ロストナンバーたちが、【最果ての流転 アルカトゥーナ】と呼ばれる人々の率いるキャラバンとともに、砂漠の果てにある秘境へと旅立って数日が経った頃のことだ。「すまん、手の空いているものはいないか」 世界司書、贖ノ森 火城の声には若干の焦りが含まれていた。 何かあったのかと問えば、「先達て旅立ったキャラバンが、大規模な盗賊団に襲われるという未来が見えた。それを阻止するための人員がほしい。――ことは急を要するんだ」 司書は下手をすればすさまじい犠牲の出かねない予言を口にする。「それは……先行の連中には?」「まだ伝えていない。心構えをしてもらうためにも連絡は入れるべきだろうが、アルカトゥーナと呼ばれる人々をいたずらにパニックに陥らせないためにも、先行のロストナンバーたちは表立って動くべきではないようにも思う」「パニック? 何故そんな、」「盗賊団の規模は百人ほど。更に、魔法使いがひとりと、手練れと呼んで差し支えない剣士が数名いる。連中の目当ては、アルカトゥーナの持つ高価な商品のようだな。彼らはキャラバンを取り囲むように追い詰め、一斉に襲い掛かることで圧殺するらしい。ロストナンバーたちだけならどうとでも切り抜けられるのだろうが、――戦闘に慣れていない三十数名を護りつつ、犠牲を出さずに戦えると思うか?」「!」「……それに、砂漠へ追い込まれるとますますキャラバンには逃げ場も隠れる場所もなくなる。連中も、じわじわと距離を縮めつつ追いつかないのはそういう思惑があるためだろう。だから、あんたたちには、砂漠の手前にある森で奴らを食い止めてもらいたい」「止めてもらいたい、とか簡単に言うよな、あんた」「不可能だとは思っていないからだが?」「やれやれ……」 それに応えて集まったのは五人。 常識で考えれば百対五など嬲り殺しにされるしかないような数字だが、残念ながらと言うか幸いにもと言うか、世界図書館に籍を置くロストナンバーたちには規格外の、非常識な戦闘力の持ち主が多い。「ここに砂漠手前の森の地図がある」 火城は、以前他のロストナンバーに頼んで手に入れたという詳細な地図を差し出し、「幸運にもやつらは森がどうなっているか知らん。要するに、罠も奇襲もかけ放題ということだ。無論、腕に覚えがあるなら真正面から挑んで足止めをしてもらっても構わないが、大切なのはひとりたりとして砂漠へ抜けさせるなということだな」「森から逃がさなければ、もしくは反対側へ追い返せばいい?」「ああ。現地ではキャラバンが出発して二日が経っている。賊はじわじわと包囲網を狭めつつ山を越えようとしている辺りか。現地には転移系魔法使いを手配しておいた。ちょうどキャラバンと賊の中間点に飛ばしてもらうことになっているから、そこから行動を開始してくれ」 そう言って、チケットを五枚、取り出した。 そして、「ああ、それと」 鶏の玉子サイズの赤く光る珠を取り出し、ぽいと放る。「何だ、これ」「ゲールハルトから預かった、再生珠だ。名前通り、戦いが終わったあとに使えば、周囲の惨状を『なかったこと』にしてくれる」「それは、つまり?」 確認のような問いかけに、火城はかすかに笑った。「――存分に、暴れて来い」 端的かつ明快な答えに返るのは力強い笑み。 そして、ロストナンバーたちは、チケットを受け取り列車へと乗り込むのだ。「さて……どう、動こうか?」 これから繰り広げられる激しい戦い、いくつもの命がかかったそれを、最善で終わらせるには何をすべきなのかを考えながら。 ※ご注意※ こちらは先行のシナリオ『【最果ての流転 アルカトゥーナ】永遠に芽吹く海』と同じ時系列で運営されています。上記シナリオにご参加の方は、エントリー及びご参加をご遠慮くださいませ。万が一エントリーされ、当選された場合、充分な描写が行えない場合がございますのでご注意を。
