ブルーインブルー、辺境海域。 海上都市サイレスタで、「人魚」が捕獲されたという報らせは、ブルーインブルーの人々のみならず、世界図書館にとっても驚くべきニュースだった。 ヴォロスと違い、ブルーインブルーでは人間以外の知的生物は見つかっていなかった。「人魚型の海魔」はいても、会話ができるような人魚はいないと思われていたのである。だがこの「人魚」は言葉を解し、知性をもつという。本当ならばこれは"ファーストコンタクト"なのだ。 現地に赴いたロストナンバーは、そこで、捕獲された人魚が、「フルラ=ミーレ王国」の「三十七番目の姫、パルラベル」であること。彼女たちの国が「グラン=グロラス=レゲンツァーン王国」なる異種族の国に侵略を受けたため、救援をもとめて人類の海域までやってきたことを知る。 そして「グラン=グロラス=レゲンツァーン王国」は海魔を操るわざを持ち、その軍勢がサイレスタに迫っていることも……。 先だっての経緯から、ジャンクヘヴン率いる海上都市同盟とは距離を置いてきた世界図書館ではあるが、パルラベル姫と会ったロストナンバーたちは彼女に協力したい意志を見せた。 ほどなくサイレスタに押し寄せると思われる海魔の群れを看過すれば、海上都市同盟にも被害が出よう。ジェローム海賊団の壊滅により平穏さを取り戻したブルーインブルーの海に、またも血が流れることになる。「というわけでだな。まだ海上都市同盟は、海魔の群れがやってくることを知らねーわけだ」 世界司書・アドは、ロストナンバーたちからの報告を受けると、図書館ホールに人を集めて言った。「なので、ササッと行って、パパッと海魔を退治してくるだけなら、俺たちの活動はジャンクヘヴンになんの影響も及ぼさない。が、結果的には海上都市同盟を守ったことになる。人知れず戦うヒーローってぇやつだな。問題は海魔の群れがどのくらいの規模か今いちわからないことだが……とにかく、可能な限り退治してきてくれ。チケットの手配は他の司書にも頼んでいる。希望者全員に行ってもらえないかもしれないが、なるべく善処はするからな。興味があれば挙手してほしい」★ ★ ★ ★ ブルーインブルー辺境の海域、かつての海賊王子に『最果ての島』と言わしめたサイレスタ海域は今、無数の視線が注がれ始めている。 発端は人魚姫の救援の叫び。 100人以上もいるという姫のうちの何人かが海底より現れ、初めて海上の民に助けを求めたのだ。 37番目の王女パルラベル、その姉、妹。 何人かの人魚姫が確認されているが――今回の依頼でもまた、そうした人魚姫の一人が関わってくるらしい。「サイレスタにいるパルラベル姫に会いに、彼女の姉がやってくるそうなのです」 チケットの手配を済ませた獣人の司書、アインが預言書を片手にロストナンバー達へとそう告げる。 問題は、その途上。「サイレスタへと彼女が向かう道の途中に、無数の群体からなる海魔が出現することが預言されています。形状ですが、ええと……おそらく、イソギンチャク型と言うのが近いでしょうか」 そう言って、アインは預言書の内容を書き起こした数枚の絵を見せる。 どれもこれも、うねうねとした細長い触手を持つ軟体生物群の姿が描きだされていた。 イソギンチャクは通常海底に広がる珊瑚礁や岩盤に固着し、円筒形の身体を持つ。 口盤とよばれる口で餌を食するが、そこに捕らえた獲物を運び込むべく、無数の触手を使用する彼らは、円錐形であったり尖端が膨らんでいたり、あるいはさらに途中で分岐していたりと、各々異なる特徴を有していた。 普通のイソギンチャクであれば足盤とよばれる底面で通常は岩盤に固着し緩々と動くわけだが、これらは違うようだと、アインは言う。「どうも、その、海中であれば烏賊や蛸等のように素早く動く事が可能なようです――巨大なイソギンチャクですから、それだけの速さで動けば周囲に及ぼす水圧もかなりのものになるでしょうし、それだけの推進力を生み出す何らかの力を有しているわけですから、単純に触手で捉えてくる以上の攻撃をしてくる可能性はあります。気をつけてください」 言いさし、アインは集まった面々を見渡す。 何故かこの依頼、人がやたらと集まっていた。「こんな凶悪なうねうね、私の力でどうにかなるのかな……でも、一人前への階段を上るためにも頑張らないと! ……どんな方法を使ってもいいですよね?」 ちょっと思案気にアインに問いかけてくるのは桃色の髪の少女。絵奈の言葉には、使命感と、不安感が綯交ぜになっているのが感じられた。「夜の玩具として使えるかも。ってことでサンプルに1本お持ち帰りー」 不謹慎な事を言っているのはエイブラム・レイセン。 そんな彼の横では、人魚姫が襲われる、と聞いて使命感にその身を燃やす少女――ヘルウェンディ・ブルックリンがいる。「なんて卑猥なナリしたやつなの……鉛弾ぶちこんでやる! 女の子には指一本、いえ触手一本触れさせない!」「とにかく、力をあわせ、早めに倒してしまいましょう。……触手って食べられるんですかね?」 食べることに重きを置くだけに、思考がどうしてもそちらの方へ向かうらしい刹那が、少しだけ首をかしげて考え込んでいた。「触手、触手かぁ……あたしの職種は肉体労働系で屋内勤務。べ、別に屋内で肉体を使うって言ってもそういう仕事じゃないんだからね! カン違いしないでよね!」 明後日の方向性にボケているのは敏腕卑猥メイドと一部で名高いらしいと聞き及ぶ、ハイユ・ティップラル。 健やかにゆれる胸を何故か両手で抱きかかえ、視線から身をかばう振りをしてみせる。いや、まじめにやっているのかもしれないが、その場の誰もそう捉えることはなかった。「いやいや、別にワシ確かにエロジジイとか呼ばれることもあるが別に触手にまみれたところを見たいとか触手と一緒にお触りしたいとか、そんなことは考えておらんよ? お爺ちゃんそんなことまーったく思っておらんよ? ちゃーんと退治はするでよ?」 アインの視線を受けてハイユの胸からさっと視線を外したアコルが、そう告げてくる。「ゼロはアニモフさんたちが好きで、もふもふするのも好きなのです。イソギンチャクさんもゼロたちが好きで、ぐるぐるするのが大好きなのかもしれないのです。ここはイソギンチャクさんに身をまかせてみようと思うのですー」 いやそれは危ないと……困ったように言うアインの言葉は、ゼロには届かない。それは、すぐ側で気勢を上げる少女の声にかき消されたからだった。「私のトラベルギアで触手なんてすべて倒してみせるわ! 覚悟しなさい!」 叫んだのはティリティクア。「触手だかなんだかしらないけど、あたしをナメるなよ」 同調するのは豹の姿をしたロストナンバー、レオナ。 何やら二人揃って恨みでもあろうかのごとき勢いだった。「こない大量なうねうね……まぁわたくしのギアもうねうねしとるけど、全然べつもんやしねぇ。捉えられそうにないし、ほんま難儀そやなぁ……せやけど、面白そやし一つがんばろかな」 扇子で口元を隠しながらそう告げたのは和装の少女、禍月梓だった。 総勢10人。 