イラスト/柊らみ子(icbt3081)
ほかほかと白い湯気が立ちのぼり、つんと鼻につく硫黄の匂いは強烈だ。しかし、ここにたどり着くまでの間に嗅覚はあっさりと敗北宣言してしまい、麻痺して気にならなくなっていた。 それに臭さよりも、目の前の絶景のほうが棒きれのように立ち尽くした三人の心を鷲掴みしていた。 深い緑の木々におおわれたなかぽつんと存在する大きな湯気の立つ池。ごつごつした岩で囲まれた薄緑の温泉は地面から湧いているのだろう、こぽこぽこぽこと湯船の中央付近で小さな空泡が浮かんでは消えている。 「すごいなぁ、これ!」 深く澄んだ海色の肌の竜人のフィン・クリューズは目をきらきらさせる。 その横では白肌の竜人のカルム・ライズンも目を輝かせていた。 「こんなきれいなところ、はじめてみたかも!」 「ボクもや! ティーグはんは?」 「あたしも! 温泉そのものがはじめてだけど、すごいわ!」 茶肌の竜人の少女であるティーグ・ウェルバーナはルビィ色の大きな瞳を宝石のように煌かせて両手を胸にあてて感嘆のため息をつく。 まだまだ幼いこの三人がどうして、ヴォロスの森の奥のさらに奥にある秘湯の前にいるのかというと――竜核の調査を世界図書館から依頼されたのだが、近くに温泉もあるので大人数で手早く仕事をして、ゆっくりと遊んでくるといいと言う司書の言葉にフィンは、友人のカルムとティーグを誘ったのだ。 ロストレイルから森に進むと膝ほどの草が行く手を阻み、拳大くらいの黒いてかてかの虫がいたりとささやかなハプニングは多かったが、なんとか目的の竜核は見つけ出し、その調査も終えた。 滅多に生きている者が足を踏み入れない秘境についても出来れば調べておいてほしいと依頼には含まれていたのに大人たちは更なる調査にはいったが ――ここからは危険が多いし、お前たちは先に温泉入ってこいよ 子ども扱いされるのは微妙なお年頃であるが 温泉と仕事の二つを天秤にかけると、ついつい楽しいほうをとってしまう。それがまだまだ幼い三人に許された特権だ。 森の空気は冷たいが、歩いて汗だくになったティーグは一も二もなくその提案に飛びついた。 そんなティーグを守るという名目でカルムとフィンも温泉に赴いたのだ。 ティーグは元の世界では話ぐらいにしか温泉については知らない。フィンの誘いを受けたとき実物を見るチャンスだと喜んだが周辺の臭さに辟易した。それも自然の作り出した素敵な岩の浴槽を見て考えを改めた。 今日のこの日のため水着を買ってきてよかった! 「そっか。ティーグはんは温泉、はじめてか! ボクはな、これでも大の温泉好きなんやで!」 「そうなの?」 ティーグは小首をかしげる。 「そうや! 温泉はな、体にごっつええんやで」 「すごく気持ちいいんだよ」 フィンの説明にカルムもくわわると、ティーグはいてもたってもいられなくなった。 「だったら、はやく入りましょ! ねっ!」 自分だけ知らない不公平さにせっかちなティーグは急かした。 「そうだね!」 「よーし、はいろ、はいろ!」 カルムとフィンが服に手をかけると 「ちょっと! あたしは女の子なのよ!」 「あ」「あ」 二人の声が間抜けにはもるとティーグはぷくぅと頬を膨らませた。 「あたしはあっちで着替えるから! もちろん、水着はもってきてるわよね?」 「もちろんやで」 「うん!」 「じゃあ、あとでね!」 ティーグはいそいそと右手にある岩場に身を隠すのにフィンとカルムは左手にある岩場に進んだ。 「想像していたよりずっとええところやね」 「そうだね! って、フィン、え、またそれなの?」 カルムがぎょっと目を見開く。 なんとそこには ひら、ひらららと前垂れがうねうねとなんとなしに妖しく動いている、眩しいほどの純白の褌。もう一度書いておこう。褌である。男の正しきエロリズムちらリズムの下着である褌。 「当たり前や! 海の男は褌やろ!」 きりっとフィンは腰に両手をあてる。 