世間ではクリスマスだ、そうだ。 そんなこととは全く関係なく、リュカオス・アルガトロスは0世界の街を歩いていた。 彼は「無限のコロッセオ」の管理人であるが、ずっとそこにいるわけではない。彼だってぶらぶら街を歩いたりもする。 腹ごしらえでもしようと歩を進めながら、彼は珍しく考え事をしていた。 リュカオスには最近気になる人物がいたのだった。 何でも聞くところによると、その人物は道場を開いて、ロストナンバーたちに戦闘技術を教えたりしているらしい。なんと自分と同じである。 しかも、その人物は虎を三本の指だけで仕留めたことがあるらしい。 いったいどんな奴なんだ……。 リュカオスは、思いを馳せながら歩いていて、ふと前方の八百屋で買い物をしている男に目を留めた。 黒い民族衣裳を着た中肉中背の男である。八百屋が彼にツァイレンさんと声を掛けているのが聞こえ、もしや!? と、リュカオスは目をみはった。 この人物が件の気になる男か? 思った時には、彼はすでに隣に立っていた。「?」 りんごを手に、ツァイレンが不思議そうにこちらを見ている。まずい。「やあ」成り行きでリュカオスもりんごを手に取った。「俺はリュカオス・アルガトロス。無限のコロッセオの管理人をしてる」 唐突すぎる自己紹介だったが、ああと相手はうなづいて微笑んでくれた。「お噂はかねがね伺っています。私はツァイレンと申します」「俺もあんたの噂を聞いてる」「それはどうも。恐縮です」「よろしく」「こちらこそ」 リュカオスがりんごを置いて握手を求めると、ツァイレンも手を握り返してきた。非常に紳士的な男である。 と、リュカオスは会話に詰まった。ぜひとも手合わせをしてみたい。そうは思っていたが、初対面でいきなり、こんな道端でそんなことを言い出すにはさすがの彼も気が引けた。「せっかくだから……その、なんだ。今、暇か?」「ええ。これから、ちょっと届け物があるくらいです」「そうか」 相手の言葉に安心して、ようやくリュカオスは微笑んだ。「じゃあ……とりあえず、風呂にでも行かないか?」 そんなわけで、クリスマスだというのに男二人は連れ立って銭湯に来ていた。 一緒に風呂に、と誘われたツァイレンは内心で相当面食らっていた。風呂で親交を温める文化に触れたことがないからだ。少し……いや、とても気が引けたというより、ズバリ言うとイヤだったのだが、リュカオスは悪い人間に見えない。断るのも悪いし、付き合ってもいいかとそう思ったのだ。 さっさと先に風呂場に向かうリュカオスを見送り、ツァイレンは自分が持っていた大きな包みを、大切そうに脱衣所の隅に置いた。 その中には、彼がクリスマスプレゼントにと用意した小さな包みがたくさん入っていた。中身はクッキーの詰め合わせで、ロストナンバーの皆に配るためのものだった。 さて。意を決してツァイレンが服を脱いで風呂場に入ると、先客がいて何やら口論をしているのが耳に入ってきた。リュカオスが仲裁に入っているようだ。「お願いです! あなたにやっていただきたいんです」「嫌だって、言ってんだろ! おれはエンジニアだ。サンタのジジイなんて恥ずかしいこと出来っか!」「でも、その風格に、その立派なヒゲ! あなたほどサンタに相応しい方はいません!」 見れば、鹿のような立派な角を生やした獣人の男が、ヒゲの老人にすがって何か頼みごとをしているようだった。「彼はハリー・ザ・トナカイだ」 リュカオスが事情を説明してくれた。「彼はサンタクロースと組んでプレゼントを配るのが仕事だったんだが、ひとりディアスポラ現象で飛ばされたんで、相棒がいなくて困ってるらしい」「ははあ、それでこの方に代役を?」「そうなんです」 トナカイ男のハリーは、したり顔でうなづいた。「あっしはトナカイだっていうのに、相棒は居ない。配るプレゼントはない、の二重苦なんです。それがまあ、この御仁ときたら両方兼ね揃えてるんですよ。これはまさに運命!」「勝手なこと言うんじゃねえよ」 口を挟んだのは、老人──希代の発明家でエンジニアの、オータム・バレンフォールだ。「おれはな、おれのマーベラス・ボンドを売り込むために大量に持ち歩いてんだ。タダでやるわけねえだろ」「そうなんですか? プレゼントならありますよ」 そこでツァイレンが思いついて声を上げた。「私は皆さんにお菓子を配ろうと思って、そこに持って来ています。本職の方に届けてもらえれば、助かりますよ」「い、いいんですか!?」「そいつはいい」 リュカオスも同意する。「届ける方の名前しか書いていませんが、大丈夫なんですか」「もちろん」ツァイレンの問いに、ハリーは胸を張る。「あっしたちトナカイは、プレゼントの名前を見るだけで相手がどこにいるか嗅ぎ分けられるんですよ! ねっ、すごいでしょう。だから宛名だけでもOKで……」「あっ!!」 そこでリュカオスが声を上げた。驚く2人。「どうしました?」「爺さんがいない」 そこでようやく、三人はバレンフォールが姿を消していたことに気付いたのだった。「ふぃー。危ねえ危ねえ」 銭湯から逃げ出したバレンフォールは、大きな包みを背負って街を歩いていた。彼は自分が発明したマーベラス・ボンド──とにかく何でもギュウッとくっつけてしまう超接着剤を誰かに売りつけようと思っていた。 