通常ならば5人くらいが名乗りを上げるものと見込んで声をかけてみたところ、全員がそのまま残った結果の人数だった。「これだけの戦力で行かれるのでしたら大丈夫だと想いますが、くれぐれもお気をつけください――あ、そうそう」 言ってアインは預言書に目を落とす。「パルラベル姫を訪う人魚姫の名は、アリエッタ。13番目のお姫様、だそうです。彼女が予定地点に到達する前に海魔と接触し、排除できるといいのですが……おそらくギリギリというところでしょう。もしかしたら、ついた時には襲われている最中かも知れません。そのつもりでいらしたほうが無難だと、想います」 そこまで言うと、アインは全員に対し、頭を下げた。「今の時期の派遣は、今後の動きに影響を与える部分もかなりあると想います。皆様、よろしくお願いします」=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>舞原 絵奈(csss4616)エイブラム・レイセン(ceda5481)ヘルウェンディ・ブルックリン(cxsh5984)刹那(cfmt3476)ハイユ・ティップラル(cxda9871)シーアールシー ゼロ(czzf6499)レオナ・レオ・レオパルド(cnry4012)ティリクティア(curp9866)アコル・エツケート・サルマ(crwh1376)禍月 梓(cffc6011)=========
「なーなー俺ちゃんいいこと考えた!」 海の上、予定よりも速い速度――ゼロの巨大化の能力により、船の大きさと速さが格段に上げられているため――で予言の海域へと向かう道中。 退屈に飽いたのか、エイブラムが唐突に、「名案きたこれ」とばかりに言い出した。 「アリエッタってさ、妹に会いに来るわけじゃん? ならもしアリエッタが海魔との戦闘中に現れたら、皆で身体はって海魔をとめればいいんじゃね? アコルの爺ちゃんきたら9人いるんだから最高9回は身代わりできるし!」 いきなりこの男は何を言い出すのか、という目で見てくる女性陣。 ちなみに一行の中で、その場にアコルだけはいなかった。 「後から行く」、とのことであったが――「9人て、一人いないんじゃない?」と辛うじてツッコミをいれティリクティアに対し、エイブラムはチッチッチ、と指を一本、振ってみせた。 「俺ちゃんほら、身体の一部が金属だしー? 海に落ちたらアウトなんで除外な! その代わり皆の勇姿は余すことなく記録すんぜ! 昇天しちゃっても心配しなくてすむし! 遺言とか幾らでも残すし! イっちゃってもかまわなくね、これなら」 「構うわよ!」 横で聞いていた黒髪の乙女が放つ回し蹴りが、背骨にクリティカルヒット。 「いってぇ!?」 弾き飛ばされたのを受け止めたのは、紫紺の髪の、有能メイドだった。 「安心しなよエイブラムくん、私の魔法で浮かせてあげる。だからもしもの時の一番手は、頼んだよ☆」 「お、おう………」 自らの身体を片手で受け止めたまま、にやにやというのがぴったりの笑顔でウィンクしてくるハイユの言葉に、エイブラムは「ちっ」と密かに舌を打つ。 「皆さん、そろそろ予定の海域のはず、です。気をつけましょう……!」 そんな三人のやりとりを背中で聞きながら舳先に立ち続けていた少女が声をかけてきた。 ◆ ◆ ◆ 一行が向かうのはさいはての海域とよばれる海域でも、比較的既知の海に近いあたり。 目的は、こちらへ向かってくる人魚の姫が海難に遭遇するのを防ぎ、海魔を討伐すること――それに伴い予想される災禍への対応も、皆おさおさ怠りない。特にヘルウェンディの準備はある意味で万全だった。 「全員分用意してきたから、皆好きなのをとって! あ、私は最後でいいわ。でもサイズの問題もあるし、結構限られるかも……ま、いいわよね!」 現地に降り立った後、出航の少し前。 女性用にあてがわれた大きめの船室の中で、ヘルウェンディが居並ぶ女性陣に対し、抱えていた袋から水着を適当に取り出しては手渡していく。 「水着、なのです?」 「わ、かわいい!」 「え、わたくしのこれやの……? なんや他の皆とちゃうけど、これなんていう水着なんやろ……」 「へ、ヘルちゃん……これなんていうか、その、あの!」 「私も着るのですか……?」 黒猫の化身のような姿をした刹那が言えば、「あたしはいらないわ」と、こちらは完全な獣体であるレオナが断りをいれてくる。 そんな彼女らに対して一つ頷きを返してヘルウェンディが力強く宣言した。 「敵はかなりぬるぬるしてるだろうし、海に落ちる可能性もあるわ。つけておいて損はないから、衣服の下に備えておきましょ!」 そんな彼女の行動に、ハイユはにやにやと笑いつつ、一行に手渡された品物を確認し、うんうんと頷いた。 「ヘルちゃん、わかってるねぇ」 ハイユがやたらと頷いているが、ヘルウェンディの提案自体は特に問題のあるものでもなかったため、各自布を張リ渡してつくられた更衣室に篭りごそごそと着替えることにしたようだ。 ――出てきた全員の格好を見て、ハイユは、やはり満足気な笑みを浮かべる。 ヘルちゃん、ナイス、ナイスだよ。 心の声はかなりのレベルで外に漏れていた。 ゼロとティリクティアに手渡されたのは、それぞれ色違いのワンピースAラインの水着。 純白の布地につつまれたゼロと、薄桃色の布地につつまれたティリクティアの二人のコンビの姿は大層かわいらしい。 「こういう格好はあまりしたことがないのです」 「なんか……凄く、変な感じだわ」 自らの格好を首や身体をひねりながら確かめる二人。 肩にかかる細いひも、腰に軽く施されたフリル。 普段露出の少ない二人の肌は、眩いくらいに白く、無垢。 「可愛すぎてけがしてぇ」 おっとやっべと既に隠す気すらないらしき心の動きをいそいそとしまいこみ、次の対象へと視線を彷徨わせる。 黙々と着替えを終えた刹那が姿を表した。 薄い布を何枚も重ねた、レイヤード状の水着は片方の肩にのみヒモがかかる。いわゆるワンピース、ワンショルダーのトップ、腰回りがキュロットスカートのようにも見える形状で、波打つ布地が華やかさを醸し出していた。 漆黒の毛並みによく映える、薄桃色から濃紅になっていくグラデーションが、しきりと目に訴えかけてくる。 さらしか何かで抑えられていたらしき胸は思ったよりも形のいいふくよかさを見せているが、それを除いたとしてもその肢体は程よく整えられていて、ハイユはやはりうむうむと頷いた。 「やっぱり、こうでないと」 「――それほどに感心するような何かがありますか?」 「いやぁうん、やっぱこう、想像つかなかった姿を目の当たりに出来た時って、なんとなくやり遂げた感にならない?」 「さぁ……そういうものでしょうか?」 にまにま笑いながらいうハイユの様子に困惑したような表情を見せる刹那。 そんな刹那の背後の布が、しずかにめくられ、幼女三人組のうち最後の一人が、姿を見せた。 「ヘルウェンディさま……わたくし、これでも大きすぎるみたいなんやけど……」 ずりおちそうな肩紐をどうにか手で抑えながら出てきた梓が身にまとうのは、紺色のワンピース。