北海道遠征
第2フェイズ:ジャバウォック討伐戦
■作戦開始
ごう、と空が鳴る。
吹雪舞う空を、走る列車――、ロストレイルだ。高度を下げ、白銀の斜面すれすれを走る。各車両のドアが開き、バラバラと、乗員たちを吐き出す。
あるいはすでに空から、その目標を目指したものいる。
すなわち、雪原に突き立った直方体、『ミラーヘンジ』を。
「一番乗り、もらったっ!!」
ウルケル・ピルスナーの錫杖が、ミラーヘンジの頂点をしたたかに叩く。キィイイン、と硬質の音が響いたが、ウルケルが空から急降下して加えた攻撃により、たしかに辺の一部がへこんでいる。
「跳ね返されるということはないようだ」
ロウ ユエはそれを確認すると、呼び起こした火の力をミラーヘンジに向かわせる。
大雪山系の山々の頂に突き立ったこの物体が、あのディラックの落とし子『ジャバウォック』による「世界の侵食」なのだという。
「攻撃を集中させましょう」
サユリが言った。光の鞭が空気を裂く。
それを追うように黒山羊が『目覚めの小枝』より放つ衝撃波や、数多くのロストナンバーの攻撃が集中する。
そして、それは唐突に起こった。
すべての攻撃は一見して効果が見えないか、わずかなヒビやへこみを生じさせるだけだったのに、蓄積されたダメージがある一点を超えたかのように、突然に、それは大きな音を立てて砕け散ったのだ。
おお、とどよめきが起こった。
瞬時に、細かい破片に分解し、きらきらと、まるでダイアモンドダストのように舞う。
そのまま氷のように溶けてなくなってしまったのは、持ち帰って資料としたいと考えていたものたちには残念だったが、もとよりこの世界の物質でない以上、崩壊すると消えてしまうのだろうか。
一瞬ののち――。
まず第一のミラーヘンジ破壊に、わっと歓声があがった。
「珍奇な光景だな」
黒山羊がつぶやく。
「俺の世界では、姿形が違えば、争い啀み合う事こそ必然だった。それらが共に戦うなど……。……なかなか愉快だ」
その頭上を、ロストレイルが走る。
しだりがみなに配った鱗に願えば、瞬時に車内に引き戻してもらうことができる。
そして列車は次なるミラーヘンジの場所へと向かった。
「う、動き出しました」
絹越とうふが声をあげた。車外にいるオウルフォームの眼を通して、巨大な怪物が動き出すのを見たのだ。ミラーヘンジはジャバウックのエネルギー供給元でもあるという。ならばあれはその破壊を許すまい。
不格好な翼ではためき、旋回する。その向かう先はこちらだ!
「第2ポイントで人員の降車を確認後、急速発進」
リベル・セヴァンが言った。
あいからわず表情も口調も平坦だが、それでも、いくぶん緊張しているようだった。
「その時、吹雪がぴたりと止み、視界が晴れる。それは一瞬ではあったが、ミラーヘンジを破壊するには十分な時間。彼らの武器が吸い込まれるようにミラーヘンジの体に刺さる」
ホワイトガーデンが綴るのは『未来日記』。
そこに書かれた不幸は現実のものとなる。
「フォッカー、今だぁ」
「行けっ!プロップ!」
キース・サバインとフォッカーの同時攻撃が炸裂した。上空からはアズリィ・シャフィークの炎弾が降り注ぐ。
このまま大勢が打撃を加えていけば、遠からず破壊できるはずだ。
氷山 悠治は、銃を撃つ手を止めて、空を振り仰いだ。
「おー。やってるやってる」
どこか呑気に呟いたが、彼が見たのは、上空においても、いよいよ戦いがはじまろうとする光景だ。
「急速旋回、回避!」
リベルが声を張り上げると、ロストレイルの軌道が大きくねじれ、絶叫マシーンもかくやといったありさまになる。
「むう、これはわれながらなかなか。なにせ外は吹雪が吹くほどの寒さでござる。故に汁物で暖かくなって――ふおおお!?」
