深夜。 そこでは人知れずに正義と悪の戦いが繰り広げられていた。「いたぞ、逃がすな」「捕まえろ!」 ドスの利いた声と共に黒いスーツに黒いサングラスと見ただけで危険な香りがする者たちが路地に追いやった白衣の男を取り囲んだ。 逃げ場のない白衣の男の前に、すっと一人の――彼らのボスがあらわれて片手を差し出した。「さぁ、博士、それを渡してもらおうか」「くっ……これは正義のために作った武器、お前たちに渡すわけには」「それは残念だ。お前たち」 ボスの声とともに黒いスーツたちが、白衣の男に飛びかかり、それを奪った。「や、やめろ。あ、ああ」「ふ、これが……博士、あなたにはお礼としてこれの威力を証明してもらおう。……その身をもってね」 残酷な微笑みとともに、それが発動される。「ぎゃああああ」 そして正義は悪に負けた。★ ★ ★ 朝。 仮面探偵フェイは目覚めたと共に叫んだ。「なんじゃこらああああああああああ」 フェイの頭にはぴこぴこの白い毛で覆われた獣耳、お尻からは白い毛に黒い斑点模様の尻尾が生えていたのだ。 慌ててフェイは一階の女探偵キサの事務所に駆けこむと、眩暈を覚えた。「フェイだぴょん、私、うさぎになっただぴょん!」「キサぁぁあああ!」 キサは頭から白い兎耳が生え、なぜか語尾にぴょんまでついている。「な、なぜこんなことに」「フェイ、テレビを見るだぴょん、これだぴょん」 キサが示すテレビにどーんと映し出された黒いスーツ姿にサングラスのあきらかに裏社会の人間という風体の者たち――男や女、さらには子供から老人までがずらりと並びんでいる。 ちなみに男たちは熊耳、女たちは犬耳、子供たちは背中に黒い翼、老人たちは背中に甲羅を背負っている姿はタチの悪いコスプレのようにも見える。 その中央には赤いチャイナ服を着た十歳くらいの生意気そうな少年が立っていた。 ちなみにその少年の首のまわりには金色の毛、頭にも金色の獣耳、尻尾はライオンのコスプレのようだ。『ふははははは! 諸君、ボクはもふもふが大好きだ! もふもふはいい、抱きしめてよし、つついてよし、埋もれてよし! 悲しいとき萌えられる。嬉しいときに萌えられる! だから、この世界の人間たちをもふもふにすることに決めたのだ! このケモケモ萌え萌え改造くん二号のウィルスによって、この世界の人間たちをみんなもふもふにしてやるんだぞ!』 おおおーと周囲の黒い姿の部下たちが声をあげる。『このけももえっ! 組織がすべてを制する! 諸君、けもを楽しみたまえ、萌えたえ! では!』 ぷっつんとテレビ画面が消えた。「……なんなんだ、あれは、というか、あれはどう見ても……いや、あいつのせいでこんなことに?しかし、あの改造くん二号っていうのは」 トントンとドアがノックされるのにフェイはとってもいやな予感を覚えた。「ハーイだにゃん。情報屋だにゃん、仕事をもってきたにゃあん」「みなさん、話せば長いのですが。改造くんが奪われました! こんにちはリンヤンです!」 ドアを開けてやってきた二人にフェイは絶句した。 情報屋は頭に猫耳、お尻から黒い尻尾をはやしている。その横に立つのは白い芋虫――声はリンヤンである。「……その白い芋虫、リンヤンなのか?」「改造くん二号の効果で虫になってしまったんです! リンヤンですよ! 聞いてください。俺は、世界平和のためにも、今度はみんなが獣になればいいのではないかと思い、今回の改造くん二号を作ったんです。ウィルスを受けると、みんな、萌えな獣の耳や尻尾、爬虫類系から鮫といったマイナー類から虫類までばっちりとフォローした代物なんですが……それが、それが、あろうことか、この地区の制圧を企む悪の組織に奪われてしまって」「……地区支配?」 怪訝な顔をするフェイに、尻尾をぱたぱたとふって情報屋が言葉を受け継いだ。「世界はでかいから、まずは地区から支配しようという謙虚で、かつ計画的な悪の組織である「けももえっ!」ですにゃん! あの組織はみんなけもけもが好きですにゃん。だから、目をつけられたのですにゃん。こいつ、二号くんを作ったのも元々は「けももえっ!」に依頼されたのですにゃん。けど、作って報酬のお米一年分を受け取ったらばっくれようとしたにゃん」「つまりは、リンヤンのこの姿は自業自得だぴょん」 情報屋の言葉にキサが白い目を向ける。「だってー、お米をここ半年も食べてなかったんですもーん! ついお米の誘惑に負けてしまって……けど、悪の組織の依頼受けたなんて上司にばれたら……! あいつらから改造くんを取り返してください」 白い芋虫は地面にぺたぁんと体を伏せて、ぷるぷるの身を震わせて泣きはじめた。「にゃあ、俺が調べたところによると、近くのテレビ局が「けももえっ!」は乗っ取っているみたいだにゃん」「場所がわかっても、あんな大人数とどうやって戦えと……」「それならだいじょーぶ! 今のみなさんは改造くんのおかげで萌えパワーを持っているんです」「……萌えパワー?」「ふわふわ、もふもふに心がときめきます。ほぉら、この姿を見ていると虫萌えをもっている人は触りたくなる、萌えたくなるぅ」「……いや、俺は萌えない」「触りたいぴょん」「キサっ!」 キサはふらふらぁと誘惑にかられたようにリンヤンに寄ると、その白い体を魅了されたようにつんつんと指で突き始めた。「最近、虫萌えにキサは目覚めただぴょん。うう、この大きさ、乗りたいだぴょん」「と、このように敵の萌えにヒットすれば魅了できます! 全身使って! この場合の弱点は自分の萌え属性を敵が持って行ったら萌えちゃうのと、ついでにいうと魅了している間は動けないということです! あ、萌え魅了していても、強い衝撃、たとえば名前を大声で呼ぶとか、ハリセンで叩くとかすると我に返ります」「……意味がないだろう、それ」「ううっ、けど、その変身してしまった生き物の能力が! 情報屋さんなんて俊敏な動きで、ほら」「にゃあああ、めんどくさいにゃあ、ああ、お日様いいにゃーん」 机の上で伸びをしてまるまる情報屋にフェイは冷たい目を向けた。「動きは速いが猫の気まぐれでのほほんとしているのまで出てるぞ。なんの役に立つんだ、これが」「……細かいことぐちゃぐちゃ言わずに助けてください。天才のリンヤンがいってるんですよ!」 フェイは無言で白い虫にアッパーをくらわせた。
