オープニング

 彷徨える森と庭園の都市・ナラゴニアの来襲、それによる大きな危機はひとまず去ったと言ってもいいだろう。町並みは一瞬の静寂を取り戻したが、すぐまた生けるものたちの帰還によって喜ばしい騒がしさで満たされる。
 しかし、ここに至るまでに残された爪痕はまだターミナルのあちらこちらに残っているし、0世界の大地に根を下ろした懸念が完全に解消されたとはお世辞にも言いがたい状況が今である。

 目の前の問題について、考えて、何らかの目的・目標を見出して、そうして人はやっと動き出すのが世の常であるが、目の前に広がった光景のなかにはやるべき事や考えるべき事が多すぎたし、何より考えるべき事のいくつかについては答えらしい答えをどう探せばいいのかなど誰も知らない。
 そんな風に途方に暮れたとき、することといえばやはりひとつ。

「考えてる暇があったらー、体を動かす! さあ、お片づけするわよー!」

 世界司書ルティ・シディが、今日は導きの書は開かず、戦闘で破壊された画廊街の一角で周囲のロストナンバーに大声を張り上げる。

「市街地の建物はドンガッシュさんが再建を手伝ってくれるわ。みんなには"告解室"に集めてもらった品物を元の場所に戻して欲しいの! 何がどこから運ばれたのかは、リストをちゃあんと作ってあるから大丈夫よ。それからえーっと……」
「ちょっとぉ、これだけの大荷物どうやって元に戻すのよお! アタシ、他にも用事があるんだけどぉ……」
「はいはい、牛さんがぶーぶー言わないの。とにかく人手が足りないんだから!」

 両手に抱えた分厚い紙束を同僚のカウベル・カワードに半分押し付け、ルティは道行く面々を捕まえて勝手に仕事を割り振っては次々と指示を出してゆく。

「修繕の終わった場所から順に運び込むのがスマートでしょうね、市街地の状況はエアメールで随時確認を行いましょう」
「そういえばそうね、壊れたとこに持ってっても皆困っちゃう」

 ヒルガブがカウベルの手元からリストの束をひょいと取り上げ、地域ごとにそれをてきぱきと整頓してゆく。

「うちのフィルムをここで預かってもらってると聞いたのだけど」
「私のお店のものを守ってくれてありがとう、もう大丈夫だと聞いたから引取りに伺ったわ」
「ああ、二人ともようこそ! 運んでくれた人に聞いてみるからちょっと待っててね」

 シネマ・ヴェリテの映写技師が台車を引きながら現れた横にはリリイ・ハムレットの姿もある。お互い店に置いた大事なものを預けた身、まずは粗方が無事でよかったと目を見合わせ笑う。

「すまない、医薬品の類は運ばれていないか? どうにも在庫が足りなくて」
「ルティ様、お邪魔いたしまする。お預けをお願いしておりました品物を引き取りに参りました」

 余っている医薬品があれば経費で買い上げたいと訪れたクゥ・レーヌは目の下にうっすらクマが出来ている。いつもなら医者の不養生を恥じているのだろうが、今日ばかりはそうもいかない。先の戦いで香房を避難所としていた夢幻の宮も、結界を張り続けていたせいかやや疲れが見える。だが、やるべき事を前にした二人の瞳には光があった。

「本日は長丁場でしょう。急ごしらえではございますが、休憩所をご用意いたしましたのでよろしければ」

 カフェ『クリスタル・パレス』のラファエル・フロイトがいつもと何ら変わりのない丁寧な物腰と笑顔で告げた。クリスタル・パレス前のスペースでは軽食や飲み物がサーブの瞬間を待っているし、腰掛けられるタイプの大きなローテーブルでは宇治喜撰241673が誰かの足枕にされている(足首ひんやりでりらっくすこうかはばつぐんだ!)。だがそこに、ギャルソンであるシオン・ユングの姿は無い。街並みを直し、元の生活に戻るためのこの時間は、この場所や人々に少なからずもたらされた変化を受け入れる為の時間でもあるのだろう。

「……ドンガッシュ」
「どうした、イェン」
「俺も手伝おうかなって。うまそうな匂いもするし?」

 世界図書館に投降した世界樹旅団ツーリストのイェンが、ドンガッシュの後ろでうろうろと出来そうなことを探している。ドンガッシュはただ黙々と体を動かすことでその問いに答えた。『トゥレーン』の建物はそろそろ修繕が終わるだろう。マスターのウィル・トゥレーンが優しく笑ってドンガッシュとイェンにぺこりと頭を下げた。

「さ、やっちゃいましょ! 皆でやればきっとすぐよ」

品目パーティシナリオ 管理番号2236
クリエイター瀬島(wbec6581)
クリエイターコメント 新しい朝が来た!こんにちは瀬島です。
 世界樹旅団との全面戦争、まずはおつかれさまでした。

 というわけで、今からはお片づけの時間です。
 こちらのパティシナは『【進撃のナラゴニア】告解室にて』で回収した物品を元の場所に戻したり、避難していた一般人の帰宅をお手伝いしたりといった内容がメインになります。告解室に物品を運んで下さった方、ご自宅やお店が気になる方、ドンガッシュさんと語らいたい方など、どなたさまもお気軽にお越し下さい。

