ブルーインブルー、辺境海域。 海上都市サイレスタで、「人魚」が捕獲されたという報らせは、ブルーインブルーの人々のみならず、世界図書館にとっても驚くべきニュースだった。 ヴォロスと違い、ブルーインブルーでは人間以外の知的生物は見つかっていなかった。「人魚型の海魔」はいても、会話ができるような人魚はいないと思われていたのである。だがこの「人魚」は言葉を解し、知性をもつという。本当ならばこれは“ファーストコンタクト”なのだ。 現地に赴いたロストナンバーは、そこで、捕獲された人魚が、「フルラ=ミーレ王国」の「三十七番目の姫、パルラベル」であること。彼女たちの国が「グラン=グロラス=レゲンツァーン王国」なる異種族の国に侵略を受けたため、救援をもとめて人類の海域までやってきたことを知る。 そして「グラン=グロラス=レゲンツァーン王国」は海魔を操るわざを持ち、その軍勢がサイレスタに迫っていることも……。 先だっての経緯から、ジャンクヘヴン率いる海上都市同盟とは距離を置いてきた世界図書館ではあるが、パルラベル姫と会ったロストナンバーたちは彼女に協力したい意志を見せた。 ほどなくサイレスタに押し寄せると思われる海魔の群れを看過すれば、海上都市同盟にも被害が出よう。ジェローム海賊団の壊滅により平穏さを取り戻したブルーインブルーの海に、またも血が流れることになる。「というわけでだな。まだ海上都市同盟は、海魔の群れがやってくることを知らねーわけだ」 世界司書・アドは、ロストナンバーたちからの報告を受けると、図書館ホールに人を集めて言った。「なので、ササッと行って、パパッと海魔を退治してくるだけなら、俺たちの活動はジャンクヘヴンになんの影響も及ぼさない。が、結果的には海上都市同盟を守ったことになる。人知れず戦うヒーローってぇやつだな。問題は海魔の群れがどのくらいの規模か今いちわからないことだが……とにかく、可能な限り退治してきてくれ。チケットの手配は他の司書にも頼んでいる。希望者全員に行ってもらえないかもしれないが、なるべく善処はするからな。興味があれば挙手してほしい」……………「と、いう訳で君には仲間を集めてモンハナシャコ型海魔と戦ってもらいたい。あと、おちゃめな人魚姫も一緒に助けてもらいたい」 ラグレスが鰭耳の世界司書にそう言われたのは、司書室での事だった。「因みに、でかいぞ」「いかほどの大きさで?」 ラグレスが問えば、司書は真顔でこう言った。「そうだな。『導きの書』によれば15mはあるそうだ」「15m程……」 司書とラグレスは、しばし無言で想像した。 基礎知識:モンハナシャコ ・体長15cm程のシャコ目・ハナシャコ科に分類されるシャコの一種。 2本の触覚で獲物を化学的に探知する。 ・とても色鮮やかながら、捕脚と呼ばれる鈍器にて、 頑丈な貝や蟹の装甲を粉砕し捕食する。 ・因みに打撃力を数値で表せば60kg。 ヒト換算で約1tのパンチに相当する。 ・打ち出しは水中で秒速23m。 その為「キャビテーション気泡の消滅」なる物理現象が生じる。 ※音や光と共に強力な衝撃波を生む一種の爆発 であり、威力は22口径の銃弾に匹敵。「飼育の際は、水槽が割られないようにしなくてはなりませんね」「そうだな。そんな生き物が15mだ」 なに それ きけん。「その上、好奇心旺盛且つ食いしん坊な人魚姫……えーっと、パルラベル姫の妹で57番目のお姫様が、近づこうとしている。 という訳でそのお姫様を回収し、巨大モンハナシャコ海魔を倒してきてくれ」 因みに、そいつはとある浅瀬に現れるらしい。57番目の姫君、ルキュラ姫は好機心旺盛で、それに引かれてやってくる、とも。 