司書は溜息を吐いて導きの書を閉じた。「今回は、君達にモフトピアへ行ってもらいたい」 近頃は物騒な事件が多くて、落ち着かない者も多いのではないだろうか。 そんな折にこのような依頼が舞い込んでくる事は、ロストナンバー達には息抜きになっていいのかもしれない。「なに、事件が起きたわけではないので、息抜きだと思ってくれてかまわない。ただし、アニモフ達のかまって攻撃に備えて、体力だけは充分に蓄えておけよ」 要するに、アニモフ達が満足するまで遊んで来いという依頼なのだ。 アニモフ達を存分にもふれるとあって、集まったロストナンバー達の頬が緩む。 そんな彼等の様子を見て、世界司書の戸谷千里はまた一つ溜息を漏らした。 モフトピアに向かうロストレイル車中には、穏やかな空気が流れていた。 これから会うアニモフ達の事を思い、妄想に耽る者や談笑をする者、様々だが、皆一様に緊張感とは無縁の様子だった。「ん? おい、今何か通ったか?」 ロストレイルの窓の外、何かが視界を遮った気がして、一人のロストナンバーが声を上げる。「いや、俺は気付かなかったけど?」 その声にもう一人のロストナンバーが答えた。 にわかにざわつき始めた車中では、お互いに顔を見合し、窓の外を覗き込む者達がいるなか、我関せずといった態で居眠りをする者もいた。 車掌も何も言ってこないし、アナウンスも流れない。「気のせいか……」 特に何も変わった事は起こらず、気を緩めたその時、ドシンと何かがぶつかった衝撃にロストレイルが揺れた。「なんだ?!」 ガン、ガツ、ゴッ 窓を激しく叩く何かが見えた。濃い紫色の何かだ。「緊急事態発生! ただいまこの車両はワームによって攻撃されています。皆さんはワームの攻撃に備えてください」 アナウンスに続き、車掌が声を上げる。「ロストレイルは頑丈にできています。ですが、万一に備え、戦闘準備をお願いします」 ビシ…… だが、車掌の言葉を嘲笑うかのように、窓にヒビが入る。 「おい、丈夫なんじゃなかったのか?」 ロストナンバー達に動揺が走った。 漆黒の闇の中、ロストレイルから少し離れた場所に銀色に浮かび上がる円盤があった。 銀色の円盤――放浪船(ナレンシフ)には数人のロストナンバーの姿が見えた。 そのうちの一人が楽しげに嗤う。「ふふ、どこまで持ち堪えられるかな?」 だが、彼等は世界図書館に所属している者達ではなかった。 それはつまり―― ========!注意!イベントシナリオ群『ロストレイル襲撃』は、内容の性質上、ひとりのキャラクターは1つのシナリオのみのご参加および抽選エントリーをお願いします。誤ってご参加された場合、参加が取り消されることがあります。また、このシナリオの参加キャラクターは、車両が制圧されるなどの状況により、本人のプレイングなどに落ち度がなくても、重傷・拘束等なんらかのステイタス異常に陥る可能性があります。ステイタス異常となったキャラクターは新たなシナリオ参加や掲示板での発言ができなくなりますので、あらかじめご了承下さい。========
「もふもふもふもふモフトピア~」 体を左右に振りながら、機嫌よく歌を口ずさんでいるのは黒い蚕――ムシアメだ。 「ああ~、モフトピア、久しぶりでんなぁ」 呟きながらうっとりと頬を染める。 「また、あの可愛らしい生きものに会えるなんて、嬉しいなぁ」 黒い体を捩りながら悶えている様子は、虫嫌いの人間が見たら卒倒するかもしれない。 しかし、幸いにもそんな彼の存在に気が付いている者は現在、いないようである。 「アニモフたちと遊び倒す依頼だなんて、すごく楽しそう! ね、モーリン」 仁科あかりはフォックスフォームのセクタンに話しかける。手には携帯ゲーム機を握り、モフトピアへ到着するまでの時間を潰していた。 モーリンはそんなあかりの手元を覗き込んだり肩に飛び乗ったりと忙しない。 「もう、モーリンったら少しは大人しくできないの?」 ゲームに集中できないじゃない。と言いつつ、あかりの顔は笑っている。 