オープニング


「ヴォロス辺境の廃墟で、竜刻を回収していただきたいのです」
 世界司書のリベル・セヴァンは、いつもと変わらぬ淡々とした口調で、訪れたロストナンバーにそう告げた。
 リベルによると、その廃墟は遥か昔に滅びたとされる、とある古王国の城だったという。
 かつて巨大な竜刻をめぐり、隣国との大戦を起こし、自らが使用した究極魔法の暴走によって崩壊したと伝承にはあるが、真実は誰にも分からない。
 竜刻は、太古の昔にかの地――現在『ヴォロス』と呼ばれる世界を支配していた、竜族の力の欠片だと言われている。
 大地に神変怪異を起こし、そこに住まう生き物の有り様さえ変えてしまうという、絶大な力。
 その力ゆえに、竜刻は人々の欲望を掻き立て、幾多の争いが繰り広げられ……今日に至るまで、多くの国が、命が、生まれては消えていった。
 かの廃墟もまた、そうして滅んでいった古の国の一つなのだろう。
「今回の対象は、竜刻としてはごく小さなものですが、たとえ小さくとも何らかの力を持つ以上、万が一邪な者の手に渡るようなことになれば、悪用される危険性も否定できません。逆に言えば、竜刻の謎、力の源泉を解き明かすことで、ヴォロスをはじめとする世界群を『ディラックの落とし子』の脅威から守る切り札になるかもしれない。いずれにせよ、私たちは一つでも多くの手がかりを必要としています……引き受けてくださいますか?」

「霧の谷」の遺跡群を過ぎ、鬱蒼とした暗い森を抜け、瘴気漂う沼地を越えて、更に奥地にあるという、その廃墟。
 そんな場所にあえて近づこうとする現地の者は滅多にいない。
 稀にお宝目当ての遺跡荒らしが果敢に挑むこともあったが、初めのうちこそ意気揚々と出発していった彼等も、あまりの過酷な行程に音を上げて、諦めるのが常であった。
 もしその秘境に自ら近づける者があるとすれば……それはロストナンバーをおいて他にはないだろう。

         ◆   ◇   ◆

 風化してボロボロに崩れ落ちた壁。破れた窓。渇き切った泉。踏みにじられ枯れ果てた花園。
 かつての栄華は既になく、ただ無情に傷跡を晒す。
 朽ち果て白骨化した人々の骸が、そこかしこに横たわる。
 大臣も召使いも、近衛兵も敵兵も。身分も国家も関係なく、誰にも等しく訪れる『死』。
 古の王の居城は、静寂なる死の痕跡に満ち満ちていた。

 奥の玉座には、王と王妃の遺体。
 更にその地下にある、王族の墓所。その中央に安置された硝子の棺。
 そこに眠るは一人の姫君。奇妙なことに姫の遺体だけが、朽ちることなく生前の美しさを保っていた。
 まるで眠っているかのように。金の巻き毛も薔薇色の唇もそのままに。
 自らの故国が滅びたことも、両親が無残な骸を晒していることも知らず。
 安らかに、安らかに。

 そして、姫の棺に寄り添うように横たわる、甲冑が一つ。
 王国騎士団の紋章を刻んだ甲冑は、招かれざる客の気配を感じ、ピクリ、とその身を震わせる。

 死せる騎士はもはや意志を持たず、言葉も発することもない。
 骨さえも崩れ、塵芥となるまでに朽ち果てたその身には、もはや情念、あるいは怨念すらも抱く余地はなく。
 そのがらんどうの鎧に満ちるは、幾星霜の時と、人知を超える『力』。


(ドウカワタクシモ……ツレテイッテクダサイマシ……)
(……ゴシンパイメサルナ。ヒメハカナラズ、ワタシガオマモリシマス……)
(アナタサエイレバ、ソレダケデワタクシハ、ホカニナニモ……)


 それは、失われた物語。在りし日の残像。果たせなかった誓い。
 かつてその国の栄華を支え、そして破滅へと導いた、絶大なる魔力の残滓は、今や着る者とてない錆びた鎧を、ただ目前の敵を屠るためだけに在る呪われし鎧――リビングメイルへと変えて……


 そして、時は再び流れ始める。

管理番号 b12
担当ライター 石動 佳苗
ライターコメント  はじめまして。今作から参加させていただきます新人ライターの石動佳苗(いするぎ・かなえ)です。
 シナリオ傾向は王道冒険活劇か、サイコホラーなどのちょっとダークなものになるかと思います。
 ギャグ系やほのぼの系はちょっと苦手かもです。
 どうか、よろしくお願いいたします。