そのポイントで待ち構えていれば姫もモンハナシャコもやってくる。 ラグレスは早速仲間を集め、ブルーインブルーへと旅立つことにした。 敵は、超巨大モンハナシャコである。 果たして、ロストナンバーたちはどんな戦いを見せてくれるのだろうか……?=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>ラグレス(cwhn8434)ジューン(cbhx5705)ヴァージニア・劉(csfr8065)ユーウォン(cxtf9831)
起:お姫様は何処? ブルーインブルーのある海域へとやって来たロストナンバー一行は、『導きの書』に書かれた区域へと到達した。 「……でっけぇ……」 「全長15m。これは圧巻というべきでございましょうか」 思わず、といった様子で呟き、茶色い瞳を丸くするヴァージニア・劉と、その傍らでふむ、と感心したように頷く青い瞳の近代紳士、ラグレス。遠くにうっすらと見える赤い体が、否応なしに存在感をアピールしている。 巨大モンハナシャコ海魔は、休憩でもしているのだろうか? 身動き一つせずそこにいた。先制攻撃をするならば、今だろう。しかし、まだ救出要員である人魚姫・ルキュラを助けてはいない。 二人から少し離れた所に、桃色の瞳を険しくするメイドの姿があった。彼女は潮風にメイド服のスカートを揺らしながら、真剣にあたりを見渡す。 「どうしたの?」 オレンジ色の鬣が鮮やかな小型有翼竜、ユーウォンが傍らのメイド、ジューンの不安そうな顔に気づき問いかける。と、彼女はぽんっ、と手を打った。 「どうしましょう、妹姫様が居ると電撃が使えません」 彼女の言葉に、劉の眼鏡がずり落ちる。 「で、電撃?」 「はい。少し思いつきました事がありまして」 ……と、考えていた事を話すとラグレスが納得したように頷く。 「確かに、姫君様の御身に傷がついてはなりませんね」 「なら、先にお姫様を助けちゃおう!! 司書さんの話だと、すぐ見つかるんだよね?」 ユーウォンが潮風に上手く乗りながら相槌を売っていると、ジューンが顔を上げ、しっかりした声でいう。どうやら、生体サーチを無言で起動させていたようだ。 「300メートル程南方に、人型サイズの生命体反応を確認しました。波間に見える尾びれから、妹姫様ではないかと」 「それじゃ、先ずはおれが迎えに行くよ!」 ユーウォンが、茹でた海老や卵を入れたバスケットを抱える。匂いでお姫様をひきつけられないか、と考えての事だが、他の魚が来ても別に気にしない。ジューンもまた迎えに行くようで、保護はこの2人に任せる事にした。 ラグレスがモンハナシャコの動きを注視していると、傍らで劉がカラフルなお菓子の入った瓶と複雑に絡んだ知恵の輪を取り出していた。その丸っぽい形と見た目の材質から、ラグレスはマカロンだと推測する。 「劉殿、そちらの瓶は?」 「あ? これか。同居人から失敬してきたんだ」 劉が何時もの気だるそうな声で答える。同居人である少女にバレたら半殺しになるだろうな、なんて考えつつも好機心旺盛なお姫様の気を引くために準備したのだ。 「事情を話せば、分かってくれるのではないですか?」 「……どーだろ」 海に目を戻し、抑揚なく問うラグレスに、劉は眼鏡を正しつつ肩を竦める。そうしながらも脳裏では話そうとして攻撃されるという想像しか浮かばないのは何故だろう。 (説明自体面倒だし) とりあえず、バレない事を祈る劉だった。 一方、こちらは人魚姫保護組。空を行くユーウォンは海鳥のようにも見えるが……浅瀬をざばざば歩くジューンは凄く目立った。桃色の髪と瞳だけでも目立つがメイド服である。