北海道遠征
第１フェイズ：吹雪の中の探索
■探索開始
空が唸りをあげている。
吹雪に閉ざされた大雪山系の各地へ、ロストナンバーたちのパーティが散って行った。
「やべー雪山楽しー」
ざっくざくと積もった雪を掻き分け乗り越え、進んでいくのは神喰日向たちのチーム、その名も「チームかじかじ」……
「ちょ、日向少年話聞いてたァ！？ 何このチーム名！」
鰍の抗議は耳に入っていないようだ。
真遠歌と歪が周囲に警戒をの目を向ける中、４人は探索に出発する。行き先は、日向の気のまま足のまま――。
ロストナンバーたちがしっかりと準備をして、装備を整えていればこそ、吹雪の中を果敢に進んでいくことができる。そうでなければ、あっという間に遭難していただろう。それでも気を抜けば雪風の中に、すぐそばの仲間の姿さえ見失いそうになる。日向蘇鉄はミラ・イェルネフェルトの手をしっかり握る。握ってから、よかったのかと考えなおしたが、ミラは笑った。
葵 大河やディラドゥア・クレイモアは豪胆にもたった一人で出発した。雪中行軍の経験もある大河や、環境に順応する魔法をあやつるディアドラだから、どうにか無事だったようだが……。
「うっわぁすげー雪だな」
真堂 正義の感想がすべてを物語っている。セクタン・オウルフォームと分担して全方位に視覚を確保するが、目に入ってくる風景は白一色。
「……寒い」
ジュリアン・Ｈ・コラルヴェントは、念力を発揮して自分の周囲だけ風をやわらげる。効果が及ぶ自分の周囲というのがあまりに狭すぎて、仲間は恩恵にあずかることができず、虎部 隆が思わず文句を言ったが致し方ない。隆は防寒着をしこたま着込んでいるが、冬の北海道の気温は殺人的だ。しかしダンジャ・グイニの施してくれた防寒･保温の結界でこのチームはかなり快適な活動ができるようになる。
「とりあえず歩いてみよう。何か見つけたら皆に連絡すればいいんだよね？」
と本堂 亮に促されて出発。
とりあえず、停車場の周辺から探索を開始することになった。
大多数の人員は外に出たが、車内に残るものも少なくない。
いささか混雑気味の通路を、補給物資を載せたワゴンが行く。城月 稲穂が車内のものにコーヒーを配っているのだ。
出かけた探索隊に温かい飲み物の入った魔法瓶を配り終えた華村マリは、今度はとってかえして食堂車の厨房へ。ルト・キやディーナ・ティモネンらが炊き出しにとりかかっていた。他にもイェンス・カルヴィネンやアシェラート、田町 結衣、桧山 弥生、真柴 俊吾、オフィリア・アーレ、ウィリー・バケットらが加わり、人手は豊富だった。
車内にはＳＴＤー８０６９ ウェンディが流す音楽が流れている。
それに耳を傾けながら、毛布にくるまったウーヴェ・ギルマンがほう、と一息。彼は探索に出たものの極寒に耐え切れず、というか、ほぼ遭難して回収されてきたのだった。医療班の佐川疾風が一応付き添って様子を見てやっている。疾風のセクタン・フォックスフォームのもふもふさがウーヴェを癒しているようだった。
外では、リーミンたちによる雪かきが行われている。
なにせ吹雪がひどいので、ほうっておくと停車場ごと雪に埋もれてしまいそうだ。
「今の私には、多分これくらいしか……できないから」
と雪かきに励む伏見美弥子
ディガーはこういう作業になれているのか手際がよく、妙に楽しそうでもある。
停車場周辺を巡回警備するものたちの姿もあった。虚空と蓮見沢 理比古、ミルフィ・マーガレットとファニー・フェアリリィ、オルグ・ラルヴァローグ。後退で周辺を歩きまわり、異変に備える。流芽四郎、エルエム・メール、ホタル・カムイ、日奈香美 有栖、マティルデ・リッターらがこの役目についた。
巡回とは別に機関車など、ロストレイルそのものを守る役目を申し出たものたちもいた。
キング コルカサス率いる『鋼の護衛団』チームだ。
ロストレイルの屋根の上には、コーディとバジルの姿が。そこから周辺を見張っているようだ。
ショコラ・スイーツトルテは、鞄にお菓子を詰める手をふと止めて、窓の外に目を遣る。終わりがないかのように降り続ける雪と、横殴りの風。この山のどこかに、＜ディラックの落とし子＞が潜んでいる。
■雪山に何がいる
青梅要と棗、双子の姉妹が率いる「おいでませお客様！出張オウミ銭湯in壱番世界～ミックスジュースはあるけど混浴はありません～」チームは、やけに元気いっぱいのテンションで、雪に埋もれた枯木立の中を進んでいた。
