日差しに煌めく美しい緑。信じ難い技術で積まれた石の建造物。 鋭く切り立った峰々に囲まれた地上遥かな高みに、カミソリの刃一枚も入らないと言われるほどの巧緻を持って組み上げられた都市、マチュ・ピチュの歴史保護区。 数多くの観光客が酸素ボンベを携帯しつつ訪れるこの場所は、いつもならば感嘆と興奮、そしてこれほどの都市が放棄され遺跡となってしまった現実のやるせなさに満たされているはずだった。 だが今は。 どぉおん! 衝撃音とともに、都市のただ中に天空を貫くように伸びた巨大な樹木から、人間数人分はありそうな巨石が降る。 どぉおん! どぉおん! どおん! 樹木は太陽を遮り、枝葉を激しく揺らせながら、その枝の間に果実のように実った巨石を、次々と周囲にばら撒いていく。しかも、その巨石は単に地上に落下してめり込むだけではなく、数個がまるで計算されたかのように組み合わさり、必死に逃げる生き物達の退路を断つかのように城壁となる。「!!!!」 声なき悲鳴が、城壁に囲まれた空間から響き渡った。 めきめきと音をたてながら伸びる根が、緑を食い破り遺跡を破壊していく。それだけではない、その空間に囲い込まれた生物が次々と痙攣し、悶絶し、倒れていく。逃げ損ねた観光客が酸素ボンベを奪い合う、が、遅い。喉をかきむしり、悲鳴が掠れる。「息が……できな…いいっ……!」 転がる屍体をはね飛ばし、巨木の根は凄まじい速度で周囲へ広がっていく。「まあ皆様、何と苦しそうな……お助けできなくて残念ですわ」 揺れる巨木の枝に腰掛けるグラマラスな金髪美女が、体を僅かに覆うリボンを弄びながらくすくす嗤う。「逃げても無駄だ」 がっしりした腰布一枚の日焼けした肌の男が、落ちて来た巨石をがしりと掴み、壁の隙間から抜け出ようとした人間に投げ落とす。「これぞ全く板挟みでござーますです。ご愁傷さまでござーます。お後がよろしーよーでござーます。けけけっ」 人間を潰した岩の上で、くるくるとはね飛び、とんぼを切りながら、緑と黄色のまだら全身タイツの小男が嗤う。「ポムポム、あぱぱ、でござーますです……ぼん!」 空中に投げたのは掌ほどのボール、樹木にすがりつくように近づく男の側まで飛んだそれを、人差し指をたてて銃のように狙い撃つ。瞬間、ボールが男の背中で弾けて男を吹き飛ばした。 広がる根、嗤う美女、石を投げる大男、悪夢の道化師、そして逃げ場のないまま次々追い詰められ、奪われる酸素に喉を掴んで倒れる人々。 彼らの上に広がった巨木の枝には、見よ、黄金の鎧で武装した兵士が果実のように次々と形を成す。その周辺に鈴なりとなった黄金の装飾品が、重さに耐えかねたように降り注ぎ、のたうつ人々を黄金の雨で穿っていく。「あ…ああああああ!」 最後の瞬間に人々が見たもの。 それは空を覆う黒みがかった緑の樹にぼろぼろと食い尽くされていく山々、片端から自分達とともに砂の一粒になって消えていく、マチュ・ピチュの姿だった。======== 予言された未来は、世界樹旅団によってもたらされる。 世界司書が知った出来事はまだ不確定な未来だ。しかし、このままでは確実に訪れる出来事でもあるのだ。 壱番世界各地の「世界遺産」をターゲットに、何組かの旅団のパーティーが襲来することが判明した。かれらは「世界樹の苗」と呼ばれる植物のようなものを植え付けることが任務のようだ。その苗木は急速に成長し、やがて、司書が予言したような惨劇を引き起こす。 言うまでもなく……「世界樹の苗」とは、世界樹旅団を統べるという謎の存在「世界樹」の分体だ。 だが、この作戦を事前に察知したことにより、世界図書館のロストナンバーたちは、苗木が植え付けられてすぐの頃に到着することができるだろう。周辺の壱番世界の人々を逃がす時間は十分に確保できるはずだ。 むろんそのあとで、苗木は滅ぼさねばならない。苗木は吸い上げた壱番世界の『歴史』や『自然環境』の情報をもとに反撃してくるであろうし、旅団のツーリストも黙ってはいない。 司書は、引き続き、戦うことになるはずの、敵について告げる。========「ひ、非常、事態です」 鳴海の顔は真っ青だ。「世界樹旅団の侵略が、壱番世界に始まり、ました」 かたかた震える手が必死に『導きの書』を抱えている。「マチュ・ピチュの歴史保護区に、旅団のツーリスト、が現れ、ます」 どうか、何とか破壊と殺戮を止めて下さい。 今にも泣き出しそうな表情で懇願するのに、いいから落ち着け、と声がかかった。「相手は? わかってるのか?」