イラスト/円(ipyc9661)
「七夕の豆投げに参加されませんか」 何だかうんざりした顔で聞き慣れない単語を紡いだのは、たまに見かけるやる気のなさそうな世界司書だった。導きの書と一緒に小脇に抱えていたチラシを差し出して、それではと歩いていこうとするのを服を掴んで引き止める。「色々突っ込みたいこと多いんだけど! 七夕で豆投げって何。豆撒きじゃなくて?」「豆撒きは節分でしょう。こっちは豆投げです」「豆をどれだけ飛ばせるかとかいう競技なの?」 分からなさそうに眉を顰めて尋ねると、世界司書は気の悪い深さで溜め息をついた。「ただ豆を飛ばして何か楽しいですか?」「それを聞いてるのはこっちなんだけど!」 ちゃんと説明しなさいと噛みつくと、そこに書いてあるんですけどねぇ、とチラシを一瞥する。これはこれでしょうと揺らしながらも睨むように見据えると、世界司書はまた深く溜め息をつきながら持っていたチラシを持ち上げて自分の顔の前に立てた。「年に一度、川を渡って訪ねてくる野郎どもに豆を投げつけて撃退しよう。上手く全員追い払えたら、豪華商品プレゼント」 チラシに書いてあるそれを淡々と棒読みで読み上げた世界司書は、役目は果たしたとばかりに歩いて行こうとする。「だーかーらーっ、詳細! 説明!」「書いてあることで全てです、わすれもの屋の悪ふざけです。彼らが準備するチェンバーには大きな川があって、その片側に女性陣が守る宝物が設置してあります。男性はその川を渡って、宝物を奪い取れたら勝ち。女性はそれを死守すべく、豆を投げつけて撃退しろというゲームです」「……どこに関係あるの、七夕」「年に一度と、天の川なんじゃないですか」 そんなことは本人たちに聞いてくださいと、本気で嫌そうにうんざりと世界司書が呟く。「とりあえず、宣伝して歩けと言われたからそうしているだけです。参加したい方は、わすれもの屋が指定したチェンバーに行ってください」 後の事はそこで聞けとぐったりした様子で意地でも離れていこうとする世界司書を三度引き止め、詳細説明とにっこりと顔を近づける。嫌そうに顔を逸らして顰めた世界司書は、他にどんな説明がいるんですかと面倒臭そうに聞き返してくる。「その川の深さは」「大半は、成人男性の踝から膝まで程度の浅さです。ただ場所によっては、胸まで浸かるほどの深さもあるそうですが」「男性も豆で反撃するの?」「野郎の反撃は認めない。が、わすれもの屋店主の主張です。ぶつけられないように守備は構いませんが、反撃は不可。ただ、川の水を浴びせる程度は目を瞑るそうです」 怪我をさせた時点で失格だそうですけど、とどうでもよさそうに呟いた世界司書に、宝物って? と続けて尋ねる。「詳しくは知りませんが、石じゃないですか。あの兄妹は、もともと採掘が本業でしたから」 加工前の石だと思いますとどうでもよさそうに答えた世界司書は、いい加減に離してもらえませんかねぇと恨めしそうに掴まれた服を見下ろす。「これ、全員撃退できたらって書いてあるけど、どうやって判断するの?」「川を渡る男性は紙風船をどこかに装備するようですから、それを割れば勝ちでしょう」「じゃあ、割られないまま川を渡って宝物をゲットしたら、男性陣の勝ち」「でしょうね」 それ以上は知りませんと面倒そうにした世界司書の言葉に何度か頷き、ようやく手を離した。「それって、女の子でも男性陣に混じるのは可?」「本人の要望なら、聞いてもらえるでしょうね」 あの兄妹は女性にだけ優しいですからと肩を竦めた世界司書は、濡れたらどうしようの呟きに何かを思い出したらしい。「着替えとして、浴衣を用意するそうです。ゲームが終われば、それで夕涼みでもどうぞ、と」 あのチェンバーなら蛍が綺麗でしょうと続けた世界司書は小さく溜め息をつくと、まだ宣伝がありますからこれで、と手を上げて、何だかよれよれと歩いて行った。
