イラスト/ぷみさ (iabh9357)
インヤンガイからの依頼です、と鳴海が泣きそうな顔になっていた理由は、伝えてきた内容で理解した。 かなりの美形を揃える男娼窟、その中でも上玉とされる男娼のイチモツばかりが切り取られ、持ち去られる事件が起きた。わきまえのない、愚かな客の逆上かと思われていたのだが、似たような事件が増えるに従って、ラオ・シェンロンの所に解決依頼が持ち込まれた。「あちらへ行けば写真もあるそうです」 鳴海は何となく腰を引きながら、『導きの書』を確認した。「連続猟奇殺人ってヤツですね」 高倉霧人は淡々と結論する。「男のモノばっか持ち去ってどうするんだ?」 心底訝しげなファルファレロ・ロッソに、霧人は微笑する。「蒐集家の美学があるのでしょう」「ぞっとしねえな」 肩を竦めるファルファレロは、未だ腑に落ちない顔だ。「どうぞ、よろしくお願いします」 鳴海は引き攣りながらチケットを手渡した。「早速来てくれたか」 心強いことじゃよ、とラオ・シェンロンは笑った。「何せ、まあ、あちらこちらで飛び切りの華が切られているからのぉ」 ほら、これじゃよ、とラオはテーブルに何枚かの写真を並べた。 ぴく、と霧人が視線を上げる。学生帽の下からラオを掬い上げるように見つめた切れ長の瞳の凝視、長い睫毛を瞬けば、ふらふら寄ってくる男も満更いないわけではない。「華?」 貴方は珍しいご趣味ですね、と涼やかに笑った。「ああいうものを華、と呼ぶとは」 男娼を華と呼んだにしては嵌まり過ぎると感じたからだが、ラオはいやいや、と片手を振った。「わしが言ったんじゃない、写真を撮ったラリーが呟いたんじゃよ」「ラリー? そいつは殺人現場を映すのが趣味なのか?」 ファルファレロが写真を一枚ずつ眺めながら突っ込む。 黒いビロードのベッドの上で倒れている金髪の少年、赤いシーツにくるまれて事切れている黒髪の青年、緑の絨毯に転がっている水色の髪の少年、茶色の毛布に埋もれている白髪の青年。 どの写真も、殺された男達は虚ろな眼を見開いてはいるものの、しどけなくのばされた腕や足、これ見よがしに晒され時に隠されている肉体は、確かにそれぞれの場所に生けられた花と見えないこともない。「面白いですね」 霧人は写真を突く。「こうして見ていると、まだ生きているようじゃないですか」「殺されたとは思えねえよな」「おいおい、そいつらは確かに殺されておってだなあ」「そういうことを言ってるんじゃねえよ、爺さん」 ファルファレロは歯を剥いて嗤った。「とんでもねえところを切られてんのに、その部分は綺麗に隠されてるだろ? 死因は分かってんのか?」「いろいろじゃよ、毒殺、絞殺、刺殺」「ということは、首を絞められた跡もあるはずですが……どれかわからないぐらいに綺麗ですね」 霧人も興味深げに写真を眺める。「ああ、これかな。シーツで首のあたりもくるまれてる」 だから、絞殺跡が目立たないんですね。「何のことじゃ?」 訝しそうなラオに、ファルファレロは肩を竦める。「いいか、この写真はみんな、屍体を整えてから写されてるって言ってんだよ」「つまりは作品、ということになりますね」「何と」 ラオはファルファレロと霧人のことばに大きく眼を見開いた。「そのラリーってのは、どこにいる?」 十中八九、そいつが今回の事件の犯人だろうぜ。「それが……一番最近の屍体……こいつが、ラリーなんじゃよ」 ラオは困惑した顔を二人に向けた。一枚の写真を新たにテーブルに載せる。 そこには赤毛の短髪で真っ白なベッドに全裸で寝転んだ男がいた。ぱっと見には、手足を伸ばして俯せたまま爆睡している。だが、その股間からは髪より赤黒い花の模様が広がっていた。「どういうことでしょうねえ……僕には全くわからないなあ」 霧人が楽しげに嘯く。「簡単だろ、真犯人が他にいるってことだ」「ちなみに」 ファルファレロのことばを受けて霧人は続けた。「ラリーさんは一人で殺人現場の写真を撮っていたわけではないですよね? 誰に頼まれていたんでしょう?」「それなら」 ラオは戸惑った顔で応じた。