__誰も居ない、しかし誰かが居る不思議な部屋は優しく歪む「秘密の漏れる香りがするわ」「ああ、守られるべき秘密たちが何者かに暴かれ蹂躙されるような、哀しい香りだね」「どうする?」「この部屋がこの部屋である以上、するべきことはひとつだ、諸君」 人々が『告解室』と呼ぶ、画廊街の小さな路地に面したふしぎな部屋。その扉に掲げられた文言が、今日このときだけひっそりと変わっていることに、最初に気づいたのは誰だろう。『皆の秘密を運び込みなさい。この扉は、秘密を踏みにじり奪い去る者全てを拒むでしょう』◆__ナレンシフ墜落によって損害を被ったはずのクリスタル・パレス ホワイトタワーの崩壊。 誰もがそこに終わりの始まりを思い描き、0世界に普く撒かれた絶望の種はいとも容易く萌芽するかと思われた。「みんな、殺すつもりなんだ。ドンガッシュのおじちゃんも、ここにいるみんなも、全部ぜんぶ、殺すつもりなんだろう。近づくなよ!」 ドンガッシュを守ろうとロバート・エルトダウンに牙を剥いたユキヒョウの子。世界図書館も、世界樹旅団も、何もかも全てを憎みながら、それでもただひとつの存在に信頼を捧げることで、彼は辛うじてこの敵地で己を保っているように見えた。 戦争とはこういうものなのだ。片方の掲げる正義はもう片方が憎むべき悪意であり、そしてそのせめぎ合いとは何ら関係のないところでたくさんの小さな悲劇は生まれ、それがまた新たな正義と悪意の糧となる。そう、このユキヒョウの子のように。クリスタル・パレスに集った世界司書たちはそのまっすぐな言葉に目を伏せる。「(違うわ……! そうじゃない、それでも……)」 ルティ・シディは歯をぎり、と食いしばり、感情に任せた言葉が溢れ出るのを堪えた。 言葉では届かない、示せない。こんなときに何も出来ない自分が悔しくてならない。「ッ! ああもう、こんな時に! ……ううん、こんな時だからよね」 導きの書に予言が浮かぶ瞬間。無力への苛立ちからかルティは語気を荒げるが、すぐに思い直し、深く深く息を吸う。自分に出来ること、それは『これ』なのだからと。◆__忌避すべき悲劇の予言として映し出されるにはくだらないかもしれない、しかし 人々の避難が済み、無人になったターミナル市街地。 ただ争いの終わりを待ち、帰還したロストナンバーたちを出迎えるため静かに佇む建造物たち。 それらが成す術もなく破壊され、命を失うよりはと置き去りにされたものたちが奪われる光景。「……そんな……」 世界樹旅団が奪おうとしているのは、命だけではないのだ。 守るべきものがそこかしこに放り出されているなら、拾い集めなくてはいけない。 何一つとして、旅団に渡してはならない。「急がなきゃ!」 導きの書を閉じ、代わりに開いたトラベラーズノートの白紙部分に、ルティは急いでSOSのサインを綴る。"件名:ターミナルにいる皆へ送信者:ルティ・シディ送信先:全体戦闘に乗じてターミナルに残された物品を略奪する旅団員がいるとの予言が出たわ。手伝える人は画廊街の『告解室』まで、大事なものを避難させてほしいの!途中で旅団員に遭っても無理はしないで、告解室まで逃げ切れたら安全なはずよ。お願い、ターミナルを守って……!" ◆__それはゴールの設定された鬼ごっこである「ねールティさん、どうして告解室なの?」 エアメールを送り終え、再び導きの書を開き新しい情報がないか確かめるルティに、無名の司書が素朴な疑問を投げかけた。無名の司書があの部屋に入ったことはおそらく無いだろうが、呼称の響きからいって相当に狭い部屋であろうことは想像に難くないからだろう。「あの部屋、それだけで一つのチェンバー空間なのよ。中の人の趣味っていうかマイルール的なアレで、中の人が秘密と見なしたものはその部屋に在る限り何でも完璧に守ってくれるの」「あー、持ってかれて困るものは秘密って言っていいものねー」「そういうこと。その気になれば誰が何人入ってもいいように広くしてくれるから……」 そろそろ動き出さねば、時間が惜しい。