ヴォロスへの年越し便。 その一便が、ヴォロスへの道中で経由する地点があった。 竜星。 かつて朱い月に見守られてという世界であった、ヴォロスの月である。 その地上にある都市、シュンドルボン市。 そこはかつて朱い月的な天変地異により温泉が吹き出し、水に飢えていた犬猫の憩いの地として観光地化した街であった。 しかしバブルは今やむかし。 実は風呂なんて好きじゃなかったじゃん、と思い出した犬猫達の足はヴォロス地上へと向き、対立していた元祖と本家の肉球まんじゅうは閑古鳥の大群が居座っている。 二匹の店長は露天風呂の手入れもせずに、岩風呂の周囲の岩でのんびりと昼寝を楽しむ始末であった。 そんな温泉郷への年越しツアー。 なんと宿泊料は無料という。招待したのは竜星の温泉街へのツアーを定期的に敢行したいと目論むロストナンバーの某氏である。 鄙びた温泉街。周囲には軌道により結ばれた、ある意味最先端の都市。「温泉や宿の手入れをする必要はわずかにあるが、その後は好きにするがよかろう。年越し用の会席料理、蕎麦、温泉を楽しみ、その風景を宣伝するのだ――ただし、若干荒れておるから、昼間にしっかりと手入れするがよいぞ」 元祖と本家を空中回廊でつないだというその募集主は、そう言ってロストナンバー達に「くかかか」と笑ってみせた。 チケットは一桁程が用意されている。 無理やり途中停車させる事には成功したが、要は施設の従業員となる面子を事前に送り込んだり別途連行……もとい手配することが間に合わない、ということであった。 幸い料理長については、募集主に借りをつくってしまった哀れな調理人の某があたることになったという。 その他の部分、手入れされず湯垢が目立つ浴場の手入れや、部屋の掃除等をロストナンバー達にある程度手伝わせようというのだろう。 無料程怖いものはないと人はいう。 だがここにあるチケットは、きちんとした労働の対価(予定)でもある。 年の瀬の末も末にわざわざ出かけていって掃除をする――しかし、そのあとに待つのは温泉と、美味い酒と、旨い料理。 仲間達との年越しとしては中々悪くない趣向ではないか、と某氏は誘いの言葉をかけてきたのだった。●ご案内こちらは特別企画「イラスト付きSS(ショートストーリー)」です。参加者のプレイングにもとづいて、ソロシナリオ相当のごく短いノベルと、参加者全員が描かれたピンナップが作成されます。ピンナップは納品時に、このページの看板画像としてレイアウトされます。「イラスト付きSS(ショートストーリー)」は便宜上、シナリオとして扱われていますが、それぞれ、特定の担当ライターと、担当イラストレーターのペアになっています。希望のライター/イラストレーターのSSに参加して下さい。希望者多数の場合は抽選となります。《注意事項》(1)「イラスト付きSS」は、イラストを作成する都合上、バストショットかフルショットがすでに完成しているキャラクターしか参加できません。ご了承下さい。(2)システム上、文章商品として扱われるため、完成作品はキャラクターのイラスト一覧や画廊の新着、イラストレーターの納品履歴には並びません(キャラクターのシナリオ参加履歴、冒険旅行の新着、WR側の納品履歴に並びます)。(3)ひとりのキャラクターが複数の「イラスト付きSS」に参加することは特に制限されません。(4)制作上の都合によりノベルとイラスト内容、複数の違うSS、イベント掲示板上の発言などの間に矛盾が生じることがありますが、ご容赦下さい。(5)イラストについては、プレイングをもとにイラストレーターが独自の発想で作品を制作します。プレイヤーの方がお考えになるキャラクターのビジュアルイメージを、完璧に再現することを目的にはしていません。イメージの齟齬が生じることもございますが、あらかじめ、ご理解の上、ご参加いただけますようお願いいたします。また、イラスト完成後、描写内容の修正の依頼などはお受付致しかねます。(6)SSによって、参加料金が違う場合があります。ご確認下さい。
