その日、珍しくリュカオスは世界図書館の司書の部屋を訪れていた。「コロッセオの掃除?」「正確にはコロッセオのシステムの掃除だ」 コロッセオの利用回数が増えてきたおかげで、システムの使用回数も必然的に増えている。 そのため、いわばゴミのようなものがシステム上に溜まってきているらしい。ゴミと言っても、塵や埃のようなものではない。 そのゴミを掃除するためには、実体化させたゴミを潰して消すのが一番手っ取り早い。 管理人であるリュカオスは、一人で掃除をしようと考えていた。 しかし、蓋開けてみたら、ゴミの量が多過ぎた。 人手を集めようにも、何の報酬もないゴミ掃除では人は集まらない。 そこで何か良い知恵を借りようと、司書室に訪れていたのであった。 と、ここまでの流れはごく自然であった。 問題となったのは、訪れた司書室にいたのがエミリエ、クロハナ、灯緒の三人(?)の司書だったことだろう。 窓際で寝そべる灯緒に抱きつき、その毛皮を堪能しているエミリエ。 灯緒のやる気がなさそうに動いている尻尾に、じゃれついているクロハナ。 穏やかに眠っている灯緒、その耳が時折ピクピクと動く姿がとても平和で心が和む光景であった。「エミリエに良い考えがあるよ!」 にこっと良い笑顔を浮かべる少女が何を引き起こすか、その場にいる者たちは誰も解っていなかった。 というか、大きな猫は夢の中、小さな犬は尻尾に夢中、大きな男は人手が集まれば何でも良い。 結果、被害は何も知らない参加者に流れていったのであった。 今やコロッセオは常夏の浜辺であった。 ざざーんと打ち寄せる波、白い砂浜、青い空。 これでもかというくらいに夏真っ盛りな具合であった。「うむ、手伝いに来てくれて感謝する」 ビラを手に持ったロストナンバーたちにリュカオスが話しかけた。「この後、この浜辺にスイカを出現させる。お前たちには、出てきたスイカを片端から倒して欲しい」「倒す? このビラにもスイカ狩りって書いてあるけど、スイカ割りじゃないの?」 そう聞いたのは、ただビラの間違いに気付かずに配っていただけだと思っていたコンダクターであった。「何を言う、油断をすればスイカに狩られるぞ」 リュカオスの声は真剣であった。―――――――――――――――――――――――――――――――――――― スイカ 毒々しい緑と黒の斑模様が特徴的な移動型攻性植物。 表面にざっくり開いた部分があり、内部の真っ赤な果肉が見える。 下方から蔓が2本生えており、その蔓を利用して移動する。 蔓を鞭のようにしならせて攻撃、獲物を絡め取る。 脅威となるのは、その叫び声であり、不快極まりない音を響かせて獲物を卒倒させることもある。 群生しており、一匹見たら数十匹いると思え。 その果肉は世にも稀なる味がするといわれ、その果肉を求め挑戦する者が後を絶たないという。 by リュカオス――――――――――――――――――――――――――――――――――――「スイカに襲われた生き物は、種を植え付けられ苗床にされると聞いた」「何それ、エグい」「っていうか、俺の知ってるスイカと全然違うし」 リュカオスの説明に、思わず口に出してしまっていたロストナンバーたちであった。「壱番世界も十分油断のならぬ世界のようだな」 が、リュカオスの口から続いた台詞に、コンダクターたちはさらに衝撃を受けた。「え、それどこ情報?」 衝撃から逸早く立ち直ったコンダクターの一人が、思わずリュカオスに突っ込んでいた。「エミリエだが?」(またお前かっ!?) 正しいスイカを知るロストナンバーたちの心の叫びが一つになった瞬間であった。「壱番世界の一地方の風習で、夏の時期になると暑さを忘れるために、命知らずの若者が涼を求めて命懸けでスイカを狩りに行くと聞いた」 微妙に固まっているロストナンバーたちがいる中で、淡々とリュカオスの説明は続いていく。「今は壱番世界では、ちょうどその時期になるらしいな。ツーリストは異文化交流、コンダクターは懐かしさを感じてもらえたらというエミリエの計らいだ」「も、もしかして、その格好も?」「壱番世界では、海辺の管理人は、こういう格好をするものだと聞いたが?」 屈強な体を覆うのは、派手な柄シャツと金色のジャラジャラとしたネックレス。 傷痕の走る顔を飾るのは漆黒のサングラス。どう見てもその筋の方ですね、という見た目であった。「何でもフンドシという水着が必要らしいのだが、調整に手間取ってしまってな、用意をしている暇がなかった」 この際リュカオスの格好へのツッコミは放棄しよう、質問をしたコンダクターは青空を見上げた。「あ、あの、そっちの司書さんたちは、何でいるんですか?」 そう質問したのは、先程から浜辺の一画に納まっている司書たちをちらちらと見ていたツーリストだった。 その視線の先には、世界司書である灯緒とクロハナがいたのである。「スイカ狩りの負傷者を収容する救護係だ。今回は善意で協力してもらっている」「うむ、ほどほどに頼む」「たすける! たすける!」 灯緒は気だるげに体を起こすと、参加者たちに向かって軽く頭を下げた。 その足下では、「救護犬」と書かれたタスキを身に纏ったクロハナがくるくる走っている。 見ていて飽きない微笑ましさであった。 だが、彼らに怪我の手当ができるのかどうかと言われれば、正直首を傾げざるを得ないだろう。「私も控えているから、安心しろ」 不安が過ったロストナンバーたちに声を掛けたのは、医療スタッフのクゥ・レーヌであった。 何度かお世話になったものもいるのだろう。親しげに声を掛けているものたちもいるようであった。「すごく夏を満喫してますね」 救護スペースと書かれた看板を設置した簡易テントの下で、クゥは水着姿に白衣を羽織ってカキ氷を食べていた。「せっかくの機会だ。楽しまなければ損だろう」 クゥが赤く染まったカキ氷をスプーンで掬って口に運べば、人工的な甘酸っぱさと冷たさが一気に口の中に広がる。「カキ氷が欲しいなら、あちらで配っていたぞ」 クゥが持っていたスプーンで指し示す方向を見れば、そこには半そで短パン姿のラファエル・フロイトがいた。 彼の前では、何味のカキ氷にしようと既に何名かのロストナンバーたちが悩んでいた「カキ氷は逃げたりしませんから、ゆっくり考えてくださいね。食べたことがないんでしたら、少ない量にして色んな味を試してみますか?」 日頃の営業スマイルも夏の演出効果のおかげか、いつもより輝いて見える。 そして、ラファエルはやたらと積極的にカキ氷を配っていた。 それもそのはず、実はこのカキ氷に掛った経費は全て無名の司書に計上されることになっており、彼女はその事実をまだ知らないという状況であった。 普段から様々な悩みの種をばら撒かれ、盛大に育てられているラファエルとしては、これくらいの仕返しは許されるだろうと思っていたのだった。「参加者が全員集まったら、スイカ狩りを始める。それまでに各自で体を解しておけ」 そう言い残すとリュカオスは他の参加者たちへと説明に向かって行った。 ====※このシナリオはイベントシナリオ群『ロストレイル襲撃!』で描かれたロストレイル襲撃事件よりも過去の出来事として扱います。ですが、システムの都合で現在、ステイタス異常の方は参加できません。申し訳ありませんがご了承下さい。====