ルティが自身の手で告解室に運びこめるものがクリスタル・パレスに無いかと辺りを見回すと、古書店『Pandora』の主ティアラ・アレンが負傷者を自ら作り出した魔法の本『ヒツジ島診療所』に収めているところを目にする。詳しい仕組みは分からないが、なるほどあれなら場所を取らずに救護活動を展開出来るだろう。「あの、よかったら告解室へ」「ありがとう。お願いするわね」 手渡された命をしかと受け取り、ルティは走り出す。こちらからのエアメールを確認し、手伝いを申し出る旨が簡素に示された夢幻の宮からの返信に小さく頷き、笑ってみせた。 命を守るだけでは、守れないものがある。======!注意!イベントシナリオ群『進撃のナラゴニア』について、以下のように参加のルールを定めさせていただきます。(0)パーソナルイベント『虹の妖精郷へ潜入せよ:第2ターン』および企画シナリオ『ナレンシフ強奪計画ファイナル~温泉ゼリーの下見仕立て観光風味~』にご参加の方は、参加できません。(1)抽選エントリーは、1キャラクターにつき、すべての通常シナリオ・パーティシナリオの中からいずれか1つのみ、エントリーできます。(2)通常シナリオへの参加は1キャラクターにつき1本のみで、通常シナリオに参加する方は、パーティシナリオには参加できません。(3)パーティシナリオには複数本参加していただいて構いません(抽選エントリーできるのは1つだけです。抽選後の空席は自由に参加できます。通常シナリオに参加した人は参加できません)。※誤ってご参加された場合、参加が取り消されることがあります。======
◆ ターミナル上空に悠然と構えるナラゴニアの姿。 誰の目から見ても異様でしかないこの状況を、ターミナルが戦火に包まれるという今を、いったい何人が予想していただろうか。だが、『今』。これは今現実に起きている事態なのだ。止まっていては何も変わらない……いや、変えられてしまう。 守るためには打って出なければならないのだ。動ける者は迎撃に、避難誘導にとそれぞれ散っていった。 「念には念を、って言うだろ?」 告解室の管理をする『中の人』に一言断って、鰍が手製の錠前をルティに預ける。 「ここが安全じゃねえってわけじゃねえけど、一手間を惜しんで最悪の事態になるのはイヤなんだよ」 「気持ちは分かる。今日この日はそれだけ重い秘密を預かるのだ、任せよう」 「ああ、全部終わったらちゃんと回収するよ」 「じゃ、それまで鍵は預かっておくわね」 錠前の次はトラベルギアのウォレットチェーンを唸らせ、物品を運ぶこむルートを確保しつつ結界を張る。 「頼むぜ、ホリさん」 鰍のセクタンであるホリさんが首の周りの炎をぽぽぽっと膨らませ、気合満タンといった様子で四肢を踏ん張った。 「出来れば、争いは避けたかったのだけれど……」 銃声、悲鳴、衝突音。ドミナ・アウローラの哀しい呟きが掻き消される。戦わないで済むのならそれがいい、だけど。 「……シーファ」 始まってしまったものを巻き戻せはしない。ならば、この手で抱えられるものだけでも守りたい。捨てられない迷いは、最短で終わらせるという決意に変えて。 「不本意だけどねえ」 箪笥の付喪神である伊原は自身の引き出しに仕舞いこんでいたものを告解室にまず預け、身軽な状態で物品の回収に走る。 「(本当は、私一人で守りきってみたいところだけど)」 持ち切れないからね、と笑い、画廊街の作品など目についたものを瞬く間に仕舞ってゆく。 「あっしはまあ、奪われて困る物ないけド」 飄々とした様子のワイテ・マーセイレが何やらぶつぶつと、大きめの紙を何枚も広げて走り書きのようなメモを作っている。 「(今まで異世界から集めた物品て、奪われたら困るかナ?)えート、今人の集まってる所っテ?」 