「今すぐに、モフトピアに向かって欲しい」 世界司書シド・ビスタークは緊張した口調で話を切り出した。 ふわふわした可愛らしい生物のアニモフしかいない世界のことに、何をそんなに慌てているのか。不思議そうなロストナンバーたちを前にシドは続けて状況を説明する。「あの世界にオータム・バレンフォールという老人が転移したのだが、彼が困ったものを作り上げてしまい、そこに100匹ものアニモフを搭乗させてしまったのだ」 ──困ったもの? と、誰かが問えばシドは厳かに答えた。「宇宙船だ」彼は目を閉じる。「羊型のアニモフたちが住んでいた家を改造して作り上げてしまったらしい。バレンフォールは優れたエンジニアで発明家なのだ。彼は、自分の作った宇宙船で宇宙旅行をするという夢を、モフトピアで実現しようとしている」 シドの話を要約すると、こうだ。 オータム・バレンフォールは、75才の老人で、壱番世界の近代欧州に似た世界からモフトピアに転移した発明家である。彼は長年、自動車や飛行機の開発に関わっているうちに、全く新しいエネルギーによるエンジンを作り出すことにのめり込んでいった。 やがて彼は、自分の発明の優秀さを示すためには、それで宇宙船を作り宇宙旅行をしてみせるしかないと思うようになった。自分の小さな工場で、何度も実験を繰り返していくうちに、爆発に巻き込まれ──ディアスポラ現象に見舞われたのだった。 バレンフォールは自分が別の世界に転移したとは露とも思わず、モフトピアの羊たちの家で厄介になりながら開発を続行した。そして彼がついに完成させたのが──。「羊毛エンジンだ」 シドは大真面目に説明する。「羊毛を特殊な油で燃焼させることによって動力を作り出すらしい。本人曰く、究極のエコエンジンだ」 もしかして、と誰かが言った。だから羊型のアニモフを100匹も搭乗させた?「その通りだ」 頷くシド。「だが、重要な話はここからだ。俺の『導きの書』には不幸な予言が現れている。バレンフォールの宇宙旅行は成功しない。彼の宇宙船は打ち上げから20分後、大気圏に到達する前に大爆発を起こしてしまう。もしアニモフや彼自身がそれに搭乗したままだったら……どうなるか、お前たちにも分かるだろう?」 皆、ごくりと息を呑んだ。急いでモフトピアに行かねばならない理由が、ようやく分かったからだ。「それに、もう一つ気になるものが見えている」 世界司書は加えて言う。「白い羊たちの中に、1匹だけピンク色の羊が混ざっているのだ。こいつは……どうやらアニモフではない。モフトピアの住人でもない」 それって──? ロストナンバーの一人が聞いた。どういうこと?「分からん。だが、このピンク色の羊は明らかに我々にとって害を為すだろう。なぜなら、俺には視えたからだ。この羊が他の羊を蹴散らし、バレンフォールを誘拐しようと老人に襲い掛かるところが」シドは続ける。「──こいつが落ちていた縄に声をかけると、その縄が自然に動き出し老人を縛り上げてしまうのだ。無機物を意のままに操る能力があるらしい」 しん、と場が静まった。皆、同じ疑問を持ったが、その答えは誰も持っていなかった。「とにかく時間がない」 シドは皆を見回し質問がないことを見てとると、話をまとめ上げた。「お前たちがロストレイルで現地に着くころには、すぐに宇宙船は出発してしまうだろう。とにかく急いで乗ってくれ。そしてアニモフを助け、バレンフォールをこちらに連れ帰ってきてくれ」
それはなぁ、えらい忙しない話やったんや。 ターミナルに帰り着いたジル・アルカデルトは、ミックスジュースのコップを片手に語りだす。気のせいか、彼の自慢のアフロヘアはいつもよりも倍以上の大きさに膨らんでいた。 「とにかく早くモフトピア行けいわれて、ロストレイルに飛び乗ったやろ。そんで降りたらいきなり草っぱらや。目の前でケッタイなミカン色の宇宙船がゴゴゴーッてな、もう飛び立とうとしてるんよ。シドの話やとそれが20分後に爆発するっちゅー話やから、そりゃ忙しないわ。でも……」 ぱくっとジルはどこからともなく取り出したドーナツにかじりついた。 「乗り遅れた奴は誰もおらんかったかな」 * 20分前 * はぁっ、はあっ、はー。 冷たい金属の床に座り込んで、女子高生の一一一(ハジメカズヒメ)は荒い息を整えていた。足の速さには自信があったが意外にも自分が最後だった。 ロストレイルから降り立てば、すでに宇宙船の打ち上げは秒読み段階。昔、子供向けのアニメで見たようなオレンジ色のナッツ型の船が、もうもうと炎と煙を噴き出し飛び立とうとしていたのである。一は猛然とそれに走りこんでいった。 仲間が力尽くで開けてくれたハッチの隙間に彼女が滑り込んだ瞬間、船は地上から飛び立っていた。 間一髪。背後でがごんと閉まるハッチの音を聞きながら、ようやく落ち着いた一は薄暗い船内を見回した。 大きな白い巨人のゲーヴィッツは、大きな鉄のハッチを素手で閉めた後、パンパンと手に付いたサビを払っていた。 