その状態で腰近くまで海水に浸かりつつしっかりとした足取りで近づくメイドさん。その上、子供用のビニールプールを引っ張っているからとても目立っていた。 「? こんにちは、お姉さま」 不思議そうに思いつつも、人魚の方から声をかけてきた。あどけなさの残る顔に、少し華奢な体をした人魚はにっこり笑う。と、ユーウォンが持っているバスケットに目を止めた。食べ物の匂いでも察知したのだろうか。 「失礼します、貴女はパルラベル姫様の妹姫様でしょうか」 ジューンが礼儀正しく一礼し、そう問えば、人魚は「はい」と答え、頷いた。 「私はルキュラといいます。フルラ=ミーレ王国、五十七番目の姫になります。お姉さま達は……?」 「おれはユーウォン。で、こっちはジューン。……って、悠長に自己紹介している場合じゃないんだっけ?」 ユーウォンが首をかしげれば、「ええ」とジューンが頷く。彼女は丁寧な仕草で身をかがめた。それは、従者が高貴なる人々へと取る立派な礼儀。 「初めまして。私たちはパルラベル姫様に協力して海魔退治をすることになりました」 と、自分たちがここへ来た理由を簡単に説明すれば、ルキュラは楽しそうに相槌を打つ。 「それでは、倒した後はあの大きなシャコを食べられるのですか?」 目をキラキラと輝かせて問うルキュラに、ジューンは少し考えた。彼女が得たデータでは食用に向かない、とあったからだ。取り敢えず、その事を伝えるとルキュラは少ししゅん、となる。 「あ、でも美味しい物なら他にもあるよ! おれも色々持ってきているし」 「倒したらお食事に致しましょう。ですから戦闘の間だけ、このプールに移動して浜辺でお待ち願えないでしょうか?」 ユーウォンがバスケットを開き、ジューンがビニールプールを見せる。暫くの間考えていたルキュラであったが、ややあって一つ頷いた。 2人が姫を伴って船に戻れば、ラグレスと劉が出迎えた。彼らも其々自己紹介をしておく。 ルキュラはお腹が既にペコペコなようで、早速ユーウォンが用意したゆで卵を食べ始める。 「えへへ~。美味しい?」 「はい、とっても!」 ユーウォンの問いに笑顔で答えるルキュラは、劉が持っていたカラフルな瓶に目がいった。同居人から失敬してきたマカロンである。 「まぁ、ジューンも駄菓子を用意してるみてぇだしよ。 少しは腹の足しになるんじゃねぇか? 他にもこういうのがある」 あのモンハナシャコは身がスカスカで不味い、と付け加えつつ差し出したのは、複雑に絡み合った知恵の輪だった。好奇心旺盛なだけあり、ルキュラはこれにも瞳を輝かせる。 「まぁ! 面白い形をした玩具ですね! どうやって遊ぶのですか?」 と聞かれれば簡単にどんな物が説明してやる。最初、お菓子で気を引こうとした際は餌付けをしているような気分であったが、今ではなんだか子守をしているような気分だ。まぁ、パルラベルより少々幼く見えるルキュラ姫故か、強ち間違っていないような……。 一段落ついた所で、ラグレスもまた帽子をとって礼儀正しく姫に挨拶をする。と、ルキュラもそれに応じ、そうしている姿は確かに『姫』であった。 (やはり、卵性でありましょうか? 胎生ならば、さぞ長命の種でありましょう。そういえば、男性の聞き及びませぬが……) 不思議に思い、男性の有無を問いかけてみるとルキュラ曰く男性の人魚も存在しているそうだ。それに頷きつつ、彼は興味深そうにルキュラを見つめた。色々興味はあるが、流石に国賓級の存在だ。解剖はしない。だが……、魚人の場合は違う。 (魚人の方と遭遇し敵対行為を受けた場合は許諾されますか。適切に開腹し、速やかに縫合すれば死には至りますまい) それに、痛みを与えた方が事情聴取も捗るとも聞いた事がある。