今年も「0世界大祭」が行われることになった。 かつて世界図書館と戦争状態にあった世界樹旅団は、その拠点『彷徨える森と庭園の都市ナラゴニア』ごと0世界に侵攻。これに対して世界図書館は全ロストレイルを投入した迎撃戦「マキシマム・トレインウォー」を発令した。0世界を舞台に事実上の決戦が行われ、その結果、チャイ=ブレと世界樹はともに沈黙。0世界の大地は広大な樹海と化し、ナラゴニアもその一部となってしまった。 0世界大祭とは、図書館と旅団の休戦を記念し、両者の融和を進めるために行われる祝祭である。 ターミナルとナラゴニア双方でさまざまな催しが行われるため、住民たちは相互に行き来して楽しむ。 晴れやかな青空の下、館長アリッサと、ナラゴニア政府の代表である人狼公リオードルとが共同で開会を宣言した。「このお祭りはまだ二度目を数えたにすぎません。でも」 アリッサは言う。「たとえ小さなものでも、一歩は一歩。そしてどんな旅も、一歩の積み重ねで進んでいくものです。この一歩が、私たちのよき未来につながっていることを信じて、進んでいきましょう」 * * * 熱い歓声が無限のコロッセオを震わせている。 壱番世界、古代ローマのコロッセオさながらに、闘技場では戦士たちの戦いが繰り広げられていた。 昨年は、コロッセオでの戦いに熱狂して飛び入りまで果たしてしまったリオードルだが、今年は正式に、闘技大会を主催し、主催者席から闘技場を見下ろしていた。すなわち御前試合である。「俺は殴りあいが観たい」 御前試合を行うにあたって、ルールなどを決めているとき、リオードルはそう言ったという。 そこで、今回の戦いは「素手による格闘」で戦う「トーナメント方式」の大会、と定まった。「武器やトラベルギアは使用しないとして……もともと備わった特殊能力の使用はどう判定する?」 審判として携わることになるリュカオスが訊ねると、リオードルはふむ、と顎をなでて、言った。「それは各自にゆだねる。おのれの誇りにかけて『素手』で戦え」 そうして、まずは予選が行われ、8人の選手が選び出された。 いよいよトーナメント方式による本戦の始まりだ――。<お願い>このシナリオへのエントリー・参加は、プレイヤー様おひとりにつき1PCでお願いします。
■ 1回戦<第1試合> ■ ~ ニコル・メイブ VS 碧 ~ 8人の本戦出場者が、コロッセオに姿をあらわす。 対戦カードはすでに決まった。 最初の本戦に挑む2人の女性が、進み出た。 「アオとやれるだけでも来た甲斐あるわ」 ニコル・メイブのつぶやきに、碧は一瞥をくれる。 「カンダータで」 小さく、応えた。 マキーナの巨大要塞と戦ったときの一幕を、碧は回想する。 背を駆け上がってきたニコルを憶えている。 ……これは楽しめそうだ。そう思った碧と、ニコルも同じ感覚の様子だ。 ニコルは控えのほかの選手たちに目を遣った――ゼロに、阮 緋、そして……律。 「両者、位置へ」 リュカオスに促され、ニコルは目の前の相手に向き直る。 (集中、集中、っと――) 「おし、やろっか!」 構えをとった。 試合がはじまる。 どちらも女性。肢体はスマートだ。このふたりが「素手の格闘」でどのような戦いを見せるのか、観客は注目する。 ニコルの構えは拳法の――それも壱番世界で言う中国武術のそれのようである。 「十二形拳か……」 ぽつり、と、つぶやいたのは、冷泉 律だ。 「知ってるのかい?」 彼と対戦予定のホタル・カムイが訊ねる。 「形意拳という流派のひとつ。おおざっぱに言いと、動物の動きを模した象形拳だけど、彼女のは……」 試合前に少しだけ会話をした。彼女が言っていたのはもしかして……。律が急に言葉を切ったのでカムイは怪訝に眉を上げたが、お喋りはそこまでだ。フロアで動きがあった。 動いたのはニコル。 踏み込んだ。 碧は一見、無防備にそこに立つまま。その腰からひろがる、薄く透けた翅が――かすかに震える。 碧も動いた。 せつなの電撃のように素早い。そのとき、ニコルは踏みとどまっていた。停まったのは、碧が動く半呼吸前。あえて間合いの外で相手の動きを誘った。 「! はやい!」 碧が詰めた距離から、蹴りを繰り出してくるのを予測して、ニコルは避ける。 もとより初手は譲るつもりだった。……が。 蹴り突けた脚を半ばで引き戻し、地面を突き刺すように踏み落とす。瞬時に軸足を変えて体重移動。全身の重みを乗せた身体のバネが魚雷のようにニコルに迫る。無駄のない動きが力をひとつも殺さない。