ラファエルのカキ氷の屋台は繁盛していた。 「つくづく海と縁があるな、俺は」 照りつける太陽の光を浴びながら、Marcelloは幼い頃の思い出や海神祭のことを思い出していた。 自然に綻ぶ顔を引き締めてから、青いヨットパーカーに紺のサーフパンツという涼しげな格好でMarcelloは持ち込んだウス茶糖を使って抹茶シロップの準備をしている。 「う~ん、あついよ~」 夏の暑さにげんなりしながら、バナーもせっせとカキ氷作りに精を出していた。 「でも、かき氷は冷たくておいしいよ~。何かけるー?」 「では、イチゴでお願いします。暑いところで冷たいものを食べると美味しく感じますからねぇ」 笑顔でカキ氷を受け取ったテオは、しゃくしゃくと音を立ててのんびりとカキ氷を食べ始めた。 その横からずいっとバケツがMarcelloに差し出された。 「え、もう全部食べたのか!? じゃ、じゃあ、次は今作ったばかりの抹茶シロップにしてみるか?」 無言で頷いたのは業塵、折烏帽子に直垂姿という格好が夏の浜辺に素敵にミスマッチであった。 「ラファエルさーん、バケツ一杯分お願いします」 「え、また!?」 驚きながらもバケツを受け取ったラフェエルは、カキ氷機の一台を占領してバケツに氷を削り出した。 「よくお腹壊しませんね」 カキ氷が溶けないようにと少し離れた場所でカキ氷を堪能している竜が呆れたように呟いた。 先程まで頭を襲うキーンとした痛みに蹲り、カキ氷の食べ過ぎで死ぬ?! などと戦慄していただけに驚きもひとしおだった。 そして、完成したバケツ一杯分の抹茶カキ氷を受け取った業塵は、無表情のままバケツを傾けた。 「どうやって食べてるんだろうねー?」 「さあ? 豪快な食べっぷりではありますよねぇ」 バナーとテオが不思議そうに見守る中、業塵の顔はバケツに隠れて見えなかったが、その喉が動いている様子からバケツの中身をどんどん飲み込んでいるのだけは解った。 「氷をもっと用意してきます」 ラファエルは屋台をMarcelloとバナーに任せて、氷を取りに行った。 まだまだ忙しくなりそうであった。 スイカ狩りが始まらない限り、救護スペースは穏やかであった。 「子供の頃、壱番世界の日本に住んでいた時にテレビで『スイカ人間』というモンスターを見て、怖くて暫くスイカを食べられくなった事があってね」 「それはそれは、余程恐ろしい思いをしたのでございますね」 エドガーがサシャの用意してくれた水出し紅茶で喉を潤しながら、穏やかに医龍と話をしている。 「主人公の相棒がスイカの食べ過ぎで体に種が寄生して『スイカ人間』になって大暴れするんだ。スイカ人間が吐き出す種に当たった人間や動物はスイカ人間になってしまうんだよ」 「リュカオス様の説明にあったスイカに似ているようなお話でございますね」 「うん、だからかな。なんだか思い出してしまってね。もちろん、今はスイカは平気だよ」 「お茶のお代わりはいかがでしょうか?」 サシャが話の合間を縫って、タイミング良くお茶の確認をしてきた。 「ありがとう、サシャくん。俺は大丈夫だよ」 「ワタクシも大丈夫でございます」 「気を使わなくて構わないよ。無理しないであちらに混ざってくるといい」 エドガーが優しく微笑むと、サシャはわたわたと両手を動かして顔を赤くした。 「う、は、はい。で、では、お茶はこちらに置いておきますので」 そう言い残すとサシャはそそくさと目的の場所へと向かった。 「もっふもふよ~、もふもふだわ~」 「これぞもふもふタイムなのです~」 「このぷにぷに感が堪らないなぁ~」 既にそこでは、ティリクティア、シーアールシー ゼロ、綾賀城流が、灯緒に群がり毛皮や肉球を堪能していた。 「灯緒さん、もふもふだし、あったか~い」 灯緒の背に乗っかっているのは、青銀色の毛並みをした子猫姿のハルシュタットであった。その朱金の毛皮を小さな前足でもふもふと踏みしめている。 それを眺める三名の顔は、とても幸せそうであった。 その側では、クロハナが犬妖精ウルズと猫妖精ラグズと遊んでいる。 小さな体で喜びを表現するように、全身でぶつかってじゃれ合う姿はまるっきり子犬だった。 「微笑ましい光景ですね」 「そうね、心が和むわ~。それに比べて、ね」 二体の妖精の主であるクアール・ディクローズと胸元を強調させたビキニ姿のアーネスト・クロックが顔を見合わせて微笑んでいた。 その横に体育座りをして、砂浜にのの字を書いている青い法被を着た人体模型ススムくんがいた。 「うっうっう、何がいけなかったんでやんすか」 「何がって全部じゃないの? 僕でも引くわよ」 ススムは口から吐きだしたイチゴ味の心臓模型を使ってクロハナと遊ぼうとしたのだが、その心臓を見たクロハナは尻尾を丸めて恐がってしまった。 いたいけな小動物には刺激が強過ぎたらしい。 「コロッセオでスイカ狩りとか! 風情もクソもないね! あ、元々ここって季節もクソもなかったか、というかクソってクソいいすぎだね僕」 矢継早に喋りながら現われたのは、「救護犬」のタスキをつけた真っ白いポメラニアン。 見た目は非常に可愛らしいのに、発言が酷いその正体は、変化したアストゥルーゾであった。 「あ、可愛い~。君もクロハナちゃんと一緒に救護係を頑張るの?」 そして、何も知らないサシャがアストゥルーゾへと話し掛ける。 「そう、僕も頑張る! 一生懸命頑張る!」 「お利口さんだね~。ワタシがご褒美あげる!」 