「あ、ああっ」 急いで『導きの書』を繰る鳴海は、冷や汗を浮かべながら続ける。「ママ・ヴィルジネと、トーロ、ジェメッリと呼ばれる三人です」「ママ・ヴィルジネ?」 聞いたことがないか、と顔をしかめるロストナンバーに、「予言によれば、金髪と、鮮やかな緑の瞳の、半裸、女性です。体中にリボンを巻いていて、そのリボンを解いて、攻撃をしかけてくるようです」 『導きの書』の表面を指で辿る。「トーロはがっしりした茶色の肌の壮年の男、髪は黒、瞳は銀……石食い…石食い、とあります」 石や岩を食べて力を溜め、斧や石を投げてくると。「ジェメッリは、あの、何と言ったらいいのか、黄色と緑の全身タイツの小柄な男で……サーカスの道化師のような姿で…」 鳴海は眉を寄せて瞬きした。「人を奇妙な武器で狙い撃つ、と」「世界樹旅団なのか」「は、はいっ」 鳴海はごくりと喉を鳴らした。「壱番世界に、世界樹の苗を植え付けようと、しています。始めは1〜2メートルの広葉樹、壱番世界のトネリコ、に似ているそうです。大地に接すると、一時間ほどで10メートル程度に育ち」「凄まじい速度だな」「はいっ、その次は枝葉を動かして、攻撃してきます。世界の情報を吸い上げ」 鳴海は目を見開いた。「どんなものでも「実」として実らせ、創造することができるようになるそうです」「だから、巨石、黄金、兵士、なのか」 インカは軍事国家だったからな、とロストナンバーの一人が頷く。「呼吸ができなくなるのはどうしてだろう?」「…植物の光合成の逆、かもな。酸素を吸収して成長する」「さ、幸い」 予言された未来より少し前、樹木が巨木となった瞬間には辿り着けるはず。「皆さんの努力のおかげで、ぎりぎり破滅に間に合うかもしれません」 どうか、どうか。「よろしくお願いしますっ!」 鳴海は祈りを捧げるようにチケットを掲げた。========!注意!イベントシナリオ群『侵略の植樹』は、、同じ時系列の出来事を扱っています。同一のキャラクターによる『侵略の植樹』シナリオへの複数参加(抽選へのエントリー含む)はご遠慮下さい。========
「何だ、あれは…?」 地上を遥か下に眺める壮大な光景、マチュ・ピチュの歴史保護区を散策していた観光客は、思わず口元に当てていた酸素ボンベを外して瞬きする。 高山にしては違和感のある樹木だった。植物に詳しいものなら、それが日本原産、温暖な産地に自生し、樹皮は漢方、木材としてはバットや建築資材となるトネリコに似ている、そう気づき、なお首を傾げたことだろう。 崩れつつはあっても、まだまだしっかりと組まれた石組みを少し外れた空き地にぽつりと立っているそれが人目を引いたのは、この辺りには自生しない種であるというだけではなく、微かに、いや眩い日差しの中ではっきりと揺れながら、目の前で見る見る伸びていくからだ。すぐ側の石組みの影の中で、くすくすと小さな笑い声が響いたようだ。のっそりと体を起こす人影がある。とっかとっかと跳ね回るような足音も聞こえる。 「成長してる? いやまさか、そんな……うっ!」 訝しく近づいた一人が突然首を掴んだ。かぷかぷと口を開くが空しい。息ができなくなったと気づいても、既に身動き出来なくなり、膝から沈む。おかしな樹木が嘲笑うように大きく揺れ、その根本からみしみしと土を穿ち、石組みに滑り込むように、生き物のような根が這ってくる。 「誰か…っ」「ああっ」「何っ、どうし…!」 一人倒れ二人倒れ、酸素不足か高山病か、そう案じて助けようとした数人が次々倒れる。その上に樹木は明るい緑の葉をわさわさと楽しげに広げながら、どんどん成長し巨大化する。 「ゆぐ……どらしる…」 もがきつつ、その光景を見上げた一人が呻いた。見る見る覆い被さってくるようなその樹木に、彼の故郷にある古い話、世界を包む木の話を思い出したのだ。その襟首をふいにがつりと掴んだ者がある。 「しっかりしろ、これを吸え」 与えられたボンベに必死にしがみついて途切れようとした呼吸を再開しながら相手を見ると、白髪、緑の目で色白の女性だった。樹木が揺れるのとは別に、衣服や髪が風に舞うように動いている。白髪の先が日差しを跳ねてきらきらと光り輝き、後輪のようだ。周囲に倒れている人間に次々とボンベを渡し、時に引き起こして助けていきつつ、樹木の方へ進んでいく。 「大丈夫か、しっかりしろ、そちらへ逃げろ」 「待て…あんた…」 危ない、と警告しようとした。何が起こったのかはわからない、だが、少なくとも既に目の前で信じられないような高さになった樹木が、この原因である事は確かだ。