ターミナルの夜にゆっくりと雪が舞う。 あちらこちらの家の中で灯る明かりも、いつもより柔らかく温かく見えるのは、夜のせいか、雪のせいか。「……ロン?」「なんだ」 ごろごろと手押し車で小物を入れた箱を運んできたロンは、『フォーチュン・カフェ』の戸口で肩や頭の雪を払いながら、素知らぬ顔をする。「これって」 ハオが差し上げているものをちらりと見やって、「それが?」「…かぼちゃ頭の悪魔に見えるけど」「……それで?」「………クリスマスの小物のはずだよね?」「…………ハロウィンのものが紛れ込んだんだろう」「………………じゃあ、これはどけておくね?」「クリスマスにかぼちゃは禁止なのか?」「……禁止なのは悪魔じゃないかと思うよ?」「………悪魔じゃない」「……」「それはかぼちゃをかぶった変態だ」「……………だからそういうものは飾らないって(溜め息)」 とにかく、早く奥に運び込もう、とハオはロンを急き立てる。「お願いできるかな?」 照れくさそうにハオは首を傾げた。 毎年『フォーチュン・カフェ』ではクリスマス・ツリーの飾り付けをお客様にお願いする。 もちろん、ただというのではなく、ツリーを飾り付けて頂いて、その後、フォーチュン・クッキーとお茶を御馳走しますという小イベントへの招待だ。 グッズは『フォーチュン・グッズ』からロンが運んできてくれる。クリスマス系なのか、と突っ込みたくなる怪しげなものもあるが、掌サイズのものはどれもきらきらと不思議なきらめきで満ちている。 加えてハオは、飾り付け用にサンタやトナカイやプレゼントボックスや星の形をした『フォーチュン・クッキー』を焼くので、それも飾り付けてもらう。 その後、ツリーの前で一番にお茶会を楽しんで頂くことになる。 供するのはクリスマス用に合わせたティーとフォーチュン・クッキー。紅茶が苦手な方にはお好みのものを、と準備も怠りない。 クッキーの中には常ならば吉凶を書いた紙が入っているのだけど、今回は数字を書いた紙が入っていて、ハオの持っているカードと引き換え、来年一年の幸運を占う。「忙しいとは思うけれど……手伝ってくれると嬉しいよ」 ハオは店の奥を示した。 今まであるとは気づかれなかったほど巧みに、布でそっと仕切られた区画には、既にツリー用の樅が運び込まれ、鮮やかな緑を光らせている。「あなたの幸運を心から願って、クッキーを焼く」 ハオは静かに微笑み、胸に片手をあてて小さく一礼した。======●ご案内こちらは特別企画「イラスト付きSS(ショートストーリー)」です。参加者のプレイングにもとづいて、ソロシナリオ相当のごく短いノベルと、参加者全員が描かれたピンナップが作成されます。ピンナップは納品時に、このページの看板画像としてレイアウトされます。「イラスト付きSS(ショートストーリー)」は便宜上、シナリオとして扱われていますが、それぞれ、特定の担当ライターと、担当イラストレーターのペアになっています。希望のライター/イラストレーターのSSに参加して下さい。希望者多数の場合は抽選となります。《注意事項》(1)「イラスト付きSS」は、イラストを作成する都合上、バストショットかフルショットがすでに完成しているキャラクターしか参加できません。ご了承下さい。(2)システム上、文章商品として扱われるため、完成作品はキャラクターのイラスト一覧や画廊の新着、イラストレーターの納品履歴には並びません(キャラクターのシナリオ参加履歴、冒険旅行の新着、WR側の納品履歴に並びます)。(3)ひとりのキャラクターが複数の「イラスト付きSS」に参加することは特に制限されません。(4)制作上の都合によりノベルとイラスト内容、複数の違うSS、イベント掲示板上の発言などの間に矛盾が生じることがありますが、ご容赦下さい。(5)イラストについては、プレイングをもとにイラストレーターが独自の発想で作品を制作します。プレイヤーの方がお考えになるキャラクターのビジュアルイメージを、完璧に再現することを目的にはしていません。イメージの齟齬が生じることもございますが、あらかじめ、ご理解の上、ご参加いただけますようお願いいたします。また、イラスト完成後、描写内容の修正の依頼などはお受付致しかねます。(6)SSによって、参加料金が違う場合があります。ご確認下さい。======
