太鼓の音が樹海に響く。 鳥たちがぎゃあぎゃあと鳴きながら飛び立ってゆく。 木陰の動物たちもどこか落ち着かない。「森が慄いている」 ドラグレットのまじない師たちが厳かに告げるなか、戦士たるドラグレットたちは武器を携え、その時に備えた。「勇敢なる戦士たち」 樹海の奥深く、ひっそりと隠れるように存在していたドラグレット族の集落は、その日、熱く沸き立っていた。 《翡翠の姫》エメルタが、戦士へと呼びかける。「悪しき魂が、森を侵すのを許してはなりません。この地はわれわれの聖地にして、この大地そのものの源につながる場所なのですから。……客人エドマンドの友人たちが、このたびの戦に力を貸してくれます。かつて、エドマンドがそう約束してくれたとおりに」 ドラグレットたちの瞳が、ロストナンバーたちに向けられた。 館長の足取りを追って、前人未到の樹海を旅してきたヴォロス特命派遣隊、そしてその援軍要請にともない、急ぎターミナルから駆けつけたもの。かれらは今、ヴォロスの古き種族ドラグレットとともに、かれらの領域へ侵略を企てる軍と、斬り結ぼうとしているのだ。 太古の時代、ヴォロスを支配したとされるドラゴンの末裔、それがドラグレットだ。かれらはワイバーンなる小型の飛竜を駆り、空を征く勇猛な戦士だった。樹海を開拓し、おのれの領土拡張を目指す人間の国、ザムド公国は、竜刻使いの一団の結び、魔力で空に浮く船を手に入れた。その力をもってすれば、ドラグレットをも退けられると考えているようだ。 なるほど、いかにワイバーンに騎乗し、空中戦も挑めるとはいえ、ドラグレットの原始的な武器だけでは心許なかっただろう。だが今は、ロストナンバーたちがいる。 戦いは、ドラグレット精鋭による小隊が、飛空船を襲撃するという形で行われる。 ロストナンバーも小班に分かれ、ドラグレットの部隊に加わることになる。 戦意を高揚させる打楽器のリズム。燃え盛るかがり火。 やがて、見張りのドラグレットが、空の彼方にその影をみとめた。 ザムド公国の飛空船が、再び侵攻を挑んできたのだ。「よし、いくぞ!」 荒々しい雄叫びとともに、竜の末裔は、愛騎とともに空へ。 これこそのちに、ヴォロス辺境の歴史書にひそやかに記された「ドラグレット戦争」の始まりであった。「ヴォロス特命派遣隊から連絡が入った」 集まったロストナンバー達に目を向け、世界司書・戸谷千里が言い放つ。「無事、ドラグレット族に会えたのはいいが、厄介な場面に遭遇しているらしい」 いい知らせとあまりよろしくない報告に、場は騒然とした。「自らの領地を広げる為、ザムド公がドラグレットの森を侵略しようとしているようだ。そこで君達には空からの侵略者――ザムド公国軍の飛空船をなんとかしてもらいたい」 世界司書は『導きの書』を閉じ、ロストナンバー達をまっすぐ見据えて続ける。「ただし、飛空船を派手に壊して樹海に墜落させるような事態は避けねばならない。よって、飛空船へ乗り込む侵入部隊と、彼等から目を逸らす為の陽動部隊へと分かれて交戦する事になる」 ドラグレットの森を傷付けられるのは、ドラグレットにとっても、交友関係を持ちたいこちらにしても具合が悪い。そこで、飛空船に乗り込み、制圧しようというのだ。「君達が担当するのは陽動部隊だ。ドラグレットの飛竜部隊と共にワイバーンに乗り、侵入部隊の手助けを頼みたい。もちろん、飛空船からの攻撃もあるだろうし、熾烈な空中戦になる事は覚悟しておいて欲しい」 ごくりとロストナンバー達が固唾を飲む。「それから、この部隊には《翡翠の姫》エメルタが同行する。以上だ」 ある意味大事なことを戸谷はさらりと告げた。!注意!イベントシナリオ群【ドラグレット戦争】は、同じ時系列の出来事を扱っています。同一のキャラクターによる【ドラグレット戦争】シナリオへの複数参加はご遠慮下さい。また、「ブルーインブルー特命派遣隊」に参加中のキャラクターはこのシナリオには参加できません。※「ヴォロス特命派遣隊」に参加していなくても、参加は可能です。
