濛と吹き上がる灰塵、赫く揺らぐ景色、囂々たる戦士の歌。 0世界・ターミナル――ロストナンバー達の安息地は、今や死地と化していた。 世界樹旅団は揚陸艦「ナレンシフ」の一機がターミナルの家屋を圧壊し着陸する。 砕け散る構造材は粉塵となって巻き上がった。 ナレンシフを視認し急行したロストナンバー達が粉塵を取り囲む。 揺らぐ粉塵からは一つの影が表れた。 衝撃にあっても一分と乱れぬ三つ揃いのスーツ、その面には全てを見下す傲岸不遜。 全身から溢れる強烈な自我が粉塵を掻き消した。「早速、集ってきたか蛆虫共、よかろう……我が名は――」『ドクタークランチ――世界樹旅団の首魁が一人』‡ 元より言葉を交わすような間柄ではない。クランチの名乗りはそのまま戦端を開く鬨の声となる。 鉄の発する唸りが音を引き裂き、一閃となって科学者を薙ぐ。 空を稲光が歪め、轟音となって響く。 硝子が砕けるような音が耳朶を打ち、粉微塵の金属片が視界を舞う。 先陣を切ったロストナンバーが横薙ぎにしたギアの鋒は、クランチの周囲に発現した電磁の檻に干渉し粉砕された。「科学者は戦えないとでも思ったか……観察力と思考力が足りんわ。凡俗が!」 ギアを砕かれできた一瞬の間隙、クランチの腕がロストナンバーの喉をえぐり吊るし上げる。「何故、私がただ一人、ここにいるか分からんのか!?」 唐突の質問――喉を抉られ即死したロストナンバーは元より、彼の周囲を囲むロストナンバー達からも応える言葉があろうはずもない。「……愚昧な輩どもよ! ならば教えてくれる」 沈黙を無知と取った罵倒の言葉。だがそこに見えるのは幾分かの興奮。 ――自らの成果を語ることを好む典型的狂科学者の姿。「我が部品は、埋め込んだモルモットの能力を解析しデータベース化する。副次的に感覚器を共有することも可能ではあるが……本質ではない。だが、せっかく蓄積したデータから能力を取り出し使用することには制約が伴っていた。モルモット共では、複数の能力を処理できぬ……脳の処理が追いつかぬのだ。さりとて私が使えば肉体が持たぬ……いわば宝の持ち腐れであった」 講義を行う教授が如き態度で自らの能力を説明するクランチ。 此度の沈黙は勤勉と取ったのか……。「良いか科学とは無理との戦いだ、成せぬならば成せるまで理学を積み技術をえる」 好調な弁舌と共に、クランチは胸元から薄い翠の輝きを発する宝石――拳大の竜刻を取り出した。 大気に晒された竜刻は徐々にその輝度を強め、翠の燐光が、クランチの腕から垂れ下がり生命反応を見せないロストナンバーを風解させた。「……ククク、叢雲は素晴らしいデータであった。その憑代たる竜刻もだ。お陰で私の理学は完成をみた」 クランチの言葉と共に目視ならぬ程の強烈さとなった翠光は柱となって0世界を突き抜ける。 翠光に焼かれたロストナンバー達の視界、ぼやけた風景が光の柱からあらわれた姿を幻視と思わせた。 そそり立つ10m近い巨体、鋼鉄の鎧と一体化した竜の騎士。それはかの竜星の戦いで、ヴォロスの地に消えた男が最後に見せた姿に酷似していた。 竜巨人の腹部が盛り上がりクランチの顔が浮かび上がる。「さて、世界図書館の蛆虫諸君……我が研究成果、実証実験をさせてもらおうか」‡ 竜巨人が右腕を一薙する――蒼炎が鞭のようにしなり人型の炭をいくつも作る。 竜巨人が左腕を一閃する――大気が氷結し視界が消える……後には氷像が残る。 ロストナンバーが放つ幾筋もの攻撃は転移を繰り返す竜巨人の姿を捕らえることはほとんどない。 高密度の攻撃は偶発的な被弾を完全には避けえないが、その傷は一瞬で再生していた。「どうした? 蛆虫どもそれが限界か? まだ私は一分も力を発揮していないのだ……これでは検証にならん」 竜巨人の翼が広角に張った。衝撃で幾つもの家屋がはじけ飛ぶ。 両腕が腰だめに引かれる。凝縮する力に耐えかねたように、胸甲が弾け内部が露出。 腹部のクランチの顔が胎内に格納される。 ――胸の中央に埋まる竜刻が露出、収束するエネルギーは空を歪めていた。 竜巨人が燐光に包まれる。竜星の戦いで巨人達が見せた光条を放つ構え。 そうはさせじと、飛び込むロストナンバーがいた。だが彼の肉体は竜巨人の燐光に触れるやエネルギーに分解され消滅する。「役に立たぬ蛆虫どもよ……まとめて廃棄処分してくれるわ」 哄笑が聞こえた。引き絞られたエネルギーが解放される……白き静寂の光が拡散した。 