「ええやろ? 今回のために新しいの用意したんやで!」 「前と違うやつなの? 同じのに見えるんだけど」 「白さが違うやろ! そういうカルムは、えらい派手やなぁ」 フィンがしげしげと黄色に緑色の稲妻の書かれたトランクスタイプの水着を見つめるのにカルムは恥ずかしげに両手で隠そうとする。 「あ、あんまりじろじろ見ないでよ!」 「えー、かてなぁ」 「こ、これは、お姉ちゃんが用意してくれたんだよ!」 白い頬を赤く染めてカルムは言い返す。 温泉にみんなで行くんだよ、とカルムが大好きな姉に報告したのが運のつき。姉は一緒に行くのにティーグがいると聞くと俄然はりきってしまった。 ――女の子もいるなら、かっこいいのじゃないとね! カルムがあわてていいよ、いいよと止めたが姉はいつの間にか用意して、当日荷物にちゃんと詰めてくれていた。 「ええ姉ちゃんやね! カルムが羨ましいわ」 「そ、そんなことないよ」 同じ年で、しかも同性の友人に姉が大好きと宣言するのは思春期の少年としてちょっと恥ずかしいのでわざとつんっとそっぽう向いてカルムは言い返す。 その様子にフィンはにまにまと笑った。 「新しく買ったのよね」 荷物から取り出したのは明るい黄色に胸のところにはピンクのハートマーク。袖のところとスカートは黒色に明るいピンク、青、緑の花柄の施された水着だ。 控えめな白のほうがいいかと思ったが、水着を探していると、こちらが目について衝動的に購入してしまった。 「ちょっと派手かしら? けど、いいわよね。せっかくだし」 わくわくとティーグは呟きタオルを持って温泉に赴く。 「あ、いた………ふ、ふぃん、それ」 ひらり、ひらり、ひらりとティーグの目にまぶしい純白の褌が映る。 「ボクの水着、かっこいいやろ!」 「水着なんだよ」 えばるフィンに、どこか遠慮がちにカルムが言う。ティーグは唖然としたがすぐに思考を放棄した。だって目の前には楽しい温泉があるのだから。 「そ、そうなの! そうよね。いろんな水着が、ある、うん、あるわね! よーし、楽しむわよ!」 「おー!」 「よっしゃあ! いちばんのりや!」 さっそくフィンがお湯に足の裏をそっとつけるが、あまりの熱さに片足をあげてぴょんぴょんと飛び回った。 「あちち! あつぅ!」 「あははは。温泉だもん、フィン、確か、大人の人から桶を渡されたよね?」 「あ、そうやった! ほい、これ!」 フィンは早速荷物の置いてある岩場に走って桶が三つとって戻ってきた。三人はそれぞれ湯をくみ上げて肩へと湯を流して体をならしはじめる。 「あつー!」 「うっわー!」 「あたしも! ん、んん! 熱いけど、すごくきもちいいわ! よーし、汗も流したから入るわよ!」 「ぼくも」 「ボクも!」 あとにつづいてフィンは入るとにやりと笑って、ばしゃん! お湯ををすくって、白い飛沫を二人に投げた。 「きゃあ!」 「わぁ! もう、フィン!」 「やったわねぇ!」 湯がかかったカルムとティーグは悪戯ぽい笑みを浮かべると反撃にかかった。まずティーグが立ち上がり、フィンにむけてお湯をかける。 「わぁ! ティーグはん!」 「えい! しかえしだ」 隙をついて後ろに回り込んだカルムがフィンに飛びかかった。 ぶくぶくぶく~。 フィンはお湯のなかに沈んでいくとカルムはしてやったりの顔をしたが、すぐにきょとんと眼を瞬かせる。 「あれ? フィン?」 「え、どこにいったの?」 先ほどまでフィンの体を掴んでいたのにいつの間にか手からすり抜けてしまったのにカルムがきょろきょろとまわりを見るとティーグもやや不安げにカルムの横に歩み寄り、フィンを探す。 ばざぁああああん! 「ここやでー!」 「わー」 「きゃー!」 二人の後ろからフィンが飛び出し、二人は頭から湯をかぶった。 「もう、やったわねー」 「えーい!」 「ふはははは!」 ひとしきり三人は湯をかけて、はしゃぎまわった。 