「これが有名な天の川……。バレンタインの時も思ったけど、変わった風習があるねー」 目の前に広がる割かし広大な川を眺めてディガーがしみじみと呟くと、いやいや坊主それ本気で言ってんなら違うからなと横合いから突っ込まれた。ふと視線を巡らせると、河原にずらりとボウルが並んでいる。 「……ボウル」 「ぅおーい、ここだここ!」 ボウルは喋らねぇぞと苦笑気味な声を探して視線を彷徨わせると、ボウルの一つに小さな存在を見つけてしゃがんだ。 目線が合うと相手はオレンジの髪から中折れ帽子を軽く持ち上げて、にやりと笑った。全長としては十センチもなさそうだが、その銜え煙草と無精髭から察するに彼よりは年上だろう。 「よ。ジャスティン・ローリーだ」 「ディガーです」 頭を下げると軽く笑ったローリーを眺め、ディガーは首を傾げた。 「ボウルが一杯です。これ、どうするんですか?」 「防御はしてもいいって事だからな、ダミーに使うんだよ。どれに俺が入ってるか分からねぇように、一緒に川を渡るんだ」 「へえ。……でも全部流れていきませんか?」 ついでに言うなら、ローリーが入っているボウルも流れていきそうだ。けれどローリーはちっちっと軽く指を揺らし、ふわりと自分の入ったボウルを浮かび上がらせた。 「出来る男は、こんくれぇちょろいのよ」 どうよと自慢げに言われたそれに、おおー、と歓声を上げながら拍手を送る。ただギアである鈍い銀のシャベルを手に持ったままなので、へにょへにょんした音にしかならなかったけれど。 ローリーは何だかがっくりと項垂れて、まぁいいやと煙草の煙ごと溜め息を吐いた。 「とりあえずさっき渡された紙風船を設置しねぇとな。ところで坊主は、どこにつけるんだ?」 ボウルの底に自分の身体以上の大きさをした紙風船を固定しながら問われ、ディガーは勿論と自分の背中を示した。 「ここです。背中なら豆をぶつけられても割れないですから」 我ながら名案とにこにこと答えると、ローリーは何だかちょっぴり遠い目をしてそーだなーと力なく笑った。 「うん、俺は坊主の発想好きだぜ。いやまぁ、結果どうなろうといいじゃねぇか、なぁ」 うんうんと何度となく頷いたローリーは紙風船を設置し終わったのか、後は蓋をするだけだなと満足そうに頷いた。 「蓋をしたら見えなくないですか?」 「おう、その点もちゃんと考えてるぜ。ほら、ここに覗き穴もつけてある」 どうよと自慢げに言われ、よくよく目を凝らしてようやく穴が空いているのを見つける。それでちゃんと見えるんだと頻りに感心していたが、ただ難点が一つあってなぁと幾らか苦い口調でローリーが舌打ちした。 「このボウル、知り合いから借りてきたのはいいがどうもニンニク臭ぇ。ちゃんと洗ってんのか?」 「ニンニク……」 言われて鼻を動かしてみたが、まったく分からない。やはりこれも大きさの違いで敏感なのだろうか、と首を傾げた。 「向こう岸に辿り着くまでに、この匂いで酔っちまうかもしんねぇな。……あ、そういや俺結構船酔いするほうだったわ。水の揺れる感じがダメっつーか」 え、俺大丈夫なのかと一人でぶつぶつと言い始めたローリーを眺め、それ問題は一つじゃないですね、と心中に呟いたが口にはしないでおいた。そんなことより、気になる事がディガーにも一つ。 まぁ何とかなるかと問題を丸投げして結論付けたローリーは、ちょんちょんと指先で河原をつついるディガーに何やってんだ? と声をかけてくるが、耳を素通りする。 うずっ、と掘削精神が疼く。 徐に立ち上がり、ぎゅっと握っていたギアを構えて石の河原に突き立てた。 「どわっ、いきなり何しやがる!?」 ギアのシャベルの先に当たって石が跳ね、直撃してくわんくわんといい音をさせたボウルが揺らいでいる。強引に掘ろうと思えば掘り進められない事もないが、やり難い。 「……ここ、掘りにくい……」 思わずしゅんとして呟くと、掘るなーっ!! とローリーに叱られた。 花咲杏は、配られた桝入りの豆を受け取って思いっきし紛う事無く節分やんなぁと思わず心中に突っ込んでいた。しかも嬉しい事に、香ばしく炒られた炒り豆だ。誰も見ていない隙を衝いて、一つ二つ口の中に放り込む。んまい。 「これ相手にぶつけて紙風船割ったらええんやんな? 腕鳴るわ~」 また一つ二つ豆を食べながら他の参加者を確かめるべく顔を巡らせ、水着姿の色っぽいお姉様の姿に思わず絶句する。 正に、ぼんきゅっぼん! と表現したくなるスタイルを惜しげもなく晒すビキニ姿で、気怠げに渡された桝を眺めている。ちょっぴり肌がごにょごにょ(良心により規制)だが、それを差し引いて余りあるセクシーさだ。 「姐はん、スタイルええなぁ」 「あらそう、そんな感嘆の眼差しで眺められると悪い気しないわー。キミは水着にならなくていいの?」 「うちはええ、水に入るなんて冗談やないっ」 今は黒髪も艶やかな可愛らしい美少女(強調)だが、こう見えて杏は立派な猫又だ。豆を投げつけて全員倒すのは楽しそうだが、水がかかるのだけは頂けない。