半球状に領域を広げる光が触れたもの全てを粒子へと変換していく、クランチと対峙したロストナンバーは存在を失い、周囲の建屋は中にいたもの共々に消失した。 光が晴れた時、竜巨人を中心に半径50m前後の更地があった。 そこで紡がれたものは全て残滓すら残していない。「ハハハッハ! 素晴らしいぞ! この力!! 見るがいい!! 口賢しいだけの園丁共。私は世界樹をも超越してみせる」 ――喜悦が哄笑として虚空に溢れでた。「ドクタークランチ!?」 否――ただ一つの例外が哄笑を止めた。‡ ‡ 光に飲まれた視界が晴れた時、そこに竜の巨人が佇み残るものは何もなかった。 世界樹旅団の攻撃があったのだろう……どうして自分だけが無事なのかは分からない。 目の前の巨人から哄笑が聞こえた……耳馴染みのある声。 姿形は明らかに異なるが、その尊大さを間違えようがない。「ドクタークランチ!?」 故に少女は巨人に尋ねた。「マスカローゼ……生きていたか。だが何故ここにいる? その格好はなんだ? 何故帰還せん?」 再び腹部から現れたクランチの顔はかつての秘書に矢継ぎ早に問う。その表情、そして言葉にはいらだちが混じった。「ドクタークランチ、私は…………私は世界図書館のロストナンバーになりました。……ナラゴニアには戻れません」 少女の声は小さく、名を正すこともない。 傲岸不遜の男といえども、ドクタークランチは彼女にとっては命の恩人であり、ナラゴニアにおける後見人である。 視線が泳ぐ……離別の言葉を正面切って告げられる程には、心の整理がついているわけではない ――静寂 割ったのはクランチの口腔から忍び漏れる嗤い。「クックック、我が施術は不完全だったということか。まあよかろう、マスカローゼ……お前は用済みよ。叢雲の解析は終わった……後は、貴様の竜刻があれば十分よ」 埒外の言葉……少女の表情は止まった。 (私の竜刻??……ドクタークランチ?) 過去においてドクタークランチはマスカローゼであった彼女に告げた――奪ったのは世界図書館と『彼』だと。 竜刻のことは考えることを避けていた……薄々と感じる矛盾、その先の真実は己の心を大きく傷つけると感じた。「記憶を取り戻したのであろう? 気づかぬか矛盾に? 貴様はそこまで蒙昧ではあるまい。……そうよ、全ては茶番だ。叢雲……その力を奪うためのな。理解せよ、ありもせぬ我が言葉に誑かされ、恩人を、故郷を自らの手で自らの言葉で傷つけたのだよ。貴様は」 ――真実は酷薄であり、知らぬことは救いである。 傍らにあって父性すら感じていた男は、ただ彼女に咎を負わせ全てを奪う簒奪者であった。 フランの顔は完全に色を失っていた。言葉はでない、ただ、喉が空気を求め何度も喘いだ。「……しかしだ、今までの働きを考えれば、褒美の一つでもやらんのは業腹というもの」 竜巨人が膝をつく、覆いかぶさる影、事実に打ちのめされる少女は両手で自らを抱き、おこりを起こしたように震えるのみ。 科学者の顔には、飽きたおもちゃを前にした子供のような表情が浮かんでいた。 竜巨人の爪が少女に触れた。硬質のそれは、さしたる抵抗もなく少女の腹を貫き背から生える。「どうだ? 貴様が懸想した男につけたものと同じ傷だ? 少しは罪悪感も薄れ安らかに眠れよう」 竜巨人の腕が無造作に振られ、指先から抜けた少女の体が地を跳ねる。 少女の肉体は、痙攣するのみで反応を返すことはない。 その傷口からは、血液ではなく翠色の光が漏れていた。 倒れ伏した少女を一瞥するとドクタークランチは空を仰ぐ。 火急を察知したロストナンバー達の姿を認識した。「世界図書館の蛆虫共、貴様らが私に勝つ科学的根拠は一つもないと知るがいい!」======!注意!イベントシナリオ群『進撃のナラゴニア』について、以下のように参加のルールを定めさせていただきます。(0)パーソナルイベント『虹の妖精郷へ潜入せよ:第2ターン』および企画シナリオ『ナレンシフ強奪計画ファイナル~温泉ゼリーの下見仕立て観光風味~』にご参加の方は、参加できません。(1)抽選エントリーは、1キャラクターにつき、すべての通常シナリオ・パーティシナリオの中からいずれか1つのみ、エントリーできます。(2)通常シナリオへの参加は1キャラクターにつき1本のみで、通常シナリオに参加する方は、パーティシナリオには参加できません。(3)パーティシナリオには複数本参加していただいて構いません(抽選エントリーできるのは1つだけです。抽選後の空席は自由に参加できます。通常シナリオに参加した人は参加できません)。※誤ってご参加された場合、参加が取り消されることがあります。======