 推奨行動は以下のとおりですが、他にもやってみたいことがあればプレイングにてどんどんご指定下さい。参照希望ノベルがある場合は必ずシナリオタイトルを明記して下さいね。
 また、誰かと一緒に行動したい&OPに登場したNPCさんと何かしたい、という場合はお名前を添えてプレイングをお書き下さい。
 ちなみに今回も告解室の『中の人』はお外に出てきません。格子窓ごしのみのやりとりになります。

◆推奨行動
【1】告解室から市街地へ物品を返却
【2】ドンガッシュたちと市街地再建のお手伝い
【3】クリスタル・パレスの休憩所で一休み&おもてなし
【4】その他

※『【進撃のナラゴニア】告解室にて』にもご参加いただいた方は、プレイングに記入しなくても自動的にノベルの内容が参照されます。


 最後になりましたが、この場を借りてNPCをお貸し下さいました天音WR、近江WR、神無月WR、菊華WR、北野WR、櫻井WR、高幡WR、玉響WR、灰色WR(五十音順)に御礼申し上げます。ありがとうございます!お、おまえらノベルでも覚悟してやがれ!

 それでは、皆様の素敵なプレイングをお待ちしております!

参加者
旧校舎のアイドル・ススムくん(cepw2062)ロストメモリー その他 100歳 学校の精霊・旧校舎のアイドル
一一 一(cexe9619)ツーリスト 女 15歳 学生
ティリクティア(curp9866)ツーリスト 女 10歳 巫女姫
ニコ・ライニオ(cxzh6304)ツーリスト 男 20歳 ヒモ
ジュリエッタ・凛・アヴェルリーノ(cppx6659)コンダクター 女 16歳 女子大生
ニワトコ(cauv4259)ツーリスト 男 19歳 樹木/庭師
ジューン(cbhx5705)ツーリスト その他 24歳 乳母
シーアールシー ゼロ(czzf6499)ツーリスト 女 8歳 まどろむこと
百田 十三(cnxf4836)ツーリスト 男 38歳 符術師(退魔師)兼鍼灸師
シュマイト・ハーケズヤ(cute5512)ツーリスト 女 19歳 発明家
由良 久秀(cfvw5302)ツーリスト 男 32歳 写真家/殺人鬼
サシャ・エルガシャ(chsz4170)ロストメモリー 女 20歳 メイド/仕立て屋
マルチェロ・キルシュ(cvxy2123)コンダクター 男 23歳 教員
ボルツォーニ・アウグスト(cmmn7693)ツーリスト 男 37歳 不死の君主
リーリス・キャロン(chse2070)ツーリスト その他 11歳 人喰い(吸精鬼)*/魔術師の卵
吉備 サクラ(cnxm1610)コンダクター 女 18歳 服飾デザイナー志望
ゼシカ・ホーエンハイム(cahu8675)コンダクター 女 5歳 迷子
ムジカ・アンジェロ(cfbd6806)コンダクター 男 35歳 ミュージシャン
村山 静夫(csrr3904)ツーリスト 男 36歳 ギャング
星川 征秀(cfpv1452)ツーリスト 男 22歳 戦士/探偵
川原 撫子(cuee7619)コンダクター 女 21歳 アルバイター兼冒険者見習い?
ダリ(csyy6108)コンダクター 男 36歳 カフェのマスター
相沢 優(ctcn6216)コンダクター 男 17歳 大学生
坂上 健(czzp3547)コンダクター 男 18歳 覚醒時:武器ヲタク高校生、現在:警察官
ジャック・ハート(cbzs7269)ツーリスト 男 24歳 ハートのジャック
コンスタンツァ・キルシェ(cpcv7759)ツーリスト 女 13歳 ギャング専門掃除屋
七夏(cdst7984)ツーリスト 女 23歳 手芸屋店長
ユーウォン(cxtf9831)ツーリスト 男 40歳 運び屋(お届け屋)
ティーロ・ベラドンナ(cfvp5305)ツーリスト 男 41歳 元宮廷魔導師
ハーミット(cryv6888)コンダクター 男 17歳 歌手
ドミナ・アウローラ(cmru3123)ツーリスト 女 19歳 魔導師
臼木 桂花(catn1774)コンダクター 女 29歳 元OL
ヴァージニア・劉(csfr8065)ツーリスト 男 25歳 ギャング

ノベル



 血を流す争いはひとまずの終わりを迎えた。ターミナル市街地の空は、いつもと変わらぬ青さでロストナンバーたちを出迎える。だが、そこには昨日までとは違う、安堵するような静けさと、人々の賑やかな声が満ちていた。

「絶好の片付け日和でやんす!」

 75体に分身した旧校舎のアイドル・ススムくんが(もう25~35体いたような気もするが、はて)それぞれリヤカーを引いてやんややんやと大集合、告解室からひとまず外へと運び出された荷物を瞬く間に積み込んでゆく。

「疲れを知らぬわっちらは、人力車向きでやんす!」
「嵩張る物、重い物は任せてくれよ! こういう時のための男手なんだからさ」

 ススムくんに対抗心を燃やしたのか、自称筋肉バカの坂上健は一回り大きなリヤカーで駆けつける。

「夢幻の宮さんところの荷物はこっちの山か? ニワトコ以外に運び手が居ないなら手伝わせてくれよ」
「わあ、ありがとう。ぼくたちだけじゃ多いかなって思ってたから、うれしいな」
「助かりまする、坂上様。ニワトコ様も、お疲れの出ませぬよう……」