黒いツナギ姿の若い男はディガーだ。大きなシャベルを片手にきょろきょろと辺りを見回している。その隣りに黒いベールで顔を隠した占い師のような女がいた。三雲文乃だ。一は彼女がいつ船に飛び乗ったのか全く分からなかった。 アフロヘアのダンサー、ジル・アルカデルトは鼻歌を歌いながら上機嫌。一の足元に毛のようなものが触れギョッとすれば、それは狼に姿を変えたルイス・ヴォルフだった。 そして──遅ればせながら一は気付いた。目の前の暗がりから沢山の光る目、目、目。多くの目が、彼女たちを取り囲んでいたのだ。 「えっと……」 挨拶でもしようかと思った時、メェー、とその中の一匹が鳴いた。すると次から次へと他の者も声を上げる。一は目をこすった。室内の暗さにだんだん目が慣れてくる。 彼らは、ふわふわした羊型のアニモフだった。大きさや見た目からして、まさに羊だ。それが何故か一列に並んでいる。 その先を目で追うと、並んでいる理由が分かった。 ごぉんごぉん、と円柱形の大きな機械が音を立て右へ左へと揺れている。もしや……? と見ていると、その正面の自動ドアがスラリと開いて、ちょうどアニモフが一匹出てきた。 ふわふわの毛を薄毛に刈ってもらったその羊は、ポーズをとってメェーと鳴いた。他のアニモフから、おおーというどよめきや拍手が上がる。 「あれが件のトリミングマシンですわね」 文乃が淡々と言う。皆はしたり顔で機械を見る。そこには鉄を溶接して作った無骨な大きなパイプがつながれており、それは床の下へと続いていた。 ディガーがふと、しゃがんで階下の方へと耳をすませた。 「すぐ下の階にエンジン部分があるみたい」 「……ということは、ここが1階ですね」 一は階段を見た。情報によると4階にあたる最上部に宇宙船を作った発明家、オータム・バレンフォールがいるはずである。彼を0世界に連れ帰るのが彼女たちの目的の一つだ。 「わたくし、思うのですけれど。アニモフたちを降ろすよりもオータムさんを説得して、安全に船で降りるのが一番いいですわ」 「ですよね、私もそう思います。とにかく彼を説得しましょう」 文乃の言葉に一が答える。ジルは足どり軽く階段を駆け上がり、ゲーヴィッツも窮屈そうに大きな身体を縮めて階段の方へ向かう。ディガーもそれを追いかけようとしたが、くいっと袖を引かれ立ち止まった。 んん? と振り返れば狼のルイスが紙を差し出している。そこにはやたら上手い達筆で、こう書いてあった。 ──俺、あのトリミングマシンを止めてみる。 「ん、分かった」 仲間に意志が伝わったと見るや、ルイスは喜びいさんで羊の列の最後尾に並んだ。アニモフたちも何か毛色の変わったのがいるな程度で、ほとんど気にしていない。 ──ねえねえ、先に入ってもいいかな? 虫か何か付いちゃったみたいで身体かゆいんだ。 ということをウォン、オン、ウォン、とジェスチャーをまじえて吠えてみるとアニモフたちにも伝わったようで、彼らは快くどうぞと道を譲ってくれた。 やった! ルイスは真っ先にトリミングマシンに向かった。 * 「──でな、オールドファッションに、フレンチクルーラー。もうとにかく何でもあったんよ。それでついうっかり、3階に立ち寄ってしまったんよ」 ジルは語る。 「でもな、そしたらな。おったんよ」 何が? と問われれば彼はドーナツの味を思い出すかのように目を閉じ回想する。 「俺と同じように、ドーナツを美味そうに食っとるヤツが。そいつはな、桃色のふわふわした──」 * ルイス以外のメンバーは脇目も振らず、最上階へと昇った……はずだった。いつの間にか一人減っていたのだが、今のところそれに気付いた者はいなかった。 操縦室と思われる部屋のドアを見つけ、文乃がノックする。すみません失礼しますー。しかし返事がない。 彼女はドアを開けてしまおうとした。が、鍵がかかっているらしく開かない。困った彼女は振り返り……氷の巨人で視線を止めた。 「おう、やってみる」 指名されたゲーヴィッツはすぐにその意図を察した。進み出てドアノブを掴み、そして捻る。次には、ドアノブは無くなっていた。 「取れちまった……」 飴細工のように千切り取ってしまったノブを手に、ゲーヴィッツは涙目だ。思わず青ざめる一とディガーの横で、文乃が、 「じゃ、体当たりお願いしますわ」 しゃあしゃあと言う。 巨人は汚名を挽回しようと、すぐに一歩後退してドアに突進した。ドォン! たったの2、3歩の体当たりでドアは難なく向こう側へと倒れていく。 「オータムさん!」 ロストナンバーたちは室内へとなだれ込んだ。 * 16分前 * ミンミンミンミンミン。 ファンファン、ガコッ。ファンファンファン。 ジジジジジ、ジジ、ガガガ、ジジ。 そこは奇妙な騒々しい音と光るパネルに包まれた空間だった。キャンディーのように様々な色合いの大きなボタンに、レバーがいたるところから突き出している。 むき出しのパイプは、中を何が通っているのか、ときおり膨らんだり凹んだりしながら躍動している。 ごくり。