ある日のターミナルにて。 リリイ・ハムレットはその日、かねてより依頼されていた衣装を依頼人に渡し終え、しばしの休息を満喫するためクリスタル・パレスを訪れていた。 店内で過ごすひとびとの衣装を眺めながら、なんとなしに従業員たちの会話に耳を傾ける。「そういえばさー、店長。そろそろ、年越し特別便が出る時期だぜ。うちの従業員慰安旅行の行き先、はやいとこ決めないと」 シオン(シラサギ)が提案するのへ、「慰安旅行ももちろんだが、その前に、年内の営業をしっかりと勤めあげなければ」 ラファエル(青いフクロウ)が、その日の晩に入っている忘年会の予約件数を数える。 そのまま、「今のうちに食材を集めておかなければ」と、せわしなく調理場に戻っていった。「や。それもそうなんだけどさー」 シオンが追いすがるのを見送り、従業員のジークフリート(無駄に美形な七面鳥)が注文の紅茶を手に、リリイのテーブルを訪れる。「お待たせいたしました。ご注文の秋摘み紅茶です。……ところでリリイさんは、今度の年越し特別便、どこへ行くかはもう決められたんですか?」 問われ、リリイは「ええ」と微笑む。「年が明ける前の夜から、ヴォロスのダスティンクルへ。以前、アリッサ館長の紹介で貴族令嬢の花嫁衣裳を仕立てたことがあるのだけれど……。今回はそのご縁で、年越しパーティーにご招待いただいているの」 ダスティンクルに住まう貴族、『幻燈卿』は社交会を愛する趣味人だ。 これまでにもたびたび舞踏会を執り行うなど、華やかな催しを開催してきた。 今回その『幻燈卿』が企画したのは、領地内にある湖での船上パーティーであるという。 訪れた客人へは、ひとりひとつ灯篭が手渡される。 客人はゴンドラに乗り、湖上で灯りを流す。 湖は夜闇のなかにあって、何十、何百という灯りで『黄金』に染めあげられるのだ。「湖の上には客人の乗るゴンドラ以外にも、暖かい飲み物やお酒、食べ物を配る『船のお店』が浮かぶと聞いているわ」 客人は好きな船にゴンドラを寄せ、飲み物や食事を楽しむことができる。 また湖の中央には、竜刻の『冠』をいただいた令嬢の乗る船が待機。 訪れた者たちに『竜刻の祝福』を授けてくれるらしい。「そうして、夜が明けるころには、湖の上から日の出も見られるそうよ」 なお、このパーティーのドレスコードは『自慢の晴れ着』であること。 壱番世界のお正月にちなんで和装でも良いし、パーティーらしくドレスでも、故郷の民族衣装を選んでも良い。 水を得意とする者なら、ゴンドラに乗らず泳ぐことも許されている。 ゆえに、水着などでの参加も可能であるという。「ヴォロスの船上パーティーかあ……優雅だなあ」 ジークフリートがうらやましそうにつぶやく。「もし当日ご一緒するなら、出発日までに衣装を仕立ててさしあげてよ?」 リリイの厚意は嬉しいが、従業員慰安旅行の行き先をひとりで決めるわけにもいかない。 その旨を正直に告げると、リリイはそれなら、と言葉を続けた。「実は令嬢のご厚意で、あと4人分、招待状をいただいているの。もしよろしければ、こちらでお誘いの案内を掲示させていただいても良いかしら?」「それはもちろん、よろこんで!」 リリイの提案を受け、ジークフリートはさっそく、同行案内のポスター作りをはじめる。「素敵なご旅行になると良いですね」「ええ。会場を訪れた方たちの衣装を見るのも、楽しみだわ」 リリイはそう告げ、香り高い秋摘み紅茶を口に含み、艶然と微笑んだ。●ご案内こちらは特別企画「イラスト付きSS(ショートストーリー)」です。参加者のプレイングにもとづいて、ソロシナリオ相当のごく短いノベルと、参加者全員が描かれたピンナップが作成されます。ピンナップは納品時に、このページの看板画像としてレイアウトされます。「イラスト付きSS(ショートストーリー)」は便宜上、シナリオとして扱われていますが、それぞれ、特定の担当ライターと、担当イラストレーターのペアになっています。希望のライター/イラストレーターのSSに参加して下さい。希望者多数の場合は抽選となります。《注意事項》(1)「イラスト付きSS」は、イラストを作成する都合上、バストショットかフルショットがすでに完成しているキャラクターしか参加できません。