 リスト片手に香房・夢現鏡の避難所から運ばれた荷物を確かめ、夢幻の宮がリヤカーの荷物をてきぱきと采配する。一緒に現れたニワトコは向けられた言葉に屈託なく目を細め、夢幻の宮を安心させるようにこう返す。

「ふたりなら、大丈夫だよ。ね?」
「……はい、ふたりですから」

 街並みを元に戻すのも、戦いで疲弊し傷ついた人々の心と体を元に戻すのも、もしかしたら想像以上に時間がかかるのかもしれない。だけど、ひとつひとつ、少しずつ片付けていけばいい。

「うぉぉぉぉ、運ぶぜ運ぶぜ運ぶぜぇ~!」

 気合満タンな叫びと共に、香房の荷物はほとんどが健のリヤカーに載せられ持ち主たちのところへ帰ってゆく。ニワトコと夢幻の宮は、リストのコピーといくつかの割れ物を持ってゆっくりとその後を追いかけた。

「……ほんと、無事でよかったよ。さて、フィルムは責任持って返さなきゃね」

 シネマ・ヴェリテの映写技師が引いてきた台車に五色のフィルム缶が収まった箱を載せるニコ・ライニオは、自分で持っていた青いフィルム【Forget Me Not】を直接技師に手渡しこう告げる。

「あ、これ僕の分」
「引き続き預かっていいのか?」

 いたずらっぽく笑う技師に苦笑いで応えるニコ。

「過去は過去として大事にしまっておきたいし。……今好きな子が『知りたい』って言ったら、その時考えるよ」

 修羅場になったら……と言いかけて言葉を濁し、ひとりでいたたまれなくなったニコは他のフィルムの返却作業にいそいそと戻る。

「まあ、大丈夫だろう」

 いつかのように笑いをこらえ、映写技師は台車に手を掛けた。色褪せぬ思い出は、新しい幸せに引き継がれることを知っているから。

「早く返してあげないとねー」

 トラベルギアの鞄に詰め込んだ品物たちを一つずつ取り出し、ユーウォンは頭をひねる。とにかく旅団員に取られないようにと無我夢中で持ってきたせいで、どれが誰のものなのかわからないのだ。

「おれが通ってきた道を辿っていけばいいかなあ?」
「あ、それ……」

 安堵の響きが交じる繊細な声にユーウォンが振り向けば、そこにはあの時荷を預けたハーミットの姿。

「これ、私の大切なものなの。護ってくれてありがとう」

 ユーウォンからCDを受け取り、ハーミットは目を細める。ここに収まっているのは、もう会えない大切な人の声。

「無事に守れてよかった! 他の人も大切なもの待ってるよね、早く片付けよう」
「ええ」

 ティリクティアは世界図書館と告解室を何度も往復し、依頼の報告書や竜刻などの返却に忙しい。

「ねえ、そこのあなた。もしよかったら手伝ってくれないかしら?」
「俺かい? いいぜ、任せときな」

 流石に一人で足を使って運ぶのは大変なようで、ティリクティアが捕まえたのは村山静夫。自分で運んできた古道具屋の骨董品をあらかた運び終えたようで、ティリクティアの申し出を快く引き受ける。棒天秤の両端にしっかりと荷をくくりつけ、飛脚宜しくひとっ飛び。

「ま、今度は狙い撃ちされる心配もねぇしな。ところで、嬢ちゃんが抱えてるそいつはいいのかい」
「これ? これは私のものだから、いいの。お申し出ありがとう」

 苦笑いの端に教訓を含ませて静夫が羽根を広げる。ティリクティアが胸に抱える分厚いアルバムはいいのかと問えば、丁重に断られた。

「(だってこれは、私が守るって決めたものだもの!)」





「リリイ様、こちらのマネキンはどのようにいたしましょう?」
「ああ、それはショーウィンドウ用ね。軽く拭き掃除をしてから中に入れてくれるかしら?」
「はいっ!」

 仕立屋『ジ・グローブ』の片付けに張り切るサシャ・エルガシャと、店の主リリイ・ハムレット。戦闘が起こった場所からは離れていたため、ほぼ無事に残った建屋に安堵するリリイ。だがそこにあった洋服たちはもしかしたら盗まれていたのかもしれない、それを思って、リリイはサシャにあらためて感謝の言葉を述べる。

「本当にありがとう、サシャ。あなたのお陰で何も失わずにすんだわ」
「いえ、そんな……! ワタシ、リリイ様のお役に立ちたい一心だっただけで……」

 リリイの見せる笑顔には、サシャへの信頼がある。その眼差しに、今まで自信が持てずうつむいていたサシャが顔を上げ、ひとりのレディとして勇気を出しこう告げる。

「リリイ様、折り入ってお願いごとがございます。ワタシを……ジ・グローブで働かせて下さいませんでしょうか」
「まあ、あなたを?」

 突然の申し出に当然ながら戸惑うリリイ。サシャは強い意志でもって言葉を続け、頭を下げる。

「今回のことで思ったんです、リリイ様お一人ではやはり大変なんじゃないかって。それに、リリイ様が仕立てられたお洋服を友達が着ていたり、それをリリイ様がご覧になられているのを見て……ワタシも、服を作ってみたいなって」

 人に喜ばれる仕事と、それに胸を張る憧れの人。その手伝いが出来たなら、それはサシャにとってメイドの次に天職と誇れる仕事だろう。

「あなたの熱意はよくわかったわ、サシャ。だけど今はお返事を出来る状態ではないわね」
「そ、そうですよね! こんな時に申し訳ございません……」
「いいのよ。あなたの申し出、嬉しかったわ」