息を呑み一は思った。 まるで幼稚園の遊び場である。子供がいたらこのポタンやレバーを引っ張ったり押したりせずにはいられないだろう。これでよく空を飛べるものだ。 真ん中の大きな窓の前に、こちらに背中を向けて座っている作業着姿の老人がいる。あれがオータム・バレンフォールだろう。 「あの、オータムさん、失礼します!」 真っ先に一は彼に駆け寄った。大きなレバーを握っている彼の横に立ちペコリと礼をする。 「勝手に船に乗っちゃってすみません、私、一一一っていいます。実はお知らせしなくちゃいけないことがあってここに──」 「ん?」 小柄な老人は掛けていたゴーグルを額に上げて、一を見た。そして文乃やディガー、振り向いてゲーヴィッツを見た。 「んんん?」 眉を潜め、顔を近づけるものの……。 「なんだ、羊以外も乗ってたのか」 「よろしいですか?」 次に口を開いたのは文乃だった。 「わたくしたちはこの船の危険性をお知らせに来たのです。このままだと、貴方の船は墜落しますわ。断言します」 占い師風の彼女が言うと、なぜか奇妙な説得力があった。しかしバレンフォールは彼女をじっと見、ぴくりと眉を動かしただけだった。 「ちょっと待て、あんた体重はいくつだ?」 「はぁ?」 「ええぃ、女子供はどうでもいいわ。お前だお前、お前、体重はいくつだ?」 と老人はびしっとゲーヴィッツを指差した。 「え、えと?」 巨人が答えに窮すると、バレンフォールはパネルの上にあったソロバンを手に取りパチパチと何かを計算した。すぐに、ぬぅぅと声を漏らし頭を引っ掻くと、忙しそうにあちこちのボタンを押したりし始めた。 「おいお前ら、燃料が足りねえぞ。早くマシンに入っちまえ」 天井からコップ型の通話機を引っ張り出すと、がなり立てるように言う。どうやら階下の羊たちに向かって言っているようだ。 ディガーが、あの、その、と控えめに声を掛けるが反応がない。 彼は、全くといっていいほどこちらの話を聞いていなかった。バレンフォールの頭の中は、この船をいかに飛ばすかしか入っていないのだ。 しかし一はめげなかった。よし、と腕まくりした彼女は息をいっぱいに吸い込んだ。そのまま老人の耳元に近づいて──。 「ワーッッッ!!!」 「うぉう!?」 大声で驚いた老人の両肩を引っ掴み、一は荒療治とばかりに揺さぶった。 「話、聞いてください!」 彼女は真剣だった。アニモフたちと老人の命を危険にさらすわけにはいかないのだ。 「私たち、あなたを助けにきたんです! この船が爆発するかもしれないんです。だから宇宙に行くのはストップ! ストップ! 中止です!」 「爆発する、だと?」 ようやく会話が成立した。ムッとした顔でバレンフォール。 「羊の数が足りないからです。すでに羊たちは避難を始めてますわよ」 嘘半分で文乃が言う。 「計画はまたの機会になさったらいかがです? 貴方は新たなエネルギーを作りたかったのか、優秀さを示したかったのか、どちらなのか自分でわかっていらっしゃいますか。迷いのなかで何かをなそうとしても成功しませんよ」 彼女がとうとうと話すと、みるみるうちに老人の顔が紅潮していった。 「うるさい! 何なんだお前らは!?」 「ごめんなさい。いきなり信じられないですよね」 唾を飛ばしながら怒り出す彼に、一は辛抱強く言う。 「でも、あなたは異世界に来てるんです。変だと思いませんか、ここには言葉の通じない羊しかいなかったでしょ?」 「フン、おれの話が分かる奴はどこの世界にだっていねえよ」 「あのですね」 「うーん。でも爆発するかもしれないってことは分かりますよね? この宇宙船が危ないってことは何となく分かってるんじゃないですか?」 「んなこたぁ、ねえよ」 鼻息荒いバレンフォールだったが、目をそよそよと泳がせたことを一は見逃さなかった。 「一度降りてやり直すか、このまま乗り続けるか。リスクがあるのはどっちだか……」 「──待って!」 そこで、ずっとおろおろしていたディガーが声を上げた。彼は老人が追い詰められているように見え耐えられなかったのだ。 皆の注意は一気に彼に集中し、ディガーは大きなシャベルを抱きしめる。 彼は短い間に、この発明家に親近感を持っていた。自分が好きなように生きているように、この老人も精一杯好きなことをして生きているのだ。だから怪我をしたり命を落とすような目には遭って欲しくなかった。 「初めまして、あの、ぼくディガーっていいます。お邪魔してます……」 と、切り出すディガー。 その時、ドォン!! と階下で大きな音がした。 * 12分前 * びゅうびゅうびゅう……と、冷たい風が船内に吹き込んできていた。 目を丸くしたアニモフたちが、跡形も無くなったハッチを見つめている。その横で1匹の狼が気持ち良さそうにうーんと伸びをした。 ルイスである。 彼はトリミングマシンに入り毛を刈ってもらった後、羊達と同じようにポーズをキメた。アニモフたちの賞賛を浴びていい気になり、トラベルギアである首輪にエネルギーを溜め、そのまま首を一振り。