だが、女性は怯んだ様子もなかった。ざわざわと明らかに異常な気配を満たして揺れる大木を背景に、振り返って微笑む。 「案ずるな。我が名は、渓谷の主たるレウクロッタ・シヌクルの娘、エアレイ・シヌクル。この場は預かる。急ぎ、仲間とともに逃げよ」 白髪が煌めきながら舞い上がり、同時に清冽な風が動きの止まった空間を一気に吹き過ぎる。呼吸できなくなった観光客がその風に微かに息をつき、よろめきつつ這いずるように逃げ始める。 「こっちですよ、早く」 もう一人現れたのは黒髪の細身の女性だった。樹木の出現と倒れた人々に驚いて我先に逃げようとする観光客の間に混じり、通常の道への避難はもちろん、逃げようとして脚を挫いたり恐怖に座り込んでしまった人々を、別の方向へ誘導している。日差しのせいか、時々その指先や髪が空気に消え入りそうに見えるが気のせいだろう、男は必死にそちらへ向かう。倒れた時に脚を痛めたようだ、このままではすぐには降りられない。何者かはわからないが、助けてくれるならそれに縋るしかない。 「どうぞ、これに乗って」 「これは…トロッコ…?」 目の前に現れたのは数十人は乗れるだろうという箱形の乗り物だった。車輪は通常のものより多い、だがしかし、こんなものが走れる線路などなかったはずだ。 しかし、背後を振り返って、逡巡は消えた。 樹木はもう天を覆い尽くそうとするような状態、視界の端で黒尽くめの、頭頂部近くでひとまとめにした黒髪をなびかせた女性が、その根本に飛びかかって煌めく刃で斬りつけたのが見える。片耳できらりと赤い光が跳ねたのが鮮やかに目を射る。だが、その攻撃は樹木には届かない。寸前伸びてきた真っ白な平たい光が彼女の攻撃を跳ね飛ばしていく。飛ばされた彼女は石壁に叩きつけられ、 「っうああっ」 思わず喚いて男はトロッコに転がり込んだ。もっと恐ろしいもの、広がった樹木の枝の間から、どう見ても巨大な石としか見えないものがずるずるとずり下がってくるのが見えた。どすり、と一個が落ちる、土煙を上げて次の一個が。大人数人分はありそうなその石が、こちらにまで伸びてきた枝の間にも見え隠れし出している。 「何が起こったんだっ」「誰か誰か誰かっ」「息が苦しいっ」「助けてっ」 「しゅっぱーっツ!」 どこからか場にそぐわない明るい声が響いてトロッコが走り出し、男は縁に掴まった。悲鳴を上げて座り込む客、側の女が泣きながらしがみつくのを抱えながら、もう一度背後を振り返る。遺跡の中のがたがた地面を跳ね飛ぶように下っていきながらでも、樹木はさっきより大きく見えた。 その前に、奇妙な風体の三人組がいる。一人は全裸に近い女性に見える。白いリボンを申し訳程度に体に巻き付け、きわどい部分は見えそうで見えない。もう一人は茶色の肌の腰布を巻き付けただけの大男だ。まるで古い古い種族の戦士が蘇ってきたような様子、がっしりと側に落ちた大石を掴み持ち上げる。残った一人は黄色と緑の奇妙な柄のタイツを身に付け、けらけら嗤って跳ね飛んでいた。 「あいつ…」 男は男二人に見覚えがあった。遺跡の入り口付近で、一瞬視界の端を掠めていった。物陰からふいに出て来たから大道芸人だろうかと思ったが、考えてみればこんなところでおかしな話だ。 「あの人たち、さっき、あの辺で見たわね…」「ああ」 同じように腕の中の女が呟く。 「なるほドー、じゃア、あの辺を探してミマスネー、ナレンシフ」 「は?」「え?」 再び突然響いた楽しげな声に二人は顔を見合わせる。だがもちろん、自分達を乗せたトロッコが、アルジャーノの擬態であるとは思いもしない。ただただ世界が狂ったような状況から一刻も早く遠ざかることを祈った。 「っ!」 世界樹を見た瞬間、根本近くに転移、光の刃を発動させ、トラベルギアのシースナイフ二刀流で斬り裂こうとしたのはハーデ・ビラール、この世に存在する全ての物質を切り裂けるはずなのだが、鋭く伸びてきたリボンによって一気に弾かれた。石壁に叩き付けられる瞬間、転移して上空で酸素を補給、戻ってきて、樹木の前に立ち塞がる三人に吠える。 「邪魔だ、貴様ら!」 その横で、うきうきと楽しげに歩み出たのはアルジャーノ、銀色の瞳を輝かせ、 「珍味(世界樹)を味わえると聞いて飛んで来ましタ。天気も眺めも良くてピクニック日和ですよネ!」 行楽気分満喫、満面の笑みを浮かべて続ける。 「壱番世界のあらゆる場所で情報の虫食い状態になった訳なのデ、次は其処を突いて何か仕掛けてくるカモデスネー」 追い詰められた状況も彼には楽しい楽しいランチタイムにしか他ならない。