★ 【ネガティヴゾーン探索】EremophobiA ★
<オープニング>

 『穴』の向こうで待ち受けていたもの、それは見渡す限りの空と海だった。
 だがそれは、なぜか歩いて渡ることのできる海であり、その底を透かせば、銀幕市の廃墟がよこたわっている。
 そして生彩のない空には、奇怪な生物――ディスペアーたちが泳ぐ。
 そこはネガティヴゾーン。絶望の異郷。

 ムービースターを狂気に駆りたて、人間の心さえ騒がせる負の力に満ちた世界・ネガティヴゾーンで、調査隊は巨大な脅威と遭遇した。
 鯨に匹敵しようかという巨大なディスペアー「レヴィアタン」である。
 この存在と未知なる領域を前にした市民の選択は、十分な準備を整えてから、多くの市民の協力で、この領域の探索を行うというものだった。
 かくして、いっそう厳重な警戒が『穴』に対して行われる一方、アズマ研究所では急ピッチで「ゴールデングローブ」(ムービースターにとっての、ネガティヴゾーンにおける命綱だ)の量産が行われた。
 そしていよいよ、探索部隊が出発する日がやってきたのである。

「現在の『穴』の底には、例の『門』のかわりに複数の横穴が口を開けている。このそれぞれが、どうやら、ネガティヴゾーンの別の地域に通じているらしいのだ。そこで、志願者は何名かずつのパーティーを組んでもらい、それぞれ別の横穴の先へ偵察に赴いてもらう」
 マルパスが参加するものたちを前に説明する。
「むろん、足を踏み入れた途端に攻撃を受ける可能性もあるので、突入援護の部隊を編成し、警戒は怠らない。『入口』よりしばらくはこの部隊の警衛を受けながら、探索部隊を各偵察ポイントまで送り出す格好になるだろう。その後、突入援護の部隊は、万一『入口』が閉じてしまわぬよう、これを守護する形で探索部隊の帰還を待ちながら待機することになる」
 分担と連携を行うことで、今回の探索はより安全かつ効率的なものになるだろうとの見通しだ。マルパスは続けた。
「ネガティヴゾーンにはどのような危険があるかわからない。引き際を誤ると拙いことになるだろう。特に、レヴィアタンに遭遇した場合はすみやかに撤退し、情報を持ち帰ること。撤退にあたっても、待機部隊による撤退支援が行われる。この探索によって情報が集められれば、あの存在を滅ぼすための作戦にも着手できるだろう」
 それでは健闘を祈る、と言って、マルパスは金の瞳で、勇敢な挑戦者たちの顔ぶれを、もう一度見回すのだった。

★ ★ ★


 レヴィアタンのものと思しき、うめき声が聞こえる。『穴』の底にはいくつもの横穴があるが、どの穴がいわゆる『正解』なのか――どの穴の向こうにかれが潜んでいるのかは、わからない。
 何十人もの、もしかすると100名以上にも及ぶかもしれない有志の援護を受けて、調査隊が次々に横穴へと入っていく。
 ゴールデングローブをはめたムービースターのひとりが、喧騒の中で声を上げた。
「ねえ、こっちにもあったわよ!」
 レディMだ。彼女が見つけた横穴は、注意深く調べなければ見落としてしまうくらい小さなもので、大人ひとりが屈んでやっと入れるほどの大きさだった。土の塊や木の根に隠されている。一見すれば、ソレがネガティヴゾーンにつながっているかどうかはあやしい。
 レディMのレザースーツは土で汚れていた。彼女は、この小さな横穴に入って様子だけ見てきたという。
「入口は窮屈だけど、4、5メートル進んだら広くなったわ。ライトで照らしてもかなり暗いんだけど、前の調査でくぐったっていう木の額縁があったわよ。『門』ってやつ? でも……なんだか、ヘンなの」
 いつも気丈で余裕があるレディMが、二の腕をこすりながら肩をすくめた。表情のほうは、さほど恐怖に苛まれているようではなかったが。
「『門』が、ひとつだと思ったらふたつになったり、消えたり現れたりユラユラしてたりでね……不安定な感じなのよ。レヴィアタンの鳴き声も聞こえてくるような気がするんだけど、別の音も聞こえるし。そう……そうだわ」
 レディMは記憶を手繰り寄せ、眉をひそめた。
「女の子の声が聞こえた気がするの。何を言ってたのかはわからない……でも、ただの叫び声じゃなくて……本当にハッキリしないんだけど。この横穴も、調べたほうがいいと思うわ」
 誰かが、レディMが潜りこんだ小さな横穴の中を照らした。穴の奥からは、得体の知れない声と、生温かい風が流れ出してくる。しかし、すぐそこに小型のディスペアーが潜んでいそうな気配はない。現に、レディMも無傷で戻ってきたのだ。
「あたしはここで待機してるから――」
 そう言って、女スパイは胸の谷間から口紅に似たものを取り出した。
「高性能の通信機よ。周波数が特殊だから混線の心配もないし、あたしとマルパスに直通だから。これで逐一報告してちょうだい。あなたたちが撤退しやすいように、この入口を広げておくわ」
 レディMから通信機を受け取り、8人の調査員が、慎重に横穴の中へと入っていく。女スパイが言ったとおり、道はすぐに広くなった。8人分の光でその空洞を照らせば、漂う黒いもやと、ユラユラ浮遊する『門』の姿がうかがえる。
 得体の知れない、生物のものとも機械のものともつかない、声と音。
 ソレは、はっきりしない『門』の向こうから聞こえてくるようだ。
 だが、レディMが聞いたという女の子の声らしきものは、息を殺して耳をそばだてても、ハッキリとわかるようには聞こえない――もしかして聞いたような気もするし、まるで聞こえないとも言える。
 8人の背後で、重々しい音が始まった。有志が狭かった入口を広げてくれているのだろう。もしものときの退路はすぐに確保できそうだ。
 彼らは顔を見合わせて頷きあい、頼りない『門』に光を向ける。