ハッチをぶち抜いたのだった。 何匹かのアニモフが風に飛ばされて、メェーと落下していった。おっ? とルイスはその行く末を見守った。 落ちた羊は確かに地上に激突することはなく、厚い毛によりボヨンボヨンと跳ねている。 ──あれ、面白そうじゃね? ルイスは、地上で跳ねる羊を指差し、ジェスチャーで他の羊たちに言う。 すると、何匹かが恐々と下を覘きにやってくる。ルイスはすかさず、ぐるんと身体を回転させて、尻尾で羊達を落とした。 メェー、と白いアニモフたちが大きすぎる雪の粒のように船から落ちていく。 ルイスは振り返り、二本足で立ち上がり残った羊達に向かって両手を上げた。 ──ガオーッ。落としちゃうぞ! アニモフたちはメェーッと嬌声(?)を上げて、船室のあちらこちらへと逃げ始めた。新しい遊びだと勘違いしてくれたのだ。 ルイスはそれを追いかけ、もふもふしながら尻尾や身体で羊を突き飛ばし、どんどん船外へと落としていった。もう毛が無くなったアニモフも、キャッキャッ言いながらまだ毛のある仲間にしがみついてダイブしている。大丈夫そうだ。 よし、このペースで行けば……。ルイスは、一、二、三、と羊の数を数えてみた。 ──まだ16匹かよ! 狼は肩をすくめてみせながら、階上を見上げた。 「なんだ畜生。何があったんだ?」 一方の操縦室。バレンフォールは腹立たしげに席を立とうとした。が、その両肩を大きな手ががしりと掴んで元に戻す。 「俺が見てくる。ここで待っててくれ」 ゲーヴィッツだ。老人は斜に振り返り、気圧されたようだった。 「おう、じゃあ頼む」 「お願いです! 話を聞いてください」 ディガーが言うと、さすがの彼も諦めたように椅子に身体を預けた。 「分かったよ、何だよ。聞いてやるよ」 「あの……。導きの書っていう、未来の事がちょっとだけ分かる物があるんです。そこに、この宇宙船が危険だってことが書いてあって、ぼくたちはあなたを助けにきたんです」 ふぅん、とバレンフォール。信じている様子は全く無い。 「信じられないかもしれないけど、本当なんです」 でもディガーは構わなかった。彼を、ただ助けたい。それだけだった。 「──この船もそうです。羊の毛で宇宙旅行するなんて、信じない人いっぱいいたと思います。ぼくだって、羊毛エンジンなんて見た事ないし、聞いた事もないけど、こうやってここにあって飛んでます。導きの書も同じです。聞いた事なくても、信じられなくてもあるんです」 老人は、チラとディガーを見た。 「ぼくは地面掘るのが好きで、誰からなんて言われようとやめません。馬鹿にされたって良いんです。だって好きだから。……でも、それで誰かが大怪我したら、もう掘るのが怖くなる。 好きだったものが怖くなるって、それって悲しい事だと思うんです」 誰もが、何も言わずにディガーを見つめていた。 遠くの方で、メェーメェーと鳴き声や笑い声、爆発音らしきものも小さく聞こえていたが、それでも皆黙って青年の話に耳を傾けていた。 掘削人の青年は、はっきりとした声で最後に言う。 「いきなり来て失敗するなんて言って、本当にごめんなさい。でもお願いです。今回は、引き返して欲しいんです」 ふー、と発明家は長く息を吐いた。舌打ちし、また長く息を吐く。皆はその様子をじっと伺った。 * 「それがな、その桃色の羊っちゅうのがな。ケッタイなことにドーナツを身体で食ったんよ」 チョコがけのドーナツをパクリとやりながら、ジル。 「細っこい手が伸びてきて、ドーナツを掴んだら身体の中にスルリ、や」 そうそう! と彼は思い出したように言う。 「よくよく見たら、顔もみんな布で出来てたんよ。つまり……着ぐるみ? そいつがな、大きな音を聞いたら急に立ち上がってな。“いっけなーい!”って女の子の声で言うたんや」 * 「こんチクショウめ、分かったよ」 ずいぶん長い間の後、バレンフォールは諦めたようにうなづいた。 「地上に戻りぁあ、いいんだろ?」 「ありがとうございます!!」 ホッと胸を撫で下ろす一と文乃。ディガーが嬉しそうに老人の手を取ると、彼は恥ずかしそうに手を引っ込めた。 「では、操縦はお任せしますわ。わたくしたちは羊さんたちを非難させますけれど、よろしいですわね?」 「もう何でもいいよ、好きにしな」 文乃は老人からの確約を得たとばかりに、一に目配せする。一はうなづいた。 「ごめんなさい。これ借りますね」 一言で許しを得ると、彼女はガッと天井からコップ型の通話機を引っ張り出すと、先ほどのバレンフォールを真似してがなり立てた。 「ルイスさん、ゲーヴィッツさん! オッケイ出ましたよ! がんがん羊落として大丈夫です!」 一方、ゲーヴィッツは鉄製の階段を踏み抜きそうになりながら降りているところで、一の声を聞いた。2階まで降りれば、狼のルイスがキャアキャアメェメェ騒がしくアニモフを追いかけ回して1階へと追い立てている。 手伝わねば。 