事実、別の体は今とんでもなくおいしそうなもの二つを見つけて、期待と興奮に弾んでお食事にとりかかっている。これで機嫌がよくならなければどうかしている。 声なき声を上げて、世界樹が大きく震えた。根本が大きく波打ち、やがてばさり、と土の中から巨大な根がはじき出される、その先に、銀色の妙なものがべったりとかじりついていた。言わずと知れたアルジャーノの分身の一部、少し離れた場所から土もろとも食い進み、根の先を見つけてからは夢中で食いまくっている。根が大きく暴れ、引き千切るように絡みつかれても堪えた様子もない。むしろ気のせいか、少し体積が増しているようだ。 「意外にさっくリ、クリスピーですネー。もうちょっと塩味が欲しいところデス」 「うおおお!」 トーロが大声を上げて石を掴み、根を食い散らかそうとするアルジャーノを叩き潰そうとする。 「残念だったな…私は殺し合いでお前たちに引けを取る気はない」 同時に、ハーデは手持ちしていた破裂手榴弾2個をまとめてトーロの内蔵にアスポーツさせていた。即時の爆発と同時に真横に転移、光の刃を発動させて右で首を、左で唐竹割りを狙う。三人とも幻影ではなく生体だとはわかっている、二重の攻撃は効果的なはずだ。 「っっ!」 瞬間、大きく揺れた世界樹が、雨のように巨石と黄金の塊を降り注いだ。ハーデに対しているトーロを巻き込んでも構わないと言いたげな容赦なさ、トーロが石を振り上げ落ちてきたものを跳ね飛ばす、脇に転移したハーデの頭を、肩を、胸を、腰を、立て続けに跳ね飛ばされた石と黄金が叩きつける。 だが、空間を切り裂くような突風とともに、体高2メートルを越える、翼と二対の目を持った獣に戻ったエアレイが飛び込んできた。壱番世界で言うところの狼に角を生やした、と言えば近いか。体長と同じぐらいの長さの尾を波打たせ、木漏れ日を浴びて体毛が黄金色に輝く。風を巻き、落下物にめった打にされそうになったハーデを庇った。一対の目が慈しむようにハーデを、もう一対の目で油断なく揺れる枝葉を伺いながら、 「そなた一人で戦っているのではない」 一瞬苦しそうな表情を青い瞳に浮かべたハーデが、自分の周囲から風によって弾き飛ばされた石や黄金を見やる。逆にそれに直撃されたのはアルジャーノで、 「イタターっ!」 素っ頓狂などこかで聞いたような悲鳴を上げて、食いついていた根から弾かれて見えなくなる。 トーロはと言えば、破裂手榴弾を体内で爆発させられたはずだが、一瞬ばふん、と妙な音とともに膨らんだ腹部が血一つ流すことなくしぼみ、ぎらぎらした銀の瞳を見開いて歯を剥き出して嗤った。 「甘いわ、我は石食い、全てを呑み込み、力にするぞ!」 次々と放り投げてくる石、同じく世界樹に実ったのだろう、黄金の斧やこん棒などを投げてくるトーロ、そしてなおも降り落ちてくる石や黄金、やがて兵士も形を為して飛び降りてきてハーデに飛びかかってくる。「風の申し子」を異名に持つエアレイが風で巻き上げ、吹き飛ばしていくがそのうち、彼女はそのたびに世界樹が勢いを増し、巨大化するのに気づく。 「…そうか、酸素供給か!」 風は酸素不足のため上空転移して補給してこなくてはならないハーデにとっても必要だが、補給された新鮮な空気は世界樹をも元気づける。上へ上へと伸び上がっていた世界樹は、おそらく自ら食い尽くしていく酸素のために新たな空気を求めていたのだろうが、今やエアレイの風によって充分な補給を得て、前後左右へも、また枝葉の密度を増して広がり、結実の速度を上げていく。 「ならば」 エアレイは攻撃をカマイタチ中心に絞り、ハーデと共に世界樹の攻撃とトーロに立ち向かう。 「ポンポン、あぱぱ!」 「おっと」 一角で始まった重量級の戦いに茶々を入れようとするように、ジェメッリが踊りながら次々とボールを投げつけ、狙いをつけるのに、シキが立ち塞がった。 避難の時にも周囲に浮かべていた5つの光球は、今は間近に引き寄せてある。世界樹がちらちらゆさゆさと零す光に影は溢れて蠢いている。その影に時に融合し、時に陰から陰へ瞬間移動するシキに、ジェメッリがボールを狙い撃つタイミングを外した。 「ややこしーでござーますよ、どこにいるんでござーますか!」 ヒステリックに叫びながらきょろきょろし、手にしたボールを投げつけては狙い撃つが、シキを捉え切れない。だが、シキもシキで苦戦していた。