オープニング

 夜風が騒がしい。
 それが、誰かのおとないを告げたような、そんな気がして、メリンダは顔を上げた。
 とうに夜半を過ぎていたが、老婦人はランプの灯りの下で、羊皮紙の書類に目を通していた。
 ヴォロス辺境――《栄華の破片》ダスティンクル。
 かつてこの地を支配した王国はすでに亡く、跡地には細々と、かつての王朝の名残に過ぎない小国がながらえていた。大カボチャのほかは、これといって特産品もないこの国だが、年に一度、この季節だけは近隣から旅人が集まり、華やぐ日々がやってくる。
 それがダスティンクルの『烙聖節』である。
 古王国の砕け散った竜刻は、ダスティンクルの土壌にあまねく埋まっているという。その力が年に一度、この季節にだけ、祭りに呼応してか不可思議な現象を引き起こすと伝わっていた。
 ダスティンクルの時の領主が、数年前に夫の跡を継いだ未亡人・メリンダである。
 烙聖節が近づき、小国とはいえ領主は忙しかった。ゆえに、夜着のまま執務机に向かい、残務に向かっていたのだ。その視界の端を、ふとかすめたものがある。
「……?」
 領主の部屋の窓の外は、城館をとりまくベランダ状の外回廊である。そこを誰かが過ぎったようだった。だが、領主の私室に通じるこの場所は、衛兵でさえみだりに歩くことを許されていないはずだ。
 メリンダは羽根ペンをインク壺に戻すと、椅子にかけていたカーディガンをそっと羽織った。
 そしてベランダへと向かう。
 老いてなお、好奇心を失わぬこの女領主は未亡人探偵の二つ名で呼ばれることさえある。万が一、賊であればおのが身が危ういというのに、ためらわずに行動するのは、もちまえの胆力と、領民は誰も知らぬ彼女の過去――異世界へ旅する列車に乗る旅人であったことに由来する自信からだった。
「どなたか、いらっしゃるの?」
 ヴォロスは電灯に照らされる文明世界ではなく、城壁のかがり火だけでは、その夜は暗かった。
 外回廊も、少し先は真っ暗な闇に沈んでいる。
 メリンダは目をこらし、そこにかすかな輪郭をみとめる。
「……こんな夜半に、お客様かしら」
 気丈に呼びかけると、それに応えたものか、コツコツと足音が近づいてきた。
 ぼんやりと、夜の中にあらわれたのは、黒い服を着た人物――とまでしかわからなかった。
「この地は災厄に見舞われます」
 ふいに、男の声が言った。
「え?」
「一刻も早く立ち去りなさい」
 次の瞬間、その影はまぼろしであったかのように、夜の中に霧散し、消え失せていた。
 メリンダが衛兵を呼び集め、城館中を探させたが、不審者の姿はどこにもなく、侵入の形跡も見つかることはなかった。
 烙聖節が近づけば、ダスティンクルの地には不可解な事件が起こるのはいつものこと。
 しかし、そのときに限って、メリンダは言いようのない胸騒ぎを感じたのだった。
 後に、彼女は訪れた旅人に語った。
『その人物は黒い服を着ていたように見えたわ。あたくしにはそれは……壱番世界の、聖職者が着るような服に見えたの』