ラグレスは表情を変えずそんな事を考えていた。 こうして、一行はルキュラの保護に成功した。が、これは始まりに過ぎない。問題の巨大モンハナシャコは目の前に存在しているのだ。 「お兄様がたは、あの大きなモンハナシャコと戦いますのね。……どうか、気をつけてくださいまし」 ルキュラが不安そうに見守る中、ジューンの目が、モンハナシャコの動きを捉えた。いよいよ、開戦である。 承:VS巨大モンハナシャコ 「姫様の御身、可能な限り守りましょうぞ」 ラグレスが、抑揚少なくそういえば、仲間たちもまた其々戦闘準備に入る。ラグレスは青い瞳を細め、先頭に立ってモンハナシャコを真面目に観察する。確かに、大きさ以外普通のモンハナシャコと変わらない。但し、その威力は化物並みなのだ。全く油断はできない。 「……保護対象は確保、それに伴い戦闘区域判別終了、船への被害を最小限に抑えます。リミッターオフ、生体兵器に対する殺傷コード解除すると共に特例β―01発動……」 ジューンの桜色の唇が、次々に機械めいたアナウンスをする。まぁ、彼女は女性型のアンドロイドだ。これは当たり前のことなのだろう。 「面倒だけど、やるしかねぇよなぁ……ったく」 メンソールの風味がする煙草を口にしつつ、劉が鋼糸を張り巡らす。因みに毒の調節もできたりするのでこの辺りはとても便利である。 傍らでは水中翼モードになったユーウォンが近づきだした巨大モンハナシャコの姿を値踏みする。 「アイツの尺度からいって、おれは大体1.5センチかそこいらの小魚ぐらいかも」 しかし恐怖に慄いた様子は全くなく、むしろこの戦いを楽しもうというような雰囲気すら見受けられた。 迫り来る、僅かな波。徐々に近づいてくる鮮やかな赤い影。それに空気がぴぃん、と引き締まっていく。ビニールプールではルキュラがお菓子を口にしながらもその空気に触発されたのか、緊張した様子で4人を見つめていた。 「……下がってろ、姫さん。終わったら絶品のシャコ料理ご馳走してやる」 「シャコ料理? それは美味しそう♪ あのおっきいのは美味しくないみたいだし、そっちの方がいいんじゃない?」 劉の言葉にユーウォンが楽しげに笑えば、ルキュラもまた「楽しみにしております」と愛らしい笑みを浮かべる。 「推測ですが、残り1分程で戦闘可能な距離になるかと。……先陣を切るのは?」 「それでは、私が」 ジューンが近づくモンハナシャコから目を離さず問えば、ラグレスが無駄のない動きで海へと足からざぶり、と飛び込んだ。これが水着やラフな格好ならば違和感もなかったのだろうが、彼が纏っているのは山高帽にウエストコートにフットコート。海へ潜る格好ではない。 (めちゃくちゃ違和感あんなぁ) 思わずそう思ってしまう劉だが、早速自分の戦いやすいように戦場を作り始める。流石に、浅瀬に誘い込まないと戦いづらいが、ラグレスが向かったのならば囮にもなるだろう。続くようにユーウォンもまた飛翔する。 (向こうが気づいていないならば、遠距離からやっちゃった方がいいよね~。でも、今回は丁度戦いやすそうな浅瀬もあるし、そっちに誘っちゃった方がいいね~) そうしている間にも、ラグレスがモンハナシャコに近づきつつある。一応、作戦は立てているとは言え、少し心配になってくる。それはジューンも同じではあるが、一応浜辺に待機していた。 「あの大きさから、一撃で仕留めるのは難しいでしょう。やはり弱点を付き、弱らせたところを仕留めた方が良いようですね」 「……だな。俺は眼を狙う。アイツらの弱点だしな」 船の上から劉が答える。ふと、見上げれば陽光に煌く銀の糸。