「だからヨ、そこを一つ、頼むゼ! ナ!」 パン、と手をあわせて頭をすげる派手な身なりの男の名はジャック。 その前には、黒衣を纏い死神然とした服を着た、仮面の少女――マスカローゼ。 「頼みを聞くのはやぶさかではありませんが」 そう言って、少女は手の中のそれらに視線を落とす。 袋の中に入っていたのは、無数の水着。 「何かのいじめですか?」 「別に苛めじゃねーヨ。いいから持っとけ。料理作ンのは嫌いなンだろ? なら風呂掃除担当に決まりッてナ」 頭痛でも感じているのか、眉間を軽く片手で抑える少女をよそに、「さ、決まりだ決まり!」と腕を捕らえ歩きだす男。 かくて引きずられるように少女は温泉へ向かう事になったのだった。 ◆ ロストレイル車内。仏頂面で頬杖をつく青年が、一人。 「あーだりー。なんで俺がこんな事」 かといってこのまま帰るわけにもいかねーし。そう呟く劉の耳に聞こえてくるのは、喧騒。 ヒャッハッハと楽しそうに笑う声を背景に、ハァ、と一つ溜息をつく。 「スタンに友達作りしてこいこのコミュ障って蹴り出されちまったし――まあ、温泉で骨休めできるなら悪かねぇか」 ◆ そこは壱番世界風の少し寂れた温泉宿。 改装途中だが、設備に関してはここ最近手入れがされていない分若干の痛みを生じているようだった。 「どことなく似ている気がします……こんな素敵なところが寂れてるなんて、もったいない、です」 麦わら帽をかぶった少女、ソアが誰にともなく呟いた。 「世界中の人が、噂を聞いて来たくなるくらい、頑張って掃除します!」 両腕を胸の前で握りしめ決意を新たにするソア。 ふと周りを見渡し、目当ての人物を見つけ出した。 横に立つ青年と何事か話しているその仮面の少女と話したのは一度だけ。 普段、一人でひっそりと過ごす、聞いていた。 それは寂しいのではないかと、心配に思った。 「あの時に握手したけど、わたしのこと覚えてるかな……」 不安はある。人見知りの自分がうまく話せるかも疑問符がつく。 それでも、少しでも親睦が深められたら――その想いが勇気を与え、ソアの足を動かさせた。 大丈夫。つれなくされても自然な笑顔でいよう。やってみなければ、はじまらない。 「マスカローゼさん!」 駆け寄りながら、少女は高らかに呼びかけた。 ◆ 「おっそうじー、おっそうじー♪」 楽しそうに自ら創り出した掃除機をならすツィーダの声が、庭まで届いている。 電源も自家発電で供給できる身としては楽なことだろう。 「くっそ、だりぃ」 タバコを斜に加えながら、庭の掃除をする劉は、風呂掃除の格好のまま半ズボンに近い姿に上半身裸の格好でぼやいていた。 頭の上から降ってくる楽しそうなツィーダの声にいらっとする自分にいらっとするという悪循環。 「あーだりぃ。さっさと風呂はいんぞくそ」 今正にお湯を張っている途中の湯船を思い浮かべつつ、劉はタバコを吐き捨て、自らの箒で掃きよせていた。 ◆ 「温泉っ♪ 温泉っ♪」 露天風呂。 女風呂で、ツィーダが足を浸し楽しそうにはしゃいでる。 本人曰く、電子体という体質上、全身浸かると活動用の電気を放電しちゃうから、とのことらしい。 「一緒に入りませんか」と尋ねてきたソアに、「ごめんねー」と返しながらそう説明していたのだ。 そんなやりとりを思い出すマスカローゼの格好は、ソアと揃って旅館支給のタオルを一枚まいただけのもの。ただし、仮面だけはそのままで。 ちなみにツィーダはといえば、全裸である。 「男湯から除かれないように、壁の穴とかは全部うめておいたからねー、安心して羽のばすといいよー♪」 ありがとうございます、と笑いかけてるソア。 