オープニング

『カンダータでなにかが起こる』

「……それだけ?」
「それだけなのです」
 リベルをはじめ、世界司書たちは困惑した表情を見せた。
 館長アリッサも、困惑するしかなかった。
「予言があいまいであることはままあります。しかし今回は――すべての『導きの書』に同じ予言があらわれていますから」
「なにか大きな運命が動くまえぶれということね。それなのに具体的なことはなにもない。ヘンね。……カンダータでなにか特別なことは?」
「情勢は特に変化はありません。ただ、問い合わせてみたところ、祝日だそうです」
「祝日」
「年に一度の『ゴーリィ感謝祭』という祝日で、催しものなどもあると……。カンダータの文化では重要な祭日のようですが」
「うーん」

 謎であった。
 突然、世界司書たちの『導きの書』にあらわれた予言は、「永久戦場・カンダータ」でなにかが起きるとしか示していなかった。しかしまさか、カンダータの祭のことを知らせてきたわけではあるまい。

「……具体的なことがわからない以上、どうしようもないわ。でも……そうね、せっかくだから、そのお祭りにみんなに行ってもらうのはどう? 考えてみれば、カンダータとは、その後、不定期に従軍依頼があるだけで、ずいぶん前の視察旅行以来、交流がなかったものね。お祭りの見学ってことで、みんなには楽しんできてもらって……もしも、なにかがあれば臨機応変に対応してもらう。そういうことにしましょう?」

 それが、大勢のロストナンバーが久方ぶりにカンダータに降り立った経緯であった。

 カンダータの中枢にして、人類最後の砦「理想都市ノア」。
 広大な地下都市は、華やかな祝祭ににぎわっていた。
 かつて人々を導き、現在のカンダータの基礎をつくったとされる歴史上の英雄「指導者・ゴーリィ」の栄光を讃え、日々の平穏に感謝をする祝日だそうで、市をあげてさまざまな催しが行われている。
 なかでも、日ごろ、カンダータの人々を護る任についている軍隊に対して、人々が尊敬と感謝の念を大いにあらわすことは、この祝祭の重要な意味とされているようだった。

「まさかみなさんが我が方の祭になど興味をもたれるとは思いませんでしたが」
 かつてカンダータ軍異世界方面軍の指揮官であり、世界図書館との連絡役であるミラー大佐は、ノア市内におけるある程度の自由行動を認めた。……といっても、実際には軍人たちがそれとなくロストナンバーの様子を監視しているようではある。
 ひとまずは、さまざまな催しを楽しめばいいだろう。
 ロストナンバーたちは華やぐ町へと繰り出していった――。

  ◆ ◆ ◆

「ハッ……!」
 エミリエ・ミイは、天啓を受けたように、顔をあげた。
「そうかも……!」
 慌ててトラベラーズノートを開く。

「……」
 三ツ屋 緑郎は、エアメールを読むと、ぱたんとノートを閉じた。
 見なかったことしよう。
 最初はそう思った。……のだが。

「ああああどうしよっかなあ洒落にならないって面倒くさいな絶対とばっちりくるよもおおおお!!」

 返信を書き殴る。
『それ僕に関係ないよね? それにその予言がこのことだと決まったわけじゃないでしょ?』
『そうだけどもしそうだったら? 取り越し苦労ならそれでいいから、とにかく緑郎さんもカンダータへ行って!』
「……」
 エミリエは強引だった。

 補足しよう。

 ターミナルで自然発生的に生まれた奇妙な集まりのひとつに「みちびきの鐘」がある。
 簡単に言えばチャイ=ブレを神として崇めるカルトのようなものだ。以前にかれらがロストレイルの車両ジャックを行った事件に緑郎がかかわって、いろいろあって関係者になってしまった。
 その後、おとなしくしていると思ったら、いつのまにか、カンダータで布教活動をしているという。
 カンダータ人にチャイ=ブレもなにも理解されないのだが、カンダータの従軍依頼を受けて成果をあげているロストナンバーがいることで、誤解が生じた。
 カンダータ軍のなかに、ロストナンバーに心酔する層が形成されはじめたのだ。
 みちびきの鐘のロストナンバーの狂信と、カンダータ軍人の盲信とが化学反応を起こして、カンダータ軍部内でのクーデターが計画されているらしい……そんな情報の片鱗を、緑郎は掴んだ。

