ふと気配に気づくと、つぶらな瞳に見つめられている。 モフトピアの不思議な住人――アニモフ。 モフトピアの浮島のひとつに建設されたロストレイルの「駅」は、すでにアニモフたちに周知のものとなっており、降り立った旅人はアニモフたちの歓迎を受けることがある。アニモフたちはロストナンバーや世界図書館のなんたるかも理解していないが、かれらがやってくるとなにか楽しいことがあるのは知っているようだ。実際には調査と称する冒険旅行で楽しい目に遭っているのは旅人のほうなのだが、アニモフたちにしても旅人と接するのは珍しくて面白いものなのだろう。 そんなわけで、「駅」のまわりには好奇心旺盛なアニモフたちが集まっていることがある。 思いついた楽しい遊びを一緒にしてくれる人が、自分の浮島から持ってきた贈り物を受け取ってくれる人が、わくわくするようなお話を聞かせてくれる人が、列車に乗ってやってくるのを、今か今かと待っているのだ。 ●ご案内このソロシナリオでは「モフトピアでアニモフと交流する場面」が描写されます。あなたは冒険旅行の合間などにすこしだけ時間を見つけてアニモフの相手をすることにしました。このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、・あなたが出会ったのはどんなアニモフか・そのアニモフとどんなことをするのかを必ず書いて下さい。このシナリオの舞台はロストレイルの、モフトピアの「駅」周辺となりますので、あまり特殊な出来事は起こりません。
「ええ、天気やわぁ」 ムシアメは背伸びをして空を仰ぐ。あたたかい風に、照りつける太陽の日差し。 陽気に心も体もわくわくと高揚する。 「どんなアニモフがおるかなー」 嬉しすぎて思わず、モフトピア、モフトピアと口から適当なリズムをつけた声が漏れてしまう。 ここにはどんなもふもふな生き物がいるだろう。考えるだけで口元が緩んでしまう。 「はっ、いや、いや。決してもふもふだけが目的ちゃうんや。もふもふするなら、ここやろうとか、そんな目的できたわけちゃうねん」 誰が聞いているわけでも、咎めているわけでもないがついつい口から言い訳が出てくる。別にやましいことは何一つとしてないはずなのに。 「んー、あかんね。つい欲望に溺れてまう」 頭をぼりぼりとかきながら苦笑いを一つ。 背中に視線を感じて振り返ると、白いふわふわの毛に覆われた羊のアニモフが黒い目を太陽のように輝かせてムシアメを見つめていた。 ――もっふもふやん! ぜひ、もふりたい。 ムシアメもまた好奇心にきらきらと目を輝かせる。 「はじめまして。わい、ムシアメいいますんや。よろしゅう!」 背を屈めてにこにことムシアメは笑いかけると、羊のアニモフはとてとて近寄ってきた。 「こんにちは! きみ、毛がないし、真っ黒だね。寒くないの?」 「そや。真っ黒や。毛はないけど、寒くあらへん。わいには弟分おってな、そっちは真っ白なんやで」 「へー……触ってみてもいい?」 「わいに? あんさんが?」 「うん」 出来れば、自分がもふもふもふしたいのだが。 「ええで」 片手を差し出すと、羊のアニモフはぱっと輝く笑みを浮かべて、片手を差し出してきた。 もにゅ。 柔らかい、しかし、それと同じく弾力があってる。ちいさな手がムシアメの手のひらを揉む。 もにゅもにゅ。 とうとう我慢できなくてムシアメは笑いだした。 「くすぐったいわぁ。あかん、笑ってまう」 「毛がないからくすぐったいんだよ」 「そうかもしれへんなぁ……なぁ、あんさんに触ってもええか?」 実は先ほどから白いもこも姿に、ずっとずうずうしていたのだ。 「いいよ!」 「ほんま! やった!」 許可もいただいたのにムシアメはさっそく、衣服が汚れることも構わず地面に胡坐をかくと、羊のアニモフを両手でそっと包み込んだ。 もし雲に触れることが出来たら、こんなかんじかもしれない。さらさらなのに、ふんわりと弾力がある毛はなんとも心地よい。 