世界で最も活発な火山、キラウェア火山を最も安全に観察できる場所。それがハワイ火山国立公園。火山活動を見学するというツアーも行われる歴とした観光スポットである。 しかし、今や観光客の姿は何処にもいない。絶えず噴火を繰り返すキラウェア火山が、大量の火山灰を空へと噴き上げている。 火山灰に覆われた灰色の空は日の光を通さず、薄暗い世界の中で赤々とした溶岩が、あちこちから溢れ出している。 まさに地獄絵図、そう形容するに相応しい世界であった。その中央には、10mはあろうかという巨木がそびえ立っている。 灼熱地獄とも言えるなかで燃える気配もなく、風もないのに枝葉をさざめかせている姿は異様の一言であった。 巨木に成っていた実の一つが、大きく枝が揺れたときに飛び出して地面に落ちた。すると、その実は水に落ちるように大地へと沈んでいった。 次の瞬間、その場所から巨人が生まれ出てきた。 岩石で出来た巨体は、赤く灼熱しており額には鋭い角が生えている。顔の口にあたる部分の切れ込みからは、息のように炎が吹き出ている。 その巨人が産声を上げるように吼えると、その近くの地面から溶岩が噴き出し、周囲にあるもの全てを呑み込み押し流していく。 そして、巨木の枝がしなると、また一つの実が何処かへ飛び出していった。 予言された未来は、世界樹旅団によってもたらされる。 世界司書が知った出来事はまだ不確定な未来だ。しかし、このままでは確実に訪れる出来事でもあるのだ。 壱番世界各地の「世界遺産」をターゲットに、何組かの旅団のパーティーが襲来することが判明した。かれらは「世界樹の苗」と呼ばれる植物のようなものを植え付けることが任務のようだ。その苗木は急速に成長し、やがて、司書が予言したような惨劇を引き起こす。 言うまでもなく……「世界樹の苗」とは、世界樹旅団を統べるという謎の存在「世界樹」の分体だ。 だが、この作戦を事前に察知したことにより、世界図書館のロストナンバーたちは、苗木が植え付けられてすぐの頃に到着することができるだろう。周辺の壱番世界の人々を逃がす時間は十分に確保できるはずだ。 むろんそのあとで、苗木は滅ぼさねばならない。苗木は吸い上げた壱番世界の『歴史』や『自然環境』の情報をもとに反撃してくるであろうし、旅団のツーリストも黙ってはいない。 司書は、引き続き、戦うことになるはずの、敵について告げる。「導きの書によれば、ハワイ火山国立公園に苗を持ち込んでいる世界樹旅団のメンバーは2人だ。そして、数体のワームを連れている」 集まったロストナンバーたちに、シドが説明を始める。「旅団のメンバーである2人の名前は、沙羅とバンカ。沙羅については、名前くらいは聞いたことがあるかもしれないな」 シドが導きの書のページをめくる。「沙羅とバンカのどちらとも出会ったことのあるツーリストを呼んでおいた。そいつから2人については説明させよう」 そして、部屋の奥に佇んでいた一人のツーリスト、上城弘和が前に歩み出てきた。「初めまして、上城弘和と申します。早速ですが、本題に入ります」 注目された緊張を解すために、弘和は軽く咳払をした。「まず、沙羅についてです。彼女との戦闘は避けるのが賢明ですね。彼女は魔法ような特殊能力を斬ることできますし、彼女はトラベルギアを斬ってみせました。1対1ではまず勝てないでしょう。彼女と戦う場合、ギアが破壊される可能性が高いです。そして、最も注意すべき点は、彼女に斬られた傷は、しばらくは魔法などの特殊能力でも治せないということです。以前、彼女と出会った時の報告書は提出してますので、興味があるなら目を通してみてください」 弘和が片手で眼鏡の位置を直す。「次は、バンカです。彼はある意味沙羅より厄介と言えます。彼の能力を一言で表現するなら『模倣』になります。以前彼と出会った時、彼はその場にいた全てのツーリストの特技と能力をコピーしてみせました。そして、一番厄介なのがバンカは模倣するために必要な条件がありません。そこにいるだけで勝手にコピーされてしまいます。つまり、多彩な技や強力な魔法を持つツーリストが彼と戦う場合、それが全て彼の力になってしまいます」 そして、一息を入れてから弘和は再び話を続けた。「ただ、彼には欠点というか弱点というか、まあその、隙が多いのです。そうですね、言葉を飾らずに言うなら、馬鹿でしょう」 濁した言葉では伝わり難いかなと思った弘和は、最後にはずばりと言い切った。「見た目は20歳くらいだと思いますが、その言動は幼く無邪気ささえ覚えました。旅団の思惑を崩すつもりなら、バンカから攻め落とすのが有効と思います。とはいえ、彼は馬鹿ですが、その強さは本物です。十分に気をつけてください」 そして、弘和は話が終わると、自分は別の世界遺産に向かうと言い残して去って行った。「導きの書から読み取れたことからの俺の予想だが、どうやらバンカを倒しさえすれば、沙羅は退却するようだ。