!注意!
イベントシナリオ「ネガティヴゾーン探索」は複数のシナリオが同時に運営されますが、一人のキャラクターが参加できるのはいずれかひとつになります。また、イベントシナリオに参加したキャラクターは集合ノベル「支援活動」には参加できません。

種別名シナリオ 管理番号603
クリエイター龍司郎(wbxt2243)
クリエイターコメントお久しぶりの龍司郎です。イベントシナリオ自体もお久しぶりですね。ヨロシクお願いします。
イベントシナリオ【ネガティヴゾーン探索】では、ネガティヴゾーンで具体的に何が起こるのかはお楽しみ……ということになっているはずです。
ただ、それではプレイングがかけづらいかと思いますので、この龍司郎シナリオのヒントとルールをば。

・ホラーな雰囲気を楽しむ感じになるかと思います。
・プレイング次第では、銀幕輪舞曲メインストーリーに関わる重要なヒントを得られるかもしれません。
・この横穴には『門』が複数あり、非常に不安定ですが、行ったきり帰ってこれないということはありません。しようと思えば確実に撤退できます。ただし、単独でムチャをしようとすれば、この限りではありません。何かよくないことが起こるかも。
・手分けして調べるのもOKです。参加者同士で事前に相談するのもいいでしょう。
・レディMは調査に同行しません。

それでは、お気をつけて。

参加者
キュキュ(cdrv9108) ムービースター 女 17歳 メイド
八咫 諭苛南(cybu1346) ムービースター 男 14歳 中学生
ヘンリー・ローズウッド(cxce4020) ムービースター 男 26歳 紳士強盗
夜乃 日黄泉(ceev8569) ムービースター 女 27歳 エージェント
ランドルフ・トラウト(cnyy5505) ムービースター 男 33歳 食人鬼
晦(chzu4569) ムービースター 男 27歳 稲荷神
リヒト・ルーベック(cptw5256) ムービースター 男 20歳 騎士
リゲイル・ジブリール(crxf2442) ムービーファン 女 15歳 お嬢様
<ノベル>

 フラフラ揺らめく門は、大小大きさもさまざまだ。消えたり現れたりと、見るからに頼りないものもある。しかし、中には、比較的安定しているのか、それほど揺らめいていないものもあった。ざっと見た限りでは、4つ。
「手分けして調べるのはどうでしょう。いつ消えるかもわかりません。二人ずつ……は少し不安な気もしますが」
 リヒト・ルーベックが提案した。
「賛成だね。効率的にやれば、ひょっとすると全部まわれるかもしれない」
 そのうちのひとつは、大荷物で大柄なランドルフ・トラウトでも、容易にくぐれそうなほど大きなものだった。ヘンリー・ローズウッドはリヒトの提案に同意して、いちばん大きな門の向こうに光を向けた。
「食人鬼くん。きみ、この門に入るつもりだろう?」
「ええ……そうですね、逆に言えば、私が楽に通れそうな門はそれだけですから……」
「奇遇だなぁ、僕もこの門に興味があるんだ。一緒に行ってもいいかい?」
「もちろんです。他にどなたか、この大きな門の向こうに行きたい方は?」
「僕もお供します」
「よっしゃ。わしも行ったろか」
 ランドルフの呼びかけに応じたのは、晦(ツゴモリ)とリヒトだった。
「ええと……、じゃあ、わたしはその逆。こっちの、一番小さい門にする」
 リゲイル・ジブリールは、女性がひとり屈めば入れそうなくらいの門を指さした。ランドルフは当然のことながら、晦やリヒトでも肩がつっかえてしまいそうだ。細身のヘンリーでギリギリだろうか。
「僕もなんとか通れそうだな。……一緒に行くよ」
 門の大きさを確かめて、八咫諭苛南(ヤタ・ユカナ)が言う。
「私もお供いたします、リゲイル様」
「若い女の子と男の子だけ行かせるわけには行かないわね。私もこっち」
 キュキュと夜乃日黄泉(ヨノ・ヒヨミ)も、小門側の探索にまわった。
「4・4ですね。パーティー人数としては自然でしょう。どうか皆さん、単独行動だけはお控えくださいませ……」
 キュキュは心配そうな言葉を仲間たちに投げかけた。もちろん、とほぼ全員が笑顔で頷く。
「深追いはなしってことで」
「撤退を第一に考えましょう。必ずまた8人で、ここに戻るのです」
 こうして、4人と4人は、対照的な大小ふたつの門の向こうへと消えていった。

