+ + + + + + + + + + + + + こんばんは、エミリエです。 みんながこの手記を見てる頃、エミリエはもう世界図書館にいません。 八時丁度のロストレイル二号で、エミリエはお仕事から旅立ちます。 これというのも、リベルが……。 + + + + + + + + + + + + +「私が、何ですか?」「きゃぁああああああ!!!!」 机に向かい、一心不乱に筆を走らせていたエミリエは、背中からかけられた声に思わず絶叫する。 無人の司書室。……の、はずだった。 起きて動いているロストナンバーの少ないこの時間帯を狙って、エミリエは風呂敷にぬいぐるみを詰めての脱走を計画し、今、彼女は計画の大詰めである手紙を描いていた。 後はもうこの置手紙を書き残して、ロストレイルに忍び込み、車掌にお願いしてどこかの異世界に連れて行ってもらい、ついでにそこにきたロストナンバーを懐柔して、2~3日ほど0世界からいなくなれば、リベルもエミリエの元気な笑顔が恋しくなり、愛らしいエミリエを見られない絶望に耐えきれず涙ながらに帰還を打診され、エミリエは「しょうがないなぁ」などと言いつつ世界図書館に戻ると、アリッサから館長職を代わって欲しいと申し出があるからみんなでパーティをして……という完璧な計画を立てていたのだ。「ううう、こんな初歩でつまづくなんて……」「ふざけるのもいい加減にしてください。エミリエ・ミイ、あなたの仕事である世界図書館のロスト・ナンバーズファイルの整理完了予定まで、残り47時間と52分と10秒ほどです。ああ、もちろん本来の締切は二ヶ月程前に過ぎ去っていますのでお忘れなく」「そんなこと言われても! ロストレイルが襲われたり、運動会したり、プレゼント交換したりで秋からずっと忙しかったんだよっ!」「事件が起きる度に期間を一ヶ月、また一ヶ月と延ばしました。さすがにそろそろ終わりますよね? 年越し便でどこかの世界に行って遊びほうけていたりしていませんでしたか?」「そんなことないもん! リベルの鬼ーっ!! 悪魔ーっ!! 人でなしーっ!!!! 赤茶色ー!」 エミリエは全く手をつけていない冬休みの宿題を指摘された子供のごとくぐずりだす。 その声は廊下に響き渡った。 人が少ない時間帯とは言え、少女が大声で騒げば人は来る。 例えば、シド。 扉から覗き込むと、リベルに睨まれるエミリエの顔が見える。 瞬時にそろそろ整理の締切日であるのに、エミリエがセクタンと一緒に新たなダンスを開発していた事を思い出した。「……ああ、そういえば年明けくらいに整理するって言ってたっけ。まだやってなかったのか?」 軽くつぶやいたシドは扉をあけ放したまま、眠たそうに欠伸して自分の部屋へと戻っていく。 例えば、アリッサ。 こちらはさらに俊敏だ。「いっけない! こないだリベルのエクレア食べちゃったの、バレてたら巻き込まれるよね」 自分までとばっちりを食わないようにと、忍び足で館長室へと引き返す。 同じように、ヴァン・A・ルルー氏が、無名の司書が、ミミシロが、茶筒こと宇治喜撰が。 数々の世界司書が、なんとなく通りがかってはこの騒動に耳を傾けて、でも巻き込まれないようにと足早に立ち去っていく。 どの司書も、期間目一杯の協力なら惜しむつもりはないが、残り二日弱という日程で全てのファイルを整理するような強行軍に巻き込まれたくはない。「とにかく」 リベルの冷たい視線と言葉がエミリエを射抜く。「残り47時間と48分と28秒程です。終わらなかったら向こう二週間、おやつは抜きです。いいですね」「えええええええええええええええええ!!!!!!」 エミリエの抗議を聞き流し、リベルは部屋を後にする。 残された少女はどうにかできないかと自分の部屋を見渡し、ぐっと拳を握った。「こ、こうなったら、みんなに協力を頼むしかないよ! じんかいせんじゅつを取るんだよ! みんなでやれば早く済むし、ちょっとくらいミスしても誰のミスなんだかわかんないし!!」 最後の手段。つまり他人頼みという策に行き着いたエミリエは再度、筆を取った。 今度は脱走の予告ではなく、協力者を募集するために。 しかし、今年はビラを張り付けてお手伝いを募集している暇はない。「直接交渉あるのみだよね!」 そう呟いて、エミリエは顔と名前を覚えているロストナンバー全員にエアメールを飛ばした。 +++++++++++<お手伝い募集>+++++++++++ りんじぼしゅう! ロストナンバーの皆の名簿を確認してデータ ベース・ファイルのミスを修正し、整理整頓を行う誰にでもでき る簡単なお仕事です。でも正直、エミリエ一人じゃ無理です。 ノートに記載漏れや記入ミスがあった時は調べなきゃいけないし 怒られたりもするから気をつけてるけど知らない内に間違ってた りするとそのままになっちゃって、肝心な時に響いてくるからみ んなで確認した方がいいもんね!!! ぼ、ぼ、ぼくらは世界図書館お掃除隊!!! !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! ※お昼のお弁当付きです! お弁当作ってくれる人も募集! ++++++++++++++++++++++++++++++++===========!注意!非常に特殊なシナリオです。クリエイターコメントの内容を熟読の上、ご参加下さい。===========
普段は必要以上に静寂な図書館の書類庫がざわざわと賑わいはじめる。 エミリエが檄を飛ばしてから数分、たまたま図書館にいたとして舞原絵奈が姿を現した。 「お手伝い頑張ります! 何でもお申し付けください!」 「わーい、ありがとーっ! まずは未処理の書類の登録からねー!」 エミリエは最初に駆けつけた彼女に抱きついて謝意を示す。 それを皮切りに続々と協力者が駆けつけ、一人また一人と増える度、エミリエは笑顔でハイタッチや握手で出迎えた。 最初の仕事は未登録の申請を処理することから。 修正をしようにもその後が詰まっていては何度も混乱を繰り返すこととなる。 仕事に取り掛かったロストナンバーの働きは目覚しく、次々に未分類の書類の山が消えていき、ものの数十分で未処理の書類は姿を消した。 だが、本当の仕事はここからである。 舞原絵奈が自分の書類を持ってエミリエに差し出した。 「あのぅ、この書類ちょっと直していいかなぁ?」 「あ、なんか記載ミスがあった?」 「うんとね、喋り方なんですけどぉ、お兄ちゃ……じゃない、エミリエさんみたいに仲良しさんにはもうちょっと砕けた喋りかたにしたいなって思います」 「はーい、じゃあ、書きなおすね」 すらすらとエミリエのペンが走り、語尾の欄が修正される。 ――己の個人情報が書きかえられていく。 それは彼女自身の本質には直接関わりないものの、第三者への情報開示となるものだ。己の一部が見直されたと言ってもいい。 「今はこれだけで十分、かな。これ以上はー、うん、できないことに手を伸ばすのは相応の力をつけてから、ですよねぇ」 絵奈は誰にともなく微笑み、修正された己の書類を持って再び書庫へと書け戻った。 先ほど確認した通り、新規書類の処理は残務整理に過ぎない。 今回の「本当の仕事」こと書類整理は、修正も含めたものである。 そのてんやわんやは今から始まるのだ。 デスクに詰め、主に誤字修正に追われているのはクアールである。 作家の経験上、校正作業は不慣れではないが、一枚毎に筆跡の違う文章を目で追っては誤字を直す作業は精神的な疲労が激しい。 兜をかぶった犬、確実に自分の知己であるセルゲイが目の前を通っても気付かない程度には集中していた。 そのセルゲイはと言えば、普段は手に持っているだけの兜を頭に被っている。 両手が塞がるため、被っていた方が楽だと己に言い訳をしていたが。 「……ふぅ、やっぱりフル装備のほうが落ち着くな。さて、修正が終わった書類を本棚に……うひゃあっ!」 どんがらがっしゃーん、と派手な音を立ててすっ転び、周囲の耳目をひきつけた。 反射的に顔をあげたクアールは、たっぷり二秒だけ事故を見つめて「何もない所でよく転べるな……」と呟いてから、再び書類に視線を戻す。 戻す時、視界の隅に映った紙の束の存在を一瞬だけ考えまいと努力してみるが、現実は変わらない。 積み上げた校正済書類の山はいつのまにか堆く積みあがっている。 運ぶのも骨が折れそうで、しばらく睨みつけていると書類の山が浮遊した。 「これ、終わったなら運んどくぜ」 書類の後ろから出た顔がクアールに微笑みかける。 「ああ、ありがとうございます。それでは七つ先のブロックにある校正済の書類入れまで」 「分かった。