付き添いのような感じで行動しているようだ」 シドは、開いた導きの書のページを指でなぞっている。「無理な戦闘は避けるにこしたことはない。お前たちの目的は、世界樹の苗の破壊だと言う事を忘れないようにしろ。そして、今回はおまえたちのおかげで現場である世界遺産から、壱番世界の住人を避難させことができた。これは立派な成果だろう」 珍しくシドがその顔に笑みを浮かべた。「以上だ。コンダクターたちの故郷である壱番世界の命運を乗せたチケット、お前たちに託すぞ」 シドは導きの書に挟んでおいたチケットを、目の前に並ぶロストナンバーたちに差し出した。「ねえねえ、沙羅。さっきから何飲んでるの?」 独りで杯を傾けていた沙羅に、無邪気な問いが投げ掛けられた。 沙羅、壱番世界で言うなれば、和風といえるような着物を纏った妙齢の女性が顔を上げた。 降ろせば腰まではあろう、長く伸びた艶やかな黒髪を後ろ頭で一つに括ってあり、血に染めたような蠱惑的な唇が人目を引く。「これは、お酒ですわよ」 沙羅は手にした杯を、側に近寄ってきた男に見せた。 その男、バンカはどこかあどけない雰囲気の青年であった。くすんだ柔らかそうな金髪に、透き通るような水色の瞳、上背はあり体格もしっかりしている。 身に付けているのは胸当てと腰に下げた剣。 しかし、子供が大きめの服を着た時に感じるような着られている感が漂っている。「これから戦うのに? 酔っ払わない、大丈夫?」 バンカはくるくると表情を変えて沙羅を心配していた。「うちはお酒では酔えませんもの」「え、そうなんだ。でも、どうして?」 バンカは不思議そうに首を傾げた。「そうですわね。もう酔っているから、かしらね」 沙羅は、杯に満ちた酒の水面に映る自分を見ていた。「沙羅って、いっつも酔ってるの? 全然そんな風には見えないよ、凄いなー」 「はぁ、貴方が気にする必要はありませんわ。それより、うちは付添ですのよ。貴方が負ければ、うちは引上げます。そのこときちんと解ってまして?」 感心しているバンカに、沙羅は呆れたような視線を向けた。彼女はバンカが惚けているわけではなく、本気でそう思っていることを知っていた。「うん! 俺、頑張るよ!」 おー、と明るく腕を突き上げるバンカのせいで、沙羅は頭が痛くなるような気がしてきた。「はぁ、本当に解ってますの?」 2人の背後には、数体のワームに守られるように巨大な木がそびえ立っていた。!注意!イベントシナリオ群『侵略の植樹』は、、同じ時系列の出来事を扱っています。同一のキャラクターによる『侵略の植樹』シナリオへの複数参加(抽選へのエントリー含む)はご遠慮下さい。
世界で最も活発なキラウェア火山が見学できる世界遺産の一つ、ハワイ火山国立公園。 そこで待ち受ける世界樹旅団は2人、バンカと沙羅であった。 旅団の思惑を逸早く掴んだおかげで、観光客は世界遺産から姿を消している。 賑やかさのない剥き出しの大地の上で、世界樹旅団と世界図書館のロストナンバーは向かい合っていた。 「勝負に来たんじゃないの?」 首を傾げて不思議そうに尋ねるバンカには、どこか幼さが感じられた。 しかし、その疑問に答えるにも、図書館側のロストナンバーたちは困惑していた。 「誰か、イテュセイの居場所を知ってるか?」 唸るように声を絞り出したのは、フブキ・マイヤー。 素肌の上に白衣を羽織っただけの格好であり、白衣の合せから見える肉体は見事に鍛え上げられている。 そして、その首の上には白鰐の顔が乗っている、鰐型獣人である。 「すまない、俺は知らない」 静かに応えたのは、歪。 眉の上から鼻の上までを覆っているはずの包帯を外して、今は素顔を晒している。その銀の瞳は光を映すことなく茫洋と滲んでいる。 和装にも似た民族風の衣装の腰元に一対の片手剣を差し、大振りの剣を抱えていた。 「イテュセイちゃん、同じロストレイルに乗ってたはずなんだけどな」 困ったように呟いたのは、星川征秀。 ホスト風スーツに身を包み、洒落たデザイングラスを掛けた優男であった。 身長の高さゆえにひょろりとして見える細身であったが、その体は戦士としても鍛えられている。 「そういや、後で追い付くから先に行ってて、って伝言を預かってたなー」 イテュセイから預かっていた伝言を、皆に気楽に伝えたのはユーウォン。 オレンジ色の肌と鬣を持つ、華奢な有翼小型ドラゴンである。壱番世界の動物でいえば、サギに近い体型をしている。 「追い付いてないしな」 やれやれとフブキが溜息を付いた。 さて、どうしようかとそれぞれが頭を悩ませていた時、それは現れた。 「天下の一つ目っ娘! 呼ばれて飛び出て、どかんと登場よ!」 大地に地割れが走り真っ赤な溶岩が間欠泉のように噴き上がると、その中から、一つ目の少女、イテュセイが飛び出してきた。 そのままくるくると宙返りをしながら、溶岩の中へ着地した。