――そこには如何なる残滓も存在しない、ただ一つの例外除き。 世界樹旅団の猛威に晒された0世界の一角、あたかも大規模な建造物が立つ前の造成地思わせる空虚な空間の中央に一体の鎧姿――巨大な竜人が直立していた。 過去において0世界にこのような空間は存在したことはない。ドクタークランチの究極兵器――竜巨人が放つ超常の翠光が此処にあった全ての存在を拭い去った結果だ。 異様を察知し近づいたのか、はたまた偶然に導かれ付近に居たのかロストナンバーの女性が姿を見せた。 「ふ、らん、ちゃん? フランちゃん!?」 理性が目の前の光景を受け入れることを拒絶していた。 撫子の最も親しい人物……彼女のために命を賭けれるとまで公言して憚らない親友がそこに倒れ伏していた。 理性の代わりに感情が全身の毛が逆立て、顔を蒼白に染める。脚は生まれたての子鹿のように震え、千鳥足となって思うように前に進めない。 「嘘です、嘘ですぅ」 譫言のようなに溢れる絶望の言葉とともにフランの傍らに崩れる撫子。 目の前で見る少女の姿。服は所々が破れ痛々しい打撲傷が覗いた。 思わず触れた腹部の傷――撫子の腕が通るほどの風穴からは翠色の光が零れ落ち撫子の手に纏わりついた。 体温はまだある、脈打つものは消えてはいなかった。だが、腕越しに感じることができる鼓動は生存の証ではなく死への宣告に思えた。 「誰か、フランちゃんを助けて下さいぃ! 誰か、お願いぃ!」 撫子の絶叫が上がった。 「……愚昧な、マスカローゼは付き合う人間を選ぶべきだな」 彼女の激情に応えたのは――竜巨人の腹部から発せられた侮蔑。 天を衝く巨躯の腹部に生える人の顔、それはかつて彼女が叢雲の内部でまみえた男のもの。 「……ドクタークランチ?? なんで?」 「マスカローゼの利用価値は叢雲とこの竜刻のみよ……利用価値の無くなったゴミは処分するしかあるまい」 撫子の言葉は威容と異常に対する反射的なもの、だがクランチはご丁寧にもその言葉を質問と取ったのか回答する。 (……竜刻? それって……) ――言葉が理性に浸透するとともに撫子は理解する。クランチの言葉の意味……そしてフランが間際に感じたであろう絶望を。 ――抑えることのできない体の震え、その主は絶望ではなく火を吹かんばかり赫怒。 「フランちゃんはぁ、疑ってました……でも、それでもフランちゃんは貴方を信じたいって言ったんですぅ!! 貴方はナラゴニアの皆のために頑張ってる人だからって! それを裏切ってフランちゃんを殺そうとして……絶対、絶対に許さないですぅ!!」 「小娘風情が吠えるな。思い違いも甚だしいわ、我が道具であることをやめたのはマスカローゼ自身よ」 眉根を跳ね反駁するクランチを撫子の怒声が打ち消す。 「詭弁ですぅ! 貴方の言葉は嘘ばかりですぅ! 失敗続きで成果がない! 指揮権も奪われて一兵卒に落とされて! だから仕方なく自分で竜刻使っただけじゃないですかぁ! 情報も与えられなくてこんな何も無い所にやってきて、司書の一人も確保できない! 貴方は口先ばかりの無能者ですぅ! この戦いが終わっても貴方が上層部に返り咲くことは決してない! 理知を標榜しながら現実に目も向けない、貴方はただのどうしようもない愚か者ですぅ!」 初めてまみえた時同様、暴走する感情を述べつまない言葉で叩きつける。そこにはかつてはなかった強い情念がこもっていた。 捲したてられた言葉に返ったのは侮蔑混じりの嘲笑でもなく、図星をつかれた怒りでもなく――僅かな間と愉快げな笑い声。 詰る言葉に対してクランチが浮かべたのは、意外にも感心の表情。 「ククク、なるほど前言は撤回しよう、少しは聡いか。マスカローゼ――」 「うるさいっ! フランちゃんをマスカローゼって呼ぶな!! 凡夫で、匹夫で狂科学者っ! 絶対泣かせてやるから覚悟しなさいぃ!!」 肩で荒い息をする撫子、眼前の威容に対して吐くには蚤が象に挑むより遙かに無謀な言葉 「…………やはり愚昧な凡俗に過ぎんか、成すべきことをなさず一時の感情に身を任せるだけの屑よ」 竜巨人が一歩踏み出す、恐ろしくなめらかなその一歩は大地に塵程の衝撃も与えない。 「勝ち目の見えぬ相手に戦いを挑み、『フラン』と共に死ぬ……それが貴様の結末だ、凡愚」 クランチの言葉が撫子の赫怒に冷水を浴びせかける。 