オープニング

 古城に灯が入っていく。それに誘われるように、仮装の人々が城門に吸い込まれていく。ある者はとんがり帽子と黒マントを纏い、ある者は蝙蝠のモチーフをあしらった杖を振り、ある者はゴーストの仮面を被っている。
 ヴォロスの辺境、『栄華の破片』ダスティンクル。古い王国の跡地に建つ、微細な竜刻を多数内包する都市である。入城した人々を出迎えたのはこの土地の特産品であるお化けカボチャだった。カボチャをくり抜いて作られたランタンがそこかしこに飾られ、大広間にもカボチャを用いた料理や甘味がずらりと並んでいる。
「ようこそ、皆様」
 という声と共に、黒のロングドレスと仮面で装った老婦人が現れた。領主メリンダ・ミスティである。先代の領主の妻で、数年前に謎の死を遂げた夫に代わってこの地を治める人物だ。
「今宵は烙聖節……この地に埋まる竜刻と死者たちが蠢き出す日ですわ」
 冗談めかしたメリンダの言い回しに来客達は顔を引き攣らせた。
「共にこの夜を楽しみましょう。けれど、お気をつけあそばせ? あたくし一人では手に負えない出来事が起こるかも知れません――」
 未亡人探偵。領民たちはメリンダをそう呼んでいる。面白い事が大好きで、不可思議な事件に首を突っ込みたがるのだと。

 時間は少し遡る。
「要はハロウィンみたいなモノ? はいはーい、エミリエがやる!」
 元ロストナンバーであるメリンダから依頼が届き、エミリエ・ミイがそれに飛び付いたのは数日前のことだった。
 烙聖節。かつての王国が亡んだとされる日で、死者達が蘇って現世を彷徨うと言われている。そのため火――生者の象徴である――を夜通し焚き続け、竜刻の欠片を用いた仮面や仮装で身を守るのだ。今日では一晩中仮装パーティーを催す行事として息づいているらしい。
 王国は巨大な竜刻を保有し、『聖なる祝福を受けた血』と呼ばれる王族が支配していたが、度重なる戦禍で亡んだ。王族は焼き殺され、竜刻も粉微塵に砕けて各地に飛散したという。ダスティンクルから出土する竜刻の大半はこの時の名残だ。
「昔のお城は領主のお屋敷になってて、そこにみんなを集めてパーティーするんだよ。楽しそうでしょ? でもね……烙聖節の夜は不思議な事が沢山起こるんだって。竜刻のせいなのかな?」
 エミリエは悪戯っぽく笑った。彼の地には調査の手が殆ど入っていないため、メリンダと繋ぎをつけておけば今後の任務がやりやすくなると付け加えながら。
「依頼って言っても、難しく考えなくていいと思うな。あ、ちゃんと仮面と仮装で行ってね!」

 + + +
 
 妙にはしゃいだ調子で説明を終えたエミリエの後を引き継ぎ、世界司書シド・ビスタークはその頬に鷹揚な笑みを浮かべた。
「今回、お前たちに行ってほしいのはメリンダの城じゃない。ダスティンクルの東だ」
 ダスティンクルの東のはずれ、森の奥に澄んだ水を湛えた小さな湖が広がっている。辺境らしく美しい景色を臨めるそのほとりに、シドの語る場所はあるのだと言う。
「エフィンジャー家……数年前に没落した貴族だな、その屋敷が建っていた」
 過去形で締め括ったその語尾に、ロストナンバーの訝しげな視線が送られる。それも想定の内だったのか、シドは大仰に肩を竦めてみせた。
「実際には、今も建っている。――ただな、焼け跡なんだ」
 若く美しい女当主と共に、巨大な屋敷が突如として炎上し焼失した――エフィンジャーの没落、その最大の要因となった事件であり、未だに火事の原因などは判明していない。
 火事から数年がたった今も、肉の削げた躯を曝すように、屋敷は焼け落ちたままの姿を湖のほとりに曝している。
「で、だ。烙聖節の晩に、廃墟であるはずのその屋敷でパーティが行われるらしくてな。それに顔を出してほしいわけだ」
 毎年烙聖節の時期になると、無差別に各家へ送られる一通の招待状。紅い蝋で封の為された繊細な筆跡のそれは、烙聖節を祝う仮面の宴へのいざないだ。
 差出人はジラ・エフィンジャー。――死したはずの、女当主の名前だ。
「初めこそ誰かの悪戯じゃないかと思われていた。……だが、エフィンジャー家と親交のあった奴に言わせれば、招待状は確かに女当主の筆跡らしいんだ」
 もちろん、怪異はそれだけでは収まらない。招待状が届くのと同時期に、無残な焼け跡を曝していた屋敷の骸が、エフィンジャー家の存在していた当時の姿を取り戻すのだと言う。
 シドは一旦語る言葉を止め、溜め息と共に首を横に振る。
「招待状を受け、興味本位だとか、調査のために向かった奴が何人も居る。そして、そのほとんどが帰ってきていない」
 死者に引き摺りこまれたか、屋敷に喰らわれたか。生還した者は恐怖に震えとても事情を訊ける体ではなく、帰ってこなかった者の末路は定かではない。
「焼けた屋敷に棲む、死者からの招待状。……どうだ、気になるだろう?」
 導きの書をひとつ捲り、シドは口許に皮肉にも似た笑みを浮かべた。