ラミール・フランクールの血をわけてもらうことで、面々の体力はつねに満杯に保たれている。
棗はオウルフォームの目を借りて周囲を観察し、要のセクタン・フォックスフォームが炎の弾丸で雪を溶かして、地中に目指す対象が潜んではいないかと調べる。金 晴天が地図を広げ、他のチームとルートがかぶらないように進んでいく。
「このまま山頂まで……特に目立ったものはなさそうだぜ」
永光 瑞貴が風によってこの先のルートを調べて告げる。
ともあれ、行ってみるよりないだろう。なにも見つからなければそれはそれでひとつの探索の成果なのだから。
いざというときにはリクリエやラミールがすぐに動けるよう警戒している。
森間野コケたち「コマクサ班」は、丹念な調査をしながら、雪山を進んでいた。
アンバー・ピジョンブラッドがサーモグラフィーの視界で周囲になにかが潜んでいないかを探る。
「ね、これを見て」
西山友香が、なにか大きく荒々しい力でなぎ払われたかのような、倒木を指した。比較的最近、倒された木のようだ。クマのしわざかとも思われたが……いくらクマでも、これほどの力があるだろうか？
「報告したほうがよさそうね」
トリニティ・ジェイドに促され、アルウィン・ランズウィックがトランシーバーを使い、停車場のロストレイルに連絡を入れる。
その後、コマクサ班は周囲を探索したが、何者にも遭遇しなかった。それは、後に別のチームのもとにあらわれるのだ。
「あまり離れすぎないほうがいいわよ」
脇坂一人に声をかけられ、オーギュスト・狼は振り返る。
「……お気遣いどうも」
うっすらと笑みを浮かべて応えると、再び、雪の中へ視線を投げた。そこにあらわれる、彼にしか見えない手がかりを読み取ろうとするかのようだ。
黄燐は地面の様子を調べているが、こう雪がひどくては、よほど最近の痕跡か、相当な変化でなければ、すぐに雪に覆い隠されてしまうだろう。
「雪……ここまで積もるとちょっとぉ……」
マコ・タイラーが辟易とした様子で言った。
ウィズが先ほどから回しているビデオカメラは、有益ななにかをとらえられるだろうか？
アルファルファ・ワーズはつねに、他チームの位置や状況を把握しておく。有事の際、迅速に合流する必要があると考えているのだ。
「……！？ どうしました？」
アルファルファが、通信機に向かって声を荒げた。
『見つけたぞーー！』
通信機の向こうから、アルヴィン・Ｓの声が聞こえてきた。
たしか彼はQ・ヤスウィルヴィーネとふたりのチーム「S.S.S」として近くを探索していったはずだ。
急ぎ、かれらのもとへ向かう。
果たして、斜面の向こうにあやしい白煙が立ち上っているではないか！
「大丈夫――」
なんとそこには。
「隊長！口をあけると、雪が入ってきて、テンションあがりますよ！」
「そうか！ そこにそのままいろよ！ ……おお、よくきたな！ おまえたちも入るか！」
ヤスウィルヴィーネを風よけにして、そこには野天で沸いた温泉につかる進むアルヴィンの姿があった。ざぶんと、仁王立ちしたアルヴィンの姿を、ウィズのカメラが寡黙に撮影している。
■襲撃
しばらく、各チームからは、めぼしい情報は届かなかった。
特段の成果なく帰還するチームもあらわれる中……、唐突に、それは訪れたのだ。
アウロラ・ソレンスタムの吹く笛の音！
子狐の姿で、萌のカイロがわりにされていた晦が、彼女の腕をするりと抜け出して本来の姿を取り戻した。抜き放つ太刀型のトラベルギア。
ニフェアリアスが周辺の吹雪を消していたのがさいわいし、襲い掛かってくるものの姿をよく見ることができた。それは小さな犬くらいの大きさの動物のようで――いや、しかし、壱番世界出身の萌も、図鑑でさえ見たことのない、それは怪物だった！
偶然――なのだろうか、近くの木の枝からどさりと落ちた雪が、そいつにかかった。その隙をすかさずとらえて、晦が切り捨てる。
「……」
雪が血に染まる。
一部始終を、NADのひややかな瞳が見ている。
ニフェアリアスが眼鏡のしたから、ほんの一瞬、うろんな眼差しを彼へと投げた。
「これ……何？」
萌がおそるおそる近づく。
それは、リス……なのだろうか。しかし、全身から棘のようなものが鋭く生えている。
「あっ」
「ほらいわんこっちゃない」
桜井刹那が嘆息まじりに言った。