 聞いてしまうと無視できないので、トラベラーズカフェで仲間を募ること数回。
 しかし、幸いというべきか、今までは未遂だったりガセ情報だったりして大きな事件にはなっていなかった。

 エミリエは、こたびの「謎の予言」の正体が、今度こそみちびきの鐘が扇動するクーデターの発生ではないのかと思ったようだった。
 今回もまた、何事もなく終わる可能性はある。
 どうするべきか思案する緑郎のもとに、セクタン便がチケットを届けにきたのだった。


ご案内

カンダータで何かが起きるかもしれないし、起きないかもしれません。
緑郎さんのとった行動は……?

■参考情報
新たなる世界へ!

!注意!
こちらは下記のみなさんが遭遇したパーソナルイベントです。ミニ・フリーシナリオとして行われます。

●パーソナルイベントとは?
シナリオやイベント掲示板内で、「特定の条件にかなった場合」、そのキャラクターおよび周辺に発生することがある特別な状況です。パーソナルイベント下での行動が、新たな展開のきっかけになるかもしれません。もちろん、誰にも知られることなく、ひっそりと日常や他の冒険に埋もれてゆくことも……。
※このパーソナルイベントの参加者
三ツ屋 緑郎(ctwx8735)
上記参加者からこのパーソナルイベントのことを教えられた人
※このパーソナルイベントの発生条件
企画シナリオのリクエストに由来

このイベントはフリーシナリオとして行います。このOPは上記参加者の方にのみ、おしらせしています。

なお、期限までにプレイングがなかった場合、「エミリエのメールは見なかったことにした」ものとします。

→フリーシナリオとは?
フリーシナリオはイベント時などに募集される特別なシナリオです。無料で参加できますが、プレイングは200字までとなり、登場できるかどうかはプレイングの内容次第です。

■参加方法
プレイング受付は終了しました。

■特別ルール
このパーソナルイベントは、三ツ屋 緑郎(ctwx8735)さんが遭遇したものですが、「緑郎さんが協力をもとめたロストナンバー」も参加することが可能です。
「緑郎さんが協力をもとめたロストナンバー」とは、緑郎さんからなんらかの手段で「このページのURLを教えられたプレイヤーさんのキャラクター」です。
掲示板などで公開しても構いませんが、参加人数が多いことが必ずしも有利ではないかもしれません。

なお、このパーソナルイベントは、三ツ屋 緑郎(ctwx8735)さんのみ「600字までのプレイング」が送信可能です。

参加者
三ツ屋 緑郎(ctwx8735)コンダクター 男 14歳 中学生モデル・役者
ワード・フェアグリッド(cfew3333)ツーリスト 男 21歳 従者
ラス・アイシュメル(cbvh3637)ツーリスト 男 25歳 呪言士(じゅごんし)
虎部 隆(cuxx6990)コンダクター 男 17歳 学生
緋夏(curd9943)ツーリスト 女 19歳 捕食者
コタロ・ムラタナ(cxvf2951)ツーリスト 男 25歳 軍人
鹿毛 ヒナタ(chuw8442)コンダクター 男 20歳 美術系専門学生
シーアールシー ゼロ(czzf6499)ツーリスト 女 8歳 まどろむこと