「だが、今回お前たち三人に招待状は必要ない」
 残念だったな、と続けるシドの顔にはまだ先程の笑みが貼りついている。しかし、それは先程のそれより幾分不穏な色が混ざったようなものになっていた。
「いや、もちろん、お前たちもこれから他のヤツらと一緒に屋敷に向かってもらうんだが……パーティには出なくていいってことだ」
 屋敷は女当主に招かれた多くの死霊たちがひしめいている。そこで行われているパーティとなると、そういったこの世ならざる者たちで溢れかえったものであることは間違いない。虎穴に入らずんば虎子を得ずとは言っても喜びはしゃいで虎穴に突撃していく者はいないだろう。集ったロストナンバーたちの中には、虎穴以外の何物でもないようなパーティに出なくていいと聞いて胸を撫で下ろした者もいたかもしれない。
「お前たちには一つ、重要な仕事をしてもらう」
 怪異を治めるには、屋敷の主でありこの怪異の中心人物であるジラ・エフィンジャーを消滅させなければならないという情報は、導きの書から既に得られている。しかしそれを成すには、大きな問題があるようだ。
「屋敷内のほとんどの霊たちは、光で全身を照らせば問題なく攻撃を加えられるようなんだが……唯一、ジラ・エフィンジャーにはそれが通用しない」
 炎の中で息絶えた無念がそうさせたのか、この世への執着がそうさせたのか、彼女はいつしか他霊とは一線を画す存在となったらしい。ロストナンバーたちがどんな特異な能力を持っていようと、対象が一切の攻撃を受け付けないのでは手の施しようがないだろう。
「そこでだ。お前たちには、屋敷の探索を行ってもらう。屋敷内のどこかにある――竜刻を用いた品を見つけてくるんだ」
 シドが手にしている導きの書に、屋敷内のその存在が示唆されている。竜刻が散りばめられた品に秘められた魔力を用いれば、なんらかの打開策が得られるかもしれない。
「発見した品を、パーティ会場でジラをマークしてる仲間たちに届けるのがお前たちの任務ってわけだ」
 パーティの主催者であるジラは当然パーティ会場に現れる。竜刻の用いられた品を見つけ届けるまでの間、パーティ会場にいる仲間のロストナンバーたちが彼女や死霊たちを引き受けることになっている。よって屋敷に侵入したら、あとは目的の物の発見のみに集中することができるだろう。
「……だが、気をつけろよ? お前たちは招待状を持たない……まあ、言ってみれば招かれざる客ってことになる。パーティ会場以外も、屋敷内には霊たちがうようよ徘徊しまくってんだ」
 招待状のない生者を見つければ、彼らは躊躇なく獲物を狩る勢いで襲いかかってくるだろう。しかしそこで応戦し、派手な騒ぎとなれば大量の霊たちが集い群がり、探索どころではなくなる。
「さっき光で全身照らせば霊は蹴散らせると言ったが、パーティ会場以外は蝋燭が点々とあるぐらいでほとんど真っ暗だ。そんな灯使えば、あっという間に屋敷中の霊に見つかっちまうだろうな」
 虎穴に入らずんば虎子を得ず。パーティに出ずとも屋敷そのものが虎穴というわけだ。虎穴で虎に遭遇した時、それを倒せるだけの力を持つなら虎を力尽くで退け進めばいいだろう。しかしそれが不可能ならば、あるいはそれが許されないとすれば、如何に進むべきか。
「いいか。息を殺して、ヤツらに見つからないように進むんだ。慎重に、気配を悟られないようにしろよ。で、見つかったら逃げろ。ヤツらが諦めるまでな」
 脅かすような調子でそう言ったシドの表情にはからかうような意味の笑みが浮かんでいたが、サングラスの奥に覗く目にそういった色は見られない。
「例の品物は彼女が生前大切にしていたものだということは分かっているんだが、具体的な形状は不明だ。まあ、屋敷に入ったらひとまずジラ・エフィンジャーの自室を探すのがいいだろうな」
 まずは屋敷まではパーティに参加する組と共に向かい、屋敷に到着次第彼らとは分かれて裏口か何処か、開いてる箇所を探して中へ侵入する。それ以降は手分けして屋敷の主の部屋を探すことになるだろう。

 シドはそこで説明を止め、ヴォロスの名が記されたチケットをそれぞれへ手渡す。
「くだんの招待状はメリンダから受け取る手筈になっている。ダスティンクルへついたら、一度彼女の城へ立ち寄ってくれ」
 武運を祈る、と、先に見せない真摯な声で世界司書は語った。