「あーーれーーー、あ、アラ、失礼!」
「熱ーーっ!?」
食堂車で起こった騒ぎは、サティアス・アールがなにか料理をつくっているところへ列車の揺れによろめいたバーバラ・さち子がぶつかり、こぼれた汁を真柴 俊吾がかぶった一幕だった。
「……ん、これうまいな。ショウガが効いている……」
「そうであろう! 味噌汁にショウガ、これがなかなか――」
そんな有様をよそに、車外では戦端が開かれていた。
「あーたーれー!!」
ピリカのひょうたんから放たれる水の弾は、そのまま氷の弾丸となって飛来する。
ロストレイルの後方に、ジャバウォックの不気味な姿が迫り、それはみるみるうちにズームアップしてくる。ピリカの弾は、ジャバウォックに到達するよりもかなり手前で、突如、空中に出現した鏡面に阻まれた。あれがミラーシールドという能力だろう。
「汝、どこを見ている。汝が相手は我ぞ」
地上からマイト・マイアースの射かけた矢がジャバウォックを狙う。むろんそれも鏡の盾にあたるのだが、ロストレイルを追うジャバウォックを、列車からもミラーヘンジからも離れた位置に誘導するのが狙いだ。
「なるべくこちらで引きつけましょう!」
「アハハ、ジャバさんこっちこっち~!俺を捕まえてごらんなさ~い!!」
マイトに応えて、セシル・シンボリーの鳴らすクラッカーの音が表現に響きわたった。
からかうように雪の上を駆ける。
「♪ワームさんこちら!手の鳴る方へ!」
藤枝 竜も火を吐きながら跳ねるように走った。
巨大な影が雪のうえに落ちる。一瞬、迷ったようなそぶりを見せたが、まずうるさいものから片付けようと思ったのか、地上へと降下を始める。
「『停車場』形成!」
リベルの声にワンテンポ遅れて、ロストレイルの脇に沿うように出現したプラットフォームが、そのまま弧を描いて伸び、ジャバウォックと地上で牽制するものたちのあいだに割り込む。そのうえを滑るように走るいくつかの影。
「オマカセなのデスー!」
キィがオイルを噴射する。
「キミのダンスの相手は、エルだよっ!」
そしてエルエム・メールが飛び出した。
「コスチューム、ラピッドスタイル!」
衣装の一部が弾け飛んで、形態を変えると、そのまま加速する――が、あらわれたミラーシールドが、まるで鉄壁のように堅牢に攻撃を阻むのだ。
ジャバウォックの咆哮が吹雪さえ恫喝するように響いた。
その声に応えて空中に結晶した鏡の破片のようなものが、いっせいに、雪原のうえに降り注いだ。
■雪嵐
「はじまったみたいです。急ぎましょう」
と高田リエリ。
黒岳の稜線を、流鏑馬明日たちのチームが行く。
彼女たちが調査して、変異生物の襲撃で中断していた黒岳は、ミラーヘンジの存在が示唆されていながら唯一確認できていない場所だ。
「あった!」
「おや、これはまた凄いねぇ。本当に鏡の様だよー」
ナオト・K・エルロットが指をさし、柊木新生が応じた。
「さて、どうする」
レイ・オーランドが周囲をやや気にしながら言う。
「殴れば壊れるだろ?」
ジム・オーランドの鼻息が荒い。拳をおのれの手のひらで受け止めた。
まずは試しに、と柊木が「暴威弾」を撃ち込む。鋭い音が響きわたり、弾痕が穿たれる。
「みろ、大したことねえ」
ジムが笑って、がつんがつんと素手で殴りはじめる。
「……急げ。くるぞ」
レイのセンサーがその群れをとらえている。点々と浮かび上がる熱源。
雪の丘陵を飛び越えて、シカに似た変異生物たちが走り込んでくる。
「やられる前に、ぶっ壊してやるよ!」
ナオトが、より力をこめて、ミラーヘンジへと蹴りを入れる。
次の瞬間――、空間の位相が変わったような気配に、レイは空を仰いだ。
「こちらは任せてほしい」
璃空だった。
