「はーい、今日は皆さんに森の下にある竜刻を回収してきてもらいます。で、地面の下といっても、、、しょ、しょーにーど? あの、エミリエ、難しいことがわかんないので、今から全部読みま~す!!」 早々に自分の言葉で説明を放棄したエミリエは宣言した導きの書を広げ、朗々と読み上げはじめた。 うっそうと生い茂る壮大な森林があった。 壱番世界で「熱帯雨林」と呼ばれる地域である。 高温多湿のこの環境は、衛生を気にする生命体にとってけっして楽園とは言えないが、食べ物があって、寒さで死ななきゃいい、という連中にとってはこの上なく理想的な世界と呼べた。 かつてこの地で強大な魔力を振るった竜の遺骸が往時のままの姿で、ある者は立ち続け、またある者は地中に埋もれ、木々ですらも幾世代の時を経たこの地に魂となった今でも影響を及ぼしているという。 そんな緑におおわれた生命の楽園の中で、幾星霜の時を超えて森林に恵みをもたらし続けている天からの水は、はるかな時をかけて大地に巨大な穴を形成する。 ほんの一滴、ほんの一晩、ほんの一年、極めてかすかな浸食はとても観測できないほどの微かな痕跡を地中に刻み続ける。 だが、その取るに足らない微量の足跡は数十万、数百年を経ると時に地中に広大な部屋を築き上げるのだ。 鍾乳洞と呼ばれる地中において神秘の聖域。 壱番世界においても類稀なる進化を遂げた生命体がおり、生態系の独自性に目を見張ることが多々あるが、ヴォロスにおいてもそれは同様であった。 地中の広大な空間に太陽の恵みは一切届かない。この世界において外界からの影響はとてつもなく乏しく、時折、地中を掘り進んだ挙句に迷い込んできた地上からの虫や小動物の類のみが来訪者である。 その獣は飢えていた。 鍾乳洞の中に閉じ込められ幾年が過ぎただろう。 体が生命の赤き液体を求めている。 洞窟の奥、ほのかに光る小さな岩。それはかつてここを住処としていた竜の遺骨であったが、獣はそれを知らない。 多量の湿気にぬめる皮膜の羽根をわずかに動かし、消えかけた視力で眺めても、ほのかに光る岩の姿を完全に捕らえることもできない。 コウモリ。 超音波を用いて対象物との位置関係を把握するこの獣は、わずかに身動ぎすると再び眠りについた。 竜刻の力は獣に恩恵という名の拷問を与え続けていた。飢えて死ぬことはない。だが、本能に根ざした食欲が満たされるわけではない。 幸い、この獣は忍耐強かった。 今日も食欲を満たすことができなかった。 明日は満たすことができるだろうか。 ☆ ★ ☆ ★ ☆「うんとね、その洞窟にある竜刻を回収してくるのが今回の任務です! もちろん、いくつか問題はあるんだけどぉ~。……って、はい、そこぉ。ちゃんと聞いてよー!」 学校の教師よろしく紙を配布しつつ、あまり真剣に聞いてくれていないロストナンバー達にむーっとした表情を見せてくれた。「ええと、森の中で穴をあけて地下に降りるとおっきな洞窟があります。……中はとっても広いです。エミリエの心くらい広いです。湿気が酷いです。夏場にお風呂にお湯溜めたまま寝ちゃった時くらい酷いです。足場はくるぶしまで水があります。何より真っ暗です。それはもう真っ暗です。そこにはおっきな吸血コウモリが一匹いるみたいです。でっ! 肝心の竜刻はスイカくらいの大きさの骨だからちょこっと重いけど何とかなるよね?」 エミリエなりの解釈でその紙に書いてある内容を読み上げると、彼女はにっこりと微笑んだ。「鍾乳洞ってなんかすごいんだよね! どうやって入ってって、どうやって竜刻を探して、蝙蝠さんをどうにかして、竜刻を持って帰ってくるのか。…うーん、エミリエ。難しいことよくわかんない。でも、帰ってきたらどんなところでどうやったのか聞かせてね!」