彼の能力によるもので、これがどんな働きをするかは、後でのお楽しみ。 「そろそろだよ~」 ユーウォンの声に、ジューンと劉が頷く。そして、ラグレスはモンハナシャコと対峙していた。 (やはり、間近で見ると迫力がございますね) と、立ち泳ぎをしつつ見上げるラグレスとモンハナシャコの目が合った。同時に動く、ふとましい捕脚。 (まぁ、私ならばこのぐらい平気ですので) 迫る捕脚を避ける事無く、ラグレスはそれを見つめ続ける。息を呑むユーウォンの目の先で、彼は飛沫を上げながら振るわれたそれに、脆に打ちのめされた。表情も変えず千切れる体。けれどもそれはスプラッタというよりは、水しぶきの1つにしか見えない。 ラグレスの正体はゲル状の不定形魔法生物である。ぶちまけてしまえば痛覚などない。それに、捕脚を受けて千切れた方が、何箇所にも分かれて消化できるので都合がいいのである。まあ、元々噂の一撃を体験してみたいという純粋な興味もあったのだが。 「うんうん、作戦開始!」 ユーウォンが高々と舞い、迫る波や舞い上がる飛沫に負けじとモンハナシャコへと迫っていく。その中にゲル状の何かが混じっていようとは、普通誰も考えないであろう。 「やーい、お前の母ちゃんでーべそっ!」 ひらひらと舞って相手を挑発する、小型の竜。その姿を頼もしく思いつつ、その『存在』は確かに幾つもの姿に別れ、モンハナシャコへと付着していく。その姿をちらりと確認しつつ、ユーウォンは絵の具を使って眼や触覚を攻撃していく。 「ほらほら~、のろまなのろまなデカブツ! こっちだよーっ!」 彼の挑発に触発されたのか、その大きな捕脚を伸ばすモンハナシャコ。けれどもそれは空を切り、再び上がる水しぶき。悠々と飛び回るユーウォンは再び絵の具を撒き散らす。 そうかと思えば、あっという間に尾の付近まで飛んでいき、ぶぅん、と振るわれたそれをひょい、と交わして。身軽なユーウォンらしい方法で確実に囮の役目をこなしていく。 その間にもゲル状の姿に戻ったラグレスが、じわりじわりと消化していくのであった。 「小規模の津波を計測。反らします」 浜辺にいたジューンが、海面を思いっきり蹴り上げれば、小規模ながら強力な波が起こる。それが、モンハナシャコが作った波を打ち消し、船は僅かにしか揺れない。 「こっちの準備も整った。後はアイツがこっちに来るだけさ」 劉もまた、煙草を咥えたままモンハナシャコを見やる。徐々に接近する鮮やかな影に、彼はかったるい、と言うような目を向けながらもニヤリ、笑う。 「モンハナシャコの到達まで、残り2分を切りました。劉さん、そろそろ貴方の射程距離に入ります」 「お、おう」 相手がアンドロイドとはいえ、愛らしいお嬢さん。女性が苦手な劉は少し緊張気味になりつつもアナウンスに応じ、狙いを定める。間違って仲間を撃たぬように呼吸を整えると、彼は思いっきり腕を振るった。 ――銀の糸が、赤い、巨大な影を撃つ。 転:さらば、巨大モンハナシャコ 「相手がよかったかもね~。 大きい以外はタダのモンハナシャコだしさ」 ユーウォンが、ずぶ濡れになった状態で笑い、劉とすれ違う。浅瀬に降り立った彼は派手な柄シャツを潮風に靡かせ、ふわり、と宙を舞った。 「ほらよ、こっちだ!!」 ある程度ユーウォンが追い込んだ所でバトンを受け取った劉は飛んできた剛速球並のしぶきを宙吊りになって避け、モンハナシャコの関節など、柔らかい部分へと鋼糸を突き刺す。 (ま、ラグレスならどうにかしてくれるだろよ) そのまま空中に張られた糸を伝い、次々にほかの部分へと糸を発射していく。その糸自体にも毒があり、モンハナシャコの動きが徐々に鈍くなっていった。 