるわけがなかったのだった。南無。 スライムを倒した全員はちょこっとすっきりした顔で本来の調査に戻ることができた ……しかし同じようにフレンダのドジでストレス増加したのだった。更にちょっと覗くとこんな感じである。 「やーん! 尻尾は踏まないで!! っていうかそっち罠!?」 「うう、どうせ私の調査なんて誰にも期待なんて……」 「ほら、失敗は成功のお母様! 千里の道も一歩から! そんなに落ち込まないで、前を向いていきましょー! 頼むから本当に前向いて!!」 「違うから! そこは駄目だって言ったよね!? きゃーん!!」 「廃墟最高!」 「神の領域ってすごいよね……」 ちなみに後半は達観状態というか目を逸らしている気がしないでもない。 最終的にフレンダは無傷なのに、何故かロストナンバーたちはボロボロ。勿論、精神的にも肉体的にもである。 「いやー……お師匠様のお仕置きと同じ位しんどかった……」 とは蘭花の言葉。つまりはこれお仕置きクラスの大変さなのである。調査で護衛が、とんでもないこととなったものだ。 だが、とりあえず納得のいく調査だったと、フレンダは満足そうだった。 全ての調査を終え、一同は帰りの船にいた。 「皆さん、今日は本当にありがとうございました! 皆さんのおかげで調査も順調にすることができました」 凄く素敵な笑顔でそう言うフレンダ。散々な目に合ったものの、その笑顔を前にしては何も文句が出ることはなかった。 「役に立てたのならよかった。よければまた呼んでね?」 綾がそう言い、疲れ果てた皆もそれに頷く。確かに色々と迷惑を受けたが、自分たちではなければ上手くいかなかったという思いもある。 それに、この笑顔のためならこれくらい安いものだった。 全員へ個別にお礼を言い、感謝の握手をしてから彼女は船室へと戻って行った。 今回の調査のことを今の内から纏めておきたい、とのことだった。全員の協力を無駄にはしませんと張り切っている。 フレンダが今回の調査でどのようなことを知り、得たのかはわからない。 しかし、ロストナンバーたちの力があったからこそフレンダは笑顔を得た。 フレンダの調査が今後より良い結果に繋がるよう祈りつつ、船は静かに進むのだった。 (了)
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