その身体が弩なら、放たれる矢は肘だった。 「っ!」 したたかに、肘鉄を食らわされて、ニコルは身を折った。 譲るなどとは傲慢だった。 せめて後方へ跳び、衝撃を逃がすしかない。 だがそれで安心してはならない、とニコルは思った。時間を与えてはいけないタイプの敵だ。圧してゆくしかない。 かかとが地を衝く。 弾かれるように、再び間合いを詰めた。 鋭い突きを碧がかわす。ふたりは互いの瞳の中に、そらされることのない戦意を宿した光を見た。 (わかってる) 間髪入れずに第二撃。 (その翅で動きが読まれてるってこと。私もあなたの呼吸と動きを見切ろうとしている。戦い方が同じなのよ、私たちは) 初戦からそのような組み合わせになってしまったのは、運命の悪戯というよりない。 碧が読む。ニコルが見切る。 チェスや将棋の対戦では、無数に分岐してゆく棋譜をどこまで読めるかが勝敗を分けるというが―― 碧の膝蹴りがきた。いや、軽いフェイントだ。 (遊んでる? 見くびらないで!) ニコルの拳底があざやかに決まった。 しびれるような衝撃。碧は、ニコルの素手が凶器だと知る。数を喰らってはまずい。しかし…… 「あの娘、できるねぇ」 カムイが言った。 「ツァイレンの、弟子だからね」 律が漏らした。 知らなかったが、動きを見ればあきらかだから、気づくのに時間はかからなかった。そうだ。そっくりじゃないか。 数を喰らってはまずい。しかし、それを恐れていては勝てる相手ではない。 だからこそ……この戦いは勝てる。碧は思った。 なぜなら。 「行くぞ」 跳躍。 「跳んだ!? どういうつもり!」 ニコルが迎え撃つ。 飛行ではなく跳躍だ。で、あれば、一度地面を離れてしまえば、あとは物理法則に従うしかない。無防備だ。見切りも何もないのだ。 落ちて来る餌を、待ちきれなくて喰らいつく猛獣のように、ニコルが飛び出す。 その一撃を、碧は膝で受けた。硬化した鱗の硬さが、ニコルの手に響く。 (そうか) ニコルは理解する。そのときすでに、碧とともに落下していた。 全身を打つ。 蹴り上げたが、すでに碧は離れている。 (読まれても構わないのね) 飛び起きて、追う。 碧は逃げない。 紙一重でかわす突き。頬にできた切り傷が、すうっ、と治癒してゆくのをニコルは見た。 (傷も痛みも……気にしない。おのれを顧みないんだ、この女(ひと)は) ニコルの拳がレバーに埋まった。 効いていないはずはない。ことによると肋骨はもらったはずだ。 だが碧がそれを避けもしないのであれば、次の反撃をニコルが防げる余地は残されていなかった。 下からの、強烈な蹴りだ。 「楽しませて貰った」 倒れてゆくニコルへ、碧ははじめて笑みを見せる。 第1試合勝者――碧。 ■ 1回戦<第2試合> ■ ~ ファルファレロ・ロッソ VS シーアールシー ゼロ ~ 第2試合の選手が登場する。 異色だ。 異色のカードである。 カードが、というか、異色なのは言うまでもなくゼロだ。真っ白いのに異色とはこれ如何に。 「同情するぜ」 レーシュ・H・イェソドが思わず、そんな呟きを漏らした。 「正直、この中であの嬢ちゃんがいちばん相手しづらい。いろいろな意味で」 誰にともなく言ったのは本音だろう。 レーシュはゼロのほか、まさに最初の対戦相手である阮 緋と、あのファルファレロとを、「厄介な相手」と認識し、マークしていた。阮 緋に勝つことができれば、その次の試合では、ファルファレロかゼロかとあたることになる。どちらも厄介だが……さて。 レーシュは腕を組む。 「言っておくが」 ファルファレロの眼光は鋭い。 ターミナル一の癒し系という呼び声も高い(?)ゼロに対してさえ、その凄みが減じることはないのだ。 「俺は女こどもでも容赦はしないぜ」 「試合なので当然なのです」 ゼロは突き刺さるような眼光にも動じることはなかった。 「……。ホントにわかってんのかァ?」 袖口のボタンを外しながら。 皆が思った。 ゼロはなぜ、こんな格闘試合に出たのだろう。 安寧と平穏を誰よりも愛する少女、まどろみの化身たるゼロが、なにをもとめて闘技場に身を投じたのだろうか。……まさか文字通り「ねぼけた」わけでもあるまい。その微笑のなかに、時としてはっとするほど深遠な考えを秘めた彼女である。なにか、意図があるはずなのだ。 「はじめ!」 観客の疑問に答えは与えられないまま、試合が始まった。 ファルファレロが突進する。 ゼロは大きく手を広げた。銀色のオーラのようなものが彼女を包む。