「大体、飾り付け済んだみたいだね」 ハオが微笑みながら、お茶とクッキーを運んできた。 「あ…いい匂いする〜」 スイート・ピーが膝まである鮮やかなピンクのツインテールを揺らせて振り向いた。くんくん、と人なつこい子犬のように鼻を鳴らして首を傾げる。 「クリスマス用だから『セーデルブレンド』を選んでみたよ」 ハオはくすくす楽しそうに笑って付け加える。 「セイロン茶に薔薇、マリーゴールド、矢車菊、オレンジピールがブレンドされている……スイートさんにはミルクと…こんな感じ?」 ハオがカップに角砂糖を次々と入れるのをうわあああ、と日和坂綾が目を丸くして眺める。三十個ほども入ったあたりでスイートに差し出す。 「すっごくおいしい! ハオさん紅茶淹れるのすっごく上手だね、きっといいお婿さんになるよ。花が入ってるんだぁ〜」 あ、そうだ、とスイートは甘え声でハオを振り向く。 「ハオさん! ディーナさんお酒大好きなの、だからお酒追加だよ!」 あ、でも、その、と戸惑った顔になっているディーナにハオは笑みを向ける。 「うん、でも今夜は僕もロンも片付けで送れないから、お酒はやめておくね」 その代わり、と差し出したのはローズ・ペタルジャムとローズヒップジャム。 プレゼント交換で受け取った赤と緑のXピンとミニタオルを、贈り手の黒葛 小夜に見せながら、夢中でおしゃべりしていた綾が振り返る。 「何これ? イチゴジャム、じゃないよね?」 「薔薇の花びらのジャムと、薔薇の実のジャム、と言えばわかりやすいかな」 混ぜるんじゃなくて、口に含んで紅茶を飲んでみてと促され、ぱくん、と口に入れた綾が一瞬唇をすぼめる。 「んんっ」 小夜もおそるおそるジャムを舐めてから紅茶を飲んで笑顔になった。 「おいしい…わたし、こんなお茶、飲んだことない」 ハオはにこにこしながら、テーブルに皿を並べた。一つにはフォーチュン・クッキー、別の皿にはディーナがスイートからもらったキャンディと自分で焼いたジンジャーマンクッキー、もう一つの皿には焦げ目のついた不思議な香りのクッキー。 「これ……香ばしい……??」 ディーナが首を傾げつつ、最後の皿のクッキーを摘んで瞬きする。 「それは綾さんが持ってきてくれたカレークッキー」 カレーってクッキーになるの? 不安そうに首を傾げる小夜に、大丈夫大丈夫、と綾が手を振る。 「新たな発見とスリルだ」 「……ロン、そこは突っ込むところじゃない」 「スイートさん…キャンディありがと、ね?こうやって会えて…お礼が言えて、うれしいよ?」 自分を慌てて見返すスイートの視線の意図を察して、ディーナは笑みを深めた。 「うん、ハバネロは、もう食べちゃった、から…多分、大丈夫?」 「はばえろってあええすか」 おっと、とキャンディに伸ばそうとした指を止めた綾の口は既にもぐもぐと動いていて、唇の端にクッキーの粉がついている。 「おいしい?」 「ううん、食べてませんじょ(嘘)」 小夜に無邪気に聞かれて、綾はふるふると首を振った。 「綾ちゃんは、飾ってる間も食べてたよねぇ」 「う”」 スイートの突っ込みに綾は詰まった顔になり、自分だって食べてたくせにぃ、と小さく反論しつつ、くるん、と首を振ってハオを振り向いた。 「だってこんなに美味しそうなのがイケナイんだよ~。お腹減ったら理性の1つや2つや3つや4つ、飛びまくるのが普通だよね?!」 「クッキー…確かに、乾物だけど。飾っちゃって、平気?」 ディーナがツリーを振り返る。本物かなって、思わず齧っちゃったけど。 