 門をくぐる前、リヒトと晦がふと振り返っていた。
 遅れて、リゲイルも。
 誰かの声が聞こえた気がした。誰か、親しい、聞いたことのある声が。声たちは、必ずこの世界に戻ってくるようにと言っていた。 
(ありがとう)
(ほな、行ってくるわ)
(行ってきます)



★小の門


 日黄泉を先頭に、女性と少年で構成された4人の調査員が、小さな門をくぐった。入口の狭さとは裏腹に、門の向こう側には、広大な世界が広がっていた。
「ひゃあっ……!」
 リゲイルとキュキュがほぼ同時に軽い悲鳴を上げた。
 日黄泉と諭苛南も、無言ではあったが、目を細めて肩をすくめる。
 門の向こうでは、ものすごい暴風が吹き荒れていた。銀幕ジャーナルの調査結果とはまったく異なった世界が、4人の眼前に広がっている。確か、以前の調査では、門の向こう側に『空と海の世界』があって、そこにレヴィアタンと名づけられた怪物――ディスペアーが生息していた。しかし、ここには青い空と海などない。錆びついたような色の土の上には、黒い雲を浮かべる赤い空が広がっていた。
 黒い夕焼け。嵐の予兆なのだという。
 不吉な夕焼けはゴウゴウと轟音を上げながら、ものすごい勢いで動いていた。固定カメラが映した空の映像を、早送りにしているかのような速さだ。およそ現実離れしていた。ここが現実の世界ではないということを、嫌でも確認させてくれる。
「海なんか、どこにもない……」
 諭苛南が周囲を見回して呟いた。日黄泉も、眼鏡に手をかけて、慎重に辺りを観察していた。
「生体反応もなし。女の子も……影も形もないわね」
「これ、見て!」
 暴風吹き荒ぶ世界を、リゲイルがデジカメで撮影していた。日黄泉と諭苛南が、デジカメの画面を覗きこむ。
 赤い地面と赤と黒のまだらの空――目にはそれしか映らない世界なのに、デジカメは『銀幕市』を映していた。フランスのモン・サン・ミッシェルを髣髴とさせる光景。赤い大地と空の間に、忽然と、銀幕市の市街地が存在している。
「わたし……、確かに、この真正面を撮ったんだよ。どういうこと……?」
「『空と海の世界』も、調査結果を見るかぎりでは、理不尽な世界だったはずよ。まるで夢みたいな――」
「皆さん、ご覧下さい」
 今度は、キュキュが叫んだ。声を大きくしなければ、会話もままならないほど風が強い。
 キュキュはともすれば不気味にも見えかねない触手を四方八方に伸ばして、周囲の地面の安全を確かめていた。そのうちの一本が、土とは違う感触を探り当てたのだ。
 キュキュの触手が、その怪しい場所を撫で回してみると、土の中から『門』が現れたのだった。
 門の周囲に危険はない。渇いた強風が、4人の髪を荒々しくもてあそぶ。髪を押さえつけ、目をすがめつつ、彼らはキュキュが見つけた門に近づいた。
 一行がさっきくぐってきた小さな門と同じように、門の向こう側は真っ暗で、懐中電灯で照らしてみても、何も見えない。リゲイルは地面にポッカリ開いた穴のそばにひざまずき、身を乗り出すようにして暗闇を覗きこんだ。
「リゲイル様、危ないですわ。あまり深淵を覗きこんでは……」
「『深淵もまたこちらを覗いているのだ』」
 日黄泉がポツリと、有名な一節を呟いた。
 しかし、リゲイルは熱心だ。落ちる危険も、向こう側から見つめられる恐怖も厭わず、耳をすませて暗黒を睨む。

(ココカラ)

「……!」

(デタイノ)

「女の子! 女の子の声だよ!」
 リゲイルが暗闇に目を向けたまま叫んだ。女の子の声。立って辺りを警戒していた日黄泉と、リゲイルのデジカメの映像を見つめていた諭苛南には聞こえなかった。風の音がうるさすぎたせいもある。しかし、門のふちで膝をついていたリゲイルとキュキュには、確かに聞こえた。女の子の声が。ココカラデタイと訴える声が。
「あ、待って!」
 日黄泉の制止は一瞬だけ遅かった。リゲイルは地面に開いた穴――ではなく、『門』の中に飛びこんでしまっていた。キュキュが慌ててリゲイルを追う。
「……行っちゃった」
「追いましょう。2人だけは危険よ」
 日黄泉が飛びこむ。最後に残った諭苛南も、もちろん飛びこんだ。しかし、彼だけは、門をくぐる前に、赤と黒の、風が暴れまわる世界に一瞬目を戻した。
 諭苛南は、空を流れる黒い夕焼けが、邪悪な翼や、巨大な『顔』のかたちを取ろうとしている瞬間を見てしまった。
(ダイキライ……)
 空に浮かんだいびつな顔は、女の子の声でそう吐き捨てていた。



