「お花見行きたーーーい!」 ある日のターミナルで、世界司書・エミリエが言った。「お花見と言いますと……壱番世界の?」 リベル・セヴァンが資料から顔をあげて応じた。「そう。サクラの花ってキレイなんだって! それからお弁当に~、お団子に~」 どうもエミリエは誰かにお花見の話を聞くか本で読むかしたらしい。 しかしながらお花見の本場、壱番世界はニッポン列島においても、今年は桜の開花が早く、すでに盛りを過ぎつつある地域も多い。いやそれ以前に、ロストメモリーたちがターミナルを離れて壱番世界で花見ができようはずもないのだった。 ところが。「こいつぁ、どうすっかな……」 シド・ビスタークがやってきた。「どうかしましたか」「いや……、無人のチェンバーが見つかったんだ。広くて本当に無人かどうかはわからんので、それを確かめてから閉めちまえってさ。べつだん危険もなさそうだし放置してもよさそうなもんだがなあ……。こんな依頼、誰が受けてくれるもんかね。だいたい、何のつもりかしらんが、このチェンバーの中はサクラの樹しかありやがらねえ」 エミリエとリベルは、あまりのタイミングのよさにはっと顔を見合わせる。 かくして、無人のチェンバーの確認依頼――という名のお花見大会が行われることになったのである。~飛鳥のお誘い~「ちょっと、あんた暇でしょ? 付き合いなさいよ」 道行くロストナンバーの一人を飛鳥黎子が服の袖を引っ張って引き止める。 新手のナンパ……ではなく、飛鳥は世界司書であるロストメモリーなのだ。 依頼の方法としてよく、こうして暇そうな人物を引っ掛けるのが通例らしい。「あのね……今日は依頼というわけじゃないのよ……その、ほら春って暖かくて気持ちいいから……いつい時間過ぎたりするでしょ?」 モジモジと忙しなく体を動かし、呟くような小さな声で飛鳥は話を切り出した。「でね、お弁当を作りすぎちゃったわけよ。あ、あによ、その顔……料理なんて似合わないって顔してるじゃないのさ。ふんっ、どーせ粗暴でみえないわよ。悪かったわね!」 黙って話を聞いていると、気に入らなかったのか飛鳥は勝手に怒り出しツンと唇を尖らせて拗ねだす。「あ……そうじゃない、そうじゃないのよ。でね、無人のチェンバーで桜が咲いているところがあるのよ。だから、お花見にいってあげるって話。私の手料理つきなんて最高だと思いなさいよね!」 拗ねたと思ったら、今度は偉そうに無い胸を張り出した。 百面相というかコロコロと表情が変わってみていて飽きない。「でもって、折角だからあんた達の料理の腕前を見せてもらおうじゃないってことで作ってきなさいよ! ただで私のお弁当を食べれると思わないでね!」 びしっと指をつきつけて飛鳥は命令じみた依頼をだした。 初めの恥らっていたのは何だったのかと思うが、飛鳥の持つ大きなバスケットから匂う甘い香りに勝てず何か持っていこうと決める。 さて、飛鳥の作る料理の味とはいかに……。!注意!イベントシナリオ群『お花見へ行こう』は、イベント掲示板と連動して行われるシナリオです。イベント掲示板内に、各シナリオに対応したスレッドが設けられていますので、ご確認下さい。掲示板への参加は義務ではなく、掲示板に参加していないキャラクターでもシナリオには参加できます。このイベントシナリオ群は、同じ時系列の出来事を扱っていますが、性質上、ひとりのキャラクターが複数シナリオに参加しても問題ありません。
