オープニング


 水晶の森とでも呼ぶのが相応しいのだろうか。
 ヴォロスの広大な大地の一郭に現出したそれは、まるで水晶で作り出されたものであるかのような森だった。森をぐるりと一周するのに要する日数は二日もあれば充分な程度。全体の面積としてはそれほどでもない、こぢんまりとした森ではあるのだが。

「その森の中央に、どうやら竜刻があるようなのです」
 世界司書はそう言って、集まった者たちひとりひとりの顔を検めていく。
「噂などで耳にされた方もいらっしゃるかもしれませんが、この森の中央にあたる場所は広く開けた空間となっており、そこには一匹のドラゴンがいるようなのです。――そうです、太古に滅亡し、現在は存在しないはずの生物が、です」
 
 司書が言うに、ドラゴンは鋼の色をしているという。年若いドラゴンだという情報もあり、また、どうも手負いであるらしいとの情報もあるらしいのだが、真偽は定かではないらしい。小さな泉の畔にいて、近付こうとする者を威嚇し、あるいは攻撃をしかけてもくるようなのだが、その情報すらも真偽は定かではないらしいのだ。何しろ、攻撃をしかけられた者は誰ひとりとして戻ってはきていないのだというのだから。
 ヴォロスにドラゴンという存在が確認できていたのは、もう、遥か以前のことになる。その存在が途絶えてから悠久ともいえる時が経ち、現在は彼らが生きていたという痕跡――すなわち“竜刻”が世界の各所に散らばり、ヴォロスを支えているのだ。
 つまり、万が一、仮に証言通りにドラゴンが実在しているとすれば、これはあらゆる事実を覆す可能性までもが生じてきてしまいかねない。
「その泉の周辺には薄い霧がかかっていて、近付くほどに霧は濃くなっていくとのことです。これは確かな情報です。水晶でできたような森なので、風景は進んでも戻ってもさほどの違いを得ません。加えて濃霧の影響を受ければ、ドラゴンの攻撃を受けるまでもなく、方向を失って道に迷ってしまうことも多々あるようです。もっとも道に迷ってしまっただけの者であれば、二、三日も森の中をさまよい歩いた後にひょっこりと出口に抜け出て戻って来られるらしいんですけれどもね」
 銀縁の片眼鏡を指の腹で押し上げながら、世界司書は続ける。
「竜刻ですが、ドラゴンのそばにある泉の中にあるようです。もっとも、その泉の深さなどに関しての情報は皆無です。なにしろ調査しようにも、ドラゴンがそれを許可してくれそうにないのですからね」
 ふう、と小さな息を吐き出してから、司書は改めて目の前の四人の顔を見た。
「皆さんには件の泉に足をお運びいただいて、その中から竜刻を回収してきていただきたいのです。回収するためには、泉の中に入る必要があるかもしれませんし、ないかもしれません。もちろん、皆さんが何らかの手段をもって回収してくださるのならば、私からはその方法を指定はいたしません。ただ、そうですね……これは私の個人的な興味、なんですけれども」
 言って、司書はにやりと笑う。
「そのドラゴンに関しての情報に興味があるのです。もしも噂の通りに実在しているとなれば、これは大変な事態をも招くでしょうし。よかったら、後ほど結果をお聞かせいただけますか?」

管理番号 b14
担当ライター 櫻井文規
ライターコメント 初めまして。あるいはお久しぶりです。
このたび、ロストレイルでの初シナリオのご案内にあがりました次第です。

補足事項としましては、
・今回は戦闘等はありません。ご参加くださる皆様方には、「水晶の森」の風景や道行きをお楽しみいただければ幸いです。
・ドラゴンの在不在は定かではありませんし、よって、ドラゴンに攻撃された云々という情報の真偽も定かではないようです。
以上の二点になります。

皆様のご参加、心よりお待ち申し上げております。

参加者一覧
人見 広助(ctva9464)
清闇(cdhx4395)
龍臥峰 縁(crup9554)
ホワイトガーデン(cxwu6820)