「なりゆきとは言え、竜の味方をする事になるなんてねぇ」 きちんとしたスーツに身を包み、ミスト・エンディーアは独り言ちる。 「まぁ、それも一つの運命ってとこかしら」 ふっと笑いながらミストは周りを見渡す。 「まずは誰かからスキルを借りないとね」 『レンタルスキル』この能力を使わなければ、自分は役に立つどころか、足手まといになるだろう。異能がなければ、ただの人間なのだから。 「不思議な光景ですね」 ヴォロス特命派遣隊からの要請により集まったロストナンバー達の面々を見やり、エメルタは呟いた。 様々な姿形の者達がなんのてらいもなく談笑している様子が、エメルタには不思議に感じられた。 「初めまして、あなたがエメルタ姫ですね」 そう言って握手を求めてきたのは、一見、ドラグレット族と見紛う外見をしたデュネイオリスだ。しかし、ドラグレットでない事は服装を見ればあきらかだった。 「私はデュネイオリス、微力ながらお力添え申し上げます」 エメルタは差し出された手を握り、挨拶を返す。 「この度はわが、ドラグレット族への援護の申し入れ、ありがたく存じ上げます」 微力というのが謙遜である事は、彼の体躯や纏う闘気でエメルタにはわかった。 「兄貴!?」 自身の兄とよく似た背格好の人物を見つけて、臣雀(オミ・スズメ)は飛び付いた。 「ん? 兄貴とは、俺の事かね?」 くるりと振り返った彼の顔を見て雀は悲鳴を上げた。彼には顔が無かった。のっぺらぼうだったのだ。 「これは失礼」 のっぺらぼうに見えた顔だが、一瞬後には目と鼻と口がちゃんと付いていた。けれども、その顔は兄のものとは違っていた。 「あ、あれ?」 雀は自分の目がおかしくなったのかと、ごしごしと目を擦る。 そんな雀の様子を見やり、 「こんにちは、神です」 と、神(エウダイモニク)は挨拶をする。 「カミ……?」 「そう、神。理想の化身、至高の存在。全ての事象を司る神様ですよ。ま、正しくはエウダイモニクと言うのだがね」 きょとんとして聞いている雀に、好きな方で呼びたまえ、と付け加えた。 「こんにちは、私はミスト・エンディーアよ。お二人とも要請を受けて新たに加わった方ね。よろしくね」 「よろしくー。お姉さん、キレイね」 雀はニコニコと握手を交わしながら素直な感想をもらす。 「ありがとう。あなたも、とっても愛らしいわよ」 と、雀の頭を優しく撫でる。 「私は特命派遣隊として、先にここに来ていたの。わからない事があったらなんでも聞いてちょうだい」 神に向き直り、さりげなく手を差し出して握手を求めた。 「うむ。俺はエウダイモニク。神様でもエウダイモニクでも好きなように呼びたまえ。……ん?」 異変を感じ、神はミストの手をパッと離す。 「いやん、神の力は人には毒だよ?」 おどけてみせながら、神はミストの腕を指し示す。 「やだ、なにこれ?」 「多大なる力は、時として害になるものさ。なに、しばらくすれば消える。安心したまえ」 ミストの腕の一部分がまだらに変色していた。 「そうね、気を付けるわ」 ――神さんの能力を緊急用にコピーさせてもらおうかと思ったけど、止めておいた方がいいようね。 ミストは動揺を隠しながら、変色した腕を無意識に撫でた。 