★ Completion ★
クリエイター唄(wped6501)
管理番号144-5008 オファー日2008-10-18(土) 19:22
オファーPC ミケランジェロ(cuez2834) ムービースター 男 29歳 掃除屋
ゲストPC1 昇太郎(cate7178) ムービースター 男 29歳 修羅
ゲストPC2 晦(chzu4569) ムービースター 男 27歳 稲荷神
ゲストPC3 朔月(cwpp5160) ムービースター 男 47歳 稲荷神
<ノベル>

■序

 ひゅうと、一陣の風が頬を掠め少しばかり蓄えた温もりを奪っていく。
(もう冬なんやねなぁ、山やと皆冬篭りの準備、しとるやろか)
 冬の足音が聞こえてくる、そんな瞬間も稲荷神としては嬉しい限りだ。まだ小さな神ではあるが、世話になっている異国の雑貨店、そのレジ横で小さな赤い狐は顔を上げ、ひくりと鼻を鳴らした。
「これ、どうぞ。 いやぁ、最近は寒いですね」
 雑貨店は現在開店中、店仕舞いはそろそろだろうが店の者と客の暖かな会話はどんな暖房よりも暖かく、晦の頬を緩ませる。
「貴方は暖かくていいわね」
 にこりと、客の娘なのだろう。少女が背伸びをしたかと思えば仔狐の姿をした自分の頭を撫でる。そうやって、くすぐったいと身を竦めると余計に小さな紅葉は小動物の反応が見たくて仕方が無いらしい。ぐいぐいと毛を引っ張り、仕舞いには小さな身体を抱き上げようとするのだから。
「こら、晦ちゃんに悪戯しちゃ駄目でしょ」
 レジの横にぽつりと居るだけが、たまにこうして客が自分を構いにやってくる。他愛ない会話、少々苦しくはあるが少年少女との触れ合いは決して悪いものではない。
「ええーー! だってかわいいんだもん!」
 母親に晦を取られ、返されてしまった少女は顔を膨らませ連れて帰りたいとも言う始末。なかなかここまで気に入られる事も珍しいが、大切な神様だから。と、そう店主に宥められて暫しぐずった後にようやく。
「また触らせてくれる?」
 黒く大きな瞳に涙を溜めた少女に晦は「ええよ」と小首を傾げる。
「ほらほら、そろそろ帰りましょう。 晦ちゃんも有難うね、最近は物騒な話が多いから……」
 娘の手を引いて最後の客が帰っていく、少しでも柔らかな毛並みに触れていたいと落ちてくる紅葉に身を擦られながら、こうして今日一日、晦の銀幕市において大切な勤めの一つは終わっていくのだ。
(かわいいかぁ……かわいい、なぁ)
 店主も客もよく自分を可愛いと言うが、実際精神年齢としては人間の成人男性に近いのだから、『可愛い』という言葉はあまりよく使って欲しくはない。だからと言って、格好が良い、という言葉も当てはまらない事は十分に承知してはいるが。

「のう、晦。 お前が世話になっとる所や、礼を尽くすんは当たり前やろが……ちと稲荷神っちゅう威厳が無いのとちゃうんか?」
「あのなぁ……親父殿」
 数週間前だっただろうか、銀幕市の実体化でもって実の父親である朔月が同じ世界の中で生きているという事を知った。
 今まで自分達は映画の中にいる者、そして同『映画』からは自分一人が実体化してしまったものと半ば諦めていたものだがまさか父親が実体化し、晦を見つけ出し、しかもこうして店仕舞い時となると必ず顔を出しに来るようになったのだから、世の中の移り変わりという物は季節の移り変わりよりも早いのかもしれない。
「ここはここ、あっち(映画)はあっちやろ。 なぁ、いい加減慣れてくれや」
 晦は大抵、雑貨店の開店時間になるとレジの横で小さな仔狐という本来の姿になる。それは既に慣れ親しんだ事実であり、映画内でもさして変わった事では無かった筈だ。
「そりゃ、そうや。 せやけどな、お前が出来る事は他にもぎょうさんあるとな……」
 感動の再会とは、あまり言いがたい再会を果たした親子の会話は最近こうしたどうどう巡りである。
 父親として側に居てやれなかった事と雑貨店の人間が良くしてくれた事を朔月はとてもよく喜んだが、大抵小さな晦が子供に揉みくちゃにされた後は口を窄めながら別の役に立つ方法があると、妙に突っかかってくるのだから、どちらが子供なのだか分からない。
「せやから、何があんねん。 何が」
 大抵、こう切り返してやると朔月は数回口をがちがちと開け、深紅の髭を掻いた後に「頑張りいや」と小声で言ってくる。が。

「何が、っちゅうのはわしもまだよう分からんて、せやけど世の中理いうモンがある。 銀幕市ちゅう所の理がな」
 珍しく、と言えば朔月は大きな咳払いをして怒るであろうが、銀幕市において稲荷神が元の世界のように振舞える筈も無く、父の言う事は確かに「分からない」がスタートラインだ。だからこそ、次に出た話題がいつものそれとは違う事に晦は意識的に姿勢を正すのだった。