はじめてみる雪に、ものめずらしげに歩いていたセレスウェイラ・シェルアラツィアが、足をとられて転んだのだ。小型恐竜の姿になって彼女の腕の中にいたディアが、セレスウェイラと雪の間に挟まれてキュウと鳴いた。
「タイトル、『吹雪の中で』！」
津田重之が即興の作詞作曲でうたう歌に、美野里が「重之君上手いね！」と感心したり、「ふるもっふ」チームは終始、緊張感のない感じで進んでいた。
そのときだ。
美野里に憑いていた幽霊の山田さんが、彼女に警告を送ってきたのだ。
「おー、落ちたら死にそう。……！？」
たまたま崖下をのぞきこんでいた氷山悠治は、その崖をこちらへ駆け上ってくるものを見た。
シカな何かのようだ。だがいくらシカでもこんな垂直の崖を登ってくるとは。しかもなにか様子がおかしい！
跳躍する異形――。
それは二対四本の角を持ち、燃えるような紅い瞳のシカ――、いや、シカに似た生物だった。
「うおおお！？」
すんでのところで、その蹄をかわし、悠治はすばやく詠唱を行う。
次の瞬間、一同はあらかじめ悠治の仕掛けた魔方陣の場所――停車場へと帰還していた。
「これは……壱番世界の動物……？」
透き通った刃の剣をふるいながら、ライリス・エルファンシアが言った。
ライリスたちのパーティも、「ふるもっふる」チームと同じ生き物に遭遇していた。しかも２頭だ。
「まさか！ 違うよ！」
黒須 紗衣璃がトラベルギアの振り子に炎をまとわせ敵の威嚇を試みる。動物なら火をおそれる。だが連中はその気配なく突きかかってくる。
「いったん、撤退しよう」
青燐の香炉からの衝撃波が１頭を吹き飛ばし、レヴィ・エルウッドのトライデントと敵の角がぶつかって硬質な音を立てた。
「乗って！」
ルーツが、うにょりと、姿を変えてソリになった。皆が乗り込むと、そのまま雪の斜面を走りだす。
レヴィが停車場に連絡をする。
これがディラックの落とし子なのだろうか。それとも。
雪の空に響く犬の吠え声。それはグレートピレニーズに変身した太助の警告の声だ。
敵襲！ 敵襲！
「たいへん！」
月見里 咲夜がトラベラーズノートで見たものを描き送る。
「ぽんぽこちーむ」の面々が相対しているのは、狐に似た動物で……、しかしその尾は狐のふさふさしたあれではなく、奇怪なサソリのようなものだった。しかも――
「ぬお！？」
「伝馬どの！」
南郷主税に突き飛ばされて伝馬清助は雪の中に埋まってしまったが、おかげで狐に似た怪生物が射出した針からは免れることができた。主税が刀で弾き飛ばしたそれが刺さっていたらどうなっていたか。
敵は１体ではなかった。どこからか次々にあらわれ、そして針を撃ち出してくる。
神ノ薗 紀一郎が進み出て敵の注意を引いたところへ、ディブロがトラベルギア「愚蛇の庵」を投げて反撃する。「愚蛇の庵」が直撃した１頭が、悲鳴をあげて後退したところを見ると、強敵ではなさそうだが、どうにも得体が知れない。ここは退いたほうがよさそうだ。
ロウ ユエに助け起こされた清助が大声で退路を示した。
紀一郎がしんがりを守って後退する。太助が吠え続けたせいか、怪生物はあまり深追いしてこなかった。
退路をとりながら、太助は、遭遇した生き物たちの匂いが、今まで嗅いだことのないようなひどいものだったと思い返していた。
いくつかのチームが正体不明の怪生物と遭遇したという情報はむろん、すぐにロストレイルに伝わっていた。
アルグレン・グラーフ・フォン・ヴィリフィリア・レオンハルトやメルヴィン・グローヴナーらが受け取った情報は、すぐに整理されて報告される。
「『ふるもっふ』チームが戻ってきたわ」
香我美 真名実が、魔法で帰還したチームのＧＰＳデータを回収して石畑 勇司に渡す。彼がそれを地図上で確認していくのだ。
「＜ディラックの落とし子＞では……ないんでしょうか？」
高城遊理が地図から顔をあげて、リベルに尋ねた。
「……考えられるのは、壱番世界の動物だと思います」
世界司書は言った。
「＜侵食＞されているのです」
「つまり、普通の動物が変化してしまって……？」
リベルは頷く。
だとしたら、恐るべきことだった。敵がもたらすものは、単なる破壊ではないということだ。
■頂にあるもの
「見て、洞窟がある」
トリシマ カラスが見つけた場所へ、「うさぎ探検隊☆」は雪の斜面を慎重に下り、ちかづいていく。