 メリンダ・ミスティは招待状の封を開き、その裏に記された名前を読み上げた。この世界の文字を、異世界の旅人達に読んで聞かせるように。
 黒き水鳥を模した仮面が、文字を追う視線ごと顔の半分を覆い隠す。
「ジラ・エフィンジャー……ええ、存じております。ちょうど、十年前のこの日だったかしら。烙聖節の宴の最中、突如として燃え上がった炎に巻かれ、屋敷と共に亡くなられた方ですわ。当時、エフィンジャー家には後継者の問題が紛糾していたようです。……結局、事件は蝋燭の不始末であったと片付けられましたが、果たして――」
 暗紅色の唇に艶やかな笑みを刷き、黒鳥の女領主はかつての同胞へ、招待状を差し出した。

 + + +

 広い廊下。どれだけ来客を招いても窮屈な印象を与えることは決してないであろう幅を持った廊下が続いている。どこまで続いているのかは分からない。その廊下を照らすものは、埃被った真黒いコンソールテーブルの上に置かれた燭台の、今にも崩れ落ちそうなほどに溶解した蝋燭に灯るか細い火一つのみなのだ。
 消えるか消えないかの境で揺れる火が照らし出せる範囲など、ささやかなものである。他の燭台に辿りつくにはどれだけ進めばいいのか、それすらも示しきれてはいないのだから。

 火が、ときおりユラリと揺れる。揺れる度に、何処かから嗤い声が聞こえてくる。堪えるような、空気の漏れるばかりの声や、甲高く、屋敷中に響くような奇声染みた嗤い。暗闇に薄らと、白や金や銀や赤や青や緑や紫や……彩の仮面やらドレスやらマントやらがぽつりと浮かび上がっては、また黒い景色の中へと溶けて消えていく。

 無人でありながも騒々しい空間に、一つ、嗤い声とは異なる音が鳴り始めた。錆びた金属同士を擦り合わせるような、鈍く、ざらついた音だ。ギシャリ、ギシャリと、その音が鳴る度に、嗤い声たちは逃げ去り、廊下の温度は冷え切ったものへ変わっていく。
 土汚れたズボンにブラウス、という男の様相は、パーティの夜には相応しからざるものだった。男は足音もなく、暗い廊下を進んでいく。手に持った巨大な枝切り鋏を開いては閉じる、その動作を繰り返す様は、自身の仕事、余分なものを切って落とすという仕事を、探しているようでもある。
 男は、廊下の片隅に積み上げられた南瓜の山――おそらくはパーティの飾りつけの一つであろう、カラフルな布を使い賑やかに仕立てられたそれの脇に、一つ積み損ねたものを見つけ拾い上げようとした。何かに引っ付いてうまく持ち上げられなくなっているのを鋏で切り離し、それを南瓜の山の天辺に置いてやる。それにより、既に蛆が湧き、皮が腐り捲れ髑髏の見えかけている人間の首が、パーティの飾りつけに加わった。

 屋敷の大広間では、女主人が催す華やかなパーティが賑わいを見せている。その灯を遠目に、ロストナンバー達はこの底冷えするようなだだっ広い廊下に足を踏み入れるのだった。

!注意!
イベントシナリオ群『烙聖節の宴』は、同じ時系列の出来事を扱っています。同一のキャラクターによる『烙聖節の宴』シナリオへの複数参加・抽選エントリーは通常シナリオ・パーティシナリオ含めご遠慮下さい(※複数エントリーされた場合、抽選に当選された場合も、後にエントリーしたほうの参加を取り消させていただきますので、ご了承下さい)。

品目シナリオ 管理番号999
クリエイター大口 虚(wuxm4283)
クリエイターコメントはっぴーはろうぃーん!

こんばんは、大口 虚です。
賑やかで楽しい祭の夜に、がっつりホラーは如何ですか?
という訳で今回は玉響WRとのコラボシナリオとなっており、同日OP公開の「【烙聖節の宴】惑わしの虚邸・燦」と本シナリオの内容はリンクしたものとなる予定です。こちらのシナリオでの行動の結果は「燦」の方にも大きく影響していきます。

幽霊屋敷へと侵入し、竜刻のあしらわれた品を見つけてきてください。
見つけた品を無事パーティ会場の仲間たちに届けられれば大成功ーというわけです。

屋敷内では隠密行動が主となりますので、屋敷内を派手に暴れまわるようなことはできません。よって、戦闘は基本的に発生しないものとお考えください。
灯の類は、霊たちに気づかれないよう最低限に抑えることを推奨しております。

霊から逃げ隠れし、シリアスホラーな雰囲気を楽しみながら探索して頂きますので、ステルスゲーム的なノリで気軽にご参加いただければと思います。
ただ、ホラー描写をふんだんに盛り込む予定ですので苦手な方はご注意ください。