■〜開〜

「気がのらねぇな……」
 銀幕市の一角に突如現れた洋館、黒塗りの壁に黄金の装飾が至る所に散りばめられたいかにも現実離れした『映画の舞台』に掃除屋の姿をした芸術の神――ミケランジェロは内部を見渡し、癖のある髪を掻く。
「のるものらんも、受けたんはお前じゃろうミゲル。 今更引き返してもどうにもならんて」
 夕暮れ時の太陽は洋館の中へ入ると殆どが遮断され、代わりのように頂上に君臨するシャンデリアが煌々と煌びやかな光りを放っていた。

 掃除屋「M-A」倉庫街に建てられたビルの一室で営む仕事は対策課の依頼とさして変わらない。依頼が来れば引き受け、なんとかする。ただし、主であるミケランジェロが気に入らない事柄であれば剣呑な顔をして突き帰す。とはいえ、最近は殆どが巻き込まれる形で出来事に関わってきたのだが今回は特殊な段階を踏む事となったのである。
「内容が気に食わんのじゃろうが我慢せぇ、な?」
 黒塗りの壁が深く、掘られたような大広間の壁には、巨大と言って良い程の絵画が飾られていた。
 内装全てが暗色を散りばめているというのに、視界ははっきりと見え、巨大な絵画の両端からは二階へのスロープが伸びておりそこから上には人物の肖像画らしき影がいくつも並んでいるのが確認できる。
「俺はとりあえず見てやる、と言ったんだ。 何ものってやるとは言ってない」
「じゃろうなぁ。 しかし相手はそうは思っとらん」
「別にかまわねぇだろう……危ねぇんなら立ち入り禁止の札でもかけときゃいいんだよ」
 ミケランジェロはそう言って踵を返そうとする。勿論、すぐ側に控えていた鈍い煉瓦色の着物を着た男――昇太郎にがしと肩を掴まれて唸るようにもう一度、大広間から覗く絵画達を見上げた。

 事の発端はいつあったのか。実際こんな洋館がいつ出現したのか、自分達が知っているかと問われれば首を横に振る他無い。ただ、掃除屋「M-A」に来た依頼人は表情一つ変えずただこう言ったのである。
『ダウンタウンの北、森林であまり見えはしないが洋館がある。 そこに行くと人間が消えてしまう、そんな話は知らないか』
 雑談なら他でしてくれと返したミケランジェロと「分からん」と素直に返した昇太郎を前に、話は続けられた。
『そこはこの世の物とは思えない絵画があるんだそうだ。 いや、ただのムービーハザード、もしかしたらそのうち消えてなくなってしまうかもしれないが、どうだろう、俺は「人が消える」なんて厄介なハザードの中には入りたくはない。 君達でその洋館の絵画を見てきてくれないだろうか? そして出来れば保存してきて欲しい。 いや、本当に出来ればで良いのだけれどね』
 この世の物とは思えない絵画。ミケランジェロはその言葉に耳を傾けてしまったのだ。そして、相棒のそんな反応に昇太郎は行動を共にした。見るだけ、出来れば保存もして欲しい。一般人が映画の中に存在する物を羨む気持ちがあるのは別に不思議な事ではない。
 実際保存は兎も角として、興味だけで突進していく相棒を横目に探偵よろしく昇太郎が道すがらこの話を聞いた限りでは薄いヴェールを剥ぐ様に、少々毛色の違った物となってしまったのだ。
「こりゃ既に出来上がった物の一つなんだ、ある意味での話だがな。 俺は――」
 スロープから上がる事の出来る二階、そこに並んだ肖像画の人間は全て別人であったが、一様に悲しみに満ちた翳りのある表情をしている。理由は一つ、既にこのハザード内に入った者も居るのだろう、洋館内の肖像画、及び大広間の絵画に人が取り込まれるという現象が起きているのだ。
 仕組みとしては無理難題を強いるホラー映画によくある構造で、肖像画の中から一つ、この洋館の主人である絵画を見つけ出し破壊する。それでこの現象自体は収拾がつく。ムービーハザードの終わりだ。それらが集めた噂を纏めた内容だったが、実際主人の肖像画の破壊を一度でも間違えば二階には自分の肖像画が並び、広間の絵画に失敗者の魂と肖像が移ってしまうらしいというのだから、更に面倒くさい。
「ミゲル、お前の言うとる事は分からんが、なんとなくは理解しちょるつもりじゃけ。 じゃきに、取り込まれた人間がおるんなら助けてやらんと可哀想やろう?」
「お前の……お人好しは相変わらず手に負えねぇな」
 絵画とは違うが、描写する者としてこのハザードの解決方法をミケランジェロは嫌った。絵を見るだけ見てみたい、衝動的にそう思い助けてやろうと考える昇太郎を忘れていたのが運の尽きか、芸術家――それを生み出す者――として他人の絵画を破壊する行為は作者への侮辱にも等しい行為でもあるからだ。
「そういうお前が頑固者なんじゃ」
 のう、と物言わぬ大広間の絵画へ向かい、昇太郎は話しかけ始めた。これは、依頼とは別に誰とも知れぬ取り込まれた者達を助けねば、相棒はてこでも動かない。
「言っとくが……――」

「晦、わしが先やぞ? わーっとるな?」
 どすん、と、繊細な洋館には似つかわしくない足音と共に背の高い男ともう一人、見た目はミケランジェロと同じか下か、どちらも赤の際立つ異国の神が堂々とその姿を現すのであった。