~まるで、お弁当の万国博覧会やー~ 桜の咲くチェンバー。 お花見を十人十色の楽しんでいる中、ビニールシート一杯にお弁当が広げられたスペースがある。 「まぁまぁ、集まったんじゃない? 壱番世界でいう万国博覧会ってものみたいよね」 主催の飛鳥黎子は持ってこられてきた弁当を眺めては笑顔を見せた。 ツリ目で攻撃的な性格のため、目撃情報の少ない飛鳥の顔の一つである。 「飛鳥はこのようなイベントに誘ってくれて感謝する。喫茶店店主として弁当がいるとあれば参加しないわけにはいかないからな」 デュネイオリスが仕立てのいいシャツを着こなして飛鳥と挨拶をした。 もって来た弁当は以下の通り。 ・フォカッチャ/バケット(お好みで。マーガリンやバター、ジャムも添えてあるのでご自由に) ・バジルとリーキのフリッタータ(ケーキのように丸く焼いたオムレツ) ・蕪とグレープフルーツのマリネ ・チキンソテー(塩胡椒であっさり目に) ・ホタテのオーブン焼き(軽くハーブを乗せてある) ・ビスコッティ ・紅茶(魔法瓶で暖かいものを。ミルク・砂糖はおこのみで) ・オレンジジュース(荷物からハンドジューサーを用意、半分に切った生オレンジをセットし、その場で作成) 「デュンのは壱番世界のイタリア風よね。チキンソテーとか美味しそうじゃない」 「飛鳥のメニューはアメリカ風といえるか?」 デュネイオリスは飛鳥のメニューを眺める。 ・チェリーパイ ・オニオンリング ・フライドチキン ・ポタージュスープ(保温ビン入り) ・コールスローサラダ ・ベーコンポテトパイ ・チョコバナナ ・桜ゼリー 「おお、黎子様のお弁当はデザート類が目立つものですな、お菓子がお好きであられるか?」 「好きよ、好きじゃ悪い?」 笑顔が一瞬で消し飛びギラリとした鋭い視線を顔を覗かせたポンコツ肉だるま――ガルバリュート・ブロンデリング・フォン・ウォーロードへと飛鳥は向けた。 「滅相もございません、実に似合っておりますぞ」 何故かへりくだった口ぶりでガルバーは飛鳥の視線を受けながら頭を下げる。 「ふ……ふん、今日のところはお世辞でも喜んでおいてあげるわ」 飛鳥の方は顔を紅くしながら顔を背けて、素直に褒め言葉を受けれないでいた。 「では、我輩の弁当をどうぞごらん下され」 調子を取り戻したガルバーが広げられた自分の弁当を見せる。 ・玄米入りごはん ・鶏肉の甘辛炒め ・牛肉のエギュイット生姜焼き ・エビフライ、タルタルソース付き ・彩り温野菜 ・ミルク ・ガルバー特製プロテインジュース ・??? 「7品なの?」 「いや、8品ですがこれを出すのは少々気恥ずかしくて」 ガルバーが最後の一品である弁当箱の蓋を開けた。 中には歪ではあるが、黄色い卵のそぼろの上に鶏肉のそぼろで猫の顔が描かれたお弁当がある。 「意外と可愛いじゃない……食べるのが勿体ないくらいね」 「まぁ、いや……はっはっはっはっ」 何かを言おうとしたガルバーだったが、大きく笑ってその場を誤魔化したのだった。 ~和の混じり~ 「よいしょ、よいしょ」 パンパンに物が入った抹茶色の布製のバッグを斜めにかけ、風呂敷で包まれた重箱をもって春秋 冬夏 (ハルアキ トウカ) が歩いている。 広いチェンバーの中を歩くと、一際目立つ竜人と兜を被った巨漢を見つけた。 「デュネイオリスさんに甲冑筋肉?」 道を聞こうかと思ったが、強面(?)の二人に近づくことを冬夏は戸惑う。 しかし、温かいスープの香りなどが鼻先に漂ってくると、戸惑いをどこかにおいて二人の方へと向かっていった。 「わー、すごいお弁当。気をくれしちゃうけど私も出します」 風呂敷を解いて、重箱をあいているスペースへ冬夏は広げ始める。 ・桜えびと筍のおにぎり ・筍と山菜の煮物 ・卵焼き ・タラモサラダ ・みたらし団子 ・三色団子 ・ロシアン大福(チョコアーモンド、バナナ、苺、栗、抹茶、桜の塩漬けの入ったしろあん) メニューとしては和食を中心に花見らしいお団子などのデザート多めのメニュー構成となっていた。 「これはなかなか。壱番世界の和風というものになるのかな? 彩りも良いしまさに『花より団子』というのが面白いな」 デュネイオリスが冬夏の料理を見て褒める。 「い、いや、それほどでもありません……よ」 冬夏は赤くなって俯き、照れ笑いを浮かべた。 「これで全員かな?」 「品評会の品物は全部だけど、お弁当だけでも持ってきたいって知り合いがまだよ。あ、来た来た」 「あー、ここよね。遅れちゃったわ」 飛鳥が手を振ると風呂敷と『導きの書』をもった世界司書が手を振り返す。 司書は毛先だけが茶色の髪をしていて左側にはチャームポイントのようにヘアピンがついている女性だった。 「紹介するわ、瑛嘉よ」 「世界司書の瑛嘉です。宜しくお願いします」 落ち着いた事務員のような格好の瑛嘉を飛鳥が紹介するが、同じ世界司書として見えない。 飛鳥の格好は黒のワンピースタイプのゴスロリなのだから……。 「皆さん、沢山食べられそうということですので料理のみの追加です。審査員として参加させていただきますね」 手にしていた風呂敷を広げながら瑛嘉は意味深な笑みを浮かべた。 ・三角おにぎり ・漬物盛り合わせ(しば漬けからたくあんまで雑多に) ・土筆のたまごとじ ・菜の花のおひたし ・みかん ・味噌汁(保温ポットに。若布と豆腐と油揚げとネギの赤みそ仕立て) 「ああ、おにぎりはサケ、昆布、梅干し、などポピュラーなものばかりよ。ただし……いえ、何でもありません」 言いかけた言葉を飲み込み笑顔を振りまく瑛嘉はどこか恐ろしかった。 「じゃあ、とりあえず、食べましょう。そこのあんたたち、お腹すかしているなら食べていきなさい。食べたら投票してもらうからね」 暇そうに歩いていたロストナンバー達に声をかけて、飛鳥主催の宴に引き込む。 「投票も大事だが、何より皆で楽しむ事が一番大事なのだろう。桜を見上げて、ゆっくり楽しもうではないか」 デュネイオリスが乾杯の音頭を取り、博覧会のような宴がはじまったのだった。 ~兜ごしのセンチメンタル~ 「ウム、桜の下で華やかに食事会。酒がないとはいえ、十分に楽しいものであるな」 「あんたどうやって食べてるわけ? まぁ、いいわ。何か芸でもしなさいよ」 兜をつけたままに料理を食べるガルバーにため息をもらしながら飛鳥が要求をぶつける。 「ほうら宙に浮くぞ~」 瑛嘉がもってきたみかんをゆっくりと掌から浮かせてみせた。 「すごいじゃな……って、指で刺してるんじゃない! イカサマするなっ! ポンコツ肉だるまっ!」 げしっと罵倒の言葉と共にミドルキックが飛びガルバーの尻を叩く。 「お、おふぅ……」 蹴られた弾みでびくんとガルバーが震えて情けなく地面へとへたり込んだ。 「大丈夫ですか?」 「おお、瑛嘉殿忝い」 「騒がしいが……こういうものもいい物だな」 助けられるガルバーを眺めつつデュネイオリスは飛鳥のチェリーパイを食べる。 甘い香りとサクサクとしたパイ生地が食欲をそそり、また食べやすい大きさに切り分けられていた。 「瑛嘉殿の料理も食べたいところだな……このおにぎりをいただくとしよう」 瑛嘉の作ったロシアンお握りを食べたガルバーの顔色が悪くなる。 「食べてはいけない何か」に当たったのだ。 