彼女たちは三ツ屋 緑郎の呼びかけたチーム。変異生物たちの一部をとらえて、0世界に連れ帰る作戦を行っていた。
璃空がドーナツ状につくりあげた結界によってミラーヘンジは守られ、また、生物を逃がさないようする。
「できたよ。リクリエ、偽装お願い!」
瓢 シャトトの声があがった。水元 千沙のフォックスフォームセクタンが狐火でシカ型生物を追い立てる。
オスカーも激しく吠える。
離脱しようとしたシカ型生物が、次々に落とし穴に落ちていく。
「食べる訳でもない殺しは気分が悪うございますな」
言いながら、ルト・キが穴の底へ銛を突き出した。仲間を踏み台に穴を抜け出したものは煙水晶の鋼糸にからめとられたり、ハクア・クロスフォードの銃に撃たれたりする。
「よし、よし。すまないな……!」
三ツ屋 緑郎が、もっとも小さな個体を抑えつけていた。
「お前には死ぬより辛い事になるかもしれないけど、僕もこれからお前が元に戻れるように頑張ってみるよ」
「ごめんな、でもこのままやとあんたたちは自然の摂理を歪めてまうから……」
千沙は穴の底へ――倒されたのこりの生物たちへ視線を投げる。
「埋めてやってくれる?」
「わかった」
イクシスが、穴を掘ったときと同様、黙々と作業をはじめた。
ちょうどそのとき、かれらの背後でミラーヘンジが破壊された。
「……本当にやりやがった」
レイが呆れ顔なのは、とどめを刺したのがジムの頭突きだったからだ。
「すげえ……」
誇らしげなジムと、素直に感心した風のナオトをよそに、明日は、
「……戻ったら医者に診てもらって下さい。頭の怪我は危ないから」
と、淡々と告げた。
果たしてその頃、車内の医療技術者が集まった治療車は、負傷者への対応に、野戦病院の様相を呈していた。
変異生物たちとの戦闘がいくつか発生しただけの探索時よりも、ジャバウォックの攻撃のほうが被害は大きいようだ。
「無傷で終われればと思っていたけど、甘かったかしら」
と、トリニティ・ジェイド。
「これお願いね」
エミリア・シェスカが、手早く、しかしなるべく落ち着いて薬を配る。
「はい、怪我したひとはこっちだよ、おおっと」
車両が揺れるたびに春秋冬夏は危なっかしいが、それでも懸命に作業にあたる。
かれらの他にも技術や能力のあるものが揃っていたことと、深刻な重傷者がいなかったのはさいわいなことだったが、この光景をみれば、決して楽な戦いではないのだと知れたことだろう。
■異界の杭を砕け
「面ではなく、点を狙え」
レオンハルト=ウルリッヒ・ナーゲルのよく通る声。
虚空より出現する、筋骨隆々とした無数の腕は、封じられた魔神の力か。幾多の拳がミラーヘンジの鏡の表面を絶え間なく殴りつける。
「いっくよーー!」
ルーツが自らをハンマーに変え、地面に突き刺さっている下のあたりを狙った。
「離れて」
ミラ・イェルネフェルトが鋭く言って、銃を撃った。
彼女の能力で、根元付近の雪が火薬に相当するものに変質していたため、巻き起こった爆発にミラーヘンジがぼっきりと折れて、そのまま砕け散ってゆく。
破壊成功に皆が沸く。
レオンハルトは、しかし表情をゆるめずに、ミラーヘンジが立っていた場所をにらんだ。
まだだ。こんなものははじまりに過ぎない。
鉄球をふるうクレーン車がある。
いったいどうやってこんな山頂に重機が?――それはアルジャーノが姿を変えたからだ。アルジャーノはこの鏡というのものを食べてみたくて仕方がない。壊れて、消え去るまでの間に食べられるだろうかと考えながら、鉄球をふるった。その鉄球がつくったへこみに、他のロストナンバーたちがさらなる攻撃を加える。
――と、獰猛な吠え声がかれらを取り囲んだ。
変異生物たちが人の気配に気づいて集まってきたのだ。
「えいっ!」
月見里 咲夜のタオルの攻撃!
