彷徨える森と庭園の都市
オープニング
「賢明なご判断ですわ」
ドクタークランチの『部品』を受け入れたヌマブチと三日月灰人。
樹木の塔の最上階で、ふたりを迎えたのは、仮面で顔の半分を隠したひとりの少女だった。
「私はマスカローゼ。ドクタークランチの秘書を務めています。これから、われわれ世界樹旅団が生きる場所――『彷徨える森と庭園の都市ナラゴニア』へと向かいます」
そして、トレインウォーによって強襲される樹木の塔から、二人を乗せたナレンシフは飛び立つ。
それはまたたく間にディラックの空へと駆けあがった。
旅は、重苦しい沈黙とともに過ぎてゆく。
「……ごらんください」
ふいに、マスカローゼが言って、二人を窓際へ招いた。
そこからは、ディラックの空に、唐突に出現した庭園のような人工物が見えた。
そして。
「……あれは」
灰人は、その庭園が信じがたいほど広大であること、さらにその中央からそびえ、天蓋のようにすべてを覆う巨大な樹木があることに気づいた。
「あれこそ『世界樹』。私たちは世界樹のもとに集い生かされているのです」
やがて、ナレンシフはその庭園の中に着陸した。
降りた先は、建物の内部のようで、先程見た巨大樹の姿は見えない。
ふたりを、今度は映像ではなく、本物のドクタークランチが出迎える。
「ご苦労だった、マスカローゼ。……よくきたな、二人とも。諸君らはこれより、われらの同胞だ」
しかし、その瞳にはいかなる情愛も感じられなかった。
* * *
そうして、この「ナラゴニア」に起居するようになり、幾日が過ぎたのだろう。
ターミナルに暮らしていたのが、まるで遠い昔のように感じられる。
「ナラゴニア」は、構造的にはターミナルに似た場所と言ってよい。ただ、全体に緑が豊富で、森と庭園の都市とはよく言ったものである。どこにいてもその巨大樹を見ることができ、どうやら巨木とこの都市はほぼ一体のものと言ってよかった。すなわち、ナラゴニアの住人は、巨大な樹木のうえに住んでいるのも同然だということだ。
ふたりは、とりあえずの寝起きをするための、小さな居室をそれぞれに与えられた。
また、木製の携帯端末に似た「ウッドパッド」なる品物。これはトラベラーズノートにあたるもののようで、名前を知っている旅団員同士はこれで通信ができるらしい。
ふたりがそれをはじめて使ったのは、しばらくしてドクタークランチから呼び出しがあったときだった。
* * *
呼び出された場所にいたのは、ドクタークランチとマスカローゼ、そして黒い学生服の男……「百足兵衛」と、灰色のワンピースの少女「キャンディポット」だ。
「そろそろ退屈しているころだろうと思ってな。諸君らに仕事をやろうではないか」
ドクタークランチはそう言うと、その計画を話し始めた。
竜刻の大地・ヴォロス。
その辺境に、『栄華の破片・ダスティンクル』と呼ばれる都市国家がある。
この地はかつて栄えた大帝国の滅び去った跡地であり、それゆえに、失われた竜刻の微細な残滓をその土壌の中に含んでいるという特殊な環境にあるという。
「今回、その『竜刻を含んだ土壌』で、『ワームを育成する』という実験を行う。ヴォロスの竜刻は、幾多の世界群にも稀有な強いパワーソースである。それをワームに与えるとどうなるか……興味深いではないか。ワームの育成はキャンディポットが、土壌の採取は百足兵衛が行う」
「先生」
マスカローゼが口を開いた。
「ダスティンクルの領主は、かつてロストナンバーでありながらヴォロスに帰属した人物と聞いています。今回の案件に世界図書館の介入があることは必至かと」
「うむ。なんらかの対策が必要であろうな」
それは、まぎれもなくかれらの侵略作戦である。
こうして世界樹旅団は、幾多の世界群に異物を持ち込み、破壊と無秩序をもたらしてきたのだ。その世界に何が起こるのか、その世界の住人たちがどうなるかを顧みることなどなく……。
ご案内
世界樹旅団・ドクタークランチの提案を受け入れることにしたお2人は、ナレンシフに乗って世界樹旅団の本拠である『彷徨える森と庭園の都市ナラゴニア』で暮らすことになりました。そして、ドクタークランチの異世界侵攻作戦に加わるよう、誘われるのですが……?
