オープニング


【インヤンガイのとある路地】
 その男は巨漢と言ってよかった。身長は190cmを優に超え、2mに迫ろうとしていた。その上、胴、太もも、腕の全てが分厚く太く、さながら大樹のたたずまいであった。体重も100kgを軽く超えていることだろう。黒いジャンパーを羽織っているが、その下の使い込まれた胴着は隠しようがない。しかし、巨漢がその自慢の武技を見せる機会は未来永劫に訪れないであろう。
 按(指や手の意)であろう。黒い鋼鉄でできた掌に、巨漢の顔面はわしづかみにされていた。よく観察すると、鋼鉄の節くれだった指が顔にめり込んでいるのが見える。ところどころ、割られた頭蓋骨のかけらが、白く飛び出している。血と脳漿をだらしなく垂れ流しながら巨漢は確実に絶命していた。
 凶手の持ち主は機械音をうならせ、哀れな巨漢を放り捨て路地を振り返る。レンズの視界の隅に脱兎のごとく駆け出す影が映った。おぉん、おぉん、おぉん。機械の体に熱を宿らせ、追いかける。その腕を掴み、引きちぎる。

【0番世界と世界司書】
「霊力都市インアンガイでチンピラ…もとい、武道家が殺される事件が続いています」
 世界司書リベル・セヴァンは『導きの書』を小脇に抱えたまま語りだした。伝えるべき事はすでに頭に入っていると言うことだろうか。
「犠牲者は全て、なにやら巨大な力によって、叩きつぶされ、折りまげられ、引きちぎられています。武道家が互いに戦ったらこうはならないでしょう。武道家に恨みをもつ者の犯行が推測されますが手段がわかりません。ただ『導きの書』は犯人が女だと言っています。
 警察が腐敗しているインヤンガイではこのような事件の解決に探偵が頼られています。モゥ・マンタイと言う探偵が事件を調査していますので、彼に協力してください。彼は信用できます」

【モゥ・メイ探偵事務所にて】
 インヤンガイの雑多な熱気をくぐり抜け、ロストナンバー達が指定された場所に行くと『モゥ・メイ探偵事務所』と書かれた看板が下ろされているところであった。
「お客さん達、モゥに用事があるの? ロストナンバー? にゃははははっ、来るの遅かったヨ。今日からここはただのメイ探偵事務所ヨ。モゥは死んじゃったからネ」
 メイ・ウェンティと名乗る女探偵の話によるとモゥ・マンタイは殺人鬼の情報を求めて夜の街をさまよっていたところ殺人鬼に出会って殺されてしまったようだ。
 モゥの死体には左手が無かった。ひじから先が折られ引き抜かれたのだろう。死因は間違いなく出血多量。あばらも数本折れている。そして、残された右手には携帯ゲーム機を握っていた。
「モゥはがんばりすぎたのヨ。大ケガして逃げてきて事務所の前で力尽きたネ。治療は間に合わなかったヨ」
 メイ・ウェンティはそう言うと事務所の奥からノートを持ってきた。モゥの残したメモには以下の事が記されている。それにメイは説明を加えた。

・犠牲者は全てソアンユェ流の門下生、もしくは門下生と交流がある者
 ――それと探偵モゥ・マンタイもネ。弱いのに無理しちゃって
・ソアンユェ流は評判がかんばしくなく門下生が良く暴力事件を起こす
 ――毎回毎回、後始末が大変ヨ
・去年にも門下生の一人が殺される事件が起きているが犯人はまだ捕まっていない。
 ――ホトケさんの彼女さんに頼まれたんだけどネ。見つかっていないヨ
・現場で黒い甲冑が黒い大型車に乗り込むのが時折目撃されている
 ――工業団地街区の番号標識がついていたって、そう言えば彼女さんもそっちの方のお勤めだったネ
・黒い甲冑についてソアンユェ流の関係を調査したが空振りした
 ――甲冑ってなにヨ。半机械人(サイボーグの意)じゃないの?