しかし、なんかやっとこさここらの景色にも慣れたけど、図書館はやっぱスケールが違ぇな……」 「すぐ慣れますよ」 「そっか、じゃあ何かあったら呼んでくれ」 クアールに笑顔を向けつつ、ジーンはすたすたと歩いて行く。 一旦書類に目を落としてから、彼が歩いていった方向にはセルゲイがいたことを思い出す。 未だに地面に倒れ、書類と本の山を作っている方向に、書類に目隠しされながら歩くジーンに声をかけようとして。 ジーンの姿がふっと浮いた。 浮遊ではなく、こけたわけでもなく。踊るように障害物、つまりはセルゲイとその事故跡の惨状を飛び越えて行く。 視線を感じたかジーンは振り返ると「障害物を飛び越えるのは慣れててな。これ、パルクールっていうんだ。ニンジャみたいだろ?」と、クアールに手を振った。 「猫の手貸しましょかー?」 ぷにぷにと肉球でつつけば大抵の人が一瞬だけほっこりしてくれて、たまにお菓子をくれる。 四人目の獲物はこの人、と決めて黒猫が、もとい花咲杏がデスクへと降り立つ。 書類と顔の間に華麗に着地しても、この作業者はびっくりするでもなく、払いのけるでもなく。 ただ、書類の位置を少しずらした。つまり、邪魔ということか。 「……にーちゃん、無愛想やなー。ちゅーか、怖いで」 きっぱりと言いつつ、ふっと見上げた顔に杏のほうが「ひっ」と驚いた。 言われたコタロの方はといえば、落ち窪んだ双眸で黒猫を見据えるだけ。 一言、二言、杏が何か失礼っぽいことを話すが、コタロはまっすぐ杏の瞳を見つめるだけだった。 無言の圧力に耐え切れず「か、堪忍なー。邪魔するつもりやなかってん!」と杏は飛びのく。 声をかけられることもなく、眉のない無愛想な兄ちゃんに絡まれては大変と逃げ出した。 飛び上がるとハルシュタットが「先輩ー」と寄ってくる。 「あかん、ハルたん、ゲンが悪いわ。次、行くでー」 「あ、待ってください先輩ー」 杏の背中をハルシュタットが追いかけた。 残されたコタロは黙々と作業を続ける。 書類の山の一番上から一枚とって目を通し、間違いがないことを確認して別の山へ。 書類の山の一番上から一枚とって目を通し、間違いがないことを確認して別の山へ。 書類の山の一番上から一枚とって目を通し、間違いがないことを確認して別の山へ。 ひたすら同じ作業を黙々と、ただ黙々と繰り返す。 ぴたり、と手を止め。 「……」 己の書類を見てやや眉を潜める。ほんの数秒だけ逡巡して確認済の山へとあげた。 その一瞬で、さっきの黒猫の体温が暖かかったなー、毛皮の感触もふもふだったなーとか思い返して、また、同じ作業へと戻った。 グラフェン・サートウは手元の書類を睨んでいた。 読めない。文字が、よく言えば個性的過ぎて、悪く言えばミミズが盲腸でも起こした所の抽象画だ。 誰が書いたか分からないが、いい加減な人物が殴り書いたようなペン運びである。 「芸術としてならいっそ価値あるかもしれないが、書類に記すものとしては使えん。いっそ吾輩に書かせろ」 と書きなおそうとするが、なんせ元々なんと書いてあったのか読めないので途方にくれている。 そんな所へ男性二人組が現れた。一人はにこやかに。一人は渋々と言った表情で。 「やぁ、書類をここに出すよう受付で言われたのだけど」 二人のうち先導している方は古部利政。彼の後ろに木賊連治。 臨時で、たまたま近くにいたグラフェンが迎え入れる格好になった。 「修正かな?」 「いや、新規登録だよ。彼がまだロストナンバーとして登録してないらしくってね」 「なるほど、どたばたしていて申し訳ない。新規登録は先ほど処理を済ませたがまだ大丈夫だろう。新規登録の書類に必要事項を記載してくれ」 「はいよ。おい」 古部に促されて連治は用意していた書類を取り出す。 「承知した」 グラフェンが書類を受け取り不備を確認する。 どうやら追加・修正は今のところ必要ないようだ。 と、ここへ黒猫が降りてくる。 花咲杏は相変わらず気紛れに書類を覗き込んだ。 「へー、キゾク・レンジ? 珍しい名前やねぇ」 「キゾクでもねえしレンジでもないから。ちゃんと書いてあるだろ? トクサ ムラジって」 木賊連治と書かれた名前の隅に振り仮名らしき小さな字があった。 「名前が読みにくい上、字が汚いと苦労するな」と古部が面白そうに微笑んでいる。 