そして、サシャは、誰が用意したのか救護スペースの隅にどっちゃり積まれている犬猫用の餌から、犬用クッキーを取り出してアストゥルーゾへ差し出した。 「お姉ちゃん、ありがとう!」 尻尾を振りながらお礼を言って、アストゥルーゾはじゃれ合っているクロハナへと顔を向けた。 クロハナと目が合うと、ふふんと鼻を鳴らしてアストゥルーゾがどや顔を決めた。 しかし、クロハナは興奮してきらきらと輝く円らな瞳でアストゥルーゾを見続けた。あそぶ? いっしょにあそんでくれるの? と言わんばかりの期待に満ち満ちた無垢な目。 純粋さに溢れるきらきらとしたオーラを浴びたアストゥルーゾは、しばらくはその場で耐えていたが。 「そ、そんな、純粋な目で僕を見るなー!」 涙を流しながら白いポメラニアンは何処かへ走り去っていった。 「どうしたのかなあの子。このクッキー気に入らなかったのかな」 サシャは不思議そうに首を傾げた。 「では、スイカ狩りを開始する!」 間違った浜辺の監視員の格好のままリュカオスが宣言すると、波間から一斉にスイカが出現した。 コロッセオの砂浜に打ち寄せるのは白波ではなく、押し寄せるスイカの大群であった。 「久々に大暴れだぜっ!」 ホタル・カムイは威勢よく飛び出し、雀は無言のまま大群に突撃した。 二人ともまず群れの先頭にいるスイカを掴み上げると、わざとスイカ汁を浴びた。 途端、二人を無視して足下を通過していたスイカたちがホタルや雀へと興奮したように殺到する。 「おらおらおらぁー!」 ホタルがギアである棍を閃かせれば、群がるスイカが次々と砕け散っていく。 「私に近寄ると火傷じゃすまねぇぞ!」 火炎を巻いて唸る棍が、周辺のスイカをどんどん丸焼きにしていく。 (足を取られやすい砂地か) 足が砂に取られて滑るせいで、いつもより動きが鈍くなることを踏まえつつ雀が紅葛を振いながら砂浜を駆ける。 雀の駆けた後には、鮮やかに両断されたスイカがごろごろと転がっていった。 「それじゃあ、スイカも出てきたことだし。スイカ狩り競争を始めようか」 相沢優は集まってくれた虎部隆、ファーヴニール、坂上健、レーシュ・H・イェソド、祇十をぐるりと見渡した。 「ルールは簡単、一番スイカを狩った人が優勝。一位には豪華おやつで、最下位は皆におやつをおごる」 「数は誰が数えるんでぃ?」 祇十がもっともな質問をした。 「競争の事をリュカオスさんに話したら、数は自動で計上するようにしておくってことです。途中で知りたい時は、リュカオスさんに聞けば教えてくれるそうです」 「ツーリストはハンデ必要だろ~」 軽く体を動かして準備体操をしている虎部隆がぼやいた。 「まあまあ、コンダクターにもギアはあるし、セクタンもいるしさ。ハンデとか無しでやろうぜ。せっかくの機会だし、思いっ切り楽しみたいだろ?」 隆のぼやきを優は笑って受け流した。 「おまえ、良い事言うな! それじゃあ、早速始めようぜ」 レーシュは腕を鳴らすように尻尾をぶんっと一振りした。 「じゃあ、始めるぞ。よーい、スタート!」 優の合図に、各自一斉にスイカの群れへと駆け込んで行った。 「要は殲滅戦ですよね」 波打ち際から離れた場所で、準備を整えていたのは白のワンピースタイプの水着を身に付けたローナであった。 既に準備時間中に戦車兵装2体を含むコピーを展開しておいてあり、その兵装背部には砲撃管制用ミニローナが乗っている。 「敵影確認」 コアユニットであるオリジナルの指令を受け、コピーが武装を構える。 「敵戦力の殲滅が最優先。乱戦地帯への砲撃は避け、上陸前のスイカを集中的に狙います」 「イエス、ローナ・ワン」 ミニローナが兵装のセーフティを解除する。 「スイカ殲滅作戦、開始!」 ローナの号令とともに、リニアキャノンが40mm高速弾をばら撒く。 離れた海面に細い水柱が次々と噴き上がり、それに紛れてスイカの残骸も豪快に飛び散っている。 「敵影の消滅を確認。次の射撃ポイントへと移動を開始します」 「イエス、ローナ・ワン」 2体の戦車を引き連れて、ローナは移動を始めた。 「スイカ? ってんだっけ、実は喰った事ねえんだよなー」 北の山育ちである呉藍の声は嬉しそうに弾んでいた。 「うりゃ!」 まずは手始めにと適当なスイカを殴ったが、呉藍は力加減を見誤ったのかスイカの吐き出したスイカ汁を浴びてしまった。 「うわ、すげぇ甘い匂いだな」 予想以上の匂いに顔を顰めている呉藍に、興奮したスイカが一斉に群がり始めた。 すぐにギアの龍樹に己の焔を纏わせて、スイカの群れへと叩き付ける。が、スイカの数が半端じゃなかった。 「え、ちょ、どんだけ、集まってんだ!?」 スイカたちは蔓を伸ばしてどんどん群がるので、呉藍はスイカに埋もれてしまった。 しかし、すぐにスイカの下から炎が噴き上がると、蒼い毛並みの狼の尾を持った獣が飛び出した。 「これじゃ多勢に無勢じゃねぇか」 ぶるぶるっと体を震わせて、呉藍は体に付いたスイカ汁を飛ばした。 が、そのスイカ汁に誘われたスイカの一群が、再び押し寄せてきていた。 「にぎゃー!」 呉藍は、一目散にその場から離れた。 「兄貴のバカっ、勝手にいなくなちゃって!」 赤いビキニを着た臣雀が、釘バットでビチャっ、グチャっ、水っぽい音をさせてスイカを片端から叩き潰している。 釘バットに付着するスイカの破片が、赤いせいか奇妙な迫力すら漂わせている。 鳴き声対策として耳栓をしながら、ぶんぶん釘バットを振り回している。 周囲の音が聞こえ難い今の臣に近寄るのは大変危険であった。 墨染ぬれ羽はギアであるマスケットを逆手に握って、襲いくるスイカをフルスイングで迎え撃っていた。 好きなだけ殺せて水っぽく甘いものが食べられる、と最初は能面顔ながらほくほく嬉しがっていた。 しかし、甘く美味しそうな匂いのするスイカを食べたいが、群がるスイカのせいで食べられない。 自分の側を駆けている気配を感じたぬれ羽は、足下のスイカを掴み上げて叩き、スイカ汁を吐いているそれを、近くを駆けていた雀に投げつけた。 雀の紅葛が一閃し、スイカ汁ごとスイカを両断する。 スイカ汁を浴びた紅葛に興奮したスイカたちが、雀へと殺到する。 雀は群がるスイカを斬り伏せながら、ぬれ羽を無言で見つめた。ぬれ羽も割ったスイカを食べながら、無表情に雀を見つめた。 しばしの無言の見つめ合いの後、二人はお互いに会釈しその場を離れた。何か通じ合うものでもあったのだろうか……。 