事前にスイート・ピーの唾液を頼んで塗らせてもらった八本の白い長針を、どうにか相手に突き刺そうとするのだが、動きが素早く予想外でうまくいかない。 「意外に手強いですねぇ」 「あたりまえでござーますよ、ママが見てるでござーますよ!」 ジェメッリが軽口を叩きつつ跳ね回る、その影を突き刺し動きを止めようとした矢先、世界樹の根がいきなり地中から飛び出してシキを貫く。影であっても痛みはある。一瞬動きが止まる。 「あ」 「ヒットでござーますよ、ジャンジャンジャンジャンでござーますです! ってあれれ? なんでござーますか、あんたさま」 「あ〜」 軽く舌打ちしたくなったのは、根が貫いてもシキにはほとんど影響がないことがジェメッリにわかってしまったためだ。 「なるほどでござーます、実体じゃないかもしれないでござーます、なら結論は簡単でござーますです」 にい、っとジェメッリは嗤った。 「捕まらなけりゃいいんじゃん」 さきほどと打って変わったドスのきいた低い嘲笑、だがすぐに一転して次々シキにボールを投げ、狙い撃ち始める。同時に自分はポンポンと跳ね飛びながら周囲を逃げ回り、けたけた笑い続けた。 「目隠しっこの薄ぼんやり、こっちに来たら飴さんあげよ、辛い飴さん甘い飴さん、苦い飴さんそらどうだ!」 歌声と共に数十のボールがシキに投げられ狙い撃たれた。閃光が弾け、見る見る周囲から影が消されていく。 「っっ!」 痛覚を通常の人間の二分の一に押さえてあるとはいえ、激痛がシキの全身を走った。ジェメッリを屠るためには、相手の影に影化し、肉体と心を喰らう特殊な方法、影呑みを使うしかないか。脳裏にそんな思いが掠めた矢先、 「あらあら、遊びはだめですよ、ジェメッリ」 微笑むママ・ヴィルジネからリボンが放たれる。 「スイート痛いのも怖いのもやだ。壱番世界の人達が困ってるのにほっとけないよ」 小さく呟いてスイート・ピーは走り出す。 観光客の避難はほぼ完了、幸いに大きな怪我をした者はほとんどいなかったことを確認してきた。トロッコに変身していたアルジャーノは「ピクニックにはとっておきのデザート見つけましタ」と、なぜかあっという間に鳥の群れになって上空へ舞い上がっていったが、必死に追いかけて駆け上がって来てみれば、世界樹を中心にぎりぎりの戦闘が繰り広げられている。 天を覆う世界樹は周囲に根を這わせ、シキを貫き、なおも周囲へ広がっていく。枝葉を揺らせて振り落としてくる巨大な石を、時に齧りつつ、投げつけつつ、トーロはハーデとエアレイに対抗している。地響きをたてて落下してくる石や黄金は地面をめり込ませ、砕き、遺跡をじりじりと破壊していっているようだ。ジェメッリはシキをからかうように跳ね回りつつ、時に隙を見てはボールでハーデやエアレイを攻撃、突風で跳ね飛ばしているものの、仲間は相手を圧倒しつつあるとは言い難い。 スイートは、岩陰に隠れつつ飴に偽装した爆弾を投げ、煙幕を張り、ジェメッリやトーロの視界を奪って地雷を仕掛ける。 スイートに気づいたジェメッリがげたげた笑いながらやってくるのを、わざと逃げ損なったように振舞い引き寄せて、地雷を爆発させてやる。 だが、その直前、まるで世界樹がそれを教えたようにジェメッリが後方に跳ね戻り、爆発に巻き込めずに逃がしてしまった。トーロに対しても陽動となったかと思ったが、どうしてどうして、爆発程度ではこの混乱を制御できない。むしろ、仲間が個々に戦うリズムを崩しかねない状態だ。 埋まった石や黄金を回避し、飛び乗り、蹴り降りつつ、スイートは世界樹の根本で周囲の混乱を微笑して見守るママ・ヴィルジネに向かう。元々そんなに機敏ではない。時に転び、体勢を崩して体を擦りむくが、必死に走り寄る。 今しも、シキに伸びたリボンを気づいたエアレイのカマイタチがリボンを素早く切り刻んだ。だが止まらない。まるで切られたことが幻のようにすぐに繋がり再生して、そのままシキを狙う。 スイートは砂時計をひっくり返した。スイートを除く周囲の時間が遅延する。トラベルギアの力が旅団にどこまで効くのか不安だったが、緩やかになった時空の中、ママ・ヴィルジネの下に辿り着く。 「報告書読んだ。ママ・ヴィルジネはリオくんのママなの? リオくんの事大事じゃないの……?」 微かに呼吸を喘がせて問いかける。声は蕩けるマシュマロと言われた魅惑のスイートボイス、ふらふらと聞き込み引き寄せられるのが普通だが、 「あら……可愛らしい娘さん」 突然目の前に現れたように見えるスイートに、ママ・ヴィルジネは動じなかった。