 さて今回のシナリオでは、皆さんにはヴォロスの過酷な秘境を突破し、立ちはだかる敵と戦って、遺跡に眠る竜刻を探し出して回収していただきます。
 ここでちょっと解説。このシナリオに登場する敵モンスター「リビングメイル」は「ただの鎧が魔力で動いている」というもので、いわゆるアンデッドとは違います。魂を持たないので当然意思の疎通も出来ません(というかそもそも「自分の意志」がありません)。
 ただし以上の特徴は「この遺跡における」リビングメイル、という位置づけなので、今後ヴォロス内の別の地方やエピソード(他のライターさんによるシナリオ等)で「アンデッドとしてのリビングメイル」「意思疎通が可能なリビングメイル」が登場した場合は、各シナリオの定義に従ってください(同じ「ドワーフ女性」でも、ある地方ではヒゲがあるが別の地方ではヒゲが無い、といった感じです。ヴォロスはそのぐらい広大な世界なのです)。

 インヤンガイを舞台にした別シナリオとはまた一味違った雰囲気を、そして広大にして悠久なるヴォロスの神秘を少しでも感じ取っていただけたなら幸いです。

 それでは、太古の竜の大地でお待ちしております。

参加者一覧
ボルダー(cwzu9806)
サリッサ・リンドベリィ(cwzz5393)
ヴァスティード・シュトラウス(chbd2612)
キュリア(cxpb7161)
ヴィルヘルム・シュティレ(cppn6970)
ニフェアリアス(czns4465)

ノベル


 白く深い霧に覆われた渓谷。『竜刻』も既に掘りつくされ、点在する古代の遺跡群だけが古の栄華の名残を残す。その奥深く、ひっそりと建つ駅に、この『ヴォロス』世界には本来存在しないはずの蒸気機関車――ロストレイルが到着する。辺りには人影もなく、あり得ない来訪者を見咎めるものはない。
 それぞれに依頼を受けた他のロストナンバーたちが三々五々降り立ってゆき、最後に残った六人は互いに顔を見合わせた。
「静かな場所ですね……」
 甲冑を纏った少女、サリッサ・リンドベリィの言葉に、牛頭人身の巨漢、ボルダーが頷く。
「現地人もいないようだし、この面子なら気兼ねなく、本来の姿でいられるな」
 彼の言う通り、此度の仲間はいかにも神話や伝説に出てきそうな風貌の者が揃う。老吸血鬼のヴィルヘルム・シュティレに、人魚を思わせる雰囲気の少女キュリア。そして人間――壱番世界の住人に比較的近い姿をしているのは二人。眼光鋭いヴァスティード・シュトラウスはともかく、もう一人の眼鏡をかけたやせっぽちの青年、ニフェアリアスは、何とも頼りなげに見える。
「あんた、何か特技はあるかい?」
「私ですか? ……そうですねぇ、少々ばかし魔力を使える程度で」
 水を向けられたニフェアリアスは、何やら短く呪文を唱える。一瞬、彼の指先に小さな炎が現れ……あっという間にかき消えた。
「お強そうな皆さんに比べたら、私の力などこの程度で、全くお恥ずかしい限りです。まあ皆さんの足手まといにならないように頑張りますよ」
「まあいいさ。ロストナンバーになったからには『人とは違う何か』があるってことには違いねえ。これも何かの縁だ。お互い頑張ろうぜ」

 出発前にリベルから手渡された地図を頼りに、深い森へと足を踏み入れる。森の中は木々が鬱蒼と茂り、昼だと言うのにあたり一面暗闇に覆われていた。
 時折野生の獣や低級の魔物が襲い掛かることもあったが、歴戦の戦士が揃う一行の敵ではなかった。キュリアに至っては、こういう湿気の多い場所は気持ちがいいと、まるでピクニックにでも来たかのようなご機嫌さだ。
「大したことねえな。これじゃ肩慣らしにもなりゃしねえ」
「油断は禁物です。この先には『瘴気の溢れる沼地』が控えているのですから」