ファルファレロは怯むことなく殴りかかった。 女こども容赦はしない、と言った彼の言葉に嘘はなかった。 鉄拳はしたたかにゼロを殴り飛ばしたのだ。嵐にさらされた藁の案山子のように、ゼロの身体がくるくると回った。 「へっ」 得体の知れない術かなにかを使ってくるかと思ったが、ゼロは見た目どおりの少女のようだ。ファルファレロの笑みが残忍さを増す。 そうとわかれば話は早い。 ファルファレロは動いた。ボクサーに似た動きだが、ずっと荒々しい。我流であろう。要は喧嘩スタイルだ。 再び、拳がゼロをとらえる。そして、さらに。 人体の急所は知り尽くしているファルファレロだ。 そして女を殴ることにも躊躇いはない。 傍目には、いたいけな少女へ大人の男が暴力を浴びせているように見える。いくら試合とはいえ、あまりと言えばあまりな光景に、客席からは悲鳴やブーイングがおこった。 「うるせぇよ、ガタガタ抜かすな!」 がっし、とファルファレロの手がゼロの髪を掴んだ。そのまま、ゴミでも出すように投げ放り投げる! 「俺はな、相手が誰であろうと手加減なんかしねぇ!」 コロッセオの中央で、観衆の視線を一身に集めながら、彼は叫んだ。 「俺は誰にも負けるつもりがないからだ。俺はな……二度と負けたくねぇ。殴られっぱなしもやられっぱなしもうんざりなんだ!」 「……ほう」 人狼公リオードルは、貴賓席からその様子を見下ろしている。 「見ろ、ロック」 傍らの、黒衣の騎士へ言った。 「ターミナルにもあのような目をした男がいたとは」 リオードルは面白そうに言った。 「……誰彼構わず噛み付く狂犬ではないのですか」 とロック。 「俺はそうは思わん。狂ってなどいない。餓えているのだ。餓えればどんな犬でも牙を剥くものだ」 ゆらり、とゼロが起き上がる。 銀色のオーラは健在だ。しかし、ゼロの目が泳いでいるようだ。足もふらついているのではないか。……あれだけの攻撃を受けたのだからそれも当然――、と人々は思った。それがとんでもない勘違いだったことは後に判明する。 ととと、と、おぼつかない足取りでゼロが向かってくる。 それは“戦意”を失っていないことを意味しているのだろう。 ファルファレロはファイティングポーズを崩さない。油断は禁物だ。相手はロストナンバーなのだから。 ……ゼロを知る多くのものが、ふと、疑問を抱いた。そもそも、である。ゼロはさまざまな規格外の能力を持つが、その代償のごとく、「何者をも傷つけることができない」という特性を持つのではなかったか。それでは、彼女はどうやってこの「格闘トーナメント」に勝つつもりなのか。 空を斬るファルファレロの拳。 わざとか偶然か……ゼロはよろけた。よろけたせいで拳はかわした。 ぽふっ、と、ゼロがファルファレロを叩いた。 ぜいぜい子猫が肉球をおしつけた程度のパンチだ。 ファルファレロの回し蹴り。 わざとか偶然か……ゼロはしりもちをついた。しりもちをついたせいで蹴りはかわした。 すとん、と、ゼロのつま先がファルファレロをつついた。 ぜいぜい子鳥がついばんだ程度のキックだ。 どすん、とファルファレロは倒れたゼロに馬乗りになる。 きょとん、と無垢な瞳が彼を見上げる。なんら頓着することなく――彼はゼロを殴った。 殴った。殴った。殴った。 実のところ……無抵抗な少女を殴ることに、痛痒がないわけでは、ない。といっても、荒くれ男のこわもての顔面を殴って血みどろにするのに比べると、わずかに気持ちよく殴れない、その程度の差ではある。 だから殴るのをやめることはない。 勝手に身体が動くのだ。そして動き始めたら、どこをどう殴ってやれば相手が痛がり、苦しむのか、呼吸するようにファルファレロにはわかる。それはずっとそうして生きてきたからだ。そうやって殴らなければ、自分が殴られる、そんな世界にいたからなのだ。 (俺は最初から強かった訳じゃねえ) (死ぬほど殴られて血反吐吐いてどん底から這い上がったんだよ) (だから金輪際くだらねえ我慢はしねえ) (弱いとか強いとか関係なく損得抜きで殴りたいから殴る) 拳に伝わる鈍い衝撃。 飛び散る血。 悲鳴。自身の骨が軋む音。 (それが俺、ファルファレロ・ロッソだ) 「……」 「……おい。だいじょうぶか、おい」 「そっとしておいてあげて欲しいのです」 「しかし……」 「眠っているだけなのです。安らかなのです。穏やかなのです」 そう。 コロッセオの床に、ファルファレロは大の字になっている。そして、寝息を立てているのだ。 