「モフトピア……一体どのようなアニモフ達が迎えてくれるのだろうか」 今回の依頼は色んな浮島のアニモフ達が集まって来ると世界司書は言っていた。だが、詳しい種類までは言っていなかったな、と、シャンテルは思い起こす。 「行ってからのお楽しみってことか」 一つ息をついてディラックの空に目を向ける。 「ふふ」 アルティラスカは今から起こる事を考えて笑みをもらした。 モフトピアに到着するまでもなく、アニモフ達のキラキラとした目が今から思い浮かぶ。 導きの書に載るほどの強い願い。それほど自分達の存在を待ちわびられるなんて、これほど幸せな事があるだろうか。 「楽しみだわ」 どんな事をすれば彼等はより喜んでくれるだろうか。想いを巡らせていると自然と笑みがこぼれる。 「あら?」 「ん?」 ふと窓の外に目をやったアルティラスカとシャンテルが声を上げたのは、ほぼ同時だった。漆黒の空に何かが銀色に瞬いた気がしたのだ。 他の車両も少しざわめいているように思うのは気のせいか。 しかし、アナウンスも車掌も何も言ってこないので、気にするほどの事ではないのだろう。咄嗟に張った気を解こうとしたその時、 ガン、ガツ、ゴッ 隣の車両から窓を激しく叩く音が響いてきた。 「敵?!」 ロストナンバー達に緊張が走る。 すぐさまアナウンスが入り、ワームの攻撃を受けている事を知る。車掌も車両間を移動しながら戦闘準備の旨を触れ回っている。 世界司書から予言がない場合、走行中のロストレイルが攻撃を受ける事は、ほぼ皆無に等しい。嫌な予感が胸中に広がった。 ロストレイルが緊急停止をし、足場を広げ、戦闘準備を始める。 「わわっ、わっ……!」 ブレーキの反動でムシアメが座席の背もたれ部分からころんと転げ落ちた。もふもふな座席でバウンドし、床に転がった黒蚕は人間の姿に変化した。 「あたたた……、ブレーキ掛けるんなら言ってぇなぁ」 頭に手をやり、文句を垂れる。 「せやけど、なんや、ワームが出たちゅうことはもしかしてモフトピア行きは中止ってことなん? ないわー、そらないわー」 なおも不満を口にしながらムシアメは立ち上がる。 「ちょおモフトピア行きの邪魔しよった奴の面(つら)ぁ、拝ませてもらおうかいのぅ」 ムシアメの周りに黒いオーラのような見えるのは気のせいだろうか。 「ワーム……どんな姿をしてるのかな? 対策を立てるにはまず敵を知らなくっちゃ、だよね」 機動力を上げる為、あかりは持ってきていたローラースケートを履く。 正直、ワームと戦うのは怖い。だけど、逃げるわけにはいかない。あかりは勇気を振り絞って音の聞こえた車両の方へと駆け出した。 該当車両に駆け込んだあかりの目に映ったのは、紫色の触手のようなモノ。 それは窓を激しく打ち鳴らし、浸入を試みているようだった。 ピシッ 「ひ、ヒビが……!」 窓にヒビが入ると、恐れをなした他のロストナンバー達が他の車両へと逃げ出した。 あかりがごくりと喉を鳴らす。 「あれ、車内に入れたらマズイと思うんだけど」 あかりの後方からゆっくりと現れたのはシャンテルだった。 「そうですね。あそこから見えているのが同じワームのものだとしたら、半車両分くらいの大きさになるのではないでしょうか」 アルティラスカがシャンテルの言葉を継ぐ。目を凝らせば、攻撃を受けていない窓の外にも紫色の物体が見えているではないか。 「せやなぁ。できれば広いところでボッコボコにどついたりたいもんなぁ」 ムシアメも会話に加わった。 「ぼっこぼこ……」 話のレベルが違う。あかりがあんぐりと口を開けた。 「そうや、あんさんも一発ぐらい殴らんと気ぃ済まんのんやないか? 違うか?」 恐怖に縮こまりそうな体を無理に奮い立たせている自分とは明らかに違う。 「わ……わたしは……」 答えあぐねているあかりの肩にアルティラスカがそっと手を置いた。 「まあ、相手がどんなワームかもまだわからないのですよ。外での戦闘はあなたに任せて私達は車内で警戒を続けるさせてもらうわ。ね?」 