厚い布地、ぴったり身体にフィットするようにと、機能性のみを重視してつくられたそれは、いわゆるスクール水着と呼ばれるものだった。 ただ、どうももうニ、三歳上の子供用だったらしく、いまいちフィットしていない。 「これは……これで……」 怪しく光る目を濡らしながら視線を送るハイユ。おどおどとした様子の梓に近づいていったのは、ゼロだった。 「ゼロがなおしてあげるのです」 そう言って梓の水着にふれるゼロ。ほんの少し、梓の水着がそのサイズを縮めた。 各パーツの比率はさほど変わらぬまま、全体的にほんのすこし小さくなった水着は、ぴったりと梓の身体にフィットする。 「お似合いなのですー」 にぱー、と微笑むゼロ。そんなゼロに釣られるように、梓もまたくす、と微笑んだ。 「ありがとうなぁ」 「いえいえなのですー」 「ちょ、ちょっと、ヘルちゃん。これやっぱり、その、無理です……!」 「大丈夫、すっごく可愛いわよ! あ、でもなんかちょっとむかつく……ま、負けないんだから!」 「ヘルちゃんそんなにすると」 「大丈夫大丈夫、まだいける――く、言ってて凹む……」 童女二人の会話の向こう側、薄い布地に遮られた空間でどたばたとしている気配が漏れていた。 「もうそろそろ出港らしいけど、準備どうー?」 急かすつもり万全でかけたハイユの声に、「え、もう!?」と内部でのどたばたがひどくなる。 「さ、覚悟きめていくわよ!」 「うぅ……」 シャッ、と軽やかな音とともに布が横へとひかれた。 隠すもののなくなった空間に立つのは対照的な態度をとる二人の姿。 ヘルウェンディが身に着けているのはいわゆるセンターストラップタイプのビキニ。チューブトップブラとも言われる形状でもあり、胸の中央でX字に交差されたブラの下のワイヤが可愛らしいデザインを形づくっている。際どいくらいのローライズボトムを華やかな柄のパレオで覆い隠している。 「おおおいいじゃんいいじゃん。っていうかヘルちゃんも可愛らしいけど、あとツッコミたいとこもあるけど、それよりも絵奈ちゃん……っ!」 ハイユが脅威を見つめる目で、ヘルウェンディの背後に身を隠す少女を見た。 「はぁ、こらまたえらい格好やなぁ……」 「ヘルウェンディ、貴方そんなものまで用意してたの……?」 梓とティリクティアが感嘆とも呆れともつかぬ感想を漏らせば、 「キョウキですね……」 凶器とも、狂気ともつかぬ言葉で刹那が評する。 「ちっさいのですー」 「あうう……」 ますます顔を赤く染め、縮こまる絵奈。 しかし肩身を狭くすればするほどに、両の腕が胸を挟むようにして強調する形となり、よりいっそうその「凶器」の存在感を見せつける。 絵奈が身に着けていたのは、三角ビキニ――というよりも、もはやマイクロビキニというのが正しい布面積だった。 彼女の髪と同じ桃色の布地は胸のニ割程しか隠そうとせず、背中で結ぶブラ紐が左右から締め付けることで、より一層強調が為されている。 腹部を隠すものは当然何もなく、ボトムもヘルウェンディと同じローライズ。 違うのは腰回りを占める部分が紐で構成されていることと、布面積がかなり小さく、バックもブラジリアンカット――それもかなり大胆な――であること。 最早、「水、着……?」と疑問符を付けざるをえないその格好に加えて右の太ももまわりにまかれた革ベルトが一本。 ガンベルトの特注版とでも表現すべきそこには何故か、注射器が複数筒挿し込まれていた。 「意味がわからない、意味がわからないが、いい! いいよ絵奈ちゃん、最高!」 げらげら笑いながら近寄っていったハイユが絵奈の身体を弄り始める。 「はぅう、やめてくださいぃ」 楽しそうに二の腕をもみ、脇腹をさすり、下乳をつつきとセクハラの限りを尽くすハイユの手から逃れるように、ヘルウェンディを壁にして移動する。 が、その格好は後ろ姿を観衆に見せつけるようなものであり、他の女性陣は呆気にとられることしかできなかった。 「人間のオスがほいほいされそうじゃない」 女性陣が着替える様を我関せずとばかりに香箱座りをして眺めていたレオナが端的な感想を伸ばせば、「そうね」と刹那が応じる。 そのセリフがハイユの耳にも入ったらしい。 ふふん、と意味深な笑みを浮かべると、誰もが予想していなかった行動にでた。 「じゃあさ、率直な感想を聞いてみようじゃない?」 不意に彼女の手に現れたのは、彼女が刃物と呼ぶナイフ。 「「ちょ、ま!?」」 どこからか野郎の声がする。ハイユの持つその刃渡りが天井に届くほどの長さに変わったかと思えば、一閃、天井板を華麗に切り裂いた。 「ふおおお!?」 落ちてきたのは、エイブラム・レイセンと、天井裏に隠れられるサイズにまでその身を縮めていたアコル。 「いっつー……ハイユの姉御ひでぇ……って、ハハハハいやこれはな、情報収集って奴なわけ。わかる? 俺ちゃん知的好奇心たっぷりでさー」 「――へぇ。で、何が知りたかったわけ?」 ずい、と前に出たのはヘルウェンディ。 「ひょっとして、最初っから覗いてたりとか、したのかしら?」 笑顔を浮かべながらも、こめかみに青筋を浮かべているのはティリクティア。 絵奈は涙目で着替え部屋に隠れてしまい、梓とゼロは呆気にとられた様子で二人を眺めてる。 「ワシはとめようとしたんじゃよ?」 「あ、アコルきたねえ、アンタが先にさそったんじゃねーか!」 そんな二人を背後から抱きしめるように、ハイユが両の手を伸ばす。 「で、ご感想は?」 あからさまに最初からわかってたと態度に出して問うハイユに対し、ぐっ、と親指を立てるエイブラムと、うむうむと頷いてみせるアコル。 「成敗!!」 そんな二人を、蹴りとハリセンが襲うのは、当然の末路と言えただろう。 「あははは! ま、等価交換としちゃ上等なんじゃないの」 楽しそうに表へとはじき出されていく一人と一匹を眺めつつ、ハイユがカラカラと笑っていた。 そんな彼女に対して、水着の上から服を着込んだらしき絵奈が部屋の奥からはい出てきて問いかけてくる。 「ハイユさんは着られないんですか?」 「私? 水着? 着てるよもう」 「う、早い――は、ハイユさんも披露するべきだと想います!」 絵奈にしては珍しく言いがかりをつけたわけが、これには他の面子ものってくる。 「ハイユさんの水着姿には、ゼロも興味があるのです」 主にどんな強烈なものなのか、という意味合いで言うゼロ。 刹那やレオナは其れほどまで興味がない、という風情であったが、特に制止する様子もない。 「しょうがないなぁ、どうせ現場にいったら脱ぐつもりだったんだけど――それじゃ、お披露目といきますか!」 ぐ、と右手で衣服の左肩の辺りをつかむハイユ。 どのような仕組みだろうか。 そのまま一瞬で服を脱ぎ去ったハイユが着ていたのは、やはり、水着というには疑問符のつく代物だった。 「う゛」 「なにそれ……」 ハイユの背後、男どもをしばき終えて戻って来たヘルウェンディとティリクティアの二人が絶句した。 それはいわゆるスリングショットと呼ばれる類の水着である。 