「ゆっくりと、お休みください、なのです」 ぺこり、とおじぎをすると、ゼロは闘技場を降りる。 「おい、おまえも平気か。ふらふらしてるぞ」 リュカオスの声に、ゼロは平気なのです、と返した。 「ファルファレロさんの攻撃を受けてしまったので、まどろみが逆流しただけなのです。でもそのあとゼロの攻撃があたったので、ファルファレロさんのほうが先に熟睡しただけなのです」 眠るか、眠らせるか。 それがシーアールシー ゼロの勝負であった。 第2試合勝者――シーアールシー ゼロ。 ■ 1回戦<第3試合> ■ ~ 冷泉 律 VS ホタル・カムイ ~ 「恰好悪いところは見せられないな」 律は思ったままを口にした。 単なる負けん気だけではない。先ほどの、ニコルの試合を思い出す。 律はニコルの動きを見て、同じ師についていたと悟った。ならば彼女は姉妹弟子ということになる。そのニコルが負けたのなら、自分は勝たなければならない。少なくとも、無様な負け方はしてはいけない。律の中に、自然とそんな気持ちが沸き起こった。 もしも優勝できたら。 ニコルとともに彼を訪ねよう。今は、ひっそりと謹慎の身の上にあるという師に、師から習った技で勝ったと報告してやりたい。そんなふうに思った。 一方、対するホタルは。 「お手柔らかに頼むよ」 などと言いながら、身体をほぐしている様には闘志がみなぎっている。 しなやかな肢体を、炎をかたどる文様が覆う。細身だが無駄なく引き締まった身体だ。 「棒術を?」 試合前、トラベルギアをしまうのを見たことを思い出し、律は訊いた。 「得物はそうだね。けど、私は素手の殴り合いも得意中の得意なのさ。きょうだいの特攻隊長だったんだからね。殴り合いの大会と聞いちゃ、出ないわけにはいかなかった。久しぶりに血が騒いだってやつだね」 「なるほど。……お互い、ベストを尽くしましょう。よろしくお願いします」 「ああ、思いっきりいこうぜ!」 ふたりの試合が始まった。 構えは、律のほうが様にはなっている。だがなんらかの武術を身につけているから勝てるものではないことはニコルと碧の試合からあきらかだ。 体格にはあまり差がない。律も細身なほうで、もともと筋肉に頼るタイプではない。逆にホタルはいつもは棍を振るっているとあって腕力もそれなりだろう。つまり力も互角か。 律から仕掛けた。 パシィ……ン!と小気味良い音が響いた。 律の手刀を、ホタルが受け止めたのだ。 「いいねえ!」 ホタルは笑った。 「よかったよ今のは!」 受け止めた腕を弾く。ふたりの間に空隙が生まれる。滑り込んだのは、律のほう。しかしホタルはなめらかに半身をずらしていた。流れた赤毛が、炎の残像のような朱を散らす。 「っ!」 右ストレート。 避け切れない。顎に喰らった。 そのまま身体をそらし、足で地を蹴る。ホタルはバックステップで退く。 律は側転の要領で身体を回転させ、互いに離れる。 赤い風が吹き付けてきた。 体勢を立て直すか直さないかのところで、ホタルが突っ込んできたのだ。気迫がすべてを焼き尽くすようだ。それは太陽が照りつける、荒野を渡る風のごとし。荒々しい熱風の化身だった。 「おっと!」 再びの右ストレートを拳底で受ける。 左フックを腕で受ける。 「おっらあああぁぁぁぁぁ!」 打つ、というより穿つようなラッシュ! 嵐のような連打だ。しかし、律はそれをすべて受け止める。ビデオの早送りでも見ているような攻防だ。 「オラオラオラオラ!」 「なるほど、たしかに特攻隊長だ」 律は防戦一方に見える。 だが律の目は油断なく、隙を探している。堤防を崩すのは小さなアリの開ける穴でいい。 打撃の雨をしのぎながら、忍耐強くその時を待つ。 そして。 「そこ!」 貫手が鋭く跳んだ。 ほんのわずかな、ラッシュのタイミングのずれを縫って、律の指はホタルのみぞおちを突く。 「か――は……ッ!?」 二本貫手だ。 指だけを強く相手を突く。並みの人間がこれをやるとおのれの指を痛めるだけ。だが然るべき鍛錬が積まれていれば、二本の指が凶器になる。奇しくもホタルが得意とする棍の突きと同じだ。拳や掌で叩くよりも、ふれる面積が小さいぶん、すべての力がそこに集中する。 急所を貫く突きに、呼気を乱された。この間合いでそれは致命的な隙だ。 この一撃はその隙をつくるためのもの。堤防を崩すアリの穴だ。ここから、奔流が押し寄せてくる。それは律の蹴りである。真の武器は拳や腕ではない。腕による攻撃は筋肉によって威力を持つ。それよりも、身体のバネに強みを持つ律は、蹴りのほうがより重い。 