ご了承下さい。(2)システム上、文章商品として扱われるため、完成作品はキャラクターのイラスト一覧や画廊の新着、イラストレーターの納品履歴には並びません(キャラクターのシナリオ参加履歴、冒険旅行の新着、WR側の納品履歴に並びます)。(3)ひとりのキャラクターが複数の「イラスト付きSS」に参加することは特に制限されません。(4)制作上の都合によりノベルとイラスト内容、複数の違うSS、イベント掲示板上の発言などの間に矛盾が生じることがありますが、ご容赦下さい。(5)イラストについては、プレイングをもとにイラストレーターが独自の発想で作品を制作します。プレイヤーの方がお考えになるキャラクターのビジュアルイメージを、完璧に再現することを目的にはしていません。イメージの齟齬が生じることもございますが、あらかじめ、ご理解の上、ご参加いただけますようお願いいたします。また、イラスト完成後、描写内容の修正の依頼などはお受付致しかねます。(6)SSによって、参加料金が違う場合があります。ご確認下さい。
ダスティンクルに到着した一同は、会場となる湖を前にゴンドラの順番を待っていた。 夜闇のなか、湖周辺には数多の明りが灯されている。 水面に映った灯がさらに周囲を照らし、幻想的な雰囲気だ。 「リリイ、私の服装だが……だ、大丈夫か?」 ゴンドラを待つ間、鴉刃が問いかける。 リリイは紺色のイブニングドレスに身を包んだ鴉刃に向かい、微笑んだ。 「どこから見ても、麗しい淑女に見えてよ?」 「堂々としていらっしゃい」と背中を押され、ゴンドラで待つアルドの手をとる。 アルドは立て襟のブラックスーツ姿。 ゴンドラを湖上に進めながら、二人はこれまでの記憶に思いを馳せる。 「ダスティンクルに来るのは久々、だね」 「ああ、去年、一昨年と実に色々とあったからな……」 まさしく想い出の地だ、と続ける鴉刃に、アルドも頷く。 「また来れてよかったよ」と微笑み、 「ここでは、いろんなことがあったから……。ねぇ、鴉刃?」 満面の笑みを浮かべるアルドの手をすり抜け、鴉刃はふいに湖へと身を躍らせた。 魚を思わせるドレスが、水中でふわりと広がる。 その美しさに見惚れながら、アルドは鴉刃に向かい、手を振った。 一方、ユーウォンはリリイとともにゴンドラに乗りこんだ。 「このまえは素敵な一張羅をありがとう! ずっと大事に着てるよ!」 「どういたしまして。今日の衣装も、気にいってもらえたなら嬉しいわ」 パーティーに先駆け、ユーウォンはリリイに相談して衣装を新調していた。 そうして最初こそお行儀良くゴンドラの上に収まっていたものの、やがてすぐに周囲が気になりはじめた。 「あっちの食べ物、おいしそう♪」 「あの彫像、もしかしてお酒が流れてる!?」 「あの衣装の由来って、どんなのだと思う?」 船の店や、ほかの客人が乗るゴンドラをいそがしく観察するユーウォンに向かい、リリイはいたずらっぽく笑う。 「あなたの翼は、なんのためにあるのかしら?」 リリイはユーウォンが取り寄せてくれた食事や飲み物を掲げ、「私のことは、どうぞお構いなく」と告げる。 季節の定まらぬ世界に生まれ、月日を数えぬ旅の種族であるユーウォンだ。 故郷では体験できなかった『新年のお祝い』を前に、大人しくできようはずもない。 「うん! おれ、ちょっと行ってくる!」 微笑むリリイに見送られ、ユーウォンは大きく翼をはためかせた。 「ずいぶん永く生きてきたけど、こんな風雅な催しがあるなんて知らなかった」 民族衣装に身を包んだイルファーンは感慨深げに眼を細める。 故郷は涸れた砂漠で、水をたたえた景色は数えるほどしかなかった。 ――世界は、かくも広い。 すすめられたゴンドラへの乗船を辞退し、つま先を水面に乗せる。 水は精霊を沈めることなく、その身を支えた。 渡された灯篭を手に、イルファーンは自身の足で、静かに湖面を進んでいった。 ◆ 数刻が過ぎ、湖の中央にひときわ明るく輝く白船が現れた。 飴細工を思わせる竜刻の冠をいただいた娘が、客人たちに花を手向けている。 『竜刻の祝福』を授ける船だ。 パートナーと別れ、ひとりゴンドラに乗っていたアルドは、皆よりも一足早く祝福を受けた。 