 森を抜けた一行の前に、広大な沼地が広がっていた。深い森を抜けたはずなのに、周囲は明るくなるどころか、辺りの空気は尚一層重くどんよりと曇っている。
 そして、周囲に漂うむせ返るほど甘く濃密な匂いに、皆思わず自身の鼻と口を塞ぐ。
 沼一面を多い尽くす赤い花。細く長い茎の上に放射状に並ぶ、血を思わせる鮮紅の花弁から、これまた真っ赤な雄しべと雌しべが、天に向かって細く、長く伸びている。その姿は美しくありながら、どこか禍々しい不安を掻き立てた。
 その花こそが甘ったるい匂いと、そして瘴気の源だと気付くのに、時間はかからなかった。
「……ヒガンバナ」
「おや、あの花をご存知で?」
 ふと漏れたキュリアの呟きにヴィルヘルムは尋ねた。
「ちょっと前に、壱番世界出身の旅人さんから聞いたことがあるの。秋に開花する多年生の球根性植物。全草有毒で、田畑の畦や河原などの多湿地帯、そして墓地に多く見られることから、別名は死人花、地獄花、幽霊花……」
「……縁起でもないですねえ」
「でもあれは、単に見た目がヒガンバナに似てるってだけの別物ね。いくら全草有毒とは言っても、実際のヒガンバナは空気中に毒を放出することはないもの」
「要はあの花をどうにかすればいいってことだろ。なら話は早ぇ」
 言うが早いか、ボルダーは手にした戦斧で、群生する花を一気に薙ぎ払った。眼前の花が斧の一振りで刈り取られたその時、沼の底からしゅるり、と蔓草が伸び、彼に向かって一直線に襲い掛かる。
「危ない!」
 ニフェアリアスの叫びに反応したボルダーは、慌てて体勢を立て直す。その瞬間、彼の体に届く直前で蔓草はその動きを止め、ぱたりと沼地に倒れ伏した。
「……っと、危ないところだったぜ。ありがとよ」
 ひゅう、と一つ溜息をついてボルダーは礼を言う。自分が戦斧を薙ぎ払う前に蔓草の方が目の前で『消失』したように見えたが、気にしている余裕は無い。
「気をつけて。また来ます」
 サリッサとヴァスティードも、それぞれ武器を手に応戦する。キュリアは自身のトラベルギア【毒海】を鞭状に操り、ヴィルヘルムも炎の魔法で援護する。
 初めは無限と思われていた蔓攻撃も、次第に数と勢いを減らし、そして遂に全ての花が刈り取られた。
「しかし……これからどうするよ。ここから向こう岸まで歩いて渡っていけってか?」
 怪物花は滅したとはいえ、沼はあまりに広すぎて回り道など出来そうにない。蝙蝠への変身能力を持つヴィルヘルムだけなら上空を飛んで行けそうだが、他の者はそうもいかない。
 沼の深さはどのぐらいか、足を踏み入れても大丈夫かと、キュリアがそっと覗き込む。
「これ……ちょっとまずいかもね」
 彼女が見たのは、水面下で無数に折り重なる死体の群れであった。その殆どは恐らくヴォロスの民であろう。まだ真新しいものから、既に腐敗が進んでいるもの、白骨化したものまである。眼、鼻、口、耳……体中の穴と言う穴から、先刻一行に刈り取られた緑の茎が生えていた。あの花はこれまで何度も、哀れな犠牲者を蔓草で捕らえ沼の奥に引きずり込み、その死骸を苗床としてかくも妖しく咲いていたのだろう。
 他の仲間が覗き込む前に、死体群はゆっくりと泥の底に沈んでいき、やがて全てが見えなくなった。
「底無し沼かもしれませんし、それでなくても、ぐちゃぐちゃの泥の中を歩くってのも気持ち悪いですもんねぇ……念のため火で焼き固めて見ましょうか」
「それは私がやろう」
 ニフェアリアスの提案に乗って、ヴィルヘルムが炎を放ち、更にキュリアが【毒海】で誘爆させる。炎は瞬く間に燃え広がり、時と共に鎮火する頃には、次第に瘴気も薄れていった。
「さあ、行きましょう。目的地はすぐそこです」
 サリッサの言葉と共に一行は再び歩きだし、すっかり固まった沼を渡っていった。