「あたしがさっきまで居たクリスタルパレスと、夢幻の宮さんの夢現鏡かしら」 「分かっタ、じゃあそこ寄って保管したい物のリスト、まとめてもらウ」 世界図書館に保管されているであろう物は奪われればマイナスになるだろう、そう言ってワイテは他の拠点でも保管物のリストを纏めるべく市街地へと向かう。 「略奪とか、ホントに無いから! 大事な物を奪うとか本気で怒るですよ!!」 仁科あかりが鼻息も荒く、自慢のローラースケートで市街地を駆け抜ける。 「……守るよ、絶対」 戦いを終えた人々が、逃げ延びた人々が、少しでも早く笑顔を取り戻せるように。 ◆ 「この絵には描き手とモデルの想いが詰まってる……」 命さえあればまた描けるのかもしれない、だけどその一瞬に閉じ込められた思いは何にも替えられない。画廊街のあちこちに捨て置かれた様々な絵画を一枚一枚大事に集め、サシャ・エルガシャは険しい表情で周囲を警戒する。 「お店の看板とかも集めておいたほうがいいかな? あとは……あっ」 告解室に絵画を運び込み、サシャは道中で無人になった仕立屋『ジ・グローブ』を思い出す。 「ルティ様、リリイ・ハムレット様はどちらにいらっしゃるかご存知ではありませんか?」 「リリイさんなら夢現鏡に居るはずよ」 「ありがとうございます! ワタシ、行かなきゃ!」 サシャは迷いを見せず夢現鏡へと足を向けた。憧れの人が作り上げたものを踏みにじられたくない、その思いだけを胸に。 「……気になるじゃん?」 エアメールを見たニコ・ライニオとメアリベルが真っ直ぐに向かったのは画廊街の端にひっそりと佇む小さな映画館、シネマ・ヴェリテ。あの場所には見る者によって映すものを変えるという五色のフィルムが大量に保管されている。 「あのフィルムには皆の秘密が記録されてるんでしょう?」 「ああ、他の人もさ、フィルム持って帰らない事が多いしね」 ニコ自身、預けたままの青いフィルムがそこにはある。周囲の戦闘音さえなければいつもと全く変わらない佇まいのシネマ・ヴェリテ、その扉をノックするニコの手はいつになく不安めいたものがあった。 「……おや、こんな時にお客様とは」 「ああ、無事だったんだ。実はね……」 ニコとメアリベルがフィルム、そして映写技師と助手も出来れば安全な場所に避難して欲しい旨を簡素に伝えると、いつもの落ち着き払った様子で顔を見せた映写技師はふっと微笑んで二人を中に招き入れる。 「私達はここに残るつもりだけど、確かに何かが起きないとも限らない」 そうなればシネマ・ヴェリテの名折れだとでも言いたげな表情で、映写技師はフィルムを保管している部屋の明かりをつけ、五色のフィルムの中からまず先に青色のフィルムを別箱に収めニコに差し出した。 「このフィルムを見た君になら、預けてもいいだろう。どうか守ってやってくれ」 「大丈夫。僕ってほら、逃げ足には自信があるからさ」 おどけたウィンクを返し、自分自身の青いフィルムをそっと受け取るニコ。 「ちゃんと守らないとね。安全になったらお返しするわ!」 「ああ、よろしく頼む。何があっても開けないように」 「任せてよ」 頑丈な鍵のついた箱に収められた五色のフィルムを預かり、ニコとメアリベルは告解室に向かうべくシネマ・ヴェリテに背を向けた。 「二人とも気をつけて!」 「ああ、ありがとう」 託されたのは、この0世界には収まり切らなかった虹色の思い出たち。 ◆ 「よろしくお願いします!」 「ああ、必ず守るよ。皆も大変だと思うけど頑張って」 香房・夢現鏡。ワイテの要請で纏められた回収リストを元に、昴、ニワトコ、正志が物品集めを終えていた。夢現鏡に避難してきた商店街の人々の持ち物やナレッジキューブ、子供たちが大切にしている玩具など、それぞれに思いが込められている。新月航はリストと物品を照らし合わせ、一つ一つを大事に抱える。 「(大切な物、か…人の思いってのは、どこでも変わらないんだな)」 この街を守りたいと思う気持ち。非力な自分でも、尽くせる力が無いわけじゃない。命と同じくらい、皆の思いも守りたい。預かった品物を抱きしめるようにして、航は走る。 