「俺の知ってる悪党とあきらかに違う! こいつら! ってか、本当に世界支配する気あんのか!」 この摩訶不思議なふもふも、もえもえな状況に最初に吼えたのはシルクハットを深く被ったナオト・K・エルロットであった。 彼の悪党の定義とあまりにも外れすぎた「けももえっ!」に叫ばずにいられなかったのだ。 「けど、まずは地区支配だっていっていたわん」 相沢優がやんわりとナオトにつっこんだ。お尻から生えた尻尾がふわ、ふわっと動き、頭にある犬耳がぴょこんとはねる。――ちなみに語尾も「わん」になっている。 「地区でもこれは明らかに可笑しいだろう!」 まさに脊髄反射のノリでナオトは言い返す。 と、ひゅんとナオトに向けて何かが飛んできた。 「うおっ!」 「イケメンダヌキのおニィさんなんだからタヌキにならなきゃだよ!」 日和坂綾の元気の良い飛び蹴りがナオト相手に容赦なく放たれる。 ナオトはそれを腕で防御しつつ、じりじりと綾と距離をあけてつっこみかえした 「だれがタヌキだ! って、綾ちゃん、凶暴度があがってないか!」 「うん。なんか、ここにきてから、こー、体を動かしたくてたまらないの!」 にっと両手を持ち上げて笑う綾。目の周りと鼻先が黒く染まり、頬には白い髭がぴょんぴょんと生え、お尻からはふっかふかの大きな縞々の尻尾がはえている。 「タヌキは綾ちゃんだろう」 「誰がタヌキよ! これはアライグマよ! アライグマ!」 むっと綾はふかふかの尻尾をばんばんと上下に激しく振って言い返す。その姿はどうみてもタヌキにしか見えないが、御本人いわくアライグマ、らしい。 「わうぅん」 優が綾のイケメンタヌキ発言に必死に笑いを噛みしめる。さすがに本人の目の前で爆笑しては失礼だろうという配慮だが、ばっちりとナオトの耳には聞こえている。 ぎろりっとナオトは優を睨みつける。 「もうっ、あ、ユウ! ……そ、その姿」 優の姿に綾は両手を胸の前であわせると目をきらきらと輝かせた。 「かわいい。触ってみてもいい?」 じりじりと綾が迫ってくると優は顔に出さずに大いに慌てていた。――尻尾がぴんっと伸ばされ、膨らんでいる。 「だ、だめだわんっ」 「わん? ねぇ、いま、わんっていった? ユウ!」 「そ、そんなことないわん。いや、あの、これはわん、わ、わぅ!」 「ちょ、かわいい。ユウ! 本当にかわいい! あ、尻尾くるんとしてる。やー、触りたい」 「わ、わぅううん」 恥ずかしさに犬耳をぺこんと垂らし、尻尾をくるんと丸めて足の間にしまう優の姿に綾はますます目を輝かせた。 いくら顔に動揺を出さないように努めても、その尻尾と耳はあまりにも素直すぎた。 「ふぅん、しかし、リンヤンはん、けったいな物作りはったなぁ」 同じく黒い犬耳、尻尾を生やしたムシアメはわりと冷静であった。 しかし、彼を見つめるキサの目は冷静とはほど遠かった。 「あんた、黒いのぴょんよ? なんで真っ黒なぴょん! ブラック設定とかあったぴょんか。ちょ、まって、その姿で虫の姿も出来るのぴょん? 虫萌えぴょん!」 「落ち着け、キサ! 想像で萌えるな! そんな想像萌えの機能はこの改造くん二号にはないだろう! ……すまんな、しかし、墨でも頭からかぶったのか?」 興奮するキサを後ろから止めながらフェイも訝しげに尋ねる。 「ん、わいにに似とるの知っとるんか」 話題を出来れば自分のことから話題を即座に変えたい優も耳をぴくと動かして反応した。 「だめだわん。尻尾はだめわんっ! わうっ、確かに、アマムシさんわん? 黒いわん」 「ユウ、尻尾がだめなら、耳! 耳でいいから! ……え、あ! アマムシさん、イメチェンしたの?」 アマムシという言葉にムシアメは苦笑いして、肩を竦めた。 「あー、日和坂はんと相沢はんもか。あ、ちなみにわいと、ここにいるみんなは初対面やで」 「え、違う人なの? わ、ご、ゴメンね! 私壱世界出身の格闘派女子高生で日和坂綾っていうの、ヨロシクね?」 慌てて綾は姿勢を正して、ぺこりと頭をさげたのにムシアメは愛想よく笑った。 「アマムシは弟分なんや。わいは、『呪い紡ぎのムシアメ』、ムシアメや。呪術道具や。よろしゅうな」 「……弟分ぴょん? え、やっぱりあの姿になれるぴょんか」 キサの目が輝く。 「あの姿? 蚕の姿のことか? なれるで。なろか? いや、わいな。先から、相沢はんの尻尾、ずぅと狙っとたんや」 「わん!」 「もふもふはええなぁ! 失礼するで!」 と、ムシアメの姿が突然、人のものから蚕に変化する。それもちゃんと犬耳と、尻尾をつけたままである。 虫なのか、犬なのか不明な生き物となったムシアメはそのままふわふわの優の尻尾にぴーんと飛び移り、埋もれてゆく。 「わ、わぅ! しっ、尻尾のなかをもぞもぞしないでほしいわん!」 もこもこと蚕が尻尾のなかを這いまわると、今まで知らなかった快楽――ぞくぞくぞくぅと背中に走るなんともいえない感覚に優は耳をぴーんとたてて、尻尾を大きくぶんぶんとふって抵抗する。 「蚕なのに耳と尻尾がついてるぴょん、わー、さわりたいぴょん、さわりたいぴょん。もえぴょん!」 「ユウ、かわいい。私も!」 蚕のムシアメに萌えたキサと優の可愛さに魅了された綾と第二被害が広がる。 「ナオト、おい、綾を止めろ」 フェイが叫ぶ。 