「スイカ食べたいんなら、買えばええのに」 ぶつぶつと文句を言いながら湊晨侘助はスイカ狩りに来ていた。 砂浜を元気良く駆けるスイカを眺めるものの、侘助は面倒臭そうに大きなため息をついた。 「まあ、狩ろうとしたんやけど、駄目やったってことにしときましょか」 ぽんっと小さな煙が立つと、そこには刀となった侘助が砂浜に突き立っていた。 「え~、ごほん。どなたかわぇを使うてみませんか~? 切味抜群、使い勝手もええし、初めての人はわぇが優しゅう指導しますえ~」 自分でやるより他の人に使ってもらって楽をしよう、そんなやる気のない侘助の魂胆であった。 しかし、何度か声を掛けているが中々上手くいかない。 先程は、目の前を走ってきた雀に声を掛けてみたが、無言でごめんなさいをされてしまった。 獣姿でスイカの一群に追われている呉藍をからかったら、スイカを巻き込んで炎で焼かれてしまった。 「わぇが刀でなかったら、大惨事やで~。お?」 ぷすぷすと煙を上げながら文句を垂れている刀姿の侘助を、誰かが掴んだ。 それは、反対の手に持ったスイカに齧り付いていたぬれ羽であった、 「あんさん、わぇを使うてみます?」 (この刀は喋るのか。面白い) ぬれ羽はこくこくと無言で頷いた。 「ほな、わぇの使い方を教えますわ~。と言いたいんやけど、その前に手ぇ拭いてな?」 ぬれ羽は頭に巻いた手拭いを外して、綺麗に両手を拭いた。 「まずは~、わぇの使うときの心構えからやねぇ」 侘助の言葉をぬれ羽は真剣に頷きながら聞いていた。 「勝負となりゃぁ意地でも勝ってやるぜ」 最初、祇十は木の棒で潰していたのだが、生来の気の短さからまどろっこしくなってしまった。 「どうせなら派手に楽しくやらねぇとな」 持ち上げたスイカに筆を走らせて、「爆」の字を書き込む。 「たーまーやーっとくらぁ!」 祇十が投げたスイカが、多くのスイカを巻き込み爆発して水柱を上げる。 「おー、こりゃあいいな。スカっとできるぜ!」 悦に入った祇十は、次々とスイカ爆弾を作って周囲に投げ始めていた。 「……瓜に見えなくもないが、あれは海草なのか?」 玖郎はたまたま近くにいたハーミットに尋ねた。 ハーミットは、青い水玉柄のワンピース水着を身に付け、フリフリなロングスカートで下半身を隠したているので一見すると女性であった。本当は男性だけど。 「違うわ! あれこそ、巣射禍(スイカ)の本来の姿! 群生し巣を作り、侵入者を種で射ぬく攻性植物。犠牲となったコンダクターは千を越えると言われているわ! 言うなれば瓜の妖怪よ!」 何がそこまで憎いのか、実はメロン派なハーミットであった。 「瓜の妖、土行ならば獲物として十分だ」 玖郎は赤褐色の翼を広げ、青空へと飛び立った。 「さらに、巣の奥には、巨大な女王巣射禍がいて、全ての巣射禍を、って、あれ、いない?」 ハーミットは玖郎の姿を探すように見回した。 「まあ、いいわ! とにかく、スイカは敵よ! わたしのギアの錆にしてやるんだから!」 ハーミットの瞳は闘志に熱く燃えていた。 上空から砂浜を見下ろした玖郎は、波間から湧き上がったばかりの一体のスイカに狙いをつけた。 翼を体に添わせ、美しい流線形となって落下する。 海面近くで大きく翼を広げて、水面と平行に滑空して、そのままの速さでスイカを足で捕える。 そして、力強く羽ばたき、空へと飛び上がって行った。 上空で旋回しながら、玖郎が捕えたスイカを落せば、砂浜を走っていたスイカの一体に命中してお互いに潰れてしまう。 「ふむ。だいたいこんなものか」 普段はしない投擲の訓練の一環として、玖郎は再び波間から出現したスイカへと狙いをつけていた。 ヴァリオ・ゴルドベルグは、知り合いのコンダクターから聞いた正しいスイカ割りの準備をして参加していた。 白い布で目隠しをしながら、砂浜を走るスイカの音を聞き分け、的確に木の棒で叩き割っていた。 目隠しのせいで周りの光景は見えないが、聞こえてくるのは悲鳴や怒号、爆発音や何かが燃える音。 聞いていたスイカ割りではあり得ない音に内心首を傾げながら、黙々とヴァリオはスイカを割り続けていた。 「折角だ、スイカ撃墜王になってやんよ!」 わざとスイカ汁を浴びたレーシュは、群がるスイカたちをテイルスイングで効率的に叩き潰していた。 「これで楽に沢山潰せるだろ! 俺って超天才!」 調子が出てきたレーシュが勢いに乗って、どんどんスイカを潰していた。 そして、ひゅーんとちょうど目の前に飛んできたスイカがあったので、レーシュは思わず掴んでいた。 「なんだ、これ? 何の記号だ?」 そのスイカに書かれていた記号は「爆」という漢字であった。 次の瞬間、周辺のスイカごと、レーシュは青空へと打ち上げられていた。 「どうしたものかなー。とりあえず、ばらまきますか!」 ファーヴニールが両腕を掲げて、楽しげに周囲へと電撃を放つ。 直撃を受けたスイカが次々と破裂していく中で、たまに人の悲鳴も上がっていた。 が、それは聞こえなかったことにして、ファーヴニールがどんどんと電撃の範囲を広げて行く。 「危ないだろ、ファっち! 皆の迷惑考えろ!」 と言いながら、ファーヴニールに向けて、手に持ったスイカを隆は躊躇いなく叩いた。 「お前こそなっ!?」 ファーヴニールも負けじとスイカを掴んで隆へと種を飛ばし出す。 「二人とも楽しんでるな!」 そこへ優が満面の笑顔で近寄ってきた。 しかし、先程の電撃に巻き込まれたのか、身体からはぷすぷすと煙を上がっている。 「あ、ごめん。巻き込んじゃったみたいだな」 「鈍いな! それくらいさっと避けなきゃ!」 優は笑顔を張り付けたまま、走り回っているスイカの1体を掴み上げた。 「さっき電撃を食らった時に、思い出したことがあったんだ。前に皆で遊園地に行った時のお化け屋敷での出来事覚えてるよな?」 隆とファーヴニールがぎくりと固まった。優の満面の笑顔がとても怖い。暑いのに悪寒がする。 「いやー、すっかり忘れてたんだけど、思い出させてくれてありがとな!」 「い、いや、あれは不可抗力というやつで!?」 「そ、そうそう、べ、別に、全部優に押しつけたわけじゃ!?」 慌てる二人に向けて、菩薩の笑顔のままで優が思い切り叩いたスイカの口から真っ赤なスイカ汁が噴き出した。 「潰しても潰しても、どんどん出てくるんですね」 ワーブ・シートンは波間で、スイカを狩っていた。逞しい右前足を振えば、簡単にスイカは潰れていく。 