彼女の格好は、いつもと変わらぬ活動的な姿であり、普通なら溶岩には耐えられるはずもないのだが、イテュセイは平然としている。 「コピーされるのに、のこのこやって来るチートくんとかおバカ! 敵に塩送ってあげましょ!」 予想外の事態に一同が呆然としている中で、イテュセイの明るく元気な声が響く。 「沙羅沙羅したあんたには、ワイハのサラサラ溶岩がお似合いよ!」 湧き上がる真っ赤な溶岩に両手を入れると、手遊びの水鉄砲の要領でイテュセイは溶岩を飛ばした。 見た目の動作とは裏腹に灼熱の溶岩は勢い良く飛んだ。 「まあ、怖い」 溶岩を避け様に、沙羅が太刀を振り抜いてイテュセイに一筋の剣閃を飛ばす。 「あら?」 「今日のあたしは一味違うのよ!」 しかし、ふふんと得意気に笑うイテュセイの前で、沙羅に奇妙な手応えを残して剣閃は霧散した。 「出血大サービスで、塩と一緒に溶岩も送ってあげちゃうんだから!」 えいえい、とイテュセイが溶岩を続けて飛ばし出した。 その全ての溶岩が一瞬で斬り落された時、イテュセイの胸に気の刃が生えていた。 「え?」 それは沙羅の構えた刀から伸びており、槍のようにイテュセイの胸を貫いていた。 その刀から手を離した沙羅は、袖から滑り落した別の刀を手に取る。 「塩を頂戴したお礼ですわ。遠慮なさらずお受け取り下さいまし」 「うっそぉー!? 美人って、やっぱり薄命なのー!?」 沙羅が刀を閃かせると、イテュセイは5つに分割されて消滅した。そして、その消滅とともに、地割れも溶岩も綺麗に消え失せた 「イテュセェェイ!」 叫んだのは誰だったか、目の前で仲間が殺された一同は色めき立った。 「おれが相手するはずだったのにー。沙羅、倒しちゃったの?」 「いえ、本体は別ですわね。どうも一筋縄では行かなそうな相手ですわ」 不満気なバンカに、沙羅は謎めいた言葉を投げた。 その答えは、4人のトラベラーズ・ノートに連絡という形で示された。 「誰だ、こんな時に!」 「俺が見る。皆は気を抜くなよ」 吼えるフブキを横目に、征秀はノートを取り出して送られてきた内容を読み上げた。 そっちに行った鉄砲玉なあたしは倒されちゃったみたいね。 でも、大丈夫! 本体はターミナルにいるんで心配無用よ! 今からあたしがそっちに行くのは時間が掛り過ぎるわね。 後はターミナルから皆の勝利を祈って応援してるわ。 クリームソーダを飲みつつね☆ 祝勝会の準備も進めとくからお楽しみにね! 皆のアイドル イテュセイより愛を込めて☆ 「なんじゃ、そりゃあー!」 読み上げた征秀とフブキの絶叫は見事に被った。 歪に至ってはあまりの内容に理解が追い付いていないようであった。 「じゃあ、生きてるんだな。よかったよかったー」 ユーウォンは素直にイテュセイの無事を喜んでいたが。 「確かにそうだけどな!」 「そこは喜ぶべき所なんだけどさ!」 フブキと征秀はやり場のない感情を持て余しているようだった。 「言いたいことが色々あるのは解るが、全てはターミナルに戻って直接言おう」 逸早く立ち直った歪の提案で、その場はどうにか収まりつつあった。 それを楽しそうに眺めていた沙羅が、からかう様に口を挟んできた。 「大変そうですわね。宜しければ、うちがお手伝いでもしましょうか?」 「沙羅が手伝うと、おれが大変になるからやだー」 「頼まねぇから!」 「あら、残念。それでは付添として、大人しく引っ込んでますわね」 薄く微笑む沙羅に、思わずフブキはツッコんでいた。 「じゃあ、おれがお前たちを倒して、苗を成長させれば任務完了だな」 バンカは剣を抜くと襲い掛ってきた。 「気をつけろ! そいつ、沙羅の技もコピーしてるかもしれないぞ!」 フブキの叫び声を背に受け、歪はバンカの繰り出す剣を刃鐘で受け止めた。すると、その剣身に亀裂が走り、澄んだ音を立てて無数の欠片となって砕け散る。 腰に帯びた双剣を引き抜き、刃鐘の欠片とともに歪が斬り掛かる。 双剣に合わせて、刃鐘が澄んだ音を奏でる。その音が、盲目である歪の目となり耳となる。 「わー、綺麗な音」 素早く力強い歪の双剣を、バンカは口調に似合わず慣れた動きで受け流す。 「音だけと思うな」 周囲を漂う刃鐘が、舞うようにバンカへと襲い掛かる。が、バンカは剣を閃かせて、弾いた刃鐘の隙間へと体を動かす。そこに影が差した。 漂う刃鐘を足場に高く飛び上がった歪であった。 そこへと誘導させられたバンカの首に双剣が迫る。 「うわっ」 間一髪、剣で受け止めたバンカは、双剣ごと歪を力任せに突き飛ばした。歪は宙返りをしつつ、刃鐘の檻の外へと降り立つ。 「凄い! 俺もする!」 掲げたバンカの剣が砕けて刃片となって宙に舞い、自分を囲う刃鐘を弾き飛ばした。 刃鐘の檻が一瞬で破られたことに、歪は声を出さずに驚いた。 「凄いだろー」 得意気に胸を張るバンカは刃片を集めて剣へと戻す。 そこへ、征秀が地を滑るように襲い掛かった。