ブルーインブルーの新年を楽しむため、ジャンクヘブンに降り立ったロストナンバーのひとりが、おや、と、立ち止まる。 同じ便の旅人の中に、見覚えのある青年紳士がいたのだった。 たとえば、貴族の青年がお忍びで旅をするとしたら、こんな装いをするだろう、といった風情で、それはTPOに配慮した出で立ちなのだろうが……。「……わ……? ロバート卿……?」 いつもとは少々イメージが異なるが、それはまさしく、ロバート・エルトダウンに違いない。「ブルーインブルーに来るなんて、珍しいじゃん。あ、何か企んでるのか? 暗躍中とか……?」「いいえ、プライベートの観光ですよ。……ここは、この季節でも陽光がまぶしくて、気持ちがいいですね」 ロバート卿は穏やかな笑みを見せる。そこに含みは感じられない。「ホントに?」「さすがに新年早々、スタンドプレイをするほど働き者ではありませんよ。いくら僕でもね」 いかにも何か別の意図がありそうに思われている、という自覚はあるらしく、その可能性を、ロバート卿は先回りして否定した。「そういや、執事は? いつも一緒にいる、金属の肌の」「ひとり旅なんですよ。たまにはいいでしょう?」「へぇっ。ほんとうに、まじりっけなしの観光なんだ」「先ほどから、そう言ってるじゃありませんか」 くすくすと笑ったあとで、ロバート卿は提案する。「そうだ。不案内な僕よりも、貴方のほうがジャンクヘブンは詳しいでしょう? ……いろいろ教えていただけませんか? いきつけの、おすすめスポットなどを是非」「って言われてもなぁ。あんた、何がしたいんだ?」「……そうですね……」 少し考えたあとで、ロバートは青い瞳を輝かす。 まるで、イタズラを思いついた少年のように。「船釣りを、してみたいですね。初釣りは、縁起がいいというじゃありませんか」●ご案内こちらは特別企画「イラスト付きSS(ショートストーリー)」です。参加者のプレイングにもとづいて、ソロシナリオ相当のごく短いノベルと、参加者全員が描かれたピンナップが作成されます。ピンナップは納品時に、このページの看板画像としてレイアウトされます。「イラスト付きSS(ショートストーリー)」は便宜上、シナリオとして扱われていますが、それぞれ、特定の担当ライターと、担当イラストレーターのペアになっています。希望のライター/イラストレーターのSSに参加して下さい。希望者多数の場合は抽選となります。《注意事項》(1)「イラスト付きSS」は、イラストを作成する都合上、バストショットかフルショットがすでに完成しているキャラクターしか参加できません。ご了承下さい。(2)システム上、文章商品として扱われるため、完成作品はキャラクターのイラスト一覧や画廊の新着、イラストレーターの納品履歴には並びません(キャラクターのシナリオ参加履歴、冒険旅行の新着、WR側の納品履歴に並びます)。(3)ひとりのキャラクターが複数の「イラスト付きSS」に参加することは特に制限されません。(4)制作上の都合によりノベルとイラスト内容、複数の違うSS、イベント掲示板上の発言などの間に矛盾が生じることがありますが、ご容赦下さい。(5)イラストについては、プレイングをもとにイラストレーターが独自の発想で作品を制作します。プレイヤーの方がお考えになるキャラクターのビジュアルイメージを、完璧に再現することを目的にはしていません。イメージの齟齬が生じることもございますが、あらかじめ、ご理解の上、ご参加いただけますようお願いいたします。また、イラスト完成後、描写内容の修正の依頼などはお受付致しかねます。(6)SSによって、参加料金が違う場合があります。ご確認下さい
「釣りは浪漫だよねー。海との語らいっていうかさ。……騙し合いかもしれないけど」 蓮見沢当主蓮見沢理比古は、本日は完全にオフモードだった。腕利きの船長がいるこの釣り船の情報を提供してくれたのも、理比古である。 「あ、ロバートさん、釣り針は内掛け結びのほうが確実ですよ。外掛けより結び方の難易度は高いけどね。ディルさん、竿は肘で支えるといいですよ、風の影響が低減されるから。祇十さん、大物が期待できる釣り場では、穂先をウキに向けておかないほうがいいかも。ダンジャさん、餌を変えてみますか?」 気の置けない釣り仲間にでも接するように、ロバート卿や皆の世話をかなりお節介に、しかし、にこにこと楽しそうに焼いている。 理比古にとって、釣りは幸せな想い出のひとつであるらしい。義兄たちが存命のころ、機嫌のいい時に連れて行ってもらったことがあるのだそうだ。 「年明けに海ってのも良いものだよな」 ディル・ラヴィーンは、波間にまったりと糸を垂らしていた。 釣りは久しぶりだが、ひととおりのことは習得しているし、酔い止めのおかげで船酔いの心配はない。 新春の海は朝日が反射して眩しいが、それもまた格別の美しさだ。 吹き抜ける風は心地よく、清々しい。 「海は、好きなのか?」 そう問われ、ロバートは微笑みを返す。 「そうですね。ブルーインブルーも壱番世界の七つの海も、壮大なロマンを感じます」 「ロバート卿は、普段、釣りをやったりするのか?」 「なかなか時間が取れないのですけどね。たまに、ひとりになりたいときなどには」 「なーに気取ってやがんでぃ!」 