はじめに根をあげたのはティーグだった。思いのほかに湯が熱く、周りの蒸気に肌がほてって疲れたのに大きな岩に腰かける。 「休憩! ホント、二人は元気よね!」 まだ湯をかけてふざけているフィンとカルムを見てティーグは羨ましげにつぶやく。 「あたしも……って、あれ! うそ、うそでしょ!」 ティーグの悲鳴に今度はどちらが長く湯のなかに潜れるか勝負をしようとしていたカルムとフィンは動きをとめた。 「どうしたの?」 「体を拭くためのタオル! お湯から出たら必要だと思って、温泉の前にある樹の枝にかけておいたんだけど、風が吹いてとばしちゃったみたいでないのよ!」 「ん? あれやないか!」 フィンが指差す方向には大の大人よりも横にも縦にも巨大な、ごつごつとした幹の樹。その上部の枝にひらひらとピンク色のタオルが揺れている。 「ボクがとってくるわ!」 フィンが声をあげてずんずんと木に大股で近づいていく。 「え、ちょ」 「フィン!」 二人があわてるのにフィンは足をとめて、振り返った。きらっと白い歯を見せてニヒルに笑ってみせる。フィン的、ボクかっこいい微笑みである。 「ボクに任せとき!」 ドヤァ! ボク、かっこいいやろ! ――ティーグがいるのだ。かっこいいところをみせたい。 運動神経がいいフィンは生まれた世界でも何度か木登りはしたことがある。これくらいなら楽勝だ。 木の幹をがしっと掴んでするするする~とまるで水のなかを泳ぐ魚のように登っていく。 すばやくティーグのタオルを手に取ると地上で自分を心配そうに見つめる二人に振り返って余裕の笑みを向ける。 降りながらフィンの頭のなかでこのあとの展開を悶々と想像する。 きっと二人とも心配したといいながらもかっこよかったと褒めてくれるはずだ。もしかしたらティーグなんて頬を染めて、フィンってかっこいいのね! なんて惚れられちゃう可能性だって……! しかし、そのとき、フィンは気が付いていなかった。自分の褌のひらひらが招く悲劇に。 フィンは二人が駆け寄ってくる気配に笑顔で振り返る。 そのとき。 しゅるり。となにかが解けたかすかな音がしたが、今、自分かっこいい伝説を作りあげることに忙しいフィンには聞こえなかった。 「二人とも、ほら無事に、え?」 二人の顔が固まっている。ハハン、ボクのかっこよさにびっくりしてるんやなって、え? 「い、いゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」 ティーグの絶叫が静かな温泉に響きわたる。彼女はコンマ000.1秒のはやさで足元にあった桶を掴むと迷うことなくフィンに投げた。 「なんてものみせるのよ! ばかぁああ!」 「え? ティーグはん、ここは笑顔で駆け寄って、心配したって、あたああああ!」 フィンの顔面に桶がヒットし、地面に倒す。 ぜぇぜぇとティーグは荒い息で顔を真っ赤にしたままフィンを見ると再び悲鳴をあげながら背を向けて逃げ出した。 「え、あ、ティーグさん!」 岩陰に隠れてしまったティーグを追うべきかカルムはあわあわしたが、さすがにこのフィンを放置もできない。 フィンがよろよろと起き上がって涙目で呟く。 「なして? ティーグはん」 「フィン、とにかく、隠して!」 「隠すってなにを」 「それ!」 温和で滅多に怒鳴らないカルムが怒鳴るのにフィンは小首を傾げて自分を見た。 フィンはなにも身に着けていなかった。 つまりマッパである。ふる【規制が入りました】。あえて美しい言い方をすれば、生まれたままの肉体を隠すこともなくさらしたていたのである。 「ぎゃああああああああ! なんでや」 思わず桶で大切なあそこを隠してフィンはおどおどと周囲を見回して褌を探す。 「それはこっちのセリフだよ! あれ!」 カルムが指差すのにフィンは振り返った。先ほど登った木の根元の枝にひっかかったらしい褌がひらひらと純白の眩しい布を、フィンを嘲笑するようになびかせている。 