オープニング


 世界の大半が海で覆われた世界、ブルーインブルー。
 あちこちに散らばる海上都市や島々を繋ぐため、往来する交易船は住民にとって生命線とも言えた。

 最初に『それ』を見たのは、夜回りをしていた船長だった。
 大きな船でもないが、異変がないかと見て回るにはそれなりに時間がかかる。
 退屈で孤独な道のりを、平穏を確かめながら進む。カンテラの明かりがゆらゆらと、そこここの影を踊らせた。
 積み荷のある船倉の前まで来た時だった。
 何やら物音がする。
 船長は身構えた。大切な商品に、何かあったら一大事だ。
「出てこい!」
 ドアを開けると同時に叫ぶ。途端に、物音が止んだ。
 船体に触れる波の音が、遠くに聞こえる。慣れきっているはずの潮臭さが、妙に鼻についた。
「誰だ! いるのはわかってるんだ!」
 窒息寸前の空気を破ろうと、カンテラを突き出した。
 荷の入った木箱を順繰りに照らす。何もいない。フナムシもネズミも、一匹も気配すらなかった。
 船長は腰元のナイフに手をかける。じっとりと手のひらに汗をかいていた。
 奥の一角へカンテラを向けた時、もぞりと闇が動いた。
「ミャアァァアアアアォォォオオオゥ……」
 爛々と光る金色の目。
 闇と同じ色の『何か』が飛び出した。とっさに船長が体をひねると、数瞬前まで体があった空間を鋭い爪がえぐる。
 とん、と軽い音を立てて廊下に着地したものを、船長は見た。
 真っ黒な毛並みの猫だった。大きさは山羊の子ほどもある。ただの猫ではない。
「誰か来てくれ! 化け物が出た!」
 船長は声を張り上げた。
 殺意のたぎる大猫は威嚇を続けていたが、すぐに駆けつけた船員達の前に、己の不利を悟ったのだろう。
 きびすを返すと逃げていく。
 しかし、船は孤立した空間だ。ここで逃がせば到着まで厄介が続くと、誰もが分かりきっていた。
 あまたの追っ手も何のその、大猫は甲板まで無事に逃げおおせた。
 船員達は退路を塞ぎ、包囲網をじりじりと狭めていく。数人が海賊用の武器を構えた。
 大猫は船長の顔を見つめた。
「ニャアオ!」
 物言いたげに鳴く。口元が歪んで、笑っているような錯覚を覚えた。
 甲板を蹴った大猫は、ふわりと空中に浮き上がった。夜空で見づらいが、背中から一対の翼が生えている。
 全員が呆気にとられる中、猫は悠々と飛び去った。空に逃げられては、手の出しようがない。
 黒い姿が夜に馴染んですぐに見失う。
 乗組員達はしばらく、甲板に立ち尽くしていた。
「船長、ありゃあ『海猫』ですぜ……」
 年かさの船員が、青ざめた船長に耳打ちした。



「ジャンクヘブンに赴いて、商船の護衛をしてください」
 集まった旅人達への挨拶も早々に、世界司書のリベル・セヴァンは切り出した。
「ジャンクヘブンを出て、サングラという海上都市へ向かう商船があります。その船が、海魔――海猫に狙われています」
 その言葉に、カモメの仲間を想像した旅人がいた。リベルは即座に否定する。
 海猫は、海に住む猫だ。サイズは小さいもので普通の猫ほど、大きいものだと牛ぐらいだという記録が残されている。
 連中がただの猫と違うのは、背中に翼を生やしていること。自由に空を飛び回れるおかげで、被害の割に討伐が厄介な海魔だった。
 ジャンクヘブンへ向かう商船が襲われたのが、発端だった。最初の一隻は積み荷を食い荒らされただけで済んだが、二隻目からは人的被害も発生し、三隻目はとうとう船が沈んだ。
 海猫が仲間を呼んだらしい。
 三隻目の生存者は、敵が十匹ちかくの群で襲ってきたと証言している。
「海猫が船を襲う理由は、干物です」
 リベルは淡々と告げた。
 襲われた三隻に共通していたのは、大量の干物を積んでいたこと。干物の匂いが、海魔の嗅覚を刺激するのだろう。
 簡単な解決策があるが、干物を運ぶなというのは不可能だった。
 まず、商売に少なからぬ影響を与える。長持ちしない種類の干物は、消費しきれなければ腐って無駄になるだろう。
「……というわけで、干物を運ぶ商船に同乗し、航海中に海猫を退治してください。商船には二十名の船員と船員が乗っています。船旅自体で困ることはないでしょう」
 リベルはブルーインブルー行きのチケットを差し出した。