「血中濃度からして、まだ致死量には至っていないと思われます。しかし、動きを鈍らせるだけでしたら、十分な量かと」 生体サーチしつつジューンもまた砂浜でパワーチャージの構えを取る。それはさながら陸上のクラウチングスタートを彷彿と……いや、それ其の物。彼女は、頃合を見計らってモンハナシャコへ飛びかかるつもりなのだ。 「そういやぁ、ラグレスは?」 「5、6体のアメーバのようになりモンハナシャコの内部に到達、現在体内より攻撃を行っているようです」 「毒の効果は?」 「ご安心ください、ラグレスさんには効果があまり無いようで、彼の活動に支障はありません」 空中から様子を伺う劉の声に、その体勢のままサーチを続け報告するジューン。今の彼女には、現在モンハナシャコの内部がどうなっているのか、はっきりとわかっていた。 因みに、これが映像化できたとしても現在のモンハナシャコの内部はあまりお見せできる状態ではない。ラグレス自身はスプラッタな姿を見せないが、モンハナシャコは海魔とはいえ『デカい海洋生物』なのである。それが体内からじわじわと臓器などをとかされているとなれば……。 (思ったよりも、美味でございますね。けれども、姫様のお口には合いますまい) ラグレスは既に神経部分へと到達していた。最初は外殻をじわじわ溶かしていた彼であったか、あまりにも広く、鮮やかな世界もすぐに飽きてしまった。その為、早い段階で内部へと侵入し、溶かしながら体内に収めていた。やはり相手が大きいだけあり、そこまで溶かすのに少々時間がかかってしまったが、その分劉が攻撃しやすい状況を作る事ができたようだ。 劉は糸を伝い、さらに走っていく。目指すは、モンハナシャコの眼。ユーウォンが絵の具で攻撃していた部分だ。視界を奪うまでは至っていないようだが、それでも見えづらい状態を作っていた。 「弱点は、『普通の』と一緒なんだろ……デカブツが」 吐き捨てるように、指を一閃。ヒュン、と風を切る銀の一筋が、乾いた音を立てて目へと襲いかかるも、不意に伸びる捕脚に阻まれ……ばさり、と切り落とされた。 重力によって落ちる捕脚によって糸が切られ、劉は糸で宙吊りとなり落下を回避する。舌打ち一つしつつ再び糸を投げかければ、今度こそぱさり、と両目を切断した。 迫る飛沫から逃げるように走り、同時に発射される糸。その全てがモンハナシャコへと迫っていった。 「結構暴れてるね~。悪口にかまってられなくなってきたかな?」 海鳥のように舞っていたユーウォンが、モンハナシャコの様子から察知する。幾つもの糸に傷つけられ、内部を溶かされ、沈没するのも時間の問題だろう。 (船も大丈夫そうだし、なんとかなるかな?) ちらり、と船の方を見ればルキュラが知恵の輪を片手に4人の戦いを見ていた。彼女はユーウォンに気づくと「がんばって!」と手を振ってくれた。 「ありがとう!」 笑顔でそう返し、ユーウォンは再び海原へと飛んでいった。決着まで、そう時間はかからないだろう。それでも、最後まで気を抜かず囮を努めよう。そう思う彼は、用意した熱湯を使い、ラグレスが外殻を溶かして作った穴へとぶっかけた。 自慢の捕脚を切り落とされ、内部から捕食されるモンハナシャコは、いつになく暴れていた。その内部を這い回るアメーバのような影が、考察にふける。 (結構、生命力に溢れますね) 冷静に判断しつつ、ラグレスは1つの塊になっていた。動きがかなり鈍くなり、音と動きからして目を切られたらしい。身悶える度に激しい振動と音が彼を震わせる。しかし、それも神経が切れればおしまいである。 (ようやく、ですか。神経系も15倍の大きさという訳でございますか) ラグレスがそう、思えばモンハナシャコの動きがぴたり、と止まった。 