だが、まだ彼は知らない。 自分が間違えて、大量のクッキーを持ってきてしまったことに。「仕方有りません」 ハリー・ザ・トナカイは、リュカオスとツァイレンに別れを告げ、一人で銭湯を後にしていた。相棒はいない。しかし彼には託されたプレゼントがあった。 二足歩行のトナカイである彼は、愛用のリヤカーにツァイレンが届ける予定だったクッキー──だと思われるものを積んだ。 それはどっしりと重く、彼は自分の責任をひしと感じたのだった。「よし」 ぐっと足に力を込め、歩き出す。 その矢先だった。「!!!」 目の前の角から、いきなり何かが飛び出してきたのだ。目を見開くハリー。シャーッと軽快な車輪の音を響かせて、飛び出してきたそれは、自転車に乗った飛田アリオだった。「うわあっ!」 彼らは、見事に正面衝突した。 そして、ハリーのリヤカーに乗っていた袋の中身──何でもギュウッとくっつけてしまうマーベラス・ボンドも、その辺に飛散した。=============!注意!パーティシナリオでは、プレイング内容によっては描写がごくわずかになるか、ノベルに登場できない場合があります。ご参加の方はあらかじめご了承のうえ、趣旨に沿ったプレイングをお願いします。=============
「たっ、助けてえ!」 曲がり角の悲劇から数秒後。投げ出されたアリオは、ジタバタと手足を動かしていた。どうしても起き上がることができないのだ。 後方で、自分がぶつかってしまったトナカイ獣人もわめいているのが聞こえてくる。 「まさか、ボンドってこれのことすか!!? あああ間違えた!」 トナカイのハリーである。 彼も初めて、自分が運んでいたものがボンドだと気付いたのだが、幸運にも手がリヤカーから離れなくなっただけだった。足は自由だ。 「ど、どうしたんですか!?」 しかし彼らの真の不幸はそこから始まる。騒ぎを聞きつけて数人が近寄ってきたのだ。 黒葛一夜は買い物帰りだった。両手にはぎっしりとパーティグッズの入った袋を提げている。 「大丈夫で……ヘブッ!」 一夜はアリオに近寄ろうとしていきなり前のめりにコケた。足が地面にくっついてしまったのだ。しかも手にした買い物袋の中身があたりに散らばってしまっている。 慌てて拾おうとして、髪の毛にサンタ帽子が引っかかった。これは妹に買ってやったものなのに、と取ろうとした手には手袋と星飾りがくっついた。 「何ですかこれ、えええ!?」 「わ、大変だ」 ボンドのせいでサンタ的青年になった一夜に気付いたのは、蜥蜴の亜人の冬路友護である。彼も買い物帰りに運悪くここを通りかかってしまったクチだ。 一夜を助けようとして、近付いた友護はニュルッ。何か柔らかいものを踏んだ。次の瞬間、彼は派手にすっ転んでいた。 「??」 立ち上がろうとして、またニュルッ。コケる。何かが靴の裏にくっついてしまったのだ。見てみるとそれは……。 「バナナの皮!?」 ありえねー! と思いながらも、また転ぶ友護。ナビゲーターロボのフォニスに助けてもらおうとして、顔面で地面に頭突きする。 「見てないで助けてッス~!」 『ぶっははは! 腹筋ないのに腹いてぇ!』 小さなロボも大笑いだ。 「ムゥ!? 大丈夫か!?」 そこに差した大きな影。ガルバリュート・ブロンデリング・フォン・ウォーロードだ。 「ボンドだと!? こんなもので我が前進を止められると思うな!」 巨大な筋肉をぴくぴくさせながら、ガルバリュートは騎士らしく勇敢にボンドの海に特攻した。ドスン、ビタン。彼は真っ直ぐにアリオのところに進むと、彼の足を掴んで地面からベリッと引っ剥がした! 「トゥエエイ!」 気合いとともにそれを遥か彼方へ投げるガルバリュート。気のせいか誇らしげに見えるその兜に、飛んできた何かがぺたっと吸着した。 世界司書リベル? ……の、原寸大の顔写真だった。なぜか写真が飛んできたのだ。また何かが飛んできて反対側にくっついた。今度はアリッサ館長だ。ぺたっ、シド。ぺたっ、エミリエ。それから、それから。 「くっ、前が見えぬ! 見えぬぞォッー!」 騎士はボンドと戦うために果敢に走り出した。立ち去るその姿は、筋肉ダルマになったリベル、またはアリッサその人が、街中を暴走しているようだった。 「あの……」 騎士の惨状を目を点にして見ていたハリー。その彼にポンと触れる者がいた。 「めりくり、めりくり」 小さな獣人、キリル・ディクローズだ。サンタの格好をしている。 「いつもは手紙屋、手紙屋だけど、12月はサンタ、サンタクロース。きみの手紙、言葉、そしてプレゼント、プレゼント、必ず届けます」 キリルは初めて見るトナカイに目をキラキラさせ、ハリーはサンタの扮装をした少年にギラギラと目を光らせた。 「い、一緒に行ってくれるんですか」 「もちろん!」 「プレゼントには、これをどうぞ! 私もお手伝いします」 そこでいきなり話に入ってきたのは、舞原絵奈である。彼女は笑顔とともに抱えていた紙袋を差し出していた。 ハリーとキリルがそれを開けてみると、そこには大量の──糸ようじが入っていた。 「ちょっと、買い過ぎちゃったんです。でもこれ、すっごく画期的なんですよ! 発明した人は神だと思うのです。きっと皆さんも喜んでくれますよね」 「はあ、たぶん」 ハリーは、いまいちピンと来なかったが、糸ようじも贈り物には違いない。 