「ところで、ロストナンバー達、おなか空いていない? ゴハンおごってヨ」

管理番号 b44
担当ライター 高幡信
ライターコメント インアンガイ、燃えますねー。
退廃、犯罪、霊力機械。ご飯三杯いけます。

事件の真相を推理してください。
犯人はめぼしい門下生を見張っていれば見つかるかも知れませんが
そこで犯人を倒しただけでは事件の真相に辿りつけないかも知れません。
みなさまの推理を元に真相が解明されます。
色々な推理を楽しみにしています。

†  †  †  †  †  †  †  †  †  †  †

こんにちわ。WR見習いの高幡信(たかはた・しん)です。

私はTRPG畑出身でPBMのWRをやるのは今回が初めてになります。GMは100回以上やっているのですが、文章を書く方は素人であります。そうですね、文体は短くまとめる傾向にありますので、文字数の割には密度が濃くなります。その反面、字数を稼ぐのは苦手ですので全体的に短めになるかも知れません。
拙いところもあるかと思いますが、どうぞよろしくお願いします。

私は準備した設定をPCが蹂躙(ぶちこわしに)していくのが快感なMですのでPCに思う存分暴れていただけますようライティングしたいと思います。
それと、セリフや仕草がそのまま使える形でプレイングに含まれていますと、助かります。もちろん、一般的な形でも頑張らせていただきます。

それでは!

参加者一覧
ガルバリュート・ブロンデリング・フォン・ウォーロード(cpzt8399)
金 晴天(cbfz1347)
トゥルガンス(cmss3805)
ジム・オーランド(ceyy8137)
レオンハルト=ウルリッヒ・ナーゲル(chym3478)
ラミール・フランクール(cbhx1114)

ノベル


 世界司書リベル・セヴァンに見守られてロストレイル号は走り出した。ナレッジキューブを燃やし、ピストンが力強くクランクを押し出す。その勢いに鋼鉄の車輪がきしみをあげ、ロストレイル号は虚無の空間に躍り出た。
 車窓から遠ざかっていく0世界をじっと見ている者もいる。初めてロストレイル号に乗った時を思い出しているのだろうか。逆に、突き進む虚無に視線をやっている者もいる。その先に遠い故郷を見ているのだろうか。また、どことなく宙を見つめる者、瞳を閉じたままの者もいる。彼らの考えは窺い知れない。
 この任務に集散したロストナンバーは6名、全員がツーリストだ。選りすぐりの異能を持つ精鋭たち、戦士。事件の謎も予測される暴力も彼らの前では風前の灯火に見える。

 紹介しよう。

・バウンティーハンター『ジム・オーランド』その粗野な外見そのままの戦闘サイボーグ。この世で最もサディスティックな武器、ナイフを得意としている。

・全身甲冑の起動戦士『ガルバリュート・ブロンデリング・フォン・ウォーロード』彼もまたサイボーグだが、砲弾をも跳ね返す鍛え抜かれた筋肉に包まれる彼に機械は飾りでしかない。

・ボディビルダー『金 晴天』またまた筋肉の塊、ナノマシンで強化された彼が壱番世界のそれとは規格が異なることは言うまでもない。また、トレーニングに不可欠な知恵、クレバーさも持ち合わせているのが見逃せない。

・透明人間『トゥルガンス』職業はヴァイオリニストと言う。殺人という情緒に彼がどのような解答を出すのか、興味を抱かずにはいられない。

・吸血鬼伯爵『ラミール・フランクール』彼をオカマと侮るものは多いが、世界を統べる7王の1人であったことを忘れてはならない。問題は彼がその気になってくれるかどうかだ。

・喪服の旅人『レオンハルト=ウルリッヒ・ナーゲル』言葉数の少ない彼を知るものは少ない。杖のように手を添えているフリントロックは彼の内に秘めた真の力からみれば、ほんの余興に過ぎないであろう。