ギアである星杖を体ごと回し、真横へ薙払う。 後ろへ飛んだバンカへ踏み込みながら、避け難い高さでバンカの足を再び払う。 その攻撃を受け止めたバンカの剣が刃片となって飛び散る。 「お返しだ!」 刃片が渦を巻いて征秀に襲い掛かるが、空より舞い降りた刃鐘がそれを阻む。 その隙間を縫うように足を動かした征秀は、低く構えたギアを斬り上げる。それを防ごうとバンカは剣を構えるが。 「あ、武器がない」 その剣身は刃片となっており、柄だけをバンカは握っていた。そのバンカの腕を星杖が斬り裂いた。 「痛ーっ!」 が、瞬く間にバンカの腕の傷が塞がっていく。 「もう治った!」 嬉しそうに腕を振るバンカを見た歪が、刃鐘を纏ってバンカへ突進する。バンカの操る刃片を刃鐘で防ぎ、丸腰のバンカへ斬り掛った。 「どっかーん!」 迫る歪に向けてバンカの腕から魔力の塊が撃ち出される。予想外の一撃に歪の体が宙を舞い、それを追いかけるようにバンカが刃片を飛ばす。 「今度は足か?」 しかし、征秀がギアを翻してバンカへ斬り込む。慌ててバンカは刃片を剣に戻して、征秀のギアを捌く。 打ち合う2つの武器に朧な光が宿り、2人の間に軌跡を残す。征秀が魔力でギアを強化し、それをバンカも瞬時に模倣したのだった。 そして、打ち合うバンカの剣が加速していく。 (捌き切れない!) 激しく斬り結んだ瞬間、征秀はギアに宿した魔力を開放し、互いの武器を無理矢理に弾いてバンカから距離を取った。 「ほらよ!」 投げ込まれた試験管が炸裂し、閃光が埋め尽くした。 「わ!」 「うわ!」 フブキの光グレネード薬に、バンカと征秀の目が眩む。 怯んだバンカへと、フブキが氷の刃を生やしたギアで襲い掛かる。しかし、目を閉じたままでバンカはフブキの一撃を防いでみせた。 「あれ、何で解るんだろ?」 バンカは不思議そうにしているが、そのままフブキの連撃を剣で凌いでいく。 「水の矢!」(オー・フレッシュ) 素手の攻撃が駄目ならとフブキが魔術を放つが、バンカは迫る水の矢に破片を展開させて相殺した。 しかし、何か思い付いたのか直に刃片を剣に戻すと、何も持たない方の手に氷刃を生み出した。 「じゃーん、二刀流!」 「何だと!」 自慢するようにバンカは氷刃を掲げた。 「冷たいの平気だし、これなら幾らでも剣を作れるもんね」 バンカの周囲に無数の氷刃が出現すると、持つ者のいない刃は次々と大地へと突き刺さる。 「いっぱいあれば、避けられないよね」 十数に及ぶ氷の刃が一斉に砕け、氷片となり飛び散る。 「おいおい、マジかよ」 フブキの目の前に、紙吹雪のように大量の氷片が漂う。 「それ行けー!」 バンカの号令で、氷片が嵐となって迫り来る。 「下がってろ!」 風グレネード薬を用意したフブキの前に、征秀が躍り出た。 「はぁぁ!」 征秀がギアを地面に突き刺して全力で魔力を開放すれば、大地が抉れて土砂を跳ね上げる。その大量の土塊が盾となり、氷片を防ぐ。 「やるな!」 しかし、征秀には氷片が土砂を突き破る未来が見えた。何処からどんな順番で突き破ってくるか見えてしまった。 征秀が星杖を閃かせて、最初に突き破ってきた氷片を弾くと、それが次に突き破ってきた氷片に当り進路を変える。 ビリヤードのように、弾いた氷片が次々と別の氷片を弾き飛ばす。それは星川がギアを振うたびに続き、氷片の嵐は誰も傷付けられずに過ぎ去った 「あれー、何で平気なの?」 数百に及ぶ氷片が掠りもしなかったことを、バンカは不思議に思った。 「くそ!」 しかし、征秀は苛立たしげに星杖を地面に叩きつけていた。 「よーし、次は当てるぞ!」 再びバンカの周囲に大量の氷刃が生まれる。 「ちょっと待ったー!」 「何ー?」 言われた通りに動きを止めたバンカは、声の方へ顔を向けた。 「おまえに勝負を申し込む!」 そこに居たのは、バンカを指さすユーウォンであった。 「今、勝負してるよ?」 「おれと1対1の勝負だ」 「うん、いいよー」 ユーウォンが拍子抜けするほどバンカは勝負をあっさりと受けると、剣を構え直した。 「ただし、喧嘩じゃなくて、別のやり方で勝負だ」 「何するの?」 「我慢く」 「ならば、俺とポージングで勝負だ!」 横からフブキがしゃしゃり出た。 「え?」 突然のことに驚いたユーウォンはフブキを見上げた。 「は?」 同様に、何を言っているのかちょっと良く解りませんという顔をしているのは、征秀であった。 「ぽーじんぐって、何?」 バンカが首を傾げた。同じく意味の通じない歪も内心首を傾げていた。 「ポージング! それは鍛えられた肉体の美しさを競う勝負! 故郷の大会で優勝経験もある俺に、お前のような若造が勝てると思うな!」 一気に捲し立てたフブキが、腕を曲げて力こぶをアピールする。 「いやいやいやいやいやいや! いきなり何言い出してんの、おっさん!」 年上への礼儀も忘れて、征秀が全力でツッコミを入れた。 