1.Foretaste 依頼に応じて集まった五人は、外見も職業も様々な、個性的な人々だった。 「圧巻……と、言えばいいのかな」 隻眼に眼帯、隻腕に鎖を巻きつけたアジ・フェネグリーブは、森を見上げ、見渡して、琥珀色に透き通った目を細めた。 「いっそ、神聖ですらある」 あまりにも広大なそこは、いったいどれほどの長い時間をかけて出来上がった森なのか、木々は丈高く太く、天を覆うかのようで、中へ踏み込むと空気はひんやりとした。 木々の根はあまりの大きさに地面から幾ばくかはみ出ていて、それは旅人たちを迎え入れるアーチの様相を呈している。 「ヴォロスの秘境か……出来れば、見てみたいものだが」 美しい緑は故郷を思い出させてくれるだろうから、とつぶやき、白煌夜も黄金の眼を憧憬の色にして森を見上げる。 「もっとも、ここもすでに美しい。こんな世界があるんだな……」 今は遠い故郷に思いを馳せる白煌夜の傍らでは、この場には不釣合いなほど可愛らしいくまのぬいぐるみをいくつも抱えたレウィス・リデルが小さな溜息をついている。 「やれやれ、『存分に、暴れて来い』なんて、随分豪気なことを言ってくれるね」 基本的に狙撃手であるレウィスは、普段であれば、こういう『仕事』は出来るだけ手を掛けずに済ませるところなのだが、 「……まあ、たまには、思いきり動いてみるのも悪くないかな。存分に暴れるなんて、なかなか出来る経験でもないしね」 今回は少々、やる気の方向が違うようだった。 「ん、ああ……でも、その分、多少の怪我は覚悟しなくちゃいけないのか……痛いのは、嫌いなんだけどな」 ひとまず準備を始めよう、と、レウィスは装備品の入念なチェックを始める。 トラベルギアの特大ぬいぐるみ、様々な武器が仕込まれた小ぬいぐるみ、携帯食料に水。小ぬいぐるみには、手榴弾、小型拳銃、ナイフなどの殺傷能力が高い武器が潜んでいる。 「……うん、こんなものかな」 あとはそれをどう仕掛けるか、だ。 深く広く、静かな森を視界の隅々まで確認し、レウィスが思案する横には、今回の依頼ではもっとも異彩を放っているというべきバトルダンサーのエルエム・メールがこぶしを握り締めて気合を入れている。 「百vs五か……大暴れするには充分だね! 相手にとって不足なし! エルの踊りで全員天国まで連れてったげるよ!」 気勢を上げるエルエムに、アジが淡々とした眼を向ける。 「やる気充分、といったところか」 「ん? そういうもんじゃないの? じゃあ、アジはなんで?」 「……いや、ターミナルで暮らすロストナンバーは日々の糧を得るために依頼を受けるものだと聞いたので、そういうものなのかと。――白状すると、司書が募っているところへ通りかかったから、というのが大きい」 「あー、なるほど。なんかちょっと流されちゃってる感があるんだけど、足手まといになっちゃ駄目だからね!」 「無論だ。受けたからには尽力しよう」 生真面目にうなずくアジ、うんうん偉い偉いと何故か年上目線のエルエム。 そんな中、忍び装束の少年、ハギノは、 「狐たちよ、心せよ。獲物を狙うお前の上に、宙舞う鷲がいることを」 低く、ささやきめいた呟きを落としたあと、 「……なんつってー。あー、怖い怖い」 茶化したように言い、肩をすくめて笑う。 とはいえ、盗賊団が進んでくると思しきルートを見据える眼は冷ややかだ。 「百対五? いいねぇ、燃えるねぇ。――ま、僕たちがあんな連中に負けるなんてありえないけど!」 戦の絶えない世界にいて、人の生死に直結する戦場にいたからこそ、ハギノは平穏を一方的に乱すようなやからが嫌いだ。人々の営みを一方的に破壊するような蹂躙が大嫌いだ。 だから彼は、実を言うと忍びに向いていないのだが、当人はそのことに気づくよしもない。 「集団で取り囲んで力尽くで奪う? 命もろとも? ……許せるわけがない」 ハギノと、冷ややかな怒りを滲ませる白煌夜とは、馬が合うかもしれない。 白煌夜にとって、アルカトゥーナの人々は故郷・地球の虐げられる住民たちと同じだ。それゆえに、このまま放ってはおけないと強く思って彼はここに来たのだ。 「人のものを、命を脅かして盗ろうというのが気に食わん」 両腰に剣、背に長銃、動きやすい防護スーツ、丈夫なブーツという白煌夜は、この中ではもっともものものしい出で立ちだ。それは、彼の怒りを体現してもいるようだった。 「さて、では連中が辿り着くまでに仕掛けと打ち合わせを?」 レウィスの提案に否やの声は上がらなかった。 