にわかに周りが騒がしくなる。出撃の時が迫っていた。 エメルタ姫とデュネイオリスが伴ってこちらに歩いてきた。 「遠き地より、われらの為に集っていただき感謝します。エドマンドの友人たちよ」 彼女の後ろにはドラグレットの戦士達とワイバーンが控えていた。 「わがドラグレット族の戦士とその愛騎、ワイバーンです。あなたがたには戦士と共にワイバーンに騎乗し、あの悪しき者たちと戦ってもらうことになります。どうぞ、どの戦士と共に空に向かうか選んでください」 「よろしければ、私はエメルタ姫とご一緒したいのだけど、かまわないかしら?」 最初に意志を示したのはミストだった。 「むろん、かまいません」 「お姫様も戦うの?」 エメルタが頷くと、雀は目を輝かせた。 「わあ、エメルタさんは戦うお姫様なんだね。かっこいー!」 「そなたもわれらに手を貸してくれるのですか?」 少しかがんでエメルタが雀に問うた。 「うん、あたしが力になれるなら、勿論手を貸すよ! そのために来たんだもん」 「そうですか。では、あなたには最も手練た戦士をつけましょう」 「ううん、あたし、一人で乗りたいの。……でも、ここにはいないなぁ」 きょろきょろと見渡した雀が答えると、エメルタは少し困惑気な表情をしつつも、 「いいでしょう、彼に案内をさせますので好きなワイバーンを選んでください。ただし、簡単な飛行訓練をして、一人での騎乗は無理だと判断したら、こちらが選んだ戦士と同乗すること。いいですね?」 と、言葉を返した。 雀は「はーい」と返事をしたあと、付添いの戦士と共に他のワイバーンを見に行った。 「他になにか望みのある者はいますか?」 「私は自身で飛行可能ゆえ、ワイバーンは必要ない。背に乗りたい者がいれば乗せるが……いないようだな」 ――あと一人、この場にいたような気がしたのだが……。 デュネイオリスは訝しんだが、誰も神の姿が消えている事に気付いていないようだった。 「うわー目が回るよー! 空が逆さま! でも楽しい!」 雀が選んだのは機動力に優れた小型のワイバーンだった。 「あの娘はどうですか?」 「はい。最初はワイバーンに振り回されていたようですが、今は楽しんで乗っているようです。なかなか筋はいいようです」 「そうですか。では、一人で騎乗させるのを許可しましょう。ですが、彼女は客人です。それとなく彼女の護衛を頼みます」 「はっ!」 エメルタの命に、戦士はうやうやしく頭を垂れた。 「我が名は≪首切り大将≫オウガン! 聖地の守護者にして、竜の牙の執行者なり! 人間共よ、我が屍を乗り越えねばこの地を犯す事まかりならぬと心得よ!!」 「全軍、突撃いィィィィィィィィィィ!!!!!」 森にオウガンの号令が響く。 「雄々しいのは良いことですが、先走りすぎて他の者の手を煩わせる結果にならなければよいが……」 溜息を吐くエメルタのもとへ、雀がワイバーンと共に走ってきた。 「エメルタさん! これ、この呪符にはね、雷の力がこめられてるの。だから、こうして鏃に巻いて飛ばせば攻撃力がアップするよ」 そう言って、いくつかの矢に呪符を巻きつけていく。 「ありがとう」 エメルタが礼を言うと雀は照れたような笑顔を返した。 「目立って見せれば良いのなら、私のような者はうってつけだろう」 デュネイオリスが体高20m程の頑強な漆黒の竜の姿に戻ると、その場にいたドラグレット達にざわめきが広がった。 かつてこの地を治めていたというドラゴン。その姿とデュネイオリスを重ね、ドラグレット達は胸を熱くした。 「さあ、われらも行きましょう。わが森を守る為に!」 