 ***

 ホラー映画出身のハザード内なのだから、静けさと奇妙な視線は当たり前のように散らばっている。森林に溶け込むような洋館の外装から、来る者は殆どが偶々この場所に来たか、或いは少ない情報を人づてに聞いて単身来たか、大抵はそのどちらかであるように思ったが。
「おお、随分とかわっちょる稲荷さんもおったもんじゃ」
「ん? われ、わしが稲荷神ちゅうんがわかったんかいな」
 黒いツナギにモップの掃除屋、焦げた赤色の着物の男に上から下までが深紅に染まった同じく着物の青年と髭の逞しい、何故か耳と尻尾のついた中年男が加わって。
(頭いてぇ……なんなんだ、こいつら)
 互いに銀幕市内では直接会話が多かったわけではないが、それなりに知った仲だ。だが、昇太郎のように特に友人とも認めない相手にこうも無垢に微笑みかけ、あまつさえ相手の本性を知った上で嬉しそうに接する者も居ないだろう。
 稲荷神が悪質な存在でない事は確かではあるが、神とつく者はある意味でミケランジェロと昇太郎からは切っても切り離せない、奇妙な関係の存在であるからだ。
「せや、われは何しいにここきよったん? 見物とはちゃうやろ?」
「これから帰るとこ……――」
「ここの絵の話を聞いてな、困っとる人がおるん言うけぇ、助けんといけん思ってたんよ」
 上から下まで赤い色に包まれた稲荷神――晦と昇太郎は何故か話が弾むようだ。自分達と同じようにこのムービーハザードを終わらせようと来た者が居るならばその二人に任せればいい。
 やる気ばかりが高まっていく昇太郎と晦をよそ目に、ちらと近くに佇む大柄な男――見るからにこの男は稲荷神と言えよう、しかし壮年という年齢と合い極まって少々耳と尻尾に違和感を覚える――へ。
「なんだ、お前らがこいつを片してくれんなら俺らは帰ろうと思うんだが……なぁ、おい。 聞いてるのか?」
 目の前では西洋画が珍しいと目を丸くして見て回る晦と、普段はミケランジェロの描いたグラフティアートばかりを見ている昇太郎が自分の知る限りでの知識を織り交ぜながら互いに何処がどう面白いのか、絶賛談義中である。
「晦……」
「おい、だから聞いて……」
「わしの大事な息子が……息子に……」
 ぼそり、ぼそりと呟く言葉に晦達の関係を知るが、どうにも話が進まない。国訛りの男三人が一様にハザード以外の事柄ばかりで盛り上がる様はホラー映画のそれよりも遥かに恐怖であると実感し、談義に耳を傾け頭痛を感じ続けるミケランジェロはスロープから上へ、肖像画見学を始めた昇太郎達を半ば呆れ顔で眺めながら、新銘柄の煙草へと火をつけるのだった。

「しっかしまぁ、辛気臭い顔した連中やなぁ、もっとこー明るうできんのやろか?」
 スロープを登ったすぐ手前から、老若男女問わず、人間の肖像画が並んでいる。次代は比較的現在ないし、一昔前の者の上流階級者が多いだろうか、それに混ざった人物の画はきっとハザードが起きた後にこの場へ取り込まれた者達だろう。
「無理じゃろう、皆望まぬ場所へ送られてしもうたんじゃ。 どんな仕組みになっとるんじゃか、悲しい話じゃと思わんか」
 ホラー映画――昇太郎にとっては別の世界という括りではあるが――の根本を否定するわけではなかったが、こうしてハザードになってまで捕らわれる者達のなんと悲しい事か。もし、このハザードの状況ではなく、人として銀幕市に来られたのならば――つまりは、肖像画に取り込まれる以前のシーンから実体化出来れば――どんなに良かったか。
「せやかて、この屋敷の主を見つければええんやろ?」
 昇太郎の意見と違い、晦は前向きな姿勢で肖像画を眺めている。一枚一枚じっくり眺めない所が彼らしいと言えばそうであったが、ハザードを解けば全員が助かるという思考回路は単純でありながら的を射ている。
「そうじゃが……分かるか?」
「分からん。 さっぱりやわ」
 明朗快活な声に促され、晦の言葉を聞こうとすればすぐに肩へ負担のかかる答えが返って来る。肖像画を眺めだして既に十数枚以上は眺めただろうか、正面広間の絵画はここから見えなくなり、相棒の姿も見えなくなってしまった。
「せやかて簡単や」
「ほう、なしてそう言えるんじゃ?」
 ふいに、晦はまた数枚奥まで肖像画を眺めると、その一枚を取って軽く指を立てる。
「な、晦。 お前――」
「片っ端から壊しとけば何とかなるやろ? とりあえずこの髭のおっさんな」
 この時、昇太郎が晦を止めるには少しばかり時間が無さ過ぎた。
一度失敗すればこのハザードに取り込まれてしまうという情報はあくまで噂に過ぎなく、何より芸術を主にし、絵画を傷つける事を嫌う相棒を思いなかなか手の出せない昇太郎と違い、迷い無く解決へと導こうとする手はあまりにも純粋過ぎたのである。

