その日、世界司書たちは図書館ホールに集められていた。なんでも館長アリッサからなにかお達しがあるというのである。彼女が新館長に就任してから初めての、正式な館長通達。一体、何が発せられるのかと、緊張する司書もいた。「みんな、こんにちはー。いつもお仕事ご苦労様です」 やがて、壇上にあらわれたアリッサが口を開いた。「私が館長になるにあたっては、いろいろとみなさんにご迷惑をおかけしました。だからってわけじゃないんだけど、世界司書のみんなの『慰安旅行』を計画しました!」 慰安旅行……だと……? ほとんどの司書たちが言葉を失う。「行き先はブルーインブルーです。実はこの時期、ジャンクヘヴン近海で、『海神祭』っていうお祭りをやってるの」「あ、あの……」 おずおずと、リベルが発言の許可を求めた。「はい、リベル。バナナはおやつに含みます」「そうではなくて……われわれが、ロストレイルに乗車して現地に向かうのですか?」「あたりまえじゃない。慰安旅行なんだもの。年越し特別便の時に発行される、ロストメモリー用の特別チケットを全員分用意してあります。あ、念のため言っておくけど、レディ・カリスの許可もとってあるからね!」「……」 そうであるなら是非もない。 時ならぬ休暇に、司書たちは顔を見合わせるばかりだったが、やがて、旅への期待が、その顔に笑みとなって浮かび始めるのを、アリッサは満足そうに眺めていた。「コンダクターやツーリストのみんなのぶんもチケットは発行できます。一緒に行きたい人がいたら誘ってあげてね♪」 さて。 この時期、ジャンクヘヴン近海で祝われているという「海神祭」とは何か。 それは、以下のような伝承に由来するという。 むかしむかし、世界にまだ陸地が多かった頃。 ある日、空から太陽が消え、月が消え、星が消えてしまった。 人々が困っていると、海から神様の使いがやってきて、 神の力が宿った鈴をくれた。 その鈴を鳴らすと、空が晴れ渡って、星が輝き始めた。 ……以来、ジャンクヘヴン近海の海上都市では、この時期に、ちいさな土鈴をつくる習慣がある。そしてそれを街のあちこちに隠し、それを探し出すという遊びで楽しむのだ。夜は星を見ながら、その鈴を鳴らすのが習いである。今年もまた、ジャンクヘヴンの夜空に鈴の音が鳴り響くことだろう。「……大勢の司書たちが降り立てば、ブルーインブルーの情報はいやがうえに集まります。今後、ブルーインブルーに関する予言の精度を高めることが、お嬢様――いえ、館長の狙いですか」「あら、慰安旅行というのだって、あながち名目だけじゃないわよ」 執事ウィリアムの紅茶を味わいながら、アリッサは言った。「かの世界は、前館長が特に執心していた世界です」「そうね。おじさまが解こうとした、ブルーインブルーの謎を解くキッカケになればいいわね。でも本当に、今回はみんなが旅を楽しんでくれたらいいの。それはホントよ」 いかなる思惑があったにせよ。 アリッサの発案による「ブルーインブルーへの世界司書の慰安旅行」は執り行なわれることとなったのだった。● 図書館ホールを後にした世界司書、ツギメ・シュタインはきびきびとした足取りで廊下を進んでいた。 寝耳に水の出来事だったが、最初は驚いていたツギメも今は落ち着いている。 許可があるのならば、この旅行に異を唱える必要はまったくない。近頃は特に気を張った状態だったのだ、これを機にロストナンバーや他の司書がリフレッシュ出来るのならそれに越したことはないだろう。「……」 そう考えている途中で、彼女は嫌でも悩まなくてはならなくなった。「旅行……休暇……ブルーインブルーで土鈴探しとはいえ他の時間をどう使ったものか」「魚とか美味いんじゃないの?」 突如現れた漆重 シノからツギメはゆったりとした動きで冷静に距離を取る。「なんだ、突然」「いや~、さっきから独り言が漏れてたからさぁ。で、で、悩んでるみたいじゃん? アドバイスしたくなるじゃん?」 アドバイスだったのか、と思いながらツギメは歩くのを再開した。 