おおー! とオウガンの部隊に続き、エメルタの陽動部隊も大空へと飛び立った。 「よおし、あたしたちも頑張ろうね!」 ワイバーンの頭をわしゃわしゃと撫で、雀もエメルタの後に続く。 遠くの空に飛空船の姿が見える。 おそらく、あちらの方にも自分の姿が見え始めている頃だろう。 「我が姿、お前達にはどのように映る?」 デュネイオリスは挑戦的に嗤い、飛空船との距離を狭めた。 「なんだ、あれは……」 「ドラグレットどもじゃないのか?」 「奴らの乗り物――ワイバーンにしては……」 「あれは、まさか……ドラゴン?」 「ええい、何者でも恐れるでない! 攻撃準備! もたもたするな!」 飛空船内部に怒号が飛び交う。 トントンと肩を叩かれてドラグレットの若者は後ろを振り返った。 「! 何だ、お前。いつの間に……?」 地上から飛び立った時には、確かに自分だけだったはずだ。 「まあまあ、細かい事は気にしないで。それよりも、ちょっとエメルタ姫のところまで行ってくれないかな?」 「何者ともわからぬ奴を連れて行けるか!」 「ちょっとぐらいいいじゃないか、ケチだなぁ」 「お、おい! やめろ!」 神は強引にエメルタ姫のもとにワイバーンを導いた。 「エメルタ姫、しばらく飛空船の周りを旋回して欲しいのだけど、お願いできるかしら? まずは敵の分析をしないと……ね」 「わかりました。少しスピードを上げますよ」 ミストの言葉を受け、エメルタが飛空船へと近付こうとしたその時、一体のワイバーンが近付いてきた。 神だった。 彼はエメルタに最敬礼をし、自己紹介を始めた。 「俺の名は神(エウダイモニク)。エドマンド君の友人の中で一番面倒なもののひとつだ。私はチャイ=ブレとガイア(仮)の架け橋になりたい」 あまりに唐突過ぎてエメルタは反応ができなかった。 「あー、エメルタ姫。彼の事は気にしない方がいいわ。ちょっとイタい人のようだから」 「そう……なのですか?」 「ひどいわね!? ミスト・エンディーア君」 あまりな言われようだったが、神はめげない。 「ときにエメルタ君、君は乱気流でも飛べるかな?」 「……それなりの飛行術は心得ています」 「よろしい」 それだけ言い置くと、神はエメルタのもとから離れていった。 「まったく、神さんは何がしたいのかしらね? ……まあ、いいわ。私達は私達の仕事をするだけよ。エメルタ姫、お願いするわ」 彼は自身の事を“神”と言った。その言葉と行動。それの意味するところは一体何だろうか。 「では、しっかりつかまっていてください」 エメルタは彼の言葉が気になったが、いまは思考の隅に追いやった。 「情報屋の仕事は情報の売り買いだけじゃないの……それを教えてあげる」 ミストは不敵に笑った。 敵の攻撃をかいくぐり、エメルタは、ワイバーンを繰りながら弓矢で応戦している。 「あの娘が術を施した弓、試させてもらいましょう」 ギリギリと弦を引き絞り、矢を放つ。鏃に巻いた呪符からパチパチと放電し、船体に突き刺さった瞬間、落雷に似た爆発を引き起こした。 「なるほど、これは凄い。では……」 今度は銃眼めがけて引き絞り、放ってみた。 「エメルタさん、加勢するよ!」 近くを飛行していた雀が風の呪符を取り出し、エメルタが放った矢の方へと飛ばした。 するとどうだろう。矢は風の抵抗をものともせず、いや、風に押されて飛距離を伸ばした。 「ギャッ!」 飛空船の銃眼に吸い込まれた矢は見事、射手に命中し、射手はもんどりうった。倒れた敵の体はバチバチと放電し、迂闊に近寄ろうものなら、感電するだろう。 「やったね!」 雀とエメルタは視線を交わし合い、戦果を喜んだ。 