「しっかし、疲れたぜ……」 湿気った煙草をズボンのポケットに押し込み、苛々と宙にぶら下がる劉。その視線の先、ジューンがパワーチャージを完了させた事を告げる。 「お待たせいたしました。チャージ完了、フルパワーで攻撃できます。止めはお任せ下さいませ」 「ああ、頼んだ」 仕上げとばかりに糸で締め上げられる大きな体。同時に砂浜を猛ダッシュする桃色の髪のメイドさん。違和感ありまくるその光景を、上空からユーウォンが、海上から劉が見つめる。 「アメーバ状の生命体の離脱を確認。攻撃を開始します」 舞い上がる砂埃、ふわり広がるメイド服のスカート、矢の如く襲い掛かる美脚。それは固い外殻をぶち破り、あっという間にモンハナシャコの頭部へと突き刺さる。 「こっちだよ!」 ユーウォンがラグレスを案内すれば、彼はするりと船の上へと逃れ、人間の姿をとる。ジューンはそれを確認し、素早く両手を脳天へと差し込んだ。 「ユーウォンさん、念の為に離れてください。……放電を開始します」 同時に放たれる、強力な電撃と電磁波。巨大な体が海老反りになり、再び飛沫が起こる。糸にも電気がめぐるものの、そこは劉の事だ。戦場から離脱し、砂浜に着地していた。 ほんの少しの時間であったが、その間が妙に長く感じられた。ジューンの最大出力による攻撃は、まな板のシャコ状態となった海魔になど抵抗出来るはずもない。彼女が手を離した時には、既に事切れていた。 「生命活動停止を確認。モンハナシャコは完全に沈黙いたしました。……お肉は残念ながら毒によって汚染されております故、口にできません」 ただ静かに告げるジューンの声が、潮騒に混じって響いていた。 完全に安全になった所で、モンハナシャコをルキュラに見せる事になった。色鮮やかな姿は、それだけでも美しく目を引く。確かに損傷もあるものの、毒と内部からの攻撃が特に効いていたようで、鑑賞する分には支障がなかった。 「普通のモンハナシャコでしたら、見慣れておりますが、ここまで文様も美しく、大きい物は初めてです。食べられないのが残念ですわ」 ジューンから貰った飴玉を口の中で転がしながら、ルキュラが呟く。その腕には大事そうに駄菓子やマカロンが入った瓶を抱えている。 「本当に綺麗だねぇ。でも、あのパンチは凄かったよ」 ユーウォンが思い出したように身を震わせれば、ラグレスは何事もなかったかのように山高帽を正す。 「ですがこの大きさ故に動きが鈍く、それ以外は普通でしたな」 彼はまじまじとモンハナシャコを見、静かにそう言った。 結:戦いの後はランチを共に 念の為に、4人は他の海魔の姿がないかチェックしたが、幸いその姿は無かった。魚人ならばパルラベルと会った事のある劉が見た事があるのだが、その影も無かった。 (もし魚人がいれば、解剖をしてみたく思いましたが) 冷静な青い瞳で海に瞳を細めれば、傍らでジューンが微笑む。戦闘の際、最大出力で電撃攻撃を行った彼女は疲労にも似たような感覚を覚えていたが、それでもそつなくルキュラ姫の為に給仕をする。 「みなさま、本当にお強いのですね……。故郷の戦士達よりも、皆様の方が強うございますわ」 「えへへ~、そうかなぁ?」 ルキュラが感心して4人を見つめ、ユーウォンが照れたように宙返り。一方、約束通りシャコ料理を用意していた劉はなんと言えば分からず、苦笑した。 「ほらよ。……まぁ、美味いかどーかは保証しねぇけど」 ジューンとラグレスが用意したテーブルに、劉が作ったシャコ料理が並ぶ。その他各々持ち寄ったお菓子やら茹でた海老やら色々も並び、ルキュラの瞳が輝いた。 