管理番号 b21
担当ライター 高村紀和子
ライターコメント ぼんぼやーじゅ。
皆様初めまして、あるいはお久しぶりです。高村紀和子です。
味付けはいつも濃いめ、変化球が大好物です。今までの所業に関しては、前作『銀幕★輪舞曲』の雑誌社にて確認できます。
どうぞよしなに。

さて今回はブルーインブルー、商船の護衛です。
海の上で化け猫退治ですね。気持ちよく戦ってください。
敵は、巨大で飛びますがだいたい猫です。猫の集団だと思って対応策を練ってください。

商船は普通の商船で、武装なんてろくにないです。
船長と船員二十名は、戦力としてはあまり役立ちません。人海戦術の際に使ってやってください。
積み荷の干物は、あまり損害を与えないでおきたいところ。海猫に全滅させられるぐらいなら、退治作戦に消費するのもやむなし、ですが。

目的地のサングラは、澄んだ真水を使って作る酒が有名です。
清酒と干物。
無事に到着したら、船長のおごりで小さな祝宴をする予定です。オマケ程度に、こちらのプレイングもあると嬉しいです。

では、いってらっしゃいませ。

参加者一覧
セルヒ・フィルテイラー(cwzt1957)
ナオト・K・エルロット(cwdt7275)
千条 綾子(cueh3663)
アルド・ヴェルクアベル(cynd7157)
ヌマブチ(cwem1401)

ノベル


 真っ青な空と海の間を、一隻の商船が往く。
 サングラを目的地とするその船は、海猫の襲来に怯えながらも、順調な航海を続けていた。
 甲板には、勤勉に働く船員の他に五つの人影がある。
 ジャンクヘヴンから乗り込んだ、護衛という名目のロストナンバー達だ。

「曇れ~曇れ~」
 日陰で祈っているのはナオト・K・エルロット。
 暗闇の世界から来た彼は、晴れやかな空ときらめく水面にダウン気味だった。雨乞いのため、降れ降れ坊主の制作に励んでいる。
 セルヒ・フィルテイラーと千条綾子は、手すりにもたれて並んでいた。
「すごいわね……360度海ね!」
 セルヒは感嘆の声を漏らす。長い耳が興奮を示すようにぴこぴこと動いていた。
「周りに海しかなくて、迷ったりしないの?」
「迷わないですよ、滅多に」
 のんびりと航海士が答える。
 セルヒの出身世界では、ブルーインブルーほど航海技術が発達していなかった。遠洋航海は自殺行為に等しい行為だった。
 もっと造船技術や何やらが発達すれば、出身世界も海に出て行くようになるかもしれない。
 遮るもの一つない水平線に向けて、綾子は呟いた。
「学校の皆も連れてきたいけど……残念」
 見事な景色に目を細める。フォックスフォームのセクタン、一が首を傾げた。
「さて、海猫退治の準備をしましょうか」
 セルヒが声をかけた。
「海猫の巣とかないのかな?」
 ナオトは船員に尋ねた。しかし返事は芳しくない。どこからともなく現れ、どこへともなく去っていく海魔の生態を詳しく知る者はいなかった。
「それじゃ、干物をマストに吊して誘き出そうよ」
「そうね。必要経費として何枚かもらってもいい?」
 船長は渋い顔になったが、背に腹は代えられない。
「仕方ねえ。全滅させるよりはマシか……。あの化け物どもを退治してくれよ」
 積み荷のある船倉へと向かった。
「海猫だけど……猫って言うなら、マタタビは効くよね?」
 それまで黙っていた、アルド・ヴェルクアベルが言った。
 黒いフードで顔を隠しており、乗船の際に若干怪しまれたが――身元は保証されているので、そのまま乗り込んでいる。
「マタタビ? 壱番世界の猫にはよく効くから、海猫にも効くはずよ。持っているの?」
 綾子がひょこりと覗く。アルドは懐から小袋を取り出した。
 ざわり、と甲板にいた船員が浮き足立つ。
 アルドの手は猫の手だった。つやつやした銀色の毛並みに、黒豆のごとくふっくらした肉球。
 絶妙なタイミングで風が吹き抜けて、彼の黒フードをまくり上げる。
 今度は何人かの船員が悲鳴を上げた。
 ぴんとそびえる三角の耳。はりのあるヒゲ。その顔立ちはどう見ても猫だった。
「僕は海猫じゃないからね」
 アルドは先回りして宣言した。
 銀色の毛並みの猫獣人は、海猫と誤認されたら嫌なので顔を隠していた。それでなくとも、猫の姿は乗組員を刺激してしまうだろう。
「翼なんて生やしてないから、見間違うことはないよね?」
 アルドは皆に背中を向けて、軽い調子でウィンクする。
 一連のパフォーマンスに場の緊張がほぐれた。
 本来、船乗りにとって猫は友人に近い存在だ。航海安全のお守りだったり、ネズミを取ってくれたり。
 海猫の出現で妙な緊張が生まれたが、仲間だとわかれば猫の姿は逆に頼もしい。
「それじゃ、干物とマタタビでおびき寄せて攻撃で――」
「待つであります」
 作戦というほどでもないが、退治の流れをまとめようとしたセルヒに、ぼそぼそと声がかかった。
 鬼気迫る形相で仁王立ちしているヌマブチだ。
「……っと、どうしたの?」
 軍人にふさわしい威圧感を放ち、大海原に警戒の目を向けているので誰も声をかけられずにいた。
 内陸出身のヌマブチが初めての海に浮かれている、などという真実は誰も知らなかった。
 そしてもう一つ、誰も知らない重要な真実がある。
「我々が戦う海魔について、改めて確認よろしいか?」
「そうね……。海猫は、鳥の仲間じゃなくて翼が生えた猫みたいな姿をしているわ。干物を積んだ船を、群れで襲ってくる……って説明だったわね」
 セルヒが世界司書の言葉を思い出す。
「壱番世界の猫が空を飛ぶようなもの、らしいわ」
「だからマタタビと干物でおびきだんだよ」
 綾子とアルドが続ける。船員達がうなずいた。
「だいたいそんな敵っす」
「そうっす」
「……で、何か間違ってたかな?」
 ナオトがおずおずと、ヌマブチに確かめた。
 特にリーダーを決めたわけではないが、なんとなく敬礼したくなる迫力がある。
「間違いはない」
 簡潔に答えて、ヌマブチは甲板から目をそらした。傍目には、相談の内容を確認して、間違いがなかったから警戒態勢に戻った――ように見えただろう。
 ヌマブチは猫が嫌いだ。
 ヌマブチは、猫が大嫌いだった。
 それなのにこれから、猫の大群と遭遇して戦わなければならない。
 ……悪夢だ。
「もしかして、船に酔ったの?」
「何でもない」
 心配げなアルドから、それとなく距離を置く。
 個人的な恨みはないが、猫は怖い。
「干物を持ってきたぞ」
 そこへ、細長い箱を抱えた船長が戻ってきた。
 後は準備をして、敵襲を待つばかりだ。