 街が落ち着いたらまたその話をしましょうというリリイの提案に頷き、サシャはジ・グローブの片付けに戻る。

「失礼する。表の照明が壊れかけていたので、勝手ながら修理をさせていただいたのだが……おや、サシャ」
「あ、シュマイトちゃん!」

 戦闘で破損し捨て置かれていた機械たちを修理し、ひとつずつリヤカーで元の場所に返す途中のシュマイト・ハーケズヤがジ・グローブを訪れる。どうやらショーウィンドウ用の照明器具が壊れていたらしい。

「あら、無くなったと思ったらあなたが直してくれてたのね。ありがとう」
「礼には及ばない。取り付けてくるが構わないだろうか?」
「ワタシもお手伝いするよ!」

 サシャがバックヤードから脚立を出し、シュマイトがそれに上り照明を取り付ける。シュマイトはここへ来るまでに通った道すがらで見かけたある人物を思い出し、ふとこぼす。

「サシャ、今日ロキは……」
「えっ、ロキ様? クリスタル・パレスのお手伝いに行くって仰ってたけど」
「……そうか」

 マルチェロ・キルシュ。サシャの恋人である彼が、クリスタル・パレスで用意してくれた休憩所の手伝いをしているのはさっき自分が見てきた。そことは別の場所、ジ・グローブにサシャが居ることに安堵する自分に気づき、シュマイトはひとり恥じ入る。

「(……情けないな)」

 サシャから衒いなく向けられた眼差しに返す言葉もなく、シュマイトは照明の取り付けに集中する。ひとりいじけているだけなのはもう分かっているのに、気になってしまう。
 やがて取り付けが終わり、照明は元通りの光を放ってショーウィンドウを彩る。こんな風に、何も悩まず二人の仲という美しいものを見守ることが出来ればいいのにと、シュマイトは目元を隠すように帽子を深くかぶり直した。





 市街地ではドンガッシュの先導で建物や道路の修繕が急ピッチで進められている。巨大化したシーアールシー ゼロが瓦礫の撤去や重機で運ぶような建材の運搬など、ドンガッシュの能力も舌を巻くほどの働きぶりを見せている。

「おかたづけが終わったら建物を直すのですー。隠し部屋とか隠し通路とか、隠し扉とかがいろいろとロマンだそうなのです!」
「ロマンかどうかは分からんが、そんな家が一軒くらいあってもいいかもしれんなあ」

 ドンガッシュが額の汗を拭い建物を修繕する横では、川原撫子が女子とは思えぬパワフルさで瓦礫の片付けに精を出す。その様子を同業者(?)を見るような眼差しで好ましく見るドンガッシュに気づいたのか、撫子は気になっていたことをぶつけてみた。

「貴方が【世界】を作るには、その方の命が必要だったじゃないですかぁ。まさか今の修復に貴方の命、使ってませんよねぇ?」
「……何故、そんなことを聞く?」
「そんなの決まってるじゃないですかぁ! 命を削る能力なら止めたいからですぅ!」

 片付けの手は決して止めず抗議する撫子の真剣さに、ドンガッシュはたじろぎつつも温かさを感じ眉を下げる。

「大丈夫だ、どんな理由があってもこの街でそんなことはしねえよ」
「約束してくださいねぇ? 命より大事な修復なんて、この世に絶対ありえないんですからぁ!」

 大きく頷くドンガッシュに、撫子が笑う。傷つけてしまったこの街の人々に学んだものは、いのちの重さだから。

「……」

 相沢優は黙々と、苦行に励むように身体を動かしていた。妖精郷で知ってしまったこと、友人の死、何もしないでいるとそれらが胸を満たし、とたんに動けなくなってしまいそうで。時々ドンガッシュやイェンに明るく声をかけつつも、ふとした瞬間に心は囚われる。

__びゃあ、びゃあ

 とある一箇所で作業をする人々が空の異常に気づき顔を上げる。変わらぬ昼の明るさを保っていたはずのターミナルが夜に染まっているのだ。奇妙に思いつつも数歩足を進めればすぐに昼間は戻ってくる。どうやら近くにあるチェンバーから『夜が漏れて』いるようだ。見れば、夜闇の中でちいさな生き物が悪い目つきをさらに険しくして何かを訴えている。墜落したナレンシフの破片がチェンバー空間とターミナルと隔てる屋根に穴を開けたのだと察したドンガッシュがすぐさまそれを修復してみせると、漏れ出た夜はやがて霧散し元の昼間が戻ってきた。

__感謝する

 びゃあびゃあと喚いていた目つきの悪いいきものの口から、壮年の男のものと思われる渋い声が聞こえる。おそらくはこのいきものの主であろう。

「火燕招来急急如律令、飛鼠招来急急如律令! 薬品庫の様子を確認してこい」

 百田十三が向かった先は半壊状態となったコロッセオの医務室だ。召喚された火燕が、中に手付かずの医薬品が無事で残っていることを伝えると、十三は護法を使って医務室までの道を開き、中身を持ち出し袁仁にそれらを運ばせる。





「流石に今回は、墓守が大忙しだろうと思ってナ。力仕事は俺に任せろ」
「……はあ、ありがとうございます。では墓石用の石切をお願い出来ますか? 何ぶん蓄えがないんです」