ばんばんばばんばんと、まったくちっとも何の遠慮もなく、ロバートの肩やら背中やらを、祇十がぶっ叩く。 「まあ飲め」 持参の一升瓶とお猪口を、祇十はぐいと押し付けた。彼は最初から、一番でっかい獲物を釣ってやる、と、主張してやまなかった。せっかちさんな祇十のこととて、酒を呑みまくりながら釣りをしていたのだが、せっかちゆえに、引きが来るまでの間が暇すぎて暇すぎてたまらないのだった。 「これは、日本酒ですね」 「おうよ。俺の酒が呑めねえとは言わせねぇぜ!」 「せっかくですが僕は、醸造用アルコールが多めに添加されているものはあまり」 「そんな悪酔いしそうな酒、俺も飲まねぇよ。こりゃ純米酒『カリフォルニア生一本あらばしり生原酒』だ」 アメリカ産の日本酒と聞いて、ロバート卿は興味を示した。 「いただきましょう。……うれしいですね。誰かにお酒をおごってもらうというのは」 そっか、いつもおごってばっかでおごられ慣れてねぇんだなまぁ呑めさぁ呑めもっと呑めどんどん呑めと、祇十はからみ酒に余念がない。 「天気も良くて、風も気持ちいい。悪くないね」 酒好きで喫煙家のダンジャ・グイニは、祇十から渡されたお猪口をぐいとあおりつつ、くわえ煙草で釣りを楽しんでいた。携帯灰皿を忘れないところが良喫煙家である。 「遊びに来たんだから、野暮は言いっこなしだよ。ほらほら、ぐずぐずしてると大物を釣りっぱぐれちまうよ」 今のところまだ、誰の釣り竿も、ぴくりとも動いていない。 ダンジャはくすりと笑いながら、潮風に目を細めた。 「ロバート卿もさぁ、気分転換と骨休みの心算なんだろう? 頭空っぽにして思いっきり楽しもうよ」 ――最初にあたりが来たのは、理比古だった。 「あ」 小さく叫んでから慎重に引き寄せて、網ですくい上げる。 桜色の姫鯛が、ぴちぴちとはねていた。 素早く針から外し、鮮やかな手つきで血抜きをする。 形の良い鯛を使った料理は、さぞや見事な一品になるだろう。 「達者なもんだ。負けてらんないねぇ。……おや?」 ダンジャの釣り糸の引きが、急に激しくなった。 ぐいと上げれば、赤い魚が左右に踊る。 「これは、金目鯛ってやつだね」 金目鯛の食いつきは好調で、ダンジャは次々に釣果を上げた。 なんと連続23匹。好成績である。 ロバート卿の竿が大きくしなる。 身体ごと持っていかれそうな強烈な引きは、かなりの大物を予想させた。 横合いから、理比古が手を添える。ダンジャが網状の結界を張った。 苦労して引き上げたそれは、全長1メートルの非常に大きな石鯛だった。 「やるじゃないか」 皆の釣果を面白そうに見ていたディルの竿にも大当たりが来た。 強くジグザクに不可思議な動きをするこれは、どうも魚ではないようだ。 首を捻りながら、皆の手を借り、何とか手元に寄せる。 「……こりゃあ」 壱番世界でいうところの高級食材。いわゆる伊勢海老ではないか。 大ぶりの伊勢海老は船に躍り上がり、何度かバウンドした。 好成果に、思わずディルはガッツポーズをする。 それはそれは、いい笑顔で。 「なんでぃなんでぃ。俺だけまだじゃねぇかよ。……うぉ?」 不満げにぼやく祇十の手元が、いきなりぐいぐいと引かれた。こちらが釣られそうな勢いである。 「わわ。わわわわわーーーー!!!」 このまま海の藻くずとなりそうな、あまりにも強過ぎる手応えに、一同は加勢……というか、祇十が獲物となって落っこちないように全員で頑張った。 そして、何とか甲板に引きずり上げることに成功したのだが―― 「なんじゃこりゃあ〜〜〜〜!!!!!」 祇十は絶叫する。 何故ならばそれは、2メートル以上もある、巨大な タ ツ ノ オ ト シ ゴ だったのだ。 せっかくの釣果ではあるが、しかーしタツノオトシゴを食べるわけにもいかず、結局、海に帰すことにした。 それでも一番の大物を釣り上げ、祇十はご満悦だった。 これは新年早々縁起がいい。 この勢いで、今年を象徴する一文字を、ロバートの顔に記すことができたらさぞ痛快だろう。 祇十は筆を構えて、じりじりとロバート卿に迫る。 文字は、そう、「礎(いしずえ)」とか「武(もののふ)」とか「磔(はりつけ)」とか―― +++ +++ その後、レストランに移動した5人は、姫鯛のカルパッチョやミルフィーユやアクアパッツア、金目鯛の炙り刺身やブイヤベースや桜チップのスモーク、石鯛の唐揚げとポワレ、伊勢海老の姿造りや炭火焼、グラタンなどを堪能した。 「こういうところで食事するのって、なんだか緊張するよな……」 しゃれた雰囲気の内装に、ディルは若干、落ち着かなそうだったが、それでも、自分で釣った新鮮な伊勢海老の料理は気に入ったらしい。 「食事のあとで、泳ぐのもいいかも知れないね」 刺身を頬張りながら、ダンジャが言う。 理比古は、ふっと笑みを浮かべ、ロバート卿を見やる。 「ロバートさんはたぶん、俺たちと何も変わらないんだろうって思う」 「……そうかな?」 「あなたは、あなたの大切なもののために生きて、戦っているのだろうから」 それには答えず、ロバートはフォークを持つ手を、しばし休める。 祇十は、こっそりと筆を構え、隙をうかがう。 船の上では、今年の一文字をロバートの顔に書くことはできなかったので。 (……今度こそ)
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