「ていうかさー」 男四人が顔を突き合わせて罠の仕掛け先や自身の行動ルートを話し込んでいると、エルエムがはいはい、と手を上げた。 「手練れは剣士何人かと魔法使いだけなんでしょ? 九十人も雑魚の相手するのはさすがにうざいんじゃない? まとめてぶっとんでもらうってのはどうかな!」 「手練が剣士数人と魔法使い、というだけで、九十人が雑魚とは限りませんよ。むしろ、百人単位で徒党を組んでの襲撃を繰り返しているからには、武人としての錬度はともかく少なくとも場慣れはしていると考えるべきです」 「あー、そっか。でも、手練を効率的に倒すなり追い返すなりしようと思ったら、九十人のほうは早めに何とかすべきだよね? 剣士や魔法使いにかまけてるうちに森を抜けられてもいやだし」 「そうですね、まとめて倒してしまえれば、剣士や魔法使いのみならず盗賊団そのものがキャラバンを追うことを諦めて撤退する可能性はある」 「でしょ? それでさ、確かレウィスとか白煌夜とか、うってつけな能力持ってるんじゃなかったっけ? エルが挑発してまとめて引っ張ってくるから、どかんとぶっとばしてくれない?」 エルエムの言葉に、レウィスと白煌夜が顔を見合わせる。 「僕は構いませんが、トラベルギアでの攻撃は味方を危機に陥れかねない危険性を孕んでいるのと、後方からの攻撃に弱いのもありますから、万能ではありませんよ。数を削る力にはなると思いますがね」 「うんうん、それでいいと思うよ。白煌夜は?」 「……俺は今回、“メテオ”を使うつもりはない。別のやり方で対峙する」 「え、なんで、便利そうなのに」 「下手をすればエルエムたちも死ぬぞ? それでもいいか?」 「うわ、マジ?」 「……それは確かに困るな。穴だらけになっては戦いにくい」 「戦いにくいっていうか普通は死ぬと思うよアジお兄さん」 真顔のアジに、いやそういう人だって知ってるけど、とぼそりとこぼすハギノ。 「と、いうことだ。地道に、かつ迅速に削るとしよう」 白煌夜が言った時、森の空気が変わった。 ざらりとした無粋な何かを感じ取り、全員が同じ方向を見やる。 「……近づいてきましたね」 「みたいだね、こんな綺麗な森で、無粋なこって」 「まったくです。恐らく彼らは、我々が虎視眈々と狙っていることは知らないでしょう。痛みを覚悟することもせず、ただ一方的に弱者から奪い続けることが出来るなんて、そんな甘いことを信じている愚かで幸せな連中に、思い知らせてあげることにしましょうか」 森は、武骨で残虐な闖入者を孕んですら輝き、色鮮やかだ。 降り注ぐ光によって葉の縁が透けるように輝く緑の『天井』、そしてわずかな隙間から地上へと差し込む陽光の金の美しさを、いまさら賢しく書き立てる必要はないだろう。 「……少々騒がせるが、勘弁してくれよ」 白煌夜が光に縁取られた葉を見つめてつぶやくと、ハギノが肩をすくめた 「元に戻るとは言っても、出来ればあんまり傷つけたくないよねー。ま、甘いことも言ってられないんだろうけどさ」 「そうだな……ひとまずは、『仕事』を果たそう」 「ん、そだね」 いたずらっぽくハギノが笑うと、白煌夜もかすかな笑みを見せた。 「幸い砂海へ抜けられるルートはそこそこ限定されてる……なんての、罠仕掛け放題、みたいな?」 言って、ハギノは驚くべき身軽さでするすると巨木を駆け上がった。 「んじゃ皆さん、健闘を祈る! またあとで!」 さわやかな笑顔で手を振り、ハギノが木陰へ消えるのを見送ってから、残り面子もめいめいの行動に移る。 ――戦いはすぐそこに迫っている。 2.Tiptoe 罠作成を買って出た三人は、素晴らしい手際のよさで様々な仕掛けをつくっていった。 白煌夜がつくったのは、空間・引力を自在に操る己が能力を駆使しての『引力溜り』だった。 「それは、どういった性質のものなんです?」 罠の内容から、双方を組み合わせたほうが効果的と判断し、お互いの近場に小道具を設置しつつレウィスが問う。 白煌夜の指先が、地面や石ころ、草むら、木の枝に触れるたび、そこがほんの一瞬歪んで見え、すぐに何ごともなかったように元に戻る。