「お花見行きたーーーい!」 ある日のターミナルで、世界司書・エミリエが言った。「お花見と言いますと……壱番世界の?」 リベル・セヴァンが資料から顔をあげて応じた。「そう。サクラの花ってキレイなんだって! それからお弁当に~、お団子に~」 どうもエミリエは誰かにお花見の話を聞くか本で読むかしたらしい。 しかしながらお花見の本場、壱番世界はニッポン列島においても、今年は桜の開花が早く、すでに盛りを過ぎつつある地域も多い。いやそれ以前に、ロストメモリーたちがターミナルを離れて壱番世界で花見ができようはずもないのだった。 ところが。「こいつぁ、どうすっかな……」 シド・ビスタークがやってきた。「どうかしましたか」「いや……、無人のチェンバーが見つかったんだ。広くて本当に無人かどうかはわからんので、それを確かめてから閉めちまえってさ。べつだん危険もなさそうだし放置してもよさそうなもんだがなあ……。こんな依頼、誰が受けてくれるもんかね。だいたい、何のつもりかしらんが、このチェンバーの中はサクラの樹しかありやがらねえ」 エミリエとリベルは、あまりのタイミングのよさにはっと顔を見合わせる。 かくして、無人のチェンバーの確認依頼――という名のお花見大会が行われることになったのである。 無人のチェンバー、それも桜が満開だと言う話はすぐに世界司書である深山撫子の耳にも届いた。 実物は見たことはないけれど、写真で見る限り薄ピンクの綺麗な花であるのは知っている。「見たい!もう絶対に見たいわよー」 ガタンと椅子から立ち上がりさっそく自分が見た桜の写真が載っていた本を探し出すと、あれこれと撫子流のお花見計画を立てるのであった。 二時間後、満面の笑みを浮かべて撫子が訪れたロストナンバーたちへ誘いの声を掛けた。「ねぇ、皆は野点って知ってる?」 何の本を見たのかは知らないが、撫子はどうやら日本ならではの野外でのお茶会を桜の下で行おうとしているらしい。 赤い毛氈を敷き、野点用の和風の大きな傘を立てる……しっとりとしたイメージを浮かべた時、撫子の声が部屋に響く。 「でもね、お抹茶が苦くてって人や堅苦しそうな席は…って人もきっといると思うのよねー。だからお抹茶にミルクとシロップを入れて抹茶ミルクにしたりとかもいいと思うのよ!」 一気にしっとりとした大人のイメージから親しみ易いイメージへと変わる。 服装も和装ではなく自分の好きな服装であればそれでいいと撫子が頷く。「皆のファッションを見るのも楽しみのひとつだと思うのよねー、ついでにファッションショーなんかもしちゃおうかしら?」 とにかく皆で楽しんで、桜の思い出を作れたらきっと何より素敵だと手をぱんっと叩いて笑う。 「美味しいお菓子を用意して待ってるから、よかったら一緒にいきましょー?」 笑顔につられて頷くかどうかはあなた次第。 一緒にお花見、行きませんか?
◆ 桜が満開のチェンバー、そこには既に大勢の花見客が訪れていた。本来ならば無人かどうか調べる為ではあったが、それだけで済ますには惜しいほどの見事な桜にお花見大会が開かれてもおかしくはない。 もちろん、それに惹かれるように訪れるロストナンバーたちがいても何一つおかしいことなどないのだ。そしてここにも、桜のお誘いに招かれてやってきた彼らが――――― 「本当に桜が満開で、綺麗だわ……!」 桜の花びらが舞い散る道をてくてくと歩くのは藤堂 鈴羽(トウドウ スズハ) 。桜の花びらをその身に受け止めながら軽やかな足取りで前へと進む。そしてその肩に乗り尻尾をふるんとさせたのは彼女のセクタンでもあるフォックスフォームのボンタンだ。 「ボンタンも、綺麗だって思わない?」 鈴羽の問い掛けにボンタンが肩の上でぴょんっと跳ねて答えてみせると、それを見ていた雪宮 三条(ユキミヤ サンジョウ) がくすりと笑う。 「あ、失礼しました。とても微笑ましくて、つい……」 三条が軽く頭を下げると、鈴羽とボンタンが顔を見合わせて微笑むと気にしないでと首を振った。すっとした和装姿の三条を見て、鈴羽が頭に浮かんだ言葉を口にする。 「もしかして貴方も野点に行くのかしら?」 「えぇ、もしかして君も?あ、俺は雪宮 三条と言います」 「私は藤堂 鈴羽、こっちの子はボンタンよ。