むきーっと古部に文句を言い出す連治をグラフェンが制した。 「文字の上手い下手は気にしなくていい。読めない字や間違っているものは書類として駄目だが、ここに正しく振り仮名がふってある」 「手間を取らせて悪いね。後で活字に打ち直してもらった方がいいんじゃないか?」 「活字? あんなもので魂が書き写せるものか」」 古部の提案をグラフェンは一笑に付した。 「そーゆーことや。名前くらいで怒ってたら人間小さいで。もっと余裕をもたなあかんでえ、旦那はん」 連治の頬を杏の肉球がぷにぷにとつつく。 そういうものか、と咳払いして気を取り直した連治の前で黒猫の杏はきちっと箱座りする。 「新人さんやね? ええっと宜しゅう頼みますな、レンジはん!」 「ムラジだーっ!!」 連治が叫んだ途端、杏の姿が一瞬で消失する。 グラフェンはぽっかりと空いた黒猫の居場所を見つめた。 「……今のは?」 「彼の『異能』だよ。くく、やっちまったな。大丈夫、窓の外にでもいるさ」 「……やっちまった……」 顔に手をあて、ぼそっと呟いた後、連治はこの状況をやけに楽しんでいる古部の顔を睨みつけた。 その場に猫がもう一匹。 申し訳なさそうに口を挟んでくる。 「あのー。先輩、見ませんでしたか?」 「先輩?」 「関西弁の黒猫なんですが」 とりあえず。 渋い顔をしている者と、やけに楽しそうにくすくす笑っているものと、頭を抱えて蹲るものと。 三者三様全員中年あるいは中年候補。涙目のハルシュタットに対する返答はなかった。 「だ・か・ら! ヤマナアシじゃなく、ヤーマーナーシー! 月見里って書いてヤーマーナーシーって読むの!」 「わかったわ。ヤアマナアシさんね」 「違うー。ヤマナシ!」 「え、でも」 ホワイトガーデンは書かれた申込書を見る。 ヤマナアシと書かれた部分が二重線で消され、ヤア十ツと書いて……いや、描いてあった。 「いや、カタカナの字が下手すぎてな。ヤ・マ・ナ・シな」 「……」 ホワイトガーデンは聞こえた文字をいくつか紙に書き、指をさしてもらってようやく申込書に書かれたカタカナがヤマナシだと理解する。 ツも十もましてや、アもいらなかったとは予想できなかった。 「よ、ようやく通じた。長かったぜ……。しかし」 月見里 眞仁が申し込みを終えた後、ホワイトガーデンが書き上げた書類は箱にしまわれる。 その箱ももう書類で溢れんばかりだ。 「すげーな、この書類の量」 「ええ。大きな世界群の番号の変動があって棚の移動が激しかったからから先延ばしにしていた、という事ではないみたいね」 くすりと笑ってホワイトガーデンが周りを見渡す。 あちこちで修羅場の様相を呈しており、書類また書類。 これでは修正のための書類がさらなる混乱を呼びかねない。 昨年、一部は電子データにしたものの紙を処分しない以上は書類はたまる。 もしかしたら電子データと書類データの照合作業も必要になるかも知れない。 「でも、資料とはいえこうしてまだ訪れた事のない世界の一端に触れる良い機会だもの、喜んで手伝ってるわ」 「そういえばエミリエのエアメールって俺の所にも着てたな。大勢いるみたいだけど、こんなにあっちゃまだまだ大変だろ」 「勿論、あくまでお仕事の範囲でね。ただ、こうして並ぶファイルを見ると、やっぱりあらためて無数の世界があるのだと実感するわね」 「そっかー」 しばらくぽりぽりと頭をかいていた眞仁はホワイトガーデンの机にあった書類に溢れるダンボールを持ち上げる。 「書類整理だよな。俺、力仕事得意だから、重い物運ぶの任せろ。紙のはいった箱とか、意外と重いだろ?」 「ええ、助かるわ。いいの?」 「いや、なんてーかさ。この様子見てたら、俺のミスで間違えたところ直すだけじゃ申し訳なくて」 最初から参加しときゃよかったぜ、と呟く。 「俺はいきなりあんなメールが着たから驚くばっかだったぜ」 「あんな?」 「ほら、最初の所だけを……」 説明する眞仁に、ああ、あれね、とホワイトガーデンの柔らかな微笑が返った。 「ゼシも司書さんのお手伝いするの」 うんしょ、うんしょと梯子をのぼり、本を片付ける。 ようやく脇に抱えていた三冊の本を棚に返し終えると、少しだけ梯子が揺れる。 が、はしごの頂上付近にいた小さなゼシカにとっては大きな恐怖だった。 「……ゼシがおっこちないようにちゃんと支えててね、アシュレー。