シノはペラペラと続けている。「でさー、お休みといったらオレは美味いもん食うのと楽しく遊ぶのが一番だと思うんだよね。美味いもんはあっちには溢れてると思う訳よ、そんじゃ次に何に悩むかっていうと遊びなんだよなー。何が良いだろなー」「……まあ追々決めるとする」「決まんないから悩んでたんっしょ?」 時間があれば決められる、と返そうとしてツギメは言葉を飲み込んだ。 潮風にあたりながら書類整理などという微妙なものしか浮かんでこなかったのだ。「……」 皆で行く慰安旅行にシノも中学生らしくはしゃいでいるのかもしれない。 個人としても、羽を伸ばすのが目的なのだ。ここは話くらい聞いてもいいかもしれない……そう思い、ツギメはシノの話に耳を傾けた。「え、聞いてくれんの? やりぃ!」「手短にな」「えーっとなー。ちょっと考えたけど土鈴探しとかの後にさ、美味いものと遊びを両立させるためにー……」 溜め。「……魚捕りしないっ?」 重大発表といった顔でシノは言う。「それは海で魚を自分で捕り、後に食べるということか?」「シ、シンプルに纏められちゃったなー。まぁそういうこと!」 ふむ、とツギメは考えを巡らせた。 それならば他の皆と楽しく過ごせるかもしれない――そう考えたところで、自分も皆と旅行を楽しみたかったのだと気がつき、苦笑にも似た笑みを浮かべる。それに悪い意味合いは見て取れない。「そうだな、釣りでも海に潜っても、罠を仕掛けても楽しそうだ。お前もそうするのか?」 聞き返され、シノは目をぱちぱちと何度も瞬かせた。「へ? オレも行くの?」「……ロストナンバー、ロストメモリー総出の慰安旅行だ」 旅行にはしゃいでいたのかと思ったら違っていた。 つまり人の旅行にノリノリで発案していたのか、とツギメは眉間を押さえられずにはいられなかったという。!お願い!イベントシナリオ群『海神祭』に、なるべく大勢の方がご参加いただけるよう、同一のキャラクターによる『海神祭』シナリオへの複数参加はご遠慮下さい。
●波音響く砂浜 引いては打ち寄せる波、その身に足を埋めさせ包む砂、空気と共に人をも温める太陽。 そんな砂浜に違和感無く溶け込む風貌の北斗が視線を左右に揺らす。 (綺麗な、海。魚、いっぱい居るかな?) 北斗は楽しげな顔をしながらそわそわと辺りを見た。 その見た目から与える印象の通り、彼は魚が好きだ。そして沢山泳ぐということも。 (魚、いっぱい食べる。今日いっぱい、気楽に生きるよ) そうして海に向かいかけたところで、今回の同行者の姿に気が付いた。 今日はブルーインブルーのジャンクヘヴンで土鈴探しをした後、ここへ集まることになっていた。北斗が一番乗りだったのだが、どうやら他のメンバーも集まり始めたらしい。 「あー! アシカさん!」 黒髪を揺らしながら臣 雀が近づいてくる。 『あ、おいら、北斗。よろしく』 テレパシーで返事と自己紹介をしつつ、北斗は至極気になることが出来たといった仕草で首をもたげた。 「あたしは臣 雀っ! ……あれ、どうしたの?」 北斗はヒゲを少し動かし、申し訳なさそうに口を開く。 『おいら……』 言い淀み、意を決したように言う。 『トド、なんだ』 こうして昼からの楽しみは雀の「あっ!」という顔と共に始まった。 「海や海や~っ! 魚! 魚たくさん獲るで~!」 すべすべとした水色の肌に陽光を受け、真っ白な褌姿のフィン・クリューズが岩場に向かって走ってゆく。 海神祭を楽しみにしていたフィンは土鈴探しの時からテンションが高く、数時間経った今もそれを維持していた。 「その釣竿は……トラベルギアか?」 「おっ、わかるんかツギメはん!」 覗きに来たツギメにフィンは得意げな顔で釣竿を見せる。 「ボクの自慢の竿や、餌も色んな魚を獲るためにようさん用意したんやで。ほらっ」 「ほう、これで魚を……」 オキアミを見ていたツギメが、その隣で元気に蠢くイソメを見つけて固まる。 