「ミゲル! 大変な事になってしもうた!」

 晦の手にした肖像画は外れだったらしい。そして、取り込まれるという噂は事実であり、裂かれた肖像画と共に晦は消え、同じ場所に稲荷神の姿が描かれた肖像画が誰の手も借りずに飾られたのだ。
「どうし――」
 声を大にして昇太郎は叫んだ。自分と共にありながら、情報が行き渡らなかったせいで晦がハザードに取り込まれてしまった事、同時に何より相棒の気持ちばかり考えて取り込まれるという大切な情報を伝えなかった己を責めた。ミケランジェロの足音が言葉を出し終わらぬうちに聞こえてくる、けれど、事を起こしてしまったのはもしかしたら自分なのかもしれない。
(ミゲル、外は任せように。 頼んだ)
 晦を一人、絵画の中へ送り込むわけには行かなかった。中で何があっても自分が守らねばならない。ハザードを解決するのならば適任な存在がまだ二人は居る。

「昇太郎! おま……――」

 やめろ。いつも面倒くさいと行動を起こさない相棒の姿が視界に映る。きっと、適当に手にした肖像画を破壊する昇太郎を見て状況が掴めたのだろう。自分が消えるような体験は幾度と無く繰り返してきたが、ここ数日柔らかな日々が続いていたせいかミケランジェロの声が随分と昇太郎を咎めているような気がしてならなく。
(死ぬわけとちゃうから、な?)
 晦と共に戻ってくる、これはその段階に過ぎないと小声で口にしたその言葉は相棒へ届いたのだろうか。心配そうな顔は相変わらずだと、昇太郎は心の中で苦い笑いを零すのだった。


■〜我〜

 世の理を外れると森が騒ぎ出す。
 朔月がこの珍妙な屋敷について聞き及んだのはその『森』自身からであった。枯れ、散りゆく木々が異物への苦痛を訴える。続いて小さな動物達の恐怖じみた声、それらが小さな波動となって自分の元へ届いたのだから、時間はかかったが愛する息子へと会えたこの町に恩を返すつもりでこの屋敷(ハザード)へ向かったのだ。
「わしの、わ、わしの……! 晦がぁぁぁぁぁぁぁぁあああッ!!」
 心の底から可愛らしい息子だと思っている。まだあどけない小さな仔狐が丸まっているだけで駆けつけたくなる。晦が雑貨屋で子供に弄られている姿は愛くるしいが耐えられない。大人気なくも子供の手から仔狐を奪い、そのまま森まで逃走してしまいたいのが朔月の本心である。
「なんや! なんやこの珍妙な屋敷はっ! わしの晦をどこへやったっ!? や、やや! この愛くるしいモンがわしの晦か!?」
 屋敷を筒抜けんばかりに大きな男の声が木霊している。実際、尽き抜け、森中が五月蝿いと落ちる木の葉で理を超えた親子愛に迷惑顔をしているようだ。
「っおい! 黙れ、耳、いてぇだろこの! ――不良狐ッ!!」
 先程側で煙草を燻らせるミケランジェロは連れである昇太郎の声に血相を変えながら、スロープを上っていった。朔月も彼の連れの言葉が気にならなかったわけではなかったが、大切な息子に友人が出来そうなくすぐったい気持ちと、子離れ出来ぬ親の気持ちがない交ぜとなり結局大広間に留まってしまっていたのだ。その矢先、肖像画ではない、目の前に広がる絵画の中に現れた一人と、息子に瓜二つである一匹の描写に半ば半狂乱となって現在に至る。
「黙れぃこわっぱ! わしの晦の一大事や! こうしちゃおれん、なんとしてでもこの図案……――持ち帰ったるわい!」
 ミケランジェロの表情や彼の連れ、そして晦が絵画の中に居る事で大体の見当は朔月にもついた。息子が理を超えた現象――ハザードに巻き込まれたのだ。
「持ち帰ってどうすんだ! いいから黙って話を聞け、絵に触るなッ!!」
 相手が人間外の者であると朔月はミケランジェロの纏う何かに気付いてはいる、が、矢張り外見の差というものは拭えないもので、人間の男性としてもそれなりに大柄な身体で広間の絵画へ手をかけると一気に剥がそうと尽くす。
「お前の息子がどうなっても俺は知らんぞ!」
「な、何!? 晦がか、晦の身に何かあったらわしは、わしはもう生きとられへん! じゃがこの晦も……」
 絵画を引き剥がそうとする横から自棄とも、必死ともとれるミケランジェロの言葉が響き、ようやく「晦が危険である」という語句を拾った朔月は情けなくも崩れ落ちるようにその場へへたり込んだ。が。