放ったリボンがシキに僅かに届かなかったことに、困ったように小さな吐息をついてスイートに向き直る。 「私に何か御用かしら」 近づけば、甘い匂いがした。焼き上がったばかりのケーキ。温められた毛布。日だまりの中に安らぐ小猫のような、温かで柔らかで心寛ぐ気配。 「あのね、ママ・ヴィルジネってスイートのママにそっくりなの。見た目も喋り方も中身も一緒」 言いながら、スイートは思い出していた。 ママはこんな風だっただろうか。今にもスイートを抱き締めて、大好きよ、そう囁いてくれそうな優しい雰囲気。手にしていた爆弾をそっと地面に降ろす。背後で響き渡る戦闘の音が、次第次第に遠ざかり、清潔で柔らかなタオルにくるまれた赤ん坊になったような気がする。安心と安堵。 そうじゃなかった、ような気がする。 「……」 胸の内に響いた声に首を振った。それは幻、ただの悪夢、何かが食い違ったために残った偽りの記憶。不安が滲むのを振り切るように、言い放った。 「スイート、図書館にサヨナラして旅団に行く。ママ・ヴィルジネのうちの子にしてもらうの」 「まあ…嬉しいわ………でも、それであなたは大丈夫なのかしら」 ママ・ヴィルジネは一瞬大きく目を見開き、すぐに目を細めてにっこりと笑った。心配そうに付け加えたことばの後で、今も戦い続けている背後に視線を向ける。 「みんな、ごめんね」 スイートは呟き、爆弾を拾った。ハーデとエアレイのコンボ攻撃、トーロをついに挟み撃ちにして仕留めようとしたのを、爆弾を投げつけ阻止する。ハーデの怒りに満ちた瞳から目を背け、ママ・ヴィルジネに近寄って両手を差し伸べた。 「ねえママ、スイートもっともっといい子になるから捨てないって約束して」 「まあ……スイート」 相手は深く豊かな声で応じて、スイートを受け止めた。ふんわりと、どこまでも蕩けてしまいそうな柔らかな肌に触れて受け止められ、スイートはママ・ヴィルジネの首に手を回す。本当のママもこれほどあったかかっただろうか。これほど優しかっただろうか。これほどしっかり抱き締めてくれただろうか。 「あなたはもう充分いい子ですよ」 「ママ…」 「私はあなたが大好き、スイート。いつまでもママの側に居てちょうだいね」 すり寄せられる頬の温かみに泣きそうになる。揺さぶられる大地、大気を震わせて響く声、叶うなら、このままで世界が終われば幸福なのかも知れないが。 「キスして?」 「ええ、もちろん」 口を合わせる。唇だけの触れ合いからもっと深く押し付け開き、ゆっくりと閉じていた目を開いて相手を凝視した。 「んっ」 ママ・ヴィルジネの緑の瞳が揺れた。苦しげに瞬く、霞んできたように一瞬閉じられ、スイートを抱き締めていた腕から力が抜けるのに、そっと口を放す。 「スイートは毒入りキャンディなの。食べたら甘くて死んじゃうの。そういうふうにママに躾けられたの」 そうして愛する人と心底触れ合えない体になった。それが現実。自分の唾液は猛毒で、他人の体を死に追いやる。ぼんやりとこちらを見返す緑の瞳に問い正す。 「リオ君はママの道具、操り人形……それが本当ならスイート、ママを許さない」 「スイート…」 掠れた声が戻ってきた。 「一緒に死んで?」 スイートは微笑み…だが次の瞬間、悲鳴を上げる。ざわざわと立ち上がってきたのはママ・ヴィルジネの体に巻き付いていたリボン、それがあっという間にスイートを巻き込み、締め上げる。ぴ、とリボンの端で切れた腕から血が流れる。 「死んであげるわ、愛しいスイート」 ママ・ヴィルジネがもう一度唇を寄せて、否応なくキスを返される。 「だからあなたの命もママにちょうだいね?」 「いいの…っ? スイートの血は猛毒だよ……一滴でも被ったら死んじゃうよ…?」 「私は聖母……毒物は意味がないのよ、かわいいスイート」 「あああっ」 微笑むママ・ヴィルジネがリボンとともに強く抱き締めて、スイートの体が仰け反る。素肌に触れたリボンが次々と鮮血を絞った。 「スイート!」 視界の端でスイートがママ・ヴィルジネを抱き締めるのが目に入り、ハーデは声を上げた。こちらに爆弾を投げてきた時におかしいと感じた。まるでこちらを裏切ったような気配、その後で二人が口づけて謎が解ける。自らを囮にして仕留めようと言うのだ。だが、 「くそっ!」 ママ・ヴィルジネのリボンが彼女を覆ったと思った次の一瞬、スイートの体から血が迸った。体液全てが猛毒のはず、なのに、それを浴びた世界樹は枯れる気配もなく、ママ・ヴィルジネも微笑み続けている。 