雪の中でお互いを見失わないよう、かれらは赤い布を身につけているが、なぜかそれはフンドシだった。バーバラ・さち子が配ったのだ。
「中は真っ暗だ」
カラスは懐中電灯を玄兎に渡し、自分はオウルフォームの目を通して暗闇を見通す。思ったより横穴は深い。
「注意なさってね」
さち子の心配をよそに、玄兎は、
「これ当たりっぽくね？ ダンジョンかも！」
と、妙に浮かれ気味で奥へと踏み込んでいく。
「……」
夜兎の聴覚は、しかし、その息遣いの音を聞いていた。
「なにかいるぜ！」
「あたしの出番ね！」
夜兎とレモン・デ・ルーツが同時に動いた。
洞窟の置くから突進してきたのは――クマのようななにかだ。があッと開かれたあぎとに、３列になった牙をかれらは見た。
レモンと夜兎が同時に蹴りを繰り出したが、当然ながらリーチがぜんぜん違うのでヒットしたの夜兎の蹴りだけだった。
「！」
夜兎は、逆に脚に伝わってくる衝撃に、敵の強靭さを知る。
「逃げたほうがよさそうだ！」
カラスの提案に異論をとなえるものは――「え？ そうなの？ こいつどうみて中ボスクラス」――玄兎のうさ耳をルナトゥム・ウェレーニがひっぱって退かせた。がう、と唸るクマに似たなにかの眼前に、ともる火が、一瞬、敵をひるませた隙に、面々は猛然と走りだしている。
「近くでなにかに出会ったチームがいるって！」
仁科あかりが、トランシーバーに耳をあてて、そう言った。
探索隊の情報は共有され、つねに交換されている。「うさぎ探検隊☆」や、あかりのいるチームは、北大雪地域を探索している。
「加勢がいりそうか？」
ジム・オーランド がうっそりと訊いた。
日和坂 綾も、セクタン・フォックスフォームのエンエンとともに興味ありそうな瞳を向ける。
「どうかな。このへんはもういい？」
あかりは奈良 飛鳥を振り返った。
「……おかしな匂いがする」
風の匂いを探っていた飛鳥が言った。
「この世界のものじゃない匂いだ」
「ひとつじゃない」
オスカーが同意する。
だがオスカーが言うには、山のあちこちからそれを感じるということだ。
ハスキー犬と鹿頭の人間の言うことを聞いて方針を決めるというのもなんだが、とりあえずてんぱっているらしい「うさぎ探検隊☆」は助けに行ったほうがいいのではないか。ジムがそう言い、綾が同意した。
「ねえ、行くよーーー！」
綾が、上空から付近を偵察していたウルケル・ピルスナーに声を掛けた。
呼ばれて、舞い降りる寸前、ウルケルは、ニセイカウシュッペ山――北大雪最高峰の頂付近に、雷光のようなものが閃くのを見た。
たしかあの山を目指したパーティがいたはずだが……。
それは「北海道でっかいどう班」だ。
かれらは「終わったら鍋パーティをする」という約束をしていて、ほとんどそれによって突き動かされていた。
ゼクス・ザイデルホーファーの頭の中からはすでに当初の目的は忘却されており、ただもう食材を探すことのみに意識が向けられていた。モルティ・ゼグレインも「たべものーー」と、目印の布を巻いたしっぽをぱたぱたさせ、その鋭敏な嗅覚でなにか食べられるものの匂いを探り当てようとしている。
「そろそろ頂上だが」
相沢 優が地図から顔をあげて言った。
「えっ、まだ何も（食べ物が）見つかってないのに！」
と、黒葛一夜。
「参ったな。なんとかしないと……」
そんなことを呟きながら、頂への道を行く。しかし、ここまで、何者にも遭遇しなかったことが幸運だとかれらは知る由もなかった。
「なにか……いる……？」
ふいに、三ツ屋 緑郎が声をあげて、一同の足を止めさせた。
「……」
三才 巻名が、フードの下から深遠な瞳を、同じ方向へ向けた。吹雪の向こうに、ぼんやりと浮かぶ明かりのようなものが見えた。
ややあって、緑郎は連れているセクタンの狐火の色を変えた。すると、遠くに見える光も同じように色を変えるではないか。
慎重に近づく。
……これは何だろう。
１０メートル近くある、大きな直方体だった。
それが、雪に突き刺さっているのか。
表面は鏡のようにつるつるで、のぞきこむと顔が映った。
「むう、これは」
「知っているのか、巻名！」
「凍り豆腐だ」
「豆腐！？」
ようやく鍋の具が！と色めきたつ面々。
一体何人分になるだろう、と一夜がそれを見上げたとき、バチバチ、と鏡のような表面を紫電が走り、さかさまの稲妻のようなものが吹雪の空へと放たれていった。