「――なんちゅう、愛らしさや。 わしの息子、わしの晦や」

 この時、ミケランジェロは何かが終末を告げたと心の中で絶望した。よく町中で聞く言葉で表現するならば「だめだこいつ、はやくなんとかしないと」である。晦の描写が写った絵画の付近にちゃっかりと居座る朔月は結局息子を助けたいのか、この絵画を自分の物にしたいのか。
「ったく、こいつを何とかしねぇ限りはあの赤い狐は戻ってきやしねぇよ。 行くぞ不良狐……俺はお前の息子の安否なんざ知らねぇからな」
「この……! なんちゅう薄情なわっぱや!」
「うっせ、そのわっぱとか言うのもよせ」
 完全に朔月への態度を稲荷神としてよりも、ただ子煩悩なだけの親父と認識したミケランジェロは馴染みのある呼び名を簡素に伝えると、巨体な男を引き摺るようにしてスロープを上り始める。
「聞いた話じゃこの場所にある洋館の主を描いた肖像画ヤツを破壊すりゃあいい……らしいが」
 ミケランジェロが知っていたかとこちらを見る。勿論、朔月はそんなものは知るかと、未だに晦の肖像を眺めながら口の端でそう答えるのだった。

 ***

(楽しそうな雰囲気でもないんやな。 やって、悲しそうな気持ちも伝わってこん。 なんや、この空気は)
 絵画を破った途端、しまったと思った。けれど、尊敬する父も居る。破って取り込まれる自然の理を破った世界がどうなっているのか、晦は単純にして自分なりの考えを持って今まで居た、屋敷の大広間に飾られた絵画の中に居る。
 絵画の中は自分の知る映画の中や、まして銀幕市のような空気も無かった。楽しさも悲しさも無い、まさに作り物が描かれたと言うに相応しい世界。パーティーの最中なのだろうか、肖像画で見た人物が大勢集まって話やら、酒を開けていたがどれも感情に乏しいと言えた。
「晦! 晦はおるか!?」
「? 昇太郎か? まさかわれ、わしを追ってきたんとちゃうやろな!?」
 本物によく見せた作り物。そんな言葉の似合う世界で一際、大声を張り上げ生気のある言葉を聞き、人を縫うように歩いていた晦の足は止まる。
「……すまん、どうにもお前に伝えられんかった事があったけぇ。 気が気でなくなってしもうたん」
 どうやら図星のようだ。昇太郎は柔らかく一本の光りで染められた髪を気まずそうにしながら掻き回し、まるで動物のような上目遣いで晦を見てくるのだから。
「っしゃーないなー。 でもそれやったらわれの相方も心配しとるやろ。 ま、なんとかこっちでも外に出る方法、考えよか」
 晦の父、朔月は立派な稲荷神だ。数々の自然現象を見通し、それに外れた物を取り除く事が出来る。自分もそんな神になりたい、その為に今は全て修行として受けなければと。そう思うが故に起こした行動はどうやら昇太郎にも届いたようで、苦い笑を零された後。
「すまんの。 俺一人突っ走ってしもうたようじゃて。 先ずは絵の中の人物を一通り見て回るのもいいかもしれん」
 お前は偉いな、と昇太郎は屈託の無い笑顔でそう晦を褒める。それは朔月言う言葉の国訛りという所も合い極まって似てい、どこか照れながら頷く。

 パーティー会場を模した絵画の中。テーブルに置かれた食事類や身体の中に入れるものはハザードである以上、何があるか分からない事もあって口にしない。肖像画で見た生気の無い顔の人間には極力接しない。歩いていればこの絵画の中にある世界は『絵』としてはテーマが少ないとミケランジェロを見てきた昇太郎は言った。
「何がしか描いとると最初何にも分からん俺にも、よう、その風景が伝わるもんじゃけ」
 ただの色の塊でも、大体描き手が終盤を描くにつれ、何をどうしたいのか、ないしどういう感情を表現したいのかが理解出来てくるものだと、口にする。
「わしにゃよう分からんが……つまり何かが変や、ちゅう事かいな?」
「変……そう、かもしれん」
 ハザード内の絵画に取り込まれ、その絵画内で見えずに居た場所も入ることが出来る。そこまで奥行きのある絵画内ならば、その背景は描いた者が心を込めて描いたのだろうと、昇太郎は口にしながらモノクロのように相対する白い屋敷の一番奥。一際小さく、物置小屋のような扉へと手をかけた。
(足りないっちゅうのは悪い事やない、足りすぎるっちゅう事やろか)
 『変』である何かを予測しようとして、晦は頭を捻る。背景は昇太郎曰く良いものだったとして、では何がこの絵画に異色を放たせているのか。
「せや、これはハザードやってん」
 頭を捻るのは得意ではない。直球勝負の晦であったから、その答は出たのかもしれない。ハザードは映画内の現象が現実となったものなのだ。絵に、それが例えストーリーの主軸である物であれ、それに命が吹き込まれている道理はない。

『いらっしゃいませ、久しぶりに生きている『ような』方とお会いできました』

 絵画の中であった質素であり、また小さな扉の中には地下が続いていた、いや、正確には人一人がようやく通る事の出来る階段の下に一人の小さな男が佇んでいたのだ。
「ほんならわれは『生きとらん』ちう事かいな」
 扉の前、まるで男と二人が対峙する状態で、眉間に皺を寄せ理解できない現状を晦は口にする。
『そうなのでしょう。 いえ、そうです。 僕はここから出た事は一度も無い。 塗られた存在ですから』
 塗られている。その意味すら自分には理解できない。もう一度疑問を投げかけようとふいに、昇太郎を見た晦は彼の、唇を閉ざし今にも凭れんばかりの頭をただ上へと保っているようなその状態に一度は閉口し。
「塗られたってなんや? 昇太郎、われ、もしかして分かったんか?」
 答えは、首を軽く横に振った後、小さく縦にふられたそれで十分伝わった。


