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<ノベル>
今日の銀幕市は、気持ちがよくなるほど晴れている。外を歩いていたサマリスは、空を見上げた。取り戻された青空は、どこまでも澄んで青く、深い。ちぎり絵のような雲が幾筋かだけ浮いている。ふと空から視線を戻したところで視界に入った見知った顔に、サマリスはその二人を呼び止めた。
「あ、フェア様に二宮様、こんにちは。……おふたりでどちらへ?」
「サマリスさん!」
「いい所に!!」
きょとんとするサマリスだったが、由佳の熱心な説明を聞いてそれなら協力しますよと申し出る。カメラの中に、ブルーのラインが奔る白いボディのマシンが映し出された。
「――素敵な時間を、ありがとうございます。もし良ければ、夢の中でお会いしましょう」
表情こそ人のように変わったりはしないが、優しく穏やかな声音が何よりも彼女の心情を表していた。と、もそっと何かがカメラの端に映る。
「なん?」
カメラのレンズがそちらに向く。可愛らしい鳴き声を上げた丸っこい黄緑色のいきもの……MJが、興味津津でカメラを構える姿をじっと見つめていた。きゅいきゅいと機嫌よく鳴いているMJの仕草を勝手に肯定と受けとった由佳は、録画を止めないまま顔がどアップで映っていたカメラを少しひく。垂れた耳のような青い触角をパタパタと揺らして、MJがくりくりとした黒いつぶらな瞳をレンズに向けた。
「きゅいっきゅ♪ きゅいっ」
ぷにぷにと跳ねて鳴くMJの姿も、ばっちりカメラに納められた。
「よし、次! 君も来る?」
「うぃうぃ!」
えいえいおーのようにMJが小さな腕をぴょこんと上げ、由佳の後をついて行く。
「頑張ってくださいね」
「え! 一緒に来てくれないんですか?! サマリスさんの策敵能力を当てにしようと今」
「……仕方ないですね」
少しだけ苦笑を含んだ声で答える。かつては敵しか探すことのなかったレーダーが、まさか映画の出演者を探すことになろうとは。
*
にわかに人数が増えた一団を見かけてか、通りかかった少女……橙の髪をポニーテールにして、空色のバッキーを連れている水瀬双葉が眼鏡の奥の瞳を見開いた。顔見知りのサマリスに駆け寄って、話を聞いている。
「映画を撮っているのだそうですよ。水瀬様も映られては?」
「えっ、あたしが?」
どんなものでも、と促され、彼女は少し考えてからカメラの前に立った。少し緊張気味にあたりを見回していたが、やがてひたとレンズを見つめる。
「あ〜、えと、もう撮ってる? あのね? あたし、スターのみんながずっといてくれたらって……だからすごくさみしい。――サマリスさん、太助くん、トトくんに四幻さん、ラーゴさんに風音ちゃんに……いなくなったら、たぶん泣いちゃう」
そう言いながらも、彼女は気丈な笑顔をカメラに見せた。
「でも平気! たぶん! 何がって聞かれたら困るけど、とにかく平気!」
その笑顔は明るくて、どこかさみしげで。――でも、力強くて。
「だから……笑ってお別れ! ね♪」
にっこりと微笑む水瀬に由佳が礼をいうと、フェアと思い出話に花を咲かせていたサマリスのところに彼女は駆けて行って、今度は三人で盛り上がり始める。と、きゅいーと嬉しそうに近くを跳ねまわっているMJの横に、唐突に小柄な人影が現れた。
「何してるアルか!」
「わっ、吃驚した」
思わず録画中のままのカメラをそちらに向けた由佳が彼を見て顔を綻ばせる。それは先の戦いのとき避難所で見た顔だったのだ。
「提督さん。……いま、映画を作ろうと思ってて――」
「映画アルか! なははは頑張るアルよー!!」
ノリン提督はいつもの海賊スタイルで、MJになん? と問われたのにノリアル! と答えたりと片時も停滞することなくあちこちちょっかいを掛けていたのだが、
「提督さんも何か一言――」
「なははは! ノリで頑張るアルー!!」
「い、行っちゃった。……あ、でも撮れてるや。んー、ノリでそのまま採用ってことで」