消沈した怒りに代わりに浮かぶのは焦燥……感情に任せて暴れ解決する事態ではない。 「そうだ、貴様のできたことはその壊れた道具をもって逃げることだけよ……後悔の時間は終わりだ、死ぬがいい」 数十メートルの間は、瞬き一つより遙かに短い刹那で零となった。人一人の身長を遙かに超える竜巨人の足裏が撫子の、フランの頭上に落ちた。 ‡ ――地を衝撃が貫く亀裂が縦横に走った、砕けた大地が石片となって宙に舞う。 矮小なロストナンバーの潰した感触がなく姿が霧散していたが、クランチは訝る表情を見せることはない。 「ふん……蛆虫どもが集ってきおったか、私としたことが塵芥の廃棄に時間をかけ過ぎたか」 呟くクランチの視線の先には、四人のロストナンバー。 着物姿の呪術蟲――ムシアメが口腔から吐き出した蚕糸、そして、奇抜なファッションをした男――マスカダイン・F・ 羽空が構えるトイガンから伸びる粘性のある飴が、撫子を、フランを引き寄せ致死圏から救い上げていた。 「ムシアメさん!! フランちゃんを、フランちゃんを助けて下さいぃ!」 目の前に佇み威容、竜巨人を睨みつけ口を開こうとしたムシアメの出鼻は、着流しを引っ張る強烈な力と撫子の言葉にくじかれた。 うちから湧き上がる激情と共に黒瞳に灯った赫が鼻白けるように消え、代わりに撫子と少女を交互に捉え揺れる。 「……あかんわ、撫子はん。切り傷程度やったらわいの炎の呪いで皮膚焼いて塞げんやけど……、内臓まで逝っとる」 少女を一瞥した呪術蟲は、首を振り撫子に告げる。人を傷つける力が呪術。ムシアメに直せというのは土台無理な話。 「ええか、撫子はん、ここはわいらに任せとき。フランはんと避難するんや……わいが無理でも直せる奴はおるはずや、わかったらはよいきや」 「……わかりましたぁ、今度必ずお礼しますぅ」 ムシアメが撫子の肩を軽く押す、撫子はムシアメに一礼するとフランを抱え駆けた。 (今度か、あるとええがなぁ) 空は朱に染まり、怒轟と悲鳴が0世界の支配者であった。 巨大な世界間の争い、生きて帰ることを確約できるほどムシアメは楽観的ではない。 眼前には狂科学者の成果がなす威容――竜星の戦いでヴォロスに消えた男に酷似した姿。 ムシアメの黒瞳に強烈な赫が灯り、眼窩の中の竜巨人を染め上げる。 ‡ 道化師のように奇抜な様相をしたマスカダインが竜巨人の前で慇懃無礼と言っていい恭しい一礼と共に言葉を紡ぐ。 「いやーいや、はじめまして。ボク、マスカダイン・F・ 羽空、けちな道化師風情さ。クランチのおじちゃん、噂はかねがね聞いてるよーずいぶん人の死体を喰い散らかして来たっ――」 言葉は灼光にかき消された。 マスカダインの視界を熱線が炙り、飴色に曲がる地面がその体裁を崩し溶け落ち穴となる。猛烈な輻射熱に泡を食ったように必死でマスカダインは飛び退き転がる。 「騒ぐな、蛆虫風情が……死が望みならばくれてやる」 想像以上の火力に、マスカダインの鼓動が極限まで跳ねる。 地面を向いたコンダクターの表情は死への恐怖。 ――だが反応は期待したものだ、……うまくやれる 一目で分かった圧倒的な力の差、コンダクター風情に抵抗手段など存在しない。 それであれば彼にできることは、逃げる撫子達のために時間を稼ぎ、戦うもののために隙を作ること 内心の恐怖を覚悟が飲み下す、道化師は軽薄な嗤いを表情に刻み顔を上げた。 「ウッジムシィ?? 蛆虫ってのはねぇ、クランチのおじちゃん。泥の中生き過ぎて世界を見る目ん玉が退化して、目の前にある欲望を喰って喰って喰い潰すことしか出来ないやつの事言うのね」 五条に連なる閃がマスカダインの挑発を霧散させる。人の身の丈程の長さ、巨人の鉤爪が返答。 だが、マスカダインの姿は鉤爪が届くよりも早く宙に舞う。 トラベル・ギア「ポップ・パンドラ」――トイガンから発射した粘着と伸縮性を兼ね備えるグミキャンディ紐。 高速で地面に撃ち込まれたそれが伸びたゴムのように縮み、マスカダインの体を刃の致死圏から中空に投げ出していた。 「アハハハハ、アンタにさ、他者をウジムシと呼称する資格はないよ天才? 科学者? 聞いて呆れるねえ。アンタこそ愚昧で下劣な自身の本能の為に暴れ回ってるだけのチクショウなんだよ! ウジムシ!!」 空中の道化師、ちょっと甲高い声が耳障りに響く。 トイガンが放つグミキャンディ紐を地面に撃ち縮む力を利用して高速に着地、次弾を利用して高く舞う。 