 そして一行は、ようやく目的地の廃墟にたどり着いた。
「何つーか……辛気臭え場所だな、こりゃ」
 広々とした内部は、白骨化した死体がそこここに点在していた。かつては狂戦士として、死体を見るのは慣れていたはずのボルダーも、このあまりにも静かすぎる空間には、どこか居心地悪いものを感じずにはいられない。
 しばらく歩くと、かつて庭園だったと思しき空地へさしかかる。その中央に建つ、翼持つ女神を象った石造りの彫像は、首と腕の部分が欠けていた。
「この城自体に、何か『記憶』が残っていれば良いのだが」
 半壊した女神像にそっと触れながら、ヴァスティードは目を閉じ、意識を集中させた。

         ◆   ◇   ◆

 白い大理石で出来た、翼持つ女神像。その手に抱えた水瓶からは清浄な水が止むことなく溢れ、陽光の煌きと共に小さな虹を浮かばせる。
 その噴水を中心にして、辺り一面に色とりどりの花が咲き乱れていた。
 それはこの城が栄華を極め、人の息吹に溢れていた頃。

「どうしても……行ってしまわれるのですか?」
 蒼い双眸を不安に曇らせ、姫は目の前の青年に問うた。青年が纏うサーコートには、誇り高き王国騎士団員の証たる王家の紋章が刺繍されていた。
「ええ。敵の包囲網は、今や眼前に迫ってきています。このままではいずれ……。この国の命運と、王国騎士の使命にかけて、私も前線に赴かねばなりません」
「そんな……またわたくしはたった一人で、あなたを待たなければならないのですか? 何日も、何年も……どうか……どうかわたくしも、あなたと共に連れて行ってくださいまし!」
 そう言って姫は、若き騎士の胸にすがり泣き崩れた。
「それはなりません、姫。あなたはこの国に必要な方だ。いくら姫の頼みと言えども、危険な戦場へとお連れするわけにはまいりません。何よりあなたには父王様がいらっしゃる。多くの民もいる。決して一人ぼっちなどではございませんよ」
「でも……」
「ご心配召さるな。私は、必ず生きて帰ります。この国も、姫も、必ずお守りいたします。我が剣と……この首飾りに誓って」
 そう言って騎士は、懐からひとつの首飾りを取り出した。琥珀色に輝くそれは、表面に花の浮き彫りが施されていた。
「これを私だと思って、大切にしてください。無事使命を果たし、再び戻るその日まで、どうか希望を失いませぬよう……」
 互いに引き寄せられるように重ね合う唇。
 例え叶わぬと分かっていても、望まずにはいられなかった。

『この時が永遠に続け』と。

         ◆   ◇   ◆

(……今のは?)
 ヴァスティードは我に返る。女神像と花壇跡、そして建物の位置関係から見て、ここで起きたことなのは間違いなさそうだが。
「どうしたの?」
「俺の能力で、この城に残る思念を探ってみた。過去の状況はいくつか見えたが、竜刻に関する情報は、今のところ何も」
「そうか。この城も結構広い。まだ行っていない場所もあるし、ぼちぼち行こうや」

         ◆   ◇   ◆

「……帝国の皇太子と結婚……それは真でございますか、お父様!?」
 王の突然の言葉に、姫は小さな身を振るわせた。
「……お前も知っての通り、我が国は……我が国の持つ『竜刻』は、周辺諸国から狙われておる。度重なる侵攻に兵力は消耗し、さりとて肝心の『竜刻』そのもの制御もままならずにいる。全てを敵に回して自滅するよりは、そのうちの一つと同盟を結び生き延びる可能性に賭けたい。それが儂の考えだ。そして帝国が同盟の条件として申し入れてきたのが……お前なのだよ」
「そんな……」
 受け入れられるはずがない。自分には待つ人がいる。愛を誓った人がいる。それを裏切り、いかに高貴な人物とはいえ、見も知らぬ他の男に操を捧げるなど出来る筈も無い。
「お前には酷な話かもしれん。しかし全ては国を、民の命を守るためだ……分かってくれ」
「……」
 民を引き合いに出されては、もはや姫に反論の余地はない。下手に拒もうものならきっと、良くて我儘、最悪の場合『情欲に狂い国を見捨てた悪女』と誹られるだろう。
(あなたには父王様がいらっしゃる。多くの民もいる。決して一人ぼっちなどではございませんよ)
 愛しい騎士の残した言葉が、今は重い枷となって、
「わたくしは……」
 続く言葉を口にする勇気を、今の姫は奮えなかった。