上と下がつながっているという意味ではワンピースであるが、布は縦長。 人の身体の曲線に応じた立体裁断ではなく、あくまで「布」というべきだった。 首、胸、ヘソの横をとおり、布が交差しているのは首と腰、そして補助的な胸から肩甲骨のラインを一蹴する横布と、胸の下あたり、衣服の下から着ても大丈夫なように、多少身頃を絞ることができるような仕組みになっている横布のみ。 ∨字型の二枚の細い縦布は、それぞれ前面部分が黒と紫のラメ入りでいっそハイユでなければ悪趣味の極みといってよいものだっただろう。 ボトムはハイレグTバッグ。後方の布地は腰の部分は黒に近いが、背中の中程からは情熱的な赤に染め上げられていくグラデーションと、凝った作りになっていた。 その強烈な肢体を、否が応でも意識させる、布の面積に反比例した存在感を醸し出す、そんな感じの水着である。 何より、出て、くびれて、出て、というハイユ自身の中身がその水着に負けておらず、白い肌が凝った色合いの水着に一層映えていた。 「すごいですー」 「はぁ……絵奈さまのも中々やとおもてたけど、その上を行くもんがあるんやなぁ」 「といいますか、それは水着といってよいのですか?」 ゼロ、梓、刹那がそれぞれに感想を述べれば、くねくねと腰をくねらせてモデルのように肢体を見せつけているハイユの様子に、呆れた様子でレオナが首を振ってみせる。 「と、こ、ろ、で!」 ぴた、とモデルのまね事をやめたハイユが、イタズラを思いついた子供のような顔で、ヘルウェンディの方へと歩み寄っていった。 「ヘルちゃん、いつのまにこんなに育ったのかな~?」 びく、とヘルウェンディが傍目にこわばった表情を見せる。 「な、何のことかしら」 「ねー絵奈ちゃん。ヘルちゃんの胸ってこんなに大きくなってたのかね?」 にやにや笑いながら背後を振り返って問いかけるハイユ。 じり、じりと後ずさるヘルの手をしっかと掴む彼女の目線の先で、絵奈がそっと目線を明後日の方向へと逸らせた。 「別に関係ないでしょ! さ、行くわよ!」 ヘルがそういって扉へと向き直ろうとした瞬間、扉がノックされる。 甲板でタコ殴りにされたエイブラムが、船長に出港の時間を告げて来いと言われて再び下りてきたらしかった。 「お~い、入るぜー」 「まぁがいものはぁ、こうだっ!!」 くい、とヘルウェンディのブラ紐が、ハイユの手によりひっぱられる。瞬間、詰めに詰め込まれていたパッドの圧力に耐えかねたのだろう、布地がずる、と上へとずれてしまう。 かちゃ。ぼとぼとぼとぼとぼとぼと。 扉の開くのと同時に展開されたその光景。 「三枚重ねだったのですー」 ゼロが床に落ちたものを数え、そう事実を指摘する。 そんな凍った空気の中、ヘルの目の前には長身の青年が立ち尽くす。 思わずその顔を見つめるヘルだったが、青年の視線はヘルの顔よりやや下の部分――隠すものも、増やすものもなくなった胸の辺りに向いていた。 ●REC 「いやああああああああああああああ!!!」 蹴り上げ一閃、顎にヒットした前蹴りを受け、エイブラムが扉の外へと華麗な後方宙返りを強制させられる。 そんな状況だというのに、彼の左手の親指は、ハイユに向けてグッと立てられていた。 慌てて閉められた扉の中で、胸を押さえ打ちひしがれるヘルウェンディ。 「うう、カーサーにも見せたことないのに……」 本当か? という表情を一瞬見せたハイユだったが、にこっと笑って舌を出し、自分の頭を小突いてみせる。 「ごめんごめんエイブラムが入ってくるの気づかなかったよーてへぺろ☆」 明らかに、わざとである。 「ハイユ!!!」 食って掛かるヘルウェンディと、それを押しとどめる絵奈やティリクティア。 逃げまわるハイユにうるさそうな様子を見せるレオナと刹那。 梓とゼロは隅に座って、「そろそろいかんとあかんのちゃうか」「そうなのですー」と呑気につぶやくばかりであり、そんな騒ぎは、改めて船長が一行を呼びに来るまで続いていたという。 ◆ ◆ ◆ 「殺す! 海魔の奴、しぼって、たたっきって、燃やして、凍らして、徹底的に傷めつけてやるんだから!」 絵奈が全員に声をかけたときからほどなく、予言された海域に到達した一行。 出港に少し手間取ったものの、ゼロの能力によって船そのものの速力の強化がなされ、アリエッタよりも先に海域に到達することができたらしい。 目前には、しずかな海。透明度が高く、本来ならば普通は海面近くにあるはずの珊瑚礁が、かなりの深度まで生息可能な海域のはずだった。 しかし今、その海域には黒い影が無数にうごめく。 「とりあえず、あたしの出番かな?」 ぎりぎりまで船を寄せた後、そう宣言したのはハイユ。 陸から持参した肉片や魚を風の魔法でばらまいていく。 水上に彼らが沸き上がってくるのをまっていたら、その間にアリエッタ姫がこの地点に到達しかねない。 それならば、こちらから餌をばらまいて先におびき出そうという策だった。 水流を操ることで海中にそのエキスや香りを送り込み、海底に潜む海魔に到達させる――そしてそれは、すぐさま効果を発揮した。 ぞわ、と海底が動いたかのように陽光の差し込んでいた海面が、黒く染め上げられる。 空気の中、匂いを探るかのように、何本かだけ海面に伸ばされた触手は、通常のイソギンチャクのそれとは違い、かなりの弾力性をもった――蛸や、烏賊の足に近い印象をもたせるもの。 「うわぁ、想像以上にキモいですね」 船べりに器用に立つレオナが、海面を見やって嘆息した。 「触手なんてキモいものを持つ生き物って、何なんですか? あんなものに襲われるなんて、あたしなら我慢できないわ。草食獣のオスじゃあるまいし、長くてキモいだけじゃない」 嫌悪感を微塵も隠すことなく言う彼女のセリフ。 意味の分かったもの約一名はくく、と含み笑いをもらし、童女を中心とした一群は何のことかという視線をレオナへ向けていた。 「イソギンチャクという生き物は始めてみました。とてもうねうねしておりますが……食べるにはとて不味そうに思えます」 食べ物として冷静に観察するのは刹那。食べてみなければ実際のところはわからないが、見た目はそれ程ではない、との評価を下したようである。 「とはいえ、あのような物に肉親と会うための道を塞がれるとは、可哀想です。早めに排除し、アリエッタ様を姉妹の方に会わせて差し上げましょう――自分や他の方が絡め取られぬよう、頑張ります」 指に備えたトラベルギアの黒い針を構え、戦闘準備を整える刹那の後方、触手が見える側とは別の海面が、突如盛り上がった。 「くっ、回りこんできましたか!」 最初に気づいたのは水中を行く微かな音を耳に捉えた刹那だった。 人の身体程もある触手が、海面から十数本伸ばされ、船に絡み付こうと高く振り上げられ船に影を落とす。 「影を、作りましたね?」 瞬間、投擲されたのは影の数だけの、黒い針。 ぴた、と動きをとめた触手達が、重力に逆らいきれず甲板へ次々と落ちてきた。 声をあげて逃げ惑う船員たちに構うことなく、いくつかの影が、甲板を走る。 一つ目の影が、咆哮をあげる。 