「リリイ様! ご無事で何よりです!」 「まあ、サシャ! あなたも無事だったのね」 航と入れ違いで夢現鏡に飛び込んできたサシャを迎えたのは、仕立屋『ジ・グローブ』の主人リリイ・ハムレット。まずはリリイが無事でいることを確かめ安堵の表情を見せたサシャは、はっと本来の用件を思い出し、焦りや緊張でつっかえそうな言葉を紡ぐ。 「あのっ、街の物が奪われたり壊されたりっていう予言があったんです。だからワタシ、ご迷惑でなかったら……リリイ様のお店のお洋服をお預かりしようと思って……!」 「予言は私もエアメールで知ったわ。……そうね、避難を優先してしまったけれど」 リリイは『ジ・グローブ』に残してきた服やデザイン画を、依頼主たちの期待できらきらした眼差しを思い出し、ポーチから一本の鍵を取り出す。 「それではお願いするわね、助かるわ」 「……はいっ! 必ず、必ずお守りいたします!」 手渡された信頼の証をしかと受け取り、サシャは大きく頷いた。 「キアラン、急いでったら!」 「言われなくても急いでるっつうの! ティアも転ぶなよ!」 ティリクティアとキアラン・A・ウィシャートが世界図書館への道をひた走る。 「(だって、守りたいもの……)」 いつもの様子でキアランを急かすティリクティアだが、緊迫した面持ちを隠せないでいる。帰りたい故郷ではないけれど、それでも。踏みにじられたくない思い出が溢れる、この街が好きだから。0世界に来てから撮った写真が収められているアルバムをぎゅっと胸に抱き、ティリクティアはそこに写った友人・仲間の無事を祈る。 「世界図書館に着いたら、運ぶものが色々あるわ。冒険の報告書とか、……そうだわ、竜刻も! 急がなくっちゃ」 「ティア一人で持ち切れるわけねえだろ、何でも自分でやろうとすんなよ!」 「でも……! キアラン、危ない!」 「おっとぉ!」 小さなティリクティアを狙って刀を振り下ろしてきたのは、見知らぬツーリスト……旅団員の襲撃だ! ティリクティアの声でとっさに反応したキアランが刀の柄を弾き飛ばし、瞬く間に旅団員を投げ飛ばして気絶させる。 「ティアが皆を守りたいのと一緒だ、俺も皆を守りたいんだよ! で、その皆ってのにお前も入ってんの! 覚えとけよ?」 「……分かったわ、ありがとう」 ◆ 「あいつら、生活に困ってやしないんだろ? 略奪を楽しむなんておれは大っ嫌い!」 旅団員が無人の建物に踏み入るのを目ざとく見つけたのは、古書店『Pandora』から魔法の本を運ぶべく移動していたユーウォンだ。羽を広げ、トラベルギアの鞄に仕込んだ高圧の霧煙を吹き付け目眩ましを食らわす。 「何だ!? くそっ!」 「奪わせないぞ! 悔しかったら追いついてみなよ!」 霧煙を吐き出しきった鞄に物品を詰め込み、まだ目眩ましが効いているのを確かめユーウォンは挑発するような台詞を投げつける。この街での鬼ごっこなら負けない。注意を引きつけて、少しでも奪われるものが減るように。小さな体は怒りに震えながらも冷静だ。 「そうだわ、戸締りもしなきゃ」 ハーミットは自分の拠点から持ち出した武具やCDを抱え、ささやかではあるが侵入対策にと戸締りの確認を行う。隣近所の建物にも窓につっかえ棒を差すなどし、うんと頷いて告解室へと走り始めた。その最中、目眩ましが解けてユーウォンを追いかける旅団員の姿がハーミットの目に入る。 「そこを退きなさい! ……疾風怒濤っ!!」 トラベルギア・ガーディナルを構え、気合一閃。居合抜きと共に放たれた衝撃波が旅団員を吹き飛ばした。 「あなた、告解室に行くのならこの荷物を預かってくれないかしら?」 「いいよ、任せて! 助けてくれたお礼だよ、絶対に守るね」 「ありがとう、私が倒れてしまっては元も子もないものね」 身軽になったハーミットがガーディナルを構え直し、告解室へと向かうユーウォンを守るべく『雪中松柏』で結界を張る。 「さあ、行って! 