怖いから下見ちゃだめ。下見ちゃだめ。だめ。だ……」 アシュレー、と己のセクタンに声をかける際にちらりと視線を投げてしまった。よりによって下に。 足ががくがくとすくむ。 かと言って梯子の上では休むこともできない。 「……どうしよう、おりられない。あの、誰か助けて……」 ちらちらと視線をやる。 「修正する場所は……。この辺りだったな」 ギルバルドが机の上の書類にうむ、と重々しく頷いている。 もう一度、呼びかけてみる。 が、ゼシカの声は蚊の鳴くような声。 大声を出せば誰かに聞こえるはずだが、それでは注目を集めてしまいかねない。 そうこうしているうちにギルバルドは書類を抱え、移動してしまう。 「ダメ、恥ずかしくて声かけられない。だれか知ってる人が来てくれれば……」 小さなゼシカが小さな勇気を振り絞る時である。 が、彼女にはまだ心の準備ができていなかった。 「やれやれ、何が哀しくて図書館整理なんざしなきゃいけねーんだ? まあいいや、乗りかかった船だ。いっちょ手伝ってやるか」 リエ・フーはぽけっとに手をつっこんだまま図書館内を歩く。 大人数で取り掛かっているとはいえ、図書館内の広さは圧倒的だった。 リエ・フーの姿が路地裏、もとい本棚の中へと隠れる。 少年の顔がにやりと歪んだ。 「……なぁんてな」 服に忍ばせた一冊の本。 これを本棚の中へと紛れ込ませる。 「くくく、こないだ手に入れたエロ本だ。馬鹿なKIRINがひっかかるまで高みの見物といくか」 KIRIN。 Kareshi(Kanojo) Inai Reki Iko-ru Nenrei. 一部のロストナンバーで流行る身も蓋もない自虐ネタだ。 リエ・フーは誰もいないことを確認し、楊貴妃と顔を合わせて高笑いをする。 「聞いて驚け見て笑え、表紙はCG合成でぼんきゅっぼんのダイナマイツバディーになったエミリエだ! ひっかかった奴の反応が楽しみだぜ!!」 やがて、足音がしたのでリエ・フーは書庫の裏手に遮蔽物としてちょうどよさそうな隙間を見つけ、そこに身を隠すことにした。 厨房では炊き出しチームがせっせと料理を繰り返す。 「ブルスケッタと、パニーニできたぞ」 叫んだのはロキ。 オーブンから取り出したブルスケッタにハムやレタスを乗せて配膳係へと受け渡す。 ゲーマーの、もとい料理人の本領発揮である。サクサクと調理していく手際は非常に良い。 カンタレラがその皿を受け取っては臨時休憩所へとどんどん運ぶ。 「エミリエはどこいったんだ?」 「エミリエならさっきリベルが探していたのだ。でもエミリエは逃げているらしいのだ」 「そういえばエアメールの内容についてどうとか……」 おにぎりを三角に整えながら、ほのかが呟く。 彼女の手元には様々な具が並べられ、海苔に昆布、果ては焼き網でいい感じの焦げ目がついたものまで各種おにぎり三昧である。 「ついでにけんちん汁を用意するつもりなのだけど……、あの、温かい食べ物は心身がほぐれると思うの……」 「暖かいスープ、良いと思うのだ。ところでエアメールって何なのだ?」 「エミリエからのエアメールを縦読みすると『りベるノ怒りんぼ!』になる……ってやつか。あれは自業自得だろ?」 厨房に笑いが漏れる。 その間にも、各国、もとい各世界の代表的な料理が所狭しと作り続けられ、ウェイターやウェイトレスが給仕する。 ちょっとした炊き出しどころか、完全にフードコート状態だ。 しかも無料と来ている。 鵤木 禅のように三人前から五人前ほど簡単に平らげてなお、次のデザートに手を伸ばしている者も少なくない。 「お姉さん、このオニギリってやつ。うまいな」 「ありがとうなのだー。作ったほのかが喜ぶのだ」 「でも、綺麗なお姉さんの作った料理も味見したいぜ」 「そのうち考えておくのだ」 カンタレラにフラれても、鵤木は笑顔を崩さずにもくもくと食べ続ける。 彼にとって、口説きは挨拶、褒めるのは会話。 次のターゲット、もとい、話し相手に声をかける。 「あれ、これ、君が作ったの? 小さいのに偉いな」 「えへへー、ゼロは偉いのです。でも、このブルスケッタを作ったのはゼロではなく現在、幸せ真っ最中爆発候補ナンバー1の金髪イケメンなのですー」 「……え?」 ほんわかした銀髪の小さな少女が見た目に相応しいほんわか口調で見た目と異なる内容の事を言った気がして、鵤木の手が一瞬だけ止まる。 