落ちてくる触手の付け根に近い部分を噛みちぎると、太い触手をものともせず振り回し、海へと叩き返していくその様は、野生の狩人としての面目躍如というべきもの。 「はじけ飛びなさい!!」 ヘルター・スケルターから様々な弾丸が、生み出されては放たれていく。 氷結の弾丸が触手の弾力性を失わせ、レオナの牙の威力を最大限に引き出した。 「あかんよ、縛られてもらおか」 「あっちいけええええ!」 多方向から襲い来る触手を羂索で束ねて動きを封じ、他者が戦いやすいようにする梓と、甲板を這うようにして近寄ってくる触手をハリセンで叩いては怯ませて攻撃を牽制するティリクティア。 船上で戦う面々だったが、触手は汲めども付きぬ勢いで、次々と沸き上がってくる。 「海魔なんだからコアになる部分があるはず――其れを叩かなきゃいけないのに! あぁもう邪魔よ!」 「これは相当多いわ! こんなのどうしろっていうのよ」 焦れたように叫ぶヘルウェンディの言葉に、レオナもまたうんざりしたような様子を隠さず応じる。 氷結した触手を甲高い音を響かせながら切り落とす刹那もまた、少々うんざりした様子が見て取れた。 「まぁまぁ、もう少しさ」 ハイユがふふん、と不敵な笑みを浮かべてみせる。 「今、人足りないでしょ?」 「そういえば」 ヘルウェンディが辺りを見回す。 「ゼロちゃんと、エイブラムがいない?」 「ふっふっふ、あ・ち・ら♪」 にやっと笑ってハイユが示した先――それは、イソギンチャクの群れの、本拠のあたりだった。 ◆ ◆ ◆ 海中。 「ゼロがイソギンチャクさん達を陸上げしてみせるのです」 そう言ってハイユに頼み、風の魔法で投げ飛ばしてもらったゼロは、さながら撒き餌に使われるかのように、水面へと投げ込まれていた。 呼吸も可能な理不尽を体現する幼女の存在を敏感に感じ取ったのだろう。 ゼロに向かい、数十本の触手が餌を捉えようと向かってきていた。 「ここはひとつ、身を任せてみるのです」 「え!?」と、誰かが聞いていたらそんな風に叫ばれそうな発想をした少女の内心に満ちるのは好奇心。 「触手をもつ生き物は特別と聞いたので、この機会に触手の特別を確認するのです!」 そんなゼロの視界の端で、同じく知的好奇心に満たされているらしき青年の姿が見えたような気がしたが、たちまち触手の海へと消えていく。 「エイブラムさんも巻き込まれて大変なのですー」 「あんたも行ってきな!」とハイユの無慈悲な宣告を受け、一緒に飛ばされた青年は、「話がちげぇえ!?」と叫びながら水面にダイブしていたはずだった。 そうこうしている内に、ゼロの身体に何本かの触手、それも細いそれが、まとわりついてくる。 獲物の形状を確認するかのように、四肢をとらえ、服の端から入り込むそれは、水着の内部にまでも侵入し、足の付け根の出口から再び姿を現していく。 四方八方からおなじような事をされ、別方向へと引っ張られる。 肉体的に引っ張られるのはさほどでもなかったが、特製でない水着や衣服がそれに持つはずがなかった。 「むーん、服をびりびりされるのは困るのですー」 無抵抗を基本としていた彼女だが、流石に破られてしまっては裸になってしまう。 実際のところ、だからなんだという感じはあった為、抵抗自体もほぼ形だけというべき有様だった。 「ゼロのお洋服が欲しいのです? 勝手にするといいのですー」 諦めるのも、早かった。 獲物の殻を剥ぐ本能に従ったのか、無残に引き裂かれた衣服の中で、多少の伸縮性を持っていた水着だけが、辛うじて胸や腰回りを覆っている。 ぬるぬるとした触手や、細かいひだのような吸盤がついている触手、毒素らしきものを注入してくる触手等、無数の触手に蹂躙されてるゼロは、実際のところダメージこそ受けていないものの、やはり触覚への刺激はこそばゆいらしかった。 「くすぐったいのですー」 時折背筋を走るくすぐったさに、そう呻くゼロ。ふるふると震えながら目をつむる様は、その筋の人間が見たらきっと記録に収めたいと切に願った事だろう。 だが、海魔にとってそれはあくまでも捕食行為。 抵抗が弱いのを、神経毒が聞いてきたことによるものと判断したのだろう。 吸着の性質を持つ触手が、ゼロを捉えて離さず、口盤の元へと引き寄せていく。 それは、直径3メートルにも及ぼうという、巨大な穴。 毒々しい赤色に染め上げられた内部の消化器官が目に見える。内部に流れ込む海水が強い水流を作り、捉えた獲物を逃さないようになっているらしかった。 流石に、そこまでお付き合いする気はゼロにもない。 「呑みこまれるのはご遠慮なのですー」 そこではじめて、幼女は自身の収縮を若干ゆるめはじめた。その速度に、その身を捉えていた触手が耐え切れずちぎれ飛ぶ。 やがて巨大化をとどめぬままの幼女の足が、海底へとたどり着いた。 「水中では速やかにうごけるのであれば、水上にうちあげさせてあげるのですー」 それは、少し前にヴォロスで見せた事象。 深い海を擁するブルーインブルーであろうとも、海底があることに変わりはない。 海底の一握の砂を、自身とともに巨大化させ――新たな陸地を作り出す。 ◆ ◆ ◆ ――ウッヒョッホー! 錆びるだの話が違うだのと空中で盛大に毒づいていたエイブラムだが、入ってしまったからにはしょうがないと諦めたらしい。 ゼロと同様、自分に襲い来る触手の群れを堪能し、知的好奇心を存分に満たすことに専念しているらしかった。 取り込まれ、無数の触手が身体の表面全部を覆い隠してくる。 無数の突起が神経毒をうちこみ、若干呼吸をしづらくしてくるが、同時に身体にまとわりついてくる軟粘体の感覚は、えも言われぬものだった。 これってば、ちょっとクセになるんじゃん? ぞくぞくと神経系を走る興奮の電気信号は、脳内に無数の麻薬を生み出して、毒の刺激すら興奮剤の一種に変換されていく。 身体を這いまわる触手が軽やかにツナギを引き裂いていく。 口や、触覚、その他あらゆる穴までしんsy(ぶつっと画面が暗くなったようだ ●REC 数分の後、何かを悟ったかのような表情をしたエイブラムが、触手に捧げ持たれるようにして水中から脱出を果たしていた。 「ま、必要なデータ揃ったしなー」 触手→絡まる→暗転→すっきりコンボという狙い通りのコンボを達成したエイブラム。 コンボ中に海魔にからめておいたギアからの電子の糸が、触手を逆に侵食し、操作できるようにしていたらしい。 群れの内の一匹を配下におき、群れから離脱しそうな位置取りに触手のソファーを造らせたエイブラムは、今まさに触手によって沈められそうな船を眺め、未だ音沙汰の無いゼロを想い、一瞬物思いにふけってみせた。 彼自身を顧みれば、コンボの中でツナギは原型を留めておらず、清々しいまでの全裸を陽光に肌を晒している。 「これじゃー乙女の前にでていけねーなー」 にやにや笑いながら、彼はしばらく高みの見物を決め込む事にする――わけだが、海底が揺れたのは、丁度その頃合いのことだった。 ◆ ◆ ◆ 「おお、やっとるやっとる」 船から程近い海上。 