★大の門


 ドサドサドサドサッ。
 門をくぐった次の瞬間、4人は床に投げ出されていた。ヘンリーは落ちてしまったシルクハットをかぶり直す。ユラユラ揺れる門は、4人の背後の、1メートルくらいの高さの空間にあった。門の向こうは真っ暗だ。振り返って見上げたくらいでは、向こう側の様子がわからない。
 ジャンプしてへりにつかまってしまえば、いつでも『穴』の底――もとの世界に戻れるはずだ。門は揺らめいてはいるものの、存在は目にもハッキリしている。
「なんや……? どこどう見ても空と海なんかあらへんで」
 晦が戸惑ったのも無理はなかった。どこをどう見ても、4人が投げ出された空間は、建物の中だったからだ。リヒトが二の腕をこすり、肩をすくめる。
「寒いですね。まるで冬です」
 その言葉も事実だった。晦がクシャミをした。着物の前を大きくはだけているせいだろう。
 どこからか、風が入りこんでいる。その風が、冬の北風のように冷たいのだ。まるで廃墟の中のような建物内には、暖房もなく、灯かりもない。ヘンリーとランドルフが、懐中電灯で辺りを照らす。
 ヘンリーが、クスクス笑いだした。
「これは面白い。ご覧下さい、皆さん」
 大仰な台詞が響き、ヘンリーの電灯が、灰色の壁の一点を照らした。
 ポスターだった。色褪せ、破れかけたポスター。ソレは……『ミスト・ナイト・ルール』、ヘンリーの出身地とも言える映画のものだった。ポスターの下には、『公開中』というパネルが掲げられている。
 ランドルフはなぜか息を殺してしまった。ヘンリーが照らしたポスターの横に光を当てると、今度は焼け焦げたように黒ずんだ、『彷徨える異形達』のポスターが照らし出された。
「見覚えのある間取りだと思わなかった?」
「今、気づきました。ここは、『パニックシネマ』です」
 銀幕市が誇る巨大シネマ・コンプレックス。晦とリヒトの背後には、4番シアターの入口がある。冷たい風は、4番シアターの中から吹いてきているらしい。
「ここに、女の子はいるのでしょうか。こんな寒いところに……」
「そんなことより、ここが、前回の調査結果なんかまるでカン違いだと言わんばかりなのが気になるね。ミスター・ツゴモリが言っていたとおりさ。ここは『パニックシネマ』であって、『空と海の世界』なんかじゃない」
 ゴヒュウウウ。
 突然、4番シアターから吹いてくる風が強くなった。
 ボヒュウウウ。ゴヒュウウウ。ヒュウウウウ。
 ソレはすでに風ではなく、なにかの、深呼吸だった。
 4人が4人とも身構えた瞬間、4番シアターへ続く狭い廊下の向こうから、「その」なにかが飛び出してきた。
「ジャアアアアアアアアアアッッ!!」
 ソレが、なんなのか。一言ではとても言い表せなかった。たとえるなら、クモやカニが、腹を向けたような、グロステクな姿。8本、いや10本の節足が、いびつな五角形のカラダから伸びている。
「おお!? なんやコイツッ!」
 突然襲いかかってきた怪物を、晦が木刀で殴りつけた。動物的とも思える素早い反応だった。ワケのわからない10本足の生物は、メシャッ、と床に叩きつけられた。
 一瞬見えた怪物の背中には、ビッシリと白いマユのようなものがくっついていた。
 怪物はワラワラ10本足を動かす。関節が裏返る。身体を起こし、片側五本足だけを突っ張ると、器用にマユがくっついた「背中」を下に向けた。
 目も口も見当たらない。凍てついた暗がりの中、怪物は、くっつけたマユをのぞけば、漆黒だった。
 ブリッジをしたクモ。ひっくり返ったクモ。無理やりたとえるなら、ソレしかない。歪んだ怪物。ソレは今、銀幕市で、ディスペアーと呼ばれている。
 晦が木刀、ランドルフが手斧を振りかざして、怪物に立ち向かった。とても自分たちに友好的な存在とは思えなかった。殺すしかない。本能のようなものが、ムービースターを突き動かした。
 どこが脳天なのかもわからない怪物の胴体に、ランドルフが手斧を叩きこみ、晦は叩き伏せた。怪物がわめきながら床に崩れ落ち、白いマユが気持ちの悪い音を立てて潰れた。
 潰れたマユからは、四方八方に黒い汁が飛び散った。
 いや、ソレは、汁ではなかった。
「危ない!」
 糸だ。
 リヒトは晦の後ろ襟を掴んで、力いっぱい引いた。バランスを崩して後ろに倒れていく晦のかわりに、リヒトが糸を浴びた。リヒトは晦しかかばえなかった。ランドルフの巨体にも、黒い糸が降りかかる。
 糸は、まるで接着剤そのものだった。皮膚に、服に、べったりと貼りついたきり、振り払おうとしても取れなかった。リヒトとランドルフの身体に、チリチリと熱い痛みが走る。糸が皮膚を焼いて、肉に喰いこみ始めているのだ。
 しかし――彼らが身につけているゴールデングローブが、ブウウンと低く唸ったかと思うと、黒い糸は砂のように崩れて消えてしまった。あとには、爛れたような傷だけが残った。
「お、オイ。大丈夫か?」
「なんとか」
「問題ありません。晦さんは?」
「われのおかげで命拾いしたわ……おおきに」