その様子に気付かずフィンは手馴れた様子で餌を付け、柄をぎゅっと握った。 「よーうし、ボクの竿捌き、見せたるでー!」 ヒュンっ! キラキラと光りながら釣り糸は海面に向かって飛び、数メートル離れた位置に着水する。 あっという間に餌は海中へ沈み、後には静かに玉ウキが揺れるばかり。 波の様子からして、あまり風はないようだ。 「これで海魔が釣れたら面白いのだが」 「おっかないこと言わんといてやツギメはん~」 そう笑ったところで、早速ウキがクンッと引っ張られる。手ごたえを感じたフィンは両手で柄を握り、上体を反らすようにして引いた。 「これはあまり大きくあらへんな……でも元気や!」 左右に揺れる糸。魚が向かおうとしている方向とは逆に引きながら、フィンは力に強弱をつけていく。 二分ほど経った頃だろうか、一瞬の隙を突いてフィンはその魚を釣り上げた。 フグのように丸い魚だ。しかしフグと違い膨らんだ状態がデフォルトらしい。今は魚も興奮状態でそんな事は判断しにくいが、午前中寄った魚市場で同じものを見掛けたのだ。 「……実際に釣りというものを見たのは、初めてだ」 「そうなんか、せやったら折角やしツギメはんもやってかん? 教えたるで!」 「わ、私が、か?」 ツギメは差し出された釣竿をおずおずと握ってみる。 そして緊張した顔にほんの少しの笑みを浮かべて言う。 「ではやってみよう。ただ……」 「ただ?」 ツギメはゆっくりと言葉を続けた。 「…………餌は、フィンに付けてもらえないだろうか」 切実な願いだ。 白黒市松模様の切袴が緩やかな風に揺れる。 黒のタンクトップの上から白の透かし織の羽織りを着、麦わら帽子を被った雪深 終が帽子を片手で押さえて呟いた。 「海が俺を呼んでいる……」 真夏じみたセリフだが、彼が居るのは涼しい日陰だったりする。 「終さんは泳がないのー?」 少し離れたところから雀がそう声をかける。 彼女はその小さな体を赤いビキニで彩っていた。普段のチャイナドレスと同色のそれには、端にワンポイントとして小さな花の飾りが付いている。 それだけならば可愛らしい砂浜のお嬢さんだったのだが、右手には身長ほどもある銛。 「それは……」 「ん? ああ、これでお魚をじゃんじゃんゲットしちゃおうと思って! この子も手伝ってくれるんだよ」 この子、と言われ足元を見ると、そこには大きな海亀が居た。 (岩かと思った) 終は目を瞬かせる。 「で、で、終さんも行く?」 「ああ。――その前に」 ひやり、とした空気が一瞬だけ肌を撫でる。 「氷、食う?」 「……!? かき氷!」 終は氷を作り出し、それを持参したかき氷機で削っていた。傍らには様々な色のシロップが並んでおり、思わず目移りする程だ。 「6月とはいえここは暑いからな、熱射病には要注意だ。おかわりもある、食べていかないか?」 「食べる食べるー♪ ここでこんな甘いものにありつけるとは思ってなかったよ!」 入れ物とスプーンを受け取ると、雀はそれを…… 「いただきますっ」 「あ」 ……一気に掻き込んだ。 人類が何度も味わってきた例の痛みに襲われたのは言うまでもない。 ●きらめく海 「うにゃー! 狩りの時間だー!」 雄たけびを上げ、猛獣型に変身したチェキータ・シメールが潜水を開始する。 しかし勢いだけの彼女ではない。すぐさま砂と海藻を海水と共に凍らせ、それを纏って簡易迷彩を作り出す。 (まずは大物、大物~) 潜っただけで豊かだとわかる海だ。気配を殺しながら進むと、程なくして丸々と太った魚が姿を現した。 銀色の鱗に光をきらきらと反射させ、悠々と泳いでいる。それだけならば美しい姿なのだが、目が突出気味で可愛くはない。 (ああいうヤツほど美味しいんだっけ?) すいーっと近づき、チェキータは最小限の動きで爪を魚の胴に食い込ませた。 激しく身を揺すって逃げようとする魚。舞い上がる砂に思わず目を瞑りつつ、チェキータは舌で蓋をしながら口を開き、前方へ噛み付いた。 ゆっくりと砂が海底へと戻ってゆく。 