何かがあるようにも見えないし、思えないが、 「……触れてくれるなよ、引力が逆流して空高く放り出されるぞ」 実は、案外凶悪なのだった。 「ははあ、それはなかなか派手ですね」 「触れると空間がずれて触れた部分が『持って行かれる』仕掛けにしようかとも思ったが、こちらのほうが後始末が面倒くさいんだ」 「後始末?」 「後日通りがかった旅人が身体のどこかを失っては気の毒だ」 「確かに。どの道、罠の解除は入念にしなくてはいけませんね。この美しい森に、無粋なものを残していきたくはない」 うなずきつつ、レウィスも各所に小さなぬいぐるみを設置してゆく。 「白煌夜さんの罠に誰かがかかって、驚いて後ずさったりよろめいたりどこかに手をついたりしたら発動、となると……まあ、こんな感じですかね」 「罠にかかった数名が倒されて、こちらは危険だとやつらが判断すれば」 「――恐らく、ここかここを通るでしょうね。片方は白煌夜さんにお任せするとして……ここにもぬいぐるみを置いておけば、最終的にこちら側へ誘導される、と。僕はこの奥で迎撃準備をしながら待機しますね」 「では、俺はそっち側を担当しよう。向こうはあまり広くないようだが……?」 「ああ、それでいいんですよ。銃関係は背後を取られると弱いので、入り口が狭いほうがいいんです」 「なるほど」 白煌夜が相槌を打ったところで、ざわざわというざわめきが聞こえた。 大人数が地面を踏みしめる重々しい音も、そろそろ聞こえ始めるだろう。 「……おいでのようです」 「ああ。なら、俺は向こうで。ん、そろそろハギノが始める頃かな」 「ですね。我々も派手にやるとしましょう」 「そうだな、武運を」 「ええ、貴方も」 軽く手を上げ、銀髪を翻して白煌夜が茂みの奥へと消える。 レウィスは目を閉じ、踏みしめられる地面の伝える振動を感じ取るべく意識を集中する。 「……愚行には報いを。当然のことだ」 唇の端が、冷酷な笑みを刻んだ。 * * * * * その頃、ハギノは隠行術で身を隠しつつ盗賊たちに接近していた。 「あー、うん、なんかいかにもって感じ。脳まで筋肉っての? 頭悪そうなやつも多いなー」 ハギノの仕事は、百人からなる盗賊団を分散させ、彼らの進行方向上に、いくつものパターンに則って仕掛けられた罠へと追い込むことだ。それとともに、派手な妨害工作を行うことで敵の存在をアピールし、進行速度を殺す意味合いもかねている。 「僕、罠好きなんだよねー。かけるのが、だけど」 木の枝にすっくと立って、ぞろぞろと歩いていく盗賊たちを見下ろす。 剣、ナイフ、槍、棍棒、斧、弓。 頑丈な盾を持っているものもいるし、強固な鎧に身を包んでいるものもいる。 武骨だが頑丈な得物をめいめいに手にした男たちは、これからの『仕事』が成功に終わると信じているのか――まさか待ち伏せがあって、自分たちがこれから敗北を喫するなどとは微塵も思っていないのだろう――、下卑た声でげらげら笑いながら、先日行った娼館の女たちがどんなに美しかったかを声高に話している始末だ。 「そりゃ、心構えが違うよねー……ん?」 言いかけて、視線に気づき、ハギノは木の陰に隠れる。 そっと見下ろせば、屈強な身体つきに精悍な顔立ちをした男が、太い樹木の前で立ち止まり、ハギノのいる辺りを見上げていた。 腰に佩いた剣を見ずとも、雰囲気だけで判る。彼が、司書が言っていた手練のひとりだろう。相当出来る、と、今ここで見つかって一斉にこられるのは避けたい……などとハギノが思っていると、 「ヴォルクさん、どうかしたのか?」 「……ん? いや、なんでもない」 男はかすかに笑って視線を外し、また隊列に戻って歩き出した。 (なんだ、あいつ……?) 首をかしげつつも、 「さてさて……では、参りますか!」 軽々と跳躍し、ハギノは隣の枝へと飛び移る。 3.Melee 踏み出した足が鋼線を切ると矢が飛んだ。 かわしてたたらを踏んだ先でまた何かの鋼線に触れ、途端に木がめりめりと音を立てて倒れてきた。 大きな地響き、怒号。 何人かは、地面を踏んだとたん大きな網に絡め取られ、空高く吊り上げられた挙句地面に放り出されて腰を打ち、その場で悶絶・昏倒した。 「くそっ、誰だ……っ!」 言いかけた男が息をつめ、激しく咳き込んだ。 