彼の反応に関わらず、ゼロは小さな包みを取り出した。 「でもサービスでゼロの作った『謎団子・怪』ももれなくつけるのです」 「謎?」 「謎なのです。0世界にはるか古代より伝わる秘薬を煎じ、かつてはこの団子を巡っていくつもの世界が栄華に、あるいは破滅に見舞われたといういわくつきの団子で、これを食べたものは三日三晩世界の覇者となるかあるいは破壊者となるかはたまたバナナとなるかを内股気味の怪物に問われ続け、やがて狂気と狂喜と侠気の中で名状しがたい何かに目覚めるという噂を用意したくらい謎なのです」 「つまり作り話かよ」 なんか不思議な子だなーと考えつつ、鵤木は団子をひとつ口に運ぶ。 「どんな味なのですか?」 「いや、作ってて知らないのか。うめーぜ」 「味はランダムなのです。でも効果の程はばっちりかんかんなのですー」 「効果?」 鵤木の体に力がわいてくる。 「おおお。なんか元気になってきたぜ。ありがとうな!」 元々、女性に声をかけることでサボリ勝ちに見えるが、手の動きは人一倍、速読も手伝って処理した作業量は優秀な鵤木である。 食い終わったから、もうちょっと知り合いを作って……もとい、働いてくると言って休憩所を飛び出していった。 「便利そうだな、我輩も一口いただこうか」 いつのまにかゼロの背後に立っていたブランが手を伸ばし、返事を待たずに口にいれる。 そのままたっぷり三秒硬直し、ブランは直立のまま枯れ木が風にこかされるかのように床に崩れた。 その様子を完全に無視してゼロは他のロストナンバーに視線を送る。 「と、いうわけで、ゼロの『謎団子・怪』はまだあるのですー。どなたかいりませんか?」 にこっと微笑むゼロの瞳から、その場にいた全員が目を逸らした。 次々に襲いかかるハプニングに対し、エミリエは涙目になりながら、進行状況表を更新していた。 だが、悪い事ばかりではない、予想以上の数の協力者も集まっている。 みんなの力をあわせれば、この状況はまだどうにかなる!! ……かも知れない!! ……た、たぶん! 未処理の書類は一気に登録を終えた。少し新規ロストナンバーも増えたらしいが誤差の範囲内だ。 書類の修正は、まだまだ終わっていないものの目途がついている。 全書類の整理は、きっとどうにかなるだろう。 ふぅ、とため息をついたエミリエにニワトコがお茶を差し出した。 「皆でわいわい、楽しそう。お菓子やごはんもあるみたいだけど……ピクニック? じゃないよね?」 「うん。あのね、残りのお仕事がこれだけー。うううう」 「うわぁ。これだけの書類大変だね」 そういって、もりもりとごはんをあけていくアミスの手が止まる。 作業量は、詳細を抜きにしてもまだまだ終わらないだろう。 げんなりするエミリエの頭をニワトコの手がぽんぽんと撫でた。 「嫌な気持ちでやると、楽しくないしなかなか終わらないと思う。エミリエもほら、笑ってみて」 「えー」 「ほら」 「ううー」 ニワトコの笑顔に押され。 ついでにアミスの応援にも後押しされ。 エミリエは思いっきりにっこり笑顔を見せた。 そのタイミングでエミリエに声がかけられる。 「おい。エミリエ、これなんだ」 ハルクの持っている本は、『0世界建築歴21巻』と表題のついた古い革表紙の本である。 取り立てて特筆すべきものもない時代の、今は残ってたり壊されたりしている中途半端な時期の建築記録だ。 が、ハルクが開くと、表紙から予想されるような堅苦しい内容の文章ではなく主に肉色の写真が掲載されていた。 ぼんっ、きゅっ、ぼんっ! と出る所は出て、引っ込む所はひっこんだナイスバディの、なぜかエミリエの写真集である。 もちろん、エミリエ本人は目の前におり、色々な所のサイズはおろか等身すら違うので本人ではない。 「え、えええ。なにこれー!?」 「先ほど、書庫の整理をしている時に見つけて持ってきたんだ」 ハルクがバツが悪そうにエミリエを見る。 さすがにヌードまで行かなかったのは良心だろうか。 「わー。すげー」 リエ・フーがさも驚いたというようにハルクの手元を覗き込む。 「あ、でも、本人はちんちくりんだよな。胸もこんなにないし」 にやにやとエミリエの顔を覗き込む。 その仕草にエミリエの方でも何かしらピンときたようだ。 