 彼らは一様に言葉数少なかった。弱者のように馴れあう必要もないと言うことか?
 ナレッジキューブのエネルギーが機関を駆動し、列車の駆け抜ける轟音が鳴り響いてもなお、虚空の冷気は車内を這いだしていた。ここは生命ある者の世界の外である。ディラックの落とし子の領域、明るい世界でも暗い世界のどれでもない、どこの世界にも所属しない。北海道での大型ワームとの戦いは記憶に新しい。窓の外の空隙はひたすらにロストナンバー達を拒絶していた。
 やがて列車は、熱い暗黒世界『インヤンガイ』に滑り込んだ。


 インヤンガイは活気溢れる雑多な世界である。ここでは人の命は安い。さもありなん、一行が到着したときには既に犠牲者が一人増えていた。依頼人であったはずの探偵モゥ・マンタイである。
「今少し早ければ会えたかも知れぬのが悔やまれる。貴殿は死んだがその意志は無駄にはせぬ……時に、メイ殿はこれには関わらぬのか?」
 起動戦士ガルバリュートの問いにメイは首を振る。命が惜しいと、その代わりにと今まで集めた情報は全部渡すと言う。
「ところで、ロストナンバー達、おなか空いていない? ゴハンおごってヨ」
 緊張感の全く感じられない代理人メイの口調は、インヤンガイでいかに人死が日常茶飯事なのかをあらわしていた。
「なんで俺らがおごるんだよ。おめぇがおごれよ」
 バウンティーハンターのジムの反応は彼女に近しい。これも人死にに慣れた者である。透明人間トゥルガンスのとりなしたところで、結局、ボディビルダー晴天の奢りとなってしまったようである。
「おいおい、このメンバーに対して、食事おごってよ、って。稼ぎそんなに悪いのか。ネェちゃん」
 一行はメイの行きつけの汚い屋台に案内されていた。全てが人工物で出来上がったそばの味は最悪。それにめげずにオカマ吸血鬼ラミールは彼女の話しを聞く、が、どちらかと言えばメイとモウの関係の方に興味があるようだ。
「モウは私の昔からの相棒ヨ。私がこんな小鬼だったときに拾ってくれたネ。モウは羅莉だったから小さい頃は可愛がってもらったヨ。最低の男だったネ。ふっふーん、好吃好吃、みんななんでこの味がわからないヨ」


 去年死んだソアンユェ門下生の名はテン・リュウシン。門下生と言っても師範代の一歩手前でその実力は折り紙付き、六尺を超える冠者で人望も厚かったと言う。その恋人カイ・ルーティエはメーカーに勤めるエンジニアで、社会的地位は彼女の方が上である。いわゆる美女と野獣カップルとも言える。
「えー、半机械人? そんなのいるわけ無いネ。科幻小説じゃあるまいし……。研究なら医療業界でしているけどネ。神経を電脳につなぐのは難しいらしいネ。そうネ、近いところだとシュクタン假手工業。……恋人さんカイ・ルーティエが勤めているヨ。
 それより、アンタ達、誰もガイシャのこと気にしないのネ。人でなしヨ。インヤンガイで楽しく暮らす素質あるネ」
 全く余計なお世話だ。
 ともかくも、恋人カイ・ルーティエの写真や居所、ソアンユェ道場の情報をメイから聞き出して調査に赴くことになった。特に気になったのは、去年の門下生が死んだという事件、ゲーム機の中身、機械甲冑の出所、死んだ門下生の彼女である。一行は二手に分かれることにした。