「なあ、俺も手伝わせてもらってもいいか?」 そこへ控えめに声を掛けてきたのは相沢優だ。彼は手にしていた紙袋の中のプレゼントの小箱を皆に見せた。 うほう! と喜ぶハリー。 「ちょうど、友達にプレゼント渡そうと思ってたんだ」 「ありがとうございます。サンタもいるし、プレゼントもある」 ハリーは嬉しそうに何度もうなづきながら、3人に自分のリヤカーに乗るように促した。 「じゃあ行きますよ!」 彼が地を蹴ると、華麗にリヤカーは空へと飛び上がった。 クリスマスシーズンはたまに夜になる0世界である。だんだんと明かりが目立ちはじめ、空の上から見る街並みは普段と違って、とても温かく素敵なものに見えた。 たまに地上に降りては、3人は糸ようじを配った。まるで糸ようじのキャンペーンのように。 「まあ、ありがとう」 マジシャンのバーバラ・さち子は糸ようじを受け取ると、これから銭湯に行くという話をした。それを聞いて絵奈とキリルは風呂に行きたくなり、糸ようじを半分持ってハリーに別れを告げた。 「ふうん、糸ようじか」 作家のイェンス・カルヴィネンは、息抜きのつもりで街をぶらぶらしていて糸ようじをもらった。しげしげとそれを見つめつつ、お返しにとハリーと優にチョコレートを渡す。 「今日は色んな事があるね。メリークリスマス」 イェンスは手帳にそのことを書きとめる。 「あっ、いたいた。おーい」 そこで優は友人の女子高生、一一一を見つけた。声を掛ければ興味シンシンと近付いてくる。 「わあ、トナカイだ!」 「俺のプレゼントな。クッキーの詰め合わせ!」 ハリーを見て喜んでいる一に、自分のプレゼントを渡す。 「ちょっと開けてみろよ」 「なになに?」 何かありそうな雰囲気に、一もドキドキしながら包みを開けてみた。何の変哲もないクッキーだが……? 優を見れば、一口食ってみろと言う。彼女はそれに従ってクッキーをかじった。 「うッ! #▲℃◎!」 「大当たり、激辛の方だ!」 優は、顔を白黒させる一を見て笑いながら逃げ出した。一も顔を真っ赤にしてコラーっと彼を追いかける。 遠ざかる笑い声。 ハリーは、あの……と言いかけてフッと微笑む。まあいいか。 荷台には優が残していったプレゼントがある。これを彼の友人に届けてやろう。空へと飛び上がるハリー。独りで街をぐるぐる回って贈り物を渡す。 「ええと、届け先は虎部隆さんと……」 空を行きながら宛名を確認していて、ハリーは目の前に迫る影に気付かなかった。 「写真、写真。リベルの写真は落ちてねえかな~」 風の魔導師のティーロ・ベラドンナが、飛行しながら探し物をしていたのである。 彼は画廊街で、子どもたちにせがまれて魔法を見せていたところ、飾られていた有名人たちの写真を風で吹き飛ばしてしまったのだった。 その写真がどうなったかは露知らず、キョロキョロ下を見ていたティーロはトナカイに気づかなかった。 5秒前、4、3、2、1、ドカッ! 2人は見事激突し、プレゼントやその他諸々は地上へと落下していった。 「およっ?」 ふと、目前に落ちてきた箱。虎部隆はそれをキャッチした。 「やった! サンタからのプレゼントだ!」 彼は嬉しそうに、何ら疑うことなくそれを持って目前の銭湯「オウミ」の暖簾をくぐっていった。 そして、時間は少しだけさかのぼる。 銭湯オウミはいつもの通り、そこそこ混み合っていた。 「おじさん、まいどー。風邪引かないようにね」 看板娘の名物双子──青海姉妹の姉、要は大忙しだ。高い番台に座って帰るお客を送り出していたかと思えば、子供が落としていったタオルを拾って、脱衣所の棚を雑巾で拭いて回る。 「いい? 覗きはダメよ、絶対ダメ!」 忙しく動き回りながらも、銭湯初心者に銭湯マナーを伝授する。 農家の脇坂一人も疲れを癒しに訪れていた。オウミは0世界の中で、心が落ち着くスポットナンバーワンだからだ。 りんごの出荷を終えた彼は、頭に小さい手ぬぐいを載せたセクタンのポッケちゃんを肩に乗せ洗い場に向かう。 男湯の方では、リュカオスとツァイレンたちが湯船に浸かりながら打ち解けた会話を楽しんでいる。 「君も虎と?」 「そうなんだ、剣闘士の頃にな。広い闘技場の中、俺と虎だけで決闘さ」 「酷い話だ。それが私だったら殺されていた」 「あんただって、虎を仕留めたことあるんだろ?」 「正面から虎と戦うなんて、私にはとても無理だよ」 「──決闘か。懐かしい響きだのう」 彼らの隣りで会話に加わるのは、ロマンスグレーの老紳士、ジョヴァンニ・コルレオーネである。 「しかし本当に難しい敵は人間だと思わんかね? それも自分自身──人間にとって真の最大の敵は、自分の胸の中に居る。セネカの言葉じゃ」 「なるほど。おっしゃる通りです」 ツァイレンが感心して言うのに、リュカオスは少しつまらなそうな顔をしている。 「これでも昔は血の気が多かった。娘愛しさから婿に決闘を言い渡したりしての……」 ハハハと笑うジョヴァンニ。 それはヤリスギじゃないかなあ。近くで湯船に浸かっていた一人は、心中で老紳士にツッコんだ。 「ところで君たちは恋人はおるのかね?」 やがてジョバンニは戦闘マニアの2人に、どこからともなく写真を取り出し見合いを勧め始めた。