アルティラスカがあかりに同意を求めると、あかりはアルティラスカを見上げて頷いた。 そうだ、何も直接戦闘するだけが戦いではない。後方支援、防衛も必要なのだ。 「せやな。ほなわいはワームをぶちのめしてくるさかい、他のロストナンバーのお守は頼んだで」 そう言うとムシアメはひらりとロストレイルの屋根へ身を翻した。 「私も行こう」 続けてシャンテルも屋根に飛び乗った。 「わたしも怖いけど頑張ります! ワームが車内に入ろうとしたらこれで攻撃してやるんだから!」 あかりがトラベルギアを取り出す。それは持っているだけで呪われそうな、牙で縁取られた禍々しい仮面だった。 「ふふ、頼もしいわね」 恐怖を押し殺し、健気にも奮闘しようとする少女を見てアルティラスカは目を細めた。 ギシ、ミシ…… 不気味な音が車中を包む。 「ロストレイルを潰すとでも言うの? そうはさせません」 アルティラスカの体が光に包まれる。アルティラスカから放たれた眩い光は一瞬にしてロストレイルを駆け巡り、音もなく消え失せた。 「今のは?」 「ロストレイルに世界樹の加護を与えました。これで、ちょっとやそっとの事でロストレイルが潰れてしまう事はありません」 やっぱりツーリストはすごい。あかりはちょっぴり劣等感に苛まれてしまう。 「でも、もしかしたら敵はワームだけではないかもしれません」 あかりはアルティラスカの言葉にハッとする。 「世界樹旅団?」 「ええ、そう、世界樹旅団。彼等が近辺に潜んでいるかもしれません。杞憂ならばいいのですが、油断はできません」 「うん、わたしも、もしかしたらって思ってたの」 アルティラスカもあかりも同じ事を思っていた。もしかしたら外の二人も感付いているかもしれない。 「乗務員にも念の為、注意を促しておきましょう」 「わたし行ってきます。新手の奇襲に注意するよう言えばいいんですよね?」 「お願いするわね」 機関部分の先頭車両を目指し、あかりは猛ダッシュした。わたしはわたしでできることをしよう。下手に突っ込んで皆の足を引っ張ったら嫌だもの。 けれども、いざとなったら自分が囮になって敵を引きつけるくらいの覚悟をあかりはしていた。 「なんや、われ、派手な姿しとんなぁ」 ムシアメとシャンテルの前に全容を現したワームは全体的に紫色をしており、触覚と体の文様が黄色となっていた。いわゆる壱番世界でいうところのウミウシに酷似していたのである。 「ロストレイルを走行させて振り落とす、ちゅうんは……無理やろなぁ」 体の腹部をピッタリとロストレイルに貼り付けている。これを剥がすのは至難の業のようだ。 「なんだ、諦めるのか?」 「ご冗談を。諦めたらそこで終りやってぇなぁ!」 ムシアメがワームに踊りかかる。遅れてシャンテルが翼を広げ飛び上がった。 「まずは雷や! いっくでぇー!」 ムシアメが口を広げると、シャアアと絹糸が飛び出した。絹糸はワームの体全体に絡まり、バチバチと放電した。 ワームは体半分をよじらせ、直接脳内に響くような悲鳴を上げる。 間髪いれずにシャンテルがサーベルで斬りつける。しかし、肉厚の体を分断するには至らない。 「やはり、一度では無理か」 ならば、何度でも斬りつけるのみ。 再び加速をつけて斬りかかる。 一閃、二閃……手応えはある。斬りつけるたびワームの悶える様が見てとれる。だが、なにかがおかしい。 「ちょお、見てみい!」 ムシアメの叫び声でシャンテルは飛行を止め、ワームを見詰める。 シャンテルのつけた傷が、体内から湧き出た液体で覆われ、みるみる塞がっていくではないか。 「くそ、自己修復能力か」 「いや、まだ諦めるのは早いで」 ムシアメはまたも口から絹糸を吐き出す。それは鞭のようにしなり、ワームに打ちつけられる。 じゅっという音と共に黒い筋が浮かび上がる。縮れた体皮は修復されず、そのまま残されていた。 「いけるでぇ」 「今度は何をしたんだ?」 「炎や。炎の呪いをな、絹糸に乗せたったんや」 ムシアメが不敵な表情で答える。 「これならいけるかもしれないな」 「せやろ?」 