そのナオトだが、シルクハットを片手に、手は腰に妙にかっこつけたスタイルで机の上に立っていた。 「無理だ」 「は?」 「お前の獲物のおこぼれなんてとれるかよ!」 なぜに、獲物とか、おこぼれとか出てくるんだ。フェイは頭を抱えた。 「えーい、お前の獲物に手は出してない。はやくつっこめ! ほら、あそこの格闘派娘には手をだしてないぞ!」 「ち、それならいいか。俺のハリセンの味を知れ。綾ちゃん!」 ようやくつっこむ気になったらしいナオトが、いつの間にか腰にたずさえていた、「インヤンガイ名物」と書かれたハリセンを片手に机から飛び降りた。 そして、素晴らしいハリセン使いによってキサ、綾と、さらには優の尻尾にいるムシアメをぱん、ぱーんと叩いて正気に返していく。 「ふん。またいいつっこみしちまったぜ、俺」 と、ハリセンを腰のベルトにおさめてナオトは遠くを見つめる。たいしたことをしてないはずなんだが動作がいちいちきまっている。 「ちょっとまってください。そこのイケメンタヌキのおニィさん、なんで君だけ変わってないんですか。俺の今回はどの種族ももふもふになるようにと、油断とか隙間とかないんですよ!」 白芋虫のリンヤンが、ナオトを見て叫んだ。 「おい、その呼び方はなんだよ! あのな、ちゃんと出てるぞ。俺は」 ナオトがシルクハットをとると、その頭には鋭い獣耳がある。それに良く見ればコートに隠れていたが、ちゃんと尻尾もあるようだ。 「いたた。ん? 新種のたぬきなの? おニィさん」 「イケメン度の増したタヌキかわん?」 「たぬきなんだわん」 「たぬきなんやなぁ」 「たぬきさんなんです」 とナオト以外のその場にいた全員一致の意見。 「ち・が・う! 狼だ。狼! お前らわざとやってるだろう。わざと! ハリセンの餌食にするぞ! ……ふ、ふん、俺は孤独を愛する狼だからな!」 尻尾を膨らませて白い牙を剥きだしにナオトが吼える。 ナオトのいちいち決まったポーズとかはとにかく、集団行動がとれないのはアレである――「一匹狼」という精神影響が作用されているようだ。 「いたた、いやー、けど、つっこんでもらえてよかったわ。ちょっとわい、我をなくしとったからな。萌えはすごいわ。セクタンも変化しとるしなぁ」 「え? ……あっ! エンエン!」 正気に戻ったムシアメの言葉に綾が自分のセクタンを見て叫んだ。 驚いたことに、綾のセクタンのエンエンの背中には白い羽が天使さながらついていて、ぱたぱたと動いて綾の視線の高さで浮いている。 「か、かわいい。なに、このかわいいの!」 綾は思わずエンエンに抱きついて、その羽が毟れるほどにわしゃわしゃと撫でまわす。 あまりの萌えぷりに、もう手加減も忘れてしまっている。というか目がハートを浮かべて完全な萌え状態だ。 「あ、綾、落ち着くわん……あ、た、タイムわん!」 優はタイムの変化に目を丸めた。 タイムもやはり白い羽を背中にはやしてふわふわと浮いている。 あまりもことに優は動揺しすぎて硬直した。 ぷにぷにはいい。 あの肌触り、つんつんしたときの弾力感、寂しくても、辛くても元気を与えてくれる、そんな存在。 が、それに羽が生えるなんて反則すぎる可愛さじゃないか! ふわふわ浮いたりなんかして、なに、この捕まえちゃいたい衝動! めちゃくちゃ憧れる! ――優はそのとき羽の生えた生物の可愛さについうっかりと目覚めた。 ――肉球もいいが、羽も最高じゃないか! 「タイムわうううん~~」 ぎゅうううとタイムを抱きしめて優は尻尾をぱたぱたと振る。 「羽、羽だわん」 マリアベルもまた羽萌えらしく、尻尾をぱたぱたと振っている。そしてふらふらと歩いて行くとタイムの羽にそっと触れて、すりすりと頬すりしていい笑顔を浮かべている。 「羽なのです」 とゼロもまたふらふら~と歩いて綾のエンエンに触れさせてもらっている。 羽。 それは全ての萌えの原点、かもしれない。それほどに萌え率が高かった。 「ああ、また萌えはじめた。おい、ナオト、そこにお前の獲物がいるぞ。誰も手をだしてない、つっこめ!」 「ふん、俺は人の言うことは聞かないんだぜ!」 「ああ、もう狼、本気でめんどくさい!」 ナオトというつっこみ要員がいてラクできるかと思ったら、全然そうじゃなかった――フェイは一人でつっこみに奮闘した。 で、なんとかひと段落ついた。 が、話は一向に進まない。なぜって、萌えに忙しいから。 「ムシアメ、もう一回、虫の姿になってだぴょん」 「あかんて、キサはん、萌えてまうやろう」 と、キサとムシアメの姿をすこしばかり離れたところでハリセンで叩かれて正気に戻ったマリアベルは瞳は強い敵意を浮かべて睨みつけていた。 ――ボクのほうが上だわん マリアベルの頭にはふわふわな毛に覆われたもこもこのうさ耳がついている。 ――毎日一時間もかけてトリートメントしているこのうさ耳の毛触りの良さ、ふわふわ感、全部上なんだわん! 元祖うさ耳の名において、ついうっかりうさ耳になったキサなんかに美しさで負けにわけにはいかない。 「ん? なんだぴょん! あ、お前もムシアメの蚕姿がみたいぴょん? 二人でお願いするだぴょん」 「ちがうわん! キミのうさ耳なってないんじゃないのかなとおもうわん。長いし、毛はふわふわだけど、うん、かわいいわん……」 気がついたら褒めてしまっていたのにマリアベルは苦い顔をした。たしかにきれいな毛をしていて、長い耳でいいじゃないか。 「褒めてるで、それ」 「うるさいだわん! う、このうさ耳、ふわふわだわん」 アマムシのつっこみに、尻尾をぱたぱたふってマリアベルが言い返しつつキサのうさ耳をもふもふと触れる。 「かまってほしいぴょんか? ……よし! お手だぴょん」 「わん!」 と、ついお手をしてしまった。 