と、それとほぼ入れ代わりになるかならないかぐらいに、一団がやってきた。それを見て、話しこんでいたサマリスと水瀬、それに由佳が声を上げる。
『四幻さん!』
そう、四幻家六人兄弟が勢揃い。よ、と片手を上げたホタルが由佳の方に歩み寄ってくるが、彼女はそれどころじゃなかった。
「どうしようホタルさん……おにーさんたちが仲良さげに並んでごふっ」
「二宮さん、フェアさん、お久しぶり」
悶えている由佳を放置して、フェアがお久しぶりでございますと微笑んだ。
「撮ってるのが目に入ったから、兄弟全員に声掛けたんだ」
言ってからにしし、とホタルは得意げに笑う。
「生四幻家。どう?」
「サイコーです」
がっしと手を握りしめてから、並んで撮影に備える六人に向けて由佳はカメラを構えた。ぴっ、という軽やかな音とともに、録画が始まる。
「四幻家六兄弟大集合! らしいです、ホタルに言わせると」
すらりとした細身に紫の瞳の長男・ヒジリがにこやかに微笑む。
「私は、この街に実体化して、良かったと思いますよ。……まあ、家電になれるまでが厳しかったですが」
横合いから家電って冷蔵庫と携帯だけじゃんなどと突っ込まれて苦笑いしつつ、彼は重ねた。
「――ええ、楽しかったですよ」
「私も、この街、いろいろと楽しかったですわ」
続けてカザネが口を開いた。
「風の流れも、建物も、元の世界とはだいぶ違いましたけれど」
流れる緑の髪を少し掻き上げて、微笑む。
「それでも、人は変わらないのですから」
「四幻家六兄弟大集合ー! ってね」
彼女の言葉の後を追う様に、ミナトがひょこっと画面にはいってきた。
「この街、とっても楽しかった。新しい技、身につけちゃったしね」
言いながら軽く広げた腕のうちに水で綺麗な形を作り上げていく。彼はそれを傍らにいたヒサメの方にそっとやった。陽光を反射して美しく涼やかに煌めく水のアートは、彼女が触れた瞬間に軽やかな音を立てて凍り付く。そうしてから彼女が指を鳴らすと、ぱりんと涼しげな音を立てて割れ、煌めく光の粒が辺りに飛び散った。
「四幻家六兄弟大集合、ですわ。……本当に、ホタルは強引なんですから」
ほんの少しだけ苦笑をにじませて、ヒサメがその氷の能力とは対照的に暖かく微笑む。
「でも、消えるとわかってから、何か残したいって走り回っていたのも知っていますから」
氷のオブジェに触れながら、彼女は続けた。
「この街では悲しいこともありました。でも、楽しいこともありましたわ」
ホタルをからかえましたしね、と付け加えられて、そのホタルは妹のコメントにちょっとだけふくれっ面をして見せたが、すぐに破顔する。そんな二人に加わるようにアズマが画面に入った。
「四幻家六兄弟大集合ー! って言えってホタルに」
それは言わなくていいから、と突っ込まれつつ彼は続ける。
「私も、この街に実体化して、楽しかったよ。うん、まさか家電を能力で動かすなんて思ってもなかったけどね! しかもウナギと黒蛇を間違えてたとかね!」
ちょっと照れ笑いすると、彼は少し改まった。
「気付かなくてもいいことにも気付いたような気がするけど。――ここでの生活は、かけがえのないものだったよ。ありがとう」
そしてホタルが、やわらかく微笑む。
「私は、ここに実体化して良かったって思えるんだ。だってさ、私の中ではもう会えない人たちばかりだったから。うん」
紫色の瞳が感謝の思いをその色に加える。
「この街では、独りぼっちじゃなかった」
そうしてから彼女はつついっとレンズの死角、由佳のすぐ横にやってくるとそっと囁く。
「あとな、あの原稿のことだけど。……どうもミナトにはバレてるみたいだから」
「え、えええ?!」
大声に何事かとミナトが由佳を見る。何でもないですと誤魔化しつつ、彼女は通りかかった人に声をかけて捕まえた。……彼はコピー機メーカの営業マン。映画撮影の話を聞いて困ったようにそのカワラバトな頭を傾げるのは小嶋雄だ。
「ええー俺ですか? 何かしゃべれと言われても……」