ここだ、と言われても、そこにあるのはただの森だった。 エミリエから聞いた場所に間違いはないのだが、そこには洞窟の入り口はおろか、それらしい隆起も見えはしない。 「考えてみればそうだよね。地面のふかーくに洞窟があって、光も挿さない。……ってことは入り口もないのかな。あれ? それって自分でここ掘れワンワンってことぉ!? 疲れる! それは疲れるよ!?」 地面にぺちぺちと拳を打ち付けて、ナオトが悲鳴のような声をあげる。 冗談混じりに大きく嘆いてみせるその仕草が面白かったのか、夢流がくすくすと微笑んだ。 「ナオトさん、面白い人ですね。……さて、それはともかく本当にどうやってここから地面の下にもぐればいいのかな」 見渡す。 鬱蒼と茂る森の中である。足元を見ても木々の根と落ち葉、そして肥沃な色を示すかのような土が広がるのみ。 途方に暮れる夢流の横、一歩進み出たのはヌマブチだった。 「こういう時は基本に忠実に行くであります。重機やトラックでもあれば、適当に大きな木を見つけて掘り返し、そこからスコップで土を掘り下げるのが手間がかからぬのでありますが……」 ぼぐぅっ、めきめきめきめき。 「……それがし達、工作機器や乗り物を持っていないでありますからして……」 ばきっ。 解説するヌマブチの後ろで、鈍重なナタが振り下ろされたような音、続いて木が倒れる音がした。 雷撃が木の幹に落ちた瞬間を連想させる破壊音に、彼はゆっくりと振り向く。 そして、ヌマブチの背丈三人分はあろうかという巨大な大木が根元からぼっきりとへし折られている光景を目の当たりにする。 ぽかーんと見つめるナオトと「こ、これは…」と驚嘆する夢流の視線の先、青藍の小さな左手が、たった今、根元から折れた木の幹をわし掴んでいる。 そして、どう見ても彼らの胴体より太いその幹を足元におろし――どすん、と見たままの通り、やけに重い音がして――ぱんぱんと手を叩いて木屑を払うと、今度は両手で折れた根元の部分、切り株に手を添えた。 みし、みし、、、めき、めきめしめしめしめきめき……。 彼女の両手で掴まれた切り株を中心に土が盛り上がり、白い根が露になる。 それと同時に深々と埋まっていた根の範囲が強制的に掘り起こされ、柔らかな土に幾筋もの亀裂が走り、ついには土と青藍との引っ張りっこに耐えられない程に細くなった根がぷちぷちと千切れると、彼女は土ごと埋まっていた根を肩の高さまで持ち上げた。 根ごと掘り返された木株をぽいっと放り投げ、汚れてしまいましたわ、と服と手をはたき、地面にできたばかりのクレーターを眺める。 「ヌマブチ様、木を掘り返した後はどうしますの?」 青藍の深紅に光る瞳に見つめられ、気をとりなおしてヌマブチは元いた世界での教練を思い出す。 木を重機で引っこ抜けば、その穴をきっかけに塹壕をつくるのはたやすい。 応用で掘り下げることもできるだろう。ただし彼の矜持としてそれはご婦人の役目ではない。 「はい、それがしが地下まで掘り進むであります。岩の層を砕いて掘り抜きますので二時間弱ほどお休みいただければ……」 「いいえ、私で十分ですの」 にこっと優雅に微笑んだ青藍が、今度は拳を天に向け、それを勢いよく地面に叩きつける。 二度、三度、そして四度目に今度は地面から大地が裂ける悲鳴があがり、周囲数メートルを巻き込んで、落盤した。 岩が砕ける音、土砂が落ちる音、そして、ざぶん、ちゃぷん、と水音が二つ。 地上から土砂ともに落ち、咄嗟に受身を取ったヌマブチと、体勢を崩さぬよう落ちてきた青藍が着水する。 と同時に着地したので、足首まで地下水に濡れることになった。それほど冷たくはない。 上から「お~い、大丈夫~?」 とナオトの声がする。 二人が見上げると数メートルほどの穴が空いており、そこから太陽の光が見える。それが強調される程、彼らの周囲は真っ暗だった。 