脊髄反射の反応に、マリアベルは真っ青になる。こ、このプライドの高い自分が、他人にお手をするなんて! マリアベルが慌てて弁解しようと口を開けたとき。 「よしよしだぴょん」 「わぅ~」 つい顔がとろんとなってしまったのは、犬の従順な性格のせいだ――とマリアベルは言い訳しつつも、頭を撫でられるのって、いいかも、とちょっぴり思ってしまった。 「リンヤンさんはやはり最高なのです!」 「おお、ゼロ、お前はわかってくれると信じてた!」 シーアールシー ゼロの賛同を得てリンヤンはくねくねと体を大きくくねらせた。 以前もこの手の騒動をリンヤンが起こしたのだが、そのときに二人は意気投合。 リンヤン曰くゼロは心の友だそうだ。 今回ゼロは、こめかみにくるんと丸い角、ぴょこんと小さな耳が出ている。どうやら羊化したようだ。 「あの演説、すばらしいのです。理想なのです!」 「待て、ゼロ! それは、「けももえっ!」 がかい!」 「はいです」 男前に頷いたあとゼロは事務所に設置しているテーブルの上に乗って、萌えに忙しい室内を見回して断言した。 「二号を大量生産して、すべてをもふかすればこの世界は第二のモフアニピアが誕生なのです!」 「あ、それ、いいかも!」 と、エンエンをもふもふしている綾が賛同する。 「けど、強制はよくないので今回はとめるのです! むしろ、法律的な手続きをとるのです」 「と、いうと」 なんとなくいやな予感をひしひし感じつつフェイは先を促す。 「はいです。合法的に、けも萌え政策を掲げ、選挙に出るのです。政策として実行すれば、国家予算で安全に実行できるのです! 萌えは一日にしてならずです!」 ゼロの真剣な目がリンヤンを見つめる。 「そうすれば、当然二号の開発者は超特別待遇なのです」 「うおおおお、ゼロ、それだ、それ! 毎日納豆がたべられる身分になれるな!」 なんと次元が低レベルの特別待遇だ。というか、本物のアホだ。 「ナオト、いますぐに、あの馬鹿科学者をハリセンの餌食にしろっ! むしろ、簀巻きにして萌えないゴミに捨ててこい。いいぞ俺が許す」 「ふん、言われなくても。俺のつっこみが冴えるぜ!」 と、そのとき 「話はすべて聞かせてもらった!」 がらっとドアを勢いよく開けて、それは入ってきた。 「真打はいつもあとのあとに出るもんだ! 見てくれ! この姿! 正真正銘のリザードマンになれたよ! リンヤンまじ天使、ゼロ、その考え最高!」 「……えーと、どちらさん?」 そもそも、こんなやつ、いたか。――というか、全身を蜥蜴になったもう人相もかわってしまったそれに誰もが首を捻った。 「今は夢と希望の塊のリザードマンになった小竹卓也です! ゼロの考えを変えさせるなんて俺がさせないんだからね!」 「……い、いい度胸だ! つっこみ属性なめんなよ! つっこみつくしてやる」 小竹の全身つっこむしかない存在はナオトのつっこみ属性をいたく刺激したらしい。ハリセンを片手に距離をとる。 「ふ、かかってこい。お前のつっこみをすべておいしくボケてやる」 二人の男が――かたやイメケンタヌキ化した、いや、狼化したナオトと、かたや全身を夢と希望と萌えによってトカゲ化してしまった小竹が睨みあう。 「くっ、ちょっとでもつっこめば、俺が喰われちまうってか、いい度胸だぜ」 「くくくっ、このリザードマンになった俺に勝てると思うよ!」 「……ナオト、どけ」 白熱な戦いのなかにフェイは無表情で割り込んだ。そして、無言で小竹を部屋の外に思いっきり投げた。さらにはがっちゃんとドアに鍵をかけた。 「いた。ちょ、なにするんだよ! え、開かない。開かない! え、やだ。なかにはいれない! こ、こんな、開けろ。差別だ。トカゲや蛇だっていいんだぞ! ……くそ、力づくで! あ、やだ、開かない。このドア、なんでこうも頑丈なの! ……すいません、ごめんなさい。開けてください! 無視なんてひどい。究極のボケ殺しするなんてひどいよ。まぢでひどいよ」 「悪いが、この騒動で容赦なんてもんはないぞ。そもそも、どうしてお前だけが遅れたんだ。答えてみろ」 ドアの前に仁王立ちしてフェイが睨みつける。ちなみにフェイが獣化している動物は虎である。 つっこみ疲れ果てた虎ほど、恐ろしいものはない。 「いや、それは、道に迷って、あと、困っているリザードマンのおばーさんがいて手を貸していて……ごめんなさい。素敵空間に思わずはっちゃけてました! ごめんなさい。もうしません。真面目に取り組みます。だから開けて! しくしくしく……」 うっとおしい泣き声まで聞こえてきたのにフェイは深いため息をついた。 「このまま開けないまま無視したい。ああ、無視したい」 「無視はだめだろう。そろそろ入れてあげようぜ。なんか俺まで可哀想になってきたぜ」 「と、いうわけで、萌えるのもそこそこに、今回は萌え馬鹿ども退治し、二号を奪還してもらう」 混乱から落ち着きを取り戻した探偵事務所でようやく説明が出来る状況になった。本当にここまで長かった。 フェイはもう疲れ果てていた。彼らに任せて大丈夫なのだろうか。すごく不安いっぱいだが、もうそこらへんはあえて考えないことにした。なるようになればいい。 「作戦は任せる。場所の地図もあるので、迷うことはないと、思うが……ハリセンを持たせてあるので、各自、仲間が萌えた場合は容赦なくハリセンでつっこめ。……お前たちを信頼している。以上、テレビ局にいってくれ。ああ、ナオト、ちょっと」 「ん? なんだよ」 「この場で、つっこみはお前しかいない。誰もお前の獲物には手を出さないから、力いっぱいハリセンを振うがいい。もし疲れたときはこの言葉を思い出せ。ここで俺がつっこまなきゃこの場を収拾つけるやつはいないと」 「……おい、あんたも来いよ。つっこみ属性だろう!」 