「おーい、みんなー! この船が爆発すっかもしれねえから、早く外に出ろー」 大声で叫びながら白い巨人は1階まで降り立った。ハッチに開いた大穴からの風は冷たく、彼にはとても心地良い。 ようし。ゲーヴィッツはグルングルンと拳を回して、ハッチの反対側に突進した。雄叫びを上げながら、拳を力いっぱいに突き出した。 ──ゴゥン! たったの一撃で、壁の一部分が吹き飛んだ。 何匹かのアニモフが目を真ん丸くしてそれを見ているのにニコニコ笑顔を送りながら、ゲーヴィッツは穴の縁をひっ掴んで、ダンボール箱か何かのように引きちぎって広げていく。 彼は風のことには詳しかった。こうして反対側にも穴を開ければ風通しが良くなって……。 「メェー!」 吹き込んできた風に飛ばされ、何匹ものアニモフが船外へと飛ばされていった。 すかさず、口から吹雪を吐いて逃げ回る羊たちを吹き飛ばす。 これ、面白いかも。ルイスが階上から追い立ててくる羊たちを、彼は片っ端から吹雪で外に飛ばしていった。 その時、またゴガン! と大きな音がした。ハッチの穴から下を見てみれば、ようやくエンジンが切り離されたところだった。それに向かって、羊達が円陣を組んで飛び乗ったりスカイダイビングを楽しんでいる。 かなりの数のアニモフを落とせたようだ。 * 8分前 * 「万が一に備えて、パラシュートを用意してある。でも一個しかねえんだ」 バレンフォールは、ディガーの背中にそのリュックサック的なものを背負わせた。 「おれ、お前にしがみつくから、よろしく」 「ダメですよ。これはあなたが付けててください」 老人はすっかりこの青年が気に入ったらしく、彼を引き連れて自爆スイッチのことや、自慢のトースト焼きマシンや、様々な設備について説明を始めていた。 一と文乃は羊の脱出を手伝うため、すでに階下へ行ってしまっている。 「あの、それよりも操縦は……?」 「大丈夫だよ、心配すんな」 カッカッカッと笑うバレンフォール。下、行こうぜとディガーをうながし歩き出す。 「若けぇの、よく聞きな。おれは奴ら……アニモフってのか、連中の毛の耐久テストを何度も行ってる。あいつらは5匹以上で固まれば、この船が爆発しても耐えられる」 「そうなんですか?」 「おうよ。つまりだ。万が一の時は、連中の毛の中に隠れりゃいい」 そう言うと、老人は不吉な言葉で締めくくった。 「着陸って言っても、ドカーン! だよ、ドカーン! 要は木っ端微塵だ」 * 「なあ、あんた、俺が何もしなかったと思ってるやろ? ドーナツ食っとるばかりで、他になぁんにもしとらんかったんじゃないかって。違うで」 クリスピードーナツを片手に、ジルはゆるゆると首を振る。 「その桃色羊が、慌ててみんなの方に行こうとするから、俺はそいつに飛び乗ったんや。ロデオやロデオ。俺、得意なんやで」 * 「下で鬼ごっこやってるよ、行こう行こう」 「行きますわよ~、それっ」 一と文乃は、3階に陣取って残ったアニモフたちを階下に誘導(?)し始めていた。 追い掛け回すと、羊たちはキャアキャアと逃げ回った。一は思わず転んで、ふかふかの羊の背中にダイブした。温かくてふわふわモフモフだ。 気持ちいい……。一はほんわかしながらも、鬼ごっこだと羊たちを追い掛け回して、下へ下へと追い立てていく。 文乃は、おやつのドーナツの籠を見つけて、それをポイポイと投げてアニモフを誘導した。彼女が投げるドーナツを、羊たちはパクッと空中でキャッチしてモグモグ食べている。それを階段の下の方へ投げれば、何匹かの羊が転がり落ちるように追いかけていった。 ひとつ下の階にはルイスが羊たちを追い掛け回している。 「もう少しですね、がんばろう」 汗をかきつつ、一が顔を上げた時だった。 「キャーッ!!」 少女のような悲鳴とともに、桃色の物体が彼女の目の前に飛び出してきたのだった。桃色の物体の上には黒いモジャモジャも乗っている。 「ぎぇえええ!」 あまりの唐突さに、仰天した一は咄嗟にパンチを突き出していた。 ボカッ。 次の瞬間、見事なストレートが決まっていた。拳が突き刺さったのは──ジルの頬だ。 「ああっ、ご、ごめんなさい!」 黒いモジャモジャの正体が仲間のジルだと気付いて謝る一だが、当人はノックアウトされて白目を剥いている。 一方、桃色の羊は突進して壁に激突した。目を回しているようだ。 気がついた文乃が、サッと駆け寄った。同時に階下にいたルイスも駆け上がってきた。 「あらっ、何かしら……」 クタッとなった羊──まさに着ぐるみだった──を文乃が持ち上げると、中に小さな人のようなものが…… 「何なのよ! あんたたち!」 ビュン! と何かが中から飛び出した。視線を上へ向ける文乃。 それはブンブンと羽音をさせて跳ぶ、小さな妖精のような生き物だった。黄色のチュニックに黒いバルーンパンツを履いた体長30センチぐらいの可愛らしい少女である。それが蜂の羽根のようなもので飛びながらこちらを睨んでいる。 「何でここにいるのよ!」 こっちも同じこと聞きたいよ、と、文乃が思った時。