スイカが種を飛ばしても、ワーブの毛皮にぴしぴし当るくらいで痛くも何ともない。 「今度はこっちですか~」 むしろワーブにとっては、どこにスイカがいるのは教えてくれるようなものであった。 向きを変えたワーブの目にアカカンガルーのルークが入ってきた。 尻尾を振り回しけん制しながら、隙を見つけてハイキックで一つ一つスイカを叩き潰している。 「こんにちは~」 強靭な前足でスイカを叩きながら、ワーブはルークへと声を掛けた。 しかし、ワーブと目が合ったルークは、挨拶を返す余裕もなくビクッと全身を震わせると一目散に逃げ出してしまった。 「あれ~、何か急用でも思い出したのかな~?」 草食動物の本能には、なかなか気付けない肉食動物であった。 「給料上げろー! 有給消化させろー!」 蘇芳鏡音は血の滲むような声で絶叫しながら、スイカを叩き潰していた。 「死ねぇ、無能上司がぁ! 俺に皺寄せが来ない場所で死んでしまぇえ!」 どんよりとした目で、狂ったようにギアの金属バッドを振り回す鏡音の姿は、ぶっちゃけ通報レベルだった。 しかも、真っ赤なスイカ汁を浴びているせいで、血塗れの殺人鬼という風体であった。 「部長ぉー! おまえの頭頂部のバーコード毟るぞ、ゴルァ!!」 部長が居ないことにほっとするような言葉を叫びながら、鏡音はバッドを振り回し続けていた。 ストレスは溜めてはいけない、そんなことを痛感する光景であった。 山本檸於は目の前の事態に呆然としていた。 「本当に狩りなんだ」 ひと夏の思い出作りにと軽い気持ちで参加してみれば、ひと夏を遥かに飛び越えてトラウマという名前の一生の思い出になりそうな勢いであった。 (人が一杯いるから、ギアは恥ずかしいし、所詮はスイカだよな) 手頃な棒を掴んで檸於はスイカに立ち向かった。 「でい!」 手近なスイカを棒を叩けば、その口から真っ赤なスイカ汁が迸った。 「力が足りなかったか!?」 さっきより強めに他のスイカを叩くも、やはりその口から真っ赤なスイカ汁を吐き出した。 それからも何度か挑戦するも、腕力が足りてないのか、悉くスイカ汁を量産してしまう始末であった。 もちろん、そうなればスイカは興奮するわけで、回りを囲まれてしまうわけで。 「ひぃ、集まって来たー!? し、仕方ない。発進! レオカイz、ぎゃー!」 一斉に飛び掛かってきたスイカに檸於は押し潰されていた。 「……壱番世界の植物って、こんなに危険なんだ」 『イヤイヤマジデ信ジルナヨ』 目の前に広がる光景に思わず呟いたブレイク・エルスノールに、使い魔であるラドがツッコミを入れる。 「あぁそっか、ファージに寄生されてしまった場合はそうなるのかも! なら油断は出来ないよね。……訓練の成果を見せる時!」 『話聞ケヨ、オイ』 使い魔のツッコミを素でスルーしながら、ブレイクがギアの細剣でスイカを刻む。 足場の悪い砂浜だけに、動き難そうではあるものの一体一体を相手にして着実に倒していく。 砂地での動き方に慣れてきた時、ブレイクは一体のスイカを持ち上げた。 「ラド、これ見てよ。このスイカだけ、他のスイカと口の形が違うんだね」 『ドレドレ。別ニ同ジダロ?』 「ほら、ここだよ。ここ」 ブレイクが持ち上げたスイカの口元を指差すと、ラドはそこに顔を近づけてじっくりと眺めた。 「えい」 ブレイクが持ち上げたスイカを強めに叩くと、スイカ汁がラドの全身を真っ赤に染めた。 『エ?』 ブレイクはラドの首根っこを掴むとスイカの群れへと無造作に放り込んだ。 『オレッチ、餌役カヨ!? ソレデモ主人カ、コノ野郎ー!』 「使い魔なんだから、主人の役に立たなきゃだよね?」 微笑むブレイクを見た時、ラドの脳裏に浮かんだのは、使い魔は主人を選べない、そんな言葉だった。 アコルは巨大な口を開いたまま波間を泳いでいた。 ぽこぽこ出現してくるスイカを片端から丸飲みにしていたのだ。まさに入れ食い状態であり、正直に言えば前が良く見えていなかった。 「雀ちゃん、後ろ後ろー!!」 だから、気がついた隆は叫んだのだが、耳栓をしていた臣にその声は届かず、スイカ狩りに勤しんでいた臣は一瞬でアコルの口の中に消えていた。 「む?」 何か柔らかいものを飲み込んだような気がしたアコルは、んぐんぐ、ぺっと何かを吐き出してみた。 「おー、すまんの~。次は飲まないように気をつけるからの~」 臣を間違って飲んでしまったと気がついたアコルは謝罪をすると、また大口を開けて泳いで行ってしまった。 「え、あ、たし、今、の、のまれ?」 しかし、アコルの謝罪は臣の耳には届かず、状況を把握した臣はそのまま気絶してしまった。 「スイカ割りやなくスイカ狩りやて!? めっちゃおもろそーやん!」 白い褌も凛々しいフィン・クリューズは、釣竿型のギアを構えた。 「シャチはん、待っててな。すぐに活きの良いスイカを捕まえるさかい!」 フィンは見事な手腕を披露し、次々とスイカを一本釣りで引き寄せていった。 「食材は新鮮な方がええからな! わいもどんどん捌くで~」 フィンが引き寄せたスイカを受け取ったシャチは、手際良くスイカを切っている。 「しっかしな~、この食材切ってしばらくすると消えてまうで~」 シャチが綺麗に切って並べたスイカは、瑞々しく美味しそうなのだが、最初に並べた方から順々に消滅していた。 「そんなら、消えるよりも速く捌いて並べればええですな! ボク、気張るでぇー!」 フィンがやる気を燃やしてギアを振り被った時、ボゴっとフィンの頭がスイカになった。 正確には、どこからか飛んできたスイカが、フィンの頭に奇蹟的に嵌ったのだった。 そのスイカの出所を辿れば、投擲練習をしている玖郎が投げたスイカを、たまたま部長への恨みを込めて鏡音が全力フルスイングでホームランしたものであった。 「:@:”#$%&!?」 いきなり頭をどつかれたような衝撃に加え、視界が奪われたせいでフィンが軽いパニック状態になっていた。 「あんさん、いくら気張る言うても、そないなモン被ったら、体がスイカ汁でベッタベタやで~」 混乱のあまりにその場で不思議な踊りを踊っているフィンを見ながら、シャチは朗らかにスイカを捌いていた。 「俺にも少し分けてもらえるか?」 シャチにそう声を掛けたのは、鍛えた体に白い褌を締めたフブキ・マイヤーであった。 「おお、ええで。好きに持っていき!」 「では、遠慮なくもらおう」 まずフブキは掴んだスイカをアイスグレネード薬で凍結させた。 