「俺の本日のつっこみは小竹を相手にして終了した。がんばれ、次期つっこみエースはお前だ。俺のハリセンをお前に託す。イケメンタヌキのおニィさん」 「俺は狼だ!」 そんなわけでつっこみは、すべてナオトに託された。かもしれない。 「地上から行くんは、避けたほうがええんとちゃうろか?」 ムシアメが神妙な面持ちで告げた。 目的地であるテレビ局まではさしたる距離はない、歩いて行けば三十分くらいの処に在るのだが…… 「大丈夫だと思うよ。ほら、だぁーと走っていけばいいんじゃないかな?」 視界に入っちゃうと萌えてしまうエンエンを頭の上に置いて綾が気軽に応じる。 しかし、そんな簡単に行くはずがないだろう。この萌え空間で! 探偵事務所を出たときから試練ははじまっていた。 そして、試練の第一被害者はタイムを頭にのせた優であった。 「いい匂いだわん」 と、言うなり、近くにあった屋台にふらふら~と吸い寄せられていく。そして理性なんて吹っ飛ばして、食べ物を買って、買って買いまくって食べて行く。 それも、ぱくっと口にほうばると、ぱぁと笑顔を浮かべて尻尾をぱたぱたふっしまっている。それはもう嬉しそうに食べている姿は幸せそのもの。 犬の食いしん坊という性質が、見事にマイナス面として出てしまっているようだ。それも食いしん坊のため、あっちの食べ物、こっちの食べ物と吸い寄せられていく。 「ユウ、しっかりして! そんなに食べると太るわよ!」 「仕方ない。俺がつっこんでやる」 ナオトがハリセンを出してつっこもうとしたとき、ぴたりと動きをとめた。 「お、お前は!」 ナオトの目の前には白い毛が美しい狼が、なんだか、すごく狙ったタイミングで現れた。 「アルビ……のほうが上だ! 毛艶といい、かっこよさといい!」 アルビというのは、ナオトの現在、行方不明の相棒である白狼の事である。実は、白狼萌えか。ナオト。 「もふもふやね! もふもふ!」 「白狼! お前の永遠の嫁の俺だー!」 白い狼の存在にまるでホイホイに捕まったようにふもふに弱いムシアメと獣好きである小竹が反応する。 「えっと、あの……ムシアメさん、いってはだめなのです!」 「まったく、仕方ないなだわん。正気に返れだわんっ!」 ゼロの大声がムシアメを、マリアベルの容赦のないハリセンが小竹を正気へと返した。 「は、危ないわ。って、相沢はんらは? あれ、どこや! あかん、食べ物求めて、どこまでもいってしもた! こういうときこそ犬の嗅覚を……あっ」 ふら、ばた――ムシアメが力なくその場に倒れ込む。 「どうしたのわん」 「匂い、嗅ごうとしたら、強烈やった」 そりゃ、歩く食い倒れの街とまで別名言われているのだ。そこらへん、あっちこっちに食べ物屋がある。 その食べ物の匂いもさることながら、料理に使われる香辛料はわりと匂いがきつかったりするのだ。 「う、たしかにきついだわん」 同じく犬化しているマリアベルも尻尾を膨らませて顔をしかめた。 「相沢はん、見つけんと……って、それおっかけて日和坂はんと、イケメンタヌキのオニィさんまでおらんわ」 綾の場合は、純粋に優が可愛くて。ナオトの場合は逃げるものを追いかけてしまう狩人の哀しい性である。 「もう、これはこの世界はもふもふでいいんじゃないかってことだと思うよ。俺! あ、蜥蜴は早く走れないから、犬とか狼に追いつくのは無理だから! 期待されても尻尾をきるぐらいしかできないから!」 「もふもふはすばらしいのです! どこまでも萌えなのですね! ゼロが、おっきくなってみなさんを捕まえるというのはどうですか?」 とくに世界がもふもふでも困らない、むしろ、大歓迎の小竹とゼロの申し出は――蜥蜴はまぁ仕方ないが、ゼロが大きくなって三人を捕まえるというのは最終手段にしておくべきだろうとムシアメの理性が告げている。ここでゼロが巨大化なんかしたら、それこそ収拾がつかない騒動になるに決まっている。 「どないしようか」 「まったくしかたないだわん。ボクが捕まえてくるわん。この姿になって体力と持久力がすごく強くなってるんだわん。時間短縮のためにもこれから別れていったらどうわん? ボクの力を使って、上から移動するわん。ビルとかの上なら障害物も萌えもないわん」 「そうか。空か。それはええな。わいも空を飛べる術があるわ。よし、そうしよう。先にいっておくわ。あ、けど萌えたりせんか? つっこみ一人はどうする?」 「大丈夫だわん。地上には鳥とかはいないわん。それより、はやく追いかけるわん」 そんなわけでマリアベルは暴走してしまっている優とその追っかけてしまった綾とナオトの捜索に走り出した。 ムシアメは呪い紡ぎ、と自分で言うように呪を使うことができる。 そのなかでも空飛びの呪いを使い、ゼロと小竹を地上からかなり離れた位置まで浮かせてテレビ局を目指した。 ふわふわ、ふわふわと空中を漂いながらムシアメは地上の萌え地獄を見下ろした。 「しっかし、なんという萌え空間なんや、これ」 「天国だね!」 「はいです!」 力いっぱいに言い切る小竹とゼロ。 「あ……やばい」 「小竹はん、どうしたん」 「……蜥蜴は、温度変化に弱いんだよ……あ、あたためて」 か細い声を出して助けを求めてくる小竹。――全身が蜥蜴なためか、いまいち可愛さはないが、このままほっとくわけにもいかない。 「大丈夫ですか! ゼロがもふもふするのです」 「わいの尻尾でよければ」 「あ、もふもふ。もふもふ」 ゼロのあたたかい抱擁と、ムシアメのふわふわの尻尾に包まれて蜥蜴人間は幸せそうである。 「お前たち何者だ! これ以上は進ませないぞ!」 と、そこに黒い翼をもった黒スーツ、サングラスをかけた少年が立ちふさがった。その胸には「けももえっ!」と書かれたバッチが輝いている。どうやら「けももえっ!」