プレイングには、心情や探索方法、霊に見つかったときの逃走方法などを入れて頂くといいでしょう。

豪邸へ勝手にこそこそ侵入するのも、みんなでやれば怖くないですよ。
皆さまのご参加をお待ちしております。

参加者
ヌマブチ(cwem1401)ツーリスト 男 32歳 軍人
ボルツォーニ・アウグスト(cmmn7693)ツーリスト 男 37歳 不死の君主
三ツ屋 緑郎(ctwx8735)コンダクター 男 14歳 中学生モデル・役者

ノベル

 偽りの館の大広間の窓から漏れる灯を、彼らは薔薇が至るところに植えられた広大な庭園の縁の茂みから見ていた。
「ジラ・エフィンジャーは、人間嫌いだったんだって」
 三ツ屋緑郎はメモ帳をぱらりと捲り、事前に得た情報を確認していた。当時を知る人物によると、ジラにその症状が現れたのは彼女が当主となった頃かららしい。人を避け、人を疑い、人に怯える。
 件の事件が起こったのは、そんな症状を抱えながらも例年通りエフィンジャー家による烙聖節のパーティを催した日のことだったそうだ。
「それで、事件当時にはもう屋敷の使用人の大半が辞めさせられてたらしいんだけど、そのお陰で使用人で亡くなった人は少なかったみたい」
「「少なかった」ということは、いないという訳ではないのでありますな」
 そう相槌を打ちながら、ヌマブチは緑郎が入手してきた地図に目を通していた。情報収集の際、当時の屋敷の地図を得られたのは幸いなことだった。その内容は大まかに部屋の位置などを記しただけではあったが、それでも先の分らぬまま得体の知れない空間を進むより余程良い。
「うん。パーティがあったからね。料理人とか、給仕係とか、必要だっただろうし。……ただ、」
 料理人や給仕係などは、その仕事からして事件当時も屋敷内に居たのは当然だろう。しかしそれらを話した老人が、最後にどうにも引っかかるというような表情で付け足したことがあった。
『庭師小屋が一緒に燃え、住み込みの庭師も亡くなったんだが……何故早く逃げ出さなかったのだろうな』
 庭師小屋は広い庭園の端に建っており、屋敷から多少離れている。屋敷で上がった炎がそこに届いたとしても、その前に逃げる時間は十分あったはずということらしい。しかし事件後、燃え尽きた庭師小屋の瓦礫の下でほとんど炭の状態の遺体が発見され、そこで人が死んだのは間違いないとされている。
「おかしいよね。だって屋敷全体が燃えたら、音とか明るさとかで気づくに決まってるのに」
「確かに、妙でありますな。庭師小屋で何かあったのかもしれん」
 そこまで言って、ヌマブチは緑郎の視線が先程から屋敷の方向とはわずかに異なる方向へ注がれていることに気がついた。その視線の先には少し壊れかけているようにも見えるみすぼらしい小屋があった。
「庭師小屋だ」
 その声が聞こえたのはどの方向か。それを二人が確かめようとする頃にはもう声の主の姿は庭師小屋の傍らにあった。
 追いついた緑郎とヌマブチの方へ振り返ると、彼の黒革のコートの裾が重く揺れる。
「此処に竜刻はなさそうだが、他に用事か」
「ええっと、なんていうか、この現象で被害が出てるのは分かってるんだけど……何か事情があるんじゃないかなって。できれば、ジラさんには納得して成仏してほしいんだよね」
「そうか。では、私は一足先に屋敷に入らせてもらおう」
 その言葉を告げると、ボルツォーニの体は輪郭を失いそのまま闇へ同化するように溶けていく。彼の姿が完全に消えるのを見送り、緑郎は意を決したように暗視ゴーグルを装着し、庭師小屋の扉のノブへ手を伸ばした。鍵はかかっていない。
「三ツ屋殿、ここは某が」
 そのまま扉を開こうとする緑郎を制し、ヌマブチが進み出る。緑郎をドアの陰となる場所にしゃがませ、自身も近い位置で姿勢を落とした。そして、音をたてぬよう慎重にその扉を少しだけ開き、その隙間から中を覗き込んだ。扉の隙間、ヌマブチはその赤い瞳を光らせる。軍人として生きてきたヌマブチの目は、夜であってもよく効いた。ぐるりと中を確認した分には、何者かがいるということはなさそうである。しかし、ヌマブチの表情は強張っていた。
「臭っ! 何、なんか急に匂いが」
「血の匂い、か」
 それは戦場であれば当然のものだった。しかしここは、貴族に仕える庭師の小屋のはずだ。ならば何故、扉を開けた途端に咽かえるような鉄と脂の臭気が溢れだしたというのか。ヌマブチは周囲に動く気配がないのを改めて確認し、懐中電灯に手をかけた。
「三ツ屋殿はしばらく待機を」
「う、うん。その、気をつけてね」
 一つ頷き、ヌマブチは扉をそれまでより大きく開いて小屋の中へ足を踏み入れる。嫌な予感がしていた。しかしだからこそ確かめなくてはならない。懐中電灯のスイッチを入れると、小屋の内部が部分的に浮かび上がった。
 それは、ただの庭師小屋だとはとても言えない空間だった。部屋中に赤い血が散らされていたのだ。そして微かに聞こえる蝿の羽音が、その血を流した物が今どこに横たわっているかを教えていた。ヌマブチは体ごと振り返る。懐中電灯の丸い光は、その動作に従い揺らめいて、ついにその物体を捉えた。
 割れた頭。腹部が大きく裂かれた胴体。ひしゃげた腕。脚。そういった人体の破片達が扉の脇の壁際に、不要なガラクタのようにまとめて置かれていた。