「雷と炎と剣と、うまく組み合わせればワームを引き剥がす事も可能か」 シャンテルの言葉にムシアメがうんうんと頷く。 「では」 「「いざ参らん!」」 二人は同時に飛び掛った。 「派手にやっているようですね」 車体を世界樹の加護で強化しているとはいえ、振動は伝わってくる。時折、紫色の触手が窓を打ち叩いていた。 「車体自体は大丈夫だけど、窓はそろそろ限界かもしれないわ」 触手が当たる度に窓のヒビが広がっている。戦闘による振動も原因の一つのようだ。 アルティラスカは一人の旅人として、そして異世界の世界樹として世界樹と名の付く【世界樹旅団】の動向が気なっていた。 「世界樹旅団の設立者がロストナンバーを集めているのは、同じく覚醒した存在を捜索するためでしょうか?」 しかしながら、我々、世界図書館に所属する者と世界樹旅団に所属する者とでは思想に大きな隔たりがあるように思えてならない。 「色々考えずにはいられませんが、今は事態の収集に全力を尽くさないと」 自分がいくら考えたとて、事の真意は彼等にしかわからないのだ。 アルティラスカは思考を振り払う。 「アルティラスカさーん!」 あかりがアルティラスカの名を呼びながらこちらに駆けてくる。 ドオン! あかりが連結部分の手前、昇降口の場所を通りがかった瞬間、扉が爆破された。 「あかりさん!」 悲鳴に近い叫び声を上げ、アルティラスカがあかりに駆け寄った。 あかりは爆風に巻き込まれ、反対側のドアに体を打ちつけていた。 「いっ……たぁ……」 爆風に巻き込まれはしたが、扉の破片で怪我を負うことだけは免れた。トラベルギアの仮面の影に運よく体が収まっていたのだ。 「ふん、生きていたのか。運のいい奴だ」 声のした方を向くと、破壊された昇降口に男が立っていた。 「世界樹……旅団……!」 「へぇ、オレ達の事、知ってんだ」 男がじり、と足を踏み出した時、アルティラスカが密かに仕込んでいたトラップが発動した。 「痛っ……! 何だこりゃ、放しやがれ!」 棘の付いた蔓のようなものが男の体を拘束し、ギリギリと締め上げ、中空へと引き上げる。 「痛たたた、やめろ、降ろせ……!」 「あなたが敵意を向ける以上、開放するわけにはまいりません」 アルティラスカが鋭い視線を向ける。 「世界樹旅団は世界図書館が持つ何かが欲しいんですか? それとも人質や情報集めの為だけにここまでするんですか? こんな事して……なんになるんですか?」 矢継ぎ早にあかりがまくしたてる。 「ハッハッハッハッ、いいざまだなぁ」 あかり達が先ほどまでいた車両の後部から、男がもう一人姿を現した。 「トラップとは、なかなか粋な事をするねぇ」 男は薄ら笑いを浮かべながらこちらへ向かっている。手には拳銃を握っていた。 仲間と思われる男が救いの目を求めるが、ニヤリと笑うだけで手を差し伸べようとしない。 「悪いけどお嬢さん達、この列車は俺達が貰っていくよ」 アルティラスカのトラップの発動は一度きり、それでこの男は爆破の混乱に乗じて難なくロストレイルに潜り込めたのだ。 「そうはさせません」 アルティラスカが男をキッと睨む。 「いいねぇ、その顔。気の強い女は好みだぜ」 男は楽しそうにわらう。 「もらうって、ロストレイルに乗ってる人達はどうなるの?」 「さあて、どうしようか。ま、俺としてはこの列車さえ手に入れば、お前達はどうでもいいんだけどねぇ」 あかりの問い掛けに、ニヤニヤとしたまま男は答えた。 そういえば、他の車両のロストナンバー達はどうしているのだろうか? いやに静かだが。 「ねぇ、他の人達はどうしたの? まさか……」 「ハハハ、殺しちゃあいないよ。弾がもったいないからなぁ」 男の肩越しから連結部分の扉がきっちり閉まっているのが見える。窓からは白い靄のようなものが漂っているのが見えた。おそらく睡眠ガスか何かで眠らされているのだろう。 「ま、そういうわけで、ちょっとそこどいてくんないかな? 大人しくしてたら乱暴な真似はしないからよ」 この先は機関室だ。