の人間らしい。 なんとわかりやすい組織だ。 「敵さんに、鳥型のやつもおったんか。どうするって、あっ」 ムシアメが止める間もなくゼロがするすると前へと進み出る。 「あの、もふもふしてもいいですか?」 「へ、えっ」 地味だが、可愛いタイプの女の子に迫られていやな男はいない。 敵の少年はまだ十代くらいのせいか、こういう状態に慣れていないらしく、初々しくも戸惑っている。 「もふもふなのです」 ゼロは黒い翼に両手を伸ばしてぎゅっぎゅっとしてくる。あわわわ……と少年は赤面してかたまっている。 「うむ、いい、ラブコメ。不作だった大地に恵みのラブが」 ムシアメの尻尾を首にまくようにしている小竹はにたにたと笑う。 「初々しいな。けど、小竹はん、獣好きやろう? 萌えとかいって襲いかからんでええんか?」 「ふ、なに言うんだ。最近、虫、機械と目覚めた俺をなめるなよ。なんだって萌えられる自信がある。が、人間ベースの尻尾と耳だけついたやつ、あれはだめだ。とりあえず顔をすげ代えてこいって話だ……あれ? なに、その可哀想な生き物を見る目は」 「いや、別に。そこまでいったら、いっそ清々しいわ」 ああ、だから、小竹は暴走してるくせに、わりと冷静なんだとムシアメは納得しつつ、ゼロの頭をぽんとハリセンで叩いた。 「ゼロはん、あかんで。悪いけど、ここ、通してもらうで」 ゼロのふもふもから解放された少年は真っ赤になって怒鳴った。 「う、あ……ふ、ふん、い、いまはもふもふさせてやったんだからな!」 「どう見ても、女の子に迫られて嬉しそう男の子だったけど……いいラブコメ」 「うるさい、そこの蜥蜴! 僕は吸血蝙蝠なんだからな! 血を吸い尽くしてやる!」 ばっと少年が翼を広げてムシアメに襲いかかる。 ムシアメはその噛みつきを避けることもなく片腕で受けとめた。 ちゅーと、血を少年が吸い上げる。が、そのとたんに顔を青白くさせると、ふらぁとよろけと、そのまま力なく地上へと落ちていく。 「危ないなぁ~。ほんま」 「いや、あっちのほうが落ちていったけど」 「うん。わいの血、強い毒をもっとんや。あ、今は痺れ毒にしとるさかい。命には別状ないはずやから、大丈夫や!」 「わー、さらっと怖いこと言った! ……実は腹黒キャラ?」 小竹の問いにムシアメはにっこりと笑った。 そんなこんなで、テレビ局に無事についた。 しかし、ここからがまた問題だ。テレビ局の前には黒いスーツを身に付けた犬耳や熊耳の見張りが立っている。 いくらなんでも見張り全員を三人で相手するのは大変だ。 「ここは、俺に任せてくれ」 「小竹はん、どないするん?」 温度変化にも負けなかった小竹は男らしく胸を張った。 「蜥蜴の移動力をもってすれば、侵入くらい容易い。俺がまずなかにはいって、侵入しやすくするぜ。止めてくれるな。俺はやる男だ! ここでまでいいところなし、ここでかっこつけなきゃただの役立たずだしな!」 「はいです。いってらしゃいです」 「止めへん止めへん。いってきて。連絡はノートでしてな」 「……あー、うん。いってきます」 自分でいっといてなんだが、だからってまったく止められないのもちょっと寂しいなぁと感じてしまう、小竹。 「けど、どうやって見張りを退けよう」 「そこらへん、考えてへんのやな」 「尻尾でもきって、気をひいてみようか? いくらきってもきってもはえてくるよ?」 「ここはゼロに任せてください!」 きりっとゼロが立ちあがる。 そして訝しげる二人を残してすたすたと歩いてテレビ局の前に行く。 「何者だ!」 「女の子?」 見張りがゼロを取り囲んだ、とたんにぱたぱたぱたと敵が倒れて行く。そして、最後にはゼロもぱたんと倒れた。 「なんや! って、寝とる……あー、羊って眠くなるもんなぁ」 そう、ゼロの能力は周りに眠気をもたらすというものだ。ちなみに、この能力を使うと本人もつられて寝てしまう。 しかし、これで平和的に見張りをなんとかすることは出来た。 ムシアメとゼロを残して単独で小竹はテレビ局の壁をぺたぺたと這って移動開始した。 全身蜥蜴、というか、身も心も蜥蜴となった男、小竹。 その行動力は素晴らしかった。壁を張って、易々と窓からなかへと侵入してしまった。もう、立派な蜥蜴である。 「こちら小竹、蛇じゃなくて蜥蜴が無事に侵入」 などとダクトを這いつつ連絡する余裕すらある。 が、しかし 「あ、さむい……メーゼ暖めてー」 所詮は、蜥蜴。というか、どこまでいっても蜥蜴。 温度変化にまたしても動けなくなり、メーゼに顔からもふもふしてもらってなんとか動けるようになる始末である。 と、下を見ると全身犬の姿になっている敵の姿が――犬の姿なのに、ちゃんとスーツを着ているのはつっこむべきか。いや、それは、それで萌え。 「こちら、異常はありません」 などと連絡しているその姿を見て、にやりと小竹は笑った。 これはもう襲うフラグだろう。 しゅった、と小竹は犬の後ろに降り立った。 「待たせたな、わんわん」 「な、え! ぎゃあ!」 「さぁお前のハニーだよ! もふらせてくれ!」 全身蜥蜴になろうとも、獣好きの小竹の魂は変わらない。 一方、暴走してしまった優と、それを追っかけていった綾とナオトをマリアベルは無事に見つけ出した。 問題は優だ。 彼は正気に戻ると、己がとった行動のあまりの恥ずかしさに自己嫌悪に陥り、しゃもしゃと屋台で買った肉まんを食べながら、なんと穴を掘って埋まってしまったのだ。 「ユウ、出ておいでよー。すっごくかわいかったよー」 「そうだぞー。ほら、よくあるだろう、若いうちは」 「でておいでだわん。本当に穴に埋まっちゃだめだわんよ」 三人の声に、おおよそ十メートルほどの穴の下で体操座りをしている優は耳をぺたんと垂らし、さらには尻尾も力なくたらして反応がない。 