無事を祈るわ」 「うん、ありがとう! きみも気をつけてね!」 すれ違っただけの二人に生まれた、確かな絆。抱える思いは同じだから。 「何とかと煙は高いところが好きってな」 ネイパルムが市街地を遍く見渡せる場所……世界図書館のバルコニーに陣取り、スコープ越しに旅団員の姿を探す。 「うろちょろするのも大概にしてもらおうかね」 狙い澄ましたライフルはまるで弾道が予め見えているかのように正確に旅団員の足を撃ち抜いて行く。 「きゃあ! ……びっくりした、優秀なスナイパーが居るみたいね」 ロストレイル駅舎で物品の回収を行うニルヴァーナに斬りかかった旅団員が、自分の身に何が起こったか分からないといった表情で倒れこむ様子。驚きと感心のため息で賞賛を送ったのも束の間、ニルヴァーナは気を取り直して駅舎に向かう。 「ブランクチケットと、ナレッジキューブも持って行かれては困るわね」 駅舎に残された資料など、異世界間移動に関するものは奪われたくない。瞬く間に、ニルヴァーナの手によって駅舎が空っぽになる。 ◆ 「これだけの無茶をする連中だ、何を奪っていくかわかったもんじゃないな」 奪われて困るもの……というよりは旅団が奪って得をするものを考え、木賊連治は商店街を中心に物資を運ぶ。 「現地徴発か……ありえない話じゃない」 食料品やすぐに武器になりそうなものを抱え、転移能力を使って告解室と市街地を何往復もする。 「手伝おうか?」 「ああ、頼む。これじゃどうにも効率が悪くてな」 ひょいと現れた伊原が、出しっぱなしにされたままのものを見咎めるように次々と引き出しに仕舞ってゆく。その様子に物資の運搬は任せ、連治はまだ市街地に残っている人々に避難を促す。 「もういいだろう、あんたらも早く避難するんだ。告解室か夢現鏡まで行けば匿ってくれる」 「でも、店が心配で……」 「預かった物は必ず守る。それに建物だけじゃねえ、あんたらの命だって何よりも大切なはずだ。違うか?」 必ず守る。連治のその言葉に安心を覚えたのか、人々が腰を上げる。 「俺が護衛を勤めよう、皆はぐれないようについて来てくれ」 百田十三が目にも留まらぬ速さで符術を繰り出し、使役術を召喚する。 「火燕招来! 急急如律令、告解室までの安全なルートを探れ」 焔の翼をはためかせる燕が人々を先導し、同じく召喚された五体の袁仁がぐるりと守るように取り囲む。 「年老いた者や子供は袁仁に運ばせよう、怪我人や病人も遠慮なく申し出てくれ」 十三の頼もしげな姿に人々が信頼を寄せ動き出す。守らなければならない命は、戦場の外でもその灯火を揺らしているのだ。一つとして、絶やしてはいけない。 ◆ 「優美な手段ではないが贅沢は言えんな」 既にいくらかの砲撃を受け、完全に無傷とはいえない状態の市街地に一人、リヤカーを引きながら耳を澄ます少女の姿があった。シュマイト・ハーケズヤだ。上品な身なりにリヤカーは似つかわしくないが、その荷台には何らかの被害を受けた機械の類が数多く載せられている。 「すまないな、少しの辛抱だ。必ず直してみせる」 物言わぬ機械に優しく言葉をかけ、シュマイトはその耳に届く機械の悲鳴を探し歩く。 「シュマイトちゃん、こっちにもたくさんあるよ!」 「サシャ! ……聞こえないと思ったら、そうか」 「どうしたの?」 親友・サシャが導く声にはっと顔を上げ、機械の悲鳴がしないからと通りすぎようとした一角にリヤカーを寄せるシュマイト。だが、サシャが指差した機械たちは残念ながら既に修復不可能なほど破壊されている。悔しげに唇を噛み締めるシュマイトを、サシャが不安そうに見つめた。 「……残念だが、ここまで破壊されては。運べる量にも限界がある、こちらを優先しよう」 「そっか、わかった。じゃあ急ごう、他の機械がシュマイトちゃんを待ってるよ」 「ああ、すまない」 言葉は少なくても、気持ちは通じ合う。笑ってリヤカーを後ろから押すサシャに、シュマイトはすまなそうに眉を下げる。 