クリスマス当日。イベント色に彩られ沸き立つ街中を、彼ら五人は特に抱えた用事もなく、ただぶらぶらと当て所もなく歩いていた。すれ違う幸福そうな二人連れを横目に見送り、心の奥底では「もげろもげろもげてはげろ」などと思ってみたりもしつつ、しかし表情にはそんなことなどまるで浮かべることもないまま、彼らは0世界の風景の中をのんびりと歩く。基本的には、聖夜に彩られた街の空気は好きなのだ。目についた店の中を覗いたりしてみるのもとても楽しいものだから。 そうしておもいおもいの場所から別々に歩いてきた五人は、しかし、とある場所で偶然にも同じものを目にとめ、足をとめた。 聖夜色に飾りつけられ彩られた街路樹の中、なぜかただ一本だけ、何の飾りつけもなされていない木があったのだ。飾りつけられるのを忘れられてしまったのか、それとも誰かの故意によるものなのか。その理由などおよそ知るところではないが、その木の下で足をとめた五人がその時考えついたことは、どうやら同じだったようだ。「飾りつけしてやろうか」 誰が口にしたものとも知れないその言葉に異論を放つ者はひとりとしていなかったのだから。●ご案内こちらは特別企画「イラスト付きSS(ショートストーリー)」です。参加者のプレイングにもとづいて、ソロシナリオ相当のごく短いノベルと、参加者全員が描かれたピンナップが作成されます。ピンナップは納品時に、このページの看板画像としてレイアウトされます。「イラスト付きSS(ショートストーリー)」は便宜上、シナリオとして扱われていますが、それぞれ、特定の担当ライターと、担当イラストレーターのペアになっています。希望のライター/イラストレーターのSSに参加して下さい。希望者多数の場合は抽選となります。《注意事項》(1)「イラスト付きSS」は、イラストを作成する都合上、バストショットかフルショットがすでに完成しているキャラクターしか参加できません。ご了承下さい。(2)システム上、文章商品として扱われるため、完成作品はキャラクターのイラスト一覧や画廊の新着、イラストレーターの納品履歴には並びません(キャラクターのシナリオ参加履歴、冒険旅行の新着、WR側の納品履歴に並びます)。(3)ひとりのキャラクターが複数の「イラスト付きSS」に参加することは特に制限されません。(4)制作上の都合によりノベルとイラスト内容、複数の違うSS、イベント掲示板上の発言などの間に矛盾が生じることがありますが、ご容赦下さい。(5)イラストについては、プレイングをもとにイラストレーターが独自の発想で作品を制作します。プレイヤーの方がお考えになるキャラクターのビジュアルイメージを、完璧に再現することを目的にはしていません。イメージの齟齬が生じることもございますが、あらかじめ、ご理解の上、ご参加いただけますようお願いいたします。また、イラスト完成後、描写内容の修正の依頼などはお受付致しかねます。(6)SSによって、参加料金が違う場合があります。ご確認下さい。
ヴィヴァーシュ・ソレイユは痩身をグレイのスーツで包み、その上に黒いロングコートを合わせている。肩口で巻いたマフラーが夜の街を流れる風を受けてふわりと舞っていた。不機嫌そうに見えるのは顔面の右半分を覆い隠す白皮で出来た眼帯のせいだろうか。 革の手袋をつけた手には茶色い紙袋と、数枚のブックマーカーを携えている。雑貨屋で買ったのだ、と、言い捨てるような口ぶりで言っていたような気がする。金属で出来たそれはクリスマスという季節柄に合わせてなのか、星やモミの木やトナカイなど、様々な形に型抜きされ、パンチで開けられた小さな穴には色とりどりのリボンが結びつけられている。 清闇は銅で作られた太陽モチーフの飾りを手に、街路樹からいくぶん上空に浮きながらあぐらで座り途方に暮れていた。 無駄な肉のない締まった体躯を和装で包み、長い黒髪はひとつに結いまとめ背に流している。彼の背には街路樹の幅などゆうに超えてしまうほどに大きな両翼が伸びていた。 「ひとつ訊くが」 清闇からわずかに距離をとった場所、つまりやはり同様に宙にある状態で、テイルコート姿の麗人が口を開いた。手には大きな白い袋を携えている。オペラ=E・レアードは、近くの教会で行われたミサからの帰途、この街路樹を目にとめたのだった。 教会では子ども達とケーキや菓子を作った。おかげで身体中から甘い匂いがしている。 「貴方が手にしているそれは何なのだ?」 視線を清闇の手にある飾りに向けた。清闇は「ああ」とうなずいた後、 「こういうのは天辺に飾るもんだ、そう思ってな。ところが、だ」 言いながら立ち上がり、太陽モチーフのそれを街路樹の天辺に飾りつけた。木の下でヴィヴァーシュが「だから無理だと言っているでしょう!」と口を開いている。その言葉通り、清闇が太陽を木の天辺に飾りつけた瞬間、街路樹の枝葉がかなり大きくしなり、今にも折れそうな音を立て始めたのだ。 「な? 大きすぎんだよ」 心の底から残念そうな表情で、清闇はオペラの顔を見た。オペラは「ふむ」と小さく応える。 「それはそうだ。その飾り、見たところ素材は銅か? この木はまだ年若く、力も弱いのだろう。