 ランドルフとリヒトは、張り詰めた面持ちで後ろに下がる。クモのような怪物の死骸を睨みつけながら。
 怪物の足はピクピク動いていたが、やがてその痙攣も終わると、死骸はカサカサと細かな黒い灰になり、冷たい風にさらわれて消えてしまった。
 まるでその消え方は、ムービーキラーが遺す黒いフィルムのようだった。
「……ゴールデングローブが普段よりも大きな音を……。確かこの装置は、ネガティヴパワーを中和する力場を発生させているのでしたね。ということは……今の糸のようなモノは、ネガティヴパワーそのものだったということでしょうか……」
「ほんなら、今のはディスペアーちゅうことになるな。気色悪いわ、ニオイもせんかった。せやけど……ジャーナルに書いてあったヤツと、ずいぶんカッコがちゃうで?」
「ここは『空と海の世界』じゃない。ネガティヴゾーンがひとつではないのと同じように、ディスペアーにも色々な種類がある。絶望のかたちはひとつとは限らない――そんなところじゃないかな?」
 含み笑いが、3人の後ろから聞こえてきた。ヘンリーだ。ディスペアーとの戦いを避けて、ひとり、付近を探索していたのだった。
 ランドルフは文句こそ言わなかったが、ちょっと顔色を曇らせた。
「ヘンリーさん。単独行動は危険です」
「皆で固まっていても結局危険だったじゃない? それに、面白いものを見つけられたよ。こっちへ」
 ヘンリーが先導する。
 現実のパニックシネマは、連日混雑している。しかし、この廃墟を歩き回っているのは、4人だけだった。辿り着いた先は、大規模なコンセッションが配置されたロビーだった。通りに面した壁はガラス張りになっていて、外の様子が見える。
 外に広がっているのは、古い廃墟と化した銀幕市だった。
 金属という金属は錆びつき、崩れた建物や折れ曲がった標識や信号には、黒いクモの巣が絡みついている。灰色に濁った空。黒い灰のようなものが、空中を漂っている。
 あちこちのクモの巣の裂け目では、今しがたランドルフたちが倒した怪物が、出たり入ったりしている。4人が黙って見つめる中、ガラスの向こうの空を、黒いムカデのような怪物が、グルグルと時折円を描きながら飛んでいく。羽根もないのに。ソレは、見えないジェットコースターのコースをなぞっているかのような動きだった。
「こんな世界のどこに女の子がいるんだか。もし住んでるなら、理由を聞きたいね」
「住んでいるのではなく、閉じこめられているのかもしれませんよ。だとしたら、助けてあげなければ……」
「ちょい待ち。ニオイがする」
 晦がクンクンとニオイを嗅いで、エレベーターを指さした。
「何のニオイですか? ……女の子の?」
「ちゃう。なんやろ、ようわからんニオイや。いろんなニオイが混ざっとるちゅうか。……このパニックシネマな、さっきのディスペアーもそうやけど、ニオイがせえへんのや。でも、あっちからは、ニオイがする」
「声は聞こえませんか。晦さん、あなたは耳もいいはずだ」
「……うーん……」
「行ってみよう。エレベーターだったね?」
 ヘンリーは笑みさえ浮かべ、先頭に立って、晦が嗅ぎ当てたニオイの発生源に近づく。エレベーターは閉まっていた。そもそも、電気が通っていないらしく、作動していない。
「こじ開けてみましょう。形態を変化させるのは難しいようですが、馬鹿力は残っているようなので」
「ゴールデングローブの弊害ですか」
「ええ。出発前に試しておきました」
 ランドルフがバキボキ指の骨を鳴らしながら前に出る。その横で、ふと、リヒトはヘンリーを見て気になったコトがあった。
「ヘンリーさん、ゴールデングローブが見当たりませんが」
 今回の調査では、ムービースターがゴールデングローブを身につけるのは必須になっている。ヘンリーを除く3人は、見える位置にさまざまな形のゴールデングローブを装着していた。
 ヘンリーは芝居がかった仕種で両手を広げる。
「ご心配なく、ちゃんと身につけているよ。僕に自殺願望があると思う?」
 そううそぶく直前までは何も持っていなかったはずの右手に、金色の懐中時計が現れていた。チェーンはちゃんとポケットから伸びている。
「失礼しました。疑ったわけではありません。もし落とされていたらと思うと心配で」
「僕がムービーキラーになったら、確かに厄介だものねぇ」
「そうではありません。ヘンリーさんのコトが心配なのです」
 リヒトはヘンリーの皮肉を笑顔で受け流した。
 ヘンリーは懐中時計をポケットにしまう。ほんの一瞬、人を食ったような笑みが消えていたようだった。
 そのとき、ランドルフが、エレベーターの分厚いドアをこじ開けるのに成功していた。 
 ゴヒュウウウ、とドアの向こうに広がる暗闇が、ロビーの空気を吸いこんでいく。
 ドアの向こうは、暗闇なのだ。
 エレベーターを吊るワイヤーも見えないし、壁も見えない。
「これは……、これも、『門』……?」
 揺らぐことのない漆黒の闇。
 4人はそれぞれの表情で、冷えた空気を吸いむ門を覗きこむ。
(モウ、イヤ)
「!」
(ヤダヤダヤダヤダヤダ)