「最初に殺されたライカの妹、スンシャじゃろう。兄と付き合いがあったというラリーを探し出し、一緒に犯人を捜してもらっていると言っておった。兄の死の真相を突き止めるんだと、そうさな、今も男娼窟を手がかりを求めてうろつきまわっとるよ」「じゃあ、行きましょうか、ファルファレロさん」「何をする気だ」「潜入捜査……いや、そっちのケはありませんがね?」 傷心の妹君を慰めに、ですよ、もちろん。 霧人は黒い瞳を細めて笑った。 写真から見て、始めの4枚と最後のものは明らかに違う。 スンシャが兄を殺した犯人を突き止めようとしていたのなら、続いた殺人現場で屍体を配置し直して撮るラリーに違和感を覚えただろう。ラリーを疑い、ついには兄の仇を妹が討ったのかもしれない。けれど、なぜかスンシャは、そのラリーの屍体の『写真』を撮った。そればかりか、「なぜ、彼女は今も男娼窟をうろうろしているんでしょう?」「真犯人を探してるんだろ?」 「本当にそうでしょうか?」 くすり、と妖しい笑みを零し、気になるじゃありませんか、と霧人は付け加えた。=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>高倉 霧人(cxzx6555)ファルファレロ・ロッソ(cntx1799)=========
インヤンガイは闇多い場所だ。甘い翳りもあれば、苦い澱みもある。 だが、その中でもここ、『ズムダーゴン』は絡みつかれるような昏い温もりの宿る場所として知られている。 「欲望渦巻く男娼窟……死を追い求め、少女はさ迷う……さーてさて答え合わせにいきますかね“恐怖公”」 霧人の独り言は後から来る店の主人には聞こえなかったらしい。 地下へおりる階段を踏み、やがて幾つもの小部屋が連なった、まさに岩屋を模したような造りの地下室に辿りつく。部屋部屋はひらひらする布一枚で仕切られて、お楽しみ真っ最中の切なげな声も響くが、それもまた更なる楽しみを煽る演出というところか。 奥まったやや広めの部屋には、半裸姿の少年達が数人、派手なクッションにもたれたり寝転がったりして溜まっていた。 「あれ…新顔なの」 白く透ける素肌に薄物一枚、下半身の膨らみを隠すことさえない男娼の一人が、入っていった霧人に首を傾げた。あどけない仕草だが、すばやく値踏みする視線に霧人は笑みを返す。 「仲良くしてやって。店は初めてなんだって」 「ふうん、じゃあこういうのはどうなのさ」 くい、と引かれた手首によろめいたふりをして、霧人はふかふかと膨らむ赤と黒のクッションの間に倒れ込む。や、否やくるりと裏返されて跨がれて、次には着ていた学生服のボタンが手際よく外されていく。 「初めての客に失礼なことしちゃ困るもの」 「よしなよ、ランス」「新入りの味見かよ、えげつねえぜ」 周囲から声がかかるが、楽しげに嗤った茶色の大きな瞳はたじろがない。振り乱した金髪を背けた霧人の首筋に埋め込んで、軽く噛みつこうとした矢先、びくりと震えて仰け反った。 「あ…ん…っ」 震えが走った体を倒して囁いてくる。 「ひどいよ、キリー、僕が弱いところなんて知ってるくせに」 「ごめんよ、ランス」 霧人は薄笑いして腰の上に相手を乗せたまま起き上がる。 「今夜はあんまり可愛いからね」 「くふ…」「何やってんだ、ランス、そいつは…」 含み笑いをしてしなだれかかるランスに違和感を覚えたのだろう、周囲で見ていた男娼が訝しげに声をかけ、近づき、霧人に触れられ……たちまちバラムの魔法で捏造された過去に嵌まる。 「そいつは…確かに面倒見がいいけどよ」「キリーはいい奴だからな」 苦笑しながらランスを見やる『仲間』に霧人は笑み返す。記憶に刷り込まれたのは「キリーは俺達の大事な仲間、だってキリーだもんな」という、あやふやだけれど確かな信頼。 「だからさ、心配なんだよ、ライカやラリーみたいに殺されちゃわないかって」 ランスは不安げに体を揺する。感触を楽しんでいるともとれる甘い顔に、周囲がさっさとどけよ、と声をかける。 