「仕方ないわん、最終手段わん」 マリアベルが取り出したのは、大きな骨。 「ほーら、ほーらだわん」 ぴく。優の嗅覚は、その匂い嗅ぎとり、身は丸めたままだが尻尾がふわふわと動き、耳がマリアベルたちに向けられている。 「これ、思いっきり、テレビ局に向けて投げるだわん」 「オッケー。ほら、ユウ、いくよ!」 マリアベルから骨を受け取った綾がにっこ笑うと、力いっぱい骨を投げた。 「わうん!」 優はむくりと起き上る。その目を輝き、口からよだれをたらし、驚くほどのスピードで穴を出ると投げられた骨に向かって走り出す。 「ああ、なんか追いかけてぇ!」 それにつられてナオトも走り出す。逃げるものあれば追いかけたい性がどうしてもうずいてしまう。 「私もー!」 「キミはボクと。空からいったほうがはやいからね」 先ほどの二の舞いになっては困るのでマリアベルが綾の肩をがっちりと掴んでさっさと無重力化して宙へと浮いた。 「えー、だって、私も追いかけたい!」 「すぐに合流できるよ。あの調子なら」 マリアベルがそう断言したように、再会はとってもはやかった。 骨を追いかけて、テレビ局まできちゃった優とそれを追いかけてきたナオト。それをテレビ局の前に隠れていたムシアメとゼロが出迎えた。 「お、二人とも、きたきた。なんか、えらい機嫌ええなぁ、相沢はん、で、あとの二人は?」 「わぅん。 んん? わう? ……はっ! ……っ!」 骨を見事に口でキャッチして喜んだのもつかの間、またしても正気に戻ると優は自己嫌悪に陥った。 その横ではナオトがあーと頭をかいた。 「やべぇ、置いてきちまった」 ひゅうううん 「ん? ひゅううん?」 「わー、どいて、どいて、どいて!」 空から綾が落ちてきた。 それもナオトの上に。 「いたたた、着地失敗~。華麗にばしっと決めるつもりだったのにぃ。あ、ごめん。おニィさん」 お尻の下に敷いてしまったナオトの上から綾は慌てて退くと、えへへと舌を出して笑う。その横にマリアベルがすとんと降りたった。 「まったく、勢いつけて降り過ぎだわん」 「えへへ。あれ? 小竹さんは?」 「ん、ああ、テレビ局に一人で侵入いったんや。どないしようかと思って、まぁ、小竹はんやったら、大丈夫やろう」 「うん。小竹さんなら大丈夫だよね!」 「そうなのです!」 ムシアメ、綾、ゼロと小竹ならなにがあってもとりあえずは大丈夫だろうと妙な自信を持って断言した。 「よし、遅れを取り戻すぞ! 私さ、考えたんだけど、動物って火とか水とか嫌うでしょ? テレビ局って施設がっちりしてると思うし、ズバリ、カチカチ山大作戦! エンエンの狐火操りで、ばんばん火をつけて、スプリンクラーで水がばしゃばしゃになれば半分くらい逃げると思うの。そこを襲撃して改造くんを取り戻す! どう?」 「だったら、ふた手にわかれたらどうだ? 裏口に見張ってそこから逃げるやつをかたっぱしからぶん殴っていけばいいだろう」 ナオトも尻尾をぱた、ぱたとふって案にのった。 「そうやな。じゃ、きばっていくで」 表入り口には火をつける綾と、護衛には優、マリアベル。裏口ではナオトとムシアメにゼロ。 なかにいるだろう小竹にはノートで作戦のことは伝えてあるが、返事がない。さて、彼はどうしているのだろうか、小竹なら大丈夫だろうと無駄に厚い信頼が他の仲間たちの作戦進行の足を早めた。 なんといってもテレビ局から定期的に「俺だー、もふらせろー」と「ぎゃああああ」という悲鳴が絶え間なく聞こえてくるのだし。 せっかく、誰かがテレビ局中を混乱に陥れているならば、そのチャンスを逃すわけにはいかない。そう、誰かが見えないところで活躍しているのなら、自分たちもがんばらなくちゃ。 「エンエン! 火炎属性ぷりーず! 行っくよ~! 狐火操り火炎乱舞!」 綾は己のトラベルギアに炎を宿し、片足を大きくあげて、振る。 炎がテレビ局の建物を包むと、とたんにうぅううとうるさいサイレンの音とスプリンクラーが作動したらしく、建物中から水の勢いよく出て、炎を消して行く。 「よし、狙い通り、って、やーん、水、水っ!」 建物のなかに飛び込むと、綾は思わず出来たての水たまりに手をつっこんでわしゃわしゃと洗いはじめた。 「あ、綾、どうしたわん?」 優が目をぱちくりさせる。 「あーん、なんか、洗いたくてたまらないの!」 その様子は、アライグマが水を見ると、わしゃわしゃと洗いだしてしまう姿のそれ。 「本当にアライグマわん」 「だったんだわん」 「ちょ、二人とも、なに、そのしみじみとした台詞! タヌキじゃないやい! あ、敵がきた!」 綾の作戦は古典的であるが、見事にヒットしたようだ。 内部は謎のなにかによって混乱していたのに、炎と水はさらなる混乱を生んだ。慌てて入り口に殺到した黒スーツの敵たちは、そこにいる闖入者に驚いた。 「なんなんだ、てめぇら!」 「あの変な蜥蜴の仲間かよ! くそ、俺の相方をもふり地獄に突き落としやがって! 仇をとるぜ!」 「はっ、タヌキと犬どもか、やっちまえ!」 「ちょっと、誰がタヌキよぅぅぅ! この姿はどう見てもアライグマでしよう!」 わっと襲いかかるが敵に、優は合気道、マリアベルはあらかじめ用意していた骨とハチミツ――動物の好物を投げつけて気をひいくと、トラベルギアを使い、敵の身を拘束していく。 「わううう! 骨だわん!」 「あっ」 マリアベルの投げた骨に優までが拘束される、という失敗はあったが、概ね作戦は成功だ。 「あーん、私も殴りたいよ! うー」 「待つわん、よっこいしょっと。ふー、次は相沢わんを助けるわん」 マリアベルは綾を水から引き離してやり、今度は優の拘束を解こうとしたとき、背後からぬっと黒い影が出てきたのにはっと振り返った。 「ぐまぁ!」 「わう!」 熊だ。 