「これも秘密、かね? まぁ、引き受けたからにゃやり通すさ」 村山静夫が壱番世界の古道具店から運び出したのは日本の茶器などだった。一見して高価そうなものは勿論だが、一度でもそれらを手にした者の思い、そしてこの物たちを愛しここに運び込んだ店主の思いを汲み、一つ残らず丁寧に梱包する。が、飛んで運ぶには少々荷の量が勝ちすぎている。 「そこの嬢ちゃん方、洒落た車じゃねぇか。良かったら手ぇ貸すぜ」 「わたしたちか? 見るに、キミもなかなかの大荷物のようだが……」 「なぁに、心配は要らねぇよ。ちょっとこいつを載せさせてくれりゃ、あとは俺の力でひとっ飛びさ。それに……」 リヤカーを呼び止め、てきぱきと古道具たちを載せる静夫の手際の良さに呆気にとられるシュマイトとサシャ。全てを載せ終え、静夫が右の羽根で二人の肩とリヤカーにそっと触れると。 「何だ!?」 「うわぁ! と、飛んでる! すごい!」 「嬢ちゃん方も大事なもんを運んでるんだろ、あいつらの汚ぇ手には触らせやしねえよ」 静夫の能力で飛行能力を貸し与えられた二人とリヤカーはふわふわと宙に浮く。慣れない浮遊感にぐらついたところを、たまたま現れた旅団員に見つかってしまう。 「おい、積荷を奪うぞ! 女二人より先に鳥を殺れ」 「おやおや、無体はよしとくれ、旅団さん。お前さんらみたいに無粋なのは……」 シュマイトが身構え、静夫がトラベルギアの拳銃を構えた刹那、無数の紙吹雪が舞う。ひとつひとつが刃の鋭さを持ったそれは視界を塞ぎながら旅団員の肌を容赦なく切り刻む。 「……嫌いだよ」 「すまねえ、兄さん! 恩に着るぜ」 紙吹雪が徐々に落ち着き、後に残ったのは苦悶の表情で倒れこむ三人の旅団員と、それを愉しげに見下ろす奇兵衛の姿。 「さ、お行きなさい。こういうことはあたしに任せて」 断末魔を聞いて駆けつけた旅団員に向き直り、奇兵衛は嗤う。 ◆ 100体に分裂した旧校舎のアイドル・ススムくんのうち、25体が告解室周辺の危機を察知してわらわらと大集合。 「ここでも戦闘してるでやんす!? 任せてくだせぇ、こちとら梱包して運ぶのは得意でやんす!」 バケツリレーのように並び、告解室からそれぞれの建物へ長い列を作って子どもや本を運び出す20体のススムくん。ん? 残り5体はどこへ行った? 「ちょびっとでいいでやんす、首飾り発射のための寄付をお願いするでやんす~」 発明家バレンフォールの秘密兵器、その名も『レディ・カリスの首飾り』。発射の為に大量のナレッジキューブが必要とあって、募金活動に勤しむススムくん。どれほどの額が集まったのか定かでは無いが、20体のススムくんがあらかた運搬作業を終えたのを見ると募金箱を胸にバレンフォールの元へと戻っていった。 「……うお、このLPは……!? っと、いかん。集中集中!」 無人になったレコードショップに足を踏み入れたあかりが、古いLPやCDを持てるだけ持ち出す。誰かの大事な思い出が詰まった曲たちでもあるし、元の世界でなく0世界にあるということは何かしらの不思議な力があるかもしれない。その中に幻の名盤と言われたLPを見つけ、思わずあかりの手が止まる。煩悩を振り払い、この騒ぎが無事に終わったらお小遣いを貯めて自分で買おうと心に決めるあかりであった。 ◆ 「怪我人を収容した本です」 「ありがとう、助かるわ。……だいたい運び込んだわね。あとは皆も避難してちょうだい!」 『Pandora』から魔法本を受け取り告解室に運んできたシィを見送り、告解室で物品の運び込みと、何がどこから来たのかのリスト作りを手伝っていたルティが、他の司書たちからのエアメールなどで戦況を確認し、周囲の皆に告解室への避難を促した。そこへ、ムジカ・アンジェロがぐったりと動かない男を肩に担いで現れる。 「ルティ、あんたに頼みたいことがある」 「? ちょっと、待って……この人!」 ルティが思わず目を見開く。世界司書ならばホワイトタワーのそれとすぐに分かる囚人服、そして何より目を引くのは頭に被せられた鉄仮面。 