次いで船を訪れたのは、水中を泳いでいた鴉刃。 純白のドレスに身を包んだ娘が、六色の花を示し、告げる。 「貴方の想う祝福の色は?」 問われ、脳裏に浮かんだのはアルドの姿。 選んだのは、『赤』の花だ。 「『赤』の祝福は、『成功』と『支配』をもたらす」 娘は鴉刃に赤の花を手向け、すべてを見透かした瞳で祝福の言葉を授ける。 「『傲慢』や『衝動』といった荒々しさを退け、貴女たちを導くでしょう」 次に訪れたのはユーウォンだ。 娘の問いかけに、ユーウォンは即座に「黄色!」と答えた。 「『黄』の祝福は、『勇気』と『寛大さ』をもたらす」 黄色の花を差しだし、娘は笑う。 「『過信』や『臆病』といった惑いを退け、貴方を支えるでしょう」 最後に、イルファーンが湖面づたいに船を訪れた。 色を問われ、「『白』を」と伝える。 「『白』の祝福は、『勝利』と『自立』をもたらす。 『過労』と『不運』といった邪を祓い、貴方を護るでしょう」 差しだされた白の花を見つめ、イルファーンは祝福の言葉を心に留めた。 祝福を受けた後、鴉刃はアルドのゴンドラに戻った。 出迎えたアルドに微笑み、先ほど手に入れた赤い花を見せる。 聞けば、アルドも同じ色を選んだという。 「僕にとっては、いろいろと馴染みのある色だし……ね」 そろった二輪の花を見つめ、改めて、お互いを繋ぐ絆を想う。 「ねえ鴉刃。ここでもう一度、踊らない?」 以前の場では女性である鴉刃にリードされてしまった。 だから、今日はしきりなおしだ。 「今度は、僕がリードする番だよ!」 白の花を手に、イルファーンは湖上を歩いていた。 足元を、いくつもの灯篭が流れていく。 そのひとつひとつに、これまで出会った者たちの面影が重なる。 ――僕は罪人だ。いくら時を経たところで、過ちは消えず、罪を雪ぐことはできない。 (アシュラフ。スレイマン。サダフ。マルズーク。……そして、ユリア) ――彼らがいなければ、今の僕はなかった。 己は今、己の意思で『此処に在りたい』と思う。 『彼女とともに生きたい』と願う。 信念に基づく克己が『人を、人たらしめる条件』であるとするならば、己も、すこしは理想に近付けただろうか。 今年一年、いろいろな事があった。 最愛のひとと出会ったのも、ここ、ヴォロスだ。 イルファーンは裸足のつま先を水面に浸し、すべるように踊りはじめた。 薄絹をひるがえすごとに、湖上に波紋が広がる。 身につけた宝石が跳ね、煌めく。 居合わせた者たちが、軽やかに舞う精霊をうっとりと見つめた。 (思いだすよ。雨乞いの祭儀では、よく請われて踊ったものだ) ――これは、死者への手向けの舞い。 つま先が水をはじく。 手指の先で、なめらかに宙を示す。 ――新たな生を言祝ぐ舞い。 イルファーンはしばし時を忘れ、踊り続けた。 ◆ やがて宵闇の向こうから、薄明かりがさしはじめた。 新しい年、はじめての日の出が迫っているのだ。 身を寄せ合い、ステップを踏んでいたアルドは、ふいに鴉刃をその腕に抱きあげた。 「意外と力持ちでしょ?」と問いかけるアルドに、鴉刃もまんざらではない。 恥ずかしそうに頬を染めながら、眼を細める。 「……今年もよろしくな、アルド」 「こちらこそよろしく、鴉刃」 今年こそは、いい一年になるようにと、二人は頬を寄せ、笑みを交わす。 「綺麗な踊りだったね!」 酔い覚ましをしようと水着姿で泳いでいたユーウォンは、ゴンドラに腰掛け、日の出を見守るイルファーンに声をかけた。 二人分の杯を取り寄せ、ひとつをイルファーンに。 もうひとつを自らの手に、掲げる。 刻一刻とうつり変わる景色を前に、ユーウォンの心は躍った。 「今日の、新しい旅立ちを祝って……!」 深く息を吸いこみ、ドラゴンは声高に咆哮する。 新たな出会いを願うように。 命の喜びを歌うように。 ――どうか、すべての人々が、恵み賜わりますように。 胸中で静かに祈りを捧げ、イルファーンは芳醇な美酒をあおいだ。 湖と山の端から、陽光がこぼれる。 水面はまばゆく輝き、世界を黄金に染めていく。 湖上の揺り籠に揺られながら、四人は新しい年の訪れを祝った。 了
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