 夜の闇は、血のように赤い絨毯も腐敗したような赤黒い色へと変える。赤黒い絨毯は廊下から階段にかけて続いている。木製の手擦りには華の彫刻が施されていた。ふいに、夜の闇よりいっそう暗い色をした霧がその傍らに集まりだす。それはやがて緩やかに黒服を纏った長身の男の姿へと変わった。ボルツォーニは何階も先まで続いていそうな階段を軽く見やった。
 廊下ほどではないものの、階段にも数体の死霊が屯っているようで、深緑色のドレスや銀の仮面がふわりふわりと漂っては姿を消し、先程と多少異なる位置にまた現れてを繰り返している。
 それを眺めている彼の足元に、真黒い影が奔り込んだ。それはしばらく沸き立つように渦を巻くと、今度は階段の方へと奔っていく。
「なるほど、やはり此処より上階へ向かうべきか」
 一階の構造を調べつくした使い魔が報告に戻ったのだ。階段に足をかけた彼に死霊達が気づいたのか、話し声が止んだ。彼の様子を窺うように沈黙が続く。霊達は彼を見ていた。しかし、彼に襲いかかろうとする者はいない。招かれざる客には違いないのだが、襲いかかるのを躊躇っているのか。生者ではないために襲う理由がないということもあるのかもしれない。ただただ、何の遠慮もなく優雅な動作で階段を上がっていく彼の姿を困惑した様子で見送っていた。
 そんな奇妙な沈黙の中、ボルツォーニが二階へと上がりきろうとしたときだった。
『ァァアアアアアアアーッ』
 金切り声と共に何かが後方より彼に接近し、そのままその脇を風のように通り過ぎて行った。それはあっという間のことだったが、ボルツォーニはその姿を確かに視界に捉えていた。タキシード姿のひょろ長い体型の男が、そのままさらに上の階へと飛び去っていく。ボルツォーニは怪訝そうに眉間に皺を寄せ、それが飛んで行った先を見上げた。



 庭師小屋を後にした緑郎とヌマブチは鍵の掛かっていない窓から屋敷内へと侵入し、霊の徘徊する広い廊下を進んでいた。交わる廊下の壁に体を寄せ、息を殺し、オウルフォームの雲丸を先行させて霊の姿を窺う。
「次の廊下の角まで、隠れられそうなところはなさそうだよ。霊の数もちょっと多めかも」
「角を曲がった先はどうでありますか」
 雲丸は音を立てないよう絨毯の上をゆっくり歩いて進んでいた。ひょこりと角から顔を覗かせ、その先をきょろきょろと観察する。
「曲がってすぐ扉があるみたい。少し開いてる……中は何もいないみたい」
「ならば、そこまで走ろう。角を曲がったらすぐにその扉へ」
 緑郎が頷くのを確認すると、ヌマブチは「では、三ツ屋殿から先に」と促した。
「その前にさ、ちょっとだけいいかな。さっき言ってた庭師小屋の死体、どうして庭師じゃないって分かったの?」
 あの後、緑郎は庭師小屋には入らなかった。ヌマブチが歳いかぬ少年に見せるべきではないと判断し、中がどういった状態だったかを端的に説明したのみだったのだ。
「服装。遺体はタキシードでありました」
 タキシードを着る庭師などいない。故に、あの遺体はもっと上層の階級の人間のものということだ。
「ってことは、パーティに来ていた客? でも……、その人、仮面とか、仮装とかはしてた?」
「いや、その類のものは何も」
 遺体は部屋の隅に無造作に固めて置いてあった。わざわざ仮面や仮装の一式をどこかに隠したということは考えられない。
「パーティの客じゃ、ないのかな。屋敷に住んでたのはジラ本人だけらしいのに」
「三ツ屋殿。そろそろ、」
「あ、うん。ごめんなさい」
 思考を一度中断し、緑郎は壁から背中を離した。進路を確認するため、角からわずかに身を乗り出す。
「そうだ、ヌマブチさん」
 走りだそうと思い切る寸前。緑郎はふと思い出したように、肩越しに振り替えった。
「えっと、ありがとう。庭師小屋、代わりに調べてくれて」
「……いや。憐れな婦人の御手を拝借、という性質でもないのでな。武骨な戦屋に出来る事と言えばこんな事ぐらいであります」
頷き、緑郎は改めて自分が進む先を見つめた。暗視ゴーグルのおかげで、角までの距離は把握できる。障害物もない。
 意を決し、緑郎は角から飛び出した。ヌマブチもすかさずそれに続く。嗤い声が減る。霊達が生者達の存在に気付き始めたのだ。
 手が伸びる。真黒い廊下に、白い手だけがはっきりと浮かび上がっていた。何もない宙から。手が伸びる。一歩進むごとに、手の数は徐々に増えていく。手はぬらりと必要以上に伸び、二人の背を追う。
 勢いを緩めず、二人は廊下の角を曲がる。扉はもう見えていた。雲丸が扉に何度も体当たりし、二人がすぐ入れるよう隙間を広げている。
 手は尚も増えていく。二人を掴み損ねると、口惜しそうに揺れ、また掴みかかろうとする。扉まで、あと少し。
 その刹那、手が一斉にそこから消失した。そして、音が。

