●たぶん年越し特別便「君達、ヴォロスで落ちませんか?」 具体性も情緒も無い、そのものの意味さえろくに伝わらぬ言。「今なら参加した人はもれなくブリザードのまっただ中で、そうな、んーじゃなくて登山できますよう」 前後の繋がりが不明瞭。不穏当な単語の混入。 だが、このにやけた世界司書が持ちかける話は、いつもそんなふうだ。「おお? 君達ガラのお話を聞くんですか? 落ちるんですか?」 一応聞くだけ聞いてやるかと足を止めた者達をみとめて、何故か腕をわかめの如くふよふよさせながら、ガラは嬉しげに語り始めた。●風の噂と光の逸話 竜刻の地は北の辺境に在る、霊峰。 その頂きに程近い崖では、彼方よりいずる夜明けの陽を一身に浴びることができるという。加えて、特に年初などは、それまで吹き荒れていた吹雪が嘘のように止んだかと思えば、日の出と共に穏やかな優しい風が吹くのだとか。「それだけじゃないの」 ガラが言うには、初日の出の折、この崖である条件を満たすと、美しい光景の中、素晴らしい経験をする、らしい。麓の集落では周知の事実だが、近頃は冬山に入る危険を冒してまで見ようとする者は少なく、半ば伝説と化しているようだ。 いったい、何が起こるのか。「なんかね。谷底から風と光がふわーっと昇って、ちょっとだけその風に乗って飛べるんだって。ね。いいでしょ」 飛べるといっても文字通り風まかせ。 自在に往来できるわけではないが、悪いものでは無さそうだ。 ところで、如何にしてその現象を起こすのだろう。ある条件とは?「だから……崖から落ちるんですよう」 眼下は淵さえおぼつかぬ、深い深い深い谷。 山をくり貫いた巨大な穴と言い換えても良いほどの。 出処や真相は不明だが、一説では谷底につがいの竜が眠るとも囁かれている。 当該の神秘現象は竜刻が原因ではないか、と考えられているわけだ。 竜の幻影でも見た者が過去に居たのかも知れない――そう言って、ガラは笑った。 しかし、どうも必ず発現するとは限らない様子。「落ちたっきり戻って来ない人も、やっぱり居たみたいです。まあ、でも君達なら大丈夫。だって、ほら。ロストナンバーだから」 ちっとも大丈夫な理由になっていない。もし、何も起きなかったら――?「じゃ、楽しんで来て下さい。おみやげ話、待ってますよう」 ぴょろっとへんな敬礼で、へんな世界司書は皆を見送る素振りをみせた。 まだ誰も「行く」とは言っていないのに。 あと、こいつは行かないらしい。*****●ご案内こちらは特別企画「イラスト付きSS(ショートストーリー)」です。参加者のプレイングにもとづいて、ソロシナリオ相当のごく短いノベルと、参加者全員が描かれたピンナップが作成されます。ピンナップは納品時に、このページの看板画像としてレイアウトされます。「イラスト付きSS(ショートストーリー)」は便宜上、シナリオとして扱われていますが、それぞれ、特定の担当ライターと、担当イラストレーターのペアになっています。希望のライター/イラストレーターのSSに参加して下さい。希望者多数の場合は抽選となります。《注意事項》(1)「イラスト付きSS」は、イラストを作成する都合上、バストショットかフルショットがすでに完成しているキャラクターしか参加できません。ご了承下さい。(2)システム上、文章商品として扱われるため、完成作品はキャラクターのイラスト一覧や画廊の新着、イラストレーターの納品履歴には並びません(キャラクターのシナリオ参加履歴、冒険旅行の新着、WR側の納品履歴に並びます)。(3)ひとりのキャラクターが複数の「イラスト付きSS」に参加することは特に制限されません。(4)制作上の都合によりノベルとイラスト内容、複数の違うSS、イベント掲示板上の発言などの間に矛盾が生じることがありますが、ご容赦下さい。(5)イラストについては、プレイングをもとにイラストレーターが独自の発想で作品を制作します。プレイヤーの方がお考えになるキャラクターのビジュアルイメージを、完璧に再現することを目的にはしていません。イメージの齟齬が生じることもございますが、あらかじめ、ご理解の上、ご参加いただけますようお願いいたします。また、イラスト完成後、描写内容の修正の依頼などはお受付致しかねます。(6)SSによって、参加料金が違う場合があります。ご確認下さい。