■謎の鏡面直方体
トムラウシ山方面を目指したパーティは３つある。
「触れ合い動物園」チームは、犬のふさふさと頭部を馬に姿を変えたセシル・シンボリーが引くソリで移動中。
ルイスが風に働きかけて吹雪を弱めているので、移動の困難はなかった。
「おっ、ウサギだ、ウサギ！」
荻沼 健斗が声をあげた。
見れば後方からソリを追いかけてくる、愛らしいシロウサギの姿。
「へえ、こんなとこにウサギが……って、なんやおかしいで」
「お、大きいよ！？」
滝山マサキと藤崎ミナが異常に気づいた。
遠くに見えた小さなウサギは、近づくにつれ大きさを増し……、遠近法のマジックでごまかされていたが、とてもウサギといえる大きさではなかった。セシルに近い大きさではないか。
「うおお！？」
しかも、大きさをのぞけばかわいらしかった口元が、がぱぁあっ、と異様な開き方をして牙の並んだ真っ赤な口を開けた。そうかと思うと、なにか得たいの知れない固形物を吐き出してくる！
ミナがとっさにふるったトラベルギアに弾かれて、雪の上に落ちたそれは、大きな音を立てて炸裂し、雪のクレーターをつくった。
「えええ！？」
「スピードあげて！ 早く！」
マサキがセシルたちに向かって叫んだ。
「今以上にか！？ そいつぁ、ちょっと馬使いの荒い――」
「いいからとっとと走る！」
「本部！ こちら『触れ合い動物園』！ ただいまウサギと交戦中！」
ルイスが通信を行うが、ウサギ型の敵の情報ははじめてだったせいか、「はぁ、ウサギ？ 何言ってんの」的な今いちな反応しか返ってこなかった。
次々に撃ち込まれるウサギの攻撃。爆音とともに、雪煙の柱がいくつも上がった。
「ここは俺に任せて先へ行けぇ！」
健斗が叫んだ。
というか、つい言ってしまった。女の子たちにカッコよく見せたかったからかもしれない。
「よしたのむ」
そしてルイスが容赦なく、ソリから健斗を突き落とす。
ウサギの怪物が健斗へ迫った。
「ちょ、マジかぁ！」
吐き出される弾丸。それを、健斗は蹴り返した！
跳ね返された弾の直撃を受けて、ウサギが雪の中にどう、と倒れた。
「や、やった……！」
振り返った健斗。だが、約束どおり（？）ソリは先へ先へと走り去っていた。
その頃、「Ｔ☆Ｋ班」は山頂を目指して順調な行軍を続けていた。
コレット・ネロとジル・アルカデルトがセクタン・オウルフォームを飛ばして周辺を探索しながらの移動だ。ニコル・サトクリフは木を見つけるとドングリフォームに覚えさせ、ときどき地図と対比させて現在地を把握する。
ルフス・ティルギットは周辺に警戒しているが、特にあやしいものの姿は見当たらない。
だが、ファレル・アップルジャックはふと足を止め、山頂方向に目を遣った。
「どうかしたか？」
ツヴァイが訊ねるが、いや、とファレルはそっけなく応えた。
ツヴァイは、露出した岩肌に手をおいて、無機物の記憶を探る。この山で、なにか異変がなかったか。この岩はなにかを見ただろうか。
「……」
感じたものは地を揺るがす振動。そして轟音。
「これは」
ツヴァイは顔をあげた。思わず見たのが、ファレルと同じ方向。
「なにかが……、降ってきてのか。山頂だな」
わずかな差だったが、先に山頂に着いたのは＜世界の目＞チームだった。
もっとも、かれらはこの方面を調査するとだけ決めて、山の頂を目指していたわけではない。ただ、ハクア・クロスフォードが魔法で吹雪を抑えている間に、アストゥルーゾが背に翼をはやし、高い位置から周辺を見渡した。そして、トムラウシ山頂にその影を見たのだ。近づくにつれ、ヘータが、そこに熱源があると言い出した。
「これは……？」
アコナイト・アルカロイドが雪に蔦を挿して、するするとおのれを引き寄せ、それに近づいていった。
「鏡、なのか。しかし巨大な」
鵺がそれを見上げ、そして周囲をめぐり歩いてみる。
「運んできた跡はない。雪が降って消えたのか……あるいは、空から降ったか、地から生えたか」
「報告しよう」
西 光太郎が見たものを本部へ伝える。
ほどなく、それは「北海道でっかいどう班」がニセイカウシュッペ山の頂で見つけたものと同じだろうということがわかった。
「ではまだ他にあるかもしれない」
光太郎は言った。
博識な彼にしてもはじめて見るものだったが、直感的に、これはあれに似ている、と連想したものがあった。
「ストーンヘンジ」