――ギシャリ

「――今の、」
 霊達が一斉に消えたことに驚き、また、音の正体を突き止めようと、緑郎は足を止めかけた。しかしヌマブチはすぐさま扉へ届きそうだった緑郎の腕を掴み、前方へと駆けだす。
「え、何!?」
 困惑しつつ、首を巡らせ後方を視認する。人影。大柄の男だ。土汚れたボロのズボンに、シャツに、麦わら帽。手には、大きな枝切り鋏を持って、それを鳴らしながら、こちらに近づいてくる。歩いて、早歩きで、駆け足で。鋏の音が止まる。そして、力一杯走りだす。
走る二人へ、まだ廊下に残っていた死霊達が襲いかかろうと、蒼いドレスや漆黒のマントなどを翻らせる。しかし、鋏を持った大男を彼らの後方に見ると、すぐにその姿を消していった。
「あれは他の霊と、様子が違うようであります。ひとまず、上階へ」



 四階に辿りついたボルツォーニの目前を、再びあのタキシードの男の霊が横切った。男はある部屋の扉の前へ辿りつくと、その中へ消えていった。
「あれは、……書斎か」
 この階の構造も、使い魔の報告より既に把握しているものだった。書斎といえば、その屋敷の主であれば日常的に使う部屋だろう。竜刻がジラの持ち主であるなら、この部屋にそれがあってもおかしくはない。不死の君主はその足を書斎に向ける。
 書斎の扉を開けると、そこに机の周りを俯きがちにうろついていたタキシードの男がいた。男は動揺した様子で顔を振り、天井の方へ飛び去る。天井をすり抜け、その姿はすぐ見えなくなった。
 飛び回る羽虫を見たかのように、ボルツォーニの表情にはわずかながら不快の色が現れているようだった。しかしそれをすぐに消し去り、書斎の内部へ踏み込む。
 書斎の机周辺は、本が散乱していた。机の上に特に多く本が乗っていることから、元々机の上に積まれていたものが崩れたのかもしれない。机の上には血痕が幾つも散らばっていた。特に机の縁には血がべったりと付着している。椅子の足元には割れた花瓶のようなものが転がっていた。
 回り込み、机の引き出しを開ける。すると小さな銀色の鍵と分厚い本が一冊入っていた。
 臙脂色の装丁の本を手に取り、ページを捲る。手書きの文字が一ページ一ページみっしりと詰めて綴られていた。
『お父様、私は最早誰を信じればいいのでしょう』
 それはジラ・エフィンジャーの日記のようであった。開いたページには、病で早くに亡くなった父へ日々の苦しみを打ち明ける内容が綴られている。
『友人の誰もがエフィンジャーの財産にあやかろうと私に言い寄るのです。親類の誰もがエフィンジャーの名を欲して私を陥れる機会を狙っているのです。叔父様が仰いました。女の腕で背負うには重すぎるのだと。お父様は何故全てを私に任されたのでしょう』
 ふと日記から視線を外すと、机の脇に薔薇の花が何輪か落ちていた。おそらくは椅子の足元にあった花瓶に入れられていたものだろう。
『今日も、デールが部屋用に花を持ってきてくれました。この花だけが、私の心を癒してくれる……』
 ボルツォーニは日記帳と一緒に入っていた小さい鍵を手に、書斎を後にした。