 ソアンユェ道場への聞き込みには、起動戦士ガルバリュートが行くことになった。荒事に発展するかも知れない。透明人間トゥルガンスもおっかなびっくり同行する。
「物騒な事件ですし、解決しなければならないですよね。……ですよね。ああ、でも犠牲者さん達の状況を聞いたら怖くなってきましたよ、どうしましょう、怖いですよー! ……ガ、ガルバリュートさん、私、隠れたりする事しかできないので、よろしくお願いしますね!」
 猥雑な街を二人は歩く。繁華街の一角の雑居ビルに間借りしている道場に辿り着いたら、細身の男が出迎えてくれた。彼は辟易した仕草で一同を道場の中に案内する。男はそれなり筋肉を身につけてはいるものの足運びは安定せず、一流とは言い難い。
「それで、前にオレ等の事を嗅ぎまわっていた探偵はおっ死んで、アンタ方はそいつの代理と……。へっへ、オレは前の探偵さんに話したことと同じ事しか言えないよ。
 あぁ、この道場? ソアンユェ流はもうお終いよ。師範代はもう一人しか生き残っていないしな。ああ、ジンさんって言うんだけどな。ブルっちまってもう何日も顔を見ていないさ。オレが生き残っているのは? さぁね。あまりに雑魚だからじゃね。
 そうそう、去年死んだテン・リュウシンさん……はオレ等下っ端から見たらまぶしくて仕方がねーよ。あの人の彼女さんもすげー美人だしさ。その彼女がさ、出来た人で、リュウシンさんに貸した金も彼女に返してもらったしな。あんなことになっちまったから香典にしたよ」
 トゥルガンスが確認したところによると、犠牲者はいずれも撲殺されてはいるもの欠損部位には共通点は無いようであった。また、テン・リュウシンの死因も間違いなく撲殺であると。
 道場からから出ると、喪服のレオンハルトが今しがたに二人が出てきた雑居ビルを見上げていた。彼は何かに気付いたようだ。

 モゥが遺したゲーム機の解析は未来世界から来たバウンティーハンターのジムとボディビルダー晴天が行うことになった。探偵事務所にある霊力電脳に繋ぐ。
 メイは同じく事務所に残った吸血鬼ラミールの相手をしていた。クネクネして気持ち悪い。
「いっやーん!こんなに物騒なのにか弱い女性が出かけるなんて、ラミールこわぁーい!
 ほらぁ、去年死んだ彼氏のテン・リュウシンってかっこいいじゃな~い。今回の犠牲者に殺されたんじゃないかなぁ。彼女を巡って恋のもつれとかで~。で、彼女のカイ・ルーティエが今回の事件の犯人よ。え~、なんでわかるかって~? きゃーっ、女にしか分からない女の勘よん」
「うるせーよ。オカマは静かにしてろ! そんなん誰だってわかってんだよ!」
 ジムが堪らず罵声を上げたところで、画面に向かっていた晴天が振り返る。
「出てきたねぇ。これはゲーム機じゃない。遠隔操作装置だ」
「ビンゴ! ほら来たぜ、俺の読みの通りだ。格闘プログラムとか入ってねーか? よしきた! 殺してまわってるデカ物は戦闘用のアンドロイドでゲーム機が端末だぜ。それなら力のねぇお嬢ちゃんでも使えるじゃねーか」
 晴天はうなずき、ジムに返す。
「間違いない。が、人をひねり潰せるだけの強靭な機械を、復讐の為、といって簡単に手に入るんかね。ここから先は俺の思いつきだけど、今回のチンピラ襲撃事件、金持ちが関わっているんじゃないか。例えば、ゲーム感覚で金持ちが、チンピラに復讐を燃やす人に凶器として機械を与えて、それを遠めで見ているとか……」
「あ~ら、決まっているじゃない~。ルーティエに惚れている男が別にいるのよん」

 道場に行っていた三人が戻ってくると、一同は情報を交換した。
 起動戦士ガルバリュートは死んだテン・リュウシンの怨念が彼女の工場の霊力機械に乗り移って暴走しているのではないかと主張した。神経ではなく霊を直接つなげるならばこのインヤンガイの技術でも出来るかも知れない。再現性があれば軍事利用も出来るだろうと。
 そう言い残し、ガルバリュートはシュクタン假手工業に向かっていった。いつの間にか喪服のレオンハルトも姿を消している。