    ***

 よいにおい、が一筋。
 海を渡る風に混じっていた。
 海のうま味をぎゅっと集めた、干物の臭い。
 それか、ら今まで嗅いだことのない強烈な誘惑の香り。
 その香りは鼻先をかすめただけで、海猫達の脳裏にふわりと酩酊感を生む。
 この世界には陸地が少なく、したがって木も少ない。
 海猫達があっと言う間に虜になったのも、無理もないことだった。
 海猫の群れは風に乗り、我先にと臭いの源を目指す。
 やがて帆船を見つけた海猫は、甲板めがけて降下した。
 人に対する警戒心、獣なりの知性は魅惑的な香りに眠らされてしまう。少しでも用心が残っていたら、甲板のそこここにわだかまる、不自然な黒い霧に対して注意を払っただろう。
 数匹の海猫が降り立った。我先にと、臭いの源へ群がる。
 マストに吊された干物と、その下にばら撒かれたマタタビの実。
 海猫達はよだれを垂らして、だらしなく甲板に転がる。
 食欲旺盛な一匹が干物に前足を伸ばした、その時。
 槍が海猫を貫いた。
「フギャアアアオオウ!」
 悲鳴一つを最後に、海猫は息絶える。槍型のトラベルギア『千条』を構えた綾子は、死体を悲しげに見下ろした。
「ごめんなさいね。貴方達にこの荷はあげられないの」
 したたかに酔っぱらっていた海猫達が、ようやく異変に気づいた。
 よたよたと立ち上がる一匹だったが、丸盾の不意打ちであっけなく沈む。
 続いて、降り注ぐチョークと銃弾の連携で海猫達は見る間に倒れていった。
「不意打ち成功ね」
「うん。次が来るよ!」
 アルドはセルヒに答え、魔法の黒い霧を晴らした。
 姿を現したロストナンバー達は、空に浮かぶ無数の影を見上げた。