 突き出された鋏を、ヌマブチが剣で弾いた。続けて鋏の柄の部分を叩き、巨躯の男がそれを取り落としそうになったところで身を翻し、さらに上階を目指した。階段を登りきると、先に四階へ着いていた緑郎が扉を開けて手を振っているのを見つける。
ヌマブチはそのまま開け放した扉の中へと飛びこむ。緑郎もすぐそれに続いた。扉を閉じ、ヌマブチは扉の脇にしゃがんだ。緑郎はベッドの下へ潜りこむ。
鋏の音は、ゆっくりと部屋へ近づいてくる。ヌマブチは扉に耳をあて、その音に神経を集中させた。
 ギシャリ、ギシャリ……。音は移動を扉の前を通過し、遠ざかる。少しずつ。廊下にいる雲丸を通し、緑郎は扉から離れていく鋏男の姿を見た。
 そのとき、屋敷の何処かから甲高い轟音が聞こえた。男はその音に反応し、そちらに向かおうと足を速める。轟音は下方の階から聞こえたようで、もしかすると、大広間でのパーティで何かが起こったのかもしれない。
「今の、」
 緑郎は言葉を詰まらせる。耳元で、何かの息遣いを感じた。ハァー、ハァー、と繰り返される呼吸音。いつの間にか、ひやりと氷に触れたような感触が背を覆っている。ベッドの下の暗がりに意識を戻す。何もいない。いや、見えないに決まっている。それは今緑郎の背にいるのだ。緑郎は、それを見ようと、首を動かした。目が合う。大きく、限界まで大きく開かれた目が、こちらを見ている。
『ァアアアアァァア――ッ』
 次の瞬間、それは甲高い悲鳴を上げてベッドの下から飛びだしていった。タキシードを纏ったその霊は、あっという間に扉をすり抜けて消える。
「――! まずい、戻ってくる!」
 今の悲鳴で勘付かれたのか、鋏男はこちらに引き返してきた。扉の前まで来ると、悲鳴の主を探すような動作をする。苛立つように、ガシャガシャギシャリと鋏が鳴っていた。
 このままでは、外に出ることはできない。そのとき、それまでじっと鋏男を見ていた雲丸がその巨体へ飛びかかった。しかし雲丸の決死の体当たりは鋏によってあっさり弾かれる。それでも、なんでそこで諦めるんだと言わんばかりに、雲丸は繰り返し繰り返し鋏男へ攻撃を続けた。
「ヌマブチさん。今雲丸が鋏男の気を引いてるみたいだから、今のうちに」
 ベッドの下から這いだし、緑郎は扉の脇で待機しているヌマブチの元へ駆け寄った。
「……さっきからボールの跳ねるような音がすると思っていたが、そうでありましたか」
 思い切って扉を開き、二人は廊下へ飛びだした。雲丸の猛襲を防ぐのに気を取られていた鋏男に向かって、緑郎はデジカメのシャッターをきる。眩いフラッシュに男は大きくたじろいだ。その隙に雲丸を回収し、全速力で廊下を駆け抜ける。鋏男は体勢を持ち直すとすぐにそれを追った。廊下には二人分の足音が響く。それに時折鋏の音が混じる。
 鋏が、二人の背めがけて何度も突き出される。それから逃れる二人の前に、また何者かの人影が見えた。鋏が、その人影の鼻先めがけて突き出される。
「お前が下男か」
 人影が言葉を紡いだ瞬間、廊下の空気は重さを増し、その温度を下げた。突きだされた鋏は彼の目前でぴたりとその動きを止める。
「分を弁えろ、下衆が」
 鋏は下ろされる。鋏男はおずおずとした動きで跪き、その頭を垂れた。
「アウグスト殿」
 ボルツォーニは氷のように冷たい色をした瞳で男を見下ろしていた。背後で茫然としている緑郎とヌマブチの方に視線は向けないまま手に持っていた日記と鍵を差し出す。それを緑郎が受け取ると、、「案内しろ」と有無を言わさぬ口調で鋏男に命令を下した。
「この屋敷の主の部屋だ、客の案内も出来ぬ役立たずは私が鍛え直してくれる」
 鋏男がそれに抗う様子はなかった。