ルイスがふざけたように、がおーっと吠えてみせた。 「キャッ!」 謎の妖精は、狼を見て身体を縮こまらせて怖がった。涙目になりながらも、 「あたしはシェイムレス・ビィよ、強いんだから! あ、あんたなんか怖くないもん」 問われてもいないのに名乗り、壁際まで後退してぶるぶる震えている。 「──何だ? なんの騒ぎだ」 と、そこへバレンフォールとディガーが降りてくる。 ジルはまだ気を失っていたが、一はシェイムレス・ビィと名乗った黄色い妖精を見た。彼女は、老人を見てアッと声を上げた。すかさずキョロキョロと辺りを見回す、その視線が床に落ちていた縄に留まる。 「気をつけて!」 「縄さん、縄さん。ビィのお願い聞いて。あのバレンフォールっていうお爺さんを縛って。それにこの狼と、このおばさんも縛っちゃって。お願い!」 「おばさん!?」 文乃がムッとした瞬間、足元の縄が彼女の両足に絡みついた。ギョッとすれば隣りでルイスも縛られている。 何本かの縄が、状況を掴めていないバレンフォールへ飛んだ。世界司書に聞いた通り、この妖精は物を操る力があるのだ。一は慌てて、床を蹴って飛んだ。 パシッと一本を掴むも、他2本が老人に襲い掛かる。 ジャリッ。ベダンッ。 その飛んできた縄をはたき落としたのは、ディガーだった。大きなシャベルを見事に操り、彼はまだ動こうとしている縄を床に縫いとめるように突き刺した。 あのビィという妖精は、老人の名前を知っていた。間違いない。この少女は敵だ。 「ねえ、きみ。どうして彼を連れていこうとするの?」 「ビィ達の仲間にするためよ」 ディガーが尋ねると、ビィは小さな胸をそらせて偉そうに答えた。捕まらないように、天井すれすれにまで高く移動している。 「無理矢理って良くないよ」 「うるさいわね、汚らしいカッコしてるくせに!」 文乃は難なく捕縛から逃れて、妖精を見上げた。フォックスフォームをとったセクタンのサルバトールに、縄を燃やすように指示したのだ。 脇で、縛られてうっかりドキドキしているルイスを横目に、文乃は淡々と質問をする。 「あなたたたちは一体何者なのですか?」 「ビィ達は、世界樹……」 と、妖精は何か言いかけて口ごもった。「って、何で教えなくちゃならないのよ! ビィはそのジジィを連れ帰ればいいの。あんたたちこそ、何でビィの邪魔すんのよ!」 「なんだ? 小っちゃいのがいるなあー」 そこでドスンドスンと足音をさせて、階段を登ってきたのはゲーヴィッツだ。彼はあらかた下の羊が片付いたので、上を見に来たのだった。 皆の視線を追って小さな妖精を見上げると、隣りにピョンとルイスが近寄ってきた。彼は電撃で縄を焼きちぎったのだった。 ウォウ、オン、ワンワン、ウォウオ、ウォン、ワンッ! ワン! 彼は、狼のまま一生懸命、氷の巨人に何事かを喋りかけた。その内容を訳すと、こうだ。 ──あれが、桃色の羊の中に入ってて、爺さんを連れていこうとしてるんだ。あいつ、本当に縄を操ったぞ。この船も操っちまうかもしれねえから、一緒にヤッちまおうぜ。 「おう、分かった」 「話、通じてるー!」 驚く一たちに、後ろに下がるように手を挙げると、ゲーヴィッツは大きく息を吸い込んだ。コオォッ。隣りでルイスは身体をぶるんと振るった。バチバチッ。彼の見事な銀色の毛が雷を集め光を放ち始める。 「な……何よ、え、えっと……。階段さん、階段さん。ビィのお願い聞いて。あの犬とでっかいのをやっつけて。お願い!」 焦ったビィは、ブンブンと階段の方へ移動しながら“お願い”した。すると、あろうことか鉄製の蛇腹階段がボキリゴキリと床から離れ、まるで生き物のように立ち上がった。 「うおお、何だあれは!」 目を輝かせてそれに近寄ろうとするバレンフォール。その袖をディガーが慌てて引っ張って止めていた。老人は離せ離せあの動力源を調べるんだ、とジタバタ暴れている。 ゴゴゴゴ……と、生物と無生物の二大巨頭がにらみ合っている。一は息を呑み、それを見上げていた。 「何なの、この怪獣大決戦!?」 * 4分前 * 「──行くぞ!」 口いっぱいに吹雪を溜め込んだゲーヴィッツは、階段に大きくパンチを繰り出した。ガゴォォン! 階段はナイスファイトでそれを全身で受け止めた。 「きゃあああ!」 衝撃で船が揺れる。一は慌てて羊に捕まり、文乃は放り出されそうになったジルの黒いアフロをガッと掴む。 巨人が吹雪を吐き出し足元を凍らせるものの、階段は身をよじってそれから抜け出しジャンプした。上から覆いかぶさるようにゲーヴィッツに遅いかかる! ドオンッ。氷の巨人は逆に肩を固めて、階段に体当たりを食らわせた。もんどりうって後ろに吹っ飛ぶ階段。背中を叩きつけられ、階段はギシギシとうめき声を上げながら立ち上がれずにいる。 コオオッ。ゲーヴィッツはここぞとばかりに大きく息を吸い込む。 一方、ルイスはゲーヴィッツの脇から飛び出し、階段の影から雷撃を放った。もちろん、狙いはあのシェイムレス・ビィだ。 