みぞおちを突かれて身を折ったホタルへ、下方からの渾身の蹴り。 きれいに決まった。 「……! やるじゃ、ないか……っ!」 「まだまだ!」 攻勢に転じた。 回し蹴り。これはかわされるのも予想の内。 身体を回転させ、蹴った脚が地に着くや、すばやい体重移動で軸足を後退、逆脚を繰り出す。 この蹴りを。ホタルは腕で受けた。 蹴りを止められると多くは体勢を崩す。だが律は蹴った脚をすばやく引き、すかさず逆脚を出す。ホタルの両腕が自身の前でクロスして、正面からの蹴りを止めた。守りが堅い。 崩したと思った堤防が、またも盛られてしまったのだ。 同じ手は通じるまい。今度は堤防が長城になったも同じだ。 (必ず手はある) 律は身体を引き、下がった。 ホタルが攻め込んでくる。 ――剣や槍の届く間合いに入った時からの技が、君には役立つはずだ。 (師匠) 律は、打ち出すように、蹴りを放った。 高い蹴りではない。ずっと低い位置――ホタルの膝を狙った。 「あぐっ!?」 しびれるような衝撃。 勢い余って、体勢が崩れる。その足が地を離れた。 相手の移動を止め、間合いに飛び込む隙をつくる。これぞ、翠踏脚――。 するり、とホタルの下にもぐりこむように、律はその身を滑らせる。腕をとらえた。 「しまっ――」 「哈ァッ!」 裂帛! 落雷が闘技場を真っ白く照らしたような錯覚があった。 ホタルの呻き。 関節を律が完全にホールドしている。見るものが見ればあきらかだが、関節をやられてはもうダメだ。 ホタルが膝をついた。 わっ――、と歓声がコロッセオを包む。 「畜生。抜かった」 激痛に顔をゆがめながらも、やりきったもののすがすがしさを、彼女は漂わせていた。 「医務室ではめてもらってください。外しただけで折れてはいませんから」 「そうするよ。……若いのにやるねえ。この先も、期待してるよ」 「……はい」 係員に付き添われて医務室へ向かうホタルの背を見送り。 律は大きく息を吐いた。 第3試合勝者――冷泉 律。 ■ 1回戦<第4試合> ■ ~ レーシュ・H・イェソド VS 阮 緋 ~ リィ……ン、と鈴の音が鳴った。 それは阮 緋のトラベルギアだ。この試合はギアの使用は禁止だが、「使用せずに身に着けるだけなら」という条件で許しを得た。この音がないと落ち着かぬのでな――、と微笑う。 対戦相手はレーシュ。 「よろしく頼む」 「ああ。こちらこそ」 短く、言い交した。 ともに長身の闘士型――だが身体の厚みはレーシュが勝る。聞くところでは気を操って戦うのだという。他方、阮 緋は熟練の武将。1回戦の最後の試合……このカードを楽しみにしているものも多かった。 「はじめ!」 リュカオスの声が、戦いの開始を告げる。 しん……と、沈黙――。 両者とも、すぐには動かなかった。 互いに相手の出方をうかがったか。じりじりと、摺り足で間合いをはかり、睨み合う。 こうなると厄介だ。気を抜けばたちまちやられる。見合っていても埒があかぬ。かといって不用意にも動けない。緊張を強いられたまま、汗ばむ時間が過ぎてゆく。 (来いよ) レーシュは眼に力を込める。 時はレーシュに味方をする。呼吸をしているだけで彼の肉体の中では気が練られているのだ。 「珂沙の白虎・阮亮道――」 阮 緋から、 「推して参る!」 仕掛けた! 極限まで張りつめていたのは観衆も同じ。わああっと歓声がコロッセオを震わすなか、阮 緋が攻めた。 リィイン! 鈴が鳴る。その動きは舞踏のようだ。 宙を舞う、回転の遠心力を加えられた蹴り。レーシュの腕がそれを受けた。 (硬い) 尋常なら受けた相手の骨が砕かれていた。 だが反対に、阮 緋のほうが足に痛みを感じるほどだ。レーシュが練った気を即座に収斂させ、腕を硬化させたのである。 阮 緋は反撃に備えた。が、それはこなかった。ならば、と再び踏み込む。 「どうした、何を手をこまねいている! 俺はそなたと戦いたいのだ!」 阮 緋の速度に着いて来れない、などということはあるまい。まだ機をうかがっているのだ。この男、存外に慎重と見える――やりあいながら、阮 緋は思った。 「腹の探り合いは好かぬ」 「そうかい。なら……そろそろいかせてもらおうじゃねーか!」 殴りかかる。 重そうな拳だが、遅い――と、阮 緋が思ったその時! 「何!」 レーシュの腕が膨れ上がった。 気迫のこもった肉体は時に実際以上に大きく見えることがあるが、そういったものではない。レーシュの片腕だけが巨人のそれのように大きく変じたのだ。