「君達なら信用に足るが、万一孫を不幸にしたら……わかっておるね?」 にこやかに脅迫するものの、リュカオスは苦笑いで応え、ツァイレンは私ではお孫さんを不幸にするだとか真面目に辞退している。 一人はちらちらとそちらを見た。リュカオスがもう少し年かさで……そう、40代ぐらいで体毛もっさりだったら、好みドンピシャア! なんだけどなあ、とか。ツァイレンの渋さも捨て難いわ。将来が楽しみ、とか。そんなことを思いながら、一人は気付いた。 ──そうだ、ロストナンバーって年取らないのよね! くっ! 一方、女湯では、目立たない雰囲気の女性が絵奈に糸ようじをもらって喜んでいた。 「なんかプレゼントもらっちゃいました~」 「クリスマスか。今年は何をするのであろうな」 彼女が嬉しそうにしているのを眺め、飛天鴉刃は独りごちていた。 「あなたも糸ようじもらいました? あれ?」 その女性が鴉刃の方を見て首をかしげる。 「あー、言っておくが私は女だぞ」 「……で、ですよねー」 絶対、今、男だと思っただろ、などと鴉刃が睨むと彼女はピューッと浴槽へと逃げて行った。いつものスタイルで無かったため、彼女が無名の司書であることに誰も気付かなかった。 鴉刃も風呂へ向かい、すらっとした肢体を湯船に沈めていった。 「しかし周りからの視線がどうにも気になるな。ゆっくり浸かることもできぬ。傷だらけの身体と言うのはやはり他人に不愉快を与えるものか?」 どうも落ち着かないとそわそわしている彼女の前を、アヒルがぷかぷかと通り過ぎていく。 ゼシカ・ホーエンハイムのオモチャだ。彼女はきゃっきゃっと楽しそうに風呂の中を歩き回り犬かきで遊んだりしている。 「まあ可愛い」 ちっちゃい子がいるわと、バーバラが洗面桶からもう一匹アヒルを取り出して一緒に遊び始めた。 そして遅れてやってきた虎部隆も、熱い風呂に身体を沈めていた。そうしていると自然と笑顔がこぼれてくる。 「やっぱ、日本人は風呂ですなぁ~!」 まったり浸かっている日本人は彼だけではなかった。 「足が伸ばせるのっていいな~」 冷泉律も気持ち良さそうに風呂に浸かっていた。何故か彼は薙刀型のトラベルギアを傍らに立て掛けていた。「家だと盗撮の危険があるから寛げないんだよな。……あ、先生。奇遇ですね、こんなところで」 彼は師事しているツァイレンがいるのを見て、頭を下げる。相手は手を上げて会釈を返してくると、リュカオスと連れだって風呂から上がった。立派な筋肉の二人連れである。 「すげぇ!」 その筋肉に感嘆の声を漏らす隆。 彼の脇をぶくぶくと潜水したサイバノイドのエイブラム・レイセンが通り過ぎた。指に挟んだ小型カメラを使って盗撮をしていたのだった。男でもいいのかって? オーケー、オーケー、彼は男女両方ともイケるクチだ。 洗い場では、少女と見間違うほどの華奢な体つきの少年、永光瑞貴が身体を洗っていた。隣りに腰掛けた両雄の身体を見ながら、自分の腕や胸を見る。 「皆、イイ体してるなー。おれ、鍛えてるのになかなか筋肉つかないのに」 「筋肉は、ついていればいいというものでは無いよ」 少し凹んでいると、ツァイレンが声を掛けてきた。「力点を理解すれば、君でも自分の数倍大きい相手を倒すことができる」 「そうなの?」 「ああ」 ツァイレンはうなづき、律が風呂から上がってきたのを見て、同意を求めた。「そうだろ? 律」 「ええ。自分の力だけでなく相手の力も使ってね」 「ふーん」 自分は強さというより筋肉が欲しいのに。瑞貴は釈然としないままに、隣りに座った律に声をかけた。 「まあいいや。冷泉、背中流してやるぞー」 ん、と律が振り向いた時。 ザバァッと湯を割って、潜水していたエイブラムが飛び出してきたのだった。 「──瑞貴ちゃんの背中は、俺が流してやるよ!」 両手を揉み揉みしながら、某世紀末拳法漫画の悪役さながらに飛びかかってくるエイブラム。 ドガッ。 その鳩尾を一突き。律の薙刀の柄が吸い込まれるようにヒットした。 律は流れるような動きで薙刀を手の中で滑らせ、エイブラムの威力を活かしたまま、気を失った彼の首を柄に引っかけ、ぐるんと回すように湯船に叩き落とした。 湯気の中、水面から突き出す二本の足。まるで怪奇ミステリの水死体である。 「懲りないヤツだな」 男湯に生えるエイブラムの両足にジト目を向ける律。 「ほら。あれが力点を使った反撃だよ」 「そうなんだ」 冷静に分析するツァイレンに、瑞貴がうなづいている。 近くで人体水没事故が起きているのに、あくまでマイペースな隆は、女湯から聞こえてくる声に気を取られてそわそわしている。キャーとか、そこ痛いからやめて下さいとか、まだ洗い終わってませんわよとか、なんだか気になる声が聞こえてくるからだ。 みんなで楽しく洗いっこしていた女湯では、ゼシカが隣りの騒動に反応した。もしや、と彼女は壁に張り付いた。 「──そこにいるのはゼシカのパパてすか?」 大声で男湯に確認しつつ、背伸びしてみるが届かない。仕方ないので、よいしょ、よいしょと彼女は壁を上った。 「あっ、よせ」 それを見て、鴉刃が慌ててその後を追った。 「パパ?」 男湯を覗いた彼女が見たものは、風呂に生える二本の──。 「見るな!」 すんでのところで、鴉刃が追いつき幼女の目をふさいだ。