砂がすべて晴れた時、そこには既に魚の姿もチェキータの姿もなかった。 代わりに彼女が居たのは、海面近くの海水が温かな場所。 (やっぱり狩りは良い! 次はもっと大きなの狙おう、あと大本命も) その口には銀色の魚。 狩りに成功したチェキータは更なる大物と「大本命」を確保すべく、獲った魚を木陰へと隠す。 「うにゃ!? 陸地にも大物!?」 『えっ、待って、待って』 条件反射で襲い掛かりそうになったチェキータにびくりと身を震わせたのは北斗だった。 聞けば彼も潜って魚を獲っていたのだという。近くの別の木陰には大量の魚がバケツから溢れていた。 『まだバケツ、あるけれど使う?』 「たしかに直接置いとくと傷むのが早いかも……」 『はい、これ』 北斗はバケツをすいっと鼻先で差し出すと、自分で獲った魚の一番上に居たものをぱくりと食べた。 「ありがと! ……もう食べるのか?」 『魚、好きだから。でも食べるのは小さいものだけ。大きいのは、皆と食べるんだ』 嬉しそうに言う北斗をチェキータは海を指して誘う。 「次の狩りは一緒にしないか?」 『……! 楽しそう。すごく大きいの狙おう』 「うにゃ、それじゃ決まり! サメとか海魔とか出たら戦うんだ!」 それは避難した方が……と笑いつつ、チェキータと北斗は再度海水にその身を沈めた。 両耳を風が打つ。 髪をなびかせながらツギメが波打ち際を歩いていると、前から一人の少女が走ってきた。 赤い髪が鮮やかな藤枝 竜だ。 普段の学生服とは違い、今はフリルの付いた、しかし落ち着いた雰囲気の水着を着ている。腰で揺れるパレオも女の子らしさを最大限に引き出していた。夏用のパーカーを羽織っていてもそれは変わらない。 「ツギメさん、やっと見つけたー!」 元気、という単語がすぐさま浮かぶ雰囲気で竜は言う。 「私を探していたのか?」 「はい、すごく! どこか行ってたんですか?」 「向こうでフィンと釣りをしていた。しかし難しいものだな、同じような場所で釣っているというのに一匹しか釣れなかった」 その一匹とはフィンと「ウナギ釣れへんかな、ウナギ!」「あれは塩水に生息していただろうか……」というやり取りをしている時に釣れた。 そんな話をしていたせいか若干ウナギに似たにょろりとした魚だったが、持ち歩く訳にもいかなかったのでフィンに預けてきたのだ。 ちなみにウナギは主に淡水に住んでいるが、産卵時は海に出てくるため、秋頃ならばここでもお目にかかる事が出来るかもしれない。 「なるほど……ツギメさんっ、私とも釣りしませんか? 鯛を釣って一緒に食べましょう!」 「鯛?」 「はいっ、美味しいんですよ」 「様々な種類が居るんだな……よし、では行こう。どこで釣るんだ?」 竜は跳ねながら自分が来た方向を指差す。そちらには桟橋があり、釣りのスポットとして開放されているらしかった。 「腰掛けて足に水がちゃぷちゃぷするのが気持ちよくて、太公望でも楽しめるやり方ですよ!」 桟橋まで移動し、すとんと腰を下ろすと竜はてきぱきと準備をする。 先ほどのフィンの時もそうだったが、皆とても手際が良い、とツギメは感心しながらそれを眺めた。 しばしの間釣り糸を垂らしていると、竜が口を開いて突然こんな事を言い出した。 「ツギメさん、凛々しくて好きです」 ツギメは危うく竿を落としそうになりながら、妙な挙動で礼を言った。真っ直ぐな好意に弱いのだ。 「あの、どうしたらツギメさんみたいになれるんですか?」 「ふ……ふむ、私のように、か。……竜が年を重ねれば自然となれる気はするな。毅然とした態度は自信があってこそ取れるものだ」 竜は目をぱちぱちさせる。 「ツギメさんが私くらいの年の頃も、そんな感じでした?」 「かもしれない、な」 世界司書になって過去はすべて無くした。 しかしこうして話しながら過去を想像するのは楽しい。 「私も早くなりたいなぁ……あっ! ウキに反応!」 きゃっきゃと竿を引いて魚を釣り上げる竜を見ながら、ツギメは珍しく仄かな笑みを浮かべていた。 ●大漁! 日も大きく傾いてきた頃、フィンは竜と砂浜を歩いていた。 「いやぁ驚いたで、赤い人魚さんが居るかと思ったわ」 釣りの後に素潜りで魚を獲っていた二人は、つい先ほど海中で再会したのだ。 フィンは網を使って文字通り魚を一網打尽にし、竜はゴーグル越しに見える魚を獲っていた。腰に下げた袋にはうつぼまで入っている。 「それにしても、竜はんも大漁やなぁ」 「ちょちょいと本気を出せばこんなもんですよ!」 「あっはっは! しかも海中をめっちゃ頼んだみたいやな!」 「へ? ……あ」 袋にはなぜか面白い形をした貝や珊瑚も入っていた。 照れ笑いを浮かべつつ、竜は火の準備をしている皆に駆け寄る。 「おかえり。そこに氷を敷いてある。獲れた魚を置くのに使ってくれ」 「わー、ありがとうございますっ!」 「終はんは何してたん?」 終は二つある桶の内、右側の桶を手元に寄せると中を見せた。 そこに入っていたのは、元気に針を動かす真っ黒なウニ。茶色く平たい他の種類も入っている。 「前に食べた時、とても美味しかったからな。沢山見つかって良かった」 「お~、こら焼いたら美味しそうやで……!」 「フィンは凄い魚の量だな」 小振りな魚が多いが、量がとてもある。それを北斗がきらきら眼で見ているくらいだ。 「ふっふっふっ、釣りだけが得意なボクやと思うたらアカンで~!」 フィンはイルカのような尾を揺らす。 「ねえねえ、こっちも手伝ってー」 雀が魚に串を刺しながら言う。鱗を取り、口から尾にかけて串を刺すというのは意外と難しいことだった。 『おいらには、ちょっと難しいし、貝を焼こうかな?』 「あっ、じゃあ火の準備します!」 竜が薪にふっと息を吹きかける動作をする。しかしそこから出たのは息ではなく赤い炎。 ぱちぱちと燃える火の上で北斗は揚々と貝を焼いてゆく。ぱかりと開いた貝の間からは汁が泡と共に溢れ、香ばしい匂いを漂わせていた。 フィンと終は雀の手伝いをし、塩などで軽く味を付けて火の近くに刺したり鉄板を敷いてその上で焼いてゆく。 「このウナギっぽいやつは蒲焼にするか~。うつぼもそうする?」 「わ、お願いしまーす!」 フィンは竜からうつぼを受け取り、雰囲気が出るからと頭は残したまま捌き始めた。 「焼けたら骨も全部食べちゃいましょう、カルシウムカルシウム!」 「ぜ、全部!?」 「そうっ、背も胸もおっきくしなくちゃ!」 「背も胸も……」 雀は自分の胸と、周りの女性陣の胸を見比べた。 竜はスレンダーだが自分よりはある気がする。もちろん背丈は言わずもがな。 チェキータは狩りの時とは違い、人型をしている現在はシンプルなビキニとパレオを纏っていた。青いそれを着けた身体はとても女性らしい。 ツギメも外見年齢に見合った体つきだ。 「……あたしも骨まで食べる!」 「おー! その意気だー!」 そんな会話を聞きながら、喉につっかえた時のために沢山ご飯を炊いておこうと思う終だった。 「――亀だっ!」 調理中の皆にのそり、のそり、と近づいてきたのは、一匹の海亀だった。 それこそチェキータの大本命、好物の亀である。 しかし獣の姿に戻ろうとしたところで、慌てた様子の雀が止めに入る。 「ま、待ってー! この子、魚を獲るのに協力してくれた子なのっ」 「え、えーっ。でも亀……」 じゅるり。 食べる気満々である。 「たしかに食材でもあるが、協力者を食べるのは気が引けるな」 ふむ、と終は顎に手をあてて考え込む。 「まあ……この一匹だけではないだろう、帰るまでにまた見つけることが出来るんじゃないか?」 「むむむ。美味しそうなんだけれどな……」 そんな葛藤をよそに、海亀は首を揺らすばかり。 しかしチェキータが獣性の低い人型だった事が功を奏した。魚を食べた後に皆で探しに行ってみようという事に落ち着いたのだ。 「絶対に見つける! 狩れたら皆にもご馳走するぞ。鍋にすると美味しいんだ」 「海亀の鍋か、未経験だ。気になる」 興味を引かれつつ、終はウニを綺麗に割った。 