道化師が宙を飛び回り、嘲笑が竜巨人の周囲を踊った。 「ちょろちょろと小五月蠅い羽虫風情が……消し炭にしてくれるわ!」 腹部の顔面に青筋を浮かべ吐き捨てるクランチ。 竜巨人の左腕が蒼炎に染まり陽炎のように空が揺らぐ。 「あれれ? そんなに力んでどうしたんのかな? 折角ご大層な体を手に入れたんだ、魔法だぁ? 瞬間移動だぁ? 神通力? そんな”非科学的な物”で小細工せずにさ、蝿の数匹ぐらい腕一本で叩いてみるのね? それとも他人の力がないとクランチのおじちゃんは虫一匹潰せないのかなぁ?」 刃の鋒が閃となって空に一ノ字を描く。マスカダインの服がぼろとなって宙を舞う。 鋒は触れてはいない、グミキャンディ紐の軌道は太刀筋の先にあった――音速を遙かに超える刃は真空となり見えざる太刀がマスカダインを掠めた。 セクタン――はと丸=ロートグリッドがぐったりと崩れ落ちる、真空波を浴びたマスカダインの傷を肩代わりに力尽きた。 残機は0になった、だがクランチの硬質に強張る表情をみてマスカダインは内心安堵した。 超常の力を振るわれれば回避する手段が、マスカダインにはない。 ひたすら扇情的におちょくり、クランチを思考麻痺させ、多彩な力をもつ亜神ではなく愚かしい人として振舞わせ時を待つ。 ――僕は道化師、あくまで観客を盛り上げて温まったショー・ステージにスターを招き入れるのが役目だもの 巨人の爪が羽虫のように飛び回る道化師を追い、幾つもの刀影を空間に映す。 嘲弄で恐怖を隠す道化師。逃げ跳ねまわった軌道はグミキャンディ紐が線となって戦場に残る。 幾重にも重なるグミキャンディ紐は蜘蛛の巣のように広がり竜巨人の足元に結界を成した。 マスカダインの動きが止まる、訝るクランチが一歩踏み出すとグミキャンディ紐が竜巨人の脚に触れ撓む、強い粘性を持ったそれは竜巨人の体勢を僅かに崩した。 ――刹那、マスカダインは刮目する。 「今だ! ムシアメさん!!」 叫びとともに、竜巨人の右腕がはじけ飛ぶ。 ‡ 「蚕風情が……よくも、よくも私の体にドブ臭い呪詛なんぞを……赦さん……赦さんぞぉおお」 右腕を失ったクランチの咆哮が荒れ狂った。 飛翔術で空にあったムシアメは、静かに己の感情を吐露していた。 「よぉ……クランチはん、久しぶりやな……ナラゴニア以来か? なあ知っとるか? その格好はなわいがもっとも尊敬する人の最後に見た姿なんよ」 人を傷つける呪いの力の源は負の感情――怒り、憎しみ、怨嗟の凝縮。 「……あの人はわいみたいな道具にはできんことをやったんや、その生命を賭けてなぁ。それを……それの姿を、あんさんが、あんさんが騙るな!!!」 互いを喰らう蠱毒から生まれたムシアメの根源に近く、ロストナンバーで過ごす時期が薄めていた感情が沸々と噴き上がる。 「『呪い紡ぎの虫天』として、その矜持にかけて。クランチはん、わいはあんさんを倒す……覚悟しいや」 宣言とともに蚕の化性が吐く糸が、朱く焼ける空を映し赫々と煌めいた。 血塗られた輝きは幾重にも束ねられた強力な呪詛と毒の反射。主の激情を乗せた蚕糸は、水に落とした墨のごとく広がり空を朱へと染める。 野放図に拡散する呪詛、相方である『呪い喰い天虫』以外に抑えるもののいないはずのそれは蒼い炎の中に消失する。 「虫螻が! 調子に乗るなよ、風靡など戦場の端女にもならんわ」 猛るクランチの左腕が発した蒼炎が空間を縦横になぎ払う、呪詛の蚕糸が炎を上げ霧散した。 如何に呪詛を帯びたとはいえ蚕糸は蚕糸であることには変わりなく、蒼炎に耐えるほどの強度はない。 「ククク、無益よ。媚びて諂えば調度としては使ってやるぞ」 陽炎のように揺れる蚕糸越しに浮かぶのは、あからさまなクランチの嘲弄。 力の差を確信する科学者からは、怒りが消え代わりに嘲りが浮かぶ。 「ほざくなや!! あんさんが道具に、フランはんになにしおったんか!!」 呪術蚕の姿が加速に霞み、黒い影となってクランチの周囲を飛翔する。噴出を続ける呪詛の蚕糸が朱の帳となって空に落ちた。 「クハハハ、口五月蠅いようでは調度としては置けぬな、ガラクタは廃棄してくれる」 空を覆う赤い敷布が再び蒼炎に燃えた、黒い蚕が呪詛を紡ぎ、空を朱に染めるより早く蒼が宙を席巻する 音速を超えて加速し、狭くなるムシアメの視野にあるのは揺らぐ蒼のみ。 蚕であるムシアメは生理的に炎を苦手としていた、自らを追い立てる火炎に感じる恐怖、それすらも呪詛の源とし放っている。 