たぶん彼女は悪夢のような光景を見ずに済んだはず……。 ──バリバリバリッ! バシャン! だが彼女たちは、もう一人の人物がいきなり天井を突き破ってきたところを目撃した。空から落ちてきたその男は風呂の中にまっすぐに墜落していった。 トナカイと空中激突したティーロである。 「あ、もう一つ増えたよ」 ゼシカが、風呂に生えた四本の足を指さして言った。 トナカイのハリーは、その後順調に配達をこなしていた。空を飛び回っていれば、いろいろな人たちがサンタとして彼を手助けしてくれたからだ。 「せっかくのクリスマスだってのによ」 ぶつくさ言いながらも、リエ・フーもサンタになってくれた。 「しかたねえ、乗りかかった船、もといトナカイだ。いっちょ協力してやる。俺のプレゼントはこれだ!」 彼はどこに持っていたのか大量のエロ本とアダルトビデオを取り出し、寂しそうな野郎を探せとハリーに言う。 仕方なく空へと飛び上がるトナカイ。リエ・フーはひとりぼっちの男を見つけると、急降下させて服の中にエロ本を押し込む。 「メリークリスマス! ええい、リベルの水着プロマイドも持ってけ泥棒!」 とくに寂しそうな男にはおまけ付きだ。「合成パチモン? 知るか、こちとら海賊版大国出身だ! 聖夜にリア充するアテがねえ奴にゃ最高の贈り物だろ?」 キャキャキャと笑うセクタンの楊貴妃とともに、彼は悠々とエロビデオを配りまくった。 リエ・フーが通り過ぎた路上で、ダンジャ・グイニは背中に大きな影を背負ったまま歩いていた。 よく見ると、それは薬局の前によく置いてあるオレンジ色のゾウっぽいものだった。 「姉さん、イキなモン背負ってるね」 「なんか知らないけど、くっついちまったんだよ」 たどり着いた立ち飲み屋でひと休みすれば、店のおやじに揶揄される。 「あー……まァいいか。死ぬようなもんじゃない」 「なんだか他にもくっついてる奴がいるらしいよ」 おやじが顎でしゃくる先に、小さなテレビがあって臨時ニュースをやっていた。 ──今夜、ターミナルの街の片隅で片っ端からありとあらゆる機械類が故障する事件が勃発しました。 ──また、関連は不明ながら腕に強力な磁石をくっつけた軍人風の男が「だっ、誰かっ、止めっ、てっ、くれえええぇぇぇ!!」と叫びながら磁力に引きずられてすっ飛んでいく姿が多くのロストナンバーに目撃されています。それがこちらの映像です。被害状況によっては世界図書館にも対応が求められ……。 「ん、コタロじゃないかね?」 ふとテレビの中の男に気付くダンジャ。あれは先日、運動会で会った男ではないか? 「そうだ、コタロ・ムラタナだよ」 「誰だい? そいつ」 「んー」 彼女は笑いながら、「軍人さん」 「ふーん」 テレビを見てケラケラと笑うダンジャ。それにしてもこのボンド。仕立屋の彼女には使い手がありそうだった。持ち主は一体どこにいるのか。ぜひ、購入して使いたい──。 そんなわけで、ボンドの持ち主は道ばたで途方にくれたあげく、やる気ゼロ態度でクッキーを配っていた。 発明家のオータム・バレンフォールである。 すると狼耳の少女アルウィン・ランズウィックがサンタ、サンタとまとわりついてきた。 「おれはサンタじゃねえよ」 それを聞くと一気にテンションを下げるアルウィン。 「でもお菓子配ってる」 「いっぱいあるからだ」 「じゃあ、お手伝いする!」 少女は持参したサンタ帽子をかぶり、クッキー配りを手伝い始めた。菓子の美味しそうな色にごくりと唾を飲みながら、彼女はけなげにクッキーを配り始めた。 そこを同居人のイェンス・カルヴィネンが通りかかる。彼はアルウィンに声を掛け去っていった。 「晩御飯を作って待っているよ。頑張ってね」 「うん」 「大変そうだな、じいさん? 良ければ少し手伝うよ」 そしてもう一人。通りかかった坂上健は、大量のプレゼントの山を見ながらため息をついた。 「抱え込んじまったらいつまで経っても配り終わらないだろ? 半分よこせって。俺も他の誰かに渡して手伝って貰うからさ。じいさんも次に会った人に半分渡して手伝って貰えよ。そうやってみんなに手伝って貰えば、きっと早く配布出来ちゃうと思うからさ」 言いながらさっととクッキーの束を半分持つ。 「お、お前……いい奴だな」 バレンフォールは感動した様子で彼を見た。何だかうるうるしている。 そんな3人を不思議そうに見つめる少女。銭湯オウミの看板娘の片割れ、青海棗だ。 「……おじいさん、大丈夫? これ、銭湯オウミの割引券チラシ……」 よく分からないままに、彼女は老人にチラシを手渡した。 「さっき行ったよ、ここ。いくらおれでも一日二回も行かねえ……って、ねえちゃん、頭ナデナデすんな! おれを誰だと思ってんだ!」 「ご利用ありがとうございます」 発明家さまだぞ! 怒ってる老人をナデナデした棗は、成り行きでクッキー配りに参加した。菓子と一緒に、ちゃっかりと銭湯オウミの割引券チラシを手渡している。 ぽんとそのクッキーと銭湯チラシを受け取ったのは、真っ白な装束の少女、シーアールシーゼロだ。 「お髭のおじいさんがクッキーを配っていたのです。ゼロもおじいさんと一緒にこの『謎団子・怪』を配るのです!」 サンタらしくプレゼントを配る集まりだと勘違いしたのか。