 ターミナルのはずれにひっそりと、忘れられたように存在する墓地。そこの手入れをしながら住まう仮面のマスカローゼを訪ねたジャック・ハートは、かける言葉に迷いながら手伝いを申し出る。対するマスカローゼはいつものように抑揚のない声で淡々と、無造作に積まれた石を指す。確かにこんな時でもなければ、墓石を大量に切り出すようなこともそうしないだろう。

「お前は……引き摺られんなヨ」
「……何のことでしょう。私は、あなたが生きろという間は生きるつもりです」

 死んでしまえば敵も味方も無い。あるのはただ、もっと何か出来たかもしれないという後悔と、弔いの思い。後を追うような気持ちがあるかもしれない、もしかしたらジャックにはそう見えたのだろうか。マスカローゼは心底不思議そうに、石を切り出すジャックを見つめていた。

「ミル様がお戻りになられる前に、片付けられる所は片付けなければ」

 旅団員との戦闘で半壊状態となった『カフェ・キャルロッテ』の惨状に、ジューンがため息をつく。守ることは出来たが怪我をさせてしまった女主人、ミル・キャルロッテを思い、せめて彼女の負担が最低限になるよう掃除に勤しむ。割れてしまった食器類は継いで使えるものとそうでないものを分け、修理のしようが無い椅子やテーブルは表に出し、破壊されたときの土埃で汚れてしまった窓を拭き、在りし日のカフェを思い出しながら。

「あら、来てくれてたの?」
「あ、ミル様! 申し訳ありません、私の不手際でこのような……」

 ぎぃ、と車輪の軋む音。ミルが店の様子を見に来たのだとすぐに察したジューンが表に出れば、そこにはやはり車椅子に乗ったミルが居た。ミルはいつものように優しく笑い、自分の怪我の様子を見て落胆するジューンを労う。

「これ、大げさでしょう? 見た目ほど酷くはないのよ。それより、ここまでしてもらっちゃって悪いわね……別にあなたは悪くないのに」
「よオ、ミル。思ったより元気そうじゃねえか」

 車椅子ではまだ入れない程度に散らかった店内を外から覗き、ミルはジューンの仕事ぶりに申し訳なさから眉を下げる。そこへ現れたジャックも片づけに入り、カフェの中はだいぶ綺麗になったようだ。

「さすがにカウンターは総取替えですね……」
「ああ、いいのいいの気にしないで。ここの内装をお願いした友人に頼んできたところなのよ、ここまでしてくれただけで充分なんだから」

 自身の不甲斐なさにしょんぼりするジューンに笑いかけ、店が元に戻ったらまた遊びに来て欲しいとミルは二人に告げる。

「あの子も目が覚めたらきっと二人に会いたがるわ、待ってるわね」

 救出されてから意識が戻らないという世界司書のツギメ・シュタインも、この店の常連だった。ツギメが面会謝絶状態になっていたことを思い出し、ジャックは小さな包みをミルに渡す。

「ツギメに渡してやってくれ、この前祭りに行ってきた土産だ」
「あら、私には無いの?」





「思ったより片付いてるじゃない。もしかして貴方が直してくれたの?」

 臼木桂花が片付けの手伝いにと訪れた『トゥレーン』の店内は、先程戦闘が行われたとは思えないほど綺麗に修復されている。屋根瓦の仕上げを行うドンガッシュに地上から声をかければ、『ああ』と簡素な答えが返ってくる。

「……ありがとう」

 自分が片付けるつもりでやって来た出鼻をくじかれたのが面白く無いといった風でぷいとそっぽを向きつつ、ほとんど元通りになったトゥレーンの店内を見回して桂花はぽつり呟いた。その心は、ドンガッシュに届いただろうか。

「無事だったんだな……良かった」

 星川征秀が駆けつける頃にはすっかり、トゥレーンは昨日と同じような姿に戻っていた。マスターのウィル・トゥレーンを労い、何か出来ることは無いかと問う征秀に、ウィルは敷地の外に並べられた花たちを指す。

「では、花を店の中に置くのを手伝っていただけますか? そうですね、星川様のネリネは日の当たる窓際に……」
「ああ、ここでいいか?」

 衝撃や騒音などのストレスにさらされると花も弱るというが、トゥレーンの鉢植えたちはどれも美しく咲き誇っている。その一つ一つを、征秀と桂花は丁寧に店内に運び込む。

「ここが襲われているのを見て、心配してたんだ。俺は何も出来なかったから」
「ご心配には及びませんよ。……ネリネの花が、救助に来て下さった方を守っていました。星川様のお気持ちが届いたのでしょうか」
「……そうか」

 ネリネの花言葉は、『また会う日を楽しみに』。

「……ねえマスター、マスターの曲が聴きたいの。皆も元気になれるような、そんな曲」
「かしこまりました」

 ウィルは穏やかに微笑み、チェロの弦を構える。傷ついた心をそっと包み込むような旋律がターミナルの一角を満たし、花はより美しく、凛と立つ。





「クリスタル・パレスへようこそ! どうぞ英気を養っていって下さいね」
「ひえひえなのですー」

 カフェ『クリスタル・パレス』のオープンスペースに用意された休憩所では、主のラファエル・フロイトを中心に有志メンバーが市街地で汗を流す人々にひとときのやすらぎを提供している。お手製メイド服(眼鏡+絶対領域……だと……?)姿の吉備サクラが愛嬌たっぷりに紅茶とお菓子をサーブしていたり、『Cafe Dario』から出張営業でやって来たダリ自慢のブレンドコーヒーは豆の挽かれる香りだけでも疲労が軽くなりそうだ。瓦礫撤去に大活躍のゼロも宇治喜撰241673を抱き枕に一休みである。