「本物だった…美味しかった。あ…もしかして、食べたら拙かった?」 大丈夫とハオが笑う。 「ん、日本じゃあんまりクッキーは飾らないなぁ。LEDとか綿とかモールとか食べられないオーナメントばっかりだよ。小夜ちゃんも一所懸命飾ってたよね」 綾の声に皆がツリーを振り返り、小夜が、これが私、これがスイート・ピーさん、これがディーナさん、これが綾さん、これがハオさんでロンさん!と一緒にいた人たちに似たクッキーを探してツリーにつるしていたことや、自分のクッキーの両隣りに人型クッキーを二つつり下げていたことを思い返す。 「スイートこんな楽しいクリスマス初めて。スイートがいた世界にもクリスマスはあったけど、お仕事が忙しくて参加させてもらえなかったの。楽しいなあ。しあわせだなあ」 スイートがカップを抱えて、うっとりした声でつぶやきながら微笑んだ。 「じゃあ、そろそろフォーチュン・クッキーを選んでくれるかな?」 「女は度胸、いきます!」 綾がクッキを一齧りして、中から出て来た数字を読み上げる。 「10!」 願いもついでに唱えちゃおう! 「来年もイケメンウォッチングいっぱい出来ますように、かな。あと…早く再帰属したい、かな」 笑顔にちょっと切ない翳りを閃かせて、綾はハオからカードを受け取る。 「…可愛い!」 これは何かなあ……いい知らせがくる……とか? 「次、スイートが引いていい? ……お願いごとは…」 ママに、会いたいな。 「神様サンタ様、どうかママがスイートの事忘れてませんように」 唱えながら、クッキーを割る。中の数字は1。 「わぁ、楽しそう! いいことがある?」 渡されたカードにスイートが歓声を上げる。 もじもじしている小夜にディーナがそっと声をかけた。 「どうぞ…?」 年長ばかりの中で緊張気味だった小夜は、頷いてクッキーを取り上げた。 「……サンタさんがお兄ちゃんって知ったのは小学校に入る前くらいの時で、でも、ロストナンバーになって思うの。サンタさんは本当に何処かの世界にいるのかなあって」 願いごとのようなつぶやきの後、クッキーを齧って出て来た紙をハオに見せる。 「5、だね」 ハオが笑顔で渡したカードは、優しい思いの溢れる一枚。 「……つながってるってこと…かなあ…」 「君だ、どうぞ」 ロンが声をかけて、ディーナが頷き、一枚のクッキーを摘まみ上げた。 「会いたい人に、会えますように…みんなも」 細い指先が力を込めて、現れたのは7。 「ハオさん」 祈りを込めるように差し出された数字に、ハオは真剣な顔でカードを返す。これはどう考えたらいいのかと戸惑うディーナに静かに微笑み、紅茶を注ぎ足す。 「必要なときに、必要なものが、必要なときに、必要な人が現れる」 それはきっと幸運だということだと思うよ。 テーブルの回りに座ったそれぞれが、互いの顔をそっと見合わせた。 「物にも人に縁がある…あそこに揺れるあいつのように」 ロンがそっけなく付け足した。 「え?」 ロンの指差した先、部屋の隅にこっそり吊るされた『かぼちゃ頭の変態』人形。 「ロォン…?」 ハオがうんざりした顔になった。 「魔除けだ。フェイの侵入を防ぐ」 「……ぷ…っ…はっあはっあっはははっっ!」 綾がまっさきに吹き出した。 「何なに、どういうこと?」 「それがねえ!」 ツリーを飾り付けながら、ずっと揉めているロンとフェイの兄弟の話を聞いていた綾が、元々の喧嘩の原因は、ツリーの一番上の星をいつも必ずフェイが飾りつけたからだと暴露した。 「そんなことで?」 「あ、でも、そういえば、クリスマスにね…」 クッキーやキャンディの手を伸ばしつつ、それぞれの懐かしい思い出話が次々溢れ、更けていく夜はなお賑やかに温かく満たされていく。 メリークリスマス。 今宵の出逢いに感謝します。
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