「あ、あー! 枝についたんや」 「はやく、とりにいって!」 「わー!」 「立ったらお尻がみえちゃうよ! もう、フィン!」 「桶で前隠してるから、お尻まで手がまわらんのや! はっ、ティーグはんのタオルでかく」 「それはだめー! 絶対にだめぇ! ああ、もう!」 しばらくお待ちください。 フィンはカルムの友情の助けによって褌をしっかりと身に着けると、ティーグの隠れた岩場に目を向けた。 「ティーグはん、出てきて~」 「ティーグさん!」 沈黙しか返ってこないのに二人はしゅんと項垂れる。 「ど、どないしよう、ティーグはんが怒ってしもたぁ」 フィンは既に泣き出しそうな顔でカルムにおろおろと縋る。 「フィンのせいだよ!」 「せ、せやかてぇ、ボク、純粋な好意で」 「本当に?」 ぎろっとカルムに睨まれてフィンはどきまぎと視線を逸らした。 「……いや、まぁ、ちょっとかっこいい姿を、こう、見せたいのもなぁ」 「もう! そもそもぼくとティーグさんは飛べるんだからフィンが取って来なくても良かったのに!」 まっとうな正論を言われてぐぅの音も出ないフィンはがっくりと肩を落とした。 「謝ったら、許してくれるやろか?」 「わからないけど、そうするしかないだろう!」 普段怒らない相手が怒ると怖いし、それ以上にティーグの怒りをとく名案が浮かばない。 しょんぼりしているフィンの手をカルムがぎゅっと握りしめる。 「ぼくも一緒に謝るから、ねっ」 「カルム、おおきに!」 「はやくティーグさんのところにいこう!」 友情の優しさにむせび泣いて飛びつくフィンをなだめながらカルムは歩き出した。 冷たい岩に身を預けてティーグは後悔に暮れていた。 咄嗟のこととはいえ顔面に桶を投げたのはやりすぎだっただろうか? いいや、そんなことはないとティーグはすぐに思い直す。だって、 「お、男の裸を見せられたんだし」 フィンは決して好きで見せたわけではないが結果的に見てしまったのだ。先ほどことを思い出して昂奮状態がぶりかえしたティーグは両手で顔を覆った。 きゃー! とまたしても意味もなく叫びだしたい気分だ。 けど、フィンはお友達だし、それを問答無用で暴力に訴えたのは良くなかったと反省の心が再び頭をもたげだ。 尊敬する父からも暴力に訴えるのは最低な者のすることだ、といつも言われていたのに。 「やりすぎたわよね……けど」 今更自分から出ていって謝るのも釈然としない。かといって何事もなかったふりが出来るほど大人でもないティーグは悶々と呻く。だって、あ、あんなの見せられたんだし! 謝りにきてくれたら、許してあげるんだけど……怒りや恥ずかしさに一人百面相をしていると 「ティーグさん!」 「ティーグはぁん!」 カルムとフィンの必死な声が聞こえてティーグは顔をあげた。 「あ、あのね、フィンが言いたいことがあるって!」 ティーグは期待と恥ずかしさから沈黙を守ったが、二人からするとショックと怒りのために返事してくれないのだと受け止めた。 「ホンッマにすまんかった! ヘンなもん見せてまって!」 ほぼ土下座の勢いでフィンは体を二つに折る。 「ごめん! ぼくも空が飛べるんだし、フィンのこと止めるべきだったのに!」 カルムもフィンの横で同じく体を折って謝る。 それを岩陰から見ていたティーグは二人の姿にくすっと笑み零したが、すぐに顔に力をいれた。 ここであっさり許すなんて言ったら、またフィンは調子にのるかもしれないし……あたしが二人のこと恋しがってるみたいじゃない! し、仕方ないから許してあげるんだから! ティーグはよしっと拳を握りしめると、つんっと顎を上げて二人の前に出てきた。じろりっとブリザード並の視線を向ける。 「仕方ないわね! もう、二度とあんなことしないでよ! それにタオルをとってきてくれたのは、嬉しかったわ」 「わ、わかってるわかってるわぁ! ティーグはん、ごめんなぁ! あと、これ、タオル」 「ごめんね」 ティーグはタオルを受け取ると、つい唇が緩みそうになるのに気合いで筋肉をかたくする。 