ぽつり、と呟く。
形状も材質もなにもかも違う。だがなぜだか、似通った印象を、彼は受けた。
ヘータが、ストーンヘンジ、とその単語を繰り返し、じっとそれを見つめた。
■発見と遭遇
フォッカーはふと立ち止まって、空を見上げる。
「上のほうはかなり風が強いにゃ」
天候が急に変化するようなら、対処をしたほうがよさそうだが、すでに十分な悪天候で、今以上に悪化するとは思われなかった。
アルド・ヴェルクアベルが地図を広げ、位置を確認している。先頭を行くポポキがルートを決めた。
なぜか猫獣人が集まっている「コロポックル」チームは、忠別岳付近を探索中だった。比較的近くにいるはずの「真っ白い恋人」チームへダグが連絡をとってみる。こまめに情報を交換すればなにか掴めるかもしれない。
「あっちは忠別沼側の斜面だそうだぜ」
「こっちはこのまま上を目指すにゃ」
ダグに応えてポポキが言った。
マグロ・マーシュランドの銛紐でお互いをつなぎ、遭難対策をしつつ、頂上への道のりを行く。
水元 千沙はいざというときにそなえてトラベルギアの筆を手に、周囲を警戒する。他の班から入る情報によると、各地で得体の知れない生き物との遭遇が起こっているという。
だが、さいわい、チームは何にも遭遇することなく、忠別岳山頂へとたどりつくことができた。そしてそこで、鏡面の直方体が雪の斜面に立っているのを発見したのである。
一方「真っ白い恋人」班は、方角を北へ、忠別岳からは遠ざかる方向へ移動していた。
馬に似た形の影のような身体をもつシンイェが、先頭で道をつくる。桐島怜生がオウルフォームの視界で先を見通していたが、このチームはいまだ何にも遭遇していない。
なにかあればキィや、煙水晶の力で対応できるはずだ。
「タンサクカイシ２ジカン１５フンケイカデス」
キィが時間を告げる。
「コロポックル班がなにか見つけたみたい」
通信していたカナリア・ノクトレスが言った。同時に、瀬島 桐が声をあげて、後方を指した。
コロポックル班が赴いた忠別岳山頂とおぼしきあたり、吹雪の彼方に雷光の閃くのを一同は見た。
「なんだろう。向こうは平気？」
怜生が心配するが、連絡をとってみると特に何もなかったらしい。
「他の山でも見つかってるみたいですけど……、何でしょう？」
東儀有栖が疑問を述べた。むろん例の直方体についてだが、この時点では誰も答えなど持ってはいなかった。
五色岳に向かった「five colors」班からも報告があった。
五色岳の山頂でも、同じものが見つかったのだ。
塔木 惺一郎とミレーヌ・シャロンが、仔細に観察し、惺一郎は記憶し、ミレーヌは記録する。
ファントムは周辺の状況を頭に入れる。今はいったん報告に戻るだろうが、またここに来ることになるかもしれない。次々に発見されるこれが、事態と無関係ではないだろうからだ。
フリーダン・アークライトは、鏡のような表面をじっと見つめていると、どことなく不安になってくるような気がして、つとめて視線を巡らせる。
ときおり、直方体は紫電をまとい、バチバチと空中に放電するような現象を生じさせていた。
石狩岳にはふたつのパーティがいた。
そのうちのひとつ、「ノーザンライト」は山頂を目指す途上で、異形の生物に遭遇してしまっていた。「ぽんぽこちーむ」が出会ったのと同じだろうか、サソリのような針をもつキツネに似た生き物だ。
デュネイオリスが竜の姿になり、仲間を背にのせて低空飛行することで、順調な道のりだったが、連中に嗅ぎつけられてしまったらしい。先行して偵察していた飛天 鴉刃が駆け戻ってくる後方を、怪生物の群れが追ってくる。アルティラスカが幻術で吹雪のとばりをつくりだし、敵の視界から鴉刃を隠した。
「怪我は！？」
アズリィ・シャフィークが訊ねたが、問題ない、と鴉刃は応えた。
「これは……魔術――なのでしょうか」
トール・イルアン・グライベルが自問するように口にする。生き物たちからは微弱な魔力を感じる。それ自体が持つ力ではなく、魔力の影響を受けているような状態だと、トールは見た。だがそれよりも、もっと大きな力を、彼女はこの先、山頂のほうから感じ取っていたのだ。
春秋冬夏が今しがたの遭遇についてを本部へ連絡する。
もう１班、この付近にパーティがいたはずだが無事だろうか。
果たして、その「Ａ班」は幸運にも遭遇を免れ、山頂に到達しようとしていた。
「見て！」