両手でそっと抱きしめたあとたまらずに顔をうずめる。 「んー、ええな。これ。ほんまに」 太陽をいっぱいに浴びた匂いがする。 「くすぐったいよ。離して」 むにゅむにゅっと羊のアニモフの両手が頬をつんつんとつついてくると、これがまたたまらない。是非蚕の姿になってこの毛のなかで溺れてしまいたい衝動がむくむくと生まれてくる。 さすがに初対面でそれは失礼か、いや、だが。――ムシアメはぎりぎり理性で羊のアニモフを両腕から解放した。 「あかん、我をなくしてまう……いや、くすぐったくして悪かったな。そや、魔法見せたろか? とっておきの!」 「魔法? みたい。みたい!」 相手の反応がいいことにムシアメは満足して、自分の膝の上に羊のアニモフを座らせると、片手を宙に走らせた。するとポンッと音をたてて小さな白い雲が生まれ、それが羊の形になっていく。 「雲分身。さっき思いついたやつや」 分身というにはややいびつな雲に羊のアニモフは目をきらきらさせる。 「わー!」 羊のアニモフが楽しげな声をあげて雲分身に両手を伸ばして触れる。と、ぽんっと音をたてて消えてしまった。 「……消えちゃった」 残念がる声にムシアメは頭をかいた。 「あー、即作やけんな、まだちょいと作りが甘い。もっぺん作るけん、そんな声ださんといて」 「本当!」 「よし、今度はもっとおっきい作ろうか?」 「わーい!」 純粋な喜びの声にムシアメも楽しくなってにこにこと笑った。 さんざん二人であれこれと遊んだあと、心地よい疲れが襲ってきた。羊のアニモフは大きな欠伸をすると、その場にぽてりと横になった。ムシアメもそれに倣う。 大の字になると気持ちはいいが、それ以上の気持ちのよさそうなものがそばにいると、ついつい誘惑にかられる。 「なぁ、あんさんのうえで、昼寝してもええやろか」 「うえ?」 きょとんとした瞳に、ムシアメはにこりと笑うと、黒い蚕の姿になった。 「わぁ、すごい。それも魔法?」 「魔法ちゅうか、うーん、まぁ、そんなもんや。じゃ、お邪魔するでー」 「あははは!」 楽しそうな声を受けつつ、蚕の姿で真っ白な毛に飛び移る。 弾力があるのに、動くたびに足をとられ、柔らかさのなかに溺れていく。――もふもふの天国だ。 優しい日差しと、あたたかでもふもふとした寝床。 「あかん、ここ、天国やわ」 うつら、うつらと意識が奪われていく。 先ほどまで騒いでいた羊のアニモフの子も、いつの間にやらすー、すーと寝息をたてて気持ちよさそうに寝ている。 「ええな、ここ」 ――ずっとここに もし、どこかにこの足を降ろすといならば、そのときは弟分も一緒だ。二人で、自分たちを必要としいない、そして、されていない世界にいくのだ。 それは祈りのような望み。 そして、最も正しい道。 泣いてしまいたくなる幸せが心を満たされ、ムシアメは素直に眠りへと落ちた。 今だけはとても無邪気に、幸せな夢を見ることが叶いそうだ。 ぽて。 地面に落されてムシアメはのろりと起き上った。どうやら羊の子が寝がえりをうったために上から落されてしまったようだ。 一瞬、ぼーとしたが、はっと我に返った。 「あかん、わい、どれくらい寝とった!」 あわてて人の姿になって、時間を確認すると列車が出るぎりぎりだ。 「危なっ! はよ、戻らな」 「んー。んん? あれ帰るの?」 もぞもぞと寝ていた羊のアニモフが起き上がり目をこする。 「あ、すまんな。起こしてしもうたか? うん。そろそろ帰らなあかんねん」 「……そっか」 残念がる羊のアニモフの前に屈みこんで笑いかける。 「また来るさかい。そのとき、もふもふさせてな?」 「うん! また、いっぱい遊んで、お昼寝しようね!」 「ああ。またな」 最後に、羊のアニモフの頭を撫でてお別れをするとムシアメは慌てて列車へと急いで走り出した。
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