すぐに助けに行きたいが身動きできない、そう焦ったハーデの目の前で、トーロはまたもや手近の石を掴んで噛み砕いて呑み込んだ。ぐん、と体が大きくなる。食べれば食べるほど、微妙に体が大きくなり、力が増していくようだ。エアレイも絶え間なくカマイタチを飛ばすが、降り落ちてくる兵士もしたたかで手強く、何よりもキリがない。 「終わりだ、世界図書館っ!」 大声で喚きながら、自分を囲んだ数人の兵士を倒したハーデが息苦しさに喘ぐ前でトーロが石を差し上げた。ここで上空へ酸素補給に転移することはできる、しかしそれでは、今エアレイめがけて次々飛ばされる黄金を防ぎ切れない。 だが、体を起こしたトーロが凍った。 「ぐっ」 激痛が襲ったのか、石を放り捨てて頭を抱える。裸の艶やかな腹部が一瞬緊張し、次の瞬間、内側から無数の針に差し貫かれて切り裂かれ、原色の臓物を撒く。 「ボヨヨ〜ン!」 中から銀色の棒状のウニ、とでも表現するしかないような代物が飛び出した。半分をトーロの中に残し、残った半分にむわりと浮かび上がった顔はアルジャーノ、 「あのですネ、壱番世界でこういう出現の仕方をするとこう呼ばれるんですヨ、エイリア〜ン! きゃああアア!」 「うぐああっ」 もやんと突き出した手で両頬を押さえて叫んでみせたアルジャーノは、こともあろうにそのままくるりとトーロの顔を振り向き、がしん、と弾けた腹に食いつく。 「ぐあっ、ぐあっ」 絶叫しながら食われていくトーロ、その背後の影に長い針が一本突き刺さっていた。シキの針だ。 「うわああでござーますです! ばけもんでござーますです!」 ジェメッリの隙を狙ってトーロの頭の影を貫いたシキが薄く嗤う。 がぶがぶとアルジャーノに喰われていく仲間に、ジェメッリがパニックになったように襲い掛かろうとするのにシキは勝機を見いだす。影に潜み、影から生まれ、一気に距離を詰めてくるジェメッリに近接する。 「風よ!」 トーロが倒された事で自由になったエアレイが、鋭い空気の流れを呼び込んだ。くるくる回った風があっという間に伸び上がり、シキに近づいたジェメッリの脚を捉えて引き倒し、引きずっていく。 「何するでござーます! ママが見てる、見てるでござーますよ! 失敗はできないでござーますですよ!」 近づくシキにボールを次々に弾いて撃つが、いかんせん、小さくとも竜巻、振り回される体からは充分な狙いが保てない。 「来るな来るな来るな来るなでござーますですー!」 ボールが撃たれずに竜巻に呑み込まれる。外れたボールを軽く避け、光球を引き連れて、シキは飛び込んできた兵士の影に溶け込み、影渡りでジェメッリの背後に現れた。間髪入れず、ジェメッリの首に深々と針を突き刺す。一本、二本、三本、四本。 「ぐええええっ!」 絶叫が響き渡った。これで終わるかと思った瞬間、ジェメッリの体がいきなり跳ね飛ぶ。血に塗れ、今にも取れそうな己の首を抱え込むように、 「がぶ……げほ…げほげほっ」 ぽんぽんと跳ね飛ぶジェメッリが遺跡の石壁の向こうへ一気に転げ落ちていく。とどめはまだだ。追おうとしたが、エアレイの声にシキは振り返った。 「ハーデ! スイート!」 「ヴィルジネ…お前もアクアーリオと同じリボン使いか。なら見せて貰おう、お前の内臓にまでリボンの防御が効くかどうかっ」 スイートをリボンで巻き締めたママ・ヴィルジネ、その口の中と内蔵にハーデは破裂手榴弾をアスポーツした。トーロへの攻撃を見ていたエアレイが、とっさにカマイタチでママ・ヴィルジネのリボンを切る。一瞬でも拘束が解かれ、崩れおちたスイートを、風を操って跳ね飛ばし、自分の下に引き寄せる。 「殺し合いが好きなのだろう、お前たちは。なら1度死んでみてはどうだ」 直後、切り刻まれたリボンを舞わせながら再生しようとしているママ・ヴィルジネの真後ろに、ハーデは転移した。 「殺す者は殺される。今回はお前たちの番だった、そういうことだ」 破裂手榴弾の爆発と同時に呟かれたことば、両手の光の刃がママ・ヴィルジネの胴体、手足、首を一気に切断した、ように見えた。 「っっっっっっ!」 だが。 「「ハーデっっ!!」」 シキとエアレイの声が重なる。 ハーデの攻撃は完璧だった。死角にダガーを転移し、そこから光の刃を発動させての切断まで重ねていた。 だが、それでも全てが無駄だった。 破裂手榴弾の爆発、ハーデの転移と攻撃、それとほぼ同時に。 ママ・ヴィルジネは、解けた。 「な…んっ」 誰の呻きだっただろう。 今目の前にあるのは、空中に散らばった無数のリボンだ。