そして、表皮にギアであるフロストプリズムで切れ目を入れ、試験管にスイカ汁を採取しだした。 「あんさん、何しとるん?」 「このスイカの汁はジューシーで美味いらしいからな。試しに味わってみようと思ってな。お前さんも味見してみるか?」 フブキは試験管をシャチへと差し出した。 「ほなら、ありがたく御馳走にならしてもらいますわ」 ちなみに、この会話の間もフィンの不思議な踊りはずっと続いていたそうな。 波打ち際から少し離れた場所で、鹿毛ヒナタは作業に没頭していた。 ギアで作った大きな影の手で回収したスイカから集めたスイカ汁と墨汁を混ぜた絵具を準備し、大きい板に布を張った簡易カンバスに太筆をダイナミック走らせている。 描くは骸骨、墨と混ざり切らないスイカ汁が滲んでイイ具合におどろおどろしさを醸し出している。 カンバスに差した影に誘われてヒナタが顔上げると、スイカを抱えたヴァリオがいた。 「絵が上手だな」 「え、あ、ありがとうございます?」 そう言うとヴァリオは、ヒナタの居た場所から少し離れてスイカの観察を始めた。 わざと種を体にぶつけ威力を確認した後、スイカを降ろしては走らせ、また持ち上げるという動作を黙々と繰り返していた。 (本人的には楽しんでんのかな) 無骨な大男が淡々と繰り返しているシュールな光景から、ヒナタは再びカンバスに意識を集中した。 「よっしゃ、出来た! 見ろ、俺の絵に色が!」 ヒナタの声に興味を引かれ、ヴァリオもカンバスを覗き込もうと近寄って来た。 「俺は絵には詳しくない。だが、この絵は何か迫るものを感じるな」 「え、ホント!? そんな風に言われると喜じゃうじゃんか!」 絵を完成させたテンションのせいだろうか、ヒナタはばしばしとヴァリオの肩を叩いた。 「これを浜に設置すれば完成だ」 ヒナタが波打ち際に影手でカンバスを設置すると、汁の匂いに誘われたスイカたちもわらわらと集まりだした。 しかし、興奮しているスイカたちは、カンバスに種を飛ばしたり蔓を伸ばして叩いたりなど暴れ放題であった。 「こら! 俺の絵を汚すんじゃない!」 ヒナタが影手を伸ばしてカンバスに付いた種を払っている時、大きな影が通り過ぎた。 次の瞬間、飛来した4個のスイカがカンバスに大穴を開けて砂浜に埋もれた。それは玖郎の投げたスイカであった。 「ぎゃあー! 俺の絵が!? 降りて来い、この野郎!」 思わずヒナタが、上空を旋回している玖郎に怒鳴り付ければ、玖郎はばさりと舞い降りてきた 「あんた、どういうつもりだ! せっかく描いのに!」 「あの壁は、スイカをあつめるために作ったのだろう?」 「いや確かに、そういう目的もあったけど!」 「壁にしてはもろすぎる。もっとがんじょうにした方がよい」 それだけ言い残すと玖郎は空へと舞い上がって行ってしまった。 「えっ、ダメ出し!? 俺が悪いのかよ!?」 「頑丈にして作り直すなら、手伝おうか?」 「も、もう俺のライフはゼロです」 せっかくのヴァリオの申し出だったのだが、ヒナタは砂浜にがくりと燃え尽きた。 (このスイカは、スイカよりズイ゛ガだと思う) 森間野コケはスイカをギアのシャベルで叩き潰しながら歩き回っていた。 そして、目当ての人物を見つけると、その人へと駆け寄った。 「リュカオス、リュカオス」 くいくいっとコケは派手な柄シャツを引っ張った。 「何だ?」 漆黒のサングラス越しにリュカオスがコケを見下ろしてきた。 「コケの水着、男の人ちゃんと喜ぶ?」 ツーピースの花柄の水着姿のコケは、その場でくるりと回ってみせた。水着に合せたパレオもふわりと可愛らしく広がった。 そんなコケを眺めながら、リュカオスは真剣に考えていた。甘酸っぱい色恋沙汰とほぼ縁のない生活だっただけに、コケの言わんとすることがいまいち解らない。 そのため、男がというより自分が喜ぶ時はどういう時かと考え出した。 (俺が喜びを感じるのは、何かを達成した時か) 黙って考え込んでいるリュカオスを、コケは不安げに見上げていた。 (何がどういう時に役立つことになるかは、予想できるものではない。となれば……) 自分なりの結論を出したリュカオスは口を開いた。 「時と場合によっては、喜ぶのではないか?」 「本当! 男の人は喜ぶ?!」 「ああ、俺はそう思うぞ」 コケは喜びのあまり頭から花を咲かせて飛び跳ねた。 そして、監視に向かったリュカオスに気付かないまま、しばらくコケはその場でくるくると踊っていた。 カキ氷を食べに来たカンタレラは、目の前の何度目かの出来事に呆れていた。 「おまえ、よく腹を壊さぬものだな」 一気飲みしたバケツを置いて一息吐いた業塵は、口元を袖で拭いながらカンタレラをちらりと見た。 「飽きぬ」 「おまえが良いのなら、それで構わぬのだがな」 カンタレラはブルーハワイのカキ氷を口に運んだ。 「おニィさん、コレでカキ氷作って。果物のカキ氷ってすっごく美味しいんだって。とれたてスイカのカキ氷、とっても楽しみ~」 可愛いらしい子供用のセパレートな水着姿のリーリス・キャロンが、スイカを持って空から屋台へと舞い降りてきた。 「このスイカは、汁を使うと危ないんじゃないか?」 「浜辺からはなれてるし、大丈夫じゃないかな~」 Marcelloの嫌な予感を、バナーは明るく吹き飛ばした。 「お客さんの要望には出来るだけ応えてみましょうか」 結局、ラファエルがスイカ汁を使ってカキ氷を作ってみた。 「私にも、スイカのカキ氷ください!」 辺りに漂う芳醇な甘い香りに耐え切れずに、竜も業塵もスイカのカキ氷を注文した。 もちろん、業塵はバケツを差し出していた。 (おや、これは面白そうなことになってきましたねぇ) お代わりをしたイチゴ味のカキ氷を食べながら、テオは内心ほくそ笑んでいた。 「甘くて美味しいー! 次はシロクマがいいな~」 「すっごい美味しいです! これは売れます! 馬鹿売れ必至ですよ!」 あまりの美味しさに地団太を踏んで感動しているリーリスや竜の横で、業塵がずずずっとカキ氷を飲み干していた。 「そうそう、スイカはヘソから生えるらしいです。で、芽が下向きに生えたなら抜いた芽を高い場所に投げ、上向きに生えたなら地面に埋めればもう二度とスイカの苗床にされないって聞きましたよ?」 胡散臭い笑顔を浮かべる口元から、テオがすらすらとデマカセを紡ぐ。 「へー、そうなの。