★ フェイズ1:死の尖兵を迎撃せよ! ★
イラスト/キャラクター:ピエール 背景:ミズタニ


 雷鳴――。
 稲光が、銀幕市を照らしだす。
 その雷は……しかし、天ではなく、空に浮かぶ神殿より放たれた。無数に枝分かれした紫電は、雨のように銀幕市の全域へと降り注いだ。
 一瞬のことだった。
 雷光に目を焼かれることのない視力をもつものがいたら、それが血の色のマントをひるがえし、屈強な肉体を持つ戦士たちにかわり、次々と地上へ降り立つのを見ただろう。
 落雷の音のかわりに、かれらの雄叫びが、街に轟く。

 死を与えよ すべての生命に 平等なる死を――

 少女神が遣わした≪死≫の化身は、古代ギリシアの兵士を思わせる兜に、大きな金属の盾、そして槍をたずさえ、無慈悲な進軍を開始しようと、した。
 次の瞬間!
 再び稲妻が迸った。
 今度のそれは、地より放たれた雷だ。
 白姫が市全域に設置していた迎撃兵器は、一抱えもある太さの、電撃の鞭であった。それが大きくうねり、空気を焼きながら、タナトス兵団へと襲いかかる。
 同時に、市全域の電子機器のモニターに、一瞬、少女の――白姫の姿が浮かび上がった。
 白姫の攻撃は、銀幕市民連合軍の、激撃作戦開始の合図でもあった。
「全軍、攻撃を開始せよ!」
 ノーマン少尉の号令――
 銀幕市の空を突風がかけぬける。
 神殿からは、第二陣の雷光が放たれ、それはタナトス兵に結実して、地表に降り立とうとするところであった。そこへ、風にのって鋭く研がれた氷の刃の群れが飛来する。
 フェイファーが、頬をゆるめたのは、氷の刃がタナトス兵を傷つけるのを見たからだ。負傷すれば血が流れる。死の兵士も、傷つけば血を流すのだ。
「――今日の僕は頑張るよ」
 エンリオウ・イーブンシェンの指が、複雑な印を結ぶ。
 早口で囁かれる詠唱。彼が次に手をふるえば、光輝く文様が中空に浮かび上がった。実に数秒しか要しない。だがそこからは百の紫電でかたちづくられた竜が飛びだし、兵士たちに向かってゆく。その竜がどんどん数を増しているのはヒュプラディウス レヴィネヴァルドの支援である。今や、市民側の攻撃はすべて、その効果が増幅されている。
「実に馬鹿馬鹿しい戦争だな。いい迷惑だ。そもそも文句ならオネイロスに言え」
 レヴィネヴァルドの巻き起こした竜巻が、幾人かのタナトス兵を、天に追い返すかのように巻き上げて、翻弄した。
 シェリダン・ストーンウォークは、きっ、と、空を見据える。真剣なまなざし。そして容赦なく、彼の魔力をふるった。
 空が――燃えたかと見えた。
 シェリダンが生み出した、赤く輝く魔力の矢が、何百、いや何千、いや何万と、空から降り注いだのである。