「なんだっ、これ……っ辛い……!?」 「ちくしょ、涙が……!」 ハギノ謹製唐辛子粉入り煙玉が炸裂し、赤い煙に包み込まれた連中が呼吸も出来ないほど咳き込み、目も開けられないほど涙を流しているのを、アジは冷静に見つめていた。 「……ん、いい感じに混乱しているな」 無力な人々を襲撃しようと、意気揚々と向かうさなかに襲撃されたら、当人たちは相当混乱するんじゃないか、というのがアジの読みだったが、それはどうやら当たったようだ。 分断された盗賊たちが、なにやら喚きつつあちこちへ入り込んでいくのが見えたが、計算どおり、気の毒にも彼らは白煌夜とレウィスが待つ方向へと一目散に向かっているに過ぎない。 「さて、では俺も……」 普通に向かっていって、三十人を倒す間に七十人に逃げられては意味がないため、アジのここでの『仕事』は足止めをかねた混乱を彼らにもたらすことだった。 「――悪く、思うな」 列強国に囲まれ、資源や優秀な魔道具を狙われて長く戦いの中にある母国を持つアジである。少数でのゲリラ戦には慣れているし、それに緊張したり怖じたりすることもない。 じゃらん。 左腕の鎖が硬質な音を立てる。 右手の指には、いつの間にか鶉卵サイズの球が四つ、挟まれている。 無言のまま球を投擲すると、それは盗賊たちの足元で炸裂し、彼らを派手に転倒させた。同時に揮われた鎖が身体のあちこちを強打し、したたかに打ち据えられた盗賊数人が昏倒する。 すぐに煙玉を投げつけて周囲の視界を遮り、煙に身を隠して移動しながらかんしゃく玉を投擲すると、派手な爆発音がして聞き苦しい悲鳴が上がった。 アジは周囲の状況を冷静に見極めつつ、魔道具でもある剣を引き抜くと、 「恐ろしいと思うのなら退くがいい。ここから先は、通さない」 琥珀の目を射し込んできた陽光に輝かせながら軽やかに跳躍、鎖を揮いながら分断されて慌てふためく盗賊たちの真ん中に突っ込む。 じゃ、っ! 鎖が鳴き、悲鳴が上がる。 * * * * * その頃、エルエムはハギノとアジに分断されてきた連中を相手取っていた。 「こういう有象無象のならずものには、お色気と軽蔑がよく効くんだよねー」 つぶやきつつ、木の陰から飛び出し、 「そんな人数でエルたちを襲うつもり? バッカじゃない?」 衣装のすそを翻し、小馬鹿にするように舞を披露して、 「ここまで来られたら相手したげるよっ!」 嘲笑もたっぷりに投げキッスなどしてみせる。 「んだとッこのッ!」 いきり立つ盗賊の単純さにほくそ笑み、踵を返しかけたエルエムだったが、 「――ガキ相手に何やってる、放っておけ」 襲撃など予想もしていなかったために浮き足立っている連中とは違い、わずかな動揺もしていない風情の男が冷淡に吐き捨てたので思わず目を剥いた。 「誰がガキよっ!」 「そうやって律儀に反応してくれるお前がだろ、そりゃ。あと十年してから来てくれりゃ、俺もノッてやったんだがな」 肩をすくめる男は、背中に大きな剣を背負っているのに、足運びにまったく滞りがない。隙のない立ち居振る舞い、そして冷静すぎる眼差しから、司書の言っていた手練のひとりだということが判った。 「アリョールさん」 「……まったく、これだから烏合の衆ってやつは嫌いなんだ。危機ほど面白いってことを知らない。ま、賃金分は働くが、ね」 猛禽のように目を細めた男に見据えられ、エルエムは胸中に舌打ちをした。 有象無象どもなら簡単に引っかかってくれると思ったが、まさかその中に、微動だにしないつわものが混じっているとは。 (面倒臭いことになっちゃったな……雑魚を相手にしながらあいつを倒せる気はしない) 運動神経と速度こそ常人離れしているが、筋力はむしろ平均以下のエルエムである。筋力が低いということは、すなわち持久力が低いという非情な現実にもつながる。 「さて……どうすんだ、お嬢ちゃん。相手してほしいってんなら、受けて立つが?」 背の剣に手を伸ばしながら男が言い、盗賊たちもそれに倣った。 太い眉を険しくした盗賊たちが、じわり、と距離を詰めて来る。 (あの調子じゃ、深入りはしてこない。エルが逃げれば森を抜けるに違いない……どうしよう?) 