         ◆   ◇   ◆

 一行は、謁見の間にたどり着いた。周囲の床に倒れ伏す貴族や召使は勿論のこと、奥に並んだ玉座にも、やはり白骨化した死体が座っていた。長い年月の果てに古びていても、その立派な装束は、この白骨が王と王妃その人だと物語る。
 それらを眺めつつ、何か釈然としない様子のヴァスティードに、ニフェアリアスが不意に声をかけた。
「お姫様がいないのが、そんなに気になりますか」
「お前も……分かるのか?」
 同じ能力の使い手なのかと、思わずニフェアリアスを見つめ返すが、当人は相変わらず飄々として、
「この城のそこかしこからビンビンに感じるんですよ。この城には当時、金髪に青い瞳の、それはそれは可愛らしいお姫様がいたようです」
「ああ、今までに見た『過去の情景』には、全て姫の姿が映っていた。しかし、これまで見つけた遺体の中には、姫らしきものがない。勿論竜刻も大事だが……何か妙に引っかかってな」
「それにしたって、一体竜刻とやらはどこにあるんだ? 確かここって、他国に戦争吹っかけられるほどでっかい竜刻持ってた国じゃあなかったのかよ?」
 探せど探せど竜刻どころかその手がかりも見つからず、次第に苛立ちを感じ始めたボルダーを鎮めるように、ヴィルヘルムが語りかける。
「そう急くな。確かリベル殿の話では、今回の竜刻は『ごく小さなもの』らしい。それに国ひとつ滅ぶ程の強大な力を使い切ったとなれば、仮に欠片が残っていてもその力はごく僅かか……或いはそれとはまた別種の竜刻があるのかもしれん」
「とは言ってもよ、もうこの城の中はあらかた探したぜ?」
「いや……案外見落としてるところもあるかもしれませんねえ」
 ひとつ大きな欠伸をすると、ニフェアリアスはそう呟いた。

         ◆   ◇   ◆

あの方が死んだと 戻ってきた伝令が言った

わたくしのすべて

幼い頃からいつも一緒の 魂の双子

身分違いとわかっていても

自分の立場をわかっていても

この想いは止められない

たったひとつの希望も喪い

あの方にもう会えないのなら

わたくしは自ら あの方のところへ行こう

         ◆   ◇   ◆

 城の裏手。生い茂る草むらに隠れるように、地下に建造された王族の墓所に通じる扉はあった。
「こんなところに扉があったとはな」
「いやあ、たまには『勘』に頼って見るもんですねえ」
 硝子の天窓に鏡張りの壁、地中深くにあるというのに、高度な建築技術の粋を集めたそこは、外界の陽光を巧みに取り入れた薄く柔らかな灯りに満ち、思ったほど歩くのに苦はなかった。冷たい土の中に埋めるよりは、この静謐なる空間の中で、安らかに子々孫々を見守って欲しい。それがこの王家に先祖代々から伝わるしきたりだったのだろう。
 階段を降り、地下通路をしばらく歩いてゆくと、歴代の王族の棺が並ぶ広間に出た。
 一行は竜刻を求め、一つ一つ棺を開けて中身を確かめる。何だか墓荒らしをしているようで気が重いが、それもこれも使命の為、世界の危機を救う為と自分に言い聞かせ……そしてその度に、目当ての竜刻を見つけられずに落胆したり、またもや死体を見る羽目になってげんなりしたり、そんなことを何度か繰り返した末、残るは一番奥の間となった。

 奥の間に進むと、そこにはたった一つだけ、硝子の棺が安置されていた。
 今までに見た他の棺も金銀の見事な細工が施されてはいたが、その硝子の棺の美しさたるや、薄明かりに照らされてキラキラと輝く様はまるで宝石箱のようだと、遠目に見ても感じられる。
「あそこで眠ってるのは、きっとこの城のお姫様ね」
「どうして分かる」
「あんな綺麗な棺ですもの。いかにも可憐なお姫様にお似合いじゃない?」
 くすくすと悪戯っぽく笑うキュリアの言葉を、しかしヴァスティードは冗談として捨て置くことは出来なかった。唯一見つからなかった姫の遺体の在り処として、確かにこれほど似つかわしい場所は無い。
 そしてその棺の傍に、一揃いの甲冑が横たわっていた。
 かつては銀色に磨きぬかれていたであろうそれは、長い年月の果てに曇り、血糊と錆で所々が赤黒く変色していた。
 左の二の腕あたりに、青や金に彩られた紋章が見える。それはこの廃墟で何度も目にした、王国の紋章に間違いなかった。
 そして……一行が奥へと一歩踏み出した瞬間、静寂の中でカチャリ、と鈍い金属音が響いた。
「鎧が……動いた?」
 一行が身構える中、重い体を引きずるように甲冑はのろくさと立ち上がり、剣を構えて立ちはだかる。
「番人のお出ましか……やはり竜刻の在り処はあの棺、ってことだな」
 先の怪物花以上の警戒心を胸に、皆それぞれに武器やトラベルギアを構え、臨戦態勢に入る。
「やはりあれって、死んだ騎士の怨念だったりするのかしら?」
「いや、あれはどうにも、自発的な意志というものが感じられませんねえ。中身と同じがらんどう。外部の魔力の干渉を受けた、只の鎧でしょう」
「来るぞ!」
 腰に下げたブロードソードを抜き放ち、生ける甲冑――リビングメイルは一行に襲いかかった。