「……護り切れなかった。せめて遺体が蹂躙されないように取り計らって欲しい」 「……分かった、今はここで預かるわ。だけど、後で必ず話を聞かせてちょうだい。いいわね」 囚人の身元について、ムジカとルティは何ひとつ詳細な言葉を交わさなかった。だが、それで全てが通じた。もしかしたらこれこそが、今日告解室が守るべき最も大きな秘密かもしれなかった。 「……すまない」 そう頭を下げてみせたのは、遺体という特殊なものを持ち込み手間をかけさせる為だろうか。それとも……ムジカがルティに嘘をついた所為だろうか。 「他に運ぶもん無いか? だいたい片付いたか」 「そうね、報告書も竜刻もほとんど運び込めたわ」 世界図書館と告解室を何往復もし、額の汗を拭ってキアランがふうと息をつく。ティリクティアも表情に疲れが見え始めていたが、報告書の束を見上げて満足そうだ。 「あ、あったわ。とられると困るもん! こいつ!」 「ちょ、ちょっとキアラン! 何を言い出すの!」 「俺の可愛い娘だから。ティアもここで避難しとけよぉ!」 「子供扱いしないでってば!」 ◆ 扉が固く閉ざされた告解室の中、避難した人々は不安そうに戦いの終わりを待っている。ある者は押し黙り、またある者は他人の世話を焼いたり話しかけたりすることで不安を紛らわしていた。告解室の『中の人』が気を利かせて用意した飲み物や軽食が、緊張した空気を少しだけ和ませる。 「ねえ、ミスタ……それともミセスかしら? 貴方はどうしてこの仕事を始めたの?」 「それこそ、この告解室で守るべき最も大きな秘密だよ、レディ」 ミルクの入った紅茶を啜りながら、メアリベルが告解室の小窓に向かって話しかける。『中の人』は笑って言葉を躱す。 「よし、この時計はもう大丈夫だな」 テーブルと椅子を借りたシュマイトは黙々と、拾い集めた機械の修理に没頭している。完全に壊れたものよりも直せるものを拾い集めたのにはちゃんと理由があるようだ。 「使われる為に生まれてきた……気高い姿だと思わないか」 「シュマイトちゃんのその気持ち、ちょっと分かるな」 「そうか?」 「うん。ワタシはメイドだもの、旦那様や皆のお役に立てるときはすっごく幸せ。シュマイトちゃんが直してあげてる機械も、また使えるようになって喜んでると思うよ」 「……そうか」 ネジを回し、曲がったバネを新しいものと取り替え、悲鳴をあげていた機械は元通りの鼓動を刻み始める。 「塔の正位置は当たり前。聖杯、剣、硬貨の5。更に硬貨の10。なるほどナー」 避難を終えたワイテがカードをめくる。 争いごとを示すカードの周囲には、相手が抱く失望、わだかまりを残したままの終わり、そして持つものと持たざるもの……そんなキーワードを持つカードが展開される。しかし最後に示されたものは。 「悪くない転び方だといいネー」 ワイテが薄く見せた笑みには、どんな意味が込められていたのだろうか。 「(すまない、か……)」 物言わぬ鉄仮面の遺体をルティと挟み、ムジカは黙りこくっていた。 あのときルティに頭を下げた理由を、自らの中で反芻しながら。 ◆ 始まった終わりも、いつか終わりを迎える。 絶え間なく響いていた怒号や銃声が、少しずつ静かになっていくのが、告解室からでも皆感じ取っていた。 ターミナルの秘密は、守られた。 しかし。 「!?」 幾人かが恐る恐る告解室の外に顔を出し、そして次に発する言葉を失った。 告解室のそばから人々が目にしたもの。それは0世界の上空に浮かぶ、彷徨える森と庭園の都市・ナラゴニア。今まではナレンシフを送り出すことで戦力をこちらに向けていたはずのそれが、めきめきと根を伸ばし、ターミナルに無限のごとく広がる白と黒の大地を突き破らんとする姿。 「何が起ころうとしてるんだ……」 そう呟いたのは、誰だったろう。
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