殆ど経験のない温泉の湯に、身体が解れていくのを感じていたマスカローゼだったが、ソアが「どうですか?」と聞いてきた。 「ええ、凄くいいところ――のんびりすぎて気が抜けそう……」 「お掃除、頑張った甲斐がありましたね……いい気持ち」 まったりとした気分で過ごす二人の会話はぽつぽつとしたもの。 それでも、途切れることはなく。 「いつか、自分の畑と水田がもてたら、こんな風にお仕事終わりにお風呂に入ってみたいなぁ」 少し田舎じみた旅館の雰囲気に故郷を思い出したのか、かつて暮らしていた地での生活の思い出や夢を語るソア。それを穏やかに聞くマスカローゼ。 ◆ 女湯の壁の向こうには――体育座りで湯船の隅に座り込み、聞くともなしに漏れ聞こえてくる声を聞いている劉の姿があった。 「んだよ、混浴じゃねーのが残念かヨ?」 ジャックは派手な柄のトランクス水着。 「ちげーよ。んだよその目は。女苦手だから混浴の方がきついっつの」 いや興味ねぇわけじゃねえけど。 「覗いたら殺されそうだかんナ、あぁ見えてこえー奴らばっかりだゼ。やるなら命がけでやれヨ?」 ボソボソとした補足を耳ざとくとらえ、ヒャハハと笑い誂うジャック。 「やんねーよ! 会話だって勝手に聞こえてくんだっつの、盗み聞きしてるわけじゃねぇし」 「マァどっちでもいいけどヨ」 よくねぇよ。ぼやく劉は、ただお湯の中に顔を沈み込ませていくのだった。 ◆ 男湯の賑やかさは女湯の方のソアにも聞こえていた。 くす、と笑うソア。軽やかな笑い声をあげるツィーダ。 「あ」 ソアが不意に声をあげる。 「どうしました?」 「いえ、なんでもないです」 少しだけ、微笑んだ気がしたけれど、気のせいかもしれず。 ただ、少しだけほっとした気持ちになって、ソアはまた笑みを浮かべていた。 ◆ 「あーだりー。生きてくのってめんどくせー。俺なんかよ、ネクラでコミュ障で童貞だし女にモテねーし生きてたっていい事なんか何もねーし胸の刺青のせいで働き口もねーし、普通の銭湯や温泉じゃ墨入りお断りだしよー」 窓辺でソアに酌をされながらちびちびと飲んでいる劉が、誰に言うともなしにぼやいていた。 鯨飲馬食を繰り返していたジャックと、そのすぐ近くで淡々と食事をしていたマスカローゼ。 アバター変形による出し物で場を盛り上げては酒を煽っているツィーダ。 ソアはといえば、忙しさを楽しむように給仕をして回ってる。 そんな喧騒の中で、劉は先程まではわいわい騒ぐ面子から少し外れて一人で飲んでいたのだが、ソアが気遣って酌をし始めると、堰をきったように愚痴をこぼし出したのだ。 「あーくそ、死に腐れリア充」 部屋の他方で騒ぐ面々を見ながら劉が言う。 「あの、劉さんお水のほうが」 「はぁ? 酔ってねーよ、ひっく……あー、一応もらうか」 はい、とソアから渡された水を飲むものの、限界を迎えたらしく、その場に崩れ落ちる劉。 あらあら、と笑みを浮かべつつ、そんな劉にソアが取り出してきた布団がかけられて。 「劉君寝ちゃったー?」 ツィーダが声をかけてきた。 頷いて返すソアの背中に、酔っ払った挙動を見せる鳥人アバターが寄りかかってくる。 「ヒタネ、トランプしよートランプ。どっかに行っちゃったマスカローゼとジャックもさー!」 笑いながら言ってくるツィーダに、ソアが「いいですね」と笑う。 「わーい、皆で盛り上がろうねー!」 楽しそうなツィーダの様子に、ソアはまた、笑みがこぼれてくるのを感じた。 どこからか聞こえる日の変更を告げる音。 僅かな眠りから覚めた劉が、ツィーダに連れられ輪の中に押し込まれる。 年越しの宴は、喧騒の中いつまでも続くかのようだった。
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