 先陣を襲った事態を知らない後続は、ひたすらに獲物を目指してやってくる。
 マタタビの匂いが海猫の感覚を狂わせる。
 まるで角砂糖に群がる蟻のように、本能のままに海猫が降ってきた。
「我が槍は、千条を奔る」
 槍を構えた綾子は宣言した。
 軽くひざを曲げ、跳躍する。荷を狙って高度を下げていた海猫が一閃で屠られ、襲いかかった別の一匹が柄でしたたかに打ち落とされる。
 野良猫に餌を与えるのとは訳が違う。人と共存できない相手なら、戦う他は無い。
 マストに登ったセルヒは、ひらひらと干物を見せびらかす。
「干物、好きなんでしょ?」
 弧を描くように放り投げると、海猫がミャオミャオと先を争って群がる。
 干物に気を取られている海猫に、セルヒはチョークを投げる。何匹かは避けたが、翼を貫かれた海猫が甲板へ落ちる。
「後はお願いねー!」
 よく通る声にはじかれたように、船員が海猫にとどめを刺す。

 海猫と人間の激しい攻防の一方――
 ヌマブチは物陰で、悲鳴も出せずに震えていた。
 猫だ。見渡す限り猫があふれている。
 しかも連中は敵意をむき出しに人間を襲い、生臭い息と威嚇の声をまき散らしている。
 鮮やかに敵を倒すロストナンバーだが、多勢に無勢。海猫が上手く連携すると、危うい場面も何度か訪れる。
 おたつく船員は指示があってやっと動く程度、窮地を救う仲間の足を引っ張り続けていた。
「行ったわよ!」
 セルヒのチョークに翼を打ち抜かれ、海猫が落下した。
 真下にいた船員は剣を突き出す。海猫はするりと身をかわすと、顔面に爪を立てた。
 悲鳴を上げて腕を振り回す船員を、綾子の槍が助ける。
 ふと気づくと、甲板に血の香りが漂っていた。無数の海猫の屍骸はもちろん、味方も少なくない怪我を負っている。
 それでも皆、戦っている。
 女性が、不慣れな者が、力の限りに戦っている。
 ヌマブチは深く息を吐いた。帽子を被りなおすと、自分を叱咤する。
「うろたえるなっ!」
 軍人の鋭い一喝に、船員達は雷に打たれたように震えた。
 背筋を伸ばして立つヌマブチは、猫に震えていた姿はどこへやら。勇猛な指揮官の貫禄が漂っていた。
「数の利を活かせ! 三人一組で一匹に当たれ! 刃物は切るな、刺せ! 危なくなったらすぐ退け! 敵が飛んだら深追いはするな!」
 右往左往する船員に指示を飛ばす。
 混乱の中でよく通る声に、自然と彼らは従った。
 戦闘における、ほんの初歩的な注意事項だ。作戦と呼ぶほど大層なものでもない。
 だが当たり前のことをするとしないとでは、被害の割合が格段に違う。
 じわじわと押されていたのが拮抗し、優勢に傾いてゆく。

 ナオトは地道に戦っていた。
 なるべく殺したくない、そんな気持ちから羽を狙って撃ち、落ちたところを気絶させていた。
 しかし、その優しさがピンチを招く。
 白猫を気絶させて顔を上げると、海猫に囲まれていた。
「やっば……」
 一度攻撃されたことで、ナオトを敵と認識したのだろう。意識が戻った海猫達が、彼に向けて威嚇の声を上げる。
「フギャー!」
 もこもこふわふわの子猫が飛びかかった。
 ナオトは片足を退いてかわす。その時、子猫の鼻先をハットの飾りがかすめた。
 ひらひらと動く羽根飾りと、マタタビに酔った猫の集団。
 猫達は別の意味で目を輝かせ、ナオトに殺到した。
「ちょ、イタッ! ひっかかな、痛っ!」
 中の人なんかそっちのけ、猫じゃらしでじゃれじゃれしている。
 瞬時に人間猫タワーと化したナオトを、救う手段は少なかった。
「ナオト、ごめんね」
 きちんと謝って、アルドは魔法を使った。
 海猫に埋もれて窒息死寸前なナオトを指さすと、そこに紫色の毒霧が発生する。体力を奪うだけで死に至らしめることはない魔法だが、仲間に向けて使うのは少し心苦しい。
 深手を負っていた海猫達は、一匹、また一匹と、ナオトから剥がれ落ちて甲板に倒れた。
 負傷の度合いが軽いナオトだけが、最後に立っていた。