幸いにも場所は開けていて戦えないことはない。 だが、周囲に味方がいない状況で一歩間違えば袋叩きにあうだろうし、敗れ捕らえられた少女の末路など決まりきっている。 (肚くくるしかない、か!) 蹂躙されるのも、させるのも、真っ平ごめんだ。 エルエムはひとつ深呼吸をして、身構えた。 大剣を担いだ男の笑みが深く、獰猛になる。 どこか離れた場所で銃声と爆発音、悲鳴が響くのを頭の横側で聞きながら、エルエムは唇を引き結ぶ。 * * * * * 魔法使いがこちらに流れてくることも予測のうちではあったが、次々に放たれる攻撃魔法に辟易したのも事実だ。 「まったく……痛いのは嫌いだと言ったのに……」 レウィスは感情が凍りついたような目で魔法使いを見据えながらつぶやく。 氷に貫かれ、炎に焼かれ、風に裂かれて、レウィスはすでに傷だらけだ。血も相当出ているし、不意にせり上がった岩に叩きつけられたのもあって骨も折れているかもしれない。 黒いローブに身を包んだ彼は、スタンダードな魔法使いといったところだったが、やり口はなかなかにえげつなかった。魔法使いとともにこちらへ紛れ込んできた盗賊の大半が、レウィスの罠で散々に痛めつけられ、戦闘不能に陥っていることが唯一の救いだろう。 「投降するなら殺しはしない。私は、無益な殺戮を好まん……そもそも命とは尊いものだからな。どうだ?」 悠然とした魔法使いの言葉に、冷笑を向ける。 「すみません、綺麗ごとは嫌いなんです」 ――痛みが脳髄を冒す。 しかし、そのくせ、レウィスの行動にブレはなかった。 魔法使いの放つ炎の魔法を避け、トラベルギアを発動させてサブマシンガンを連射、魔法使いが物理障壁をつくりだして弾丸を防ぐのを冷静に確認しつつ距離をとり、体勢を立て直す。 炎にあぶられて頬が焦げたが、レウィスは気にしなかった。 ――傷が深くなればなるほど、痛みがひどくなればなるほど、レウィスは研ぎ澄まされてゆく。 容赦も躊躇もなく、隙を突いて脇から飛び掛ってきた盗賊をさらりとかわし、背後に回り込むと、手にしたナイフを延髄に沈める。血を噴いて倒れて行く盗賊に、何の感慨もない目を向ける。 「貴方たちは考えていましたか? 他人から奪うために、自分の何かを奪われる可能性を」 冷ややかな言葉に、魔法使いがクッと笑った。 「綺麗ごとを嫌う割に熱い男だ」 「俺は冷たい人間ですよ」 肩をすくめる。 まだ残っている罠の配置にちらりと視線をやり、ナイフを握り直す。 詠唱とともに魔法使いの杖が鈍く光り、彼の周囲に風が渦巻いた。 「そろそろ、終わりにしよう」 「ええ、同感です」 冷ややかに微笑み、まっすぐに突っ込む。 「――無謀な」 両腕をクロスさせて風の渦から急所を護り、 「そうでもありませんよ」 魔法使いめがけてナイフを投げつける。 「無駄だ」 嗤った魔法使いが、何でもないような表情で一歩下がり、ナイフを避け――…… 「なっ!?」 彼の踏んだ地面には、レウィスが仕掛けておいた落とし穴。 がぼっ、と音を立てて魔法使いが穴にはまる。 「……まあ、そういうことです」 にこやかに笑って、レウィスは小型のくまに隠しておいた拳銃を引っ張り出した。 呪文を唱える暇を与えず、引き鉄を引く。 ――鈍い破裂音。 4.Termination 「やれやれ、雑魚が消えたと思ったらお兄さんですか」 ハギノの前に立ちはだかったのは、先ほど彼の隠行に気づいていたと思しき男だった。彼は、盗賊たちがほうほうの体で撤退してゆくのを見るともなく見ながら、他面子の補助に回ろうとしたハギノの前に姿を現したのだ。 「なるほど、やっぱり気づいてたんだね、さすがは手練。お望み通りガチで勝負する? 言っとくけど、僕こっちのが得意よ?」 忍刀を引き抜き、身構えるハギノに、男は獰猛な笑みを見せた。 「望むところだ」 言うや否や、地面を蹴る。 男は、木々の根や石、盛り上がった地面に苦労する様子もなく、軽業師の如く三次元で相手を翻弄するハギノを巧みにかわし、そらし、いなして剣を打ち込んできた。 「うわ、重……ッ」 腕力だけなら明らかに打ち負ける。 