■〜解〜

 以前暇つぶしにと読んだ本がある。
 タイトルは忘れてしまったが、中身はミケランジェロの描くようなグラフィティアートではなくこの絵画のような油絵や肖像画等の言葉が乱舞する内容だった事は昇太郎も覚えていた。誰がその本を掃除屋の事務所に置いていったかは分からない、何度も読んだらしき相棒はソファを独り占めにしているし、手も空いていたというついでに読んだ程度だ。面白いというよりは難しい、絵の批評を書いたものであったがその中の全てにあまり賞賛が浴びせられていない事だけ妙にはっきりと覚えていた。
(折角のもんじゃて、褒めてもよかろうに)
 確か、そんな風に見た最後のページにこの絵画は載っていた。タイトルは。

『名も無き絵画。 僕の名前は一般的にはそう言われます。 塗られているといいますのは……ふむ。 芸術的な解釈は控えましょう。 つまり、僕は元に描かれた人物像の上から扉の図案を描かれて消されたのですよ』
 男はまだ青年にも満たぬ、若い顔をしていた。印象としては若き天才、或いは頑固な若者と言った所か。服装は絵画の中相応のものであったが着こなしは悪く、太い眉がどこか子供じみた印象を与える。
「なしてそないな事するん? やって、われはその中の一部やったんやろう?」
『それは――』
「元は作者の肖像だったっちゅう話じゃったか……俺も殆ど覚えとらんが……」
 【名も無き絵画】それは絵のタイトルであり、映画のタイトルでもあった。以前読んで、蜘蛛の糸程度に覚えている内容を昇太郎は紡いでいく。

 この映画の作者は二人居る。一人は絵画の作者であり故人だ。元は国外の画家を目指した少年であり、主に描いた作品は自分の居る肖像。自らが想像した世界に彼自身が入ったある種ユニークな作品だったと言えるだろう。が、あの批評まみれの本にはこう記してあった。
『かーっ、勿体無いねぇまぁいいけどよォ俺にゃ関係ねぇししっかしもったいねぇなぁなんで消すかねこのガキのトコ。 ホレ見ろよんあ? 映画の為? アホかお前ら』
 元々対談式の批評というのもあり、批評のそんな分かりやすさから内容をある程度頭に留めておく事が出来たのもある。
 この絵画は簡潔に纏めてしまうなら『映画の題材にする為に買われ、その後上書きをされた絵画』――。

「ややこしいわー……」
 たどたどしくはあったが、昇太郎の話を聞き晦は逆に考え込んでしまったようだ。
『そうだね、貴方の言うとおりだ。 ややこしい事に僕の元になった画家が故人になってしまったお陰でそのまま、絵画の作者を利用した設定が僕に取り付けられている』
 【名も無き絵画】の映画内容はとても一流とは言えず、二流以下として見られた為余計にその存在が知られていない。
『自分を描き続けた僕は最期の作品にこの絵を描く。 そして洋館に封じるんだ、自分自身を。 ただ、一人だけじゃ寂しいからね。 この絵画に興味を持った者を取り込むようにしてある』
 語尾に「らしいよ」そう、つけるあたり彼は自分が誕生した映画のハザードに取り込まれたムービースター。或いは事故的にヴィランズになってしまった者のような言いぶりだった。
「じゃったら、ここから出よる方法も知っとるんじゃろ?」
 本の内容こそ分かったが、画家の少年が放つルールのような物は昇太郎には理解しがたかった。ただ、そうしたこのハザードを知る相手から純粋に解決方法を尋ねただけであったが。

『それは、僕が居なくなる事ですよ。 ここから人が消えるという事は、僕が何にも興味を示さなくなった事と同じだから』
 理解して、彼が消えなければいけない事に昇太郎と晦はただ無言で相手を見やるだけであった。
 死を覚悟している、もしかしたらこのハザードが起こってから彼自身辛かったのかもしれない、望んでいるような顔になんとも言えぬ感情が湧いて出る。
「なぁ、わしにはそんな力なんてまだ無い。 われはどうや?」
 晦の言葉は昇太郎に掛けられたものか、肖像画の彼に掛けられたものか、くと引き締まる喉からはなんとも言えぬ悲しみが窺い知れた。

 ***

「この絵はな、完成した後に足された物がある。 これ以上弄っちまったらもうこれはただの落書きに成り下がるだけでな……」
 朔月の隣でミケランジェロは小声でそう言った。彼自身、何か思う所がありこの絵画を消す事が出来なかったのだろう。先程までスロープ上にまで上り可愛い我が息子を眺めていた自分の首根っこを掴み、また広間の絵画前へ出た。瞬時、に聞こえる小さな、囁くが如き声。
『われもわしもないんや、どうしょうもない……なぁ、どないしたらええ?』
 ミケランジェロが何をしているのかは分からなかったが、絵画内に居る晦と彼の相棒の位置が先程と違っている。見た事も無い――朔月にとって息子以外は正直どうでもいい――少年を囲んで。
「晦? 晦か!?」
「ああ、そうだよ。 ってかどこまで子煩悩なんだ、お前ホントは神とかじゃねぇだろ!? 静かにしてろって。 ――今、引きずり出してやるからよ――」
 絵画とこの洋館が繋がりつつある。朔月はミケランジェロの表情からそれを察する。彼もまた、大切な相棒を取り込まれた者なのだ、気長とは到底言い切れない表情が戦慄き、口元をいびつに曲げている。