(コンナノ、イヤ)

「……ガキが……!」
 ヘンリーが、唾棄せんばかりの勢いで毒づいたのを、誰も聞いていなかった。
 女の子の声。それをハッキリ聞いたから、驚いていたのだ。
 この闇の向こうに、女の子はいるのか。

(ダイッキライ)

 心が凍りつくような捨て台詞が聞こえた瞬間、4人の身体は、風といっしょに闇に吸い込まれていた。



★門が交わった場所


 かすかに聞こえるのは……、場違いなほどノリのいいジャズ。
 “IN THE MOOD”。何十年も前に生み出された名曲だ。幾人ものアーティストがカヴァーし、いくつもの映画が主題歌や挿入歌にしてきた。
 しかしこの”IN THE MOOD”は、すり切れかけたレコードが奏でているかのように、途切れ途切れで、ときどき音が外れていて、砂嵐の中に消えてしまいそうなほど弱々しかった。
 さあ来いよ。踊ろうぜ。飛び跳ねろ、歌いまくれ。そんな気分だろう。
 ある著名なロッカーが、そういう歌詞をつけてこの曲をカヴァーした。
 そんな気分にはならない。歌いたくもないし踊りたくもない。
 目を開けたリゲイルの前には、灰色の、照明も何もない病院の廊下があるのだ……。
「どこにいるの」
 リゲイルが声をかける。もちろん、声の主に向かって。
 しかし、答えはない。そのかわり、場違いな音楽がピタリと止んだ。
 リゲイルは懐中電灯と視線を周囲にめぐらせた。いつの間にかはぐれている。いや、門をくぐって病院に来てから、ひとりだったのだ。
「あ、いた。大丈夫?」
 声を出して呼びかけてみたおかげか、リゲイルの居場所を突き止めて、諭苛南が駆けつけてきた。彼はすぐ近くにいたのだ。
「みんな、バラバラになっちゃったみたいだね……」
「探そう。女の子もことも気になるし。……僕は銃を持ってる。照明、任せちゃってもいい?」
 リゲイルは頷き、バッキーを抱え直して歩き出した。
 誰もいない、見捨てられた病院を、懐中電灯の明かりを頼りに進んでいく。まるでホラーゲームだ。リゲイルはひとりでこんな場所を進まずにすんだことに心底ホッとした。おまけに諭苛南はベレッタを装備している。両手でしっかりとグリップを握り、いつでも構えて引金を引ける体勢で歩く姿は、ポリゴンで描かれたゲームの主人公そのものだ。
「……ねえ、もうひとつ、頼みたいことがあるんだけどさ」
「なに?」
「もし僕がキラーになりかけたら、その青いやつで、僕を消しちゃってよ」
 リゲイルが足を止めた。
 諭苛南の顔を真っ向から見つめる。
「それは、イヤ、かも」
「どうして? 全然いいよ。キラーになっちゃったら、僕はすごくめんどくさくて倒しづらいやつになると思うからさ」
「でも……」
 諭苛南の目と態度は本気だったが、どこか他人事のようでもあった。リゲイルは返答に困った。
 そのときだ。前方の曲がり角で、影が動いた。サッと諭苛南がベレッタを向ける。
「待って。私よ」
 聞き覚えのある声。軽く片手を挙げて、日黄泉が姿をあらわした。リゲイルはホッと安堵のため息をつく。
「ここって、声が響くのね。貴方たちの声が聞こえたわ。怪我はない?」
「大丈夫。キュキュちゃんは?」
「近くにいるはず。生体反応がある。彼女、体温がヒトと違うから、レーダーにインプットしやすかったわ」
「生体反応って、ひとつだけ?」
「ええ。キュキュさんのね」
 仲間と無事に合流できて、日黄泉は嬉しかった。まだキュキュの無事は確認していないが、眼鏡はキュキュが少なくとも生きていること、そばにいることを知っている。
 ドスン、と大きな音がした。リゲイルが驚いてバッキーを抱く手に力をこめる。日黄泉と諭苛南は顔を上に向けた。音は頭上で起こったのだ。
「あっ……」
 諭苛南が思わず声を上げる。
 灰色の天井に穴が開いて、そこから何とも言えない色合いの触手が伸びてきたのだ。
「キュキュさん!」
 日黄泉が声を張り上げる。触手の一本が、くいくいと手招きをした。
「つかまってって、言ってるみたい」
 リゲイルの判断は正しかった。触手につかまった3人は、ぐいと天井に――上の階に引っ張り上げられた。
「皆様、ご無事でしたか」
「キュキュさんこそ。ひとりだけ違うフロアだったなんて。怖くなかった?」
「私は、こういったホラー系のダンジョンにいるほうが、逆に落ち着きます」
「そう……だよ、ね……」
 心配するリゲイルをよそに、キュキュは笑顔だ。キュキュのうごめく触手群を見て、諭苛南が渇いた声で納得した。
「エネルギーの流れが、下と違うわ。まるで別の世界に入ったみたい」
 日黄泉の声に緊張が走る。キュキュも真顔になって頷いた。
「泣いている声が聞こえました。このフロアのどこかにいらっしゃることは間違いありません」
「本当に!? じゃあ、早く見つけてあげなきゃ!」
 リゲイルが顔色を変え、とにかく前に向かって足早に進み始めた。
 日黄泉が言ったように、さっきまで3人がうろついていた下の階とは雰囲気が違う。廊下の、クモの巣がかかった古い蛍光灯が、出し抜けに明滅することがあった。そして、どこからか、冷たい風が入りこんできているのだ。肌がゾワリと撫で上げられる感触は、夢でうなされそうなほどひどいものだった。
 病室。診察室。壁にピッタリ寄せられた担架。ぶっきらぼうな黒い正方形の椅子。廊下は入り組んでいた。曲がり角の向こうで影がチラリと動くこともあり、武器を構えた諭苛南と日黄泉がそのたびに身構える。キュキュが曲がり角の先まで触手を伸ばし、安全を確かめながら進んでいた。
 寒々とした風に、ときどき、女の子のささやきや、すすり泣きが紛れこんでいる。
 どれくらい先に進んだだろうか。やがて、4人の前に、ひとつの病室の扉が現れた。
「そこにいるの!?」
 リゲイルが声をかける。
 風と声が、ピタリとやんだ。
 その後ろで、日黄泉がかぶりを振り、キュキュと諭苛南にセンサーとレーダーの反応を伝える。ドアの向こうに、生体反応はない。
「リゲイルさん、ちょっと待って」
「どうして? きっと女の子はこの中だよ」
「生体反応はないわ。でも……かなりの濃度のネガティヴパワーが蓄積しているの。つまり……中にいるのは、ディスペアーかもしれない。ディスペアーだとしても、この病院の大きさから見て、レヴィアタンではないでしょうけれど、危険な存在なのは間違いないわ。ドアを開けるなら、慎重に」
 日黄泉が釘を刺さなければ、リゲイルはとっくに勢いよくドアを開けていた。
 リゲイルは頷き、後ろに下がる。諭苛南がベレッタを構え、キュキュが触手を伸ばして、ドアノブをつかんだ。
 ドアを開けた。