ノベル


 降り立ったその世界は見渡すかぎりの平野と森とで覆われた、緑豊かな世界だった。今はその上を雪が覆っているが、春ともなればきっと色鮮やかな美しい光景に包まれるのだろう。
 首筋を撫でて流れる風の冷たさに首を竦めながら、ホワイトガーデンは湖面のような青をたたえた双眸を細めた。絹糸のような金色の髪が風に踊る。左肩からふわりと伸びるのは純白の翼だ。
「氷柱みたいですのね」
 ホワイトガーデンからほど近い場所に、右目を黒い眼帯で覆い隠し、手にしている煙管の先で黒髪を掻いている男の姿がある。清闇という名の男はホワイトガーデンの言に同意するでもなく、ただまっすぐに視界の先にあるもの――水晶の森を見据えている。
 遠景は、あの世界司書から説明を受けたものとなんら違わない。一見すればガラスや氷柱で作り出された、そう、喩えるならば技芸によって成された美しい芸術品のようだ。枝葉も全てが水晶で出来ている。なるほど、まさに呼称の通りであるようだ。
 ふたりからはいくぶん離れた位置に、親子と見紛うほどの年齢差をもった人影がふたつ並んでいる。華奢な体躯を折り曲げ、薄く雪の積もった平原の上にしゃがみこんでいるのは人見広助。広助はぶ厚い本を膝と腹とで抱え込み、どこかから拾ってきたのか、小枝で地面にぐりぐりとラクガキをしている。
「せったろうか、広助」
 その傍らでガタイの良い身体を屈め、広助を覗き込むようにして声をかけているのは龍臥峰縁という。ゆかりと読むその名前に似つかわしくない、厳つい風貌をもった和装の男だ。
 広助は縁に声をかけられるとうっそりとした面持ちで視線を持ち上げ、面倒くさげに口を開けた。
「はぁ?」
「どてらいしゃるいたけぇ、えらいわっしょ。せったろかて言うとんや」
 言いながら大きな背中を向けてよこした縁を、広助は立ち上がってねめつけながら返した。
「いつも言ってるだろ、ゆかりちゃん。その言葉、何を言ってるのかわかりにくいんだよ」
 広助が小さなため息と共に吐き出したその言に、縁は「あ」と小さな声を洩らし、頭を掻く。
「どうにも、ちょー気ぃ抜けばこれやっしょ。俺の故郷の言葉やさかい、癖なんだわ」
 言いながら気恥ずかしそうに頭を掻く様は、その大きな体躯には似つかわしくない。だがいかんせん、おそらくは笑っているのだろうが、眉間に皺が幾筋も寄ってしまっている状態なのだ。知らぬ者が見れば、不機嫌だと取られても不思議はない。
 広助は数十センチも身長差のある縁を見上げ、こちらもまた不愉快そうに眉をしかめた。が、そのまますぐに視線を移し、水晶の森の遠景を視界に宿す。
「それじゃ、そろそろ行くか」
 清闇がそう声をかける。
 ヴォロスに向かう列車には四人の他にもいくつかの人影があった。彼らもまたヴォロスに関する何らかの依頼を請けたのだろう。――おそらくは四人と同じく竜刻に関するものだ。竜刻はヴォロスのあちらこちらに散らばっているのだという。それらの大半が何かしらの力を保有しているのだというが、今回、水晶の森と称される領域もまたその力の影響を受けているのかどうか、現段階ではまだ解らない。
「ここに来るまでの距離で疲れたのか? おぶってやると言っているんだ、甘えたらどうだ」
 赤い光彩を放つ涼やかな視線を広助に向けて放ち、清闇が薄い笑みを浮かべる。広助は清闇の言葉を受け、きつくねめつけるような視線を向けて放ち、ぶ厚い本を脇に抱え持ってズカズカと歩みを進めた。
「ねえねえ、広助君? それはどういった本ですの?」
 広助が抱え持つぶ厚い本に興味を惹かれたのか、そのすぐ後にホワイトガーデンが続く。広助はホワイトガーデンに一瞥を向けはしたが、口を開くでもなく、代わりに縁に向けて視線を送り、早くついて来るようにと促した。
 縁が小さな会釈をして自分を追い越して行ったのを見送った後、清闇は薄く微笑みながら手の中の煙管を弄ぶ。
「さて、と」
 呟き、森の遠景を見つめながら足を進めた。
 なにぶんにも情報の曖昧さが気になるところだ。が、清闇はもちろん、誰ひとりとして緊張感やそういったものを持ち合わせてはいない。――おそらく、皆が同じことを考えているのだ。今回のこの依頼には危険は伴わないだろう、と。