それも一瞬――、肥大した拳が阮 緋を吹き飛ばした。 決して軽くはない阮 緋の身体が木の葉のように舞った。 ジャイアント・アーム――レーシュの使う練術(エンハンス)のひとつだ。気によって筋肉を瞬時に増大化する。圧倒的な膂力を得た拳が、鉄より思い一撃を放つ。 「……っ! そう、こなくては……な!」 立ち上がる。そして再び向かってゆく。 レーシュはまたも防戦に徹する。 (隙を待って仕留める腹か) ガードの奥のレーシュの眼光の鋭さを見遣った。 レーシュは的確に阮 緋の攻撃を受けている。呼吸を整え、気を練っているのだろう。ただでさえ頑健なレーシュの肉体のどこもが凶器だ。流れる気によって岩よりも硬く、刃よりも鋭くなる。阮 緋が隙を見せるのを虎視眈々と待っているのだ。 「あいにくだが」 阮 緋が跳んだ。 リィン……!と鈴の音が尾を引く。空中からの攻撃も、レーシュは受ける。 「この阮亮道、虎穴にはあえて踏み込むのが性分よ」 蹴りを受けたレーシュの腕を蹴って、再び跳ぶ。なんという身の軽さか。猛禽のように、落雷のように、急所めがけて襲い掛かる。 「後悔するぜ。これが『イーストブルー流格闘術』だ!」 それは竜人の格闘術。ヒトとは違う。ヒトにはない部位も武器にすることができる! 「!」 レーシュは迎え撃つように地を蹴った。 竜巻のように、その身が捩れる。 赤い暴風が阮 緋へ向かう。そう、それは……レーシュの尾だ! ウルフラム・テイル。練術により超硬質化した尻尾による打撃。あたまの敵を屠り、沈めてきたその一撃が、降下中の無防備な阮 緋に炸裂した。 だん、と地面に叩きつけられる阮 緋。 「もらった!」 再びジャイアントアーム。巨大な拳が、振り下ろされる。 リィン! 鈴の音。レーシュの拳は、地を穿った。そこにはもう阮 緋の姿はなく。 「何!?」 胴体の中心を、貫く衝撃が、下からきた。 地面を転がるようにジャイアントアームをかわした阮 緋の、渾身のボディブローだった。 「バカ……な……!」 呼吸ができない。びりびりと、痛みと衝撃が全身を伝わってゆく。 そうか。 最初に「厄介な相手」と感じたのは間違っていなかった。 ゼロの突拍子もなさに気をとられていたが、やはりもっとも注意すべきはこの男だったのだ。 あらゆる「流れ」と「循環」を視る阮 緋の目が、レーシュの気の流れを読めぬはずはない。尻尾の打撃も、打ち据えたはいいが、その衝撃を巧みに逃がされていたのだろう。そのためダメージが半減してしまったのだ。 だから次の攻撃をかわす余裕が阮 緋にはあり、それで仕留められると思ったレーシュには油断があった。 「くそっ」 次に気を練る時間が与えられるはずもなく、至近距離から打ち込まれる打撃の果てに、レーシュの大きな身体が崩れる。 「参った……な。まだ全部の技を……見せてねえ、のに……」 第4試合勝者――阮 緋 ■ 2回戦 ■ ~ 碧 VS シーアールシー ゼロ ~ 碧とゼロの戦いが始まった。 ゼロはこう見えて彼女なりに考えて挑んでいる。碧の強みは空気から敵の動きを読めることだ。それは神経が筋肉に伝えた動きを読むことでなる。だから、突如としてゼロが巨大化を始めたのを、碧は読み切ることはできなかった。なんの兆しもなく行われるからだ。 「くっ」 大きくなったゼロの腕がふるわれる。 ぼふん、とやわらかな擬音でヒットする。ゼロがなにかを傷つけることは決してない。だから碧は痛みも衝撃も感じない。ただ……今このときにとてつもなく不釣り合いな眠気を感じただけだ。 ゼロを覆う銀色のオーラ。彼女の「まどろみ」そのものを巨大にしたものが、ゼロの周囲にあふれ、はみでてきている。この試合では、あの致命的な毒を流し込まれたほうが負けだ。 碧は床を鋭く蹴り、跳躍を繰り返す。 ゼロは自身の動きが鍛えられた戦士のそれではないことを知っているから、身体のサイズそのものを調節することでついてゆく。 反則、と謗るなかれ、大きくなることは的として大きくなることでもある。 「もらった」 碧の一撃が叩き込まれた。 衝撃はゼロの表面を覆うまどろみを彼女の中に逆流させる。 続けて碧が蹴りを入れる。 ゼロは急速に小さくなることでそれをかわした。 碧の攻撃に、ゼロはよく着いて行っていると思われた。 対する碧は……表情は変わらねど、苦心しているようだった。海の中には、得体の知れない生き物も多い。未知の生物を相手にしている気分だ。 それでも相手が「敵」として襲いかかってくるなら、いくらでも対処はできた。 