ここを制圧されると自分達に成す術はなくなってしまう。 「それはできかねます」 「そうよ、わたし、家に帰りたいし、謝りたい人も0世界にいるんだから!」 あかりが仮面を携え、男に突進する。ローラースケートは壊れていない。大丈夫だ。 あかりは一歩踏み出すごとにスピードを加速した。 「そらそら、どうや、かなわんやろ!」 ムシアメが炎と雷の呪いを乗せて絹糸を繰り出し、焼かれた体皮部分をシャンテルが切り離していく。その繰り返しでワームの体はどんどん小さくなっていった。 地道な作業だが、効果は覿面だ。 時折、体皮を触手のように伸ばしてワームが反撃してきたが、間一髪のところで二人はかわしていた。 それでも、完全に避けきれたわけではなく、ムシアメの体のあちこちには小さな切り傷が刻まれていた。 シャンテルも攻撃を受けてはいたが、服が多少破けているだけで出血は認められない。彼女の体は攻撃を受けた部位が反射的に堅牢な鱗へと変わり、皮膚を守っていたのだ。 二人がワーム相手に奮闘していると、ヒュと唐突に二人の眼前に銀色の円盤が現れた。――かと思えば一瞬後には後部車両の屋根に姿を移し、着地していた。 その直後、前方車両から爆発音が響き、煙が上がる。 「くっ、下はどうなってるんだ? 無事なのか?」 「わからんな、今はこっちをどうにかせにゃ、身動きとれんわ。それに、お客さんも増えたみたいやしなぁ」 車両内の状況を確認したかったが、ワームの攻撃が執拗になり、それはかなわなかった。 それと視界の端では、円盤から数人の男が降りるのを確認していた。このままここを離れるわけにはいかなかった。 円盤から降りてこちらに向かっているのは二人。 まずはシャンテルが新たな敵に挑み、その間、ムシアメが雷の呪いでワームの動きを封じていた。 一人は鞭、もう一人は剣を携えている。なんだか今の自分達のようだとシャンテルは少し可笑しくなった。 「なにがおかしい!」 男が鞭を振るう。 シャンテルは鞭をかわし、男の懐に飛び込む。 「隙だらけだな」 フッと笑い男の顎の下にサーベルの柄で一撃を加える。 男はどうと倒れ動かなくなった。 「貴様ァ!」 シャンテルの背後からもう一人の男が斬りかかる。 シャンテルは振り向きざま、剣をはじき、そのままの勢いで男の腹を蹴り上げる。 「ぐう……」 男はよろけはしたがなんとか耐え、倒れる事はなかった。 「ほう、少しはやるようだな」 「こ……の……!」 男の体が怒りに打ち震える。 咆哮と共に突進し、シャンテルにめちゃくちゃに斬りかかる。 「やれやれ、平常心を失うとその時点で負けだと習わなかったのか?」 剣の応酬をシャンテルは体を捻る事でかわし、隙を突いて男の体や顔を殴打する。サーベルは既に腰に収めていた。 「おお~い、お楽しみのとこ悪いんやけどなぁ、そろそろ決着付けた方がええんやない?」 一向に決定打を与えないシャンテルに痺れを切らし、ムシアメが叫ぶ。 「そうだな」 ムシアメに返事を返し、シャンテルは男の鳩尾に強烈な一撃を見舞った。 「ぐ、が……」 「悪いな。私は私の英雄以外に殺される気はないんでね」 息が詰まった男はその場に昏倒した。 ぶん、とあかりが仮面を振り回す。男は牙に触れないよう、うまくかわす。いくら振り回しても男の体、いや、服にすら傷一つ負わせられなかった。 訓練されている者とされていない者の差が歴然としていた。 「お遊びは終わりだお嬢ちゃん」 男は仮面ごとあかりを蹴り倒す。 やはり違う、とアルティラスカは思った。世界図書館と世界樹旅団、その在り様は似て非なるものなのだ。 仲間に対しても、敵に対しても慈悲というものが感じられない。 「ここは通しません」 アルティラスカは白光の弓矢を生み出し、男へ矢を向けた。 男は拳銃をアルティラスカに向けている。 アルティラスカが弓を放ったのと男が拳銃の引き金を引いたのは、ほぼ同時だった。 だが、弓矢も弾丸も相手の体を傷付けるには至らなかった。 弾丸は白光の矢を切り裂き、弾丸はアルティラスカに届く前に熔かされた。 