「よし、だいたいデータは揃ったわ。エメルタ姫、本格的に反撃開始よ。派手にいきましょう」 ミストは戦闘状況から、敵の攻撃の死角となりやすい場所、弱点などを予想し、トラベラーズノートに書き込んだ。 「これで侵入部隊も、多少は楽に戦えるようになるはずよ」 飛空船の周りを挑発でもするかのように飛行していたデュネイオリスの目に、攻撃の隙間や敵の僅かな死角を縫い、飛空船に接近してくる小隊が見えた。 「ふむ、来たか」 デュネイオリスは一度、飛空船に接近し、黒炎を吐きつけた。敵が怯んだ一瞬をつき、船体下に滑り込み、さりげなく侵入部隊の傍へ姿を現す。 飛空船からはデュネイオリスの巨体に遮られ、侵入部隊の姿は見えないはずだ。 飛空船から火炎弾が放射される。 「無駄だ」 しかし、ヴァンダライザーで武装されたデュネイオリスの体に傷一つ負わせる事はできなかった。 事態を察した雀が砲台の前へと躍り出る。 「陽動作戦ってことは、こっちに注意をひきつければいいんだよね? おまかせあれっ」 雀が呪符を取り出したところで飛空船から火炎弾が吐き出された。 「まずは力くらべだよ!」 雀の手から放たれた呪符が炎を纏い、勢いを増していく。 雀と飛空船の真ん中で炎は激突した。 「いっけぇー!!」 呪符の炎が火炎弾を飲み込み、その勢いのまま飛空船へと押し戻され、結果、外壁を焦がす事となった。 「やったぁ!」 雀がガッツポーズをとる。 雀の攻撃に敵が目を奪われている隙に、侵入部隊とデュネイオリスは飛空船へと最接近していた。 飛空船にぶつからないギリギリのところでデュネイオリスは旋回する。 「後は任せるぞ」 そう言い残して。 呪符の力で充分対抗できるとわかった以上、遠慮はいらないとばかりに雀は複数の呪符を取り出した。 「さあ、どんどんいくよ!」 雷の呪符を飛空船の上空へと飛ばすと、呪符はバリバリと音を立て、飛空船の上方を焦がした。 「うう~ん、もうちょっと、こう、派手にいかないかなぁ?」 飛空船を貫くイメージで放ったのだが、現実はなかなか厳しかった。 戦火の応酬を眺め、ひとり、神は呟く。 「戦いは人々の命を技術進歩に変換する、効率的だが平易な手段だ。たまには他の行動も見せて欲しいものだ」 ワイバーンの上、格好つけて喋っているが、同乗している――いや、させられていると言った方がいいだろうか――ドラグレットの若者はげんなりしている。 「だが許そう。戦え、ドラグレット含む人間共よ! 俺は君達の行動総てを受け入れよう」 ますます芝居がかってきた神の言動に、ここが戦場にも関わらず、ドラグレットの若者は脱力しかけていた。 「そう、慈母の様に!」 神が高らかに宣言した時、異変は起こった。 「おい、嘘だろう……」 飛空船から放たれる全ての攻撃が軌道を変え、こちらへと向かってきているのだ。 「うわあああぁぁぁぁぁ……!」 悲鳴を上げる若者の肩を叩くと、その場には神のみが取り残されていた。ドラグレットの若者は安全な場所へと瞬間移動していた。 そして、神に全ての攻撃が命中する。大爆発が起こり、黒煙を上げながら神は森の中へと落ちていった。 「エウダイモニク!?」 「神!」 「神さん?」 「嘘……だよね?」 この場面を目撃した全ての者が、神の死を悟った。 ――だが、彼は生きていた。 そう、彼は死んでなどいなかったのだ。なぜなら、彼は神だから。死をも超越した存在なのだから。 「うおおおおおおおおおおお!」 空中に見えない階段があるかのように、神が駆け上がってきた。 「俺を叩き落とすとは悪い砲台だ」 砲台をむんずと掴み、渾身の力を込めて引き剥がす。 