「いいわよ。もう! そんなぺこぺこしてたんじゃ、温泉を楽しめないでしょ!」 「わかったわ! じゃあ、温泉を楽しもう、な!」 「そうだね。あ」 「おーい!」 三人はその声に振り返ると調査を終えたらしい泥だらけの大人たちが手を振りながら近づいてきた。 「いやー、木のなかは腐ってて大変だったんだ」 「まさか、落ちるとはなぁ」 「地底を軽く覗き見てしまった」 大人たちの男性陣は泥だらけの服を脱いで各々水着になると土産話を期待しているフィンとカルムに嬉々として語って聞かせた。 「今度はお前たちも連れてってやるからな」 「わーい!」 「よっしゃあ!」 「ちょっとー、そこの男ども! 手伝いなさいよ!」 「そうよ!」 大人組の唯一の女性はグラマーな肉体を水着で包み、持参した肉を、これまた持ち込んだ鉄板で焼いていた。それにティーグも女の子として手伝いを申し出た。 肉や野菜を切って、皿を並べるティーグの慣れた手つきに女性は感心の声を漏らした 「ティーグちゃん、あなた、いいお嫁さんになれるわよ」 「そ、そんなことないわよ!」 「弁当やったらボクにも任せて!」 ここでこそ本当の意味でのボク、かっこいい伝説! ばざっと湯から飛び出すと、持参したお弁当をどーんと差し出す。 朝の早くから起きてせっせっと作った特性! なんと十段である。 それをフィンは得意げに岩と木の板で作ったテーブルに置いた。 全員が何事か注目するのにぱかっと一段持ち上げる。 「おにぎり! サラダ! やきそば! 刺身とウニに牡蠣と魚介類の詰め合わせ!」 「……一つの箱にそれだけが詰められて、彩りがまたえらいことになってるな。いや、量があっていいが」 「魚介類って、ここ、わりと熱いけど、腐ってないのか?」 大人組の総突っ込みにもフィンはちっ、ちっと余裕たっぷりに笑う。 「魚介類はちゃーんとクーラーボックスにいれてきたんたや! よかったら、これ、焼いて!」 「焼肉が一気に豪華になった!」 大人組が目を輝かせるのにフィンはちらりとティーグを見る。これで先ほどの失態を帳消しは出来ないだろうが、少しでも笑ってほしい。 「ティーグさん」 カルムもフィンのがんばりはよくわかる。彼は調子に乗りやすいタイプだが、悪意はないし、いつも一生懸命だ。そんなフィンからカルムはいつも笑顔をもらっている。 「フィンの料理はおいしいんだよ!」 先ほど、ついフィンをがみがみ怒鳴ったせいでちょっとだけ気まずさを覚えていたカルムが口添えする。 「だからさ、一緒に、食べよう?」 ティーグはフィンとカルムを見つめると、ふぅと肩から力を抜いた。 「こんなおいしいものがあったら怒れないじゃない」 口元に笑みを浮かべてティーグはカルムとフィンの両手をとる。 「で、なにがおいしいの? もし、あたしの口に合わなかったら、許さないから!」 「ティーグはん! あのな、おにぎりがおすすめやね! これ、ふつーに食べるのもいいけど、鉄板で焼いて、うにに醤油かけたのを塗るとごっつうまいんよ」 「それ、おいしそう!」 「いっぱいあるから、みんなで食べよう!」 大人たちの焼いた肉や魚介類を食べたり、フィンはあれこれとおにぎりのおいしい食べ方をレクチャーするのにティーグは興味津々に、カルムも姉に教えてあげようと聞き入って、さっそく鉄板でこんがりと焼いた具材をおにぎりにつけて試しに食べると明るい声で感想を口にした。 「おいしい」 「ほんと!」 「みんなで食べるからもっとおいしいわ!」 「よーし、帰るときは後片付けもちゃんとせなな! ゴミを誰が一番集められたか競争や」 「競争なら負けないんだから」 「ぼくだって!」 大人たちが大きい荷物を片づける傍ら、三人は笑いながらゴミを集めていった。
このライターへメールを送る