彷徨える森と庭園の都市・ナラゴニアの来襲、それによる大きな危機はひとまず去ったと言ってもいいだろう。町並みは一瞬の静寂を取り戻したが、すぐまた生けるものたちの帰還によって喜ばしい騒がしさで満たされる。
しかし、ここに至るまでに残された爪痕はまだターミナルのあちらこちらに残っているし、0世界の大地に根を下ろした懸念が完全に解消されたとはお世辞にも言いがたい状況が今である。
目の前の問題について、考えて、何らかの目的・目標を見出して、そうして人はやっと動き出すのが世の常であるが、目の前に広がった光景のなかにはやるべき事や考えるべき事が多すぎたし、何より考えるべき事のいくつかについては答えらしい答えをどう探せばいいのかなど誰も知らない。
そんな風に途方に暮れたとき、することといえばやはりひとつ。
「考えてる暇があったらー、体を動かす! さあ、お片づけするわよー!」
世界司書ルティ・シディが、今日は導きの書は開かず、戦闘で破壊された画廊街の一角で周囲のロストナンバーに大声を張り上げる。
「市街地の建物はドンガッシュさんが再建を手伝ってくれるわ。みんなには"告解室"に集めてもらった品物を元の場所に戻して欲しいの! 何がどこから運ばれたのかは、リストをちゃあんと作ってあるから大丈夫よ。それからえーっと……」
「ちょっとぉ、これだけの大荷物どうやって元に戻すのよお! アタシ、他にも用事があるんだけどぉ……」
「はいはい、牛さんがぶーぶー言わないの。とにかく人手が足りないんだから!」
両手に抱えた分厚い紙束を同僚のカウベル・カワードに半分押し付け、ルティは道行く面々を捕まえて勝手に仕事を割り振っては次々と指示を出してゆく。
「修繕の終わった場所から順に運び込むのがスマートでしょうね、市街地の状況はエアメールで随時確認を行いましょう」
「そういえばそうね、壊れたとこに持ってっても皆困っちゃう」
ヒルガブがカウベルの手元からリストの束をひょいと取り上げ、地域ごとにそれをてきぱきと整頓してゆく。
「うちのフィルムをここで預かってもらってると聞いたのだけど」
「私のお店のものを守ってくれてありがとう、もう大丈夫だと聞いたから引取りに伺ったわ」
「ああ、二人ともようこそ! 運んでくれた人に聞いてみるからちょっと待っててね」
シネマ・ヴェリテの映写技師が台車を引きながら現れた横にはリリイ・ハムレットの姿もある。お互い店に置いた大事なものを預けた身、まずは粗方が無事でよかったと目を見合わせ笑う。
「すまない、医薬品の類は運ばれていないか? どうにも在庫が足りなくて」
「ルティ様、お邪魔いたしまする。お預けをお願いしておりました品物を引き取りに参りました」
余っている医薬品があれば経費で買い上げたいと訪れたクゥ・レーヌは目の下にうっすらクマが出来ている。いつもなら医者の不養生を恥じているのだろうが、今日ばかりはそうもいかない。先の戦いで香房を避難所としていた夢幻の宮も、結界を張り続けていたせいかやや疲れが見える。だが、やるべき事を前にした二人の瞳には光があった。
「本日は長丁場でしょう。急ごしらえではございますが、休憩所をご用意いたしましたのでよろしければ」
カフェ『クリスタル・パレス』のラファエル・フロイトがいつもと何ら変わりのない丁寧な物腰と笑顔で告げた。クリスタル・パレス前のスペースでは軽食や飲み物がサーブの瞬間を待っているし、腰掛けられるタイプの大きなローテーブルでは宇治喜撰241673が誰かの足枕にされている(足首ひんやりでりらっくすこうかはばつぐんだ!)。だがそこに、ギャルソンであるシオン・ユングの姿は無い。街並みを直し、元の生活に戻るためのこの時間は、この場所や人々に少なからずもたらされた変化を受け入れる為の時間でもあるのだろう。
「……ドンガッシュ」
「どうした、イェン」
「俺も手伝おうかなって。うまそうな匂いもするし?」
世界図書館に投降した世界樹旅団ツーリストのイェンが、ドンガッシュの後ろでうろうろと出来そうなことを探している。ドンガッシュはただ黙々と体を動かすことでその問いに答えた。『トゥレーン』の建物はそろそろ修繕が終わるだろう。マスターのウィル・トゥレーンが優しく笑ってドンガッシュとイェンにぺこりと頭を下げた。
「さ、やっちゃいましょ! 皆でやればきっとすぐよ」