ノベル

「でもさ、何か起こってもみちびきの鐘だと決まったわけじゃないもんね、旅団の罠かもしれないもんね! うんそうそれだよ、やだなあ取り越し苦労だよね!」

 そんなことを言いながらも、カンダータでの緑郎の動きは迅速だった。
 知り合いのロストナンバーに協力を依頼する一方、「みちびきの鐘」の衣装――パッチワークのローブを用意し、セクタンに周囲を探らせつつ、町にまぎれるロストナンバーに目星をつけた。

「えっと、カンダータ軍と連絡がつきました。ミラー大佐は忙しいので、担当のひとを寄越すって。『ノア市立劇場』ってわかる?」
「ちょうどそこの前だよ」
 エミリエからの連絡を受け取り、緑郎は指示された劇場内へ。
 ゴーリィ感謝祭を記念して行われる歌姫ナターシャのステージの開演を待ち、劇場は混雑していた。

  ◆ ◆ ◆

「ン、わかっタ。あやしいのみかけたら知らせるヨ」
 ワード・フェアグリッドは緑郎の連絡を受け、周囲に気を配りながら、祭に華やぐ歓楽街を歩く。
 例の信者連中は特徴的な衣装だというから、すぐに見つかりそうなものだ。

「了解なのですー」
 シーアールシー ゼロは、ゴーリィ記念館にいた。
 ひっそりとした施設に、今のところあやしい兆候はないが、なにごとも警戒するに越したことはない。
 それにしても、カンダータにまつわる予言があいまいだったのは何故だろう。
 みちびきの鐘とそれが関係しているのかどうかわからないが……、要はまだ、起こる出来事の吉凶が確定していないからではないか、とゼロは考えていた。

「ソースはエミリエ? 信憑性うっす!」
 鹿毛ヒナタは言った。
「ほんとどうでもいい」
 と緋夏。
「そんなことよりカレーライスくれー! おかわり! もうタライでくれー!」
 緋夏たちは軍駐屯地にいる。
 ちょうど「軍人カフェ」なる、兵士と市民の交流企画が催されている。
 そこで供されるカレーに、緋夏は夢中だった。
「けど、万が一ってこともあるからな」
 虎部 隆は考え込む。
 うまく集団に接触できれば、連中の人心を掌握する自信はあった。みちびきの鐘はコンダクターを「よりチャイ=ブレに近い」という理由でリスペクトしているし、かれらに影響を受けたカンダータ軍人なら、ロストナンバー自体に崇敬の念を抱くだろう。
 だが、肝心の、それらしい集団をまだつかめていない。
 ヒナタの言うように、ガセかもしれない。
「いちおう、舟も飛ばしとくし、なんかあったら対応すっからさ」
 ヒナタは言った。
 なにかあるまでは……祭を楽しめばいいのではないか。
 駐屯地の運動場には戦車などが展示されている。ちょっと見に行ってみよう、とヒナタは立ち上がった。

 コタロ・ムラタナと、ラス・アイシュメルは、駐屯地の施設内部にいる。
 建物内は、公開されていないが、コタロが以前、従軍依頼についたときに与えられたIDがあったため問題なかった。
「あー、なんか聞いたことあるけど……そういう宗教みたいの、定期的に流行るし」
 兵士たちと話してみたが、みちびきの鐘については、たしかに知る人ぞ知る程度には知られていたが、まともに取り合うものもいないようだった。
「そうか。邪魔をしたな」
 コタロは礼を言って兵士と別れた。
「……?」
 ――と、気がつくとラスの姿が見えない。

 ラスは、コタロと話している兵士にさりげなく接触すると瞬時に意識を走査して、施設内の情報端末の場所や操作方法を知る。
 そっと隙を見て、祭日のせいか誰もいない部屋の端末の前へ。
 そして情報にアクセスする。
 みちびきの鐘自体は、そう大した事件は起こせまい。そもそも予言が示しているのがかれらだと決まったわけでもないのだ。それより問題は、もっとほかの、見過ごせない脅威が近づいていた場合だ。
「む」
 ふいに、情報が遮断されていく。
 気付かれたのか? いや違う。誰かが、施設内のネットワークを制御下に置いたのだ。
 すべてがロックされるまえに、ラスは施設内の監視カメラ映像をすばやく呼び出す。
 運動場に展示されている戦車の群れ。
 そこに近づいて行く男――
 ハッ、と、ラスの目が見開かれた。彼の見覚えのある人物だったのだ。
「世界樹旅団」