「うぬごぉぉ……すまないが、席を離れさせてもらう」 お腹を押さえながらガルバーはビニールシートの上から駆け出していく。 トイレで用をたしたガルバーは元の場所には戻らず小さなベンチに腰をかけていた。 飛鳥の場所に戻るまで少し休憩もしておきたかったからでもある。 「あんた、大丈夫なの?」 「れ、黎子様! どうしてここに!」 「べ、別にアンタが心配だった訳じゃないんだからね! たまたまよ、たーまーたーま!」 予想外の人物にガルバーは驚き慄く。 しかし、こうして文句を言いながらも来てくれる飛鳥に自らの世界でつかえていた姫の姿が重なって見えた。 世界司書は記憶をすべて失ってしまうと聞いているが家族の温かみも忘れてしまうのだろうか? 「あによ、私の顔に何かついているっていうの?」 「いやいや、よろしければまた黎子様のお弁当を食してみたいものであるなと……」 「しょ、しょーがないわね。気が向いたら作ってあげるわよ、暇でしょうがなかったりあんたが土下座して泣いて頼めばね」 ゾクリと背中に来る震えに近い『何か』をガルバーは感じながらもあえて口に出さずに笑うのだった。 ~投票結果~ 「集計結果をだすわよ。部外者の投票も合わせるけど、春秋冬夏2票、ガルバー2票、私に2票でデュンに3票よ」 「結構接戦だったんですね」 「差がついてよかったわ。甲乙つけがたいメニューばかりだったわね。ご苦労様」 料理はまだ残っているが一休みにとお茶を飲んでいる一同に向かって黎子は品評会の結果を知らせると拍手が巻き起こった。 「私に入れてくれたものは感謝する。こちらとしては結果は気にせず好きに作らせて貰ったのだがな」 腕を組んだいつものポーズながらデュネイオリスが少し照れた様子で拍手を受け続ける。 拍手を受けているデュンの元へ飛鳥が近づいた。 「じゃあ、私を打ち負かしたご褒美をあげるわ、ちょっとしゃがみなさいよ」 相変わらずの上から目線で祝辞を直接デュネイオリスに送った飛鳥は屈むように命令を下す。 苦笑しながらもデュネイオリスがそれに従うと、頭の上にシロツメクサで出来た冠がのせられた。 「丁度咲いていたから気晴らしに作っただけだから、こんなのいつも作っているわけじゃないからね」 可愛らしい趣味が自分で似合わないと思っているのかつっけんどんな態度を飛鳥がみせるが、デュネイオリスの頭に載っている冠はしっかり編みこまれたものなのは誰の目にも明らかである。 「確かにいただいた、では残りは皆で楽しんで食べるとしよう」 「既に楽しんでいますけどね」 「まだまだ、おにぎりはありますから食べてくださいね。アレとかアレとかまだ出てないですし」 デュネイオリスの言葉に冬夏が苦笑しながら、瑛嘉が意味深な笑顔で不吉なことを言い出す。 しかしながら、楽しい空気であることに代わりない。 「ほら、ガルバーも何かいってあげないさいよ」 飛鳥がガルバーの方に目をやると、ガルバーは桜の木にもたれて船をゆっくりこいでいた。 寝言で姫、姫いっているので自分の世界の夢を見ているのだろう。 「仕方ないな、残りはこちらで片付けるとしよう」 苦笑して毛布を駆けるデュンとは対象的に飛鳥は初めは目くじらを立てて無理やり起そうとするのかポット片手ににじり寄っていたが、ふぅと息をつく。 「はたき起してやろうと思ったけど……ゆっくり眠らせてあげるわ。その分一杯仕事してもらうからね」 ポットをゆっくり下ろすと飛鳥はガルバーの前からゆっくりと離れていった。
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