だから水をかけられない為にも愛らしい外見をサイダイゲンニイカシタヨウエンサで惑わそうかとちらりと考えていたのだが──一部、棒読みだったことをお詫びします──、隣でセクシーの権化様がビキニを纏っておられると思わず無言で自分の身体を見下ろした。 「……ええねんっ、要は豆ぶつけてぶっ倒したらええんやろ!?」 ちょっぴし目的がずれたり何やかやが混じったりしているようだが、そこはあまり気にしてはいけないところ。にゃんこ姿になったらセクシーさでは負けないっと噛み締めつつ悔し紛れにビキニのお姉様から視線を逸らすと、ふわふわピンクの可愛い少女を見つける。桝から豆を取ると、弓をパチンコのように使って飛ばそうと画策している。 「それ、上手いこといく?」 思わず声をかけると、視線を向けてきた少女ははにかんだように笑った。 「はじめてだから、まだうまくいかないみたい」 言いながらやって見せてくれるのだが、言葉通り豆は数センチ先でへにょんと失速している。でももうちょっとやったらだいじょうぶ、と頼もしく請け負う少女に、そうかーと思わず笑顔になる。 (せやねん、美少女は癒しやねん!) 目の保養やないけど癒しやしええねんと存在意義を思い出して改めてやる気を漲らせていると、腰掛けられるような大きさの宝箱を持った浴衣の女性が近寄ってきた。 「もう浴衣着てんの?」 「うん……、借りた。着てみたかったの。……真似したかったの、かも?」 どこか照れたように答える銀の髪の女性は、持ってきた宝箱の上に軽く腰かけた。 「浴衣で豆投げできる?」 「大丈夫……、練習してきたから」 任せてと取り出されたのは、どうやら吹き矢らしい。 「紙風船だとね、豆の吹き矢でも、充分破けたから? 川の中で豆ぶつけるの、可哀想かなって? ここまでこれる人、三人以下だろうし?」 「おお。かっこええ」 ぱちぱちと思わず拍手すると、浴衣の女性はどこか嬉しそうに足を揺らした。皆色々考えてんねんなぁと感心しながらまた二つほど豆を口の中に放り込んだ杏は、川の向こう岸を見て目をぱちくりさせた。 「えーと、大量のボウルが並んどるように見えんの、気のせい?」 「それでは、豆投げ開始としようか。男性諸君が目指す宝物は、魅惑の美女たちに守られている。やる気も出るというものだろう?」 精々怪我をしないように気をつけて奪取したまえと面白そうに宣言したのは、わすれもの屋の店主。始めと合図をするなりさっさと戻って行く姿を眺めていると、目が合った女性はふわりと笑いかけてきた。 「お嬢さん、君も怪我などしないように気をつけて」 「ありがとう。あの、ひとつきいてもいい?」 「何なりと」 何か疑問点が? と軽く首を傾げてくる女性に、手塚汐は一番気になっている一点を指した。 「あれ……、あの人。かみふうせんだらけ、だね」 ひょっとしてチラシを配っていた世界司書なんじゃないかなとは思ったが、見当をつけるしかできないのは姿も碌に見えないほど紙風船塗れだからだ。女性はそちらに目をやり、ああとどうでもよさそうに頷いた。 「あれは単なる的だ」 「まと?」 「そう、豆をぶつけられる為だけに存在している的。宝物奪取にも参加しないでただ突っ立っているだけだから、練習台に使ってくれ」 勿論反撃もしてこないから心置きなく倒すといいと爽やかな笑顔を向けた女性は、よほどの事態が起きない限り関知はしないから好きにしてくれと言い置いて宝箱よりも下がって面白そうに観戦を始める。 汐の横でそれを聞いていた花咲は、ほな遠慮のう~と嬉しそうに語尾を上げると足元に置いた桝から豆を一握り持ち上げて、野球のピッチャーよろしく構えた。くりっとした猫みたいに大きな目をきらんと輝かせ、一回でどんだけ割れるか勝負!! と叫びながら綺麗なフォームで豆を投げつける。下流のど真ん中で黄昏たように突っ立っている紙風船お化けは、花咲の投げた豆の大半を食らってぱぱぱぱぱんっと軽やかな音を立て、身体の前面についた紙風船のほとんどを割られて蹲った。 「全弾めいちゅーう!」 さすがうちー! と飛び跳ねて喜ぶ花咲の声を聞きながら少しばかり心配になって蹲っている世界司書──さっきちらっと見えた顔は、やっぱり彼だった──は、顔を覆いながら世の中を呪うようにぶちぶちと何かを唱えている。何を言っているんだろうと近寄りかけたが、お子様には耳の毒? と宝箱に座っていたティモネンに柔らかく耳を塞がれて止められた。 「それより、まだ結構な数、渡ってくるから……。あっち狙ったほうがいいよ?」 川下の世界司書ではなく宝箱の正面を指し示されるので、汐もうんと頷いた。