と、彼は当初は困ったように目をぱちぱちさせていたのだが……
「あ、そうだ。折角なのでご好評のアレを」
彼が言い終わるか終らないかの内に、どこからともなくテンポのいい音楽が流れ出す。中空にミラーボールが現れ、周囲一帯がディスコと化した。
「こ、これは……」
「サタデーナイハトフィーバー!?」
エリア内に取り込まれたみんなが躍りだす。カメラは、無表情ながらもノリノリな小嶋を中心に、ハト☆ダンスを映し続けた。
*
「け、結構体力いりますね、あのダンス……」
大方の人と別れて市内をうろついていた所に、ふと上空から「撮影進んでるか」と声がかかった。見上げればサエキが、崩れてしまったアパートのふちに腰かけて煙草の紫煙をくゆらせている。
「はい、お陰でなんとか……ところでそんな高いところで何してるんですか? ん、あれ? 撮影のこと……?」
由佳が仰いで訊ねると、彼は空から視線を戻して口を開いた。
「待ってる。――最近ずっと提督の話を聞いてるんだ。撮影の話もそれで」
ああーと納得の声を聞きつつ、彼は続ける。
「魔法の終わりが死とは思わないし、過度に嘆く気もないけど。分身っていうか、自分の子供みたいなもんだから」
話くらいは沢山聞いてやりたいんだ、と彼は言ってまた空を見た。
「撮影頑張れよ」
「ええ!」
振り返ると、ちょうど不意に現れたノリン提督が、嬉しそうにしきりと彼に何か話しかけていた。
*
「いらっしゃい。注文は?」
遅くなったが昼休憩にしようと香りにつられて立ち寄ったそこは、ジャーナルにもたびたび取り上げられる美味なカレーのお店。言わずと知れた『GORO』である。数人がやはりカレーを食べているのを見て、由佳はカレーを注文しつつも撮影の許可を店主の槌谷悟郎に求めてみた。
「店が映るのは構わないけど……わたしはムービースターじゃないからいいよ」
苦笑しながら、悟郎はカウンタにいた客に、ほら、何か映してもらったら? と声をかける。ちょうどカレーをスプーンで口に運んでいたレオ・ガレジスタが、やはり隣で同じようにカレーを食べている旋風の清左と顔を見合わせてから、じ、じゃあ、と緊張気味にカメラに向きなおった。口を開くが困ったようにまた閉じて、結局柔らかく、曖昧に微笑む。
「『GORO』さんのカレー、いつも美味しかったです。ありがとう」
「そういうのは直接言ってよ」
悟郎が思わず笑い出す。さらに、映らなくていいからと言っていた清左も、レオと悟郎に言いくるめられてレンズの方を向いた。
「夢が終わっても、旦那やかれーは残るんで、これからも繁盛してもらいてぇと思いやす。いや本当に美味えんだって」
悟郎がグラスを拭きながらも嬉しそうに微笑む。清左は、画面の方をちらと示してしみじみと続けた。
「それも、かれーも、あっしらが太鼓判を押したことも思い出も残る……終わらないもんが確かにあるってことですやね」
終わらないもの。彼の言葉を繰り返しつつスプーンを握る。
カレーの辛さは、まるで今までの銀幕市のように華やかさを伴って熱く、どこかせつなくなるように甘かった。
*
娘が一人、映像を編集している。彼女が繰り返し止めたり流したりしているその映像のなかで、異口同音に暖かく繰り返される言葉があった。
楽しかったよ ありがとう――
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クリエイターコメント | きっと夢は続く。たとえ魔法が目では見えなくなったとしても。
このたびはご参加ありがとうございました! お楽しみいただければ、幸いです。
――楽しかったです。ありがとうございました。
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公開日時 | 2009-07-02(木) 18:30 |
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