複数の砲台を剥したあと、空いた穴から「バぁ」と砲撃手を脅かし、飛空船から距離をとった。 「ふはははは! 自然は総てにおいて平等である」 思い知れ、と微かな私怨を滲ませながら乱気流を生み出し、飛空船のみならず、近くにいた味方をも巻き込んで力を振るう。 飛空船が大きく揺らぐ。中に侵入している味方がどうなっていようとおかまいなしだ。 その姿はもはや神と言うより悪魔のようだった。 「くっ……!」 エメルタとミストも巻き込まれ、バランスを崩しかけるが、なんとか持ちこたえた。 「先程言っていたのはこの事か」 「やるねぇ」 神は呑気に口笛を吹いた。 「味方をまきこんじゃダメでしょ!」 飛んできた雀が神の頭を叩く。 「のんびりしている暇はないぞ」 デュネイオリスの言葉にはっとすると、飛空船の周りにグリフォンが数体、いや、数十体飛び交っていた。 「あれは、敵?」 「あなた方の味方でなければ敵です。私たちが駆るのはワイバーンのみ」 ミストが問うとエメルタが答えた。 「来るぞ!」 グリフォンが数体こちらに向かってきた。 デュネイオリスが皆の前に進み出て、口を開いた。 ――――――! デュネイオリスから吐き出されたのは『咆哮』。聞く者の心の奥底ににある恐怖心を揺さぶり、恐慌状態に陥らせ、戦意を失わせる技だ。 咆哮を浴びせられれたグリフォンは騎乗していた魔獣使いを振り落し、彼方へと逃げ去っていく。 なんとか持ちこたえた魔獣使いがグリフォンを駆り、なおもこちらに向かってくる。狂ったグリフォンを駆る様は狂気に近かった。 エメルタが弓を引き絞り、雀は風の呪符を、そしてミストは手をかざした。 エメルタが矢を放つと雀は呪符から風を生み出し、ミストの手から黒炎が放たれた。それらは螺旋を描き、グリフォンもろとも魔獣使いを貫いた。 キィイイヤアァ――…… 敵は断末魔の悲鳴と炎に包まれながら森の中へと落下していった。 「そなたにもそのような術が操れたのですか」 「ああ、いえ、もともとは私の能力じゃないっていうか……デュネイオリスさんからちょっと、ね」 エメルタの問いにミストは曖昧に答えた。 「それよりも、飛空船の方が気になる。急ごう」 デュネイオリスの咆哮で敵を牽制しながら、一行は飛空船へと急いだ。 敵の目を逸らし、侵入部隊を飛空船へと導くという作戦は、ほぼ成功していると言っていい。だが、船内で苦戦している可能性もある。外部から敵の増援が行われるかもしれない。あらゆる憂いを排除しておく方がいいだろう。 飛行船周辺では敵のグリフォン部隊と別働隊が激戦を繰り広げていた。 時折、別働隊との戦火から逃れてきたグリフォン部隊がこちらに向かってきたが、デュネイオリスが咆哮を浴びせ、エメルタの矢が魔獣使いを射落とし、事なきを得た。 飛空船から飛んでくる矢はミストが黒炎で焼き払い、火炎弾は雀が炎の呪符で押し返し、間にあわぬ場合は、デュネイオリスがその体でもって凶弾を防いでいた。 「さっきはうまくいかなかったけど、これでどうだっ」 何度か同じ場所に雷を落とし、その上に雹のつぶてを降り注ぐ。雀の狙いは的中し、船体に穴が開いた。 「よおし、まだまだー!」 雷と雹の呪符を使い、次々に船体に穴をあけていく。 銃眼から放たれた複数の矢の一つが、防御の網目をくぐり、雀めがけて飛来する。 「しまった!」 雀は呪符での攻撃に夢中で気が付いていない。 ――キィン! 矢が雀に届くより早く、ワイバーンに乗った戦士が剣で叩き落とした。エメルタが雀の護衛にとつけていた戦士だった。 「えっ、なに?」 一同はホッとするが、当の本人はきょとん、としている。