世界司書をやっつけてご満悦らしい花咲も、矛先を変えて豆を投げつけている。たまにぽりぽりと音がしているが、炒り豆は美味しいんだから仕方ない。 とりあえず特技のイーグルアイで、渡ってくる男性陣の紙風船の位置を把握するとトラベルギアの弓を構えた。 「まけてられない……!」 わたしもがんばると宣言し、パチンコの要領で豆を放つ。さっき練習したおかげで大分狙いは定まるようになり、軽やかな音を立てて紙風船を連続して割っていく。 「やるなぁ、嬢ちゃん!」 すごいやんと笑顔を向けてくる花咲は、水切りするみたいに豆を投げて渡りきりかけている相手の膝を撃ち抜いた。痛ぇ! と悲鳴を上げて膝を突いた相手が背面につけている紙風船を捕捉し、汐がそれを割った。 「どんどん減ってくね……。渡りきりそうなのは……、あの二人かな?」 軽く目の上に手を翳して川の様子を眺めたティモネンが呟いたのを聞いて、汐もそちらに視線を変えた。 「おーう、思った以上にきっついな、これ」 ダミーのボウルと一緒にぷかぷかと浮いているジャスティンは、覗き穴から周りの様子を確かめながらもゆらゆらする感覚に軽く吐き気を覚えそうになっていた。 「いやいやこんな状況で吐いたらお前どんな惨状になるって話だろ、酔ってない、酔ってませんよ、俺はっ」 自己暗示が大切だと自分に強く言い聞かせながら、意識を変えようと外を窺う。 ちょっと先に見えるのは、先ほど石をぶち飛ばしてえらい目に遭わせてくれたディガー。銀色のシャベルで投げつけられる豆を器用に防ぎながら──たまに当たる幾つかに、ちょっと痛いと呟きはしているが──、いっそ無造作にざぶざぶと進んでいる。 「頑張ってんなー。豪華商品って石らしいけど、そんなに欲しいもんか?」 幾つかのボウルを自分の前に浮かべてカバーしながら、空気を入れ替える意味も込めて蓋を開けて尋ねる。と、ディガーは不思議そうに見下ろしてきた。 「石かぁ。石より土の方が……あ、えっと、石も好きです」 ここにはない主催者の目を気にしたように小さく頭を振って言い直すディガーにジャスティンは小さく苦笑し、漠然と石っつわれてもなぁ? と視線を変えて慌てて蓋を閉じた。石目当てではないが、やるからには負けたくない。紙風船相手にお前は俺が死守するぜっとかっこいいことを言い、ちょっと切ないと視線を揺らす。 そうしている間にも雨みたいに降ってきた豆を防ぎきり、ちらりと隣を窺うと水に落ちる前に拾った豆をぽりぽりとディガーが食べている。 「歳の数だけ食べるんだっけ?」 「……腹、壊すなよ……」 思わずぼそりと警告し、見なかった事にしようと視線を変えてよかった。向こう岸で次々と周りの連中の紙風船を割っていた少女たちの内、黒髪の溌剌とした少女が何かしら不吉な物を持ち上げているのを見つけた。 「ちょっ、ちょっと待て、投げるのは豆のはずだろ? 嬢ちゃんのそれ、完全に石じゃねぇか!!」 豆でも彼の顔より大きいという素敵な死にフラグだというのに、少女は何やら固そうな石を持ち上げてにんまりと笑う。 「大丈夫大丈夫、怪我させへんかったらええんやろ?」 うちかてちゃんと弁えとう、とにっこりと笑った少女は、吹き飛べー! と不吉な掛け声とともに石を投げつけてくる。どうやら当てる気はないらしく、石はボウルの直前で落ちる。ただそのせいで凄まじい波が立ち、当然のようにボウルはぐらんぐらんと揺れる。 「ちょっ、まっ、お、……鬼か嬢ちゃんーっ!!」 吐くわーっ! と叫びながらも自分のボウルを死守すべく努力する。他のボウルから意識が逸れるせいで、とぷんとぷんと川下に流れて行くが構っていられない。 「大丈夫ですか?」 持って運びますか、とそっとディガーに尋ねられたが、情けは無用! と大分酔いながら断る。 「そうですか。まぁ、ぼくも水があると足元がよく見えな……あっ」 小さな悲鳴に何だ? とどうにか視線をやると、ディガーの姿がない。まさかと水面に視線を移すと、どうやら急に深くなっていたらしい。ずぶずぶと沈んでいるディガーは意地でもシャベルを手離しておらず、それを頼りにジャスティンが力を使ってそうとディガーを持ち上げた。 「げほっ。……いきなり深かった……」 「災難だったな。つーか、そんなずぶ濡れで紙風船割れてねぇんだけど」 「説明しよう。それはわすれもの屋特製の紙風船だ、水に濡れた程度では割れないようになっている」 仮に割れていたらプライドに懸けて付け替えてやるぞと、遠い向こう岸からわすれもの屋店主の声が届く。