別の船に乗ってこの海域に到達したアコルが、数百数千を超える触手にまとわりつかれそうになっている船を見て、呑気なセリフを口にした。 当然この船も襲われてはいるのだが、メインとは思われていないらしく散発的なもので、どれもアコルのプラズマ等による攻撃で退けられていく。 「触手に絡まるお姫様も見物じゃて、あんまり早く行ってほしくはなかったんじゃが、これはこれで、のぉ。むほほ」 大体のものが数の暴力に圧され囚われていく様が見て取れるようになったころ、アコルは満足そうにうなずいた。 「これからが本番じゃて」 そう言うと、彼は水の中へと飛び込んだ。触手を操る海魔の精神に干渉し、自分が敵ではないと、無理やりに刷り込んで。 「とっとと救出しにいかねばのぅ! ――後は触手に絡んだものの身体を……むほほほほ」 むっほー、と奇妙な雄叫びをあげながら、アコルは一路、船を目指して泳いでいった。 ◆ ◆ ◆ ゼロとエイブラムが水中に沈んで数分以上が経過した。 火の魔法や風の魔法を駆使し、次々と襲い来る触手を焼き、切り裂いていたハイユにも、流石に若干の焦りが湧いてくる。 相手がただのイソギンチャクであればいいが、ひょっとしてゼロちゃんの特性すらも無力化するなんらかの力をもっているとしたのなら――それは作戦の失敗を意味する。 ハイユにしてみても、まさかゼロとエイブラムの双方ともが、触手を堪能する気で一杯だとは想像の範囲外だった。 「さすがにこれは、きりがないじゃない?」 舌打ちしつつマジカルメイドの本領を発揮するハイユの眼前に広がるのは、ついに船の殆どを押しつつみ、甲板の殆どが触手の残骸と、まだ動く触手でうめつくされかけていた。 船は傾きを大きくし、甲板から下の船室には触手の侵入により裂けた船腹からの浸水が始まってしまっている。 不意に、背後で切り飛ばしていたはずの触手がハイユの足を捉え、引きずり倒した。 「ちょっ!?」 見てみればわずかに神経節がつながっている様が見て取れる。 その瞬間、動きをとめたハイユの身体を無数の触手が包み込んだ。 「ちょ、あ、そんなとこ入ってくるとか、こら水着ひっぱるな! でももっとぉ――じゃねぇ、らめええええ」 ぐねぐねとした塊の中、何やら本気か擬態かわからぬ悲鳴が響き渡る。 どこかで、むほほ、という、聞き覚えのある声も聞こえた気がした。 「ハイユさん!」 叫んだのは、絵奈。だがその瞬間、絵奈もまた常に身を包んでいる服に袖から侵入されていた。 「ひあ!? ………く、しょうがありませんっ!」 迷ったのは一瞬。身体を這いずりまわる感触に嫌悪感を隠そうともせず、絵奈は自ら上半身の服を破り捨てていた。 一時的に開放されたその肢体が、陽光に照らされ健康的に揺れ動く。 「きゃーっどこ触ってるの H!」 が、立て直したのも一瞬。不意に背後で響いた声に気を取られ、足元の触手に再び絡め取られてしまう。 「そんなっ!!」 悔しさに唇を噛む暇もなく、甲板へと引き倒された絵奈。 安定した足場でなければ陣も組めない。このような状況下では、魔力の球も打ち出せない。 どうにか武器になるものは――そう考えて、己の右足に備え付けていた注射器の存在を、思い出す。 『これ結構効くんだよ。相手をなんか大変なことにしちゃう薬でさ。だいじょーぶだいじょーぶ、有害物質は入ってないから全く問題ないって。大丈夫だよ☆』 インヤンガイでそんな怪しげな口調で押し売りされたその注射器を、今こそ使うときではないのだろうか。 どうにかわずかばかり自由になる手をのばして、絵奈は自らのて下半身を覆う布を引き裂いた。 残されたのは、先ほど涙目になりながら着用したマイクロビキニのみ。触手と対峙するには、甚だ心もとない布面積の衣装だった。 「え、えい! これでどうにか……!」 手探りで探し当て手にとったそれを、絵奈は手近な触手へと、突き刺す――結果は、顕著なものだった。 「え、これ、え!? きゃあああああ」 注射をされた触手は、確かに大変なことに、なっていた。 数十cmほどの太さであった触手が、一気に巨大化――さらに、太く、たくましく、硬質になっていく。 いぼのような隆起物が無数にあらわれ、黒ずんでいくそれはグロテスクさの極みへと至っていて、絵奈の思考が停止する。 「こ、こんなの聞いてません――!」 抗議する相手はそこにはおらず、涙目のまま、少女は触手に翻弄されていくのだった。 絵奈が気をひかれた声の主はといえば、やはり高々と中空へ持ち上げられている。 衣服は既に上半身が引き裂かれ、水着のトップスも殆どずり上げられてしまっていた。 抵抗性の少なさが敗因らしい。必死で手で抑えているものの、その結果微かな谷間や、スカートの中、細い触手が吸盤状のひだをひしめかせ、神経毒の注入に最適な場所を探し求めて蠢いている。 「そんなとこまだカーサーにだって許してないのに! ――ひあっ!? ふぐっ」 じたばたと足を動かし、ヘルター・スケルターを乱射するヘルウェンディ。それはいくつかの別行動中の触手を撃ち抜き沈黙させたが、本人を捉えて離さない触手には効果がなかったらしい。 逆に攻撃性を備えた餌だと認識されたらしく、身体の自由を奪いにかかってきた。 四肢を捉え、薄い布地の狭間にも侵入し、口腔までも防ごうと顔を捉える。 「あっ、や……ひゃれか、ひゃすひぇひぇ……!」 口を半ば塞がれ、声すらもまともに出せぬヘルウェンディ。 だがそれは幸いなことに、未然のまま――助けを求める彼女の声に、応える者が残っていた。 刹那の分身が、ヘルウェンディを捉え四肢を拘束し口へすらも入りかけていた触手のすべてを断ち切っていく。 「大丈夫ですか?」 周囲の触手を影縛りの術で抑え、刹那がヘルウェンディへと問いかける。 「けほっ、けほっ……う、うん、なんとか――きゃっ!?」 「ぐふっ!!」 からくも魔手を逃れたはずの二人を襲ったのは、経が数mはあるかと思われる巨大な触手。そのクラスになれば、振り回されるそれは一種の鈍器とかわらない。 弾き飛ばされ、甲板を転げ回される二人を待っていたのは無数に蠢く軟体生物の肌触り。 「ふ、ふにゃああ!?」 普段は絶対に口にしないような珍妙な悲鳴をあげる刹那は、手に持っていた刀を取り落としてしまう。身体全体に張り付かれた吸盤主体の触手によって、その肌に直接密着する刺激が与えられたせいだろう。何体か同じ状況に陥った分身が、同様の目にあわされ、それを別の分身が救ってはやはりなぎ倒される、等の状況が繰り返されていく。 「げっ、絡みつかれた!?」 同じく奮戦していたレオナもまた、数の暴力に無理やり屈せられかける。 後肢をとられ、引きずり回されかけたレオナが、その鋭い爪で触手を引き裂いた。 「ふん、見くびってもらったら――」 困る、という言葉は最後までいうことは出来なかった。 右前脚と左後脚の双方に巻きつかれ、一瞬で引き裂きにかかってくる触手達。 危険度の高い相手と認識したのか、他の女性陣に比べて一瞬で殺しにかかってくる。 「く、引っ張られる……引き裂かれてたまるものですか!」 