『親父殿!? 親父殿、おるんやったら頼む! あいつを成仏させたってや!!』

 ミケランジェロの力で晦と昇太郎の声がこちらに届くようになっている。まだ小さいが耳に届く声が息子のものだと分かるまでに数秒、かからなかった。
「退けぃタマ! わしの息子がよんどるんや!!」
 絵画の世界がそのままこちらに具現化してしまう。相棒を奪われたミケランジェロは只今半暴走中。そんな中、ようやく息子の声で正気を取り戻した朔月はこのまま絵画の世界をこちらにもって来ようとする芸術の神の首根っこを引き、後ろへと投げ飛ばす。
「タマじゃねぇっ!? ……ッてめ! 何しやがるっ!?」
「分からんのかこのど阿呆がっ!? われの力でここまで来たのはええ、せやけど中のモンは別の形で逝かせてやるのが道理やろう!」
 朔月から初めて真面目な言葉を聞き、ミケランジェロは後頭部を抑えながらも目を丸くし、もう一度絵を見た。昇太郎も晦もこちらと繋がりつつあるのに気付いているのだろう。
『何抜けた事しよるんやミゲル。 晦の言うとおりじゃて』
「!? なッ……」
 昇太郎は昇太郎で自分を心配し、ここまでに至ったミケランジェロに一閃するかの如き一言を放ち。こちらの意表をついている。「心配してやったのに」理不尽さと相棒が意外にも元気であるという事が、どうやら彼を苛立ちの世界から引き戻したらしい。
 ちらと朔月を見た紫色の炎はゆっくりと立ち上がり、昇太郎と晦そして様々な物が具現化しつつある場所へ、共に形となった少年を見やった。

「この中(ハザード内)やと霊魂扱いっちゅうこっちゃな。 わしにゃ、われの事はさっぱり理解できへんが……」
『理解、しなくていいのですよ。 まさか、こちらの方々から刃で絶たれるのではなく全うに逝けるとは思っても居ませんでしたから』
 絵画の事は分からない、少年がいかにして出来た存在であるかも朔月には未だ理解出来なかった。だから、行動の全ては息子を助けたい、この町へまた一つの恩を返したい。その一念で稲荷神本来の力を操る。
「理解しやがれ……。 ま、あれだな、俺もあの扉を修復しようなんざ、思わなかったんでね。 ――悪く思うなよ」
 稲荷神の力と芸術の神の力はまた違う役割を持っている。ただ少年を昇天させるだけならば朔月だけでも問題は無いが、具現化した絵画を消すのはミケランジェロの仕事だ。

『悪く思いますよ。 これだから芸術馬鹿はやってられないんです』

 光が凝縮され、昇天する前に完全な具現化を遂げた少年は一人そう、語っていた。ハザードとしてこの洋館に佇んだ時、誰一人傷つけなかった大広間の絵画はテーマこそ無くなっていれども、セットとして作られていた肖像画達よりも遥かに、見る側の心を掴み誰一人傷つけようとはされなかったのだろう。
「それだけお前の描いたモンがいいって事だろ。 なぁ?」
 ミケランジェロは朔月の力で消えゆく少年にそう投げる。見るに、映画に必要とされる扉こそ無ければ絵画として少しばかり褒めても良かったようだ。だから、この言葉は手向けではない。
「知るかい、せやけどまぁ……」
 朔月はおさまりつつあるハザードを見渡し、晦の姿を確認する。勿論、他に巻き込まれた者も確認はするが、思い出されるのは絵画となった息子の姿。あれはあれで、この少年が描いた意味を持つのならばなんと素晴らしいものだっただろうか。
 まさか、そんな考えは口に出来ないがにやりと零れた笑みに気付いたミケランジェロに小突かれ、再び少年の行くべき道を開いてやる。

『そう言われるのが嬉しいんだから。 僕もよっぽど芸術馬鹿って事ですね』

 少年は消えるその一歩手前で、悪戯坊主のような顔をして笑っていた。大切な何かを持って旅立つ旅路ならばそう悪くはないだろう。朔月が父親になった者としてとしての微笑みで彼を見送ると、少しだけ照れたように頷いた後。洋館と共に、全てのハザードは森の中で沈んで行くのだった。