おじちゃん、物知りなのね」 リーリスがカキ氷を食べていると、その足下を緑色の物体が走り抜けた。 それに気付いたカンタレラが手を閃かせると、ギアである銀の串がスイカをその場に縫い付けた。 「スイカが逃げたようだが?」 「え、スイカならここにいますよ?」 ラファエルは、カンタレラに見えるようにスイカを持ち上げてみせた。 「……え?」 ざざざっと音がした方へMarcelloが引き攣った顔を向けると、スイカが大挙して押し寄せてきていた。 「うわ!?」 「あれ~、離れてるから平気だと思ったんだけどな~」 バナーがのんびりと慌てるという器用なことをしている間に、カンタレラが踊るように手を閃かせて、次々とギアでスイカを串刺しにしていくが。 「数が多いぞ!?」 縫い付けられたスイカを乗り越えて、スイカがわらわらと屋台に向かってくる。 「カキ氷を堪能するつもりだったのに!」 「まだシロクマ食べてないんだから、邪魔するなら許さないわよ」 竜はギアを取り出して構え、リーリスはカキ氷の器を屋台に置いて、スイカへと駆け出した。 その二人の足下を、群れを成した巨大な蟻が走り抜けて、スイカへと襲い掛った。 「へ!? 何ですかこれ!?」 驚いた竜が蟻が向かって来る方を見れば、業塵の影から無数の蟻が這い出てきていた。 「これ、おじちゃんのペットなの?」 「子飼いの蟻だ」 中型犬くらいの大きさの蟻の群れが、スイカの群れとぶつかり乱戦状態となっている。 それを潜り抜けたスイカが、さらに屋台へと押し寄せてくる。迎え撃つように前へ出ると、業塵は妖力を解放した。 が、ぽひんと小さな紫の煙が上がると、そこには2mくらいのデフォルメされたムカデのぬいぐるみが出現した。 じたじたと足を動かそうとしているムカデを、スイカの大群が踏み潰して屋台へと向かって行った。 心配そうに蟻たちがムカデの回りに集まりだすと、再びぽひんと煙が上がり、体育座りの業塵が出現した。 「ほ、ほら、誰にでも調子の悪い時はあるものだ。気にすることはない」 哀愁漂う業塵をカンタレラが慰めている間に、屋台を襲撃していたスイカの群れは、リーリスと竜の活躍によりどうにか撃退できていた。 「と、とりあえず、一安心か?」 「それなら、シロクマのカキ氷ちょーだい。頑張ったんだから、果物はたっぷりサービスしてね?」 大きく息を吐きだしたMarcelloに、リーリスは明るく微笑んだ。 「む? あの耳の長い男がいないようだな?」 周囲を見回すカンタレラが気がつけば、いつの間にかテオの姿は屋台の側から消えていた。 打ち寄せる波の間を縫って、黒い影が飛ぶ。 湧き上がるスイカを見つけ次第、蹴り潰しながら水面近くを滑るように飛んでいる。 「最近鈍って困っていたところだ。スコアがつけば面白かったが…まぁいい」 無造作に掴んだスイカを叩いてスイカ汁をばら撒けば、興奮したスイカがハーデへと殺到してくる。 群がるスイカを片端から潰していく中で、ハーデの死角から数体のスイカが飛び掛かる。 「…遅い」 一閃。 ハーデが生み出した光の刃で両断される。 「最近鈍って困っていたところだ。…丁度いい、もっと派手に暴れて見せろ」 ハーデへと襲い掛るスイカの一群が、電撃で打ち砕かれた。 誰の仕業かとハーデが視線を巡らせば、そこには迷彩柄のブーメランを身に付けたジャックがいた。 「ヒャヒャヒャ、イイねェイイねェ。おねェちゃん眺めながら酒が呑めるッてのはヨォ」 酔っ払っているジャックを、冷たく一瞥したハーデはすぐにまた狩りへと向った。 「おおー、クールビューティってやつだな。イイねェ、イイねェ!」 自分の真下5㎡にESPシールド展開し、ジャックは水面上に座りながら酒を飲んで楽しんでいる。 そのシールドの下では、スイカがちょろちょろと動き回っている。 「おーい、そっちのおねェちゃん! 良かったら、一杯どうだい?」 「私かい?」 豪快にスイカを割り続けていたホタルは、腕を止めてジャックへと顔を向けた。 「そーそー。ずいぶんと頑張ってるみたいだからヨォ。ちょっと休憩しねェ?」 「そうだな。喉も渇いてきたことだし、ありがたくご相伴に預からせてもらうな」 ジャックへと近づくために邪魔なスイカを潰そうとホタルは棍を構えた時、刃となった風が瞬時にスイカを切り刻んでいた。 「へぇー、やるな」 「エスコートしてんだから、これくらいはなァ?」 銀と紫に変化していたジャックの髪と目の色はすぐに元の色に戻っていた。 「ヒーローを目指す以上、戦いを避ける事は出来ない…。私に出来るの? いいえ、そうよね。出来る出来ないじゃない、やるしかないのよ!」 一人砂浜に立ち、熱の篭った呟きをしているのは、一一一。 中学生が大好きになりそうな雰囲気を醸し出し、右手に木刀左手に金属バットの二刀流。 その時、まるで空気を読んだかのように2体だけスイカが、一へと襲い掛った。 「ぬるいわ」 木刀と金属バットが閃き、気持ち良い音をたてて2体のスイカが割れて崩れ落ちる。 ひゅんひゅんと木刀と金属バッドを振り回し、武器についたスイカの残骸を振り落してから砂浜に突き刺した。 そして、無駄にスタイリッシュなポーズを決める。 「一、何してるんだ?」 幸か不幸か、明らかに後者っぽいが、偶然現場を目撃してしまった優は、持ち前の世話焼き気質を発揮してしまった。 「よくぞ聞いてくれた!」 「うん、友達だからな」 しかし、考え直そうかな、と優は現在進行中で考えていた。 「私はこの世界を救う救世n、痛ッイタイちょまッ変身中合体中決め台詞は邪魔しないお約束ー!!」 「やーい、悔しかったら台詞言い切ってみろってんだー!」 一の決めセリフに被るように、虎部がスイカから種を飛ばしている。 「明らかにタイミングを図ってたな?」 「なんのこ~と~かな~?」 優のツッコミをはぐらかしながら、隆は種を飛ばし尽くしたスイカを投げ捨てて逃げ出した。 「お約束の邪魔をするとは、お天道様が許してもこの私が許さなーいっ!」 隆の後を追って、一が猛然と走り出した。 そして悲劇が起きた。 「相変わらずだな~」 優が苦笑した時、隆しか見ないで全力疾走していた一がアコルに呑まれた。 「えええ!?」 度肝を抜かれた優、気が付かずそのまま逃げて行く隆、そして、アコルは一を呑みこんだことに気が付かないまま泳ぎ去っていった。 「しょ、 衝撃映像?」 気を付けようアコルは急に止まらない、そんな標語じみたフレーズが優の頭に浮かんだ。 