 敵の繰り出す一撃は、想像以上に重く鋭いものだった。立ちあがったばかりの時の鈍重さが嘘のように、剣を振るえば振るう程にその勢いは増し、一行を圧倒する。六人がかりで代わる代わるに牽制するから何とか互角に持ちこめているようなもので、これが一対一だったら、誰であろうと確実にこちらが死んでいた。そんな恐怖を感じさせるほどの、圧倒的な強さ。
 何人たりとも決して棺には近づけさせない。魂の宿らぬはずの鎧から、そんな執念めいたものを感じるのは気のせいか。
「この力、太刀筋……なかなか手強い相手だ」
「そうでなくっちゃ、お姫様を守る騎士は務まらないもの」
 真剣勝負を挑むヴィルヘルムとは対照的に、キュリアはさながら楽器を奏でるかのように、【毒海】を鎧に打ちすえては金属音を響かせる。
「へっ、その方がこっちも燃えてくるってもんだぜ」
「それに騎士の誇りにかけても、お互い引くわけにはいかない……そうでしょう?」
 巨体から繰り出す圧倒的な力で敵をねじ伏せようとするボルダーと、素早く動き回り関節部を確実に狙うサリッサ。二人の戦法は全く対照的だったが、それがかえって互いを補い合い、鎧の動きを撹乱する。
 その近くでは、ヴァスティードがトラベルギアの『ラウス』と『イルーシュ』を振るう。
「奴の動きが段々鈍くなっている……もう少しだ!」
 何度目かの攻撃の後、ついに鎧は膝をつき、重い金属音を響かせて床に倒れこんだ。
「やったな……」
 戦い終えてほっと一息つき、一行は硝子の棺へと近づいた。先刻キュリアが予想した通り、ドレス姿の可憐な姫が硝子越しに見えた。金の巻き毛に雪色の肌。薔薇色の頬や唇は愛らしく、まるで眠っているかのように安らかな顔をしていた。棺の中にいることにかえって違和感を覚えるほどに。
 ヴァスティードには見覚えがあった。彼女は確かに、この城内で何度も見た……
「……何だ?」
 その考えは、突然響く金属音に遮られた。先刻倒したはずのあの甲冑が、再びゆっくりと立ち上がろうとしていたのだ。
「これじゃあきりがねえ!」
 誰からともなく、絶望にも似た叫びをあげる。ニフェアリアスは言っていた。あれは『外部から』魔力の干渉を受けていると。その魔力を断ち切らない限り、あの鎧は何度でも復活するだろう。一方生身の自分たちは、戦う毎に疲弊してゆく。戦いが長引くほど、どんどん不利になってゆく。
「その魔力って、まさか……」
 皆が同じ結論に至る。竜刻の力。それこそがあの鎧の力の源。
 この城のどこかにある竜刻を一刻も早く回収しない限り、あの鎧は止まらない。自分達「侵入者」を一人残らず葬り去るまで。
 そして、その竜刻の在り処は恐らく……。
「やはり姫か!」
 ヴァスティードは叫んだ。思えば、この城から感じた残留思念は全て『姫の主観』であった。姫の喜び。姫の戸惑い。姫の絶望。持ち主たる姫の記憶を保存し、再生する。その姿を生前のままに保ち、自分を守る愛しい騎士をいくらでも甦らせる。それが此度の竜刻が持つ力なのだろう。全ては、あの日の『誓い』を守るために。
「みんな、もう少しだけ奴の注意を引き付けてくれ!」
 仲間達に援護を頼むと、ヴァスティードは棺の蓋を開けた。大切な、愛しい騎士の形見の品を無理矢理奪い取るのは、どこか気が引けた。しかし、誰かが断ち切らなければ、この呪いは止まらない。気高き騎士の鎧は、過去の妄執に縛られた怪物に変わり果てたまま。あの騎士と姫にとって、それは何よりの屈辱ではないのか?
「許せ、姫……!」
 首飾りを奪い取った瞬間、鎧は動きを止め、再び床に崩れ落ち……そして、そのまま動かなくなった。
「……終わったの?」
「ああ、どうもそうらしいな……」
 突然の、あまりにもあっけない幕切れ。ふと棺の方を見れば、美しかった姫の体が次第に干からび、木乃伊となって朽ち果てて……ついに塵となってざらざらと崩れ落ちていった。
「永遠を誓った乙女の恋も、終わってみれば一瞬、ってやつですかね……」
 これまで常に傍観者を気取り、好奇心からその様を見ていたニフェアリアスの言葉にも、どこか寂寥感めいたものが混じる。
「せめて、形見だけでも一緒にしてあげたいわね」
 キュリアの言葉に皆は頷くと、動かなくなった騎士鎧を持ち上げ、唯一残された姫のドレスに寄り添うように横たえる。
 鎧に触れた瞬間、ヴァスティードとニフェアリアスは垣間見た。物語の終幕、この城と騎士に訪れた最後の時を。