「大丈夫だ、肉体美なら俺は必ず勝つ!」 「その無駄な自信は、何処から来たんだ!?」 言ってる意味はよく解っていないが、バンカは何となくバカにされたように感じた。 「おれだって、それくらいできるぞ!」 そして、負けじとバンカも力こぶを作った。 「ノるのかよ!?」 「どういう勝負なんだ? 俺には、良く解らないんだが」 「んー、知らなくていいと思うよ。それに見えない方が幸せかもしれないね」 見えない歪は不思議そうに首を傾げている。 「あら、面白くなりそうですわね」 苗の側で佇む沙羅はすっかり観客気分だった。 ☆とても特殊な勝負が開始されました☆ これよりしばらくの間、音声のみお伝え致します 歪さん視点でお楽しみください 「ふっ! ふぬぉ! むん! おりゃあ!」 「えい! えい! とお! えやぁ!」 俺の耳には、フブキの気合いに続くように叫ぶバンカの声が届いていた。 声に合わせて体を動かしているのは解るが、見えない俺には何をどう勝負しているのかが解らない。 ただ、フブキが掛け声を出すたびに、近くいる星川がげんなりしていることは解る。 「なかなかやるな! だが、俺の本気はまだまだこんなものじゃないぞ!」 ばさりとフブキが何かを投げ捨てたようだ。 「おれだって、負けないぞ!」 がしゃんと重いものが落ちた後、ふぁさっとバンカも何かを投げ捨てたようだ。 「うわー」 「俺、もう知らん」 二人のもらした溜息とつぶやきを、俺の耳はしっかりと拾っていた。 (あの音、服を脱いだとしか思えないんだが。いや、まさかそんな) そんなはずないよな、と俺が2人に確認しようとした時。 「貴方たちは参加しませんの?」 突然、俺の側に声が増えた。気配を感じ取れなかったせいで、驚いた俺は反応が一瞬遅れてしまった。 他の2人からも、息を呑む気配が伝わってきた。 「何をしてるか解らないからな、参加のしようがない」 俺は沙羅のいる方へと顔を向けた。 「まあ、残念」 「あんなのが増えるんだぞ?」 「あら、殿方の鍛えられた体ですもの。見ていて嫌なものではありませんわよ」 げんなりしている星川に、沙羅は楽しそうに笑っているようだ。 「何しにきたんだよ。付添なんだろー?」 ユーウォンの声が緊張している。 「ええ、近くで見せて頂こうと思いまして」 「どれだけ見たいんだよ!」 星川の叫び声には、疲れが滲んでいる。 「ふっ、やるな! だが、見様見真似には限界がある! 一朝一夕で身に付かない経験がものを言うのさ! 見るがいい、俺の汗と努力の結晶を!」 閃光、と叫ぶフブキの声が聞こえた。 「ぎゃー! 何してんだ、おっさん!!」 今までにない悲痛な叫び声を上げた星川に、俺は思わずユーウォンに問い掛けていた。 「何をしたんだ?」 「フブキが、自分に光を当ててるんだよ」 「それは自分が眩しいだけじゃないか?」 「うーん、詳しく解らないでいいと思うなー」 俺は浮かんだ疑問をそのまま口にしたが、ユーウォンでさえどこか投げやりにしか答えてくれなかった。 「おれだって、それくらいできる!えくれーる!」 「そこまで真似するんじゃなーい!」 星川の喉が心配になってきた頃、沙羅が俺に話し掛けてきた。 「そうそう、本当の目的を忘れていましたわ。貴方の持っている剣を見せて頂けるかしら?」 「刃鐘のことか?」 思わず刃鐘を抱える腕に力を篭めてしまった。 「そう、その刃鐘という剣ですわ。それを近くで拝見したくて来ましたの。これでも剣士の端くれです。ぞんざいに扱わないと誓いますので、少し見せて頂けません?」 俺は刃鐘を沙羅へと差し出した。 「あら、見せてくれるだけで十分ですのよ?」 「あんたの言葉に嘘はない。その言葉を信じて渡す」 感じたままを口にした俺に、沙羅はとても驚いたようだ。 「貴方、お人好しと言われていませんかしら?」 「よく言われる」 苦笑した俺の手から、沙羅が丁寧に刃鐘を持ち上げるのが解った。 「綺麗。これは祭器の一種ですかしらね。不思議な空気を感じますわ」 「刃鐘で楽を奏でて、剣舞を捧げる祭りがある」 ただ純粋に刃鐘を誉めてくれた沙羅に、俺も偽りなく答えていた。 「やはりね。ありがとうございます。良いものを見させて頂きましたわ」 沙羅が俺に刃鐘を手渡してきた。俺は思っていたことを口にしてみた。 今なら少しは腹を割って話せるような気がする。 「俺の世話になってる人がこの世界を愛しているんだ。お前たちの好きにはさせない。だけど、お前たちを殲滅したいわけじゃないんだ」 「お優しいことですわね。ですが、貴方がどう思おうとも、互いの組織次第ではありませんかしら?」 沙羅の言葉に、つい最近の決戦が俺の脳裏を過った。 「やるな、猿真似の癖にここまで追いついてくるとはな。いいだろう、お前には俺の本気を見せてやろう!」 がちゃり、とフブキが何かの金具を外す音が聞こえた。 「見せるなー!」 「ぐふぉ!」 