ぼったぼったと水を落としながらとりあえず浅瀬に戻って足をつけたディガーは、だいじょうぶですーと頼りなく答えた。 鵜城木天衣は、目の前で繰り広げられる光景にちょっぴり遠い目をした。 天の川の代わりを果たすのだろう広い川に、どんぶらと浮かび流れているのは大量のボウル。そして割れた紙風船の残骸。 可愛らしい少女が二人先頭に立って豆を射たり投げたり、その度に耳障りな悲鳴が上がったり、川の途中で誰かが深みに嵌ったり。 「あーあぁ……なんで私こんなことしてんだろー。あぁん早く戻って研究したいぃー!!」 いきなり自分の目的を思い出して髪を掻き毟り、このままふけようかしらと半ば本気で考える。こんなシュールな光景を眺めているくらいなら、先日手に入れたエンドセラスの、……あ。 いーこと思いついちゃった、とにんまりした天衣は、セクシービキニのどこから取り出したか分からない(だって女の子には秘密が一杯)化石とトラベルギアの「リアニマ・エルダ」を取り出した。 「せっかくだから実験するか。このリアニマ・エルダの力で……うっふふふ……」 嬉しそうに肩を震わせた天衣は、ばれて誰かに止められないようにこっそり物影に隠れて化石を置く。彼女のギアは、化石生物を一時的に蘇生させて操れるといった特性を持っている。今回入手したエンドセラスは不完全で、それを復活させるにはかなりの気力がいる。 「んーっ、復活しちゃえエンドセラスーっ!!」 他人が聞けば呑気な掛け声だが、本人の気合の入りようは半端じゃない。物陰だから人目にもついていないものの、ビキニでその格好はちょっと!? と目を覆いたくなるくらいせくしーなお姿だったりするが、カメラ小僧もいないので今は気にしない事にする。 とりあえずいつになく情熱を注いでエネルギーを充填されたエンドセラスは、にょきにょきむくむくと蘇生を果たす。 「お、お、お、おーっ」 目をきらっきらさせる天衣の前で、エンドセラス──古代の殻付きお烏賊様がご復活遊ばした。具体的に姿を現すのならば、巨大な円錐状の殻を持つイカの祖先で、全長は五メートル。うねんうねんした触手を蠢かせ、皆様の悲鳴を心地よく誘っている。 天衣のドングリフォームのセクタン・マロカリは、ほわーっとばかりにエンドセラスを仰いでいる。天衣も同じくそれを見上げ、何だかちょっぴし高笑いをしたい気分になった。 「ふふふ、エンセラたんはアマエちゃんの専門じゃないけど、ここまで迫力あるとちょっと感動ー!」 やっておしまい! と、どこぞの悪者女幹部よろしく指示すると、エンドセラスはうにょうにょと動いて川に向かい始める。 「何でこんなところに巨大烏賊が!?」 「え、ヤドカリじゃないの、巨大ヤドカリ」 「形的に烏賊じゃない?」 烏賊だヤドカリだと、半ば現実逃避を兼ねた論争が繰り広げられる中、どっちでもいいよと打ち切ってティモネンがそれを仰いだ。 「どうしていきなり、こんなところに……?」 これは攻撃すべきなのと困ったように呟いたティモネンは、待機していた宝箱の上から降りていつでも攻撃できるように態勢を整えている。その近くで観戦していたわすれもの屋店主も、驚いたように何度か目を瞬かせた。 とりあえず止められる前にと別の化石をちゃちゃっと用意し、アンモナイトを十体ほど蘇生させた。ついでに相方のシンちゃん(アノマロカリス種シンダーハンネス)、マロカリに豆構えー! と指示を出す。素直な彼らは口に含んだり触手に巻き取ったりして、豆投げ体勢を整える──目的通りに飛ぶかはこの際横に置いておく。 「撃てー!!」 エンドセラスを復活させたせいで大分へろへろだったが、気分は昂揚している。やっちゃえー! と大はしゃぎな命令に、マロカリが、ぺ、と豆を吹いた。 「シュールにも……程があるよね?」 これはやりすぎと呟いたディーナ・ティモネンは、咄嗟に川縁で豆を投げていた二人の少女を窺った。危ない下がりと手塚の襟を掴んで避難している花咲は、巨大な烏賊がにょるんにょるんと川に入って行くのを何やあれと呆然と眺めている。それは多分この豆投げに参加した全員の総意だろうが、答えを持つ者はいない。 ひょっとしてとわすれもの屋の店主を振り返ったが、彼女も驚いているところを見るとやっぱり違うのだろう。 「どうしよう?」 「ああ。……あれは私が何とかするから、君は申し訳ないがあの流れてる参加者を救助してくれるか」 指された先には、巨大烏賊が川に入ったせいでどっぱり起きた波に巻き込まれて下流に流されていくボウル。