人魚達の食生活が気になったラグレスは、その様子に「普通の人間とあまり変わらないご様子……」と小さく呟くが、聞き取れた者はいない。優雅な手つきでシャコを裁き、食べやすいようにしてからルキュラの前へとジューンが皿を出す。 「わぁ、ジューンお姉様、ありがとう!」 夢中になって料理を食べるルキュラの口元を時々拭いてやりつつ、彼女は無邪気な妹姫に微笑んだ。 (こうして見ると、あのパルラベルの妹にしてはちょっとガキっぽいかな) パルラベルと会った事のある劉がそんな感想を漏らしていると、ルキュラがじーっ、と彼を見つめていた。 「な、なんだよ……」 「あの、ヴァージニアお兄様。先ほどは面白い玩具、ありがとうございます」 「なっ?!」 その言葉に、劉の眼鏡がずれ落ちる。この名前が女性らしいが故に、彼は普段、知人たちには自分の事を『劉』と呼ばせているのだ。その事を説明すれば、ルキュラは改めて「ラウお兄様」と彼を呼ぶ。 「そのご様子ですと、劉殿の事をいたくお気に入りられたご様子。……では」 何かに気づいたラグレスが、席を経てば彼を呼び寄せる。まぁ、ジューンやパルラベルよりも幼い故、女性恐怖症である劉でも少しは大丈夫かな、という雰囲気。本人は席を移動する気がなかったのだが、他のメンバーの視線と、何より愛らしく「ラウお兄様♪」と呼びかけるルキュラに根負けし、しぶしぶルキュラの傍に移動する。 「お兄様から頂いた知恵の輪、とても面白いですわ。でも、難しくて……」 と、もじもじするルキュラ。その頬が少し赤いのは、何故だろうか? 妙に身を強ばらせる劉と、ただ二人の様子に微笑むジューン。ラグレスとユーウォンは互いに見合わせると 「これもまた、思い出ですな」 「だね~」 と言い合ってシャコ料理を食べる事に専念する。 (え? これってどうしろって事なんだ?) 人魚姫に懐かれ、他の仲間達に温かい目で見られ、お別れまで面倒を見る事になった劉はズレ落ちた眼鏡を但し、大きなため息をついた。 「それにしてもさー、その何とかって国…」 「グラン=グロラス=レゲンツァーン王国、です」 「そうそう、その国ってさー、何がしたかったのかな~? あんなの使うのも大変そうなのにね~」 ユーウォンがルキュラに問いかけるも、彼女は首をかしげる。どうやら、彼女もわからないようだ。 「……もしかしたら、今後の調査で分かるやもしれません。今は、勝利の喜びを分かち合いましょう」 ジューンがグラスに水を注ぎながら言う。確かに気がかりな事ではあるが、判らないのならば致し方がない。彼女は静かに頷き、今後も情報を集めてみよう、と思うのだった。 こうして、4人は無事に巨大モンハナシャコ型海魔を退治し、パルラベルの妹姫が一人・ルキュラを助ける事ができた。劉によってパルラベルの無事が伝えられたのもあり、ルキュラは安心したように表情を緩ませる。 「他の姉妹達も心配ですが、まずは、パルラベルお姉様が無事でなによりです」 彼女の言葉に、全員が和むような気分になる。そして、何よりもルキュラの身を守れた事も充実感を与えてくれていた。 ――後日談。 結局、例のマカロンについて同居人にバレてしまった劉は、半殺しの目にあった。しかし、事情を依頼に同行したメンバーから聞くと「それなら先に言って欲しかった」と言いながら同居人は劉の手当をしたと言う。 一方、ルキュラの方はそれだけ印象に残ったのか……、あれからずっと、あの4人に会いたい、と言っていた。特に、胸にタランチュラのタトゥーを入れた眼鏡の青年に。 (終)
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