■〜現〜

 洋館を訪ねた時、このハザードの元が【名も無き絵画】であるという事をミケランジェロは知っていた。以前読んだ本にあった物。絵画とあれば嫌でも覚えられる自分の頭脳は大広間の絵画が一度、他の芸術家が魂を込めて描いた物である事実を知っているが故に実力行使を拒んだのである。
「のうミゲル。 それを知っときながらお前、なんにもせんかったんか」
 ハザードがおさまり、掃除屋達は事務所へ、稲荷神達は森へ留まる。途中、昇太郎は事の次第を確認した後にそう言い、ミケランジェロを睨む。
「しただろ。 お前こそさっさと中行きやがって……この」
「俺は晦と戻ってくるつもりやったんじゃけ! 今回はお前が何もせんかったんがいかん!」
 取り込まれていた晦と昇太郎、そしてそれ以前に取り込まれた者達はただの森林地帯となったそこで次第に意識を取り戻し、祭りが去ったかのようにありきたりな日々へ帰る。
「くそ、散々……」
 また、心配したのに。と口にしたくなる。今までが今までだったのだ、脳裏に掠める思い出がミケランジェロをここまで心配性にさせてしまったのだろう。
「なんじゃ、心配しとったんか?」
「してねぇよ。 いちいち心配なんかしてられっか」
 昇太郎が愉快そうな声を出すから、余計に否定したくなる。珍しくミケランジェロの弱みを握ったとばかりに上機嫌になった相棒の、しかし次の言葉はふと沈んで。
「俺もまだまだじゃけぇ。 心配かけちょるかもしれんなぁ……」
 長い年月を生きた筈の男はそれでも、自分が未熟だと言うのだろうか、そうして何処か遠くを見るような視線が夜空を彷徨い出せばミケランジェロは事務所への道を歩みながら、ただ呟いた。
「もう慣れちまったよ。 ――ま、これからも心配してやるさ」
 素直ではない。次の瞬間突っ込みにしては痛すぎる拳に頭を打たれながら、自分の頭上にも別の星が出ているのではないかと乱暴な昇太郎を見る。

「それに、監督ってヤツの熱心さも確かに、端から消す気はなかったが――な」
「何じゃ? 何をいうとるのかさっぱりじゃけぇ」
 今日のミケランジェロは本当におかしいと昇太郎は言う。
 けれども、あの【名も無き映画】を作った監督の映画に対する情熱もまた、あの扉として描かれていたのだ。普段の自分と何も変わらない、それがあの少年の言った芸術馬鹿なのかもしれない。

 ***

「しっかしまー、久々やったからなぁ。 肩が凝りよるわ」
 洋館のあった森林地帯、一際大きな木の上で朔月と晦は人と仔狐の格好で事務所へと帰る二人を見送っていた。
「せやけど親父殿。 親父殿がおったから今回は良かったんやで、ほんま、わしだけやったらどうにもなっとらんかった」
 仔狐姿の晦はどうやら絵画をおさめる為、十分に力を使い果たしてしまったらしい。疲れたのか、暫く大きな枝の上に乗っかり身体を丸め、偉大なる父の影を見ては瞳を輝かせる。
 その視線を直に受け止めずに流し、夜も更けた空を眺める朔月の心境と言えば、小さな息子が可愛らしい事この上ない気持ちで溢れている。画家の少年をあるべき場所へと戻した時、晦からも彼らしいまだ弱い稲荷神の力が何かの役に立ちたいと乗せられて来たのが分かった。それが余計にいじらしく、今視線を合わせようものならだらしない父親になってしまいそうで。
「われもようやった、晦。 これからもわしと一緒にやな……」
 ハザードでなくても良い、銀幕市に出会えた恩を返すために日々働いていこう。朔月はそう言葉にして、語尾には雑貨屋などではなく自分と一緒に過ごそうと言葉にする気まんまんに、晦の方を見て口を閉ざした。

「せやった! わしあいつと約束あってん!! 親父殿、また遊びに来たってな!」
「つ、晦!?」
 ぐったりと垂れた尻尾がぴんと上を向き、何やら行かなければ駄目だという風に晦は森の風に乗って朔月から走り去ってしまう。途中、何度もこちらを振り返る当たり非常に愛らしい、と子煩悩な頭は幸せに満ちた考え方をするがそうは言っていられない。
「世の理っちゅうのはほんま、難しいもんやな……」
 後は追えずに木の上。小さな背中が見えなくなるまで、朔月は息子の姿を見送る羽目となる。どうせあの奇抜な格好をした兎の元にでも行くのだろう。ひゅう、と風が舞いハザード解決の安堵と森達から朔月へ、痛恨の一言が突き刺さった。

『子供が育てば親は離れる。 発展途上とはいえ、当たり前の理ですがな、朔月様』



クリエイターコメントミケランジェロ様/昇太郎様/晦様/朔月様

ミケランジェロ様、晦様はお久しぶりです。昇太郎様、朔月様は始めまして。
プラノベオファー有難う御座います。唄です。
今回オファー頂きました文章を眺めつつ、なるべく忠実にかつ捏造と改定も多少となってしまいましたが如何でしたでしょうか?
訛りの方が三名様ですとなかなか個人の特徴が判別しづらいかと思い、言葉の位置や場面である程度メリハリをつけつつ、洋館に関しましても目線が変わると屋敷という表現を混ぜております。
全体雰囲気はミケランジェロ様の現代風、昇太郎様の和と現代、晦様と朔月様の和が混じりまして、文体の雰囲気や内容は無国籍な空気で書けていればと思っております。
皆様それぞれに、書きたい場面を用意して書かせていただきましたが、気に入って頂ければ幸いです。
捏造も相変わらず多めになってしまいましたが、これはやってはいけない。とありましたら申し訳御座いません。
それでは、またシナリオなりプラノベなりにてお会いできる事を祈りまして。

唄 拝
公開日時2008-10-31(金) 22:20
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