  ◆ ◆ ◆

「あ――。お久しぶり……です」
 劇場のバックヤード、控え室に通された緑郎のまえにあらわれたのは、大柄でこわもてないかにも軍人らしい風貌はそのままに、戦闘服ではなく事務方の制服を着た――かつてのカンダータ軍異世界方面前線指揮官、ダンクス少佐であった。
「用件を聞こうか」
 じろり、と緑郎を見返した少佐に、緑郎は事の次第を語って聞かせた。
 少佐は、話は聞いてくれたが、しきりと時間を気にしているようだった。
「……というわけなので、できるだけ警戒してほしいんです。みちびきの鐘も、共鳴した兵士のみなさんも、それぞれの陣営のほんのごく一部でしかないから、そんなことのために今の図書館とカンダータの関係が――」
「言いたいことはわかる」
 ダンクス少佐は遮った。
 そのとき、ひとりの兵士がやってきた。
「すみません、ナターシャが……」
「あと十分で出番だぞ」
「楽屋の花が言っておいた種類の花ではないと言って」
「……すぐに行く」
 がりがりと、少佐は刈り上げた頭を掻きむしった。
「……これが今の俺の仕事だ」
 自嘲めいた笑みに頬をゆるめて、緑郎に吐き捨てると、部屋を出ていく。
「少佐の仕事って?」
「ダンクス少佐は軍の広報部で、軍属歌手ナターシャ・イリーツァのマネジメントを担当されているのですよ」
 少佐を呼びにきた兵士が教えてくれた。

 トラベラーズノートに連絡がある。
 なにやら駐屯地のほうで騒ぎが起こっているらしい。しかも世界樹旅団のツーリストがあらわれたというのだ。
「大変だ」
 世界樹旅団のカンダータへの介入こそ、緑郎がもっとも懸念していた事態である。それでは、予言が示していたのはみちびきの鐘ではなかったのだろうか。それならそれで安心というか、旅団のほうがずっと深刻なのであった、こうなるともはやみちびきの鐘などどうでもよいというか……
「おい! ナターシャを見なかったか!」
 血相変えてダンクス少佐が走ってくる。
「え?」
「姿が見えん。もう開演だというのに……」
 そのとき、悲鳴が聞こえた。

「ちょっと! 離して!!」
 きらびやかな衣装の女性――誰あろう『歌姫ナターシャ』だ――を肩に担いだ大きな男がいる。
 パッチワークだらけのローブに……真理数がない。みちびきの鐘のロストナンバー!
「さァ、一緒に行きましょう。貴方はカンダータでもっとも愛される歌手。その歌声で我々とともにカンダータの人々を偉大なチャイ=ブレのもとに導いて下さい」
「なんのこと!? 離しなさいよ!!」
「古来、信仰と芸能は不可分のものでした。貴方なら、この地におけるチャイ=ブレの巫女にふさわしいでしょう。さあ! さあ!」
「ちょっと待てーーー!」
 駆ける緑郎。
 ナターシャを担いだ男が逃げ出す。緑郎は追う。
 廊下を曲がり、階段を駆け下り、放置された大道具を踏み越え、人を突き飛ばし、そして――

「!」
 光が、目を灼く。
 そして、わっと空気を震わす歓声と、拍手。
 緑郎は、自分と、男と、ナターシャが、舞台の上にいるのに気付いた。
 会場を埋め尽くす観衆は、むろん顛末を把握していないから、ナターシャが担がれているのも演出としか思わないだろう。

 ステージの幕は、もう上がっている。



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螺旋特急ロストレイル

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