ココ・ロロが声をあげる。
吹雪の中にそびえる影――例のものが、ここにもあった。
フィルシアの眼は、それがなんらかの強い力を持っていることを見てとる。アインスは周辺に力の網を広げるが、周囲に人間含め、意識を持つものはいないようだ。
一條 華丸は吹雪の荒れ狂う空を見上げた。彼のセクタン・フォックスフォームが煌々と狐火を燃え上がらせる中、黒山羊が周囲を警戒し、棗や佐伯 楼蘭ら、一同で手分けして周辺を捜索するも、それ以外に不審なものは見当たらない。いったん情報を持ち帰るべく、チームは楼蘭のセクタンが記憶したロストレイルの位置を頼りに、帰路につくのだった。
黒岳を登るロープウェイがある。
悪天候で運行中止になっていたはずだが、「メイヒと愉快な探索隊」が忍び込んで、レイ・オーランドが勝手に動かしてしまったのだ。
ナオト・Ｋ・エルロットははじめて見る雪にはしゃぎ気味。ロープウェイが山上に着くと真っ先に飛び出したが、あなたは隊列の後方つくはずでしょう、と流鏑馬 明日に首根っこを掴まれる。
高田リエリが先頭になり、槍で雪を掻き分け掻き分け進んだ。
「磁場がおかしい」
レイが言った。そのサングラスに移りこむ吹雪の森。
「この山の上にもあるのかな」
柊木新生が言った。
「登ってみましょう」
「ああ……だがそのまえに、あれをなんとかしなくては」
新生が銃を抜く。
「ぬおっ、っとぉ！」
すんでのところで、振り下ろされた爪を、ナオトが避ける。
吹雪を背景に立ち上がると３メートル近くあるクマだった。いや、クマのようだが、これもただの動物とは思わないほうがいい。クマが出たら慣らして騎乗にと考えていたリエリだが、あの凶暴な眼を見ていると、到底むりだと判断せざるをえなかった。唸りをあげて襲いかかってくる敵に対して、探索隊は迎撃態勢をとって展開する。
「はい、３名ご案内～」
アールグレイが、医療班の処置場所となった車両に、怪我をした探索隊の人員を運び入れた。
デニス・若林に綾賀城 流、ルゼ・ハーベルソン――、医療の技術におぼえがあったり、タイムのように治癒の能力を持つものたちがすみやかに処置にあたる。
医薬品はロウシェンやセレン・ラディッシュがつくりだしたものだ。
「怪我は大したことないけど、ちょっと凍傷気味ね。ここはあたしが温めて――」
「はいはい、次の方どうぞー」
デニスのあやしいセクハラ行為をかるくいなして、プラム・ローパーが場を整理する。
「重傷の奴がいないようでよかったぜ」
と流。さいわい、今のところ、かれらのもとに運ばれてくるのは、遭遇した怪生物との戦いで負った軽い怪我だけだった。
■出現
「大雪湖捜索隊」はチーム名どおり、大雪湖を調べになってきた。
この吹雪の中、水中を調べようなどとは豪胆もいいところだが、どこに何があるかわからないのだ。
液体金属生命体であるアルジャーノが小型の潜水艦になり、キュリア、黒燐とともに水中へ。マイト・マイアースとアサム・ワクティークアは湖畔を探索と手分けする。
もっとも、大雪湖はすぐに全貌が調べられるほど小さな湖ではない。
まして吹雪の空の下、冷たい水の中は暗く、それは音のない死の世界のようですらあった。
黒燐は水に記憶を探った。
この湖でなにかあったなら水が記憶しているしているはずだ――。
「！」
防水パックの中の携帯が鳴り、湖底へ向かっていたキュリアの気を引く。
アルジャーノの潜水艦が、サーチライトを放った。その光が呑まれるように消えていく前方の、水中の闇のなかで、なにか大きなものをうねるのを、かれらは確かに見た。
「待って。水中班から、なにか――」
マイトがアサムを呼び止めた。
「まさか……？」
アサムがきっと湖面を睨む。
その水面が、ぐわっと、盛り上がった。
「なにかいた。ここを通ったよ！」
瓢 シャトトが声をあげた。
「虎牙 こうき班」が活動していたのは石狩川流域である。そのルートをたどれば、大雪湖へ行き当たる。
かすかにだが、シャトトは異様な匂いの痕跡を探りあてたのだ。
それは……流れる水にも混じっている。
「やまが……」
シー・レノアンクが、犬の姿の虎牙こうきの背に乗ったまま、空気の中の気配を探る。
「ざわめいている」
こうきも、同じ方向を見る。
吹雪の空を電光が閃く。そしてすべてを揺るがすかのような彷徨。
圧倒的な、なにかの気配が、びりびりと世界を満たしていた。
