それは、壱番世界でいうならば夏の終わり、学童生徒的年代のティーンにとってはとってもとってもブルーインブルー(世界名ではなくて、こー、気持ち的に)になる運命の日、「8月31日」のできことだった。
「壱番世界の無人島で、盆踊り大会を大々的に執り行いたいと思います。つきましてはチケットの発行と、参加者募集の周知にご協力ください」
大真面目にそんな提案をしたのは、バードカフェ『クリスタル・パレス』の店長、ラファエル・フロイトである。不意を突かれた無名の司書は思わず『導きの書』をばさーっと床に落とした。
「うわ、意外なひとが意外なこと言った」
本を拾い上げ、埃を掃いながらも、司書は首をかしげる。
「盆踊り? て、もう遅くない?」
「いえ、観光客30万人と言われる某県某市の『風の盆』の開催は9月初旬ですので、時期としては許容範囲かと。また、『おわら風の盆』という名称は保存会により商標登録されておりますので、イベント名での使用は差し控えます。無人島での開催のため、壱番世界に実質的な影響は与えませんが、『風の盆』運営に携わっておられるかたがたや踊り手さんのお気持ちには配慮いたしたく」
「……あー、うん。商標権や著作権的なことってさ、法的な可否以上に、関係諸氏の感情を尊重するのが愛だよね。まぁその辺はいいとして、そもそも何で盆踊りなの?」
「クリスタル・パレスの従業員福利厚生施策の一環です。福利厚生の充実と強化が店員の働き甲斐を増進し、良質な接客サービスの提供に大きく貢献いたしますので」
「……あのさ、鳥店員さんたち、そんなストレスたまってんの? 秘密のビーチで十分発散してたじゃん。それにシオンくんとか見てると、とてもそうは思えないんだけど」
「察してやれよー。ストレス発散が必要なのは苦労性の店長なんだってば」
ラファエルの隣にいるシオンは、すでに心はお祭り気分であるらしく、藍染の浴衣(仕立屋リリイが技術の限りをつくした有翼人用デザイン)を着込み、団扇をぱたぱたさせて風を送ってくる。
「前にさ、無人島に転移した翼竜族のわがまま王子を保護したことあったじゃん? 結局あいつ、店長が面倒みることになって、あれからずっと店の厨房で下働きさせながら再教育中なんだけど」
「うんうんうん! 金髪碧眼の13歳、ミシェル・ラ・ブリュイエールくん。ねえねえ、彼、まだお掃除と皿洗い専門なの? そろそろフロアデビューできるんじゃないの?」
巨大怪獣化して大暴れし、あわやシラサギのコロニーを全滅させるところだったミシェルは、ロストナンバーたちの尽力により無事に保護された(シナリオ「ブラザー・コンプレックス ―飛べない翼竜―」より。※特にお読みにならなくても問題ないですー)。
ターミナルで、無名の司書から最初の説明を受けたミシェルは、同席したシオンが、「鳥ってわけじゃないけと、翼つながりってことで!」と、クリスタル・パレスへ連れて行った。
そして、まだ、環境の変化に適応しきれていないミシェルを危ぶんだラファエルは、自ら保護者役を申し出たのである。
しかし……。
七人の兄王子たちに寄ってたかって甘やかされてきた末っ子ミシェルは、店長の全力的教育を持ってしても、なかなかターミナルに馴染めず、カフェの従業員にもなりきれない、というのが現状のようだった。
「まだ皿の汚れが残っているじゃないか。そんな心構えでお客様にご満足いただけると思うのか。いつまで王子様根性にしがみついているつもりだ。やり直し」
「でも……。皿洗いや床掃除なんて、ぼく、したことがなくって……。立ちっぱなしで足が疲れたよ……。う……。ううっ……」
「あのぉー、店長。ミシェル泣いてるしさー、今日はもうそのへんで……」
「おまえまで甘やかしてどうするんだ、シオン。そうやってなし崩しにするから、この子は何も向上しないんじゃないか」
という一幕が、クリスタル・パレスの厨房であったらしい。
ラファエルはゆっくりと首を横に振る。
「いいえ、ミシェルにはまだギャルソンは無理でしょう。ホスピタリティの何たるかがまったく理解できていませんのでね。息抜きには早かろうと、チェンバーのビーチには行かせず留守番をさせたのですが、気分転換も必要だろうとシオンに言われまして」
(……ああ。つまりこの企画、シオンくんの提案なんだ?)