よろしくね」 少し癖のある黒髪をかきあげて、よければ一緒に行きませんかと三条が二人を誘うと鈴羽とボンタンがもちろんと言うように頷いて二人と肩に乗ったセクタンで歩き出す。 桜の舞う道、真っ直ぐに奥へと向かう後姿は一人と二人の時よりもずっと楽しそうに見えるのは気のせいではないはず。 ◆ チェンバーに入って、少し散策したその先の桜の下に赤い毛氈が敷かれている。その上には同じく赤い毛氈が敷かれた長椅子に野点用の大きな傘が立っていて、一目で撫子が提案した野点の場所だとわかるようになっていた。 既にその場所では粋な風景に惹かれた数名が撫子とお茶を楽しんでいて、和気藹々とした雰囲気が傍目からでもわかる程だ。 「間違いなく俺はここに呼ばれたような気がするんだよな!」 そう言いながら笑うのは袈裟服……と言っても首からは鮮やかなパッションピンクの羽マフラーを下げていて、かなりファンキーでご機嫌なお坊様に見える烏丸 明良(カラスマ アキヨシ)だ。 既に彼は持ち前のサービス精神を持ってしてか、野点に遊びに来ている花見客と会話を弾ませていた。例えば、アクセサリーが大好きと言うファーブニールという青年がぽろっと漏らした女装趣味について深く掘り下げ、自分のセクタンであるカスガに突っ込みを喰らってみたりとか。 「ふ……っいいパンチだったぜ……っがふっ」 カスガに向けて親指をぐっと突き出しながらその場に崩れ落ちる明良を治療するのはロリータ服をカジュアルにしたような服を着ているローナ、こんな事もあろうかと救急箱を持ってきているのは用意周到と言うべきだろうか。 それを見ながら、柔らかな笑顔を浮かべたのは清闇(サクラ) 。彼も、桜の花に誘われてふらりとここへ来たロストナンバーの一人だ。野点という形式は知らないけれど、粋なもんだとぽつりと漏らす。 桜の木の影に隠れるようにその姿を覗くのは理星(リショウ)、本人は隠れているつもりなのかもしれないけれど、ここまで飛んできたのか背に生えた羽がぴこぴこと見え隠れしていて頭隠してなんとやら状態だ。 「理星、そんなところにいねぇでこっちへきな」 見つかった、と羽がびくんと揺れるけれど清闇の優しい声音と手招きに素直に姿を現して、羽を仕舞うとちょこんと清闇の隣へと座る。ほっとしたような、くすぐったいような嬉しい顔はきっと隣に大好きな清闇がいるからだろう。 そんな微笑ましい二人のやりとりを見ながら器用に持参のリンゴをウサギ型に剥いているのはアインスだ。器用にしゃりしゃりとリンゴを剥く姿に青い空を切り取ったような少女、ユク・イールレントが感心したように見つめ、紳士という言葉がしっくりくるような柊木 新生がその音を心地よく感じながら頭上の桜を眺めていた。 そこへ鈴羽と三条、ボンタンの三名も辿りつき、より一層賑やかなお花見を楽しむ皆の姿に満足そうに笑うのは今回の野点を実行へと移した深山 撫子(ミヤマ ナデシコ)だ。黒地に撫子の模様の入った振袖姿で少し動き難そうにしながらも集まった皆へと深々と頭を下げてこう言った。 「今日は集まってくれてありがとうねー、野点って言っても気軽なお茶会だと思ってくれれば嬉しいわ。今日は一日楽しんでいってねー!」 その言葉にそれぞれが、それぞれの言葉で答えると自然と自己紹介が始まって野点と言う名の気取らないお茶会が穏やかに開始されたのだった。 ◆ 『野点』という言葉を初めて聞く者も多く、そも野点とはなんぞ?という話が飛び交う。『のてん』と読んだ者もいれば、『やてん』と読んでみる者も。 「のてん……ってなんだろう?」 理星が明良が読んだその言葉に反応すると、明良がきらりとサングラスの端を光らせて悪戯心満載に答えてみせる。 「【NO-TEN】「十がない」という意味の単語。これだけ聞くと意味が分からないだろうが、君にもこんな経験がないだろうか?「あと一枚、一円玉があれば十円になるというのに!!」このような状況を【NO-TEN】といいます!ちなみに『草食書房刊 ミーの英語はカンペキネー!!』より抜粋だから!完璧!!!」 まさかこの説明に騙される事もないだろうと、明良の聞くからに嘘臭い解説に皆が笑うと理星が感心したように頷いた。 