「城（ルーク）の騎行」チームは旭岳山頂付近に迫っていた。
山頂の風は凄まじく冷たいが、博昭・クレイオー・細谷の術によりメンバーは体温をなくし、寒さを感じることはない。それでも荒涼とした風景は心を寒くさせるのか、しなやかな尾の先に光を灯し、雪の上を駆けるハルシュタットを見ると、南雲マリアはその毛並みをぎゅっと抱きしめたくなる。
「あるべき『霊流』が阻害されている」
ボルツォーニ・アウグストが静かに言った。
「あれのせい、なのかな」
冷泉 律が、いくぶん緊張した面持ちで、山頂彷徨を見遣る。遠目にも、その輪郭を見ることができた。
「おそらくあれが」
博昭が頷く。
「世界の異物」
律は上空から山頂に近づいているはずの「ソラハネ」チームへ連絡をとった。
そのとき！
「おっと！」
清闇が思わず皆を引き止めた。
直方体から電光がほとばしったからだ。
清闇の鱗は皆が所持している。このチームのみならず、他の希望者にも配られたそれによって、猛威をふるう吹雪もほんのすこし、「手加減」をしてくれるはずだった。
だが直方体がなにやあやしい息遣いでもするかのように、なんらかの反応をした瞬間、吹雪の鋭さがかれらの肌を裂いたような気がして、理星は目をしばたいた。
「ええ、とりあえず問題はないです。でも……」
ドナ・ルシェは通信機で地上のパーティと連絡しているようだ。
「今のは自然の雷などではないな。言うまでもないかもしれないが」
とロディ・オブライエン。
ヴィジールの灯す炎を映して、直方体はなにかの墓標のように、無言でそこに立つ。
そのときだった。
天をゆるがすような咆哮を、一同は聞く。
「あれは！」
皇 無音の鷹の眼が、東の空にそれを見た。
大雪湖の水面を割ってあらわれたものは、猛スピードで上空へ駆け上ってゆく。
巨大だ。
だが巨大ゆえにだろうか、大雪湖捜索隊の面々を狙うというわけでもないようだった。ただ、静かな湖底の、おのれの眠りを妨げられたのに怒ったかのように、それは吹雪の空に吠えた。
咆哮に呼応して、山頂の直方体はバチバチとエネルギーの火花を散らす。
大雪山系の空に浮かぶものは、細長い胴体の、蛇がさらに細い四肢をそなえた、痩せたドラゴンのように見えた。コウモリの――というよりはコウモリ傘の、といったほうが特徴に合致している骨ばった翼をもっていたが、翼のはばたきによって飛んでいるというのではなさそうだ。
奇怪であることに、その姿は幻のように部分的に途切れたり、歪んだりしているように見えた。吹き付ける吹雪がたしかにその鱗のうえに触れているのを見なければ、まるで壊れた投射装置が雪に映し出した映像なのではないかと思えたかもしれない。だがそれは確かに――不安定であるにせよ――なんらかの実体を持って、そこにいた。
「なにか巨大なものが、大雪湖から！ 『大雪湖捜索隊』は……全員、無事です」
鷹月 司の伝えた情報に、車内はにわかに緊張する。
リベルの手の中で、『導きの書』のページがめくれていく。
「全員、車内へ」
「よし、撤収指示！」
ガルバリュート・ブロンデリング・フォン・ウォーロードが声を張り上げた。
「総員、撤収。ただちにロストレイルへ帰還せよ」
ヌマブチが無線機に向かって言った。サユリ、キース・サバインも、それぞれ受け持ちのエリアの部隊へその指示を伝える。
「今からロストレイル１号は戦闘態勢に移行します」
リベルは言った。
「決戦か」
黒金次郎の言葉に、彼女は頷く。
「あの直方体は何だ？」
ガルバリュートが言うのへ、リベルは答える。
「あれも＜侵食＞の一種です。この付近の世界の摂理を歪めているのです。敵対象が歪んで見えるのは周辺の光を屈折させているからです」
「ということは、あの鏡の柱も放置しないほうがいいってことか」
次郎が言った。
「というより、放置して、あの対象を撃滅することは難しいでしょう。この世界の大地の力を吸収して、対象に補給する効果もあると思われます」
「柱の位置をもう一度確認だ」
次郎は地図に向かった。
情報整理にあたっている人員は、すでに抜かりなく、地図上にしるしをつけてくれている。
それを横目に、リベルは言った。 「……名前をつけましょう」
「現時刻より、対象を『ジャバウォック』と呼称。ロストレイル１号は戦闘態勢に移行し、『ジャバウォック』の撃破を試みる。総員の撤収が完了次第、発車する――」