「キャッ!」 ビィは悲鳴を上げて逃げ回った。意外とすばしこい。だが──。 ルイスはそれ以上に素早かった。タタッと難なく間合いを詰めると、頭上を飛ぶ妖精に容赦なく、雷撃を浴びせた。 「ほんぎゃぎャッ!」 見事に命中すると、ビィは真っ黒に焦げて床にぺしゃっと落ちた。 ゲーヴィッツの方も、階段に向かって猛烈な吹雪を吹きかけ、一気に凍りつかせたところだった。 死んじゃったかな……? ルイスは黒コゲになった妖精に近づいた。ディガーや他の者たちも恐る恐る近づいてくる。ツン、とルイスが足で頭をつつくと、妖精はパッと目を覚ました。 「あーん、あーん、あーん」 すると、ビィは女の子座りしたまま泣き始めた。よく生きてたな、と変に感心してしまうルイス。 「ヒドイわ、ヒドイわ。ドレスが台無しよ」 大泣きに泣きじゃくるビィを囲んで、皆は顔を見合わせた。何だか気まずいムードである。まるで自分たちが弱い者いじめをしてしまったような……。 「あんたたちなんか大ッ嫌い!」 その一瞬の隙を突かれてしまった。ビィはビュンッと囲いから抜け出し、羊の群れに飛び込んだ。 「こんな船、バラバラになっちゃえばいいのよ! みんな死んじゃえ!」 叫びながら、妖精は一匹の羊のふわふわの毛の中に潜ってしまった。 「しまった!」 近くにいたディガーが慌ててその羊を捕まえようとすると、ビィはすぐに飛び出して他の羊の中にもぐりこんだ。 「宇宙船さん、宇宙船さん。ビィのお願い聞いて」 やばい! 船に向かって直接お願いしてる! 一は青ざめて、妖精の潜んでいそうな羊に突進した。 メェーと逃げる羊の尻に食らいつくと、憎らしい妖精はパッと外に飛び出し、隣りの羊の中へと飛び移る。 「──自爆ってできる? お願い!」 文乃はサルバトールに火を起こさせた。こうなったら、早くアニモフとともに外に飛び出すしかない。 「火事ですわよ、さあ、早く早く!」 メェーと階段の下へと逃げ出す羊たち。 ついでに足元に転がっていたジルの襟を掴むと、彼女は容赦なくそれに往復ビンタを食らわせた。 「さあ、早く起きてください。あなたも。脱出ですわよ」 「──エッ? 自爆できないの。ああそう。それじゃあね、えっと……」 「羊さんたち、固まって! 5匹以上なら爆発しても耐えられるんだって。みんなも羊の中に!」 ディガーは先ほどバレンフォールに聞いたことを大きな声で皆に伝えた。それを聞いてゲーヴィッツは手近にいた羊たち5匹を掴まえて、丸めてボールにしてみた。アニモフたちはこれも新しい遊びかとキャッキャッ喜んでいる。 「こういうことか?」 ゲーヴィッツは羊ボールをつくり、階段の下へと転がしてみた。ボールはボヨンボヨンとバウンドしながら転がり落ちていった。 「──じゃあ宇宙船さん、地面に突っ込んでみて。そう、猛スピード出して! できる? やった! じゃお願い!」 一方、一の手をかすめビィは船へのお願いを成功させてしまったようだった。 地面に突っ込む……!? 一は血の気が引くのを感じた。まだこんなにも沢山のアニモフたちが乗っているというのに。バレンフォールは? 自分たちは? 飛べる者など、こちらには誰もいない。 ふと、彼女の脳裏に、ある人物から聞いた言葉がよぎった。 ──チャイ=ブレの望みをかなえることで、滅びは免れるというのが契約だった。だがそれは同時に、契約したものだけが生き残るという意味でもある。 世界図書館、前館長の呟きだ。一は今でもそれに納得しかねている。 もしかしたら、自分たちは死なないかもしれない。いや、たぶん死ぬことはないだろう。それは何故だか確信できる。今まで同じような危険をくぐりぬけてきたから。 しかしアニモフたちはどうだ? チャイ=ブレと契約などしていない。ただの素直で善良な生き物たちだ。それが、こんなことで死んでしまうのか? 覚醒していないから……? 「そんな馬鹿なことあるもんですか!」 突き出した手が、妖精の身体を捕まえていた。ハッと我に返る一。 「もう遅いわよ、キャハッ。宇宙船さん、ビィのお願い聞いてくれたもんね」 その通りだ。こんなことしてる場合じゃない! 一は投げ捨てるように妖精の身体を放り出し、羊たちの群れへと向かった。 老人はディガーと一緒に、もそもそとゲーヴィッツの作る羊ボールの中に身体を押し込んでいる。 「5匹で固まってください! 1匹にならないように固まって!」 彼女は全力で走っていった。 「何よ……?」 投げ捨てられたビィは手近なもふもふしたものに捕まり、ふてくされたような表情になった。と、自分の捕まっているものが黒いことに気付く。「──ん?」 「なんや、ケッタイな。お前さん何モンや?」 それはジルの頭だった。手を伸ばし彼が捕まえようとすると、ビィはヒョイとそれをよける。よっ、ほっ、と阿波ダンスのようにジルは妖精に手を伸ばした。 ──そこをどけ! 「へっ?」 次の瞬間、雷撃がビィを襲った。もちろんその足場になっていたジルも一緒だ。 