はっとして慌てて救出に向かうと、シャベルを持った青年も波に足を取られながらボウルを追いかけているのを見つける。 「私が助けるから、キミも川岸に上がって!」 でも、と躊躇う青年を他所に川に入り、浴衣の裾を絡げてボウルに駆け寄る。こんな事もあろうかと、浴衣の下にはキャミソールと短パンを着用済みだ。 どうにか端に手をかけて持ち上げたのを見た青年も川岸に向かうのを確認し、ディーナはボウルの中を確認しながら岸に向かう。中に入っていたオレンジの髪の小さな男性は、割れた紙風船の上でぐったりしている。 「大丈夫……?」 「うえー……ああ、……ぐえ」 答えようとはしてくれているらしいが、喋れるような状態でもないらしい。とりあえず生きてるからいいよねと納得して、心配そうにこちらを見ている青年や少女たちに手を上げてみせた。 「中の人も、平気。皆も大丈夫?」 「ずぶ濡れだけど、平気です」 「わたしも、花咲さんにたすけてもらったから」 大丈夫と頷くピンクの少女の横で、花咲と呼ばれた少女はうちも平気やけどと答えながら後ろでまだうねうねしている巨大烏賊に振り返る。 「水ん中入るんは嫌やけど、よかったらうちが倒そか?」 あんくらいやったら大きさでもはれるでと言いながら、花咲は獲物を見つけた猫みたいに目を輝かせる。 「わすれもの屋の店主が、何とかするって言ってたけど……」 でも手を貸すべきなら自分もとボウルを片手にギアに手を伸ばしかけたが、その直前、烏賊の動きがぴたりと止まった。大暴れの予兆ではないだろうなと全員が警戒しながら眺めていると、烏賊はいきなり小さな石になってとぽんと川に落ちた。 「うあーんっ、ごめんなさいーっ!」 悪気はなかったのーっと泣き声が上がるので視線をやると、わすれもの屋店主がビキニの女性を引き摺り出しているところだった。 「あ。あの姐はん、豆撒き参加してはらへん思たら物陰で休んではったんか」 「休んでいるというより、……烏賊、あの人のせいみたいだね」 ちょっとの無茶は大目に見るがやり過ぎはよろしくないと店主が説教しているのを眺めながら苦笑すると、まぁ面白かったけどと花咲が笑う。 「わら……笑い事か~っ」 死ぬかと思ったぞとようやく喋れるまで復活したらしいボウルの中の男性が嘆くように声を上げ、どかりと座り直した。 「あーくそ、面白がって参加したせいで死にかけるとはな……。しかも紙風船、自分で割ったなんて笑えねぇ」 揺れがひどすぎたと顔を顰めながら愚痴る男性の言葉を聞いて、ディーナははたと我に返って持ったままだったボウルをピンクの少女に渡した。それから袂に入れていた吹き矢をちゃっと構え、まだ唯一紙風船を背中に揺らしている青年の後ろに回り込む。 気づいた彼がシャベルで防御する前にディーナの放った豆は、ぱんっと紙風船を割った。 「っ、結構痛い……」 「うお。……容赦ねぇな、嬢ちゃん」 ボウルの中から苦笑されたそれに、ディーナはこれで勝ちだねと口の端を持ち上げた。 「コールミークイーン、なんてね?」 この後はどれだけ暇でも実験は禁止だと店主に釘を差された天衣は、ごめんなさいと謝罪しながらもがっかりしていた。確かに川を流されていった人がいると聞いて反省はしたが、エンドセラスの復活持続時間を計れなかったのは心の底から悔やまれる。 もうちょっと下流でやればよかったと膝に乗ったマロカリを撫でながら反省点を振り返っていると、後ろから花咲が声をかけてきた。 「姐はんも着替えへん? そろそろ夕方になって涼しなってくんねんて。あっちに浴衣に着替える場所もあるみたいやし」 水着やと風邪引くでと笑って勧められるので、ありがとうと促されるまま足を向ける。 いつの間に用意されたのか気づかなかったのが不思議なほどでっかいテントにしか見えなかったが、布を潜って中に入ると簡易ながら和室が広がっていた。 「すごいなぁ、ちゃんと畳やん」 感心した声を上げながら靴を脱いで上がった花咲に続くと、先に部屋にいた手塚が用意されている浴衣の数々を前に目を輝かせている。 「かわいいゆかた! どれにしよう、どれがいいかな」 ピンクにしようかな、でも紫陽花も、と浴衣を持ち上げてはしゃいでいた手塚は、でもうまく着つけられるかなと顔を曇らせた。 「ああ、よかったらうちが教えよかー?」 「花咲さん、きつけできるの?」 「任しとき。姐はんも一緒に面倒見たろ」 嬉しそうに笑った花咲が教えてくれるまま浴衣を着て何とか帯を締めていると、わすれもの屋の店主が失礼すると声をかけて入ってきた。