ハギノは後方へ跳ぶと傍にあった木の幹を駆け上がり、枝から枝へ渡って男の死角まで入り込むと、一息に飛び降りて刀を振り下ろしたが、 「っと、お前東方で聞くニンジャってやつか、すごい身のこなしだな」 男はあまり苦労する様子でもなくそれを避けてしまった。 真っ向からぶつかり合い、互いに弾き飛ばしてまた組み合って、 「つーかさー、こんだけ強いなら真面目に働けば? 楽なほうに落ちないでさ。つか、なんでお兄さんみたいな人がこんなことしてるわけ? ――まさか、生活が辛かったからなんて寒いこと言わないでよ、生きるのはどうしたって辛いものなんだから」 振り下ろされる剣をぎりぎりで見極めて避け、忍刀の切っ先を突き入れるも、読まれていたようであっさり弾かれた。数合打ち合って離れ、ハギノが言うと、男はくくっと笑ってまた身構えた。 「お前みたいな連中とやりあう楽しみが、『真面目に働く』なんてのの中にあるんなら考えてもいいんだが、な」 「うわ、面倒臭い人と当たっちゃったなコレ! お金目当ての盗賊よりある意味タチ悪いよね!」 そういう人種だったかと思わず叫んだハギノに、男が楽しそうな視線を向ける。 「そういうお前はあまりニンジャに向いてないな。お前はもっと表に出てくるべき人間だろう」 「はぁ? この超有能な僕を捕まえて何言ってんのさー!」 指摘されたハギノがぷりぷり怒って打ちかかろうとした時、斜め後ろから攻撃的な気配が立ち上り、 「――避けてくれよ!」 低い声とともにじゃっ、と鉄の擦れる音がした――そう思った瞬間には、半ば反射でその場を飛び退いていた。 ついさっきまで自分の立っていた場所を太い鎖が撫で、そして男を狙う。 男は剣で鎖を弾き、面白げに笑って距離をとった。 「ちょっ、あぶなっ!」 「だが、避けられたじゃないか」 朴訥に言うのはアジに相違ない。 「いや確かにそうなんだけど……まあいいや」 なんか言っても無駄っぽい、とハギノが溜息をつくと同時に、アジがトラベルギアである砂鉄の入った袋を放り投げる。と、それは地面にぶちまけられるとともに周辺の土を巻き込んで巨大な蛇に変化し、男に向かって鎌首をもたげた。 「おお、なんだ、手品師かお前」 驚いてはいても怖じる風もなく、むしろ楽しそうに『蛇』を見上げる男に、アジは片方だけの目を向け、 「このまま退くなら何もしない」 淡々と告げる。 「お慈悲ってやつかい?」 「違う。殺戮など興味はない。あんたたちが去ってくれるなら、俺たちに全員を殺し尽くす意味もない」 アジがどこまでも生真面目に、そして穏やかに言うと、男は小さく肩をすくめて剣を腰に戻した。 「ま、残った連中の撤退も済んだようだ、俺も、ひとりで攻める意味はない。強いのとやれて楽しかったしな。なあ?」 「僕は楽しいとかじゃなかったし!」 「そうか? まあ、また会えるのを楽しみにしてるぜ。今度は命をかけてやってみたいもんだな」 僕は会いたくない! と鼻を鳴らすハギノにまたくくっと笑い、男は踵を返した。そのまま、悠然とした足取りで、ひいひいと泣き喚きながら逃げていく盗賊たちのあとを追いかけるように去っていく。 「あー、なんかドッと疲れた。……他の人たちは?」 「レウィスは終わったようだ。白煌夜とエルエムはどうかな」 「じゃあ補助に行きますか」 「ああ。……この調子なら、もう少し、だな」 頷きあい、ふたりは足早に最後の戦場へと向かう。 * * * * * あちこち傷を負いつつ、気づかれない程度のわずかさで、相当な時間をかけてエルエムが誘い込んだのは、白煌夜が護る罠空間だった。 「……大丈夫か」 傷の痛みと疲労に、全身を汗で濡らし、顔をしかめるエルエムを背後に庇い、白煌夜は手練をひとり含む二十数人の盗賊たちと対峙していた。 「別に、あんたに助けてもらわなくたって、」 「判ったから、ひとまず少し休んで呼吸と体勢を整えろ」 殺す気で来る完全装備の男たちを相手取ることはかなりの負担を彼女に強いたらしく、白煌夜の言葉に頬を膨らませつつも、エルエムはそれ以上反論せず後方に引っ込んだ。 「……ひとりでやる気か? あんたみたいな綺麗な兄ちゃんが、この人数と?」 大剣を担いだ男に問われ、白煌夜はうっすら笑った。 