それでも敵に一厘も届かぬ、制約された自らの能力に怒りを感じていた。 生み出される蚕糸が全て蒼炎に消え、黒き影もその中に飲み込まんと迫る。 嘲笑を浴びせるクランチは、今だ一歩も動かず炎を吐く左腕のみでムシアメをあしらっていた。 ――小竹はん。あんさん、尊敬できるやっちゃ。犬猫、救いよったから。わいには到底、できそうにないことや。だって、わいは人を傷つける呪術道具やで 静謐のアルケミシュ、そこで感じた確かな心情。 自ら聖域とした感情を汚されているにもかかわらず、それを贖えない力――否、制約された力が呪わしい。 (わいは、わいはなんや……なんもできん使えん道具なんか……?) ――金属が割れる澄んだ音が響く 何事かと問う時間はない、抑えこまれていたものの箍が外れ、紡がれた呪詛が溢れ出ることを感じる。 ムシアメに狂嗤が刻まれる。 三度蚕糸が空を舞った。朱い蚕糸を蒼炎が食む――空が朱と輝き、蒼い陽炎に揺れる 蒼炎が裁断された火の粉となって空を染める、朱い蚕糸に込められた切断の呪いは物質の制約を超え炎そのものを切断する。 相対するドクタークランチの表情に初めて驚愕らしきものが浮かぶ。 「……油断ならぬ力よ、なれば我が最大の攻撃で滅するのみ」 竜巨人の翼が広角に張った。物質消失の力の発現。 胸部装甲が爆ぜ、胸の中央に埋まる竜刻が露出、燐光が集まりエネルギーが収束する。 「弱点はアレだ!エネルギーが集まる前にカチ割れ!」 マスカダインの叫びが響く速度すら超えムシアメは竜巨人に接近する。 ムシアメの口腔に呪詛の蚕糸が煌めき、十分にエネルギーの収束しない竜刻を襲い―――― ――――ムシアメの姿が一つ音を立て炎に消えた。 悪い夢でも見ているかのような光景にマスカダインは戦慄した。 ムシアメのいた空間――その真後ろから蒼炎が生えていた。 粉々となったムシアメの衣装や何か分からなくなったものが衝撃に吹き飛ばされ、竜巨人の露出した胴と竜刻を叩いている。 竜巨人の左腕から吹き上がる蒼炎は、中途で切断されムシアメのいた空間の真後ろから出現していた。 空間操作――空間を歪め離れた場所をつなげる ありえぬ軌道の攻撃がムシアメを焼き払った。 「ククク……フェイクだよ、体勢も崩さぬのに隙のある攻撃を放つと思ったかね?」 粘着質の飴が腐敗し崩れ落ちる、塵芥のように纏わりついたグミキャンディ紐を軽々と引き裂き、右腕を再生させながら竜巨人はマスカダインに向き直った。 「どうだ、私もなかなか演技派であろう? 挑発の類は幸い慣れていてね、本命を待っていたのだよ。……さて羽虫君、囮作戦はこれで種切れようだな、早々に死ぬがいい」 ――圧倒的な格の違い、マスカダインにクランチへ抵抗するすべはない。 ‡ ‡ 飛び交う砲火、赤い空――轟音がなる度にそこでは何かが失われていた。 フランを背負い戦場から一人離脱した撫子は、ただの一度も振り返ることなく医療部隊がいるであろうクリスタルパレスへ向かっていた。 撫子は、今ほどトレッキング好きの両親に感謝したことはなかった。 人ひとり背負って駆け続けられる、ただの女の子では絶対にできない――幼い頃から鍛えられた体の賜。 背中の少女がつく微かな呼気が撫子の頬を触れる。服越しにも感じられるひんやりとした肌の感触、翠光が視界に入る度に嗚咽を堪えた。 トレッキングでならしている撫子は当然応急手当の心得はある。しかし、こんな内臓まで達するような重傷に対して行うべき処理が分からなかった。 包帯で塞いだはずの傷口からは血液の代わりに翠光が溢れ続け撫子の半身にまとわりつく。 撫子にできることは、一瞬でも早くクリスタルパレスでフランに治療を受けさせることだけ――。 ‡ ‡ ――空に眼窩が現れた、眼球が空に露出し瞬きをすると大量の一つ目っ子が転げ落ちた。 竜巨人の前に積み上がり山となったそれは融合して、一体のイテュセイが現れる。 「あーいたードクタークランケ! でもなんかちがう! ねーいまどんな気分?」 中空をまるで地面にいるかのように転げ回りながら、イテュセイが素っ頓狂な声で尋ねる。 「来たか……待っていたぞ、神性存在――嘲笑うものよ」 高圧さは鳴りを潜め静かなつぶやきがクランチの口から漏れる。 「なーによそれ? 変な渾名付けないでよね、あーでも特別に可愛らしいめっこ様となら呼んでも良いよ。あーそうそうクランケ君。