鷹月 司はトラベルギアの『如意金箍棒』を振り回し、フォックスフォームセクタンに炎の弾丸を撃たせて応戦する。
「見くびらないで、子どもじゃないんだから!」
黄燐が矢を射かけた。
そうして変異生物の相手をしてくれているものがいる間に、ミラーヘンジの破壊が進む。
「我が歌を乗せ奏でよ旋律――!」
茉莉花 理緒の歌が響く。
それは魔力を秘めた呪歌だ。それにより吹雪がやわらいだところへ、駆け込むのは井上ほたる。
「えへへっ見ててね理緒ちゃんっ!」
幼なじみの少女は懇親の力をこめてガラスのチャクラムを叩き込む。
ぴしり!とミラーヘンジの表面に走る亀裂。
雄叫びをあげて、秋吉 亮の足が雪原を蹴った。そのままおのれを弾丸のように風の後押しをうけて飛ぶ。亀裂の入った箇所に彼のタックルがきまると、またひとつ、ミラーヘンジが破壊されることになった。
「悪ぃな、乗せてもらって!」
神喰 日向は、黒葛 一夜とともにシンイェの背に乗る。
影の馬は次なるミラーヘンジへ向けてまっしぐらに駆けた。
「本当、助かります。これはあとでニンジンを差し上げないと」
「ニンジンだと!? おれを単なる馬扱いするか貴様あ!」
一夜の言葉にシンイェが憤り、ぐわっと後足立ちしたので、日向はおわ!と声をあげて駒にしがみつく。
「まあまあ。それより速く行きましょう。アナタの為に、ジャバウォックを倒して太陽を見せてあげますよ。そのためにもまずはあれを――」
一夜がうまく丸め込み、トラベルギアを手に前を見据えた。びっ、とテープを引き出し、そしてふるう。
なぜこれが豆腐じゃないんだ!という声なき叫びをこめて。
空中からディブロが舞い降りてくる。
トラベルギアの刃が鏡状の表面をひっかいた。
「ああ、嫌な音、嫌な音」
アディアリア・ミディカルトが引き出されたパワーをぶつける。すこしずつ、着実にダメージが積もっていく。
「あー、もう、なんであたしのギアはこんななの!」
瀬島 桐のトラベルギアは小さな「爪やすり」だ。
まさかこれですこしずつカリカリ削るわけにもいくまい。どうして剣とかハンマーとか銃じゃないのよ!と苛立まぎれに、やすりをふるう桐。その瞬間、凄まじい衝撃波が巻き起こり、文字通り、ミラーヘンジの一部を大きく削りとった。
「ってうっわあ、振ったら何か出た!?」
ギアを支給されたときよく説明を聞いていなかったのか何なのか、音を立てて砕け散るミラーヘンジを、桐は呆然と見つめた。
「あとひとつだね」
メルヴィン・グローヴナーがリベルを振り返った。
地図のうえに次々につけられていく×印。
リベルが頷く。ずしん、と車両が揺れた。
「持ちこたえられるかな」
「持ちこたえさせます」
リベルは応えた。
「フフフフフ、とうとう俺の秘密兵器を見せる時が来たっ!!」
するりとトンファーを抜き放つ坂上 健。
思う存分これを使ってもここでなら警官に職質される心配もないのだ!
ミラーヘンジの最後の1基を破壊すべく、健は突撃した。
「叩く、突く、受ける!!近接でトンファーは最強だー!!」
渾身の力をこめて突き出す!
それがミラーヘンジにぶつかった瞬間、健の背後で爆炎があがる! それはあたかも特撮ヒーローの名乗りのシーンを思わせ、健の気合のあらわれかと思われたが、
「熱ッ!?」
火花に熱がっているところを見るとそうではないらしい。
「アラ、間違えチャッタのネ。テヘ」
コーディーのロケットランチャーの撃ち損じのようだ。
そんな一幕を挟みつつ、これで最後となればみなの気合も入ろうというもの。
苛烈な攻撃が集中する。
そして雪のうえに、ゆらりと、立つひとりの巨漢。
「さぁ、覚悟しろ……」
風雪になびくほどけた包帯――、黒金 次郎だ。
「割れて舞い散る雪の如く」
片足は雪も融けよと山を踏みしめ、もう片足は攻撃を受けて亀裂の走ったミラーヘンジを、蹴りつけた。
「とっとと消えろクソ鏡ッ!」