「冷たいお飲みものでしたらソルティレモネードの柚子皮添えはいかがでしょう? 汗をかいた後は水分と塩分を補給しませんと」
「それ、ください!」

 ダリのオリジナルレモネードを受け取って一気飲みした優は額の汗を拭い、ふうと大きく息をつく。

「あまり頑張りすぎてはいけませんよ」
「うん、大丈夫。レモネードで元気出ました」

 思いつめたような表情で休憩所を訪れた優を心配し、ダリが冷たいおしぼりをそっと差し出す。受け取って首元を冷やし、優は空のグラスを笑顔とともに返した。

「ごちそうさまでした、もうひと頑張りしてきます!」
「行ってらっしゃいませ、お気をつけて」

 休憩所にフルートの軽快な音色が響き渡る。ドミナ・アウローラが奏でる行進曲のメロディだ。

「(休息も必要だと思うから……)」

 戦いが完全に終わったわけではない。突如出来上がった未知の世界ともいえる樹海や、そこをうごめくワームの残党、これから考え対処しなくてはならないことは山とある。その為に自分が出来るのは、ひととき安らぎをもたらすことだと思うから。

「(……炊事ではちょっと力になれなさそうだし)」

 キッチン爆発の経験は活かすまいと、ドミナはフルートの演奏に没頭する。





「ラファエル殿、怪我の具合は如何かの? 無理は良くないのじゃ、今はわたくしがラフェエル殿の片腕として働こうぞ!」
「これは頼もしい、怪我はおかげさまで快方に向かっております」

 ジュリエッタ・凛・アヴェルリーノが張り切って給仕仕事に奔走する。セクタンのマルゲリータも来客の人数を確認したりと忙しく飛び回っている。そんな様子を微笑ましく見守るラファエルに、休憩を終えた優が声をかけた。

「ラファエルさん、シオンさんは……?」
「おお、そうじゃ。誰とも口を利かぬから心配なのじゃが」
「お気にかけていただき恐縮でございます。あの通り、意気消沈してはおりますが仕事はこなしておりますので」

 ラファエルの指差す方にはクリスタル・パレスの厨房で黙々と皿洗いに没頭するシオン・ユングの姿がある。何かしていないと気が紛れないのは同じなのだろうなと頷き、優はシオンの姿を確かめて市街地再建の手伝いに戻って行った。

「体が動くならばひとまずは安心じゃな」

 そんなシオンの手伝いをするロキはあえて口を開かず、事務的ともとれるような態度で休憩所と厨房を行ったり来たり。

「(下手な慰めより、いいよな)」

 友人であるシオンのことが気がかりでないと言えば嘘になるし、今はシオンが誰かと顔を合わせられる状態ではないのくらい、見ればわかる。だからこそそっとしておくこと、好きにさせてやることのほうが結局助けになるのではないか。そう思い、ロキはシオン以外の人々に積極的に声をかけて仕事に勤しむ。

「ほら、暇ならこれも持っていってくれよ」
「……あ、美味そう」

 ドンガッシュの手伝いに飽きたイェンが休憩所で暇を持て余しているのを捕まえ、ホットサンドの皿を差し出す。

「チーズは大丈夫なのか?」
「ん、多分」

 ぱりっと焼きたてのパン生地からあふれるビアソーセージとチーズの香りに反応したイェンに笑いかけ、ロキはさりげなく食事の好みを聞き出してみる。こんなところから始まるコミュニケーションもあっていいだろう。

「……」

 来客がひととき途切れ、洗わなければならない食器がなくなってしまったシオンがふと厨房カウンターを見遣ると、そこにはコジーを被せられた一人用の紅茶ポットとカップが置かれている。

『おつかれさまです。シオンさんは一人じゃありませんよ』

 カップを文鎮代わりにしたメモ用紙には、サクラの筆跡でメッセージが添えられている。紅茶をぐっと飲み干し、シオンはメッセージの余白に『ありがとう』と書き足して鼻をすすった。紅茶はとっくにぬるくなっているはずなのに。





「はー、クリスタル・パレス一度行ってみたかったんすよー」
「食い過ぎると太るぞ……」

 腹が減っては戦が出来ぬ(もう終わったんじゃなかったっけ?)と大手を振ってケーキをぱくつくコンスタンツァ・キルシェと、それを呆れた目で見るヴァージニア・劉。口が曲がるくらいのを、と劉がオーダーしたコーヒーの香りは、吐き出す紫煙と共に苦い思い出を甦らせる。傷ついたこの街があのスラムのようだと思いはしたが、ここはあの場所と違う。

「ヒルガブさん、ええと、お久しぶりになるかしら……?」
「おや、七夏さん。ご無事で何よりです」

 休憩所でおもてなしの手伝いをする七夏が、休憩にやってきた司書ヒルガブの姿を見つけてぱたぱたと嬉しげに駆け寄る。きちんと言葉をかわしたのはクリスマス以来だが、街ですれ違うことも多かろう。久しぶりという言葉が七夏には少しくすぐったい。