その後ろからティモネンも顔を出して、畳に並べた浴衣の前に行く。 「あれ、ディーナはん、さっきの浴衣は?」 「濡れたから……、もう一枚選んでもいいって。また着替え」 今度は違うのにしようとふにゃっと嬉しそうに笑ったティモネンは、慌てて顔を引き締めている。微笑ましげにそれを眺めていた店主が、さて、と軽く声を張った。 「お嬢さん方の活躍のおかげで、見事にこちらの勝利だ。景品として提示していた石は、私と兄が採掘した宝石だ。まだ原石のままだが、よければ宝箱から好きな物を選んで持って帰ってくれ。後日、うちに持ってきてくれたら望むままの形に加工しよう」 「ほうせき? もらっていいの?」 驚いたように手塚が尋ねると、店主は景品だからなと気安く頷く。 「どれも加工すれば、大層な大きさにはならない」 だから遠慮しなくていいとさらりと告げる店主に、嬉しそうな声が上がる。 (でもどっちかというと、化石が欲しかったなー) 喜んでいる他の皆には申し訳ないながらちらりとそう考えると、見越したように店主が笑いかけてきた。 「持っているだけで運気の上がる石も、中にはある。どれを引き当てるかは君次第だが」 運試しと思ってやってみるといいと悪戯っぽく告げた店主は、もう夕涼みの準備は整ったから順次出ておいでと言い置いて部屋を出た。 女性陣の為に用意した和室を出ると、もうすっかり日が傾き出していた。最後の烏賊騒動もあってずぶ濡れになった者も多かったが、花咲が妖火で乾かして回ってくれたおかげで風邪を引く者も少なそうだ。 「お、いたいた、嬢ちゃん」 声をかけられて視線を巡らせると、ふわふわとティーカップが近寄ってくる。 「おや、ボウルはもういいのか?」 「あんな臭いもん、もう懲り懲りだ。それよりこれ、嬢ちゃんの設えか?」 言いながら袷を軽く引っ張ったローリーは、生成りに薄い緑の線だけで書いた笹模様の浴衣を着ている。参加者が決まって急遽用意したのだが、どうやらサイズは合っているようだ。 「ああ。仕立て屋ほどではないが、なかなかの物だろう? よければ浴衣に合わせて、湯飲みを提供しようか?」 ティーカップよりは様になると思うぞと語尾を上げると、はっとローリーは目を眇めて笑った。 「見た目が変わっても俺自身が変わらねぇんだ、こっちのが俺らしいだろう?」 「成る程、それは野暮を言った」 胸に手を当てて軽く頭を下げると、藍染に流水模様の浴衣を着たディガーがからころと音を立てて近寄ってきた。履き慣れない下駄に不思議そうにしながらも、団扇の代わりのようにシャベルを握り締めている。 「ああ、君もなかなかの着こなしじゃないか」 「この服、涼しいね……特に足が」 すーすーすると、どこかそわそわと告げるディガーに少し笑い、夕涼みを楽しんで行ってくれと声をかけてその場を離れる。 他の参加者たちも、大半が浴衣を初めて着るらしい。襟や帯を直したり、羽目を外しすぎている参加者がいないか注意深く見て回っていると、店主と声をかけられた。 「やあ、それも君によく似合っている」 浴衣も本望だろうと頷くと、先に浴衣を着たいと申し出てきたティモネンはそうかなとどこか嬉しそうに口許を緩めた。 シックな紫地に色取り取りの花を散らした浴衣は、左胸に一輪大きく白い花を咲かせている。先ほどの浴衣も似合っていたが、抑え目に華やかなそれは彼女によく似合っている。 「さっき汚したのは、クリーニングして返すね」 「ああ、それなら気にしなくていい。浴衣は参加者全員にお礼を込めて差し上げる予定だ。君は人助けの功で二枚、と思ってくれたので構わない」 「でも、」 「クリーニングも、よければこちらでしておこう」 兄に頼めば早いと勧めたが、そこまではと固辞されるので引き下がっておく。とりあえず参加賞と思って貰ってくれと促すと、ティモネンはありがとうとどこか照れ臭そうに笑った。 「ちょっとコレ、見せたかったから……。貰えるのは、嬉しい」 そんな機会があるかは分からないけどね、と肩を竦めるティモネンに、知らず口許が緩む。 「会いたい人がいるのはいいことだ」 「っ!」 反論したげに思わず口を開いたティモネンは、けれどすぐにちょっと赤くなり、ふらりと視線を外し、そっと笑った。 「うん。……また、会いたいなぁ」 祈るように願うように呟いたティモネンに目を細め、邪魔をしないようにそっと立ち去る。料理は足りているだろうかとそちらに足を向けると、淡いピンクの浴衣に赤いレース帯をちょうちょ結びにした手塚を見つけた。