横から飛び出した星川が、そのままの勢いでフブキを殴り飛ばしたようだ。相当に鈍い音がしたが、あれは大丈夫なのか。 「それでは、うちは戻ります。ごきげんよう」 俺の意識が逸れた一瞬で、沙羅の気配は消えていた。 ☆特殊な勝負が強制終了しました☆ 以降、通常通りになります。大変お騒がせ致しました。 「次は、おれと我慢比べで勝負だ!」 当初の目的通りに、ユーウォンはバンカの側へとゆっくりと飛んで行った。 その向こうには、肩で息をしている征秀と顔から地面に突っ伏している上半身裸のフブキがいた。たまに痙攣しているのはご愛敬だろう。 「うん、いいよー。何を我慢するの?」 「寒さの我慢比べだ。おれが鞄から吹雪を出すから、それを百数える間ずっと浴びてた方が勝ちだ」 「解った。じゃあ、服着るからちょっと待って」 バンカは脱ぎ捨てた服を手に取ろうとしたが。 「おれも服着てないから、そのままの格好で勝負だ!」 「あ、そっか、そうだよねー」 あっさりと服を手放した。 「よし、勝負開始だ!」 ユーウォンがトラベルギアの鞄の蓋を開けば、氷点下にした鞄の中で吹き荒れる吹雪が、熱帯気候のハワイの真っ只中に飛び出す。南国の国立公園の一画に、白い雪が舞い踊る。 「わー、寒ーい」 「よーし、百数えるぞー。いーち、にー」 ユーウォンが数え始めた。 「な、何も殴り飛ばすことないだろ。折角これからって時だったのに」 「ベルトに手を掛けた時点で、殴ってでも止めるわ!」 よろよろと立ち上がったフブキに征秀が噛みつく。 「これ、持っててくれ」 「何だ、これ?」 「ガスマスクだよ」 征秀が差し出したガスマスクを、白衣を着ながらフブキは不思議そうに眺めた。 「俺のギアで悪臭を起こして、あいつを怯ませる」 「止めとけ。多分、効果ないぜ」 「何でさ?」 「ユーウォンは環境適応能力が高い。今の我慢比べもそれだから出来てるんだろ」 ユーウォンの数える声が聞こえる2人の場所まで肌寒くなっている。 「となると、悪臭くらい耐えられるだろう」 「試す価値はあるだろ?」 「確かにそうだが、止めとけ」 「何でだ?」 「このガスマスク、俺の顔が入らん」 征秀が用意していたのは人間仕様だった。 「ひゃーく!」 ユーウォンが鞄の蓋を閉めると、吹雪がぴたりと止まった。そして、一気に熱帯の空気が2人を包む。 氷点下から汗ばむ陽気への気温の急上昇。ユーウォンの適応能力でも、環境の激変に対応するためには時間差が生じる。 「うあー、くらくらする」 その時間差の間、ユーウォンは目眩に襲われる。となれば、特技を模倣するバンカにも同様の症状が現れるはず。 「引き分けだー。あれ、大丈夫?」 しかし、バンカは至って平気そうであり、目眩を起こしているユーウォンを覗き込んできた。 (な、なんで平気なんだ!?) 寒さを感じた後、バンカは自分の周囲の気温を操作していた。 我慢比べということだったが、能力を使うなと言われていなかったバンカは、当然のように能力を使っていたのだ。 「調子悪いなら、少し休んだ方がいいよー」 バンカはふらふらしているユーウォンを担ぎ上げた。 「うひゃあ!」 ぎょっとしたユーウォンが思わず悲鳴を上げると、それを見た星川とフブキが、ユーウォンを助けようとバンカに走り寄った。 「そいつを下ろせ!」 驚いたバンカは、担いだユーウォンを2人の攻撃から庇うようにして後ろへと飛んだ。 「この子、頑張っておれと引き分けたのに。そーやって、苛めるの?」 そっと地面に下ろしたユーウォンの頭をぽんぽんと叩くと、バンカは2人からユーウォンを守るように立ち上がった。 「おれ、そーいうの嫌い」 バンカの雰囲気ががらりと変わった。自分の周囲に生み出した氷刃を、次々と地面に突き立たせる。 全ての刃がぼんやりと輝き出すと、バンカの怒りを表すようにその表面に雷が走る。 (あれ、こいつもしかして) バンカが自分のために怒っていると、ユーウォンは気が付いた。 「やっつけてやる」 全ての氷刃が一斉に砕け、稲妻を散らす数百の氷片となり空に舞う。 そして、操る氷片と一緒に飛び出したバンカの足にユーウォンの尻尾が絡むと、バンカは顔から地面に突っ込んだ。 「んぎゃ!」 中途半端に撃ち出された氷片が、滅茶苦茶な動きで2人に襲い掛かった。 先程と似た状況、未来を視れば防げるはず。しかし、征秀は躊躇ってしまった。 そこへ、刃鐘を纏った歪が2人の前に飛び出した。 背後へと吹き荒ぶ氷片だけに、刃鐘を当てて弾いていく。 絶え間なく叩き付ける氷片が、歪に突き刺さり、その体に雷を走らせる。 (護れないのは一度で十分だ!) それでも、歪は歯を食い縛りながら、意識を繋ぎ止めて刃鐘を操り続けてみせた。氷片の嵐が過ぎ去った時、歪の体は剣山のような有様であった。 「直ぐ回復してやる!」 「悪い、俺がしてれば!」 「心配要らない、傷は直ぐ塞がる」 心配する2人を余所に歪は落ち着いていた。 