力を振り絞り、前足を引き寄せそこに絡みつく触手に牙を向いた。 噛み切られた触手が、痛みにのたうちまわるかのように暴れまわる。それを避けて体勢を立てなおそうとした瞬間、10本を超える数が、頭上から襲いかかってきた。 「ぐぁおおぉおう!!!」 叫び声が、甲板に谺する。 「もう、やだああああああ!」 船の後方、甲板上で叫んだのは白金の髪を持つ少女。 足を捕らえられ、ハリセンや短剣を振り回し必死に抵抗していたが、ついに両の手を絡めとられてしまっていた。 予知の力を持つ少女であったが、これから自分がどうなるかなど、予知をせずともよくわかる。 否、実際そうなるかはわからないが、想像してしまった。 それがいけなかったのだろう。ぞろり、と袖からはいよるその感触に。 一瞬で全身に鳥肌が立ち、頭の中はパニックで何も考えられなくなってしまう。 まがりなりにも権力者の妻たる地位を約束されていた少女である。 箱庭の中で、大切に育まれていたその少女にとってこうした体験は根本的に初めての事で、且つ慮外のものだったのだろう。 真っ赤に染まった頬、混乱に見開かれた目。次第次第にその目に涙がたまり、あふれだす。 視界の隅では、先ほどまで共に戦っていた梓もまた絡み取られ、飲み込まれていく様が捉えられ、なおさらパニックを助長した。 「もう、放せって言ってるでしょおお!」 腕に絡む触手におもいっきり噛み付く少女。 潮の味と、なんだかよく得体の知れない味がしたが、構ってなどは、いられない。 ぶんぶんと落ちていた短剣や、どこからか転がってきた刃物を投げつけ、振り回し、その場からの脱出を試みる。 不意に、身体に絡みつくものがあった。すわまた触手かとそれに刃を向けた瞬間、それまでの触手とは異なる勢いで、高みに引き上げられていく。 「大丈夫?」 「梓……?」 袈裟や笠は脱ぎ去られ、スクール水着と錫杖のみとなった少女の操る五色の糸でできた紐。 それが、ティリクティアを捉えたものの正体で、二人が今いるのは船で一番高い船室の更に上、かなりの角度で傾きつつもまだ海面から高さを保っている、マストに設置された見張り台の中だった。 「え、あれ、さっき飲み込まれたんじゃ……」 くす、とほほ笑みを浮かべた梓が、悪戯心にあふれた笑みで、下を指し示す。 眼下では、梓らしき人影がじたばたしているのを、触手が見事なまでに蹂躙し、衣服を裂き、陵辱の限りを尽くそうとしている――ように見えた。が、衣服が引き裂かれた瞬間、そこにいたはずの人影が、消えていた。 同時に五色の糸の内の一つ、黄色の糸が、ぼんやりとした光を一度だけ、放つ。 「身代わりに服をつこてたんよ。ごめんなぁ助けるの遅れてしもて」 ふるふると首をふるティリクティア。 そんなティリクティアを見て笑みを深めた梓が、す、と海面を指さした。 そこは、先ほどまで触手達が居た辺り。海魔の本体がいるのではないかと、ハイユが睨んでいた部分。 そこの海面が、ゆっくりと盛り上がり始めていくのが、よく見えた。 ◆ ◆ ◆ 「えいやーなのですー」 胸と腰の辺りだけようやく覆われているだけの無残な有様の水着。それを纏う幼女の姿は、普段なら背徳的な何かを感じさせるやもしれない。 ……それが、普通の大きさならばの話である。 持ち上げられた海底は、ちょっと大きめの島の様相を呈し、打ち上げられた珊瑚礁以外の生命体を排除しながら、海魔を青空の下へと押し上げてみせる。 当初はスカートで持ち上げようと考えていたゼロだったが、引き裂かれてしまいなくなってしまったことから、ヴォロスで行ったことと同じことをしたらしかった。 海魔の本体が海上にうちあげられたせいだろうか、ざわざわと、伸ばされていた触手が引き戻されていく様が見て取れる。 「海魔さんはやっぱり海の中じゃないと動きがにぶそうなのですー」 のほほんと評するゼロの足元、一匹の海魔を支配したとおもったら、実は分枝でしかなかったことに気づいたエイブラムが、それを本体から切り離すべきかどうか思案している。 「エイブラムさん、ご無事なのです?」 頭上から問いかけられたゼロの声に、エイブラムは天を振り仰ぎ、問題ねーよ、とでもいうかのように親指を立てて見せていた。 「よかったのですー」 そして船へと目を転じたゼロがその高まった視力で視認したもの――それは、ハイユにおろしかけられているアコルと、仇敵を見つけたかのような形相でこちらへと向かってくる女性陣達の様子だった。 「海魔さんも、災難なのです。でも、自業自得なのです」 のほほんと呟き、ゼロは全員の到着を待つことにした。 ゼロにできるのは、ここまでである。 ◆ ◆ ◆ 「むほほほほ。いやぁええ身体じゃのお。ほれほれここが良いのかえ? 弱いのかえ? ここかえ? こんなのはどうじゃ? 当たってる? 当てておるんじゃよほっほっほ……ほ?」 触手と殆どかわらぬ太さにその身を変えたアコルが、ハイユの肢体にその長い身体を絡みつけている。 胸の谷間の間に頭部を潜らせ、ちょっと書くにははばかられる部分をわざと身体にこすりつけていた。 どうやら絡みつかれていたハイユをその触手の群れから助けだしておきながら、自ら触手に擬態し楽しんでいたらしい。 「おじいちゃん、気持ちいい? もっと寄せてあげようか?」 静かに問いかけるハイユの声が頭上からふってきて、夢中になっていたらしきアコルが我に帰った様子を見せる。 ふと周囲を見渡せば触手の影はなく、自身を胸に挟んだままのハイユが、すぐ近くに顔を寄せてきて艶めかしい表情で問いかけてきている、という状況であった。 両の胸を自分の手で抑え、官能的な水着に身を包んだ美女。 その胸の間に挟まれているというなかなかない状況にいたアコルであったが、すぐにこれはまずい、と気がついた。 「いや、すぐに皆も助ける気じゃったんじゃよ?」 「へぇ」 ヘルウェンディが、静かに座った目でアコルを眺めていた。 「遅れてくるといっていましたから、何の目的かと思えば………」 刹那が静かに針を構えている。 ぐるる、と牙を剥いて唸るレオナに、涙目で睨みつけてくる絵奈。 持って行く場所の無い怒りの一先ずの行き先になっているようだと、アコルは遅まきながらに悟ったようだった。 「で、他に言い訳は?」 ふにふにと胸で挟み込んでくるハイユから、吐息のかかるほどの距離で問いかけられ、その悟りはあっさりどこかへ吹き飛んだ。 「な、舐めてほしいのじゃ……(はあと」 「誰がやるか!」 次の瞬間、胸の谷間から引き抜き、ハイユがアコルを甲板にたたきつける。 「助けられるならさっさと助けてなさいよ!」 「そうです! ひどいです!」 女性陣にたこなぐりにされる、蛇一匹。 もしゼロがこの場にいたならば、やはりのほほんとした声で、「とっても至福そうな顔に見えるのですー」と評していたかも、しれない。 「もう、ええやろか?」 マストの上から漸く降りてきたらしい梓と、衣服をできるだけ整えたティリクティアが一同に声をかけるころにはひと通り成敗され、開きにされ、あぶりにされたアコルが復活を果たしている頃合いだった。 