最後のミラーヘンジが粉砕された、それがその瞬間だった。
■鏡の盾を越えて
ロストレイルがジェットコースターのように宙返りした。
そのまま、ジャバウォックへと向かっていく。
並走するようにできては消えていくプラットフォームのうえでジャバウォックが射出してくる鏡の破片をトラベルギアの盾で弾き返していたアルド・ヴェルクアベルは、最後のミラーヘンジが砕け、ロストレイルが反撃の態勢に入ったことを知った。
「出番だよ、オルグ!」
「任せな! んじゃ、総仕上げと行こうぜ!」
入れ替わりに、オルグ・ラルヴァローグが吠えるように言って、剣型トラベルギア『日輪と月輪』を構える。
かれらを乗せたロストレイルが、まっすぐにジャバウォックへ向かっていく。
雨のように、鏡の刃があらわれて降り注いできた。
そのとき、屋根の上に立つのは虚ろに揺蕩う暈と呼ばれる存在。開いた傘が攻撃をしのぐ。
「上から来る限りは矢でも鉄砲でも隕石でもコロニーでも止めて見せるさ」
うっすらと微笑み、そしてつぶやく。
「この列車もいずれボクのモノにするんだ、傷付けさせるわけにはいかないな」
「還りなさい、世界の外側の子。あなたの空に」
ニルヴァーナが跳ね返した鏡の刃は、そのままジャバウォックに襲いかかる。
だがそれもまた鏡の盾によって阻まれるのだが……今まさに、ロストレイルはその盾ができる空間をすりぬけ、敵のふところに飛び込もうとしていた。
そのとものように両側に添うのは2匹の竜だ。
清闇とデュネイオリスである。
「10時方向から敵弾確認!」
小竹 卓也が声を張り上げた。
それを聞いて、清闇が動く。迫り来る鏡の刃は、凶悪に輝く流星群。
「っ!」
真遠歌が大きな塊をたたき落としたかわりに、小さな破片に肩をえぐられ、よろめいた。
清闇の背のうえに血がしたたる。
「おい!」
「大丈夫、です。……怪我しても、すぐ治るから……。……守り、たいのです。だから……ごめんなさい、ありがとう、です」
真遠歌の負傷を察した歪がかける声に、鬼の子は返した。
「……」
歪はそれ以上はなにもいわず、トラベルギアを構えた。その刃が砕けて周囲の空間に散り、襲いかかるジャバウォックの鏡の破片とそれぞれが激突して場違いな交響曲を奏でた。
「……護るさ」
ちいさな呟きがその音に掻き消える。
「さあ、今こそ覚醒の時です」
アルティラスカの、こめかみに咲く翼型の花が、七色の光を放ち、彼女の乗るデュネイオリスや、周囲のものたちに力を与えた。
2匹の竜は旋空し、ミラーシールドを押しのけるようにして、道を拓いた。
その中を、ロストレイルはまっすぐに突進していくのだ。
「接敵します。総員、戦闘に備えて下さい。『停車場』を展開!」
ロストレイルの進行方向に先行して出現する結晶の線路が、分岐し、曲がりくねってジャバウォックを囲い込んだ。それにそってプラットフォームが伸びていく。線路の命じるまま急激に方向転換するロストレイル。それを追って長い頚を動かしたジャバウォックに、列車から飛び出したロストナンバーたちの攻撃がいっせいに襲いかかるのだった。
■決戦、ジャバウォック
「よぉおっし、銭湯に備えたぜ! ……って、あれ、銭湯じゃないの?」
がらりと開け放たれた車両のドア。ふきすさぶ北海道上空の風が、烏丸明良が裸の腰に巻いたタオルを今にもさらっていきそうで危なかっしいことこの上ない。
「戦闘? まじで? ポロリもないの? なにそれ、俺泣くよ?……ってえ、おおっと」
急旋回するロストレイル。
明良の脇から、顔をのぞかせたのは神ノ薗 紀一郎だ。
「おお、なんぞ大変なことになっちょぅの」
いやにのんびりした口調ながら、ひょい、と車両の屋根に登り、そのまま駆けていく。おりしも、列車はいびつなドラゴンのような姿をしたジャバウォックの頭上を目指しており。
「他なんも上手い手が浮かばなかったでな。正面からいかせてもらうがよ」
抜き身を手に、紀一郎は飛んだ!