2人の目の前で、歪の体に刺さった氷片が独りでに抜け落ちると、その傷口は言葉通りにどんどんと塞がり出した。 「痛ー。もー、何だよ?」 うつ伏せの格好のままバンカは、ユーウォンを振り返った。 「あいつらは、おれを苛めようとしたんじゃないんだ」 「本当にー?」 上体を起こすユーウォンを、バンカはじーっと見上げてきた。 「本当だ」 その視線から目を逸らさずに、ユーウォンはしっかりと見返した。 「なら、いいや。それに、もう元気そうだね」 身軽にバンカは立ち上がると、ユーウォンの首根っこを掴んで無造作に放り投げた。 「うわ!」 「ぐえ!?」 放物線を描いたユーウォンは、フブキにぶつかって止まった。 「じゃあ、次は誰が何で勝負するのー? そっちの眼鏡の人? それとも、剣の人?」 腕をぐるぐる回しながら、バンカが楽しそうに尋ねてくる。 「決めるから、ちょっと待ってろ!」 「はーい」 フブキの返事を聞いたバンカは脱ぎ捨てた服を着ると、大人しく胸当てを付け直している。 「あいつ、帰れって言えば帰りそうだな」 「さすがにそれはないだろう」 「まるで子供だ」 その様子を見ていた三人がそれぞれの思いを口にする中で、ユーウォンが動いた。 「おーい、バンカ君! もう帰んなよー」 「ううん、まだ苗が成長してないから帰んないよー」 ユーウォンの言葉に、バンカは首を横に振った。 「だってさー」 「試すなよ!?」 「……何でそんなに親しげなんだ」 「なーんか親近感が湧くんだよねー」 ユーウォンはけらけらと笑っている。 「一つ考えがあるんだが、聞いてくれるか?」 歪は光を映さない銀の瞳を3人に向けた。 高く澄んだ音を響かせて、刃鐘が歪の周囲へと飛び散った。 さらに正しく刃を合わせ 霹靂の青火をくだし 四方の夜の鬼神を招き 樹液も震うこの夜さ人よ 歪が双剣の刃を打ち鳴らせば、青い火花が散る。 己の四方でそれを繰り返し、最後に頭上で刃を打ち鳴らす。 ――バンカは俺の再生能力を模倣している。普通に傷を負わせてもすぐ回復するだけだ 「初心に戻って、喧嘩で勝負だ!」 「はーい」 フブキの宣言を受けて、バンカは剣を構えた。 「まずは、俺から! お手柔らかに頼むぞ」 構えた星杖を魔力で強化しながら、征秀がバンカへとギアを振り抜いた。 その一撃をバンカが剣で受け止めた時、打ち合わさった星杖が煌めく光を撃ち出した。 赤いひたたれ地に翻し 雹雲と風とを祭れ 朗々と詠う歪が、ダァ、ダァ、ダァ、ダァ、と地を踏めば、刃鐘が轟き震える。 ――だから、再生しない方法で黙らせる必要がある 至近距離からの散弾、避けられるはずのない奇襲を、バンカは解っていたように最小限の動きで全て避けていた。 外れた輝きが地面を弾く中、征秀の怒りが沸騰した。 「勝手に、人の能力使ってんじゃねぇーよ!」 怒りのままにギアをバンカに叩き付けるが、その一撃はあっさりと剣で受け止められてしまった。 そして、バンカが剣越しにじーっと征秀を見詰めてきた。 「じゃあ、使わないように気を付けるー」 「は?」 おもむろにバンカが口にした内容に、征秀は呆気にとられてしまった。 「使われるの嫌なんでしょ?」 「そ、そうだけど」 話しながら斬り込んでくるバンカに、征秀は調子を崩されながらもギアで凌ぐ。 (気にしてる場合じゃない!) 気持ちを切り替えた征秀は再び魔力で補強したギアを、バンカに振り降ろした。 「はぁ!」 そして、バンカの至近距離から眩い光をまき散らした。 夜風とどろき檜は乱れ 月は射注ぐ銀の矢並 打つも果てるも火花の命 太刀の軋りの消えぬひま 風音の如く双剣を擦り合わせれば、歪の周囲を舞う刃鐘が銀の音色を奏でる。 言の葉に合わせ、激しく擦る刀身が火花を生み、太刀の軋りが尾を引く中、刃鐘が空へと舞い昇る。 ――大丈夫だ。難しいことじゃない 「痛たた!」 宣言通りに未来視をしなかったせいだろうか、今度はその光の直撃を喰らったバンカの動きが止まった。 その隙を逃さず、フブキが動いた。 「大判振る舞い、行くぞ!」 無数の試験管を放り投げたフブキが、水の矢でそれらを撃ち抜いた。 氷グレネード薬に練り込まれた魔力が水の魔術と融合を起こし、魔術式の相乗反応が発生する。 太刀は稲妻萱穂のさやぎ 獅子の星座に散る火の雨の 消えて跡ない天の河原 雷鳴の如く激しく双剣を歪が打ち鳴らせば、遙か上空に無数の紅い火が灯る。 一際大きく打ち鳴らした双剣から生まれた火花が、散らばり星のように瞬き、静寂の中に落ちた。 ――殴って気絶させれば、再生しても意味がないはずだ 「氷河の矢!」(グラシエル・フレッシュ) 巨大な氷柱の如く変貌した魔術の矢が、ダイヤモンド・ダストを撒き散らしながら撃ち出される。 その巨大な矢から身を守るために、バンカは刃片を展開させたが。 「あれ?」 その矢はバンカの周囲へと突き刺さると、真っ青な飛沫を上げて炸裂した。 