地上からこちらへと落ちてきた穴にナオトがひょっこり顔を出し、下を見つめている。 「あ、ええと、夢流さん。ロープかなんかあるかな? 下に降りれそうなもの」 「あるよ。ロープではないけれど、……さっき、倒れた木が」 「えぇ!? これ、運ぶの!?」 なんのかんの嘆息したナオトだが、夢流と二人がかりでようやく倒れた木を運ぶと、穴から差し込み、その木の幹をつたい降りる。 5メートルを越える巨木の先端がようやく穴の先に差し掛かった程度である、実際に降りてみると天井はかなり高く感じた。 水音が反響する。 横並びに地下を進む四人の足元でちゃぷちゃぷ、と規則正しい音が続く。 だが、先ほど空けた大穴の光が届かなくなってまもなく、青藍とナオトが先に、夢流とヌマブチが数歩遅れる形となった。 奥に進むに従ってどんどん光量が減って行き、ついに光が届かなくなるが、それでも先の二人はちゃぷちゃぷと水音を立て、ペースを崩さずに進み続ける。 少し盛り上がった岩を踏み、少々バランスを崩した夢流が立ち止まり前の二人に話しかけた。 「あの……。明かり、ないかな? それにしても、ナオトさんや青藍さんは、この暗闇を普通に歩けるんだ?」 夢流の疑問が聞こえたか、ナオトが振り返りにっこりと微笑む。 「俺はちょっとばかし夜目が効くんだよ。例え真っ暗で本当に見えなくなっても、だからって動けないようじゃ、俺の故郷だと生きていけなくてさ。あ、もしかして青藍ちゃんもそういうクチ?」 「ええ、私も夜は得意ですの。夜の方が元気になれるくらいですわ。――本当は、蝙蝠さんはあちらですわ。と言えればよろしいのですが、なかなか血の匂いがしませんの」 その言葉通り、彼女は立ち止まると鋭敏な鼻に意識を集中する。 血の匂いがすれば、そちらが蝙蝠のいる方だろうと検討をつけていたが、どうやら蝙蝠はここしばらく甘美な赤いご馳走にはありついていないらしい。 ならば、と彼女が獣の匂いを探す間、ヌマブチが手元で何かカチカチとやると、そこから光が広がった。 木に布と油だけの簡単な松明であります、とは彼の弁。 「それがしも仕事柄夜目は効きますが、暗闇での戦闘は明るい場所より不利であります。投光機とまでは言わずとも懐中電灯でもあればもっと簡単でありましたが、これで敵がいても若干有利に戦えるであります」 と、彼が掲げてみせた小さな松明に「うおっまぶしっ! それヤだっ!」 と叫んで目を逸らしたのはナオト。 対照的に夢流は「これで観察できますありがとう」と礼を言う。 灯したばかりの小さな明かりで、鍾乳洞の壁面はぬらぬらと湿っており、コケすら生えかねて、岩肌ばかりが露出している。 天井からはつららのように垂れ下がる岩の鍾乳石、地面からは筍のように上を目指して生える石筍。 その二つが繋がっている柱もちらほらと存在し、生物の腸壁を思わせる光景だった。 「それにしても」と青藍。 「凄い湿度ですの…。湿度と水で服が重くなっても動きに影響ないのが幸いですわ…」 「青藍ちゃん!? そこは女の子として服とか心配するところだよ?」 腕や足の動きがどうの、と確認する青藍に、つっこみというわけではないが思わずナオトが口を出した。 「あら、そうかしら?」 「そうだよ」 即座に、きっぱりと、はっきりと、断言する。 どう応えたものか青藍が逡巡していると、見かねた夢流が「なかなか蒸し熱い」と話題を逸らし「ええ、皆様も気をつけませんと。濡れて動きが鈍ったり……」 「いや、だから、女の子としてはだね!?」 と話題がループする。 「………ああ、漫才みたいなものか」 最初に納得したのは夢流。 青藍につっこみ疲れたか、ナオトはヌマブチに並んで行軍を再開して視線を散らす。もちろん、岩しか見えないが。 それを知らずか、彼はキョロキョロとあたりを見回し、ずんずんと先へ進んでいく。 