「お元気そうでよかったです。あっ、よかったらこれを」
「おや、これは可愛らしい。七夏さんが作ったのですか? 器用なのですねえ」

 花の形を象った練切は白色、桜色、梔子色と目にも鮮やか。ヒルガブがさっそく一つ口にすれば、上品な白餡の甘さと求肥のもっちりとした歯ざわりが心地良い。素直に美味しいとの感想を述べると、七夏は照れたように笑って労いの言葉をかける。

「ヒルガブさん、ご自分でも気づかないうちに疲れを溜めるタイプに見えるから……たまには息抜きして、お仕事がんばってくださいね」
「そう見えますか、お恥ずかしい。お気遣いありがとうございます、もうひと働きしてきますよ」

 肩をこきりと鳴らし、クゥ・レーヌが休憩所のスペースを借りて告解室から持ちだした医薬品の類と買い上げ価格をリストにしている。オーダーした熱い蜂蜜ミルクティーを一口すすると、体温が上がるのを感じると同時に抑えていた疲れが眠気を伴いやってくる。まったく医者の不養生だとひとり笑うクゥの背中に、何かがしがみつく気配。

「……君か。頼むから、今は自分の為に体力を残してくれないか」
「クゥ、目の下にクマさん出来てる。クゥが倒れちゃったらそれこそみんなに迷惑よ?」

 クゥがやれやれといった顔で振り向けば、そこにはリーリス・キャロンが自らの精気をクゥに与えるべくぺったり張り付いている姿が目に入る。

「倒れる時はなるべく隅っこにするよ。私なら大丈夫だから」
「そういうことじゃなくって! クゥが他の人の為に倒れるのも、クゥが自分のしたいことが出来なくて悔しがるのも見たくないわ」
「……どっちもしないよ」

 そこへ、十三の袁仁が医薬品を抱えて現れる。クゥはそれを出迎えるべく立ち上がり、リーリスに背を向ける(もともと背は向けていたけれど)。

「すまない、急ぐから後にしてくれ」
「まだ終わってないのにぃ」
「おい、リーリス。クゥをあんまり困らせるんじゃねえよ」

 見かねたティーロ・ベラドンナがリーリスをクゥの背中からぺいっと剥がし、リーリスの代わりに頭を下げる。

「悪いな、クゥ。こいつなりにあんたが心配みてぇでな」
「お気遣いありがとう、それじゃあ」
「……お仕事頑張ってね?」

 思わぬ邪魔が入りむくれるリーリスの頭を撫でてやり、ティーロはクゥを見送った。

「おじちゃん、邪魔しないでってば」
「悪い悪い、無茶はして欲しくなかったんでな」
「(……クゥは私のものだもの、無茶くらいするわ)」





 預かっていた物品は告解室の主の意向により、ある一つの『もの』を除いて全てが告解室の外に出されていた。広さを再び調整されたチェンバー空間たるその部屋は、いつもの通り一人がけのソファと小さなサイドテーブル、それから告解室の主と声をつなぐ格子窓だけがある状態となったが、部屋の隅に引かれた白い布と、その上に横たわる鉄仮面を被せられた囚人服の遺体だけが異彩を放っている。

「……ママといっしょ、なのかな」

 誰もいなくなった告解室で一人、ゼシカ・ホーエンハイムがソファに腰掛けて鉄仮面の遺体からそっと目を逸らした。

「中の人さん、ゼシのおはなし聞いてほしいの」
「どうしたのかね、小さなレディ」

 ソファに誰かが座る気配を察し、告解室の主はいつものように格子窓の向こうに座っていた。誰にも内緒にしてねとの切り出して始まった話は、誰も答えを出せない問いかけのようだった。

「ゼシのパパ、またいなくなっちゃったの」

「おうちに帰ってくるって言ったのに、ずっと一緒だよって指きりしたのに、怖くてたまらないの」

「パパが嘘つくはずないのに、さびしんぼうがなおらないの」

 父親が帰らぬ人となったことを、ゼシカは知らない。やっと出会えた父親の言葉を信じない娘など居ないのだから。きっとゼシカはこれから長い時間をかけて、少しずつ、事実と真実と理解してゆくのだろう。だが今はその時でなくていい。ゼシカの背中はまだ、小さすぎるから。

「わたしは君のパパを知らないけれど、きっとパパは嘘などついていないよ」
「……そうよね? ゼシのパパだものね」

 嘘にしようと思って言った言葉ではないのだろう、それは仔細を知らない告解室の主にも理解出来た。この部屋がこれほどまでに重い告解を請けたのは、初めてだったかもしれない。ゼシカが落とした涙は言葉にならない思いを吸って、ぼたりと重たく床にしみを作った。





「……また、来ちゃいました」
「今日はわたしに用があるのでは無いだろう?」

 涙を拭ったゼシカが去った後、ソファに座ったのは一一一。この騒動の少し前にここを訪れていた一は、また来ると約束を交わしていたのだ。だが、その条件である『全てが終わったら』という状態に今は無い。

「会いたかった人、です」
「そうか。……祈りを捧げてゆくといい」

 鉄仮面の遺体に跪き、一はしばし目を閉じる。

__もう一度、貴方に会いたかった

 彼が誰なのか、何を知っている者なのか、一は何も知らない。それについての答えを貰おうとは思っていなかった、それは彼が教えてくれたように自分で考えることだと思っているから。ただ、ただもう一度会って話をしたかった。