★ ★ ★

「いっくぞーーー!」
 大規模な迎撃が市のあちこちで唸りを上げる中、太助は気合い一番、くるりととんぼ返り。
「みんな、乗れぇ! 振り落とされんなよーー!」
 竜だ。
 太助が変身した昇り竜が、その背に市民たちを乗せて、空を翔ける。
「HAHAHAHA! イイネ、イイネー! 今日はサイコーの日だヨー!」
 いつにもましてテンション高く、白衣をひるがえして、竜の頭部に立つのは、クレイジー・ティーチャーだ。白衣のポケットから取り出して、周囲にぽいぽいと投げているのは、なんらかの化学薬品なのだろうが、当たった先で小さな爆発や酸による腐食をもたらす。
 彼のうしろには、昇太郎と李黒月がいる。
「……何があっても負けられませんよ、恩人がいるこの街を守ります」
 トンファーを握りしめる黒月。
 そのよこを、飛び過ぎてゆくのは神宮寺剛政だ。
「いたぞ!」
 剛政がにらみつけたところに、タナトス兵の一団がいる。
 その中に、ひときわ大柄な男を、かれらはみとめた。
 荒々しく岩を削って筋肉に彫刻したような、見るからに戦士以外の何者でもない風貌である。周囲の兵士が槍を携えているのに対して、その者は自身の身の丈を超える巨大なて鉄塊のごとき剣を持っていた。
 この男が青銅のタロスだ。誰もが直感した。
 敵の接近に気づいて、タロスの周囲の兵士たちが、肩を並べ、統率された動きで、盾を全面に押し出し、槍をいつでも突きだせるように構えた。古代ギリシアの戦士たちがもちいた密集陣形(ファランクス)という戦術だと、知っていたものがいたかどうか。
 剛政が、野球のピッチングを思わせるモーションでなにかを投げつけた。それは弾丸のように、タナトス兵の盾にめりこんで、激しい音を立てる。
「Yeah! ソレ、ノーマンくんのポップコーンじゃない!?」
 クレイジー・ティーチャーがゲラゲラ笑った。
「拝借してきた。使えるもんは何でも使うぜ」
 Lサイズのカップに手をつっこみ、魔力を与えた弾丸に変えて、剛政はポップコーンを投げつける。
 ふいに、轟音とともに、濁流が道にあふれ、タナトス兵の密集陣形へとなだれこんでいった。
 その水流のなかを、ルイス・キリングが駆けていく。
 手にする魔剣ウンディーネが、水道管からあふれさせた水が兵士たちの足をとらえる。その隙を彼は見逃さない。いつものロザリオはなく、彼の力を抑えるものはないのだ。突進し、斬り込んでゆく。
 そこへ、太助の竜が舞い降りた。
「いっけぇええええ!」
「Here We GOOOOOOOO!!」
 太助の叫びと、クレイジー・ティーチャーの奇声。
 だがタナトス兵団は盾を構え、槍を突き出し、応戦する。
「っ!」
 槍の一本が、昇太郎の肩を貫いた。
 だがさして表情も変えずに、昇太郎は刺されていないほうの腕に握った刀で敵をなぐ。どこかで鳥の声が聞こえた――と思えば、彼の傷が再生していく。
「大いなる≪死≫に抗うか!」
 タロスが咆えた。
 言葉にならない奇声とともに、クレイジー・ティーチャーの鉄鎚が決まるが、タロスは巨大剣を軽々と振るった。
 ず・ばん!――凄まじい膂力がもたらす一撃を食らい、クレイジー・ティーチャーの上半身は下半身に別れを告げたのだった。

★ ★ ★

 対タロスの突撃部隊が、敵将に対峙しているあいだも、銀幕市中に舞い降りたタナトス兵による蹂躙は、容赦なく行われていた。
 むろん先制の迎撃は、大規模な力がふるわれ、それによりはねつけられた兵たちも多くいたのだが……、生き残ったタナトス兵は、忠実に、おのが任務をこなそうとしていたのである。
 そしてかれらは、人間のような姿をしていても、その力は常人のそれではなかった。
 撃たれたり切られたりすれば血を流しはしたが、苦痛を感じているのかどうか、ものともせずに進軍をやめない。
 そしてその矛は銀幕市の至るところで、数え切れぬ市民の血を吸った。
 パニックシネマのロビーにも、かれらの軍靴はずかずかと踏み入り、カフェスキャンダルのイスもテーブルも蹴散らされ……どこかであがった火の手が、ゆっくりと、だが確実に、街を舐めていった。
「悪いがここは立ち入り禁止なンだよ!」
 続 那戯は市役所へ続く道を背に槍をふるう。彼はタナトス兵の関節を狙ってくりだした。その形相には鬼気迫るものがあった。
 しかし、この日――彼のような人物は市の至るところにいたのだ。
 逃げられるものは皆、逃げている。
 ここに残っているのは、逃げられないものと、逃げられないものを守ることに決めたものたち。
 驚異的な力を持つムービースターばかりではない。
 常人に近いムービースターも、常人であるムービーファンたちも、戦っていた。