 ダスティンクルにあらわれた《兆し》は、それだけではなかった。
「おい、もう帰ろうぜ……」
「なに言ってんだ。今日こそ畑を荒らすやつをとっつかまえてやる」
 領内の、とある農村で、ふたりの農夫が息をひそめている。
 灯りを絞ったランタンを足元の草叢に隠し、夜の木陰でかれらが待っているのは、このところ一帯の畑を荒らしている何者かであった。
「手塩にかけていよいよ収穫ってときに、むちゃくちゃにされて黙ってられるか。今年はいい出来だったのに……」
 ダスティンクルの名産、おばけカボチャ。それはあざやかなオレンジ色の、大の男が抱えるのも難しいほどにまで成長することもある大きなカボチャだった。烙聖節の頃に最盛期を迎え、祭りではカボチャを繰り抜いて中に火を灯したカボチャ提灯が、烙聖節の夜を彩る。
「……気持ちはわかるけどよ……烙聖節が近い夜に出歩くのはよくないぜ」
「なんだよ、幽霊が怖いか? はん、お目にかかってみたいもんだね」
「知らないのか、南の森で、“出た”って話」
「森で?」
「森の奥に、沼地があるだろ? このまえ、あのへんで、女の娘の幽霊を――」
「しっ」
 ひとさし指を立てて制した。
 ……音だ。畑のほうから、なにかがざわめく不気味な音がする。
「きやがった!」
「あ、おい……!」
 農夫たちは手に棍棒を携えて、駆けた。
 星明りの下に、ふたつの影が立つのをかれらは確かに見たのだ。
「おい、おまえたち、そこで何をしている!」
 誰何の声とともに、ランタンのシャッターを開ける。だが勇ましいのもそこまでだ。空気を得て燃え上がった灯火がカボチャ畑を照らしたとき、男たちは尻餅をついて悲鳴をあげていた。
 うごめいているのは、肉色の塊だった。
 灯火をぬらぬらと反射する濡れた身体は大蛇のように太く、長い。それが畑の中を這い、のたうち、幾匹も絡まり合っていたのだ。
 もっともっと小さければ、農夫にはなじみがあっただろう。さよう、ミミズである。だがカボチャ畑にうごめいていたのは信じがたいほどの巨大ミミズの群れなのだ。ゴリゴリと音がして、ミミズの群れに巻き込まれた大カボチャが砕ける。だがミミズたちは、カボチャを喰っているわけではないようだった。
「見られたか」
 男が、ひとり。
 黒い帽子の鍔のしたで、青白いおもてに酷薄な微笑が浮かんだ。
 ひっ、と農夫たちは息を呑む。あからさまに剣呑な空気だったからだ。
 だがそのとき、不思議なことが起きた。
 ごう、と火柱があがった。
 それは、畑の傍に立っていた一本の、立ち枯れの樹木だ。それが突如として発火し、炎に包まれたのである。
 現象に最初の男の注意がそれた、その隙に、ほうほうのていで農夫たちは逃げ出している。
「……失敬。まだ慣れていないのでうまく扱えないのであります。この『部品』を」
「ふん」
 煌々と、炎がふたりを照らす。
「どのみち、ここでの作業は終了。場所を変えるからここには戻らない。……そうですな、先輩?」
「そのとおり。……まあ、いい。可愛い後輩に免じてマスカローゼには黙っておいてやるとしよう。もしも連中を呼び込むことになっても、それはそれで……面白いことになりそうで――」
「ありますか」
「ありますな」
 ひとりの男はさも可笑しそうに笑い、もうひとりは終始、氷のような無表情だ。
 炎が落とすふたつの影法師が、ゆらゆらと揺れる。


ご案内

世界樹旅団・ドクタークランチから与えられた任務により、三日月灰人さん・ヌマブチさんはヴォロスに降り立ちました。

世界樹旅団はこの地の、竜刻が含まれた特殊な土壌で、ワームを育成するという実験を行います。ワームが育てば、この地はもとより、ヴォロス全土に被害が及ぶことは必至です。

一方、ダスティンクルの領主が元ロストナンバーであるということもあり、世界図書館がこの地にロストナンバーを送り込んでくることでしょう。

!注意!
こちらは下記のみなさんが遭遇したパーソナルイベントです。ミニ・フリーシナリオとして行われます。

●パーソナルイベントとは?
シナリオやイベント掲示板内で、「特定の条件にかなった場合」、そのキャラクターおよび周辺に発生することがある特別な状況です。パーソナルイベント下での行動が、新たな展開のきっかけになるかもしれません。もちろん、誰にも知られることなく、ひっそりと日常や他の冒険に埋もれてゆくことも……。
※このパーソナルイベントの参加者
三日月 灰人(cata9804)
ヌマブチ(cwem1401)
※このパーソナルイベントの発生条件
パーソナルイベント『彷徨える森と庭園の都市』で「ドクタークランチの依頼を受ける」とした方がいた場合

このイベントはフリーシナリオとして行います。このOPは上記参加者の方にのみ、おしらせしています。

このパーソナルイベントは、冒険旅行にてリリースされたシナリオ『ダスティンクルの災厄』と連動しています。お2人は、いわばこのシナリオに「世界樹旅団側として参加する」ことになります。 お2人のプレイング内容は同シナリオに反映されますので、このパーソナルイベントの結果は、同シナリオのノベル公開をもってお知らせします。(状況によっては別のパーソナルイベントが発生しますので、合わせてご承知置き下さい。)

なお、期限までにプレイングがなかった場合、「自分の生命を守ることを優先的に、状況に応じてできる限りの行動をした」ものとします。

→フリーシナリオとは?
フリーシナリオはイベント時などに募集される特別なシナリオです。無料で参加できますが、登場できるかどうかはプレイングの内容次第です。

■参加方法
プレイングの受付は終了しました。

参加者
三日月 灰人(cata9804)コンダクター 男 27歳 牧師
ヌマブチ(cwem1401)ツーリスト 男 32歳 軍人

結果

事務局より
ご参加ありがとうございました。

さて、上記シナリオの後、みなさんのナレンシフは飛び立つことができなくなりました。そのため、迎えのナレンシフを待って、ナラゴニアに帰還することになります。それまでの間、おふたりのスタイタス異常を一時的に解除します。よろしければ、ダスティンクルの烙聖節(イベント掲示板)を、こっそりとお楽しみ下さい。ただし、世界図書館の人たちに見つかってしまうと捕まってしまうかもしれませんので、十分にご注意下さい。

また、ステイタス異常解除中も、シナリオへのご参加はご遠慮下さい。

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螺旋特急ロストレイル

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