 水晶は内部に煙のようなものを含んでいるようなものだった。透明度はあまり高くはない。だが、その煙のようなものは薄く光っていて、実に幻想的な風景を作り出している。
 霧は森を進むごとに濃くなった。
「ゆかりちゃん、さっきから何してんの」
 いくらか歩くごとに必ず短く切ったヒモを枝に結びつけている縁を仰ぎ、広助が問う。縁は上着のポケットにしまってある長いヒモを、歯を使い器用に短く切り揃えながらうなずいた。
「こうやって目印がわりに巻いときゃあ、道ィ迷わんでええわっしょ」
「道に迷ってしまう方もいるというお話でしたものね」
 ホワイトガーデンがしきりにうなずき、微笑んでいる。広助は上目に彼女の笑顔を見やり、すぐに目を逸らした。ただ初めに抱え持っていたぶ厚い本とは別の、ポケットサイズの本を開き、周りにある水晶に手を当てて何事かを調べているような風を見せている。
 水晶は自形結晶であると、手の中の鉱物ポケット図鑑には記されてある。周辺に林立する樹林が事実水晶で成されているものであるならば、これらも自形結晶による産物であるのに違いない。もっとも、世界が無数に存在しているならば、鉱物に関する常識等もまた数多存在するのだろう。ならば、この図鑑はもしかするとあまり用途は成さないかもしれない。
 考えて、広助は開いていたポケット図鑑を閉じた。むしろ逆に、こうして目にしているものを著していくほうが面白いかもしれない。――メモ帳や筆記具を持参してこなかったことが悔やまれた。
「良かったら、これ、使います?」
 ホワイトガーデンのやわらかな笑顔が広助の視界に割って入り、広助は思わず驚き目を見張った。ホワイトガーデンは広助が見せた驚きの表情に頬を緩め首をかしげる。
「私、作家ですの。0世界に壱番世界と回ってきましたでしょう。行く先々でとても興味深いものをいろいろと見てきましたわ。そういったものを記憶しておくためにもと思って、いつも携帯するようにしましたの」
 やんわりと笑いながら差し出したそれは罫線の引かれていない真白な紙が数枚、それに一本の鉛筆だった。
 広助はしばしためらい、ホワイトガーデンの顔をちらちらと盗み見ていたが、いつの間に後ろに立っていたのか、縁の大きな手が広助の背を軽く叩いたのをきっかけに、渋々といった面持ちを浮かべながらそれらを受け取る。そうして、
「……貴方がくれるって言ったんだからな」
 ぶすっとした声音でそう言い残し、紙と鉛筆を握り持ってずかずかと歩みを進めて行った。
「広助、礼ば言わなーよ」
 薄霧の中を歩き進めていく広助の背に向けて声をかけ、縁はホワイトガーデンに会釈をひとつ残し、早足に歩き進める。
 ホワイトガーデンはふたりの背を見送り小さな笑みを浮かべた後に、頭上に広がっているはずの碧空に視線を向けた。
 樹林から伸びる枝葉が視界を遮り、陽光の差し込むのをすら拒んでいるように思える。まだ日没まで時間的にも余裕があるはずだが、にも関わらず、周囲は薄い闇で覆われている。ただし、白い闇だ。霧の影響でもあるだろうし、水晶による影響なのかもしれない。今はまだ辛うじて視界も確保できているが、それでもやはり、入り口をくぐったばかりの時に比べれば随分と濃霧がかってきている。このまま奥に進めばおそらく、いや間違いなく、数歩先を視覚することすらままならなくなってくるだろう。そうなれば、こうしてふたりの後姿を微笑ましく見つめることも難しくなってくるのかもしれない。
「なるほど、迷うわけですわね」
 誰にともなく呟き、ホワイトガーデンはゆったりとした歩幅で歩みを進めた。
 三人のやり取りを後ろに聞きながら、清闇はひとり、霧の中を探りつつ目を細める。
 清闇は自然物と意思を疎通させることが出来る。鉱物もまた例外ではなく、ゆえに彼は周囲を囲む水晶の樹林との疎通も可能なのだ。
 陽光の到来を拒む樹林は、けれども風の往来までを拒んではいないようだ。首筋を撫でていく風は冬のそれであり、鼻先をくすぐる風は雪や土の気配を存分に含んでいる。それらすべてが清闇に囁くのだ。――清闇の同胞とも言うべき者はここにはいない、と。
「なあ、こいつをやってもいいか」
 肩越しに振り向き、憮然とした顔を浮かべて歩き進んでくる広助や、彼を追いかけつつもどこか不機嫌そうに眉をしかめている縁、対照的に穏やかに微笑みながら歩み進めるホワイトガーデンの顔を順に眺める。
「煙管かいな? きつかいないさかい、気にせんといてや」
 応えたのは縁だった。広助はむすりとした顔で清闇を一瞥しただけに終わり、ポケット図鑑の上に紙を置いて何かを書きまとめている。ホワイトガーデンはやんわりと頬を緩めてうなずいただけで、こちらはむしろ広助が書き記しているものに関心を寄せているようだ。
 清闇は小さく礼を述べた後に煙管を口に運び、火を点ける。数瞬の後に漂い始めたのは甘いベリーの香で、それに気付いたホワイトガーデンが興味深げに目を瞬かせた。
「こいつは野苺に似た香を放つ草でな。落ち着くだろ?」
 ホワイトガーデンの視線に気がついたのか、清闇はそう言って口許を綻ばせる。身体に悪いモンを吸ってるわけじゃねぇんだ。そう続けた後、清闇は煙を吐き出しながら進む先に視線を向ける。
 霧は一層色濃くなっている。進む先は霧の影響を受けて見えにくく、清闇は再び煙管を口に運んで思考をめぐらせた。
 水の気配がする。――もっとも、決してすぐ近くにある、というわけでもなさそうなのだが。
 もう一度振り向き、縁がヒモを枝にくくり結んでいるのを確かめる。
 もちろん、これまでこの場所を訪れてきたという者たちも、彼のような手段を講じてはいたはずだ。司書の言うように、行方不明者を生み出すという噂を持つ場所であるならばなおさらに。見たところ、縁がこれまでくくり結んできたヒモはそのまま残されているようだ。あれを辿れば難なく森の出口に向かうことは出来るだろう。
 もしも、この森の中で彷徨い帰路を失うような者がいたとするならば、彼らは物理的なものではなく、もっと別の何かによって進路を邪魔されていたと考えるのが正しいのかもしれない。
「おまえらがいたずらでもしかけてやがんのか?」
 ため息を落とすように小さな声で呟く。応えの声は風の音となって清闇の髪を泳がせた。