風が、高く響く。 時に山間を縫って。岩肌をなぞって。白く覆っては、散らす。 そして、歩む者が在れば、容赦なく叩きつける。 荒天で判別し難いが、そろそろ夜半にさしかかる頃合か。 「お、ここですかにゃー」 先頭を歩いていたレイドが、風に負けじと明るい声をあげる。 辿り着いた場所は、空の舞台に比喩できそうなほど唐突に広い。 晴れたらどんなに胸が躍るだろうと思わせる、雪に霞む断崖。 それが、彼らの視界に広がる全て。 とはいえ。 「…………」 「やまない、ですね」 半ば呆然とする優の心を、昴がそっと顕した。 崖の遥か上空。雲に切れ間はなく、積み重なるばかり。 白いつぶては依然激しく。 もはや前を向くのさえ辛い状況に一石を投じたのは、医龍だ。 「皆様、お体の方は大事御座いませんか? おそらく、あと30分ほどで日付が変わります。如何でしょう。それまで、あちらで休まれては」 彼が指し示すのは、岩陰に空いた、ちょっとした洞穴だった。 「っ……賛成。少し温まろう」 到着して緊張が解けたか、はたまた歩みを止めたせいか。殊更に寒くて。 優は身震いを伴いながら医龍に同意し、昴とレイドにも促した。 昴は頷き、歩き出そうとしていたが、レイドが崖の向こうを見据えていることに気付き、つられてきょとんと立ち止まる。 レイドはくふふと含み笑いをしていたが、やがて少女の視線に気付いた。 「おっと、ビバーグだったね。さあ、行こうか」 まだ首を傾げる昴の返事も待たず、レイドはその横を軽やかに通り過ぎる。 すれ違い際「楽しみだねっ」と陽気に、そして意味ありげに囁いて。 「……? うん」 昴はよく判らないまま猫の背中に相槌を打つ。 動機はともかく、彼女もまた、楽しみにしていることに違いはない。 未だ見ぬ風を夢想して、昴も今度こそ歩き始めた。 レイドが耳を二度ひくつかせたのは、ちょうど優が魔法瓶から二杯目のスープを注いでいる最中のことだった。 「――そろそろかな」 優と昴、医龍も彼に倣って、辺りの様子を窺う。 相変わらずの強風は止む気配さえ見せない……と思いきや。 突然、沈黙が訪れた。気のせいか、張り詰めていた空気も軽い。 「止んだ……のか?」 「そのようで御座いますね」 「だったらこうしちゃいられない。僕達にとってはここからが本番だろう? と、言うわけで……はいはーい、レイドさんが一番ー!」 レイドは堪えられなくなったのか、大はしゃぎで一気に崖まで駆けていった。 「思っていたよりも高いね」 旅慣れぬ者ならば、この光景だけで満足できそうなほどに。 レイドの瞳に映る世界は、司書の言葉以上に圧倒的だ。 前方には槍の穂の如き岩山が大小天へ向かい、更に見上げれば冬らしく澄み渡る空が、どこまでも突き抜けている。 そして、眼下の谷。 今は崖の付近に穴が開き、深い闇によって淵は窺えない。 後に優、医龍、昴もレイドに追いつき、やはり景色に息を呑んだ。 「え?」 ふと、細い何かが目をつついた気がして、昴はそちらを向いた。 声に応じて誰からともなく、同じ方を見る。 それは、はじめ鋭く、やがてじわりと広がるに従い、柔らかく暖かな光。 崖は、山吹色に染まる。 遥か彼方、眼下の雲海と空の境界よりいずる、ヴォロスの陽。 一陣、春の匂いの風が吹いた。長く、包むように。 皆、言葉を失い見入る中、特に感動していたのは、医龍であろう。 故郷にいてはまずお目にかかれない、神秘と呼ぶに足る自然の御業。 