それらがゆっくりと寄り集まり、リボンとなり、それがくるくると巻き付けられていって、そこに人の姿が戻ってくる。ふくよかで、柔らかで、如何にも血の通っていそうな女性の裸体が。絡み付くリボン、乱れた髪がゆっくり落ち着き、緑の瞳が見開かれる。 「まあ……驚きましたわ」 くすくす、と笑い声が零れた。 「さすがの私もエネルギー不足ですわね」 言われてみれば、ママ・ヴィルジネの体を覆うリボンが所々、薄黒くもろもろと剥がれ落ちそうになっている。 だが、背後に倒れているハーデはぴくりとも動かない。 破裂手榴弾は通常の人体の内部で爆発しても、真横に居ればその破片で重傷を負っただろうが、今回は爆発の瞬間に、第一の壁となるべきママ・ヴィルジネの体が消えていたのだから、押して知るべし……おそらくハーデは絶命しているだろう。 「ごちそうさまデシター!」 アルジャーノが凍り付いた空気を明るく破った。 「トーロさんはねっとりとしてコクがありました。やっぱり肉は牛デスネ!」 いや、それは違うから、と誰も突っ込めなかったのは、次の台詞が続いたからだけでもない。 「ジェメッリさんは、少々小骨が引っ掛かりマス。お酢に浸けとくとよかったデスカネ……」 「……食いしん坊さん、何をおっしゃっているのかしら」 ママ・ヴィルジネが笑みを消した。 「ああ、ついでに、今回のナレンシフはソーダ味がシマス。ヨーグルト系デスネ」 び、っと指を立ててアルジャーノが満面の笑顔で言い切った。 「一機ずつ違う味だと嬉しいデス! 期待してマス、ヨロシク!」 「……ジェメッリはナレンシフに乗り込んだのかしら」 「ハイ。けれど、先に頂いていたので、代わりにお口を開けて待ってマシタ」 アルジャーノは旅団の遺跡への到達方法を考えていた。どこかにナレンシフがあると確信し、ごちそう探しにわくわくしていた。 ジェメッリが災難だったのは、既にナレンシフがアルジャーノに食われていたにも関わらず、気づかずにナレンシフに擬態したアルジャーノに乗り込んだため…だが、先に乗り込んでいてもナレンシフごと、美味しく頂かれていただけかも知れない。 「後はあなたダケデス」 アルジャーノがひょろりと好青年の姿でにこやかに立ち上がる。 「世界樹さんもおいしいデスガ」 「……何もかも食べ尽くすのね、世界図書館は?」 背後の樹木を振り仰いだママ・ヴィルジネが、眉を潜めた。 おそらくは、さきほど石に擬態してトーロに食べられ、内側から彼を破壊したように、今は別の分身アルジャーノが水のようなものになって世界樹の内側を侵食していっているのだろう。 見る見る中途半端に形になった実が落ち、枝が折れ、葉が枯れてばらばらと散り落ちていく。干涸びた根が次々と地面から抜き出され、のたうつように空中に蠢き、ついにはがさがさと音を立てて枯れ落ちた。大きく震える枝葉は断末魔の嘆きか。伸び上がろうとし、広がろうとし、ついには果たせずにゆっくり傾いだかと思うと、そのまま背後の谷へ向かって倒れ落ちていく。 高山を落ちていく巨大な樹木は、あっという間に枯れ果てた残骸となって、マチュ・ピチュの山々の裂け目に呑み込まれて消えて行く。 「……逃げ場はないぞ。目論みは潰えた」 スイートを抱えたシキが告げると、ママ・ヴィルジネは静かに嗤った。 「いいえ、これからよ」 「!」 ふいに空に眩しい光が過った。 次の瞬間、目の前のママ・ヴィルジネがばらっと無数のリボンになり、あっという間に空中へ舞い上がる。エアレイの風が追ったが、すぐに見えなくなった。 残されたのは、一部破壊された遺跡と、かろうじて呼吸しているスイートを抱えたシキ。 身動き一つしないハーデの側に駆け寄ったエアレイが、まだ微弱ながら心臓が打っているのにはっとする。とっさに転移して衝撃を避けたのか。 「今なら間に合う、戻ろう」 ターミナルならば、魔法の技も最新医療も受けられる。治療を受け、休養をとれば、二人とも何とか生き延びられるだろう。 「じゃあ、担架にでもなりまショウカ……まずは、治療と休養……滋養のあるものが必要デスネ」 散らばった分身と合体しつつあったアルジャーノが、いそいそとシキとエアレイに付き従いつつ、何かを思いついたように、ぽん、と手を叩いた。 「世界樹、栄養満点デス!」 つやつやとした明るい笑みを浮かべて、嬉しそうにアルジャーノは続けた。 「みなさんも食べられたら如何デショウ? 怪我もすっと治りますヨ!」
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