彼女はとっておきの贈り物を取り出し、天へと高々と掲げた。 謎団子・怪、である。 「おじいさんもお一つどうぞなのですー」 ゼロはバレンフォールにもその団子を一つ手渡した。なんでえ? と問われれば、食べ物です、と答える。ナレッジキューブを変成させた完全栄養食品だと知ると発明家は俄然興味を持った。 「マジか、すげえじゃねえか」 ぱくっ。一口で食べたその顔が凍りついた。 次の瞬間、ぬおおおーっと雄叫びを上げてバレンフォールはムキムキ爺さんに変形した。 「おんなのこはボンキュバンになるです」 ゼロは嬉しそうにムキムキ爺さんを眺めながら、謎団子を配り続けた。味は美味からゲロマズまでランダムだ。 「ボンキュバン……」 謎団子を手渡された一人、一一一はそっと団子をポケットの中にしまった。もしかしたらどこかでボンキュバンが役に立つかも。 「ありがと」 お世話になった人にクッキーを配ろうと思っていた彼女は、ゼロにお返しにクッキーを手渡した。それで、隣りのムキムキ爺さんにようやく気付く。 「あれ、もしかしてバレンフォールさんじゃないですか! お久しぶりです、えっと……なんだか超お元気そうですね」 「畜生、おれの発明でもこうまではいかねえぜ」 なんか悔しそうにしているバレンフォールだったが、一に事情を説明してくれた。 「本当ですか、了解です! 私も手伝いますね」 ヒーロー志願者としては困ってる人は見捨てておけないのである。一は、プレゼント配りに加わり、クッキーと銭湯チラシと謎団子配りに参戦した。 「へえぇ、おじちゃん探し物をしながらサンタのプレゼントまで配るんだ……偉いねぇ。それじゃリーリスもお手伝いしてあげる~」 さらにリーリス・キャロンまで加わってきた。愛らしい外見の吸精鬼は、これを機に他人に触れて吸精しまくっている。 「メリー・クリスマス! クッキーのお届け物でーす!」 別の場所に移動していた健は、爺さん大丈夫かな、と空を見上げ気にしていたが、今や侘しい爺さんはすっかり大勢の人に囲まれ賑やかにクッキーを配っていた。 そしてトナカイのハリー。エロビデオ配りを終え、彼はまたサンタを探していた。 もっと夢のある贈り物を配りたいなあ、そう思っていた矢先だ。 「サンタになってやるぜ!」 いきなり、彼のリヤカーに何者かが飛び乗ったのだった。振り向けば、サンタの扮装をした目つきの鋭い男が仁王立ちしていた。 「狼さまと呼べぇぇー!」 ルイス・ヴォルフである。どこかでサンタを募集しているという話を聞きつけ、こうして現れたのだ。だが、残念なことに彼は本質的にサンタというより、狼というより、なんかアレだった。 持参したリードで、ルイスは問答無用でハリーを鞭打った。 きゃーと悲鳴を上げながら走り出すハリー。トナカイは完全に乗っ取られてしまった。彼は慌ててこのサンタから逃げ出そうと、もの凄い勢いで走り出した。 「何人たりとも、オレらの前を走ること許さじ!」 乗り込んだ時はプレゼント配ろうなどど思っていたルイスだったが、疾走するリヤカーの爽快感に、いろいろなものが吹き飛んでしまった。 「ヒャッホー!!」 いろいろなところを爆走するリヤカー。そうこうしているうちに、どうやらまた元の銭湯オウミの近くに来たようだった。 道の真ん中で数人が右往左往している。 ファルファレロ・ロッソは、ヤケ酒かっくらおうとバーに向かっていた途中だった。娘と大喧嘩をしたからだ。彼女はマフィアの自分に似て鼻っ柱が強く言うことを聞かないが、でも、彼はそれはそれで気に入っていて……。 「あーッ、クソッ」 二日酔いも手伝って、頭がぐらぐらする。最悪の気分だ。そんなこともあって、彼は目の前のボンドの海での出来事に全く気付いていなかった。 「カリシアも遊ぶ、遊ぶ!」 そこへ走りこんできたのは、猫耳フードのパーカーを着たカリシアだ。彼はくっついて大騒ぎしている人々を見て、遊んでいると思い込んだのだ。 彼は自ら思いきりボンドの海に飛び込み、ついでにファルファレロを突き飛ばした。 「んだ、この野郎!」 振り返ろうとして彼は足が離れないことに気付いた。「なんだこりゃ、取れねえぞ!」 「あ、くっついた!」 バランスを崩せば、背中にカリシアが貼りついた。彼は大喜びだ。 撃ち殺そうと思って、銃を抜くが背面ではうまく撃てない。 「このガキ、離れろッ!」 ファルファレロの怒りボルテージはマックスだ。 そこへルイスとハリーの暴走リヤカーが飛んできた。ハリーは目の前の危険を察知して、宙を舞うように飛び上がる。 「なんだてめえは!」 もうとにかくムカついているマフィアは、銃を乱射した。トナカイだろうが何だろうが知ったことか。 「ヒィィィィ!」 ハリーは空中でクネクネしながら弾を避ける。ルイスは変態的な動きで見事にかわしまくった。 頭上を越えていくリヤカー。ファルファレロは、それを追おうとしたものの、背中を引っ張られ派手にすっ転んだ。 「サンタの帽子が落ちてる!」 カリシアは怪力でファルファレロを引きずって、落ちていたサンタ帽をゲットした。対してマフィアの方は大事なものを顔から落としてしまった。 「メガネメガネ……今日は厄日か?!」 眼鏡を探したいのに、ずるずると引きずられていくファルファレロ。