「まだ敵さんはいないね。蝙蝠だっけ? 出てきたらどうするんだい?」 「その通り。嘘か真か、蝙蝠は大きな音が苦手らしい。いざとなったら悲鳴でもあげて逃げるでありますよ。にしても、ナオト殿」 「なんだい?」 「少し楽しそうに見えるであります」 「あ、分かる? ちょっと俺の故郷に似ててさ。暗い世界! 相手は蝙蝠! 懐かしくて、ついでに冒険で、わっくわくしてるの」 指摘され、真剣な表情をやめたのか、ヌマブチの松明に照らされた彼の顔は子供のように輝いていた。 十数分ほど歩いただろうか。 足先が水に漬かっていることでペースが普段より遅いことを鑑みても、1キロメートルほどは闇の洞窟を進んだ感覚があった。 ヌマブチの松明も火が小さくなり、酷くまとわりつく湿気が炎にトドメを刺そうとするかのように、その光を弱らせる。 「次からは、もう少しマシな明かりを用意するであります」 とはヌマブチの弁。 その松明がまもなく消えようかという頃、ナオトの「あ。緑色の光、発見」との呟きと共に、眼前にほのかに光る竜刻の蛍光が見えた。 水から子供の背丈ほどの高さで、壁に埋まっているその竜刻はゆらゆらと淡い光を放っている。 「魔法の……竜刻の光だね? ともかく、真っ暗の中に閉じ込められなくて助かったよ」 夢流が心底ほっとした声を出した。ヌマブチが「魔法でありますか!?」 と反応する。 男三人、眼前に見える緑の光に誘われるかのように最後の力を振り絞り、じゃぶじゃぶと水を書き分けて歩き出した。 そんな中、青藍だけはそこにたったまま、暗闇に目を凝らしている。 「獣の……、匂いですわ」 「来たでありますか。せっかくの魔法を目の前にして無粋なやつであります」 キィキィと甲高い鳴き声が聞こえる。 ついで羽音。 広い鍾乳洞に、この老いた隠者の羽音はやけに響いて反響した。 それがために、どちらから迫ってくるか分からない。 ―― 最初に動いたのは青藍だった。 ざぶりと足元の水ごと足を持ち上げ、力に任せて虚空を蹴り上げる。 キッ、と鋭い悲鳴がするが羽音は消えず、効果的な攻撃ではなかったかと嘆息してみせた。 「足場が水だと格闘技は不利ですわ」 ぱぁん、と大きな銃声が洞窟に響いた。 蝙蝠がいるであろう虚空に、硝煙のあがる銃口と視線を向け、大声を放つ。 「ここで死ぬか、我らに手を貸すか。どちらか選べ、蝙蝠」 「ちょ、ちょっと! ヌマブチさん!? 洞窟で大きい音は耳痛い! すっごい痛い! 真夏にカキ氷一気した時くらいキンキンするよ!?」 ナオトが混ぜっ返すが、ヌマブチは真剣な顔のまま銃を構えなおす。照準は天井付近、鍾乳石の根元。 「上方に注意しろ、落とすぞ!」 「落とさないでぇぇぇぇぇぇーー!!!!」 悲痛な叫びと銃声の咆哮、そして弾丸があたった鍾乳石が崩れ、地下水が飛沫を上げる。 様々な音が洞窟内に何度も何度も反響して、最後に鍾乳石がひとつ崩落する轟音に飲み込まれた。 「あ痛たたたっ。うわ、血! 血が出てる!?」 「あら、もったいないですわね」 「今、不穏なこと言ったの誰!?」 真っ暗な洞窟の中、何度も跳ね返った崩壊音もナオトの叫びを残して段々と静まっていく。 大騒ぎしてはいるが、その出血も、跳ねた岩が多少かすった程度だと見たヌマブチはもう一度、と銃を構えなおすが、途中でその準備を止める。 「そうか……。蝙蝠!」 と不意に大きな声をあげたヌマブチが銃剣の先で自分の腕を浅く切り裂き、傷口に唇をつけると、吸い込んだ血を空に向かってぷっと吹きあげた。 赤い飛沫に、甘い血の匂いがただよう。 羽音。 「別に血くらいくれてやるであります」 傷口から滴る血液の香りがまとわりつき、赤く濡れた右腕を上に伸ばすと、すぐにヌマブチの腕に鋭く刺す痛みが走った。 