縦真一文字にの切っ先が異界の怪物の皮膚を裂く。
敵の巨大さからすれば、それがどの程度のダメージになるものか。しかし今、あちこちで、同様に攻撃が仕掛けられているのだ。
空に張り巡らされた線路のうえを伝馬清助が走る。
不思議な結晶でできた線路は空中に固定されたようにゆるぐことはないが、一歩踏み外せば吹雪の空に投げ出される。なんと非現実な舞台だろう。夢でも見ているようだと清助は思う。十手をふるえば、黄金色の閃光が弾けた。
「モーーーー、食らいやがれ、おらおらおら!!」
雄叫びとともに、ボルダーが飛びかかる。屈強なミノタウロスのハルバードがジャバウォックの体に振り下ろされた。
血というにはあまりに黒い、タールのような体液が飛び散るのをみれば、やはり生物なのだろうか。
「く……ついにこの技を使う時が来てしまったか……」
津田重之は竹刀を握り締め、敵をにらみつけた。
「受けろ! 星覇殺戮剣!」
しーん。
重之が竹刀を振り下ろしたが、振り下ろしただけだったので、特に何も起こらなかった。
一応、その竹刀はトラベルギアであるので、ジャバウォックに直接あてれば多少はどうにかなったが、重之の立ち位置は敵から相当離れていた。
「……。……ふおおおッ」
重之は腕をおさえて呻く。
「くそ、こんな時に暴れだしやがった。し、鎮まれ、俺の……」
傍らでポンポコフォームのココアがふわぁ、と失礼な感じであくびをした、次の瞬間――!
降り注ぐ鏡の破片が結晶の線路を破壊していき、重之を宙に投げ出す。
「!?」
天地が逆転した。
その視界を遮るのは……竜だ。そして飛び降りてくる人影。
「っ!」
がっし、と重之を掴みとったのは蓮見沢理比古の腕。
そのまま、新たに創造され、伸びてきて線路に着地する。
「あ、あんた……」
「怪我はないな。よかった」
そう言い残し、走り去る。どこでどうしたか、理比古は額から血を流していて、重之は怪我してるのはあんたのほうだ、と言おうとして果たせなかった。
「こら、アヤ! いきなり飛び出していくな!」
もうひとり、人が降ってきた。虚空だ。理比古のあとを追う。
その頭上を、2頭の竜がごう、と過ぎ去っていった。
リコーダーの音がする。
戦場を駆け巡るロストレイルの屋根のうえで、時雨 理理子が吹いているのだ。
それは仲間に力を与える音色だ。
プラットフォームからプラットフォームへ飛び移り、七篠権兵衛が敵に接近する。巨体を包むのは作務衣にクマのアップリケがついたエプロン。いやに大きなボトルクリッパーを手に、ジャバウォックの体のうえに飛びとると、思い切り凶器を突き立てた。にっと笑って吐き出したのは口に含んでいた飴玉――のはずだったがそれは爆発して敵の傷をいっそう抉った。
巨大なジャバウォックが身をよじれば、権兵衛はむろん振り落とされるが、ガリバーをとらえる小人国の兵士のように、ロストナンバーたちは次々に襲いかかるのだ。
「にゃっ!?」
ポポキのちいさな体が空中に弧を描く。
「よっ……と!」
相沢 優が受け止めてくれたので事なきを得る。
「平気か、猫さん」
「にゃにゃ!? オ、オイラは誇り高いクムリポ族の戦士なのにゃ……!」
ふるふる震えているような気もするのが、たしかに負傷がないようなので治療車に運ぶ必要もないだろう。
「よし、ならいっといで!」
「にゃーーー!?」
ぽーん、と優がポポキを放り投げた。
「こんなことならもっと真面目に射撃訓練をしておくんだったな。上手く当たってくれるといいんだがね」
などと言いつつ、コメノ ミャーナスがレーザーガンを連射する。
もっとも的が大きいからまったく外すということもない。
その傍らでは青梅 棗がホースを構えた。
「……水、発射……」
レーザー光線に並走するように、真っ直ぐな放水がジャバウォックの顔のあたりを狙う。
「カナメ……今のうちに、背中に回って……」
棗がつぶやく。
「わかってるわよ!」
戦場の離れた場所にいても、双子の呼吸のリズムは同じだ。
「あんの、オカマ吸血鬼のせいで、こんなパワー頂いちゃたんだから~!やるしかないでしょぉ~!!」
なにかに八つ当たりするように、青梅 要のトラベルギアのデッキブラシが炸裂する。要のセクタン・富士さんも炎の弾丸で援護射撃をする。