重いものを飾り付けるのは無理があるのではないのか?」 「だよなァ」 深々とうなずいた後、清闇は改めて手にしている飾りに目を落とした。彼がいとも軽そうに持っているそれは、実のところ、直径1メートルほどもあり、重量もそれなりにある代物なのだ。相応に大きな木でもなければ支えることなど出来ないだろう。 清闇はしばし首をかしげ飾りを見据えた後、満面の笑みを浮かべてオペラが手にしている袋に目を向けた。 「そいつは?」 「子ども達と焼いたクッキーだが」 「そうか。そいつを飾るのか?」 「そのつもりだが。――この場所ではクッキーは飾らないのか?」 「いや? 知らねえ」 首をすくめ笑った男に、オペラはわずかに首をかしげる。 「飾りつけはしないのですか!?」 ヴィヴァーシュの声がする。見れば、やはり不機嫌そうな表情のままこちらを窺い見ていた。 「これをいくつかお渡しします。飛べるのでしたら、私では手の届かない場所に飾りつけを」 言いながらブックマーカーをいくつか差し伸べている。 「悪い悪い。――そうだなァ。俺たちで上のほうを担当するか」 言って頬をゆるめる清闇の足もとでは、アスファルトの路面を破り伸びている木の根が顔を覗かせていた。 リエ・フーは陶器の鈴を片手に、楽しげにやりとりしている三人を横目に見ていた。ジャケットに口許まですっぽりとおさめ、小さな息を吐く。 手にしている鈴は上海に帰った際に目にしたものだ。小さな陶器の鈴にはそれぞれ細筆で花の模様が描かれている。買値は安かったが、その数字に反し、なかなか良い代物だった。 枝にくくりつけた鈴が風をうけて軽やかな音色を響かせる。その音に耳を寄せながら、リエはふと小さい頃の記憶を浮かべた。 一度も会ったことのない、顔も知らない父親。それがリエの――つまり息子の出生祝いにとくれたのが鈴だったらしい。気の強い母親が、時おり物憂げな目で鈴を振っていた。母親が何者かに刺され殺されたその時も、その鈴は小さな音を響かせていた。鈴はそれきり見つからずじまい。母親を殺した犯人が持ち去ったのか、それすらも不明のままだ。 鈴を枝にくくり結び、風に揺れ歌うその音に包まれて、リエは無意識のうちに目を伏せていた。 通りを行く者たちの話し声や歌が聴こえる。どれも楽しげで、耳にしているとこちらの気持ちまで明るくなりそうだ。 目を開き、ジャケットのポケットにつっこんでいた鈴を取り出すと、リエは清闇たちのいる場所に足を寄せた。 「なあ、オレの鈴も上のほうに結んでやってくれよ。安モンだけどな。けっこうチリチリいい声で鳴るんだぜ」 風呂敷包みの中にはオーナメントクッキーがかなりの量しまいこんでいる。他に、ワッフル型を使い焼いたワッフルもある。ワッフルはクッキーに比べれば多くはないかもしれないが、それでもやはり相当な数になっている。 クリスマスに沸き立つ街の空気に押され、浮き足立って菓子を焼き始めてみたはいいものの、気がつくとその数が尋常ではないものになっていた。 篠宮紗弓は和装に黒い無地の長羽織、紅い花を咲かせた柄のトンボ玉のついた羽織紐を合わせた出で立ちで、街路樹の下に立っていた。作りすぎてしまった菓子を知己たちに配り歩こうと思い街中に出向いてきたのだ。 見れば、見知った顔――リエ・フーがいる。彼にも菓子を食べてもらおうと考えた紗弓が足を寄せると、彼は街路樹に飾りつけをなしているところだった。 「リエくん? 何をしているの?」 声をかけると、リエがぎょっとしたような顔でこちらを振り向いた。 「てめぇは」 「まあ、飾り付けをしているのね」 言いながら周りの街路樹を見渡す。 「この木だけ飾りつけされていなかったのかな。……他の木に比べてけっこう大きいのに」 「は?」 紗弓の言葉に首をかしげ、リエは作業の手を止めた。 気のせいか、今まさに飾りつけをしている木が先ほどよりも大きくなっているような。 「なあ、おい。この木、デカくなってねえか?」 リエが声をかけると木の上部を担当していた清闇とオペラ、木の下でブックマーカーやクッキーを飾り付けていたヴィヴァーシュが同じタイミングでこちらに目を向けた。ついで皆が同じ動きで木の大きさを検め、ほぼ同じタイミングで「あ」と呟く。 「なんでデカくなってんだ!」 リエが口を開く。清闇が迷いなく笑って応えた。 「俺のせいかもしれねェなあ。でもいいじゃねェか、これで俺が持ってきたこいつも天辺に飾れるようになるかもしれねェし」 言いながら太陽モチーフの飾りを振ってみせた。 「楽しそう。私もご一緒させてください」 風呂敷を解き、中から大量のクッキーを広げて、紗弓はにっこりと微笑んだ。ついで片手を持ち上げ、空気中の水分を寄せ集め氷のグラスボールを作成する。 「こういったものなら、私にもご用意できますし」 言って首をかしげた紗弓の横で、リエが面倒くさげに頭をかいた。 「飾り付けてやるから貸せよ」 「まあ、リエくん、優しいのね」 微笑んだ紗弓に、リエは居心地悪そうにそっぽを向く。 クリスマスの夜はゆっくりと更けていく。今この時だけは穏やかに、優しい時に包まれながら。
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