「ライカは王様だったけど、ラリーも、ブランも、みんな面倒見よかったもんな」 「スンシャが一人になったのを心配してさ、あれやこれやと声をかけてやってたし」 「ああ、スンシャね」 霧人は再びランスに触れる。茶色の瞳がうっとりとこちらを見やった。 「そうだよ、キリーも知ってるだろ? ひどい兄貴だったよね、ライカは。なのに、スンシャったらあんなに泣いてさ。絶対犯人を捕まえるんだって、ラリーと一緒に頑張ってさ」 「ラリーだってライカのいいようにおもちゃにされてたのに、ライカって男は不思議だよね」 別の男娼が唇を尖らせた。 「ほんとは中であれこれ御法度なのにさ、そこら中をつまみ食いしてさ、恋人だったラリーは気が気じゃなかったろうし」 「ええっ? ブランもそうだったの? カルスも?」 「ああそういや、パオレも」 みんなライカと一度は寝てたんじゃない? 「もういいじゃない、ねえキリー…」 ランスが熱い息を吐きながら霧人にすがりつく。 「今夜はもう誰も来ないから、僕とさあ…」 迫られる熱に押された顔で背後に倒れれば、喜びの声を上げてのしかかるランス、だが霧人はにこやかに笑みつつ、醒めた思考を重ねていく。 ライカは暴君であったらしい。スンシャも酷い扱いを受けていたという。性的虐待でもあったのか。恋人のラリーは相手構わずのライカに苛立っていたのかも知れない。二人で殺したのか、それともスンシャ、もしくはラリーが殺したのか。いずれにしても、それは犯人に大きな興奮をもたらしたのだろう。 殺して飾り、絵を描くように写真におさめる。ライカの寝た相手を次々と、殺しては飾り、写真におさめる。 「あるいは単純に、体を売る汚らわしい男を殺す自分に酔っているかですかね……イチモツは戦利品、写真は自分を鼓舞する為に……」 切り取ったのは嘲笑のためか、もうお前は使いものにはならないのだぞと。ライカが望んだお前の体は、みろこんな風に、もうただの人形だ、と。 そうなると、犯人はラリーということになりますが。 「キリー…キスしてよ…」 体を揺するランスの頭を軽く撫でて引き寄せてやりながら、霧人は残念そうに溜め息をつく。どうせなら、スンシャが殺していてくれた方が楽しいのに。 「……まぁ接触の方はファルファレロさんに任せましょう……ま、もしもの事があってもそれはそれで、面白そうですし」 頃合いを見計らって、とん、と膝を突き上げた。小さな声を上げてランスが跳ねる。その背後から、聞き覚えのある声が響いた。 「……ここじゃ、売り物同士が絡むのか?」 おいおい、何がそのケはありませんが、だ。 原色のクッションの中に倒れ込んで縺れあった二人を見下ろし、ファルファレロは薄く嗤う。 もちろん、少年を抱えた霧人の眼は冷えているし、そのケどころか、どうやらもっとヤバイことを考えているのが透けてみえるが、目の前で見せつけられた面々は霧人の表情には気づかないようだ。 霧人の上に乗っていた少年が、今にも崩れそうな様子で恨めしげにファルファレロを振り返ったが、どきりとした顔でこちらを見上げ、再び潤んだ目になった。 「お客さん…?」 掠れた声でこれみよがしに腰を上げてみせる。 だが、扇情的なその姿より、それをまるで陶器の置物を扱うようにひんやりと支えている霧人の方に、魅きつけられるというのはたいしたもんだ、とファルファレロは肩を竦めた。半端にはだけられた学生服、見えそうで見えない胸に散る少年の髪の感触を想像できてしまうのは、ファルファレロも男だということか。もやりと居心地悪く立ち上がりそうな気配に、一歩前へ歩み出る。 「俺の許可なしに何してやがる」 「何もしてくれないじゃありませんか」 くすりと嗤って顔を背ける、首筋の滑らかさを光に晒す霧人が、ちらりと横目でみやってくる。 「大体、後ろの女はなんです? 貴方こそ、僕を放って、どこで火遊びしてたんです?」 煽る気十分の声に、後ろに立っていたスンシャが微かに体を震わせた。 「何よ」 「勘違いすんな」 ファルファレロは肩を竦めて、スンシャを肩越しに見やる。 