お2人の状態について整理します。
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・パスホルダー、トラベルギアなど、世界図書館の支給品は所持しており、効力を発揮しています。
・灰人さんにはセクタンが変わらず付き従っています。
・ドクタークランチの『部品』はお2人自身が、自分の身体の好きな場所(任意)に埋め込みました。自力で取り出すことはできず、外見で埋め込んでいることは判断できません。
・ドクタークランチの意志により、彼はいつでも、お2人を死亡させることができます。
・また、『部品』により、お2人は今までなかった『特殊能力』(任意)を1つだけ、追加で得ることができています。
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お2人はそれぞれ、「この依頼に参加するかどうか」を選ぶことができます。
「参加を断る」ことにしても、体調が悪いなど適当な口実をつければ、特にドクタークランチの心証は害しません。断った場合、ナラゴニアに残ることになりますので、ナラゴニアでやりたいことがあれば行動をお書き下さい。
参加する場合は、この作戦について意見を述べることができます。自分が果たせると思う役割についてアピールすれば、採用されるかもしれません。
!注意! |
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こちらは下記のみなさんが遭遇したパーソナルイベントです。ミニ・フリーシナリオとして行われます。 ●パーソナルイベントとは? シナリオやイベント掲示板内で、「特定の条件にかなった場合」、そのキャラクターおよび周辺に発生することがある特別な状況です。パーソナルイベント下での行動が、新たな展開のきっかけになるかもしれません。もちろん、誰にも知られることなく、ひっそりと日常や他の冒険に埋もれてゆくことも……。 |
※このパーソナルイベントの参加者 三日月 灰人(cata9804) ヌマブチ(cwem1401) |
※このパーソナルイベントの発生条件 パーソナルイベント『【ロストレイル襲撃!】緑の牢獄』で「ドクタークランチの提案を受け入れた」方がいた場合 |
このイベントはフリーシナリオとして行います。このOPは上記参加者の方にのみ、おしらせしています。
プレイング締切後、「ヴォロスで起きた事件」についての冒険旅行が、シナリオリリースされ、参加者の募集が行われます(10月第1週目内のOP公開を予定しています)。このシナリオOPが公開されたら、作戦に参加した方に対して同時にパーソナルイベントが発生しますので、合わせてご承知置き下さい。
なお、期限までに参加者のプレイングがなかった場合、「参加は断り、ナラゴニアでおとなしく過ごした」ものとします。
→フリーシナリオとは? フリーシナリオはイベント時などに募集される特別なシナリオです。無料で参加できますが、プレイングは200字までとなり、登場できるかどうかはプレイングの内容次第です。 |
■参加方法
プレイングの受付は終了しました。
参加者 | |||
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三日月 灰人(cata9804)コンダクター 男 27歳 牧師 | |||
ヌマブチ(cwem1401)ツーリスト 男 32歳 軍人 |
ノベル
灰人、ヌマブチのふたりは、作戦に参加することを了承した。
ふたりを含む、旅団員を載せたナレンシフが、ヴォロスへと飛ぶ。
(こんな状況でなければ飛び上がって喜んだのでありますが)
ふたりは受け入れた『部品』によって、それぞれ、新たな能力を得ている。
灰人は空間を飛び越える力を、そしてヌマブチは、触れたものを発火させる力を。
ナレンシフの座席。新たな力の宿った左腕に触れてみても、特に異状は感じない。だがもう自分は以前の自分ではないのだ。窓の外、ディラックの空に遠い視線を投げる。
――と、そこに映る影は、百足兵衛だった。
どっかり、と隣にかけ、冷酷そうなうすら笑いに唇を引き伸ばす。
「よもや貴殿が軍門に降るとは予想外」
「……」
ヌマブチは応えない。
「小生の仕事を手伝ってくれるらしいが?」
「……横から口を挟むぐらいの事は出来るでありましょう」
百足兵衛の操る蟲たちは、ヴォロスで特殊な土壌の採取を行う。つまるところは土木作業だ。それなら工兵を監督するのとかわりあるまい、とヌマブチは思っていた。
反応の薄いヌマブチをからかうように、百足兵衛はいやに親しげに、肩に手を置いてきた。
ほとんど触れんばかりの近さで、耳元に寄せられた唇が囁く。
「望むなら、小生の蟲を分けてやってもよいでありますよ。体内に蟲を飼えば、もっと力が手に入る」
「……」
肌が粟立ったが、ヌマブチはぐっとこらえて、なにも言いはしなかった。
*
「どこに行っていたのよ」
キャンディポットが振り返りもせずに聞く。
「……少し歩いてきただけです。すみません」
灰人は応えた。
ヴォロス辺境――ダスティンクル。
その領内にある、森の中に一同は降り立った。
鬱蒼と生い茂る木々のあいだに、湿地が広がっている。キャンディポットはそこでワームを育てると決めたようだ。彼女が沼地にぽとりと落とした飴玉は、やがて不気味な肉塊となって、あやしい拍動を始めていた。
「順調ですか」
「ええ。でもまだまだ土がいるわ」
「……。聞いてもいいですか」
なによ、と目だけでいらえがある。
「貴方はどんなふうに旅団に加わることになったのです」
「別に」
そっけなく、キャンディポットは言った。
「拾われただけよ。放っておいてくれてもよかったのだけど」
「キャンディポットさんの世界は、どんなところなんですか」
その言葉には、不機嫌そうな声が返ってきた。
「嫌なところよ。本当に嫌なところ。大嫌いだわ。あの世界も、この世界も。……みんな世界樹に滅ぼされてしまえばいいのに」
気分を害したのか、それっきり、彼女はむっつりと黙りこくってしまったのだった。