「明良さんって物知りなんだなぁ……!」 「いや、理星……それは彼の冗談じゃないか……?」 清闇の言葉に理星がそうなの?と明良を見れば、そういう事もあるかもしれないじゃん!むしろある!と明良が指をちっちっち、と振って見せてまた皆の笑いを誘った。ひとしきり笑ったあと、撫子が改めて野点についての説明をしてくれる。 「ふふ、これはねー?『のだて』って読むんですって!あたしも最初は皆が言うように読んじゃったんだけどもねー」 撫子が自分が読んだ本で得た野点の知識を参加者の皆へと話す。身振り手振りを交えたその話は少し本来の野点とは違ったものだったかもしれないけれど、概ねは正解だった。 「そうですね、私もあまり詳しくはないですけれど……それであってると思いますよ」 「俺も撫子さんの説明で大丈夫だと思います」 コンダクター、壱番世界出身の鈴羽と三条の後押しもあり、撫子はほっとしたようによかったと笑顔を見せる。同じくその世界出身の明良も知ってたよ!と慌てて立ち上がるがセクタンのカスガに足を突付かれてその場にしゃがみこんでしまったけれど。 「ふむ、つまりは野外で茶の席を楽しむ事を壱番世界の日本ではそう呼ぶのだな」 アインスが器用に剥いたウサギリンゴを参加者……主に女性の前に配りつつその話を簡潔に纏めてみせると、ウサギリンゴをしゃくりと食べる撫子が笑顔で頷く。他の者も、口々に頂きますとリンゴに手を伸ばし美味しいと笑みを見せた。 「その笑顔が私の報酬だ、可愛いレディたち」 アインスの微笑みは男性参加者を通り越し、女性にのみ向けられていたけれど女性の幸福な時間を作るのが自分の使命だと豪語するアインスからしたら当然の事なのである。 「でもね、堅苦しい事や難しい事は置いといて、皆で楽しくお茶ができればそれでいいかしらって思ってるから、楽ーにしちゃっていいからねー」 足を痺れさせている一部参加者に笑いつつ、自分もほんのり痺れた足をさすって撫子がうんうん、と頷いた。そして野点の最大の魅力の一つでもあるお抹茶を点て始めたのである。と、言っても撫子も本で読んだりした知識での事で実際にお抹茶を点てるのは数回目で、多少の不備には目を瞑ってねと笑って見せる。 「俺、初めてそうやってお茶を点てるの見るけど……上手そうに見えるよ?」 理星の言葉に撫子が少し照れて笑うと、すかさずアインスがその言葉を継ぐようにふっと笑って口を開く。 「その通りだ、麗しいレディが自分の為にお茶を用意してくれる姿は幸せ以外のなにものでも無い」 「ふ……っ皆は今世紀の瞬間に立ち会ってるのをわかってない!彼女こそ現在希少種として保護の声が叫ばれている『大和撫子』でございます!!」 先ほどのダメージから立ち直り、ガッツポーズを作るかのようにして明良が撫子の姿をそう称えてみせる。 「ヤマトナデシコ……ってのはなんだ?撫子の名前は深山だろう?」 黒鋼の地に白銀の煙管を手元で遊ばせながら清闇がぽつりと問いかけた。その問いに理星も同じくわからない、といった風に首を傾げると、三条が控え目ながらもその問いに答える。 「『大和撫子』というのも、僕らの世界の言葉だね。主に清楚で可憐、美しい女性や控えめな女性への褒め言葉かな?」 「ほう、それならば今ここにいる女性は全て大和撫子という事になるな」 三条の答えにさらっと言ってのけるのはアインスで、さすがと言わざるを得ない。鈴羽は褒められて嫌な気分になる人はいませんものねと他の女性参加者と笑っているし、ボンタンもくるんと一回転して同意を見せた。 そうこうしている内に、撫子も若干大雑把ながらもお抹茶を点て終えて参加者分の器をすっと前に出す。 「お待たせよー、さぁ召し上がれ!苦いのはあんまりって人はミルクとシロップを入れて抹茶ミルクにしちゃってもいいからねー?」 抹茶碗に点てられた抹茶は表面が柔らかいクリームのように泡だっていて、初めて見る飲み物だけれど美味しそうだと理星が碗を手に取る。それにつられるかのように、全員がお碗を持っていただきますと声を合わせた。 「思ったより、苦くなくって美味しい。あ、でも後味が少し苦いのかな?」 「ミルクとシロップ、入れてみたらどうだ?」 