店に入ろうとした矢先、ファルファレロを遮るように飛び込んで来た。黒いおかっぱと燃えるような黒い瞳、真っ赤に塗りたくった唇の下手な化粧の小娘がスンシャだと聞かされて、妙に腑に落ちるものがあった。 とんだお子様だ。化粧こそきついし、それなりにメリハリのある体だが、色気というものが吹っ飛んでる。噂ではスンシャの初めての相手はライカだったらしい。そこから、この小娘の時間は止まってしまったのだろうか。霧人どころか、ファルファレロを案内してきた店の主人の方が、まだ色気があるというのは困ったもんだ。 ライカを殺したのはラリーかも知れない。浮気な恋人に煮詰まって、だ。だが、そのラリーにも、きっとスンシャは相手にされなかっただろう。自分を蔑みいたぶる相手から、結果的に解放してくれた王子様にも見えたラリーは、それでもスンシャより、他の男娼と寝ただろう。 「こいつのヒモだ……というより、俺はライカの元恋人」 「えっ…」 うろたえた顔でスンシャが見上げてくる。 「こいつはラリーの元恋人」 「……」 「相手を失って余り者同士がくっついたら、意外と体の相性はよかったってやつだ」 ずいずいと入り込むと、うっそりと体を起こした霧人が、心得たふうで、自分の側に膝をついたファルファレロにもたれかかる。熱を与えられていた体は汗ばんでいる。張りつく黒髪、うっとうしそうにボタンをまた一つ外す仕草も上出来だ。スンシャがごくりと喉を鳴らす。 「あんた、俺達の絡みを見ていかねーか?」 びくん、とスンシャが体を震わせた。 「たまにゃ変わった趣向も悪かねえ……情事にも刺激が必要だ」 霧人が目を閉じ、顔を伏せる。倒れ込むように揺らめかせる体、どこへ落ち込むかを考えたのだろう、周囲の男娼がもぞもぞと体を蠢かせる。 「カメラ狂いのラリーの手向けにゃぴったりだ……なんなら混じっていっても構わねーぜ?」 「……馬鹿にしないでっ!」 スンシャは身を翻して飛び出していった。 「…失敗したんじゃないですかね」 ファルファレロの側に寝そべりながら、霧人は目を閉じたまま呟いた。 「だとしたら、てめえのせいだぜ……色気が足りねえんだろ」 ファルファレロは外したネクタイを指先で弄ぶ。 「物騒なこと考えてるんですね」 「仕事のうちだ、割り切れ」 口裏合わせろ。ウリは十代で足洗ったが手管は覚えてるし何とかなる。 「あとまあ、これだけは言っとくがお前が下な?」 耳元で囁いてやると、霧人がゆっくり目を開ける。 「貴方が下の方が刺激的なんじゃないでしょうか」 飛び出していったスンシャは、しばらくして戻ってきた。 こんなことじゃ逃げない、だって、私、ラリーの仇も取りたいから。 口でそう言いながら、煌めくような目でファルファレロの首をねめつけていた。 「抵抗するなら、緊縛プレイと行こう」 「嫌がるのを無理矢理なんて幼いですよ」 霧人がひんやりと嗤う。 「嫌がりながらも、僕を求めて狂う貴方というのも、なかなかそそると思いませんか」 「ぬかせ…っ」 霧人に細い指で触れられた瞬間、体をくるまれるような重苦しさにファルファレロは喘いだ。口許に広がる甘さ、体を走るじれったさ、そんなことはあり得ないのに、まるでずっと霧人の体に組み敷かれて安堵していたような、奇妙な記憶に呑み込まれそうになって、危うく身を引く。 「同士討ちさせる気か」「まさか」 抜きかけていたファウストを霧人は押さえている。 「お仕事ですよ、そうでしょう?」 視線で知らせたのは背後の闇に潜む姿だ。二人がさっき飲まされた酒に、スンシャが何かを入れたのは想定内、だが、眠り込んで身動きできなくなったところを、切り刻まれるのは二人ともごめんだ、中身はさっさとすり替えた。 「どっちが好みだろな」 「中年か若者か」 「試してみるか」 「いいですね」 二人はさも急に眠気がさしたように、少し離れて体を横たえ目を閉じる。 それほど待つまでもなく、じりじりと気配が忍び寄ってきた。 一歩。二歩。そして、三歩。 「っっ!」 