氷河の魔術に巻き込まれたバンカとその周辺が分厚い氷に覆われる。バンカの両足は、膝近くまでが氷漬けになっていた。 「抜けないー!」 足を抜こうとしたバンカは、持っていた剣の柄で氷を砕こうと叩き出した。 「打つも果てるも一つの命!」 跳び上がって掲げた双剣を、歪が力の限り振り降ろした。 そして、空より星が降る。 ――お膳立てはする。だから、後は任せた はっと空を見上げたバンカは、周囲に大量の氷刃が出現させた。 そして、薄く光った氷の刃は一斉に破片となって飛び散る。 「飛んでけー!」 空へと打ち上げられた数百の氷刃が、流星となった刃鐘を迎え撃つ。 「光槍!」(リュミエール・ランス) 噴き上がる氷片に白い閃光が交差した。練り上げておいた魔力の半分近くを注ぎ込んだフブキの光の魔術である。 迸る閃光の槍が氷片の半数近くを巻き込み消し飛ばした。その中を、天空より紅い流星が駆け抜ける。 「はぁ!」 氷片を蹴散らして進む紅い流星に向けて、バンカは全力で魔力を放出した。 しかし、全てを押し潰すように舞い降りた流星群は、大地を穿ち爆煙と衝撃を轟かせた。 巻き上がる土煙の中、ゆらりと人影が立ち上がる。 それは、再生している千切れかけた手足をぶら提げているバンカだった。 「痛いけどー、我慢だっ!」 千切れかけの手足が繋がり、体の傷もみるみるうちに塞がっている。 「しぶといな!」 頭上で旋回させたギアから、征秀が輝きを撒き散らす。 「集え星々、天の杯を満たせ!」 ぴたりと止めた星杖の先端に、生み出した煌めきが集まる。月を象る意匠が白く輝けば、満月のように青白い球体を生み出す。 「此処に真円の月華を示さん!」 バンカへ突き付けたギアから、光弾となった眩い輝きが撃ち出される。 「こんにゃろー!」 バンカの放った魔力が光弾とぶつかり潰し合い、バンカの意識がそこに集中した時。 「それー!」 空から落ちてきたユーウォンが、バンカの頭にギアの鞄をずぼっと被せた。 くぐもった悲鳴を上げてバンカの体が跳ねる。ギアである鞄の中では、稲妻が荒れ狂っている。 「これで終わりだ!」 駆け寄った勢いのまま飛び上がり全体重を乗せて征秀はギアを振り抜いた。その一撃は狙い違わずバンカの頭を捕えて、鞄ごとバンカを叩き飛ばした。 吹っ飛んだバンカが地面に落ちた時、その顔から鞄が外れて落ちた。 そして、そこには程良く焦げて気絶しているバンカがいた。 「これ止め刺す、か?」 仰向けに倒れたままぴくりとも動いていないバンカの周りに集まった面々の前でフブキが呟いた。 「その必要はありませんわ」 ワームを引き連れた沙羅が近づいて来た。 「この勝負はバンカの負けですもの。うちらは引き上げますわ」 「だからって、はいそうですかって引き渡せるか」 フブキが沙羅に向かって凄んでみせた。 「ふふ、ご冗談を」 しかし、沙羅は涼しげな顔で受け流した。 「バンカと戦った体で、うちに勝てるとお思いかしら。解りやすく、バンカと引換に貴方たちを見逃して差し上げます、と言い変えましょうか?」 圧倒的な気迫が沙羅より迸り、周囲の空気が一瞬で張り詰めた。首筋に抜き身の刃を突きつけられているような錯覚を起こしてしまう。 身動きの取れない一同の前で、沙羅の引き連れたワームがバンカの体の下にするりと滑り込んだ。 「それでは、ごきげんよう」 バンカを乗せたワームを先を行かせ、沙羅は踵を返して立ち去ろうとした。 「そのまま帰っていいのか?」 静まりかえったそこに、征秀の声は嫌に響いた。 「キミの力なら、俺たちを全滅させることだってできるはずだ」 「全滅したいのですかしら?」 振り返った沙羅の前で、征秀の背に冷たい汗が伝う。 「いや、そんなこと全く思ってない」 ふむ、と少し思案した後に沙羅は口を開いた。 「貴方の言葉を借りるのでしたら、いつでも出来ることですので、特に今する必要を感じない、といったところですかしらね」 沙羅の手が太刀に触れた。 「その眼、もう少し使えるようになってから、同じ質問をして頂きたいですわね」 「どういう意」 ぱさり、と半ばで斬り落されたネクタイが征秀の足下に落ちた。 (嘘だろ、いつの間に!?) 「ああ、そうでしたわ。見事な剣舞、ありがとうございます。眼福でしたわ」 沙羅は歪へと微笑みながら礼を述べると、今度こそ振り返らずに立ち去っていった。 「ふぅぅー、き、緊張したー」 へなへなとユーウォンがしゃがみ込んだ。 「お前、怖いもの知らずだな。俺、心の中で合掌してたぞ」 「不吉なこと言わないでくれ! 今になって実感してるんだから!」 呆れたようなフブキの視線に、今頃になって征秀も血の気が引いていた。 「よし、もう一仕事だ。世界樹の苗を切り倒そう」 気持ちを切替えた歪が刃鐘を奏でれば、澄んだ音を立てて破片が空に広がった。
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