「……あ!! さてはこれを仕掛けたのはリエ・フーだね!」 「ふっふーん、証拠があるかな?」 「証拠なんかいらないもんっ! 犯人みっけー!」 エミリエはすたすたすたとリエ・フーに近寄り、きっと睨みつける。 接近距離のまま三秒、四秒。 もうちょっと時間が経ってから、エミリエがにやっと笑った。 「ニワトコ、どっちが背が高いかな?」 「うーん、リエ・フーくんの方が高いね」 「あたりまえだ。エミリエより小さいわけないだろ」 エミリエはそれでも余裕の表情を崩さない。 自分の頭に手をあてて、それをリエ・フーのところまで伸ばす。 大雑把に、目の上くらいの位置にあたる。 「じゃあ、アミス。どのくらい違うかな?」 「エミリエと? うーん、5、6cmは違うんじゃないか?」 ふっふーん、と思い切りエミリエは無い胸を張る。 「そういうわけだからリエ・フーの身長はそのくらいだよね! 修正しないとね!」 「あ、きったねぇ!! 横暴だ!」 「じゃあ、ちゃんと計る? 測る? 量る? それから諮る?」 「謀ったな!」 むーむーと睨みあう二人をニワトコとアミスが微笑ましく見つめる。 しばらくして「じゃあ、ハルク。修正、お願いね。身長を「低い」にしちゃえ」とエミリエが宣言した。 「分かった、その書類を持ってくるがよい。だが、低い、ではないな。やや低い、くらいではないか? ……雑務に使われるのは遺憾ではあるが、等価交換ならば協力しないでもない」 「等価交換?」 「ごはんのことじゃないかな?」 ニワトコとアミスがひそひそと相談し、食事を取りに厨房へと移動する。 残されたのはエミリエとリエ・フーである。 誰もいない事を確認し、エミリエはにっこりと微笑んだ。 「で、リエ・フー!」 「なんだよ」 「その写真集、もっと作って!」 「……え?」 テューレンスの演奏が終わり、休憩所に拍手がおきる。 「テューラの演奏で、少しでもリラックスしてもらえたなら、嬉しいな。インヤンガイの時には、もっと元気な曲をやったけど、少し静かな方がいいよね」 休憩の一時、テューレンスの横笛が旋律を奏でていた。 それに合わせて歌ってみたり、合奏してみたり。 一時の憩いにはなったようだ。 「じゃあ、テューラも整理に戻るね」 演奏の停止が休憩時間の終わりを告げる。 仕事に戻るロストナンバーの中に星川 征秀を見つけ、水鏡 晶介は手をあげた。 「さっき、デスクワークしてた人だね。ちょっと頼みがあるんだけど、いいかい?」 「いいぜ、どうしたんだ?」 「実は同じ出身世界の知り合いがいるんだよね。でも彼の書類と俺の書類で階層が違うんだ。同じ階層だから、修正頼めるかな?」 「分かった。相手の名前をエアメールで送ってくれ」 「ありがとう。これ、お礼だよ。あっちにもあるからね」 水鏡の差し出したのはオリジナルの栄養ドリンクだった。 指さした所には「ご自由にどうぞ」と書かれた張り紙の下、同じ容器の飲み物が大量においてある。 「おう、ありがとな。なんだかバタバタして大変だな……しかし、書類整理なんて占い師時代を思い出すなぁ」 景気づけに渡された栄養ドリンクを一気に飲み。 喉に流れ込んだものすごい味に思わず蒸せる。 「なるほど、むせるんだね」 星川の様子をさりげないしぐさでメモに取ると、水鏡は丁寧に挨拶をして持ち場へと戻る。 後には水を探す星川の姿があった。 「見てみて、アマリリスー!」 「ほう、なかなかやるな」 エミリエは書類を人差し指だけで支えてバランスを取っている。 ゆっくり一束ずつ追加して、不安定になる書類をどこまで保てるか挑戦しているようだ。 「どれ」 「わ、すごい」 アマリリスの立てた人差し指にはエミリエが乗せた数の二倍近くの書類がつまれている。 「もう少しいけるか……?」 「わー、がんばって!」 エミリエが追加書類を探していると、どこからともなく「遊ぶのは程ほどにな」と声がかかる。 見つからないと思っていたのだが、通りがかったハクア・クロスフォードにたしなめられた形になる。 アマリリスの幻術でおおっぴらに遊ぶ姿は他に見えないようにしていた分、不意を突かれ、びっくりして落としそうになった書類を何とか支えて、惨事を免れた。 そのはずみで、無理に書類を支える妙な体勢になっているところを通りがかった荷見にも見られる。 「きみたちは仕事をしに来たのではないのかね」 荷見が小さな声で指摘する。 