同時、自らの右腕に食いついたその蝙蝠を左手でわし掴みにして捕まえる。 じたばたじたばた。 ヌマブチの手の中で赤子ほどの大きさを持つ蝙蝠が全身を躍動させ脱出を測っていたが、鍛え抜かれた五指に握り締められ、少しずつ元気を無くして行く。 「む……?」 無抵抗となった蝙蝠である。 さすがにご婦人の前でトドメを刺すのはいかがかと逡巡していると、夢流が蝙蝠の頭に手をかぶせた。 やさしく響く声が戦闘の雰囲気を消し、柔らかな色に塗り替える。 「落ち着いて。……僕は君を治療しにきた」 ゆっくりと手を離す。 「心配しないで。これは【誘音招香】だ、君に安らかな休息をあげる」 手の中の袋からふわりと甘い香りがする。 いつのまにか夢流の手には竜笛が握られていた。 彼はふっとやさしく微笑むと笛先に口をつける、一呼吸、玄妙な調べが吹き上がった。 それはつい先ほどまで、破壊音や怒号でこの空間が満ちていたことすら忘れさせるほどの優雅な音色。 ものの数分、夢流が口を離した時にはヌマブチの手の中で蝙蝠は動かなくなっていた。 殺したでありますか? とヌマブチが手を開くと、蝙蝠の腹が呼吸によりかすかに上下している。 「眠らせただけ。竜刻で長らえた命だとしても、寿命を全うする権利というものはある」 そう言って微笑んでみせた。 ヌマブチは眠る蝙蝠を起こさぬよう岩陰に横たえた。 「帰りがけにでも外へ逃がしてやるであります。では竜刻の回収を……、そこ、寝るな!」 「は、はひっ!?」 立ったままのポーズで器用に寝ていたナオトが跳ね飛ばされるかのように竜刻に向かう。 淡い光を発するそれにナオトの目の色の輝きが増した。 「へへ、これお土産にしよー」 そう言って手を伸ばし、角に手をかけて、足を踏ん張り、思い切り引っ張る。 ぐっ、と力を入れるがナオトの手には転がり込んでこない。続けて力をこめる。 「あ、あれ? ……よっ! ふんっ! それっ! よいしょぅっ!!」 抜けない。 改めて周囲を見回すが、ほのかに緑に蛍光するそれは体積の半分以上が壁の中にあった。 「石の中にいる! ってか……あっちゃぁ、こりゃ無理だよ。スコップかなんかで掘り返そう」 そう言ってナオトは湿気を吸った髪をかきあげ、帽子をかぶりなおす。 夢流も竜刻に触れる。 「こういう形をしているんだ。ふぅん、どうして埋まってるのかな。興味深いね」 それをナオトが覗き込んだ。 「竜刻って何かスゲーの想像してたけど、普通に石だよね。ヌマブチさん、なんか便利道具持ってない?」 「それがしの装備で何とかなりそうなものでありますか」 ざぶざぶ。 「そうでありますね」 がきっ。 「ナオト殿とそれがしの銃で壁の一部を砕いてしまえば」 ぼこっ。 「危険でありますが、やってみる価値はあるでありま……」 「竜刻とは……こんな大きな骨ですの?」 青藍の言葉に振り向いたヌマブチは、目を丸くして言葉を詰まらせる。 いつのまにか青藍が大きなスイカほどもある竜刻を両手で抱えていた。 形質から骨が変性したものらしいが、彼女の腕の中にあっても淡い光は保たれている。 それまでに竜刻があったはずの壁面は、ぼっこりとえぐられていた。 「分かってはいても……あの怪力にはかたなし、で、あります」 「あちらのお嬢さんが特殊なだけだよ。気にしないで」 夢流はヌマブチの肩をポンポンと叩き、くすりと微笑むのだった。 改めて青藍、ナオト、ヌマブチの三人に順番に微笑んだ夢流が「ともかく、依頼完了かな。皆、おつかれさま」と宣言する。 もっとも、家に帰るまでがロストレイルの冒険旅行。当然のように、この広くて暗くて湿った洞窟を自分の足で歩いて帰るはめになるのだった。 -完-
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