がしり、とスンシャの振りかざした刃を受け止めたのはファルファレロだ。 「おじさん趣味なんですねえ」 「見物してないで、何とかし、ろっ……こいつ馬鹿力…っ……うあっ」 完璧にマウントポジションを決められ、押し込んでくる手首を必死に支え上げるファルファレロ、感心したように眺める霧人の前で、瞬間緩められた力にタイミングを外され、次には眼鏡を跳ね飛ばされてファルファレロは舌打ちした。視界はゼロ、上に乗った女は信じられないほど重い。 「ねえ、スンシャ?」 ふいに、その二人の間に霧人が顔を突っ込んだ。満面の笑みはスンシャに向けられている。弾むような声が響く。 「嬉しいなぁ……こんな陰惨な事件を起こしたのが女の子だなんて……だって殺人鬼なら、どんな殺し方をしても文句はいわれませんからね」 「…っ!」 翻った霧人の腕にスンシャが飛び退った。 「お見事お見事……伊達や酔狂で殺人を重ねたわけじゃなさそうだ」 ぱちぱちと拍手をする霧人に、ファルファレロがうんざりした顔で起き上がる。 「殺す前に聞きてえ…何で殺した?」 「……っえあああああ!」 「…ちっ」 飛びかかってきたスンシャにファウストが火を吹く。霧人の靴の爪先がスンシャの首を掠め、鮮血が散る。衝撃に飛ばされたスンシャの前に、ゆらりと立ち上がった霧人が次は首を飛ばそうとして、動きを止めた。 「あ…あは……は…きれ……い……きれ…」 首の傷は致命傷ではない、どちらかというと、腹部を抉って突き抜けた弾丸の方が命を奪いそうだ。だが、しとどに朱に濡れながら、スンシャが顔をほころばせて、自分の傷を見下ろした。 既にファルファレロも霧人も視界にはないようだ。もぞもぞと手を這わせた服のポケットから取り出したのは小さなカメラ、体を震わせながら自分の抉れた腹を撮る。 「こう…か……こう…だな……こうすると……もっと……きれ…」 がくがくと体を揺すりながら、スンシャは膝を崩して座り直した。手元に白いクッションを引き寄せ、緑の掛け物を体に掛ける。焦点の定まらぬ目で自分に向かったカメラのシャッターを切り、零れ落ちる血に濡れた唇で笑った。 「ほ…ら……きれ…い……お兄ちゃ……私……皆…より…きれ…よ…」 朱赤と血に汚れた緑と白、仰け反って倒れるのは黄色の敷布、乱れ散る黒髪が張り付く真紅の唇。 「な…だ……見せ……ればもっと……きれ……った…のか」 倒れた衝撃で、ばしゃり、と最後のシャッターが落ちる。 「……なるほど」 絶命したスンシャが放り出したカメラの画像を、霧人は覗き込んだ。 「確かに、今までよりも完成された構図ですね」 如何なる運命が導いたのか、それとも芸術の神の気まぐれか。 スンシャは黄金の草原に真紅の華を首と腰に飾って、緑の衣を遊ばせながら浮かぶ天女のように見えた。ただ、そこには、はみ出しこぼれた臓物も、異臭漂う下腹部からの遺漏物もない。クッションの影になり、乱れた服の下になり、光を失った見開かれた瞳孔に気づかなければ、確かに美しかった、画面の上では。 「依頼は終了ですね」 残念ながら、殺人鬼は死んでしまいました。 「……てめえが脱ぎゃよかったんだよ」 ファルファレロが手探りで眼鏡を拾いながら唸った。 「スンシャに全裸を撮らせてやればよかったんだ」 「は?」 それはどういう論理展開でしょう? 転がっている屍体にもう目もくれず、さっさと部屋を出て行こうとしていた霧人が首を傾げて振り返る。立ち上がったファルファレロは、手近の黒い布を掴んで、スンシャの上に投げながら、 「俺に言わせりゃ、死体の虚ろな目よりぎらぎら輝いてる生の目のほうがよっぽど欲情かきたてるし魅力的だね」 「それは、僕が魅力的だということですか」 困ったなあ、僕はそのケがないんですが。 「撃ち抜くぞ、こら」 くつくつ笑う霧人に唸り、ファルファレロは顔を歪める。 完成された死の構図なぞに煽られない。 生きて動き、あがく体に疼くのだ。
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