皆、あなたのこと気に入ってるらしいし、あたしもいじくり回したいの!! 君、すっごく強そうだしね! 私と遊んでよ!」 クランチの表情が一瞬鼻じらみ……未だかつて見せたことのない鋭さを宿す。 「この期に及んで……遊びというか、だから貴様は嘲笑うものなのだよ。……いいだろう、貴様に後悔の二文字を教育してくれるわ」 ――人の理解を超えた神域の戦い 竜巨人の腕が空に消失する、人の目では見ることすら能わぬ神速は大気を押す爆音と白煙と共に無数の火元素と氷塊を放つ。 一つ目の神は、七本の腕から七色の光条を放つ神の妄想拳法「ニャマッペ拳」の型で迎え撃つ。 空間が爆ぜ歪む――常識で図り得ぬエネルギーの激突は物理法則すら砕く。 相殺しきれぬ互いの攻撃、「ニャマッペ拳」の光条が竜巨人を幾筋か貫くが一瞬のうちに再生を果たす。同時に竜巨人の攻撃を一つ目の神は自慢のポニーテールで弾き飛ばす。 「おめぇ、やるな!」 壱番世界のアニメキャラのような顔に変形し台詞を真似るイテュセイ。 「ほざくな!!」 竜巨人の咆哮がエネルギー塊の放つ轟音を打ち消し、大気を揺らす。 一つ目の神と竜巨人の放つエネルギーが消失、一つ目の神の周囲から球状に現出する。 とっさに放たれた相殺するエネルギーすら、空間を歪め周囲から一つ目の神に降り注ぐ。 「うっそ~ナニコレ?? 私逃げるよ」 「甘いわ、読み筋よ」 壁に激突したような痛みが走り空間転移が発動しない、竜巨人の「異能殺し」が一つ目の神の転移を妨害した。 エネルギーが爆縮する。0世界そのものを揺らし超エネルギーは虹のような煌めきと共に消散した。イテュセイは黒焦げになり地面に墜落した。 「くそ~クランケ目、よくもやったな! ってあれクランケどこ?」 空間そのものを歪めるエネルギーに晒されても痛痒を見せないイテュセイは、キョロキョロと周囲を窺うが竜巨人の姿はなかった。 クランチは0世界の上天、星の見える領域に転移していた。 (……あの程度の攻撃が神性存在を傷つけることはない、奴らは傷つくという概念を持たぬからな。ククク、つくづく巫山戯た奴らよ。……嘲笑うものどもよ、教えてやる。人の叡智は神を超える、なれば今がその時であると) 竜巨人が空から落下する、神速ゆえ人が認識することも叶わぬその姿は、数秒後の轟音として存在を示す。 落下軌道上にあった戦闘機を鷲掴みにすると、自身の落下ベクトルを全て乗せ地面のイテュセイ目掛け投じた。 瞬間的に亜光速に達した戦闘機は空間操作によって、移動の過程を消し飛ばし黒焦げになったイテュセイの上に出現した。 超加速した戦闘機は自壊し、0世界を吹き飛ばしかねないエネルギーの塊となる。 刹那、イテュセイの眼球が巨大化しエネルギー塊を丸呑みにする。 「ふはははは、そんなところにいたのか倉内君。さあお返しだ科学的に考察し給え、ティルト○ェイト」 イテュセイの目から召喚された無数の爆炎が竜巨人へ噴き上がる。 「巫山戯ろ、貴様らのようになにもなさず全てを得るものたちに科学を語る資格なぞない!」 竜巨人の胸部が展開し、竜刻の放つ翠光が身を包む。朱い火球が竜巨人に触れる度に存在を消失した。 「すごいぞ倉内君、君には感動した。よし、「「もっともっともっともっともっともっと」」遊んでよ!」 一つ目の神が「もっと」と声を発する度その姿が分裂し増える、加速度的の存在を増やす一つ目の神はダイソンスフィアのように竜巨人の姿を囲んだ。 とっさに竜巨人が身構える――なにも起きない。 『甘いわ、読み筋よ』 一つ目の神がクランチを口真似る、「異能殺し」を真似た神が竜巨人の転移を封じた。 ドクタークランチの舌打ちとともに竜巨人を覆う翠光が半球状に放出され――無数のイテュセイの眼球に吸い込まれて消えた。 「ふはははは、どうだ怖かろう」 竜巨人を包囲するイテュセイ群が幅を狭める、竜巨人の鉤爪が目玉を払うとその姿は四肢に埋まり消えた。 絶叫が響く――それは超常のものが発するものではなく人の声。 竜巨人の四肢に沈んだイテュセイは神経系に融合した、無数のイテュセイが侵食し四肢の自由を奪いとる。 『左腕弾幕薄いよ、なにやっているの?』『左腕限界であります、離脱するであります』『右脚、エネルギーゲインいつでも行けます』 一頻りどこかのアニメのような台詞を発しイテュセイは遊ぶ。末端部を全て乗っとると、次は珍妙な創作ダンスを竜巨人に踊らせる。 