「あはは、こっちこっち!」
 楽しそうに、ミリオルが駆ける。
 そのあとを、数人のタナトス兵が追う。かれらは体力も無尽蔵なようで、走り続け、戦い続けても息を切らしている様子がない。
 ――と、ふいに、タナトス兵の体が沈んだ。
「やーい、ひっかかった!」
 落とし穴だ。逃げ回りながら、彼は敵を罠へと誘導していた。
 しかし、タナトス兵は同じない。先に落ちた兵士のうえを、あとから来た兵士が平然と、踏み越えてくるではないか。踏まれたほうも、さも当然と言わんばかりの様子だ。
「うわ!」
 鋭く突きだされた槍の一撃がミリオルをとらえる――寸前に、彼の身体をさらったのは、梛織だった。 
「気をつけろ!」
 一喝し、そのままバックステップで敵の攻撃をよける。ひと呼吸の後、横へ飛び、建物の壁を蹴って槍の下、敵の足もとへと滑りこんだ。そして渾身の蹴りで敵の脚をすくう!  バランスを崩して倒れた兵に、ミリオルが襲いかかった。
 そいつはミリオルに任せて、別の連中を、と立ちあがった梛織だが、そのときにはもう、新たな敵が寸前まで迫っている。
「!」
 槍に脇腹をえぐられた。歯をくいしばるが、呻きが漏れる。
 次の瞬間、不思議な光の爆発があった。
「……!?」
 見れば、眼前のタナトス兵が梛織に攻撃を加えた姿勢のまま静止している。
 振り返れば、すこし離れた電柱の陰で、スチルショットを手にしたギリアム・フーパーがウィンクを送っていた。

★ ★ ★

「面白そうなことやってるな……俺も混ぜろや!」
 突進してきた巨漢、RDは、アメフトのスターのように、タナトス兵たちをタックルで吹き飛ばしていく。
 そして、ぶん、と振り下ろされたタロスの剣を受け止めた。
 心底楽しそうに、牙をのぞかせて、彼は笑った。
「貴様らは夢だ」
 タロスは低い声で言った。
 激闘に、彼も無傷ではない。
 そばにいたタナトス兵が、とつぜん、ふりむいて彼に槍を繰り出してきたのは、榊 闘夜が憑依して操っているのである。
「まどろみに浮かぶうたかたに過ぎぬぞ」
「だからと言って、そう簡単に消されはしない」
 いらえたのは、緑の巨人。
 周囲の風景が、深い森へと変じていく。その中で、褐色の肌の巨漢だった龍樹の姿は、緑の龍に変わり、タロスに喰らいついた。
 龍樹とRDの、なみならぬ怪力にさすがのタロスも動くことさえままならない。みしみし、とその身が軋みはじめる。
 そこへ、ルイスが駆けこんできた。
 一閃!
 魔剣がタロスの太い首を断つ。
 首級が舞った。
「≪死≫をしりぞけても……それはやがてくる終わりの引き延ばしに……過ぎぬ……」
 それでもなお、その首は、そう咆えたのだ。

★ ★ ★

「偉そうなセーラさん……まるで昔の私みたいね。ビンタでもしにいけばよかったかしら」
 ティモネは言って、上空のタナトス神殿を見上げた。
 近づいてくる足音。ふりかえると、きっ、と敵をにらみすえ、彼女は鎌をふるった。その姿はさながら、彼女のほうが死神めいている。しかし、タナトス兵は返す刀でティモネに斬りつける。彼女もまた、傷つくことを厭わなかった。
 敵兵の肩越しに、ティモネは銀幕広場のあたりから、蔓が伸び始めるのを見る。
 第2フェイズが開始されたのだ。