それも一部だけが獣化しているのではない。 全身だ。 黒い毛に覆われた巨大熊がマリアベルに襲いかかるのに綾が飛び出した。 「えーい!」 綾の回し蹴りが熊に炸裂する。 が、熊も強い。片腕で容易く綾の蹴りを受け止め、なおかつ、足をとると、ぶんっと宙に投げた。 くるんっと見事な反射神経で宙で回転して着地すると、綾は熊を睨みつける。 熊がふっと笑って片手をあげると、くいくいと爪でかかってこいと示す。 「ぐま、ぐまま(やるじゃないか、タヌキ)、ぐま(こいや)」 「タヌキじゃない! アライグマだい! 強いじゃないか! 全力でいくからねっ!」 熊とアライグマが睨みあう。 いい勝負をしている綾と熊の傍らでマリアベルは優を助けようとしたとき、その横から甲羅をつけた老人が出てきた。 「敵め、とりゃあああ~~」 遅いのが亀の特徴。 ステッキを構えて、ふらふら、よろよろしながら襲いかかる亀老人にマリアベルは思わず動きを止めてしまった。 下手につっこんだりしたら、なんか天国いきそうだし、この亀! 「おりゃあ! 必殺、ひっくり返し!」 ナオトが飛び出すと、容赦なく亀の甲羅を手にっとひっくりかえす。 「あ、ぁああ~~」 ひっくり返って動けない老人にふぅーとナオトが額の汗を拭う。 「ありがとうだわん。裏口の敵は片付いたわんか?」 「ゼロが巨大化して敵を惹きつけてくれたのを全部、つっこみまくって片付けた。あとはボス、って、あいつじゃないのか」 熊と綾が戦う隙にボスの少年が逃げるのが見えた。 ナオトが地面を蹴って飛び、ボスの前に着地する。 「っと、逃がさないぜ」 「くっ!」 後ろに逃げようとボスが振り返ると、そこに立つムシアメ、ゼロ、マリアベル、優。 「ボスさん、萌えは素晴らしいものです。けど、強制はいけないのです。ゼロとしては合法活動をおススメすめのです」 「そうだわん。萌えは素敵だわん。けど、強制するものじゃないわん!」 ゼロと優の説得にマリアベルはトラベルギアを構える 「降参しないと力ずくで捕まえるわん」 ボスは渋い顔をして両手に改造くん二号を抱いて睨む。 その姿は獣化しているため間抜けであるが、かなりシリアスぽい。いや、シリアスだ。 「よし、このまま、かっこよくおわ」 「あああ、もう、あかん! すまへん。ふわふわや。もふもふや! なに、あの萌えの空間、あかん、わい、萌えてまう!」 このままシリアスに終われるかも、とナオトが思ったとき、ムシアメが蚕の姿になってボスに飛びついていた。 蚕がボスの毛のなかを這いずりまわる。 もふもふもふも。 もぞもぞもぞもぞもぞ。 「ぎゃああああ、なな、なに、これ。わー、なになに、うわぁあああ」 たまらずボスが悲鳴をあげる。 「あれ、すごいんだよね」 経験のある優が憐れみをこめた眼差しをボスに向けた。 「いゃああああああ、たすけてぇ! 返す。やめるから、いやぁあああ!」 「……し、シリアスが」 ほんのちょっぴりでもシリアス展開を望むことすら無理なのか。――ナオトはがっくりと肩を落とした。 「ぐまぁ!(ボス)」 綾と戦っていた熊は、ボスの悲鳴に振りかえった。 「ふん、キミのボスは降参したみたいだよ」 「……ぐまぁ!(このタヌキが!)」 「アライグマだぁ! もう、許さないんだからね」 「ぐまぐまぁああ!(それはこちらの台詞だ。こうなれば!)」 熊の鋭い爪が目にも止まらぬ速さで綾に振りおろされる。その一撃目を綾はぎりぎりに避けたが、まるでナイフで切られたようにスカートの端がぱっさりと切れた。 「っ!」 熊は怒りに目を輝かせ、吼え、綾へと突撃する 「綾!」 「シリアス展開、まだ続いてたのか!」 今度こそかっこよく、――とナオトが思ったとき バァンと音をたてて、そいつは熊の前に降ってきた。 「くまぁ! 待たせたな! お前の白馬、いや、蜥蜴王子がきたぜ!」 水も滴るいい男――ではなく、蜥蜴人間が叫ぶ。 実は、もふもふしまくって内部を意図せず混乱に陥れたのはいいが、水がいきなりきて温度の変化に弱っていたのをメーゼの愛ある抱擁によって復活した――小竹。 彼は天井からずって見ていたのだ。 そしてこのチャンスを狙っていたのだ。 はぁ、はぁと目を妖しく輝かせて熊をロックオンする。 怖い――熊が後ずさる。 「いくぜぇ! 今から、もふもふ祭りじゃあああああ!」 地面を蹴って、勢いつけて飛びこむ。 それはもう見事な頭からダイブ。 「もふらせろぉぉぉぉ!」 「ぐまぁあああああああ!(ぎゃああああああ! なにこいつ!)」 小竹が熊を襲う。襲う。襲う。――誰か熊を助けてやれ。 「し、シリアス……」 マリアベルと優が黙ってナオトの肩を叩いた。 「ここで、それを望むのは間違いだわん」 「間違いすぎるわん」 「まぁ、そんなこんなで、今回の件もカタがついた。ありがとう」 無事、改造くんを奪還し、探偵事務所に戻ってきたメンバー。 人の姿に戻ることができたことにフェイは素直に感謝した。 「あいつらは、今後はゼロの説得に応じて、合法組織になるとかいっていたが……」 「そっか。楽しみだな。……ちょっと惜しいもんね」 「そうです。いずれは素晴らしい萌えの政治をするのです」 「お前ら……」 綾とゼロをフェイは呆れた目を向けたあと、ごほんと咳払いした。 「今回のお詫びとして、これを預かってきた」 「なんだろう。わぁ! ぬいぐるみだ。それもアライグマ!」 今回の騒動のお詫びとして、それぞれ各自に動物のぬいぐるみをプレゼントしてくれたのだ。ただ一つの問題は…… 「ちょっとまて、なんでタヌキなんだよ、俺のが!」 ナオトが自分宛のタヌキぬいぐるみを持って吼えた。――俺は狼だ!
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