食事の準備が出来たのはそれから一時間あまり経った頃。 今では西に残っている夕日の光より、竜の生み出した炎の方が明るい。 ウナギもどきとうつぼの蒲焼には甘辛いタレを塗り、ウニは半分生に、もう半分は焼きウニに。 大きな魚は捌いて焼くものと刺身用に分け、小さなものはそのまま姿焼きにした。貝は二枚貝からサザエのような巻貝までバリエーションがあり、個々の味もちょっとずつ違っている。 「おおぉ! 今日のMVPは北斗はんやなぁ!」 カジキ級の巨大な魚。 皿が無いため大きな葉っぱを何枚も敷き、その上に横たえられたそれはシノと、北斗の操る超能力により獲られたものだ。 しかし超能力にだけ頼った訳ではなく、尾びれや体当たりで体力を削いでいった作戦勝ちである。 巨魚は竜の炎で直接炙り焼きにされ、中まで火が通っていた。 『これも、骨ごと?』 「これはー……あはは! カルシウムはもう既にバッチリですよ!」 きょとんとした顔で北斗が訊ねると、竜はそう片手を頭の後ろにやって笑った。 「うーんそれにしても……」 海の向こう側を見るように視線を動かす。 太陽はほとんど隠れたものの、未だに砂には温かさが残り、吹いてくる風にも夏の気配がしている。 「……」 竜は考えた。 「……えい!」 「!?」 考えた末、隣に居た終に飛びついた。 ウニの焼き加減を見ていた終は周りが気付かない程度に目を白黒させる。 「な、なんだ?」 「いや、終さん氷使いだから冷たいかなって!」 「……涼みたいのか、ならばこっちの方が良いぞ?」 終は等身大の氷柱を作る。いわば氷の抱き枕だ。 やったー! とそれに抱きつく竜。肌が張り付いたりしないかとツギメははらはらしたが、竜ならば自前の炎でなんとかなるだろう。 「ん? フィンは何を作ってるんだ?」 チェキータがフィンの手元を覗き込んで首を傾げる。 「ああ、貝の味噌汁や。そういや汁もんが何もあらへんかったやろ? 残った魚も吸い物にしてみたいなぁ」 「へー、器用なんだなぁ……」 「塩加減はこんくらいが丁度えぇで! 多すぎても少なすぎてもアカンのや~」 釣りだけでなく料理の腕も良いフィンはチェキータにレクチャーしてゆく。 貝の種類は分からないが、それはアサリのような姿をしていた。しかし実際のアサリよりも貝柱が太く、入れる前に試食してみたが身も柔らかだ。 「どや、味見でもしてみるか?」 小皿に取られた味噌汁を見下ろし、チェキータはすうっと息を吸い込む。 そして首を傾げるフィンの前で、ふーふーふーと吹きかけて冷まし始めた。 「なんやなんや、猫舌か?」 「いや……そこまで苦手じゃないけど、何か熱そうだったから」 「まあ貝はそのままいっとったらヤケドしとったやろなぁ、旨みいっぱいの汁がたんまりやで!」 さっぱりとしていながらも、忘れられないその味は胃だけでなく皆の心も満たすだろう。 ことこと音を立てる鍋からは、そんな事を彷彿とさせる香りの湯気が立ち上っていた。 ●夜の海 家々のある方向から、風に乗って鈴の音が響いてくる。 ジャンクヘヴンの土鈴は澄んだ音色をしていた。美しくも非現実的なその光景はお祭りをしているのだという実感を引き連れてくる。 大事にしまっていた鈴をしばし鳴らしていた竜だったが、活発な彼女がそれだけに終始するはずがなく、持参した花火で夜空を彩り始めた。北斗も口で器用に線香花火を咥え、ぽとりと落ちるまでじーっと見ている。 その楽しい光景を眺めつつ、フィンは自分の鈴を取り出す。 ちりん ちりりん この音色もどこかの誰かの耳に届くのだろうか。 そこから少し離れた砂の上で、雀は物憂げな顔で夜空を見上げていた。 「どうした、雀」 その背中が妙に寂しげに見えて、思わずツギメはそう声をかける。 振り返った雀の顔にはいつもの笑顔が浮かんでいたが、なぜか寂しげな雰囲気は変わらない。 