 蔓が伸びてゆくのは、銀幕市のあちこちから、とてもよく見えたから、人々はひとまず、市民が敵の初発の攻撃を耐え切ったことを知る。
 だが、戦いはまだ終わってはいないのだ。
 タロスに戦力が集中したことで、この敵将を討ち取ることができた。
 だが、それによって期待したほど――タナトス兵団の足並みが乱れることはなかったのだ。
 神の軍団は頭を失っても、定められたとおりの進軍を行い、街を、人々を、蹂躙していった。
「っと!」
 ぼわん、と煙とともに竜が消え、タヌキに戻った。
 竜が降らせる雷に翻弄されていた兵士たちが、わっと、太助に向かってくる。
「スタァアアアップ! ボクの生徒に指一本ふれたら許さないYOOOOOO!!」
 クレイジー・ティーチャーがわめいたが、わめいているのは頭だけだった。
 あたりに散乱た四肢が、しかし、それぞれバラバラに動いて兵士たちを襲う。
「大丈夫ですか!?」
 獣化させた腕で敵の攻撃を受け止めつつ、黒月は昇太郎へ声をかけた。
「なんとか」
 のんきに応える昇太郎は、しかし、片足がもげ、脇腹に穴が開いている。再生がはじまっているが、それより先にまた傷ついてしまう。
 
「やつら好き放題――やりやがって……」
 梛織は、はあはあと荒い息をおさえ、血のにじむ傷口をおさえ、とどまることない憤りをおさえて、銀幕広場へ向かうルートに立ちふさがる。
 ひゅん、と空を裂いて、どこからか矢が飛んできた。
 だがその軌跡は、スローモーションになり、梛織は難なく矢を避けることができた。
 そして弓兵は、アラストールの刀に斬り伏せられる。
「平気かね?」
「あ、ああ……」
 頷くと、帽子をなおして、アラストールは駆けて行った。
 ちぇ、また誰かに助けられちまった。
 内心で呟くと、梛織は、それでもその場に踏みとどまる。一秒でも長く、彼がそこに立っているだけで、きっと誰かに何かをつなぐことができるはずだ。


『市役所、銀幕広場、銀幕市立中央病院――。重要拠点の防衛ラインは保持されています。ですが……』
 白姫の声なき声が、ネットワークの中を翔けた。
『全体としては、劣勢と判断せざるを得ません。こちらが戦力を敵将の撃破と拠点防衛に集中したのに対し、敵軍はあまねく攻撃を展開するローラー作戦をとっています。こちらの戦力の薄い地域では、被害が広がっています――』


「何してるッ! 弾幕薄いぞッ!」
 ノーマン少尉が怒鳴った。
 銀幕広場へのルートのひとつを、ノーマン小隊が守っている。
「だ、だめです、止められませ――」
 思わず音をあげた兵士の言葉は、無慈悲な≪死≫に遮られる。飛んできた槍が、その首を貫いたのである。
 ノーマンは身をひるがえして、自身が次の標的とならぬよう姿勢を低くした。
 地響きのような……足音と、雄叫び。
 タナトス兵団の一群が、ベトナム戦争の地獄さえ戦い抜いた兵士たちを蹴散らして、先へ進もうとしていて。
「畜生」
 ノーマンは歯ぎしりしつつ、ちらりと、一度だけ、後ろをふりかえった。
 すでに、巨大蔓は神殿へと伸びている。
 あとは、任せるよりない。

 上空では、いまだ、レヴィネヴァルドやエンリオウの魔法が荒れ狂っている。
 しかしその中でも、タナトス神殿は一切のゆらぎを見せてはいなかった。

 雷鳴――。

 戦いはまだ、はじまったばかりなのだ。







<登場人物一覧>

白姫 フェイファー エンリオウ・イーブンシェン ヒュプラディウス レヴィネヴァルド シェリダン・ストーンウォーク 太助 クレイジー・ティーチャー 昇太郎 李 黒月 神宮寺 剛政 ルイス キリング 続 那戯 ミリオル 梛織 ギリアム・フーパー RD 榊 闘夜 龍樹 ティモネ アラストール 





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