 残された四人は、カイ・ルーティエを探しに、まずは手始めに彼女のマンションに向かった。
 ルーティエのマンションは工業団地街区にあって、シュクタン假手工業の高級社宅といった風情であった。道場のある繁華街とはずいぶん趣が違う。中流階級が出入りするマンションのロビーには噴水がしつらえてあり、騒がしいインヤンガイではなかなか落ち着く。
 異様な風体の一行を見とがめて警備員が飛んできた。そこで吸血鬼ラミールが警備員の瞳を直視し、何事かを囁くと彼はわざわざ自分のガードキーを使って一行を通す。そして、ルーティエの部屋の呼び鈴を数回鳴らして誰も出ないとなると、ボディビルダー晴天がみっちり鍛えこんだ筋肉を使って金属を捻じ曲げる勢いで扉をこじ開けた。
「強引にやるより、先に、彼女の交友関係を洗った方が良かったのではないのでしょうか?」
 その荒々しさを透明人間トゥルガンスがとがめるが、ラミールだけがうなずく。
 ルーティエは部屋にはいなかった。郵便受けに新聞が溜まっている所を見るともう長いこと留守にしているようである。パステル調の少女趣味丸出しの部屋であるにもかかわらず、床、机、棚には大小様々の金属部品が置かれ、設計図とおぼしき図面が散らばっていてた。また、霊力電脳からは格闘技のトレースデータが見つかった。データ提供者『テン・リュウシン』
 バウンティーハンターのジムは、部品の一つ、平和用途の考えにくい暴力的な突起の付いた鋼鉄の指……を手にとって笑みを浮かべる。
「なんでぇ、クロじゃねーか、嬢ちゃんはてめぇらに任せる。俺はバトルを楽しませてもらうぜ」
 ふと、トゥルガンスが郵便受けの新聞の山から手紙を抜き取ってみると、金融機関からの督促状であった。

 一方、シュクタン假手工業に向かった起動戦士ガルバリュートは、単なる医療用品……義手メーカーにしてはやたら警備が厳重なことに気付いた。
「はて、医療品は金になりますからこういう事も時にはあろうが」
 なるほど、目撃証言にあった黒い大型車も数台見える。ガルバリュートはパワードスーツのバーニアを点火して巨体を飛び上がらせた。屋上を揺るがしながら乱暴に着地すると、そこには喪服のレオンハルトが待っていた。
「つまらない現実を確認することになると思うが、行くか?」
 レオンハルトの魔法で隠蔽を施しつつ潜入すると、義手や義足、はたまた介護用アンドロイドの研究室が並んでいた。そして「特殊全装机械人研」と言う部屋が離れたところに見つかった。そこには「主任研究員カイ・ルーティエ」の文字が輝いてる。
 ガルバリュートが一人になった研究員を暗がりにひきずりこんで締め上げると、哀れな研究員はルーティエが「特殊机械人=戦闘用アンドロイド」を一体持ち出したまま行方不明になっていると白状した。そして、ルーティエは男が出来てから格闘兵装を作成したことも判明した。
 それでもシュクタン假手工業がルーティエを探すでも捕らえるでもしないでいることを確認すると、レオンハルトは軽く嘆息して立ち去ることにした。


「探偵ガルバリュート、貴様の非道、成敗しに参った!」
 起動戦士の重いタックルを喰らい、生き残った師範代ジンはダンベルやバーベルをなぎ倒しながら吹き飛んでいく。勁で受け流す余裕もない。彼は道場の上の階に隠れていたのだが、様子を見に道場に降りてきてしまったところを一行に発見されたのだ。
 倒れ伏すジンを晴天が片腕で釣り上げる。
「ニィちゃん悪いな。テン・リュウシンを殺したのはあんただな。しゃべるのがつらかったらうなずくだけでいい」
 ジンは目を伏せ頭をたれる。そこに、トゥルガンスが質問する。
「……私達は貴方に危害を加えるつもりはありません。殺人鬼が貴方がたを狙っていることからしてもむしろ保護対象です。
 でもわからないことが一つだけあります。好人物であったテン・リュウシンを何故殺したのですか? 彼はこの道場に欠かせない人物であったはずです」