一口飲んだ後に感想を述べた理星に清闇がそう提案する。そっと差し出されたミルクとシロップを嬉しそうに入れてまた一口。 「あ、甘くて美味しい!ちゃんとミルクと抹茶の味がしてる……!」 美味しそうに飲む理星を見て清闇も自分の碗の中身を一口啜り、俺にはこれで丁度いいと微笑み掛ける。 「えぇ、とても上品で……いいお手前、って言うんでしたっけ」 「ええと、結構なお手前で……だったかしら?」 三条の呟きに、鈴羽がそう答える。あぁ、そうだった気がしますとすっきりしたように微笑むとまた一口。 「こうやって抹茶を飲む機会なんてそんなにないしな!桜に抹茶、これぞ風流って奴だな」 「悪くない。レディが用意してくれたお茶が美味しくない訳がないのだからな、それにこの和菓子と言うのも……よく合う」 桜を模した練り切りを口に運んで、お抹茶を一口。和菓子の甘さとお抹茶のほんのりとした渋みが心地いい。撫子も、自分が点てたお抹茶を啜りながらリラックスしている皆を見て嬉しそうに微笑んだ。 「それにしても、どうしてこんなチェンバーが出来てたのかしらねー?誰が作ったのかもわからないし、ねぇ?」 ふっと桜を見上げて撫子が口にした疑問に、誰かが確かにと頷く。 「無人の桜チェンバーがここに現れた理由などハッキリしている」 「え、アインスさんはわかるの?」 理星が前に身を乗り出して興味深げに問い返す。 「恐らくは、とある女性がシド・ビスターク氏を愛してストーカーに走って世界図書館へと忍び込んだ際、再三の付き纏いに辟易していたシドと言い争いになって刃物を持ち出した女は、しかしシドに返り討ちにされ頭を打って死亡したんだ」 「シドって……世界司書の彼よね?」 撫子がアインスのビックリ急展開な話に首を傾げるがアインスは静かに頷き話を続ける。 「困り果てたシドは無人のチェンバーに侵入し女の死体を埋めて桜を咲かせ、「無人の桜チェンバーを発見したがさっさと閉鎖したい」と持ちかけた――という訳だな。昔から、桜の下には死体が埋まっているとよく聞くが、それを隠れ蓑にしてしまうとは……なかなかの御仁だな、シドも」 「真犯人はシド!こいつは相当な事件だぜ!!」 ここまで聞くと彼の冗談だと言うのはわかったが、明良がそれに乗ってパチンと指を鳴らす。 「確かに桜の下には死体が埋まっている、なんてよく言いますね」 「でも、それは桜が余りに美しくて……美しすぎるから魔性に例えてだった気もしますよ」 三条と鈴羽も、そんな話があったなと思い出してつい、桜の根元を見てしまう。 「えええ!シドさんが殺人犯なの!?た、大変だ……」 「落ち着け、理星。冗談に決まっているだろう?」 「まぁ、冗談だが。それくらいの事があったとしてもおかしくはないくらいに美しいという事さ」 結局、誰がチェンバーを?というのはわからなかったけれど、すぐに気にならなくなったのは桜と抹茶、美味しいお菓子の効果だったのだろうか。 ◆ 桜のもたらす和やかな雰囲気の下、お抹茶を堪能した参加者はまったりとお花見を楽しんでいた。そこで始まるのはファッションショーという名のファッションチェックだ。そんな大それた物ではないけれど、常日頃ウィンドーショッピングが好きな撫子らしい命名だ。 「はいはいはい!待ってました!かわいい女の子の綺麗な衣装が変態と謗られる事無く見つめれるとか俺はなんてついてるのかしらー!!」 撫子の口調をちょっと真似しつつ、明良が辺りを見渡す。そしてぽつりと呟いた。 「まぁ参加者の八割くらい男だけど」 その気持ちには同意するとばかりのアインスの視線を受け止めつつ、しかしそんな事でめげる彼でもなく、すっくと立ち上がり一番手を名乗りでる。パチパチパチ、という拍手の中に彼のセクタン、カスガのなんとも嫌そうにも見える手拍子が含まれているのも彼の日常だ。さっそうとモデル歩きをこなし、おまけとばかりに一回転すると、今日のファッションの見所を身振り手振り付きで解説する。 「今日の俺の袈裟は一味違う!なんと最新のリバーシブル袈裟!!」 「袈裟にリバーシブルなんてあるんですね……」 「ある意味とっても便利そうだよね」 「裏面は花柄ピンクで桜とあわせて、派手にいけるわけさ!