「……っ!」

 閉じた瞼をこじ開けるようにあふれる、大粒の涙。ぎりりと噛み締めた唇は今にも血が出そうになっている。ヒーローに憧れ、正義を模索してきた一はここには居ない。居るのはただ、何か出来たような気になっていた幻想を砕かれ打ちひしがれた、弱い子供。
 告解室の主はその涙に秘密を認め、ひとときこの部屋の扉を閉じた。いつかこの涙の重さを、心の強さに変えうる日が来るように祈りながら。

 一の静かな嗚咽が告解室を満たす。真実を知ったそのとき、涙に込められた思いが変わることはあるだろうか。





 一の来訪により表の扉が開かなくなった短い時間、告解室の外では世界司書ルティ・シディとコントラバスのセミハードケースを携えた由良久秀が押し問答をしていた。

「だから、彼になら引き渡すって言ってるでしょ。どうしてあなたが?」
「あんたには関係ないだろう、俺がムジカに頼まれたんだ」
「埒があかないわねえ……あ、待って」

 鉄仮面の遺体を引き取りに来たという久秀は憮然とした表情でルティを押しのけようとするが、ルティも遺体の重要性を知っているだけに、連れ込んだムジカ・アンジェロ本人にでなければ引き渡せないと譲らない。そこへ割って入ったのはムジカからルティに宛てられたエアメール。

『由良久秀というツーリストが来たら、彼におれの荷を引き渡してくれないか。おれは行けそうにないが、大切な秘密だから彼以外には触れさせないで欲しい』

「……こういう事らしいから、許可するわ」
「遺体は何処だ?」
「こっちよ」

 面倒な手続きが終わったとばかりに遺体への案内を要求し、久秀はルティが指した告解室の扉を開ける。ちょうど一が立ち去るところだったようで、一は久秀の姿にびくっとしながらも入れ違いになることの意味を察し、久秀に問いかける。

「……彼を迎えに来たんですか?」
「そんなところだ」
「……よろしくお願いします」
「ああ」

 簡潔に答え、久秀は告解室の階段を昇る。それを見送る一は、赤く腫れないようにこするのを我慢した目元に手の甲を押し当て、またじんわりとこみ上げる涙を抑えた。

「(まさか死ぬとはな……)」

 遺体を布ごとコントラバスケースに収め、蓋を閉める前に。久秀は一瞬何かを逡巡し、ファインダー越しに遺体を覗きこむ。ほとんど反射的に切ったシャッターは、いつもと違う音がしたような気がした。


__彼の死を目にするのが怖いんだ


 珍しく、本当に珍しく弱気な様子を見せた友人の願いに押し切られ、久秀はコントラバスケースに手をかける。これで全ての秘密を含んだ荷は、告解室からあるべきところへと旅立つことになった。残されたのはいくつかの新しい秘密と、日常への希望と祈り。

「ちょっと、待って!」
「?」

 コントラバスケースを担ぎ、ムジカの指定する場所まで足を向けようとした久秀を、ティリクティアが呼び止める。彼女もまた、鉄仮面の囚人と少なからず縁のあるひとりである。

「彼を何処に連れて行くの?」
「あんたには関係ないことだ」
「でも!」

 ティリクティアの直感は、真実は今目に見えているものとは別のところにあると告げている。だが、目の前にいる久秀はどうやら手にしているものこそが真実だと疑っていない。それがティリクティアには不思議でならなかった。

「(……もしかしたら、本当に?)」

 ティリクティアが目を伏せ考え込んだ隙をついて、久秀は煙のように消えていた。あとに残ったティリクティアの疑問に答えられる者は、ここには最初から居なかった。





 ターミナルの外周には見渡す限りの樹海が広がっている。ここに埋葬してくれという指定は、用心深いムジカのものとはあまり思えなかった。が、ここまでが友人の頼みであると割りきって、久秀は額の汗を拭いつつ鉄仮面の遺体を掘った穴に横たえる。

「……悪いな」
「ムジカ?」

 不意に姿を表したムジカ。誰も久秀についてきていないことを確かめた彼の表情には、この頼みごとをしてきたときのような沈痛さなど見られない。

「じゃ、彼の元へ戻ろうか」
「……おい」

 たった一言で、久秀は全てを悟った。こめかみあたりの筋が引きつるのがいやでも分かる。埋葬の疲れと真相の重みが久秀の両肩にのしかかり、その苛立ちは当然ながらムジカへ向かう。

「……人を騙すのも大概にしろ」
「ここまでしなければ共犯者とは呼べなかったんでね」

 呆れるようなため息がひとつ、0世界の空に霧散した。

 あるべきものは、あるべきところへ。
 いまだ開かれない箱の中身は、どこにあるべきなのだろうか。

クリエイターコメントお待たせいたしました、『あるべきものは、あるべきところへ。』お届けいたします。
ご参加まことにありがとうございました!

やはり集めたからにはもとに戻すシナリオがあったほうがいいかなー?くらいの軽い気持ちでOPを書いたはずだったのですが、皆様の思いがこれでもか!と伝わるプレイングに圧倒されてしまいました。

拾えるプレイングは全て拾って文字数ギリギリまで書かせていただきました、本当に楽しかったです!
深まる謎と秘密、そして元通りになってゆくささやかで愛しい日常。それらのお手伝いを出来たことに感謝です。

また、今回のパーティシナリオ運営&執筆にあたりまして、OP作成からご協力いただきましたWRの皆様に御礼申し上げます。

あらためまして、ご参加ありがとうございました!
公開日時2012-11-11(日) 00:20

 

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