 いくつもの世界を渡り、あらゆる事象や風景を目にするということは決して苦痛ではない。むしろ期待や不安、あるいは未知なるもの、出会いに対する恐怖。そういったものに心を馳せているのが楽しい。
 ホワイトガーデンは清闇が“何か”に向けて声をかけているのを見つめながら、金糸を思わせる髪をかきあげる。
 彼女の背には片翼だけが伸びている。両翼を有する者は仰ぎ見るあの空を悠々と舞い飛ぶことが出来るのだ。けれど片翼しか持たない彼女は大地に足をつけていることしか出来ない。
 彼女の世界では、生まれ落ちたときから十をまたぐときまで、誰しもが両翼を有している。空はすぐ傍にあるものだった。いつまでも空の近くで舞い飛び続けることができるものだと信じていた。けれど十をまたぎ、ホワイトガーデンの背からは片翼が失われた。空は果てしなく遠いものになってしまったのだ。幾度となく空に向けて手を伸ばし、ため息を落としてもきた。けれどもその代わり、ホワイトガーデンは自らの羽根を羽根ペンとして用いることで、書き記したことを現実化させる能力を得た。今ではその能力を楽しんでさえいる。
 ホワイトガーデンは紙の残りを取り出し、背から真新しい羽根を抜き取って先端にインクを浸した。

「ん?」
 縁は周囲の風景の変化に気がついた。
「霧が薄ぅなっちょる」
 
 森の中に満ち広がっていた霧は風が拭い取っていったかのように少しずつ薄くなってきていた。
 広助は熱心に水晶の特徴をメモしていたが、霧が薄まっていることに気がつくと顔を持ち上げて周りを見渡した。
「どうなってんだ、これ」
「運が良かったのかもしれませんわ」
 にっこりと微笑み首をかしげて、ホワイトガーデンは進路に向けて指を指す。
「行きましょう? 清闇君が待っていますわ」

 ホワイトガーデンの“能力”で霧が晴れ、視界の自由を取り戻した清闇は、後ろを歩いてくる三人を確かめた後、まるで見知った土地を散策しているような足取りで歩みを進めた。
 水の気配はすぐ傍にある。ざわめく風と森の声を耳に掠めながら、清闇は迷うことなくいくつ目かの木立を抜けた。