 五階の中央にある一際豪華な装飾の成された扉を鋏男に開けさせると、ボルツォーニは部屋の一番奥のソファーに腰掛ける。ここに辿り着くまでに遭遇した何体かの霊達も、僕としてつき従ってきていた。
「女主の特に愛用した品だ、探せ」
 霊達と鋏男は言われるがまま、部屋の中を探し始める。
「某達も捜索を」
「う、うん。そうだね」
 緑郎とヌマブチもそれぞれ懐中電灯を手に、竜刻の捜索を開始する。屋敷の主の部屋だけあって、他の部屋よりも中は広く、調べる場所は多そうだ。
「移動中に、ジラさんの日記読んだんだけど」
 大きなクローゼットを開け、中を懐中電灯で照らしながら緑郎は他の二人の仲間に話しかけるような声量で話し始める。
「ジラさんの幼い頃から仕えてる庭師、デールって名前だっけ。それってやっぱり、」
「そこの鋏男、でしょうな」
 歳の頃が女主と近いらしいことから、幼い頃には親の庭師の仕事を手伝っていたのだろう。身分は違うものの、ジラは悩み事があると彼に話すなど、気を許していたようだ。
「事件の晩、どうして屋敷内にいたんだろう。それに、庭師小屋で死んでたタキシードの男って」
「宴に関係なく人間不信の女主に会いに来たとするなら、親戚の類かもしれん」
 寛いだ様子でボルツォーニは働く霊達に視線を送る。霊達は従順にベッドや戸棚、机の周辺を探していた。
「……鏡台か」
「鏡台?」
「ああ、霊達がそこを避けている」
 ヌマブチは鏡台の前に移動すると、複数ある引き出しを順番に開けていく。特に目ぼしいものもない中、最後に開けようとした一番下の引き出しに手をかけると、ひっかかるような手ごたえがあった。それを懐中電灯で照らしてみると、小さな鍵穴のがあるようだ。
「……三ツ屋殿、鍵をこちらへ」
 受け取った鍵は、鍵穴にぴったりと嵌まった。それを回すと、カチリという手応えがある。そして改めて引き出しに手をかけると、今度はあっさりその口を開いた。
「これは、……手鏡でありますな」
 懐中電灯の光を受け、銀色の手鏡はキラキラと輝いた。裏側には薔薇の絵と共に細かな碧色の石が散りばめられている。
「やはりそこだったか」
 いつのまにかソファーから移動してきていたボルツォーニが、ヌマブチの手元を覗き込んでいた。緑郎もすぐに駆け寄り、それを確認する。
「よし。じゃあ大広間に急ごう!」
 これを届けさえすれば、依頼は完了だ。三人は部屋を出るため各々扉の方へ向き直ろうとした、そのとき。
『アア、ァァアアアアア――』
 タキシードの男が、部屋に飛び込んできたのだ。その喧しさに、ボルツォーニの眉根に縦皺が寄った。
『ぉおおおおおおおっ!!』
 その姿を見た瞬間、庭師のデールは咆哮した。そして手に持った鋏を振りかぶり、タキシードの男へ跳びかかる。
『ヒッ――!! ァア、アアアアッ』
 鋏から逃れようと、男は鏡台の方へ身を引いた。彼が接近した瞬間、ヌマブチの手に納まっていた手鏡が瞬く。
『許してくれ、殺さないでくれ、助けてくれッ』
 それを追って、デールも鏡台の方へ走る。ロストナンバー達の傍を通り抜け、再び鋏を構える。
『お前、お前が、何処へやった! お嬢様は何処だ、何故屋敷が燃える!!』
 その声は、手鏡の方から聞こえたものだった。彼らの姿を映す度、鏡は彼らの真実を映す。
『何故だ、何故。お嬢様、お嬢様を!』
『……お前のような卑しい身分の者に、分かるものか!』
 鋏はついに、タキシードの男の腹部を捉えた。裂き、切り刻む。絶叫。しかし既に死を迎えたものに、死の終わりはない。ばらけた体はすぐに元の形を取り戻し、デールの下からすり抜ける。
『ァアァアアアアッ』
 男は逃げ去った。扉をすり抜け、消えた。続いてデールも扉へ走る。
「もういい」
 ボルツォーニの言葉を受け、デールは立ち止まる。鋏を持った両腕をだらりと垂れた。
「今度は大広間だ。案内しろ」



 大広間へ辿りついたロストナンバー達の目に飛び込んできたのは、ジラ・エフィンジャーと対峙している仲間達の姿だった。
『ぉ、ぉお、おじょう、さま……!』
 その姿を見とめたデールは、彼女に手を伸ばし、よろよろとした足取りで大広間へ入っていく。
『……ごぶ、じで……』
 ヌマブチは仲間の名を呼んだ。その声量は確実にその耳に届く。振り向いた男装の麗人に向け、銀の鏡を放り投げた。
 鏡は映し出す。「今」の彼女の真実を。己が死に気づかぬ女を、虚実から解放する。

 女の絶叫が響いた。

『……私たちは、在るべき場所へと還ります。御機嫌よう、皆様』
 仲間達の手により、現世への嘆きから解放されたジラ・エフィンジャーは、デールと共に烙聖節の浄化の炎に包まれた。焔はやがて大広間、屋敷全体へと広まり、脱出した彼らの前で尚も燃え続けている。
「たぶん。あのタキシードの男は……彼女の叔父だよ」
 屋敷が燃えると同時に逃げ出し、消失した日記帳の内容を緑郎は思い出していた。
 放蕩者の叔父は、兄が自分の娘に家督を譲ったことを恨めしく思っていたようだ。それでついに、叔父は烙聖節の夜に書斎で休む彼女を襲ったのか。そして屋敷に火をつけて逃げた叔父を、デールは目撃したのだろう。だからこそ、燃える屋敷に彼女を探しに行ったのだ。
 ボルツォーニは、多くの魂と共に消えていく屋敷を無言で眺めていた。その表情からは、彼が何を想うのか伺い知ることはできない。
「人間だれしもいつか死ぬ。……真実が如何にあろうとも、残された者が死者に出来るのは弔いだけであります」
 手を合わせるヌマブチの前で、炎は燃え続ける。

 そして、死の館はようやく永遠の眠りについたのだった。
【完】

クリエイターコメント大変お待たせいたしました。

幽霊屋敷での大捜索、如何でしたでしょうか。
玉響WRの「【烙聖節の宴】惑わしの虚邸・燦」にもお目通し頂くと、こちらには記されていない真実も知ることができるでしょう。もしよければ、合わせてお楽しみくださいませ。

こちらとしてはとても楽しんで書かせて頂きました!参加くださった皆様も、少しでもお楽しみ頂ければと願っております。

ご参加ありがとうございました!
公開日時2010-12-02(木) 22:20

 

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