「あのね、ツギメさんて兄貴の許嫁にちょっと似てるの」 「兄貴……雀には兄が居るのか」 「うん、あたしとも顔見知りだったんだけど……パっと見気が強めだけど、ホントはとっても純情で女の子らしい素敵な人」 なんだか懐かしくなっちゃった、と雀は肩を竦める。 懐かしい。今日一日ツギメを見ていて思った事だ。 「バカ兄貴、どこで何してるんだろ?」 行方不明なのか……そうツギメは一瞬表情を動かすが、深くは追求せず、ただ雀の隣に座る。 「早く、その許婚のもとに兄が帰るといいな」 「……うんっ」 普段の元気な声で頷き、雀は背伸びをしてから再度ツギメを見た。 「ふふっ、ツギメさん、その水着すごく素敵だね!」 「そっ……そうか? シンプルなものをと念を押してリリイに見繕ってもらったものだ」 「さすがリリイさん! セクシー&キュートでキマってるっ、兄貴だったら絶対ほっておかないよ」 「そ、そうか」 無意識に同じ返事をしてしまう程度には照れるツギメだった。 「雀も可愛らしいぞ、瞳の色と同じ水着か。黒い髪にも映える」 「えへへ、ありが……とう……、ふぁ」 途端に下りてくる瞼。目を擦りながら雀は頭を振る。 「んん……昼間たくさん遊んだから眠くなっちゃったなあ……」 普段では考えられないほど日に焼けるまで遊んだのだ、その分体力も減ってきていたのだろう。 雀は起きていようと頑張って目を開ける。 まだ話していたいのもあったが、寝言を聞かれるのがちょっぴり恥ずかしい。 だがこの口の堅そうな女性ならどうだろう、寝言のことも黙っていてくれるのではないか……そう考えた瞬間に気が緩み、雀は一気に夢の中に落ちていた。 「むにゃ……兄貴どこー?」 ずっとずっと、ロストナンバーになってからも探し求めていた兄。 「絶対見付けてやるんだからね……」 寝言に本音を乗せ、雀はすやすやと寝息をたてる。 兄が傍に居たあの頃と同じように。 「うにゃうにゃー!」 「フギギーッ!!」 「……何だこれは」 戻ってきたツギメが思わずそう言う。 チェキータはあれから若干小さめだが海亀をゲットし、海亀の鍋を完成させていたのだが、どうやらそのチェキータと竜が争っているらしい。しかも野生的に。 こうして見ると両方猫のようである。否、片方は間違ってはいないのだが。 「残った亀肉をどちらが食べるか争っている、のか?」 「ご飯!」 「うどん!!」 「ああ……」 争いの原因は最後のシメ方である。 「意見の分かれるものだな……しかし二人とも、しー、だ」 ツギメの腕の中には眠った雀が居た。その姿を見、二人が大人しくなった隙を見てフィンがオタマを振るう。 残ったスープは宙を舞い、別の入れ物へと吸い込まれるように入った。 「喧嘩になった時は分けっこや」 「フィンさん頭良い~……!」 「ボクは行動派で知能派やからね!」 フィンはくるんくるんとオタマを回し、それを洗い物入れに突っ込む。 程なくして、そこには海亀スープの雑炊とうどんが並んでいた。 昼間、終は雀と共に海に出ていた。かき氷を食べ終わった後の事だ。 雀の銛を見て自分も使ってみたいと思ってはみたものの、結局は自分の腕を信じ素潜りで獲りに向かった。 そこで氷を作り出し海水を低温化。魚の動きを鈍らせて素手での捕獲を可能にしたのだが、実はこっそりと他のものも確保していた。 『……何を見てるの?』 興味深げに桶の中を見る終を興味深げに見ていた北斗。 声をかけると終はそっと桶の中を指した。 そこには海水に浸った綺麗な石、模様がなんだかセクタンの顔に見える貝、小さなヤドカリ、エビ、カニ、水かさのある所には小魚が泳いでいた。ちょっとした水族館だ。 「こうして見ていると面白い。……あ」 『カニが……』 「捕食した」 何を、かはあえて書かない事にする。 自然の摂理はこの小さな桶の中でも活きているのだ。 静寂の隙間に土鈴の音を挟み込み、ジャンクヘヴンの夜は更けてゆく。 この日の事がロストナンバー達の中で思い出になるのは、もう少しだけ先のこと。
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