そして、 「御託はいい」 軽々と跳躍し、盗賊たちの中へ突っ込む。 盗賊のひとりは、かかる重力を十倍にされて身動き出来なくなり、別のひとりは重力を0にされて空高く跳ね上がり、地面に落下して目を回した。空間をずらされた盗賊が手首から先をなくし、驚愕し思わず立ち止まった男たちはするりと背後に回り込んだ白煌夜に首筋を一撃されて崩れ落ちた。 「他者を虐げれば報いを受ける! それを、身を持って知るがいい!」 吼える白煌夜に、大剣使いが猛々しく笑った。 「外見に反して暑苦しい兄ちゃんだな……だが、悪くない」 ツヴァイハンダーを髣髴とさせる大剣を手に身構える彼に向かい、白煌夜も両腰の剣を抜く。 「……行くぞ」 低く告げ、双方同時に地面を蹴る。 甲高く鋼が鳴き、あまりの勢いに火花が散った。 あれだけ大きな剣を使っているにもかかわらず、男の動きは滑らかで、剣はまるで三本目の腕のようだ。白煌夜も白煌夜で一対の剣を翼のような優雅さで操り、一歩も引けをとらない。 刃と刃がぶつかり合い、火花を散らし、またぶつかる。 「やるじゃないか」 「お褒めに預かりどうも、と言ってほしいのか?」 そのまま、どれだけ打ち合い、組み合っただろうか。 復活したエルエムが残った盗賊たちを相手取り、軽快に男たちを打ち倒してゆくのを視界の隅に見つつ、なおも白煌夜は剣を舞わせ、鳴かせる。 能力を使う気になれなかったのは、縦横無尽に駆け回るエルエムを巻き込むことを恐れたからだが――エルエムはそんなもの簡単に避けられるに決まってんでしょ、と気分を害したかもしれないが――、白煌夜自身が、つわものとの戦いに高揚を覚えていたという事実も否定は出来ない。 「……きりがないな」 「なら諦めて帰れ」 にべもない白煌夜に男が笑う。 と、ごおぉおん、と大地が震え、めきめきと音を立てて木々が倒れる。 「うわ、でかっ」 顔を覗かせたものを見て、エルエムが呆れた声を出した。 「ありゃ、兄ちゃんの仲間か」 それは、巨大な『蛇』だった。 アジのトラベルギアである。 それと同時に、アジ、レウィス、ハギノが姿を現し、 「まあ、そんなものだろう」 白煌夜が言うと、男はひとつ息を吐き、後方へ退いて剣を収めた。 「さすがに分が悪い、今回は退くとしようか」 「今回は、というかもう来るな」 「つれないやつだな……」 肩をすくめつつ、倒れた盗賊たちを蹴飛ばして意識を取り戻させ、撤退を告げる。 盗賊たちは目を覚ますなり帆布を引き裂くような悲鳴を上げ、武器を放り出したままで一目散に逃げていった。よほど怖い思いをしたのか、中には泣いているものさえいたほどだ。 他者を力尽くで蹂躙するやからとは、そういうものなのかもしれない。 ――あとには、静寂が戻った。 「終わった……か?」 アジが小首をかしげ、 「再生珠を使って森を戻せばな」 白煌夜が預かってきた魔法珠で破壊された森を元に戻し、 「ああ、やはり静かなほうがこの森は綺麗ですね」 レウィスは血まみれの頬を拭ってかすかに笑い、 「なんか結構疲れた……おなか減ってきちゃったなぁ」 エルエムが盛大な呼気とともに言って、 「麓町に戻って何か食べますかー。僕も休憩したいし」 ハギノはひとまず依頼完遂、とさわやかに笑った。 やれやれ、といった空気が五人の間を流れる。 白煌夜が、持ち込んだ医療キットを広げて皆の応急手当を始め、 「……芽吹く砂海、か」 「どうしました?」 「次に来る時は、本物を見たいな」 「ああ。そうですね、何十年後かは判りませんけど、そのときもロストナンバーを続けていたら、一度くらいは見てみるのも悪くないかもしれませんね」 木々の狭間から見える純白の砂に、目を細めた。 「さぁーて、そんじゃま、帰りますか。皆、おつかれさん!」 ハギノが、現地の魔導師から預かった帰還用の転移オーブを発動させると、彼らの周囲を光の粒が舞い散り、次の瞬間にはもう、五人の姿はなかった。 ――芽吹く砂海で奇跡に触れた人々は、自分たちが護られたことを知らないが、そこには確かに、護るために戦った人々がいたのだった。
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