なにがあったのかまったく気付いていないようだ。戦場の喧騒の中ではしかたのない事ではあろうが。 「なんでもない。君はそのまま攻撃を続けてくれ」 防御は自分がするから、とは口に出さなかった。 雀は飛空船に雹の雨を連続的に降らせる。豪雨に近い勢いで降る雹は、船内の敵を打ちのめしていく。 「あまりやりすぎるなよ。飛空船が墜ちては意味がない」 デュネイオリスが一言、雀に釘を刺す。 別働隊によるグリフォン部隊の殲滅があらかた終わったのだろうか。若干喧騒がおさまった気がする。だが、時折放たれる火炎弾の轟音が耳をつんざいた。 そんななか、神は飛空船の外壁に手を置き、船中の様子を窺っていた。 「ふむ、侵入部隊にはまだ、俺の手を必要としている者はいないようだな」 死の危険に瀕している者がいれば、神の見えざる手で干渉するつもりだった。 ――ビュウ 神が船体から離した時、穿たれた穴から矢が放たれる。 ドラグレットの若者が矢を弾き飛ばす。そのままの勢いで、射手が船内へと引っ込む前に剣を喉元へ突き立てた。 剣を引き抜くと、射手の首から鮮血が噴出し、絶命した。 「いやいや、なかなかやるね。君も」 「侮るな。お前の目にどう映っているかわからんが、俺も誇り高きドラグレット戦士の一員だ!」 一度は神と別れたが、結局また同乗する事になった若者は憤慨した。 褒めてるのに、と神はしょんぼりする。 「おや、あれは≪首切り大将≫オウガンではないかな?」 見れば、オウガン率いる部隊が飛空船から徐々に撤退を始めていた。戦線を離脱するには少々早いような気もするが、彼の部隊は既に満身創痍の様相を呈していた。 「また、無茶をしたようですね。ですが、グリフォン部隊は壊滅した様子。われらの勝利は目前です。もう一息、頑張りましょう」 エメルタが溜息を吐きつつ一同を鼓舞する。どうやらこういった事はままあるようだった。 飛空船制圧まであと少し。 ギ、ギギ…… 飛空船が軋みを上げ、ゆっくりと航路を森の外へと変えていく。 飛空船からの攻撃もぱたりと止んでしまった。 「どうやら、侵入部隊がうまくやったようですね」 「作戦終了ー?! お疲れ様っ」 雀がワイバーンの頭を撫でると、クルルと嬉しそうに喉を鳴らした。 「終わったわねぇ……。ターミナルに戻ったら、しばらくダラダラしたいわ」 ミストは「んん」と伸びをする。 「あら、スカート破れてる。やっぱりスーツじゃ難しかったか」 「ターミナルと言えばデュネイオリス君、例のオムレツだが、あれはどんな卵を使っているのかね?」 「あら、デュネイオリスさんのお店の事ね? 貴方が作るオムレツの評判は聞いているわ。今度お邪魔しようかしら」 「ぜひ、来店してくれ。サービスしよう」 そう言いながらも、デュネイオリスの視線は離れゆく飛空船に向いていた。 「心ここにあらずね。どうしたの?」 「ちょっと、な。……エメルタ姫」 デュネイオリスはエメルタに首を向ける。 「飛空船の終わりを見届けたいのだが、よろしいかな?」 「あなたの行動を縛るものはなにもありません。あなたの心の趣くままに往くがいいでしょう」 「ご厚意感謝します。では、失礼する」 デュネイオリスの巨体が風を切り裂き、あっと言う間に小さくなっていった。 飛空船はドラグレットの森を遠く離れ、海に不時着した。 巨大な水柱を上げながら海に飲み込まれていく様子を、デュネイオリスは眺めた。 爆発によってできた水飛沫が幾つもの虹を作り、キラキラと輝いていた。 飛空船から立ち上った黒煙は潮風によって掻き消され、やがて、なにもなかったように海は平静を取り戻した。
このライターへメールを送る