しかしゼロは……まるで鬼ごっこをする子どものようだ。その手にふれられたら、そこからはゆるく、やわらかな感覚ばかりが流れ込んでくる。それは安寧であり、平穏であった。ゼロの世界におけるアルファとオメガは、碧には、そしてすべての戦うものには不必要なものだった。 「……こ、こんな……」 よろり、と碧の足がよろけた。 蓄積する眠気は凄まじい。夜警が続いても、こんな眠気を感じたことはなかった。まして戦いの最中で眠るなど。戦士としてあるまじきことだが、抗い切ることはできなかった。 「おやすみなさいなのですー」 ゼロが言った。 薄れてゆく意識の中で、碧はおのれの敗北を知る。 第5試合勝者――シーアールシー ゼロ ~ 冷泉 律 VS 阮 緋 ~ 律と阮 緋の戦いは、壱番世界のカンフー映画そのものだった。 阮 緋が動くたびに鈴がなるせいもあって、それは戦いというよりは演舞のようであり、ふたりが互いの攻撃をかわし、あるいは受け流す動作があまりに自然であるので、まるであらかじめ打ち合わせがあったうえでの、息の合った殺陣のようにも見えるのだった。 だがむろん、実際はそうではない。 息詰まる真剣勝負なのだ。 かたや勇名馳せる砂漠の猛将。かたや一介の大学生――だが青年拳士。生まれた世界も歳も違うが……コロッセオでは平等だ。 武器も持たず、おのれの肉体と技だけの戦い。 これこそ、人狼公リオードルが、大会を催すにあたって所望したものだろうと見えた。 事実、貴賓席の公は面白そうに瞳を輝かせ、ふたりの戦いを食い入るように見つめていた。 「よく動く」 リオードルは言った。 「ふたりともだ。……小僧のほうが型はできている。勉強熱心だな。だが――若いな」 律は、そんなふうに自分が評されているとも知らず、阮 緋という得物を追っていた。 いつしかコロッセオは無限の天地となり、律は草原を走る野兎を追う狩人だった。 阮 緋は強い。だが、その開きは、天地ほどはないように思えた。師から教わった技なら、たゆみなく鍛えたこの拳でなら、勝てるはずだと律は信じる。 阮 緋は走っていた。 騎乗はしていないが、馬を駆っているような気分だった。走りながら、頬に風を受けるような心地よさがある。鈴の音が気持ちを鼓舞してくれる。少しでも気を抜けば、この青年にやられる。その緊張感がむしろ心地良いのだ。 良い目をした青年だと、阮 緋は思った。 ひたむきだ。腕も確かである。 だが。 ひとしきり、組み手を演じて、阮 緋は思った。 (だが、若い) 「!?」 翠踏脚を、律は仕掛けた。 だが、鋭く繰り出された蹴りは、阮 緋の蹴りに弾かれたのだ。なんという反応速度だ。そう思ったときには、バランスを崩されたのは自分のほうだということに気づかされていた。前へ蹴り出した脚を横合いへ弾かれたのだから、身体は自然と斜めに傾ぐ。 リン……! 鈴の音が転がる。阮 緋は蹴った脚の勢いに身をゆだねて身体を反転。律に背を向ける恰好になる。そのまま蹴った脚で地を踏み、軸足とすると、もう一方の脚を思い切り後方へ突き出す。体勢を崩した律の胴を、この脚が突くことになる。 律の身体が蹴り飛ばされるのを気配だけで確かめ、阮 緋はバック転の要領で身を躍らせる。勢いをつけた爪先が、美しい円弧の軌道をたどり、凄まじい加速で、倒れた律の腹を貫いた! 「……っ!」 そのまま、阮 緋の脚は、蝶の標本を止めるピンのように、律の身体を闘技場の床に縫いとめたまま、阮 緋自身をその上に立たせる。片足を上げ、猛禽の両翼のように手を広げたその姿は美しく、勝者の栄光と誇りに満ちていた。 リィイイ……ン、と鳴った鈴が、どこか自分を慰めてくれているように、律は感じた。 「……参り、ました……」 素直に、そんな言葉を告げていた。 阮 緋は、とん、と床に下りると、律に向かって言う。 「気負ったな、青年。若いうちは何も背負わなくともよい。まずは自分の足で立つことを覚えよ」 「……」 律は息を吐く。 師父、對唔住。 第6試合勝者――阮 緋 ■ 決勝戦 ■ ~ シーアールシー ゼロ VS 阮 緋 ~ そして、決勝の時がきた。 このような対決になろうと誰が予測しただろう。 リオードルが座す貴賓席には、本戦出場者も座ることを許された。 ゼロのまどろみにとらわれ、あえなく敗退となったファルファレロと碧はつい先ほど目を覚ましたばかりだ。ファルファレロは苦虫を噛み潰した顔で闘技場を見下ろし、碧は怜悧な表情を崩さない。 ファルファレロは負けたこと(それも信じられないほど理不尽に!)