「面白い。……これではどうかな?」 男はもう一丁の拳銃を懐から取り出した。 アルティラスカは息を呑む。 「させないんだからぁ……!」 「ぐっ……」 男の足に激痛が走った。 あかりのトラベルギアの仮面が男の足に齧り付いていたのだ。 「この……!」 怒りにまかせ、男は引き金を引いた。 「きゃあ!」 男は仮面とあかりの顔の側の床を打ち抜いた。あかりの手は仮面から外れ、仮面は恨めしげな唸りを上げて男の足から口を外す。 男は大股でアルティラスカに近付き、頬を乱暴に叩いた。グリップの底で。 アルティラスカは飛ばされ、体を座席に打ちつけた。 「女性に手を上げるなんて、男の風上にも置けない奴だね」 男の進路をシャンテルが阻む。 「ヒューゥ♪ これはこれは、またもや勇ましいお嬢さんのお出ましかい?」 口調はおどけていたが、目は笑ってなかった。 「だが、もうお遊びの時間は終りでね、お嬢ちゃん達にかまってる暇はねぇんだよ」 「奇遇だね。こっちのお遊びの時間も終わったんだ。ちょうどよかったな」 言い終わるや否やシャンテルは素早くサーベルを抜いて、男の手から片方の拳銃を叩き落とした。 男はもう一方の拳銃をシャンテルに向け発砲した。そのまま二、三発発砲するが、すべてシャンテルをすり抜けていった。 「どこに向けて撃っている?」 シャンテルの背後でどさりと何かが落ちる音がした。 「なに?!」 「言っただろう、遊びの時間は終りだって」 男の襟元では赤い光が点滅している。耳を澄ませば微かに電子音が漏れていた。 男はシャンテルの脇をすり抜け、蔓に巻き取られたままの団員を引き摺り、ドアのない昇降口に向かった。 「俺達の任務は完了だ。あばよ」 男が掌に納まる程度のリモコンのボタンを押すと、銀色の円盤が姿を現した。 引き摺っていた団員を無造作に入り口に放り投げると、自らも円盤に乗り込んだ。 「おい、ちょっと待て!」 シャンテルが叫ぶが、入り口を開放したままの円盤は静かにロストレイルの屋根へと移動する。 「やれやれ、なっさけねぇなぁ」 男はドカドカと屋根を歩き、倒れている団員達を先ほどの男と同じく、乱暴に回収していった。 「え、ちょい。なんなん?」 ムシアメとワームは完全無視だ。 「え? え?」 ポカンとしているムシアメをよそに、円盤の入り口は閉じられ、ゆっくりとロストレイルから離れていった。 「ちょお、待ち~。逃げるんならこいつも持ってけやー! ……って、聞こえるわけないか。厄介なもん押し付けやって、ああ、もう!」 ムシアメは一人でワームを車両から剥がす作業を続けていた。雷で痺れさせその隙にロストレイルに張り付いている部分を炎で焦がし、剥いでいく。 ――ガタン 不意にロストレイルがゆっくりと動き出した。 「お、お、おおー??」 どんどんスピードを増し、ワームだけでなく、ムシアメも飛ばされそうになる。 「待って、わい忘れられてる? わいは蚕一匹分の体重しかないんやで。飛ばされるー」 涙目で叫ぶが、ムシアメの声は誰にも届いていなかった。 「あ、しまった。ワームの存在を忘れてたな。針も埋め込んでるし、こっちの情報を奴等に渡すのはまずいだろうな」 男はふとワームの存在を思い出し、ロストレイルへと引き返す。 「わいはもう駄目や」 必死にしがみついていたムシアメだが、もう限界だった。ワームもあと少しで完全に剥がれそうだった。 その時、銀色に輝く円盤が目に映った。 「天の助け? いやいや、あれは敵やし」 円盤の底部が開き、網が投下された。 それはワームとムシアメを包み込んだあと、格納庫へと収納されていった。 「おや、余計なものまで拾ったみたいだが……まあいいか」 モニターを覗いていた男が呟く。 「よかないわ! わいをロストレイルに戻せー!!」 ムシアメの叫びが虚しく響く。 男が見ていたモニターの横のパネルには文字が浮かびあがっていた。 『敵の車両確保せり。団員は直ちに帰還せよ』 ――と。
このライターへメールを送る