 突如として拓けたその場所は、澄んだ青をたたえた小さな泉だった。仰げばそこに泉の色と遜色ない青をたたえた空がのんびりと広がっている。
「これがその泉ってぇやつかのう」
 水底を覗き込むような姿勢を取りつつ縁が口を開くと、ホワイトガーデンがうなずきながら、同じように水底を覗き込む。
「ずいぶんと綺麗な水ですのね。……でも底は遠そうな」
「そうやのぅ。さァて、ひやこそうな水やけェ、どう探したもんやろうか」
 のう、と訊ねつつ、縁は泉に着いてからしばらく口を閉ざしたままでいる清闇に目を向けた。
 清闇は「そうだな」とうなずきこそしたものの、泉の底を窺うというよりは泉の周辺に意識を向けているようだ。
「……気配がしねぇな」
 言って、しばらく周りを見渡した後、ようやく泉の底へと目を向ける。
「私、潜ってきましょうか?」
 ホワイトガーデンはそう言い放つと早々に衣服を脱ごうとした。縁と清闇がぎょっと驚く中、広助がパスホルダーの中からドングリフォームを取らせたセクタンを引っ張り出して口を開ける。
「この泉の水温とかさ、調べた? 馬鹿じゃないの?」
 言うや、今度は縁の方を向いて手を差しだし、ポケットに残っているヒモをよこせと呟いた。ほどなくしてヒモを巻きつけられたセクタンが完成し、
「おいおい、それはさすがに酷ってもんだろ」
 広助がやろうとした行動を先んじて制し、清闇はセクタンの頭をなでる。
「私に良い案がありますわ」
「潜るとかっちゅうのは無しやっしょ」
「ええ」
 眉間にしわを寄せている縁を見やり、ホワイトガーデンはやんわりと頬を緩めた。そして再び羽根ペンを手に持ち、紙の上に何事かを書きしたため始める。
 と、次の瞬間、青々とした泉の底で何かが小さな光を放った。
 それは鋼を思わせるようなもので、空から降る陽光を受けてひらひらと閃いているようだ。
「――あれがそうなのか」
「だと思います」
 清闇の言にホワイトガーデンがうなずく。        
「なるほどな」
 言って、清闇は静かに膝をつき水に触れた。
「……頼むぜ」
 ささやくようにそう告げた。その言に対する応えのように、泉の中、小さな光がいくつも流れ始めた。
「魚?」
 広助が呟き、清闇が静かに目を細め微笑んだ、その瞬間。
 一際大きな魚が一匹、水上に身を躍らせ、跳ね上がった。そしてその尾びれで何かを叩き、それを清闇の手の中に渡して、再び水の中へ消えていく。
 清闇の手の中に落とされたそれは小さな石のようなものだった。三角に似た形状で、
「牙みたいやのォ」
 アゴを撫でながら縁が覗き込む。それはその後もしばしひらひらと鋼色に閃いていたが、水上に現れてから程なくしてただの石のようなものへと姿を戻した。
「……あぁ、そうだな。牙だ」
 清闇が目を細め口を閉ざしたのに視線を向けた後、けれども何も気がついてはいないかのように、広助もまた憮然とした顔のまま石を覗く。
「化石だよな。こんなのに“力”があるっていうのかな」
「そのようですね。……ほら」
 うなずき、ホワイトガーデンは清闇の手の中の石にばかり気を向けていた皆の意識を導き、指した。
 先ほどまで広がっていたはずの水晶の森はいつの間にか消え失せていた。周囲にあるのは薄い雪をかぶった平原、そうしてそれに囲まれ静かに波紋を広げる小さな泉だけだったのだ。

 清闇が言うには、それは確かに竜の牙だという。今は化石化してただの石のような形状になってはいるが、大きさから見るに恐らくは年若い竜のそれだろう、と。

「思うのですけれど」
 帰路途中、ホワイトガーデンが口を開けた。
「きっと皆さん、勝手に驚いていただけなのですわ。竜刻はきっと見つけてもらいたくて、それでわざと目立つような真似を」
「でもなぁ。見つけてけーよ言うて、あんな霧なんぞかけてもうたら、分かれへんくなるやろうが」
「俺にはゆかりちゃんの言葉のほうが分からないけどな」
 森の中でまとめてきたメモ書きに目を落としていた広助が縁の顔をちらりと一瞥する。
「主張したかっただけなんじゃねェのかな。自分はこういう事が出来るんだけど、ってな」
 手のひらで竜刻を転がしながら清闇が言い、ついで顔を持ち上げ、遠目見え始めたターミナルをアゴで示した。
「とりあえず、まあ、戻って報告だ。広助がまとめたメモもあるんだろ? さっさと終わらせて呑みでも行こうぜ」
 言いながら煙管をふかす。
 涼やかな風の中、甘い香が漂って流れた。

クリエイターコメント このたびはβシナリオへのご参加、まことにありがとうございました。
今回はヴォロスの一郭を、いわば観光していただこうと思いました。よって緊張感は皆無となりましたが、のんびりまったりとした空気をお楽しみいただけていればと思います。

文中、口調などの描写がイメージと異なる等といった点などございましたら、お声がけいただければ幸いです。
それでは、また皆さまとお会いできるときを、心待ちにしております。
良い旅を。

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螺旋特急ロストレイル

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