スイカ狩りが激しくなれば、必然的に救護スペースも慌ただしくなっていった。 医龍やエドガーという医療の心得があるものが率先して手当を行い、サシャ、シーアールシーゼロ、ティリクティアが看護師のように慌ただしく立ち回っていた。 「外傷はほとんどありませんね。擦った場所だけ消毒をしておきましょう」 運び込まれた檸於の手当をしていた医龍の言葉を聞いて、サシャが気は利かせて救急箱を持って行ったが。 「きゃっ!?」 持ち前のドジっ娘ぶりを発揮し、救急箱を檸於の顔面へと飛ばしてしまった。 「すいません、ありが、ごふぁ!」 檸於、再び撃沈。 「ご、ごごご、ごめんなさい?!」 「頭部への強打ですね。サシャ様、何か冷やすものを持ってきて頂けますか?」 「は、はい、今すぐに!」 サシャが駆け出した方から、悲鳴や派手な音がする。 「……頼む方を間違えてしまいましたかね」 「ほら、連れて来たから手当を頼むわよ」 気が付くとエドガーの目の前には、アーネストが怪我人を連れて来ていた。 「おや、何時の間に?」 「何時って言われると困るわね。だって、時間を止めて連れて来てるんだもの」 得意げに微笑むアーネストは、ショートブレッドをぽりぽり齧っていた。 「時間は無限だけど有限なのよ。僕はどんどん連れて来るから、手当はよろしくね」 「がんばる! けがにん、たすける!」 「隊長に続けー!」 戦場で倒れた参加者の元へと、クロハナが砂浜を駆ければ、その後を「救護猫」のたすきを付けたハルシュタットが追いかける。 「俺から離れるな、危ないぞ!」 先走る二匹を流が追いかけていると、ハルシュタットが急に立ち止まって匂いを嗅ぎ出した。 「美味しそうな匂いー!」 甘い匂いに誘われたハルシュタットが、何処かへ一目散に走って行ってしまった。 「あ、こらー! 迷子になるだろー!」 夢中になったハルシュタットには流の声も届かなかった。 迦楼羅王はピアノ線のように細くしたギアで、楽しそうにスイカを刻んでいた。 スイカを集めるために、ちょくちょくスイカ汁を手につけていたのだが、気がつくと足下に青銀色の子猫がいた。 「どうした、迷い猫か?」 ちょこんと座っている子猫、ハルシュタットの前に迦楼羅王がしゃがみ込んだ。 「甘くて美味しそうな匂いがするー、お兄さんの手舐めさせてー!」 ハルシュタットが後ろ足で立ち上がり、催促するように前足をぱたぱたと振る。 その姿に、ずきゅーんと何かを撃ち抜かれた迦楼羅王は、スイカ汁を付けた手を子猫の前に差し出した。 ふんふんと匂いを嗅いだハルシュタットは、迦楼羅王の指を舐めた。 「美味しいー!」 「そうかそうか。良かったなー」 普段の鋭利で近寄り難い雰囲気はディラックの空にでも捨ててきたのか、迦楼羅王の顔はだらしなく笑み崩れていた。 しかし、忘れるなかれ、ここはスイカ狩りの真っ直中。 気がつけば、周りを取り囲んだスイカたちから一斉射撃を浴び、ちょ、顔は止めろ、男の命なんだぞ!?という悲鳴はスイカの種の中に消えていった。 「大変だ! 助けなきゃ!」 ハルシュタットはスイカに埋もれる迦楼羅王の手首を噛んで、引きずろうとしたが。 「んー、んー!」 子猫に引っ張れるはずもなく。 「待っててね! 隊長を呼んでくるよ!」 ハルシュタットは、クロハナを探しに駆け出した。 が、すぐにまた引き返してくると、迦楼羅王の指を舐めた。 「やっぱり美味しいー」 満足げに口の周りを舐めながら、ハルシュタットは今度こそクロハナを探しに駆けて行った。 突然、スイカの群れの近く爆発が起こった。それに驚いたスイカが、向きを一斉に変えて逃げ出した。 その群を追いかけていた隆も、向きを変えてスイカたちの後を追った。 「何だこりゃ?」 爆音や炎や電撃が飛び交う浜辺の一画に、スイカたちの大渋滞が起こっていた。 「あれ、隆じゃねぇか」 大渋滞の中で、健がトンファーでスイカを割っていた。 「健ちゃん、スイカ汁使った?」 「いや使ってないけど、スイカがどんどん集まってるんだよな。とりあえず割ろうぜ!」 二人でばこばこと逃げ惑うスイカを割っていると、そこにレーシュも参加してきた。 「よっしゃ、割り放題だな!」 尻尾をフルスイングさせて、周囲のスイカを根こそぎ叩き潰している。 また爆音が響くと、さらにスイカの一群が押し寄せてきた。逃げ惑うスイカたちが、あちこちで衝突事故を起こすほどの大混雑ぶりである。 押し合い圧し合いのスイカたちのせいで上手く動けなくなっている時に、耳に心地よい声が響いた。 「そこは私の狩り場だ」 離れた場所にいたのは、真夏の浜辺に似合わぬ暑苦しい黒のロングコートを羽織ったボルツォーニ・アウグストであった。 よほど声を張らないと聞こえなさそうな距離があるのだが、不思議と彼の声は3名の耳に届いた。 3名の見ている前で、ボルツォーニは飛び上がると、漆黒のロングコートを翼のように広げて空に立った。 そして、ボルツォーニの構えていた狙撃銃が、瞬く間にロケット・ランチャーへと変貌していく。 さらに、その銃口は大渋滞のど真ん中を向いていた。 「ちょっと待ったぁー!!」 「俺ら、いるんだぞー!?」 「え? あれ、マジ? マジで!?」 3名の上げる悲鳴をしっかりと聞き届けたボルツォーニは、ゆっくりと口角を釣り上げた。 その口元には、普段ならば目立たないはずの牙がしっかりと自己主張していた。 「狩り場にいる以上、獲物とみなす」 浜辺の一画に小さなキノコ雲が出現した。 「やれやれ。スイカによる負傷者よりも、巻き込まれた負傷者の方が多いな」 救護スペースを見回したクゥは溜息を吐いた。 「まだ続けるのかい?」 「うむ、まだまだ意欲的に動いている者の方が多い」 リュカオスは満足げに浜辺を見渡している。 「私としては、こちらの仕事が膨れ上がる前に終わらせてもらいたい」 「問題ない。その辺りの線引きは心得ている」 リュカオスの見守る中、海の方で巨大な水柱と悲鳴が次々と上がった。 「本当に問題ないのだな?」 「……少し出てくる」 海へと向かって行くリュカオスを見届けたクゥは、負傷者の様子を見るためにテントへと戻って行った。 怒号と悲鳴と破壊音は、まだしばらくコロッセオに響くことになりそうだった。
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