(うん。店長、けっこうこれでスパルタなんだよ。店員教育が厳しいのなんの)
* * *
「……と、いうことで、屋台だ」
開口一番、何が『と、いうことで』なのか不明なまま恐ろしく唐突に神楽・プリギエーラが言い、傍らの小柄な少女がこくこくと頷く。
着物に白いエプロン姿の、背中に明るい茶色の翼を負った可憐な容色の彼女は、『クリスタル・パレス』の鳥店員である。名前を小町(こまち)と言い、鳥形態の時は可愛い雀になるという。
「盆踊りと言えば屋台、屋台と言えば盆踊り、ですよね?」
『クリスタル・パレス』が主体となって準備を進めてきた、無人島盆踊り大会の一角である。
盆踊り会場ではすでに大きなやぐらが組まれ、粋なちょうちんが吊るされて、すでに準備万端な人々が、祭りの開始を今か今かと待ちわびているし、海岸では鶏とペンギンのペア(もちろんこの二羽も『クリスタル・パレス』の店員である)がなにやら面白い催しを行っているようだ。
そして、神楽と小町がいるこの辺りには、たくさんの屋台が建ち並び、盛大な食べ歩き天国と化しているのだった。
「ラファエル店長は甚平にたすきがけで焼きそば屋台『くりぱれ』を営業してらっしゃいます。いなせで素敵ですよね」
「向こうには彩音茶房『エル・エウレカ』の出張屋台カフェがある。贖ノ森は残念ながらここには来られないので、私が対応するが、涼しげな夏スイーツと抹茶を預かって来ている、よければ顔を出してやってくれ」
神楽が言うには、屋台ブースには自分で出店することも出来るし、材料を持ち込んで何か作ってもらうことも出来るのだそうだ。
「目玉はやはり有志たちが『電気羊の欠伸』で採って来た氷のカキ氷屋かな。遠未来の氷というのは面白いぞ、是非一度味わってみてくれ」
最近行き来の始まった異世界・シャンヴァラーラ内にある異質の【箱庭】、四十世紀以上の技術を持つ『電気羊の欠伸』での、すったもんだのアイテム採集話は報告を待つとして、そこで集められた奇妙な氷や食材、物品などが、今回の屋台ではふんだんに使われているらしい。
そのため、あちこちでエキセントリックな光景が繰り広げられているが、ハプニングが日常のロストナンバーたちにしてみれば、今更気にしても仕方ない、といったところだろうか。
「全力で盆踊りを楽しんでから、普通の屋台で普通の美味を楽しむもよし、遠未来の食材に挑戦するもよし、自分で屋台を運営するもよし。好きなように、めいめいに過ごしてくれればいい」
要するに、夏の終わりを皆で楽しく過ごそうと言うことだ、と結んでから、神楽はふと思い出したように再度口を開いた。
「ああ、それと、浜辺で人間大砲というのをやっている。それに参加すると、リリイが仕立てた浴衣や、『電気羊の欠伸』の不思議な氷がもらえるらしいから、そっちにも挑戦してみてくれ。特別賞の等身大その人型氷なんか圧巻だぞ、放っておいても溶けないらしいから、部屋に飾っておいたら涼しくていい夢が見られると思う」
「そうですね、きっと魘されて飛び起きるほど極彩色のいい夢ですよね。しかもその氷、時々ポーズが変わってるらしいですよ。残暑の夜をひんやりさせてくれるいいアイテムかも知れませんね」
まったくもって真顔の神楽と、にこにこ笑顔でやや黒いことを言う小町。
若干のツッコミどころを残しつつ、夏休み最後の思い出作りが始まる。
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!注意!
パーティシナリオでは、プレイング内容によっては描写がごくわずかになるか、ノベルに登場できない場合があります。ご参加の方はあらかじめご了承のうえ、趣旨に沿ったプレイングをお願いします。
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