         ◆   ◇   ◆

 傷だらけの体を引きずりながら、戻ってきたそこは、無残な廃墟と化していた。
 敵味方の区別無く、恐怖に歪んだ形相の、命の抜け殻がばら撒かれる空間。
 これまで幾度も戦場を潜り抜けたはずの自分にも、今まで見たことが無いほどの、異様な世界。
 最初は何が起こったのかも分からず、しかし次第に冷え行く頭の中で、一つの結論が導かれる。
 しかし、彼の心を支配するのは、そんな推測などではなかった。
 まさか彼女も……いいや、そんなはずは無い。姫は自分が必ず守ると誓ったのだから。
 鎧の下の無数の傷から、真っ赤な血と共に生命力が流れ落ちてゆく。
 死神の足音が、ひたひたと近づいてくるのが分かる。
 ただあの日の『誓い』だけが、今の彼を支えていた。

 たった一つ残った場所、王家の墓所の、硝子の棺。
 脳裏をよぎる不安。それでも万に一つの希望を胸に、棺へと歩を進ませる。
 そこに眠るは愛しい姿。姫だけは、ああ姫だけはあの日のままだ。
「姫……約束を……果たしにまい……りまし……た……これからは……ずっと……」
 目覚めを願って口付ける。ゆっくりとくずおれる体。視界を包み込む、永遠の闇。
 そして。

         ◆   ◇   ◆

「あの騎士は……二人は幸せだったのでしょうか」
 棺に祈りを捧げた後、ヴァスティードの話を聞いたサリッサはふと呟いた。
「さあな。今更死人に聞けるわけもねえし」
「誓いが喪われようと救いは在る……貴公等は、共に旅立てたのであろう?」
 ヴィルヘルムの言葉に、皆は深く静かに頷いた。
 たとえ短い生涯であろうとも、今ここに残るものが抜殻だけであろうとも、二人がその命の限りに愛を謡い、想いを分かち合ったことに偽りはない。
 そしてその想いは、今ここにいる旅人達に伝わり……やがて後世にも残され伝わるだろう。特に、過去の遺産の保護を生業とするヴァスティードの手によって。

 共に眠る二人の魂が安らかなれと願いながら、旅人達は竜刻を携え、廃墟を後にした。


<了>

クリエイターコメント  大変お待たせいたしました。「喪われし誓い」ノベル本編をお送りいたします。

 限られた字数ゆえ、トラベルギアや特殊能力の設定等で全てを拾い切れなかった部分、その他至らない点も多々あったかもしれませんが、いかがでしたでしょうか?
 今回のノベルが、ご参加いただいた皆様に少しでも気に入っていただけたなら幸いです。
 そして、もしご縁がありましたら、そう遠くない未来に待つ新たな旅路にてお会いいたしましょう。

 この度はご参加いただき、本当にありがとうございました。

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螺旋特急ロストレイル

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