 マストの上から、セルヒは戦況を見た。
 あらかたの海猫は死亡か負傷しており、彼ら自身も旗色が悪いのを自覚している。
 それでも退かないのは、ひとえにマタタビの香りが魅力的だからだ。
 逃したところで、味をしめた海猫はまた船を襲う。だから速やかに退治してしまうか、二度と襲ってこないように徹底的に叩きのめすしかない。
「さて……もう少しね」
 戦える海猫はわずかだった。そのわずかを倒せば、こちらの勝利だ。
 甲板上の、動きの鈍った海猫に狙いを定める。
「オオォォウ……」
 その時、不意に背後で声がした。セルヒは振り向きざまにチョークを投げる。
 間近に迫っていた敵は、翼でそれを打ち落とした。
 ひときわ大きな図体の海猫だった。虎縞の毛皮は無数の傷が刻まれ、歴戦の猛者であると物語っている。
「親玉が出たわよ!」
 セルヒは叫ぶと同時に飛び降りた。彼女のいた空間を、太い前足が薙ぐ。
 海猫はマストに足を着けると、甲板を見下ろして喉を鳴らした。人間に対する威嚇のようでもあり、笑っているようでもある。
「大きいな……」
「ラスボスって貫禄だな!」
 アルドとナオトは敵影を確認すると、負傷した海猫の掃討を急いだ。
「総員、警戒を怠るな!」
 ヌマブチの号令に、船員はそれぞれ身構える。
 虎海猫は吠えた。
 首を巡らせ、積み荷を確認するとマストから降下する。
「行きます!」
 応じて、綾子が走った。進路を遮るように槍を振るう。肩に突き刺さった槍は重く、両手に肉の感触を伝えた。
 しかし虎猫は止まらない。槍と綾子を引きずって、積み荷に迫る。
「干物が――!」
 船員から悲鳴が上がった。
 大きく空いた口に、フォックスフォームのセクタン、一が炎を飛ばす。
 火球の熱に虎海猫はひるんだ。短く鳴いて足踏みする。
 そこへ銃弾が、チョークが、丸盾が、無数の短剣が。
 全力の攻撃が虎海猫に向く。
「これで、っ!」
 綾子は体をひねった。体重を使って槍をねじこむ。
 巨体の動きが止まった。
 数秒の緊張が過ぎると、その体はどうと横倒しになる。
 甲板が静寂に包まれた。
 皆が不安げに辺りを確かめる。動いているのは人間ばかり。運良く命が残っていた海猫は、先を争って船から逃げていく。
「やっ、た……?」
 半信半疑な船員の声に、ヌマブチの腰が抜けた。



 海猫退治が無事に終われば、航海の障害は何もない。
 無事にサングラに着いた一行は、勝利の宴を楽しんでいた。
 テーブルには干物が山盛り用意されている。焼いてもいいし、そのままでもいいし、アレンジして料理にしても良し。
 干物に合う飲み物として、船長がサングラ名物の清酒を一升瓶で山ほど用意していた。
「ままま、まずは一杯」
「未成年なので、水かジュースでお願いします」
 お酌に来た船長に、綾子は断りを入れる。真面目な高校生なのだ。
「いいじゃないいいじゃない。一人前に仕事ができる人間は立派な大人よ」
 セルヒが自然に肩を組み、清酒入りのコップを渡す。
「飲んでない人、いるー?」
「僕は、お酒よりミルクがいいな。船で運んでた干物と、あと何か甘いものがあると幸せだよ!」
 絡まれる前にアルドが先制した。
 船員がちょっとぬるめのホットミルクと、ドラ焼きを持って来る。
「そっちは?」
「飲んでるよー!」
 ナオトはコップを掲げた。隣のヌマブチも、無言でグラスを示す。
 上機嫌に笑って、セルヒはコップを掲げた。
「勝利を祝して、かんぱーい!」
 宴が始まる時に乾杯は済ませたが、こうやって盛り上がると仲間も返してくれる。
「「「「乾杯!」」」」
 ちみちみと日本酒を飲むヌマブチの、口元がかすかに緩む。
 それを目撃したナオトは、思わず叫んだ。
「笑ったー!」
 短くない航海の間中、厳めしい表情を崩さなかった同行者だ。天から槍が降ってきたような衝撃だった。
「ヌマブチさんって表情変わるんだ?」
「それがしも、笑うことぐらいある」
 素で失礼な発言だが、ヌマブチはさほど気に留めず答える。
「この干物、美味しいですね」
「うん。身がふっくらしてるね」
「お酒との相性も最高よ!」
 干物に舌鼓を打つ綾子とアルドに、お酒の良さを説くセルヒ。

 船長は無礼講な宴会風景を眺め、異国の護衛に目元を和ませた。

クリエイターコメント お待たせしました。ノベルのお届けです。
シリアス寄りのプレイングが過半数だったので、コメディは控え目な雰囲気になりました。
お気に召していただければ幸いです。

ではまた、図書館にてお会いしましょう。

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螺旋特急ロストレイル

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