―――金、

「金だ。奴は……凄い奴だったのだが、ある頃からか、金に困るようになった。特に派手になった訳じゃないんだけど、身なりがさっぱりして、格闘家っぽい粗野さがなくなった。それなのに妙にケチになった」
「よもや彼の金に目が眩んで殺したのであろうか?」
「違う、むしろ俺等は奴に金を貸してたんだ。結構な金額をよ。まぁ、それでも最後には返してくれたさ。律儀にさ。
 ただな。道場の金を盗んで返したのさ。そいつぁ、いけねー。奴を殺すしか無くなった」
「まさか、たったそれだけの理由で殺したのですか? ……なんと言うことを」
 耳を疑うトゥガンスに、沈黙を守っていたジムが応える。
「俺みたいな奴にはな、この世界はすごく馴染むんだ。道場、……道場と言えば聞こえがいいが暴力好きの集まり……ソアンユェは暴力団だ。マフィアの金に手をつけて陽を拝めるって道理はねぇよ」
「そうだ、黒社会には黒社会の掟がある。殺りたくなくても殺らねぇと面子が立たねぇのさ。それでこのザマァよ」

 その時、入り口の扉、その枠をも粉砕し、一台の大型車が道場に突っ込んできた。


 ――――  佻  狡  鋒  侠  ――  好  乱  楽  禍  ――――


 怨念は機械(ギア)を駆動する。瓦礫の散乱する中、大型車の側壁が跳ね上がると黒い甲冑が姿を現した。激しい機械音が咆吼とともに道場を揺るがす。
 シュクタン假手工業:特殊机械人<露蝶定做>
 足をばたばた震わせ崩れ落ちるジン。涙と涎を垂れ流し、命乞いをする事すらできない格闘家と言うのは矛盾である。

 黒い光沢につつまれる机械人は、人型と言うには暴力的な突起が多すぎた。拳頭にある禍々しいでっぱりは言うに及ばず、体中の至る所に飛び出している。また、肩部から架弓が後方に流れており、腰の左右に刀と銃身をぶら下げているが、奇妙にも、前後逆に取り付けてあった。その頭部は、昆虫的で前後に長く伸びている。
 机械人は片足を踏み出し重心を落とし、含胸抜背――肩背をゆるめ呼吸をしやすい姿勢をとった。まさしく、空手で言えば前屈立ちに酷似するソアンユェの基本姿勢。

 滑るような跟歩に勁が収束していく。先んじて、起動戦士ガルバリュートはバーニアを噴かしタックルをぶちかました。
 衝突の衝撃で瓦礫が弾かれる。
 必殺につながる弓歩を潰された机械人は、上腕部を回動させ拳を放つ。激しく金属を打ち、ガルバリュートの兜に阻まれる。意識が飛びかけるも、動きの止まった一瞬に彼の豪腕が延び、机械人の指を鷲掴みにした。
 力比べの姿勢。パワーは均衡か。
「この程度で拙者の筋肉は音を上げませんぞ」
 しかし、膠着状態は一瞬で崩れる。机械人の架弓が跳ね上がり、肩部を軸に縦に半周すると架弓の先のささやかなマニピュレータは銃を握っていた。
 即発砲、硝煙が流れる。
 銃弾はパワードスーツの胸当てを貫通していた。損傷し役割を終えた装甲がはがれ落ち、がらんと音を立てる。
「ですので、この程度で拙者の筋肉は音を上げませんぞ」
 砲弾をも跳ね返す大胸筋がガルバリュートの真の鎧である。即座に反対側の架弓が閃き、刀を抜き打ち振るう。
「ですので、こ……」