カリシアは彼と遊んでもらっていると勘違いし、振り回しては、たまに電柱にぶつけている。 その二人とすれ違って銭湯に向かうのは一人の少年。桐島怜生だ。風呂桶、首に手拭い、半纏に下駄を履いた正統派神田川スタイルである。 ぶちっ。上機嫌だったのに、下駄の鼻緒がいきなり切れた。 「不吉な」 彼はしゃがんで鼻緒を直し始めた。 その時だ。轟音と共に目の前にリヤカーが着地したのだった。 ルイスと怜生の視線が交差し──次の瞬間、リヤカーはグチャッとかボキッなどと、嫌な音とともに怜生を轢いた。 哀れ、彼は見事なキリモミ回転して道にばったり倒れる。 ──死んだか? いや、そんなはずはない。 「ははは」 ガバッと跳ね起きた怜生。彼は顔面から派手に血を垂れ流しながら、逃げ去ろうとする暴走トナカイを猛然と追いかけ始めた。 「待て~コイツぅ~v」 ギアの氣砲を全力で乱射して追い回すその姿は、正に鮮血のサンタだ。 ハリーの恐怖の悲鳴が夜空にこだました。 ……。 「はぁっ、はぁっ」 そして約十分後。振り落とされたルイスを見捨て、命からがら逃げ出してきたハリーは、路上でゼエゼエと息を切らせていた。 「死ぬかと思った……」 もっと、まともなサンタと空を飛びたい! もっと、まともなプレゼントを配りたい! 「チクショー!」 「……ど、どうしたんだい?」 彼の魂の叫びを聞きつけ、何事かと白衣姿の男たちがハリーに近付いてきた。 「き、聞いてください!」 トナカイが涙ながらに話すのに、二人の人物は顔を見合わせ彼の手伝いを申し出てくれた。 「手伝うよ。本物のサンタのソリに乗ってみたかったんだ」 「お困りのようでやんすね。困った方を見捨てるのは江戸っ子の恥でやんす。力いっぱい手伝うでやんすよ」 医師のエドガー・ウォレスと、動く人体模型の旧校舎のアイドル・ススムくんだった。後者の方は失礼ながらまともなサンタには決して見えなかったが、助けてくれるのだから善人に違いない。 ススムくんは仲間を呼び寄せ3体になると、サンタ服を着込んでリヤカーに乗り込んだ。エドガーは職業柄ススムくんに似たものをよく見かけるので、親近感すら感じながら彼らの隣りに座った。 行きますよ、と飛び上がるリヤカー。 「わっちのプレゼントはこれでやんす」 と、意気揚々のススムくんが、赤黒いものをニュッと吐き出した。思わずドッ引くハリーだが、当の本人は、これはイチゴ味の心臓だと誠意をもって説明した。 「任せるでやんす! わっちのイチゴ味心臓は無制限に提供できるでやんす! 全世界の良い子にイチゴ味心臓をプレゼントするでやんす! ふぉぉおぉお~!」 張り切ったススムくんは口から次々に赤黒いものを打ち出し、空とぶリヤカーから全方位に向けてばら巻いた。ギャーとかヒエーとか歓喜の声(?)が下から聞こえてくる。 「ほら、ビリケンさん。空飛ぶソリだよ」 エドガーは心臓よりも、珍しい0世界の夜景に夢中だ。セクタンと一緒に盛り上がっており、イチゴ味の心臓を道行く人にそっと落としていった。メリー・クリスマス! 「サンタって素敵な仕事だね」 すっかり感心した彼は、ふとハリーに尋ねてみた。「君の相棒はどんなサンタだったの?」 「どこにでもいるジジイですよ」 なんだか少しだけ寂しげな背中を見せ、トナカイは言う。 「怠け者で飲んだくれのジジイですけど、12月24日だけは違うんです。奴の能力は、出会った人間をすかさず眠らせることで……」 そんなしんみり会話の下で、ティリクティアがポンと心臓を受け取っていた。何かしら? これ。お菓子? 巫女姫である彼女は先ほどバレンフォールに出会い、クッキー配りの手伝いとともに彼の無くしたボンドを探していたのだった。 「なんとなくこっちにある気がするわ……」 すれ違う人に笑顔でクッキーを渡しながら、第六感を活かした彼女は、どんどんとあのボンドの海へと近付いていた。 その後方にバレンフォールとプレゼント配りの一行も着いている。人目を引くこの集団はさらに人を引き付けていた。 「発明家のおじーさんがサンタさんやってると聞いて遊びにきマシタ! てっきりアドルフサマかと思ったんだけど、バレンフォールサマだったみたい?」 少年魔導師のニッティ・アーレハインは、手伝いというよりとにかくバレンフォールに興味津々だった。 「ボクも一応発明? 鍛冶師だけど発明してることに代わりないし、同業者として手伝いマスよー♪」 「発明? どんなの作るんだ」 「魔道具なんデスけど、分かりマス? あ、手伝い終わったら後で発明品をちまっと見せて下さると嬉しいかもー♪ ぎゅーってくっつくボンドもスゴいけれど、あの羊の毛で動くエンジンとか、間近で見てみたいなー」 「おう、そうか! なら特別に乗せてやってもいいぞ」 「お二人とも凄いですね~」 発明談義に花を咲かせている2人の横で、サシャ・エルガシャが感嘆のため息をつく。メイドの彼女にはこうしたクッキー配りなどはお手の物だ。 「おれの最大の発明は羊毛エンジンだが、マーベラス・ボンドもスゲエぞ? おれの夢はいつか宇宙に行くことだ」 天才的な聞き役である彼女は、ニッティとバレンフォールの自慢話や苦労話などを聞き、彼らに好感を持った。何かに打ち込むことは素敵なことだ。 「バレンフォール様はとてもいい方なんですね。