軽く鼻をすする白竜の様子を優が気遣えば、彼はうすく涙を浮かべながら「どうかお気になさらず」と、微笑むばかり。 もう胸がいっぱいなのに、これ以上の光景が、後に控えている。 その僥倖をかみ締めて、医龍は今しばらく、陽光を浴びた。 「……本当に、いいんですか?」 「結構キツく結んじゃったけど」 「ええ、これで良いのです。お二人とも、ありがとう御座います」 何事かといえば、医龍が昴と優の手を借りて、己の翼を封じたのだ。 当人にその気がなくとも、無意識にはばたかないとも限らない。 神秘を遠ざけて仲間に迷惑をかけぬ為。 そして、竜刻への敬意を込めて。 あとは、落ちるだけ。 「とーりゃーっ♪」 仲間の準備が整ったと見るや、先の宣言どおり、レイドは、いの一番に飛び降りた。 「じゃ、俺も。――先に行ってるよ」 優も、昴と医龍に片手をあげてから、躊躇うことなく、たんと飛んだ。 現代のコンダクターらしからぬ度胸は、これまでの旅の経験によるものか。 何はともあれ次々と視界から消える仲間達の胆力に目を見張りながら、医龍は傍らにちょこんと立つ昴を見た。昴もまた、医龍をじっと見る。 「…………参りましょうか」 「うん」 視線が交差する中、医龍も心の準備ができた。 「では、僭越ながら、お先に失礼致します」 そうして昴が見守る中、医龍もゆっくりと流れるように身を倒し、落ちた。 「…………」 ひとり残された昴は、まずは崖下を覗き込もうとして。 「あ」 障害物のない地点でつまずき、ててっとニ、三歩進んだ後。 普段ならばぽてっと転ぶところで――落ちた。 旅人達が空を貫き、髪と衣服をはためかせて、落ちていた。 どこまでも続く闇。それは恐るるに足るものだ。 だが。 (もっとキツいこと、何度もあったもんな) 何とは無しに大気圏突入のことが思い出される。 その時。 初日の出から吹いた風と同じ、春の匂いがした。 空からではなく、淵から、暖かな明かりが昇る。 闇が深く底知れぬ谷は、今、柔らかくも眩い光で満たされていた。 温もりと共に、落下する感覚が失せた。 妙に思いながらも、昴は懐からデジタルカメラを取り出した。 お姉ちゃんに見せる為、神秘を写真に収めると決めていた。 (ちゃんと撮れるといいなあ) とりあえず底の光をと、照準を合わせた昴は、ファインダー越しに見た。 「きれい――」 穏やかな瞳を持つ、藍白の鱗も滑らかな、細身の竜。 雄々しい毛に抱かれ、はばたく様さえ力強い、金竜。 彼らは、風と光を運んでくれた。 だから、医龍は翼を封じていて尚飛翔する己に気付いた。 今は、ただ彼らに委ねれば良い。 その心地は彼を安堵させ、安堵はやがて、古のつがいへの感謝へと移ろう。 二匹の竜は旅人達を伴って、ついに空へと飛び出した。 見つめ合い、時に螺旋に、時に競って天翔ける。 体躯は大きくとも、どこか繊細に見えたのは、互いへの気遣いか。 「ふぅん」 レイドは小器用に身を翻して遊びながら、目の前の出来事を考察していた。 竜刻が見せている夢か、この地が残した遺産なのか。 ゆっくり調査してみたいところではあるものの。 「今はただ、この光景だけを楽しんでいようかな」 これは、いわば光の記憶だ。 己の中にもある。優は、そう思った。 たとえば、旅。 楽しいことも楽しくないことも、こんなふうに綺麗なものも沢山見てきた。 旅をして、その酸いも甘いも自ら経験することこそが、価値のあること。 それこそが、彼にとっての、光だった。 「今日はここに来れて、良かったと思う」 そして、悠久の風が夢見たこと。 それは、まさに昴が撮った、幾つかの場面。 あまりにも綺麗で、見惚れてしまうこともあるけれど。 見れば誰にでもわかる、当たり前の話。 でも、大切なことが伝わってきて、昴の口元が微かに綻んだ。 「ふたり、きっと幸せだったんだね」
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