 ガルバリュートは最後まで言うことが出来なかった。ラミールが飛び出して割って入ってきたからだ。「なっ!」おもわずよろけるガルバリュートが見たのは、閃と切り裂かれるラミール。
 刀身は金色から青に美しくグラデーションする干渉色
「ぬぅ、DLCですと!」
 DLC(diamond‐like carbon)――炭素から成る非晶質の硬質膜。金属を切り刻む切削工具に用いるコーティングである。超鋼刀に用いれば斬れぬものはない。
 ガルバリュートがおもわず飛びすさると、机械人は自由になった腕で勁を解き放った。
 吸血鬼ラミールの二つに別れた鋭利な断面は、内臓をこぼす間もなく粉砕された。肋骨や服の破片が無数に刺さった肺が、赤黒く潰れた心臓が後ろに控える者達まで飛んでいき、べちゃりと粘度の高い黄色錆色に場を汚していく。かろうじて残った彼の下半身は形を引きずり出された腸にたぐり寄せられ後方に崩れ落ち、その衝撃で切り込みの入った背骨がぽっきり折れる。耳から喉にいたる切断面は陽気な吸血鬼に……血をこぼすことさえ許さなかった。ぽとりと落ちたのは殻から刮げた脳。

「おもしれぇっ!」
 喜色を浮かべ、ジム・オーランドはナイフ型トラベルギアを抜き放ち躍りかかる。

 その後ろで、レオンハルトはフリントロック銃型のトラベルギアをセットアップ。手元の当り金を開けて火皿に、手首からぼたぼた滴る呪われた血を垂らす。銃身を立て、銃口から残りの血液を流し込み、妖しいオーラを纏う銃弾をねじ込む。そして、込め矢を抜き放ち、弾丸を血溜まりに沈める。

 天井を蹴り降下。ジムの嗜虐的なナイフが強襲する。ナイフとDLC刀が交錯し、嫌な音を立てて擦れあう。被せるように、机械人の拳が突き上げられ、疾風を頬に感じジムは紙一重かわした。
 好機。拳が引き戻されるよりも迅く、ジムはその腕に抱きつき、機械の脚を絡ませた。サイバー格闘術、飛腕挫十字固。人間は間接が弱い。ロボットの間接は更に弱い。
 一気にへし折ろうとするジムにDLC刀が奇妙な軌道を描いて迫る。
「そっちにも動くのかっ!」

 そこへ間一髪、
 レオンハルトの撃鉄が火蓋をはじき、呪われた血に魔炎が灯る。数瞬のあまりに長い時間……照準を合わせ続け……魔炎が血の導火線をつたい砲内に至ると、爆焼した。高められた圧力により弾丸が加速され、施条線により強烈な回転力が加えられる。

 魔術的閃光とともに射出された弾丸は血の尾を引き、架弓の根本に狙い違わず吸い込まれた。そのまま突き進みデリケートな駆動部を粉砕していく。なれば、支えを失ったDLC刀は慣性の法則に従いジムから外れ空転し、もう片方の架弓をも切断。
「おらぁっ!」
 同時に、ジムの技は最終段階に呵責無く移行し、机械人の左腕をデッドウェイトと変じた。

 机械人の中に進入した魔人レオンハルトの血は禍々しくも朱い蜘蛛の糸 ――「血の万魔殿」ブラックウィドウとなりて浸食する。ありえない負荷をかけられたアクチュエータが悲鳴を上げた。
 その隙を逃す起動戦士ではない。体勢を整えたガルバリュートはランス型ギアを腰に構え、全力で突進、さらにはバーニアで追加速。ガルバリュートと言う大質量の砲弾が机械人に襲いかかる。金属に腔穿ち制御鋼線を引きちぎっていく。
 火花とオイルを噴出する机械人に、止めの一撃が送達される。ジムのサイバー頭突き。机械人は昆虫的な頭部をめっこり凹ませられ、内部の霊力制御機構は完砕した。