瑠縷のマシンガンが別の方向から撃ち出され、ジャバウォックの体の表面に無数の弾痕を穿っていく。
その様子を、ロストレイルの窓からフィルシアが見ていた。
ちらりと手の中に視線を落とす。ふるびた懐中時計の針がその時を指そうとしていた。
「時間です」
彼女の時計がセットした時刻に、蓄積されたパワーが衝撃波となってジャバウォックを襲った。
■吹雪の果て、次なる旅へ
ぐらり――、と巨体が傾いだ。
全方位からの絶え間ない攻撃に耐え切れなくなったジャバウォックが落下をはじめたのだ。
プラットフォームと線路を砕きながら、落ちていく異界の怪物は、この時ばかりはこの世界の法則――万有引力に従っているようだった。ロストレイルはほぼ垂直に降下してそれを追う。突き刺さるような勢いで伸びる線路。その上をロストナンバーたちが走った。
「餌をくれてやる」
ボルツォーニ・アウグストのコートが翻る。
先頭車両のうえに立っていたボルツォーニの体が、屋根を蹴ってジャバウォックへとダイブする。
その手の中に、いつのまにか異様な形状の武器がある。あえて言うならロケットランチャーに似たそれが、ジャバウォックに突き立つかのように見えた瞬間、目を灼くような閃光とともに砲弾が放たれる。
「僕はもう早く戻りたいんだ。寒いし。……終わりにする」
ジュリアン・H・コラルヴェントがあやつる真空の刃が、黒い血煙を生む。
天地を揺るがすような轟音とともに、ついにその巨体が大地に激突した。積雪にクレーターができ、舞い上がった雪にすべてが白に染まった。
その白い世界を裂いて、白熱の驟雨が降り注ぐ。
「美しかろう、銀の雪に銀の雨じゃ。――呑まれるがええ」
灰燕が呼ぶ炎の雨だ。
ジャバウォックのあぎとが咆哮を吐く。
垂直下降していたロストレイルは地上すれすれのところで急角度に切り返し、再び天を目指す。
同時に、飛び出したロストナンバーたちからとどめの攻撃が集中した。
太助の頭突きが、マルティナ オルダースンのダンベルが、藤崎ミナの斧槍が。
そしてアルウィン・ランズウィックの槍が――
「獣達を変なのにした、許さない。お前なんか皆でぺっちゃんこにしてやる!」
狼の騎士の槍とともに、光の刃が終局を告げる。
ぴしり――、と、それはひび割れた。
タールの血を流す今までの傷とは違う。なにか根本的なところまで、ダメージが達したことを意味しているのか。
それはジャバウォックの肉体というより、存在そのものに入った亀裂だ。
一瞬ののち、まさしく鏡が割れる音そのものとともに、巨大な敵は粉々に砕け散っていた。
衝撃が、雪を巻き上げる。
鏡の破片は、ミラーヘンジと同じく、氷のように溶けて、消えてゆく。
世界の外からやってきた異物は、その存在をすべて失ったのだった。
ロストレイルが、空中で静止する。
途端に、周囲は風の音をのぞいて静まり返った。
「……」
リベルが頷く。
「ディラックの落とし子『ジャバウォック』、消滅を確認。作戦は成功です。みなさん、お疲れ様でした。…………ありがとう」
わっ、と、歓声があがった。
*
「よかったぁ」
世界計から反応が消えたのを確認し、アリッサは安堵の息をつく。
トレインウォーの成功の報に、0世界の世界図書館にもやすらいだ空気が流れた。
「ウィリアム、お茶を入れて。ダージリンがいい」
「かしこまりました」
「……ねえ」
椅子に体を預け、アリッサは執事に訊ねた。
「どうしてワーム型の落とし子が壱番世界に侵入できたのかしら」
「不明です」
にべもなく、ウィリアムは答える。
「……。おじさまならその答を知ってると思う?」
「どうでしょうか。……ですが館長はよくおっしゃっていました。……『どんな答も、つねに旅の向こうにある』」
アリッサは、無言で頷いた。
そして執事を振り返ると、こう言うのだった。
「司書のみんなに連絡を。トレインウォーからみんなが帰ってきたら、『導きの書』に従って仕事をしてもらうわ。たぶんそうすることでしか、何も始まらないと思うから」
*
『本日は、トレインウォーへのご参加、ありがとうございました。ただいまより、当列車は0世界に帰還します。なお、食堂車では本日限定メニューと致しまして、ジンギスカン、石狩鍋、みそラーメンなどをご提供致します。この機会に、ぜひご賞味下さい――』