というわけで、今回は特別にその中身をお見せしようと……」 そして袈裟を脱ごうとして―――カスガに強制終了されるのだが。 「花柄の袈裟って斬新よねー、ありかなしかで言えば」 「まぁ……ねぇんじゃないか?」 「でも、可愛いと思うよ」 ファッションについてのお喋りには男女も関係なく、詳しい者もそうでない者も談義にそれぞれの話を咲かせている。 「俺はそんなにファッションとかは詳しくないけれど、今日は折角なので和装で来てみたんですよ」 「へぇ、俺はいつでもこういう着物だな。特にこだわりはねぇが動きやすいって所だけには気を付けてるぜ」 「和装と言うのは動きにくそうだと思っていたが、そうでもないのだな。私は常にこういう服だが」 「ええとええと……俺もファッションは全然わかんないし、でも三条の和装は似合うと思うし、清闇さんはかっこいいと思う!アインスも、なんだか王子様みたいでかっこいいよ」 実際、皇子なんだがという彼の呟きはそれぞれのはしゃぐ声に掻き消されてしまったけれど、なんとも居心地のいい時間が過ぎていく。 「鈴羽ちゃんはファッションに何かこだわりとかあるのー?」 「いえ、とくには……でも、自分では着たことのない衣装とかには少し興味があったりしますよ」 あ、それわかる!と撫子がきゃっきゃと話に花を咲かせると、鈴羽も嬉しそうにこういう服なんかもいいし、ボンタンに少しお洒落されるのもいいかも…と笑う。一通り皆のファッションの話を聞けて、満足そうに撫子が微笑むとお抹茶のおかわりはいかがと用意をしだす。 のんびりとした時間に、ふわっと欠伸をした理星を見つけて清闇が膝枕をしてやろうと、ぽんっと膝を叩く。嬉しそうに、少し照れたように笑うと素直に理星がその膝へと頭を預けた。 「さくらっての、音は俺の名前と同じだが、まァこの違いは何だろうな。美しさとも儚さとも無縁過ぎて笑っちまうよな」 「そうかな、俺はどっちも綺麗だって思うけど…桜も、清闇さんも」 理星の言葉に、そうかと笑って桜を見上げる。清闇に頭を撫でられ、気持ちよさそうにしながら理星が言葉を紡ぐ。 「俺、こんな風に花を見て綺麗だなって思えるようになる日が来るなんて思わなかったから、すごく嬉しいし、幸せだ」 うとうと、としかける理星に破顔して自分の故郷にも桜はあったけれど、この桜が別格に見えるのは何故だろうと考えていた清闇はなんとなく答えを見つけた気がして、それがなんとなく幸せな気分な気がして煙管の煙が誰にも当たらないようにふうっと吐き出した。 「俺っちも苦労してるわけですよ。お墓を綺麗にしたりとか地味に大変なんですよ、だから卒塔婆でスキーやったくらいでそこまで怒られる必要とかね…」 「いや、それは怒られるべきだろう」 「それは普通怒られますよね?」 明良が花見の酔っ払い客よろしくでアインスに絡むと、それは至極もっともな返事が三条と共に返される。 「いいじゃんそのくらい!ケチ!」 全否定された悲しみを撫子が点てたお抹茶で癒そうと撫子の元へ駆け込む。はいはい、と差し出されたお抹茶に幸せそうに笑顔を浮かべ、カスガにもお裾分け。 そんな様子を見ながら、アインスがふと桜を見上げて一緒に来たかった彼女の事を思い浮かべた。本当は一緒に来たかったけれど、せめてお土産に桜の花びらを集めてそれで首飾りを作ろうと思い至る。お土産に渡した時、どんな顔をするのだろうかと楽しみにしながら、毛氈に落ちた綺麗な花びらを一枚一枚、大事に拾った。 そろそろこの桜のチェンバーもお開きになるのか、桜が散り急ぐようにひらひらと舞い散り始めると撫子が皆へと小さな桜色の巾着を差し出す。 「大したおもてなしもできなかったけれど皆とお喋りができて、極上の桜を見れてとっても楽しかったわー!ささやかなお土産だけれど、よかったら貰ってね」 撫子が個々に手渡した巾着の中にはほんのりピンクの桜飴と、数枚の桜の花びら。渡した撫子もにっこり、受け取った皆も、にっこり。 桜のお花見、穏やかな時間はこうやってゆっくりと幕を閉じて、それぞれの心に桜色のような仄かな思い出をその胸に残したのであった―――
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