黒コゲになってバッタリ倒れるアフロダンサーの元に、申し訳なさそうにトボトボと狼が近寄ってくる。 ──いけね、思わず巻き込んじまった。すまんすまん。 しかし時間がない。ペロリと頬を舐め、気絶したダンサーをうまく背中に乗せると、ルイスは猛然と走り出した。 彼が走り出すと同時に、強烈な重力が船内の者たちを巻き込む──! 壁に叩きつけられそうになり、ルイスは片目をつぶった。これはまずい。まさに稲妻のような速さで1階まで駆け下りた彼は、首輪からワイヤーを取り出した。 船が墜落する前に、動力部を切り離して──。 ジャリリリッ!! 狼は背中にアフロを乗せたまま、全身を使ってワイヤーを振るった。雷撃をこめたそれが1階の固い鉄板の壁にぐるりと一回りぶち抜いた。 爆発するはずの動力部を少しでも、遠くへ── * 0分前 * カッと白い光が目の前に広がった。 一は、残り数匹になった羊をまとめているところで、その光を見た。 間に合わなかった──! と、目を閉じた時、彼女は身体がなぜかひんやりと冷たいことに気付いた。 ……なんだろう。爆発に巻き込まれたはずなのに、どうして冷たいのだろう。轟音の中、彼女は目を閉じたまま、意識を失った。 * 4分後 * メェー、メェー。 アニモフたちが鳴く声を耳にして、一は目を覚ました。温かく柔らかい光が目に差し込んでくる。まぶしくて彼女は目を細める。 爆発に巻き込まれて……自分は助かったのか? 目をこすってみると、自分をたくさんの黒い影が取り囲んでいることに気付いた。アニモフたちだった。羊たちが心配そうにこちらを覗き込んでいたのだ。 みんな無事だったようだ。良かった……。 しかしなんだか背中が冷たいような? 「あっ!」 一は、ガバッと跳ね起きた。ようやく気付いたからだ。自分が白い巨人──ゲーヴィッツの身体の上に倒れていたことに。 そして一瞬で理解する。きっとこの優しい巨人が、自分を爆発の衝撃から守ってくれたのだと。 彼は目を閉じていた。まさか! 一は彼の身体から降り巨人の身体を揺さぶった。 「ゲーヴィッツさん! 起きてください!」 「フワァァ……」 途端に巨人はうーんと伸びをして大きな欠伸をした。ホッとして一は回りのアニモフたちを見た。彼らもニコニコしながら顔を見合わせている。 「みんな助かったみたいやぞ」 振り返れば、大きな黒いモジャモジャ──もとい、ジルが立っていた。彼はどういうわけか、ドーナツのたくさん入った籠を片手に、中身をもぐもぐやっていた。爆発に巻き込まれたせいで、顔は煤で真っ黒。まるで黒人ダンサーのようだった。ドーナツが無事だったのは、きっとそのアフロの中に隠していたからに違いない。と、一は勝手に思った。 「やったぞ、すごいエネルギーだったなあ!」 渦中の人だったバレンフォール老人は、嬉しそうにディガーの背中を叩き、当の青年は自分のシャベルを抱きしめながら大きく息を吸ったり吐いたりしていた。地上に降りて、彼は心の底からホッとしていた。ここなら掘ることができるからだ。 ルイスは自分の尻尾からプスプスと小さな煙が上がっているのに気付いて、地面に叩きつけて消していた。爆発に巻き込まれても、風を友とする彼は全くもって何ともなかった。 煤や埃を身体を震わせて弾き飛ばすと、前足を伸ばして背筋を伸ばし、ふわああと欠伸をした。寝そべって、ぺろぺろと自慢の銀色の毛を舐めている。その姿は犬そのものだった。 「羊がまだ船にたくさん乗っていたから、助かったようですわね」 黒いスカートを翻し、背筋をすらりと伸ばして立つ文乃。どうやら、彼女も羊ボールの中に潜って難を逃れたようだった。が、その様子を見た者は誰もいなかった。 彼女の視線の先には小さく炎を上げながら燃えている鉄くず──宇宙船の残骸がある。皆、よく助かったものだ。ここがモフトピアだからだろうか? それとも、羊毛が凄かったからだろうか。誰にも分からなかった。 「そういえば──」 意識を取り戻したゲーヴィッツに手を貸しながら、一は残骸に目をやった。あのシェイムレス・ビィは、どうなったのだろうか──。 気になり、一が目を凝らした時だった。そこからフワフワと銀色の円盤のようなものが出てきたのだった。 「うおお、何だアレは!」 バレンフォールが目を輝かせて駆け寄ろうとすると、その袖をディガーが慌てて引っ張って止めた。老人は離せ離せあの動力源を調べるんだ、とジタバタ暴れている。 「世界樹……なんとかって言ってましたわね」 「ええ」 彼女たちが見ていると、銀色の円盤はヘロヘロと空を飛び上空へと消えていった。 「わたしの直感ですけれど……」 と、文乃が言った。 「彼女らの目的は、ほぼわたしたちと同じじゃないかと思うのです」 「って言いますと?」 問い直され、黒衣の贋作師はベールの下でそっと微笑んだのだった。 「──つまりは、出来のいいニセモノってことですわ」 (了)
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