間違えて持ってきたクッキーをちゃんとお配りになられますし」 え? 老人は目をパチパチしてそっぽを向いた。ちょっと照れたらしい。サシャは微笑んで、彼に自分のクッキーを手渡した。 「どうぞ。ワタシからのプレゼントです。ボンドが見つかるといいですね」 「おう」 小さく礼を言った老人は照れ隠しに、道端でサックスを吹いている女に目線を移した。それはクリスマスの曲を吹き続けているツリスガラだった。 ちょうど曲が終わったので、バレンフォールは彼女にクッキーを手渡す。 「ごくろうさん。あっ、そうだえーと、あんたどっかで誰かがくっついてるの見なかったか?」 何とも脈絡ない質問だったが、ツリスガラはじっと相手を見て真摯に質問に答えようとした。それは一体どういう話だ、と。 「なるほどボンドか」 彼女は自分の考察を披露した。「私の経験からいえば、失せ物のありかはあなたの記憶の中にあろうだろう。一番最後にボンドを確認した場所から順々に今までの行動をたどっていけば手掛かりは見つかるのではないか」 「おれの記憶の中?」 んー、とバレンフォールは今日の行動を振り返ってみた。一体どこでボンドがクッキーに……? 考えているうちに、彼は一人の人物を思い出した。 「あっ! もしかして風呂で会った、うるせートナカイか?」 「トナカイ? じゃあお空から観察してみる?」 そこで横からひょいと顔を出したのはリーリスだ。思い立ったら即行動。さっと老人の手を掴んで空中へと強制連行してしまう。 「わあっ、ちょっと待て」 「あれぇ? あそこにダマダマになってる人たちがいるぅ~。おじちゃん、あそこじゃない?そぉれ!」 情け容赦なく、リーリスは老人をぶん投げた。彼の行く先には……あのボンドの海がある。 バレンフォールは悲鳴を上げた。 「ふむ。困ったな」 ハクア・クロスフォードは、無表情で言った。腹が減ったので何か食べに行こうとして、片足が道から動かなくなったのだ。周囲の者たちもくっついてワアワア大騒ぎしている。これはそういう事件らしい。 しかし腹が減った、何とか動こうかとした時──ドンッと背中に誰かがぶつかった。 「す、すまん」 飛ばされてきたバレンフォールである。と、背中にそのままくっついた。これで完璧に動けない。 「焦ってもどうにもならんな、これは」 「おれのボンドが、こんなところでー!」 「良かったわ。ボンドが見つかって」 言いながら脇でティリクティアが動けずにいる。先に到着した彼女はサンタ姿の黒葛一夜と手をつないでいた。思わずくっついちゃったからだ。 「はいはい、大丈夫ですよ~」 嘆く発明家のところに、ひょこひょこと若い女が近付いてきた。川原撫子だ。彼女は身につけた神業級の洗車術を駆使して、ボンドを何とか剥がして数人を助け出していたのだ。 「大抵のボンドはお湯で流せばとれると思うんだけど……。まあ水と洗剤でもないよりマシよね☆」 「あっそうか。すぐ近くに銭湯がありますよ。お湯ならそこに」 一夜が言った。彼は撫子のおかげで、ひとまず歩けるようになっていた。 「お前らなんで知ってるんだ?」 驚いたように言うバレンフォール。 「そうなんだよ。温めると少し取れやすくなるんだ。」 「やっぱり☆」 老人を追いかけてきて次々とボンドの餌食になる面々。しかし対処法はもう分かっていた。 そうだ。みんなで風呂に行こう。 そして。 銭湯オウミでは、要がエイブラムとティーロを目の前に座らせてガミガミと説教していた。大の男2人は正座させられて肩を丸め、怒られている。 脇では、立派な筋肉の2人が腰タオル状態で手合わせするだのどうのいう話になっていた。 「ちょっとだけ、な? いいだろ?」 「いや。戦っても、私は君に勝てない。無意味だよ」 リュカオスが言うのにツァイレンが固辞している。 「そんなこと言わずに。なあ」 周りのギャラリーもわくわくしながら彼らを見ている。ツァイレンも断れない雰囲気になってきたなと頭を掻いた。 「仕方ない、一手だけなら」 「本当か!」 嬉しそうにリュカオス。 2人が二歩ほど離れたところで、ボンド組たちがどやどやと銭湯に入ってきた。一体何が始まるのか。あっという間にギャラリーが膨れ上がり、両雄の周りを取り囲む。 睨みあった2人。銭湯の温かい空気が一瞬、凍る。 誰かがごくりと唾を飲み込んだ時、2人は同時に動いた。ツァイレンは下から、リュカオスはまっすぐに拳を突き出す。 「──ドォウェェイ!!」 まさに拳がぶつかろうとするその瞬間。 大きな黒い影が飛び込んできて二人の間に割り入ってきた。 「風呂はここか!?」 一体どんな物体が邪魔したのかとよく見れば、それは顔にいろいろなものをくっつけた騎士ガルバリュートだった。 方向感覚を失ったまま、彼は大いに暴れまくり、誰かの腰タオルが落ちたりなどして、ワァーとかキャーとか様々な悲鳴が上がって、脱衣場は一気に混沌の渦に包まれた。 パタン。 一人、風呂から上がった隆がフルーツ牛乳の蓋を外し、片手を腰にゴクゴクとうまそうにそれを飲み干していた。 「くーっ、やっぱり風呂上りには牛乳だな」 同意を求めるように言う。でも、誰も聞いていなかった。 (了)
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