については不機嫌だが、寝覚めは最高で、疲れはすっきりととれ、肌はつやつやになっていた。それがまた無駄に腹立たしい。 レーシュは、傍らの律に話しかけた。 「どう見る?」 「……普通に考えれば阮 緋さんですが」 と、律。 「なんだ、賭けでもするか?」 ファルファレロが少しだけ楽しそうな声を出した。 「ゼロの嬢ちゃんは台風の目だよ」 ホタルが言った。 ホタルとニコルは、リオードルをはさむように隣の席を与えられていた。酌でもさせようと思ったのかもしれないが、ふたりともそのような気は微塵も使おうとはしていなかったので、リオードルが掲げる杯に酒を注ぐのは後方に控えたロックの役割であった。 そして闘技場では、最後の戦いが始まっていた。 「手は抜きはせぬぞ」 「構わないのです」 流れるような、阮 緋の動き。 対してゼロは、今回も自身のサイズを変えることによる回避や牽制を行いながら、相手にまどろみを流し込む機会を狙う。 なんとも奇妙な戦いで、特にゼロの大きさがめまぐるしくかわるのを見ていると、見ているもののほうが、目がおかしくなったような気分にさせられるだった。 ゼロなりのルールなのか、際限なく巨大化できるはずの彼女が、ここではせいぜい3倍程度までしか大きくなろうとしていない。阮 緋も、言葉通り手加減などなく、隙があれば果敢に攻めていっている。 「全てに安眠と安寧を、なのですー!」 大きくなったゼロが、虫を叩き潰すように、両手で阮 緋をぱちんと叩く――が、すんででそれをかわした阮 緋、ゼロの腕のうえに飛び乗り、駆け上がってゆく。 とっさにゼロは身体を縮める。阮 緋は足場を失ったが、床を蹴って喰らいつく。ゼロはまた大きくなると広がった歩幅で後退、阮 緋が距離を詰めるより先に再び小さくなる。阮 緋が間合いに入る速度よりもはやくゼロが小さくなっていくため、それはさながら亀を追うイカロスのよう。これでは決して追いつけないゼノンのパラドックスだ。 「逃げてばかりでは勝てぬぞ!」 阮 緋は叫んだ。 「そのとおりなのです」 逆回転のように、ゼロが大きくなる。 眼前に立ちはだかった。その手が阮 緋を掴もうとした、が、阮 緋のほうが速かったのだ。 脚を打たれて、ゼロは転んだ。 阮 緋が跳躍する。ゼロは縮むことで、攻撃を避けようとした、が、阮 緋の狙いは正確だった。 「あう。やられたのです」 立て続けに攻撃を受けて、まどろみは、どうどうとゼロの中になだれこんでいる。 実のところ――、ゼロはいつでも、まどろみを縮小することで、自分自身はそれから逃れることができる。だがこれは、彼女がこの 大会に出場するにあたって自身に課したルールなのだ。 だから、さらに打撃を避けきれず、臨界を越えたゼロは、 「おやすみなさいなのです」 と礼儀正しく告げて、ぽてり、と闘技場の床に倒れるのであった。 そして、さやさやと、優しい寝息を立てはじめる。 その意味を、皆が理解するのにすこし、かかった。 最初に拍手をしたのはリオードルだ。 続いてロック。 貴賓席の、本戦出場者たち。 そしてコロッセオの観衆が、万雷の拍手と歓声を、阮 緋に贈った。 阮 緋は手をあげてそれに応える。 * リオードルから、勝者へトロフィーが渡された。 「佳き戦いをさせてもらった」 阮 緋が言う。 「見事だった。……なにか望みはないか。あれば言え」 「ないな」 すかさず応えた。 「ほう。何も望まぬか。なら何故にきた」 「俺は戦いにきたのだ。それはかなった。それ以上は望まぬよ。……だが、そうだな」 銀の瞳が、人狼公を見据えた。 「機会あれば、貴公とも戦ってみたい」 「……いいだろう、受けてたつ」 「ねえ、ゼロ」 ニコルが、そっとゼロに訊ねた。 「もし優勝していたら何をお願いしたの? なにか目的があってきたのでしょう?」 「ゼロの望みは安寧が増えることなのです」 ゼロは応えた。 「既にナラゴニアの安寧のため尽力されている公に、その方面でのお願いはないのです。なので皆が楽しめるお願いをしようとしたのです。ナラゴニアとターミナルの、全住民のための、ハロウィンパーティを、公の主催でやってもらいたかったのです」 そんな会話をよそに―― 惜しみない拍手が鳴り止まない。 決して、優勝者だけを讃えるものではなかっただろう。 居並ぶ出場者すべてに、それは向けられていた。 (了)
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