 動かなくなった鉄塊から、大型車に目をやると、一人の女が見えざる力によって引きずり出される所であった。いや、透明人間トゥルガンスだ。戦闘の間にこっそり廻ったようだ。
 トゥルガンスに羽交い締めにされたカイ・ルーティエは、憎々しげに一行を睨め上げると、手に持ったゲーム機の皮を被った遠隔操作装置を動かそうとする。
 が、それも大型車の陰からすっと出てきたボディビルダー晴天に取りあげられてしまった。
「おっと、何が起きるかわからないからね。これは」

 破壊された扉から夜の風が吹き込んでくる。
 ルーティエが告白するには、やはり、殺されたテン・リュウシンの復讐だという。
「奴さんがなんで殺されたのかはわかっているよね」
と晴天
――たかが、はした金のために。金なら私が返せた。いつだってそうしてきた。
「……貴方には借金がありますよね。返せたのですか?」
とトゥガンス
――これを完成させれば地位も上がる。金なんかいくらでも手に入る。
「わかってねーなぁ、ごめんお返ししますじゃ警察……おっとここじゃ探偵もいらねーんだよ」
とジム
――そんな野蛮な掃き溜めのことなんか知らないわよ!
「テン・リュウシン殿もその掃き溜めなのでございますか?」
とガルバリュート
――違う!リュウシンは掃きだめとは違う!粋で!やさしくて!
「あのね。お嬢さん。男は惚れた女の前ではかっこつけるものなのよ」
といつの間にか復活したラミール
「彼は、あんたに合わせるために無理をしていたのではないのかしら? あんたのために見栄を張ってお金を使いすぎたのよ。それをあんたが尻ぬぐいなんかしちゃうから。男ってバカねっ」

 あっあっ あっ   あっ    あーーーーーーーーっ

崩れ泣くルーティエに、レオンハルトが最後に生き残ったジンを指さし告げる。
「彼が憎いのだろう。一言『誅せよ』と言えば、君の願いは叶う」

 ぅぁっぅあっ うあっ ぅうぁあぁあーーーーーーーーっ

†  †  †  †  †  †  †  †  †  †  †  †  †

 零世界に帰還しようとするロストレイル号発車まで残り数刻

 ガルバリュートはモウの墓標に事の顛末を報告しに来ていた。メイは屋台のそばを墓にそなえている。
「こんなまずいものよく食べられるヨ」
 同行している透明人間トゥルガンスの表情は伺いしてない。しかし、彼がモウに捧げるバイオリンの音色はひどく哀しげであった。

「メイ殿、どこまで知っていたのやら」

クリエイターコメント  お待たせしました。ノベルをどうぞご査収下さい。
 今回は初めてと言うことで簡単なバトルシナリオにしたかったのですが、書き始めるとついついプロットが複雑になりごしゃごしゃしてしまいました。インヤンガイらしい結末と言うことでこのようにしましたがいかがでしょうか?

 みなさまのプレイングは素晴らしいものでした。そして、ロストレイルの事前相談無しというシステム。見事にバラバラ。それもキャラの個性と言うことで楽しく組み合わさせていただきました。相反するプレイングをいくつか採用できなかったのが残念ですが、ご自身のキャラの活躍どころを見つけていただけたら幸いです。

 さて、「佻狡鋒侠好乱楽禍」の「佻」は本当は「人偏に票」ですが機種依存文字なので似た意味と形の「佻」にしました。雰囲気を出すために混ぜた中国語と中国拳法用語は各種方言、流派入り交じって嘘っぱちです。真に受けないで下さい。
 冒頭のキャラ紹介シーンは本来入れないものですが、同系統のキャラが多いので、WRがこのように区別していると説明するために入れました。力量が足りなくて申し訳ありません。

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螺旋特急ロストレイル

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