柄の白い百合に合わせた百合の巾着を持ち、ちょっと背伸びをしながら並べられた料理を見回している。 「何か探し物でも?」 目当ての物がなかったかなと尋ねると、手塚は振り返ってきてううんと頭を振った。 「たなばたに、そうめんをたべたらおさいほうがうまくなるんだって。だから、あるかなぁとおもって」 「成る程。そんな言い伝えもあるんだな」 それでは用意させようと踵を返しかけると、でもあの悪いからと服を取って止められる。 「気にすることはない、お嬢さんたちは今日の功労者だ。それにパーティーの主催者としては、お客人のご要望に応えるのも義務だからな」 「ほんとうにいいの?」 「構わないとも。そんなに手間な物でもない、すぐに用意させよう。流しそうめんも楽しそうだが……、じきに蛍が飛ぶ。座って食べられるほうが無難だな」 少しだけ待っていてくれとお願いすると、ほたるもたのしみ! と目を輝かせてくれるのが嬉しい。うんと頷いてそうめんを用意するべく兄を探していると、モデル張りのスタイルで浴衣を着こなす鵜城木を見つける。 黒地に赤線で花と蝶をあしらった浴衣は強烈なインパクトだが、結い上げて覗く項も合わせて色香が漂っている。 「素晴らしいな、そのスタイルで浴衣も着こなすとは」 「んー、胸とお腹は苦しいけど」 あのお嬢ちゃんに色々されたと少しばかりしんどそうに答える鵜城木に、思わず声にして笑ってしまう。鵜城木は笑い事じゃないしと苦笑しながら視線を向けてきて、軽く首を傾げた。 「で、君は誰か探してるの?」 それともまたお説教しに私を探してた? と揶揄するように問われるので、反省してくれたらそれでいいと笑いながら頭を振る。 「今探していたのは兄だ。あの巨大烏賊の乱入で、世界司書が流されたからな。それを拾いに行ったはずだが」 そろそろ戻ってきてるはずなんだがと顎先に手を当てると、アマエちゃんのせいって言いたいのーっと恨めしそうに言われる。 「いやいや、他の司書なら困るがあれは流して当然だ。寧ろいい仕事をしてくれたと褒め称えたいが?」 真顔で告げると鵜城木は何故か頬を引き攣らせ、聞かなかった事にするーと目を逸らした。 「ああ、そうだ、これを返しておかないとな」 忘れていて申し訳ないと告げながら川から拾い上げておいた化石を手渡すと、鵜城木の顔がぱっと輝いた。 「よかった、失くしたのかと思ってたのーっ」 「大事な客人の持ち物を勝手に処分はしないさ。確かに返したよ」 それでは兄を探すのでこれでと側を離れ、ようやく見つけたずぶ濡れの世界司書を引き摺っている兄にそうめんを頼んだところでふっと目の前を蛍が横切った。 「ああ、もうそんな時間か」 呟いて蛍の行方を視線で追うと、その先で花咲が懐かしそうに目を細めている。鮮やかな青地に伸びをした猫が何匹も寛いでいる浴衣は、あまりにらしくて口許を緩めた。 「いい柄を選んでくれたものだ」 「お、店主はん。金魚とどっちがええか悩んでんけどな?」 猫めいて悪戯っぽく笑う花咲にそれも可愛らしかったろうと笑いながら、よければどうぞと団扇を手渡す。 「追い回すのは推奨しないが、蛍狩も乙だろう」 「せやね。まさか、こっちに来て蛍が見られるなんて思てへんかった」 どこか遠い眼差しで蛍が行き交うのを眺める花咲に、花咲さんと声がかけられた。 「あっち、もっとすごいよ」 「ほんま? どこどこ」 はしゃいで呼びに来た手塚と手を繋いで歩いていく花咲を見送っていると、店主はんも早う! と呼ばれる。何となく足をそちらに向けると、用意した床几に腰かけて多くの人が柔らかな光が飛ぶのを眺めている。 花咲は手塚と一緒に同じ床几に座り、そうと団扇を差し出している。飛び疲れた光か一つ二つ、渡した濃紺の団扇に止まって明滅する。 「蛍って案外顔怖ー。とか言うと顰蹙か?」 「うん。……野暮?」 「この辺掘ったら、化石出ないかな」 ぼそぼそっとローリーとティモネンが話しているのが聞こえ、どこまで本気か分からない鵜城木の呟きが混じる。 「ぼくは暗い方が好きだけど……こういう光は、綺麗だなって思うよ」 「うん。すごくきれい」 「……たまには、こんなんもええなぁ」 ひそひそとした声はするけれど、大体の人がこの柔らかな光景に誰かを想い、何かを想い、そっと息を潜めている。 その優しい空気に知らず口許を緩め、ご参加ありがとうございますと声なく紡いだ店主は深々と一礼した。
このライターへメールを送る