「神様になるなら、美しさの表現くらいできないとだめだよ~」 イテュセイが竜巨人に行わせた踊り、春・命の芽吹きを表現したそれは癒しの力を周囲にまき散らす。 四肢を切断し逃げようとする竜巨人だが、高速の癒しが四肢を切り離すことを許さない。 のたうつ竜巨人。 心底楽しそうな笑みを浮かべたイテュセイは宣言する。 「クランケ、うぬはよく戦った。我が最強奥義で葬ってくれよう……『はらぱん!』」 それは同存在の恐怖の記憶か。 突撃する一つ目の神の拳は、一条の閃光となりクランチの顔面ごと竜巨人の腹を貫いた。 ‡ ‡ 「フランちゃん、聞いてほしいいんですぅ。私好きな人がいるんですぅ。……でも空回りばかりしてどうやって気持ちを伝えればいいかわからないんですぅ。だから、今度一緒に考えて下さい」 「………………」 返事はない――分かっていても言葉を吐かねば意志が折れる。 「……うまくいったら一緒にデートに行きましょうよぉ。ダブルデートですぅ、これなら私ももやもやした思いしないですみますぅ……やっかんでなんていないんですぅ」 「………………」 小一時間は駆け続けた撫子の両脚は腫れ上がり、限界を主に訴えている。 「ねえ、フランちゃん聞いてますかぁ? それからですねぇ…………」 背中の少女に話しかけながら只管に撫子は進む。 ――クリスタルパレスの近く、人影がはっきりと見えはじめた。 (フランちゃん……もう少しです……絶対、絶対に助けますぅ) ‡ ‡ (……ここは、どこや。痛うないな、わいは壊れてもうたんか) 生まれたままの姿を晒す呪術蟲、全身を灼かれ内腑まで溶けた体は完全に修復されていた。 肉の感触が体を包み、翠色の光が視界に映った。 ‡ ‡ ナラゴニア――空に浮かぶ世界樹の世界、そこからは普段見え得ぬ朱い花が見えた。 火を上げる彼の地の姿に哄笑がついて出る。 ――我が策は成った。 胴に空洞を開け四つん這いに伏せる竜巨人から上がる笑い声を訝るイテュセイ。 「私の勝ちだ、神性存在。……我が叡智は神を超えた」 「はぁあ? なに言ってるの。あんたもう虫の息じゃん、それって科学的じゃないでしょ」 両手を上げて呆れたと言わんばかり。 「部品と呼ばれる我が端末を知っているな……あれは我が左腕が作りし概念の圧縮よ、故に我が左腕に触れるものがあれば同様に圧縮できる。――流石に時間はかかったがね」 誰に聴かせるというわけでもない、クランチは淡々と語る。 「分かるか神性存在、私はこの刻を待っていたのだ……貴様らにまみえたその時からな」 ナラゴニアから伸びる世界樹の根が0世界に降り立ち地面を貫く。それはこの戦場も例外ではない。 「世界樹は我が絶望よ、超越者……幾度と無く挑み破れた。嘲笑うものよ、私は貴様らのような存在を憎んでいる……ただ持って生まれたというだけで我々の積み上げたものを全て無価値にする貴様らをな」 内心の吐露は儀式であった。 「……那由多の彼方程に事象を積み上げた。おざなりな侵攻作戦、杜撰な配置、そして二心あるものの受け入れたのも全ては我が計略のうちよ。それでも奇跡なくばここにいたることはなかった」 努力は必ず報われるというのは妄言であろう、だが努力なくば奇跡は起きない。 「ただ一度、感謝しよう神性存在……貴様の力で世界樹を喰らい私は至高となる」 竜巨人の顎門が世界樹の根を喰らう、傷つく概念を持たぬものに傷を与え奪われぬものを奪う――神域の事象。 世界樹の力を奪う竜巨人の背から幾筋もの黒き龍顎が現れ世界樹を喰らった。 ――喰い――喰い――喰い――――ただ、喰らいそして静止した。 世界樹を喰らう龍の胸から翠光が零れ落ちる……それは蚕糸に覆われた竜刻そしてそれに張り付く黒蚕。 「これあんさんの急所なんやろ……しっかり守ったりなあなぁ」 龍が悶え咆哮を上げる、竜巨人の頭蓋が、肉体が崩れ落ち幾本もの龍顎のたうった 「ククク……胸部の感覚がないのは麻痺毒か……やりおる。道具風情……ムシアメと言ったか。だが手遅れよ……神の力を得、世界樹の力を喰らった私にそれはもはや必要ない!!」 雄叫びが上がった。腐れ落ちる肉塊は一塊となり蛆虫の姿となり、背から生える龍顎は再び世界樹を喰らう。 超常現象を呆然と見続けていたマスカダイン。彼はクランチの姿に壱番世界で伝わる神話に登場する魔獣の姿を連想した。 『怒りに燃えてうずくまる者』――ニーズヘッグ
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