(コワイ)(イタイ)(ツライ)(イヤ)(タスケテ)(ダイキライ)(シネ)(サイテー)(キライ)(コワイ)(クサイ)(ダルイ)(ダイキライ)(ツマンナイ)(ダシテ)(ココカラダシテ)(イタイ)(グアイワルイ)(シネ)(サイアク)(キモイ)(ウルサイ)(モウイヤ)

(どうして わたしだけ)

 ゴオッ、と流れ出した否定と絶望の感情。
 病室の中には、誰もいなかった。ベッドと、はめ殺しの窓と、テレビと、山のようなビデオとDVD。強烈な、薬のニオイ。
 そこには誰もいないのに、女の子の感情がぎっしりと詰まっていた。
 その声にならない声を聞いて――
 キュキュは魔王のことを思い出した。
 諭苛南は親友とある教師のことを思い出した。
 日黄泉はマスターのことを思い出した。
 そしてリゲイルは、両親と、ふたりのムービースターのことを思い出した。
 思い出したとき、彼らは、その人たちが『今は』そばにいないことも思い出した。
 4人で一緒に行動しているのに、『今は』ひとりぼっちだと気づいた。
 銀幕市はいつもにぎやかで、そこかしこに知り合いや友人がいて、退屈や不安など吹き飛ばしてくれる。しかし、『今』いるのは、銀幕市の中に潜む異世界。

「そう、わたし、ひとりぼっち。おとうさんもおかあさんもともだちもいるのに、ひとりぼっち。わたし、なんにもできないの。銀幕市はこんなにもすてきなのに、わたしは、ここから、出ることもできない。わたしは、世界から、きえちゃったの」

 グァァオッ!!

 突然、病室が吹き飛んだ。病室だけではなかった、病院の世界そのものが吹き飛んだ。巨大な顔が、巨大な口を開けていた。得体の知れない、ネガティヴパワーの塊。
 諭苛南が唇を噛みしめ、引金を引いた。弾丸が、得体の知れないものに命中した。
「ヴアアアアアアアアアッッ!!」
 悲鳴がこだました。女の子のものではなかった。恐ろしい怪物の叫び声だった。

(ダイッキライ!)