「声をかけてくるのが遅いのじゃよ~」 アコルの力の無い批判には、「わたくしだって死にたないし」とにべもなく切り捨てる梓。 そんな梓が、少し離れた海上――今は丁度島になったところだったが――を指さし、こちらに手を振っているゼロを指し示した。 「本体が、おまちかねのようやで?」 女性陣が、一斉に殺気立つ。 「あいつが元凶なのですよね」 刹那がそう言えば 「アコルはともかく、あれも成敗しなきゃ気がすまないわよ!」 ヘルウェンディも、そう宣言する。 「あんなのを、お姫様に体験させる前に、やっつけてしまいましょう……!」 どんな体験をしたのか、未だに涙目の絵奈が、決意を新たにし、 「そうよ、叩きのめしてやるんだから!」 ティリクティアも、それに同調する。 レオナにいたっては、最早言葉を発するのもまだるっこしいといわんばかりの様体だった。 「じゃ、準備はいい? 皆――風の魔法で、あいつの上に送るから」 盛大に、恨みを込めて叩いてやんなよ。実のところ、他の面子にくらべてそこまで怒りはしていないハイユが、冷静に指示をだす。 そんなハイユの言葉に、一同が強く、深く、頷いた。 轟、と戦場に吹く風が、女性陣の身体を、ゼロが作った島の上まで運んでいく。 「ヘルター・スケルター!」 「――影分身」 「ぐぉお、ぐおおぅ!」 「これで、最後です……!」 「あんたなんか、だいっきらいなんだからぁ!」 「あたしの胸、高くつくよ!」 氷漬けにされ、縛られ、焼かれ、切り裂かれ、噛み切られ、叩かれて。 島に降り立った六人による暴虐の嵐が吹き荒れた後――グラン=グロラス=レゲンツァーン王国が罠として設置した巨大海魔は、微塵も残らず、壊滅させられていたという。 水流を自在に操り、渦を創りだして素早く移動し、或いは獲物を捉え、その骨を砕きおる特異能力も、陸に上がってしまえば何の役にもたたないものだった。 ◆ ◆ ◆ アリエッタ姫がその島を訪れたのは、怒りの暴風が収まって少し後のことだった。 「こんな所に島があるなんて聞いてないけど……」 一直線に島へ向かえるはずの進路に立ちはだかった障害物。 ひょっとして方向を間違えたのかもしれないと、確かめるべく上陸をはかった姫が目にしたのは10人弱の不思議な格好をした集団だった。 ティリクティアは「怖かったー」と絵奈やヘルウェンディ、梓にあやされながら抱きついており、刹那はせっせと潮に濡れた武器の手入れに励んでいる。 レオナはといえば蓄積した疲労――どちらかと言えば精神的な――を癒すべく瞑目して座りこんでおり、ゼロは「イソギンチャクさんはゼロたちをぐるぐるにするのを十分堪能できたのでしょうか……? なのですー」とどこか遠くを見ながらつぶやいていた そんな彼らの横で、助けられたのに助けにこようとしなかった、現状歩く痴漢状態のエイブラムが、長く引き伸ばされたアコルの身体でがんじがらめに縛られて転がされ、その記録装置の検閲を受けている状態であったのだ。 呆気にとられた様子のアリエッタに最初に気づいたのは、ハイユだった。 「あぁ、来たねアリエッタ姫。待ってたよ」 あられもない水着姿のままのハイユが、ゆっくりとアリエッタの方へと近づきながら、気だるげに語りかけていく。 「アリエッタ姫!?」 ばっ、と身を起こしたティリクティアは、きょとん、とした表情のアリエッタの方まではしりよると、「よかった、ちゃんと無事だったのね!」と嬉しそうに声をかけた。 「こんにちはなのです。ゼロはゼロなのですー。無事でよかったです、このあたりはさっきまで海魔がいて危なかったのです」 ゼロもまた、近寄って行き、話しかけていた。 「貴方達、どうして私を知っているの?」 それは、予言を知らぬものにしてみれば非常に当然の疑問だった。 そんな彼女に対し、ティリクティアがかねて用意していた状況説明を披露する。 いわく、自分たちはパルラベル姫を助けた人達の仲間であること。 彼らから緊急の応援をもらって駆けつけたこと、そんななかで、パルラベル姫の姉であるアリエッタがこちらへ向かっているという情報を掴んだこと。 「でも、ここに海魔がしかけられてるから、待ってるわけにもいかなくて……それで、一足先にこの海域に潜んでた海魔を襲撃したの」 そう結んだティリクティアを、なおも胡散臭げに見やるアリエッタ。 それもそうだろう。 どこからその情報を手に入れたのか、どうして海魔がいることをしっていたのか、考えれば、疑問は色々と尽きないのだから。 何より、パルラベルは当初は檻に入れられてずっと拘束されていたと、伝え聞いているはずだ。 自分達がそういった人間でないと、どうしたら証明できるのか――ふむ、困ったねと考えこむハイユの横で、ヘルウェンディが臆せず語りかけている。 「初対面の人間が信用できないのはわかるけど独りで意地張ってたってしょうがないでしょ、アリエッタ。私は妹を思って急行しているっていうあんたに会いたくてここに来たの。私も、あんたも、妹を思う気持ちは一緒でしょ? 同じお姉ちゃんだものね」 それはアリエッタの疑問を完全に解決するものではなかっただろうが、疑いの気持ちに固まった心を解きほぐす一定の効果はあったらしい。 それを見て取って、ハイユはアリエッタに語りかける。 「あんたの伝言が何かは無理に聞こうとはしないけどさ、あたし達は、海魔と敵対してるの。海魔を使役してあんた達と敵対しているっていうなんとかかんとか王国だっけ? そこの連中とも、多分そうなる。その点で、利害は一致するんじゃない?」 「海魔と……そういえば聞いたことがあるわ。最近この辺りで、使役された海魔を排除しているらしい集団がいるって」 すとん、と言うことが腑に落ちたとばかりに頷くアリエッタに「それがあたし達さ」と言うハイユ。 「そういうことなら――妹のところまで、一緒にいってくれるかしら?」 「もちろんよ!」 元気に応じたのは、ティリクティア。 嬉しそうに手を差し出してくる少女の様子に妹のことを思い出したのだろう。 ふ、とアリエッタが穏やかな笑みを、浮かべてみせた。 「私は、妹に伝えないといけないの。相手の軍の中に、かなり突出した、奇妙な能力を使う奴がいる――多分、それもかなり上の方の奴……悔しいけど、やっぱり私達だけではどうしようもないから、強力な同盟相手が絶対に、必要。其のためには、彼女が築いた交流相手との関係が重要だと、私達は考えているわ――貴方達がもしそうだというのならば」 妹と同様、力を貸して欲しい――。 そう語りかけてくるアリエッタ姫の切迫した表情に、一同は緊張の色を強くして、深く頷いた。 ◆ ◆ ◆ 「なぁなぁ、報酬に『一晩一緒に過ごすこと』って言ったら駄目だと思う?」 自分を縛る紐代わりにされているアコルに、エイブラムが問いかけた。 「多分、焼かれると思うぞえ~」 放置された二人の周囲にだけ、のほほんとした空気が、ふわふわと漂い続けていた。 fin
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