 吹き飛ばされる。何もかも。
 いや、吸いこまれていく。世界が、何かを中心にして消滅しようとしているのだ。
 キュキュは必死で触手を伸ばし、日黄泉とリゲイルと諭苛南の胴に巻きつけた。
「キュキュさん! 『手』を伸ばしてください!」
 目を開けてもいられない暴風の中、太い声が響きわたる。キュキュはその声に向かって触手を伸ばした。がっし、と大きな手がつかまえてくれた。
 これは、ランドルフの手。
「よっしゃ! 絶対離さんで!」
 ぱしっ、と新たに添えられた手。これは晦の手。
「頑張って! もう少しです!」
 優しい声は、リヒトのものだ。
 ズルッ、とキュキュは湿っぽい空間の中に引っ張りこまれた。
「きゃあっ!」
「ひゃあっ!」
 ドサドサと、4人は土のニオイの上に倒れこむ。
「お帰りなさい、レディたち」
 彼女たちの前で、ヘンリーが爽やかに笑っていた。
 周りは土。掘り広げられた横穴。レディMの姿も奥にある。
「女の子は、見つかりましたか?」
 ランドルフは4人に怪我がないことを確かめてから、遠慮がちに尋ねた。リゲイルたちは顔を見合わせる。見つかったとも言えるし、見つけられなかったとも言うべきだ。女の子は確かに世界の中心にいた。けれども、実体はなかったのだ。
 振り返ってみると、いくつもあった『門』は、すべて消えてしまっていた。
「門の数だけ、世界があったんやろう。ネガティヴゾーンちゅうのは、『空と海の世界』だけやない……」
「帰ってこれてよかったわ。貴方たちは、一足先に戻っていたのね」
「ちょっと違うね。追い出されたんだ」
 日黄泉の言葉に、ヘンリーが肩をすくめてみせた。
「記録にはないディスペアーがいました。レヴィアタンは見つかりませんでしたが、情報は得られたと思います。穴の外に出て、他の調査隊の報告を待ちましょう」
「待って、リヒトさん。ランドルフさんも。怪我してるじゃない。すぐに手当てしなくちゃ」
 リゲイルが顔を曇らせた。リヒトの傷は、異様な音や鳴き声を上げて、別の生き物の様相を見せていた。リヒトは恥ずかしそうに笑うと、そっとリゲイルの目から目立った傷を隠す。
「じゃあ、報告は僕がしてくるよ。このとおり、ピンピンしてるからねぇ」
 ヘンリーが一足先に横穴を出て行く。
「なんやもう、いきなり怒ったりひとりだけで動き回ったり、ようわからんヤツやなあ」
 晦は首をかしげて、ヘンリーの後ろ姿を見送った。
 ランドルフは日黄泉の簡単な応急手当を受けながら、懐からボロボロの紙切れを取り出した。ソレは、門の向こうのパニックシネマにあった、『彷徨える異形達』のポスターだった。
「貴方も持ってきたのね」
「はい。アズマ博士の研究所に渡そうと思いまして。いいサンプルになるでしょう」
「私は、つまらない石ころばっかりになっちゃった。でも……不思議だわ」
 日黄泉は眼鏡ごしに、ネガティヴゾーンから採取してきたものを見つめ、眉をひそめた。
「ネガティヴパワーの結晶のカタチのひとつなのかしら。実体がないはずなのに……確かにここにある」
「私たちと、同じような存在なのかもしれませんね」
 ランドルフは目を閉じて、女の子の声を思い出す。

 モウイヤ。
 ダイッキライ。

 否定する言葉。
 それは今でも、すぐそばで転がっているような気がした。
「あ」
 不意に、ずっと黙って携帯電話をいじっていた諭苛南が声を上げた。彼は戸惑ったあと、その場にいる全員に、あの病室で撮影したムービーを見せる。
『わたし、ひとりぼっち』
 病室には、誰もいなかったはず。なのに、ムービーの中には、いるのだ。
 女の子が。
 かつて銀幕市を騒がせたトゥナセラではない。銀幕市を騒がせている張本人のリオネでもない。誰も知らない、黒髪の女の子だった。解像度が低いせいか、顔かたちはようとして知れない。
 パジャマ姿の女の子はベッドのそばに立ち、ハッキリとこう言っていた。

『わたしは、世界から、消えちゃったの』

 プツリ、とムービーはそこで終わった。

クリエイターコメントお疲れ様でした。このシナリオではレヴィアタンを発見することはできませんでしたが、重要なモノも含め、情報がけっこう多めに入っております。プレイングを考慮してこちらでパーティー編成させていただきましたが、男女の比率がおかしくなってしまいました。お許しください。
それでは、ご縁がありましたら、また龍司郎をヨロシクお願いいたします。
公開日時2008-06-28(土) 23:00
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