その言葉に反論せず、アマリリスは書類を整えなおした。 「さて、仕事に戻るか」 「えー、もうちょっとー」 「いつまで経っても終わらないぞ」 アマリリスの滅多に見られないであろう柔らかな微笑がエミリエに向けられた。 「あの……、たすけて……」という声をハクアが耳にしたのはその直後。 どこかで聞いた声だと見渡してみるが、それらしい声の主はいない。 気のせいか、と歩き出そうとして、今度ははっきりと聞こえた。 ひとつ隣の通路だろうと目星をつけて移動すると、長い梯子がカタカタと揺れていた。 ドングリ・フォームのセクタンが梯子の下で、倒れないようにと抑えている。 その梯子の上に知った顔、ゼシカ・ホーエンハイムの姿が見えた。 「あ、白い魔法使いさん!」 白い魔法使い、というフレーズにハクアの注意が向く。 ややあって彼もゼシカの姿を見つけたようだ。 「あのね、ゼシをだっこしておろしてほしいの。お願いします」 「だっこ……?」 背伸びして腕を伸ばせばハクアの手はゼシカの腰あたりまでは届く。 落とさないようにゆっくりと持ち上げ、地面に置くと、ゼシカは「ふぇぇぇぇ」と力の抜ける声を発してへたりこんだ。 「どうした?」 「あ、あのね。ゼシ、おかたづけで、あの降りられなくなって。えと、ええと」 説明できなくなる程声がつまった様子の中に、そのうち泣き出しそうな気配を感じて、ハクアはぽんぽんとゼシカの頭を撫でた。 「できたー!」 タリスが紙を突き出す。 そこにはラブラ・ドミナスそっくりの、写真のようなイラストがあった。 ラブラは書類の修正を頼んだつもりが、似顔絵が追加されてしまったらしい。 「名簿の修正ではないのですか?」 「ぼく! めいぼのもじ、おぼえにきた!」 メモ帳とペンを適当に振り回している。 「あとね、おてつだい! もじはまだいっぱいおぼえなきゃだけど、えならかけるー!」 「ンふ。そっくりね、ワタシの絵も書ける?」 「かく!」 タリスは元気に宣言すると、書類にペンを走らせる。 しばらくして、ソフィアそっくりの絵ができた。 なかなか絶妙なアングルを選択したようで、ソフィアも満足の行く出来だった。 「でも、書類の修正しないといけないのよねぇ」 ソフィアの書類は性別が「その他」となっている。 とりあえず、女に修正してもらわなくてはならないのだった。 「よーぅ、シケたツラぁしてやがんなぁ。どした。疲れたか?」 でっかい瞳の上には小さなマロ眉、それにおちょぼ口。 PNGの姿を見て、シケたと言う輩はそうはいないが祇十にとっては仕事の手が止まっている姿を見るとそう思えたようだ。 「しっかしなんだ、すげぇ量だな。おい」 「そうですねー! わくわくしますよー! お手伝い、お手伝い!」 「はっはっはっ、元気があるじゃねぇか。おっし、んじゃちっと待ちな。マジナイをかけてやらぁ」 どこからともなく筆を取り出し、祇十はPNGの額、マロ眉の間に「奮」と書く。 「『奮闘、奮戦、興奮』ってな。まぁ、元気が出るってぇ意味だ。ちぃっと仕事してみな。さっきよりゃ元気が出てるってなもんよ」 「元気ですかー! 元気ですよー! 試してみますー!」 「じゃあ、この本をあっちの本棚まで運んでみるか?」 「ボクやりますよー! おまかせあれっ! ちゅどーんっと!」 PNGがそう告げると、体が高速で吹っ飛んでいく。 「あっはっはっ、そーだそーだ。元気があって何よりだーな!」 祇十はのんびりと笑う。 あっという間にPNGの姿が見えなくなった。 「ちゅどーんとジェット噴射でぶっとびひとっとび、どんな高い本棚にだってラクラク届……うわー!」 どんがらがっしゃん。 がしゃん。 どどどどどどっどっどっどどっど。 どさどささささ。 「わー。勢い余ってどがしゃーんと突っ込んでドミノ倒しとはなんという孔明の罠ですか! でもボク負けませんよ、本棚さんを木端みじんこにするまで絶対諦めませんからっ!」 「あー。元気すぎたかな。ありゃ」 遠くで破壊音とPNGの大声が鳴り響き、祇十はぽりぽりと頬をかいた。 一二 千志は几帳面な仕事をしていた。 きっちり、折り目正しく。 必要以上な丁寧さのおかげで、綴じていない書類ですら四方が揃っている。 それをことさら丁寧に書類棚に詰めていくものだから、もはや威圧感すら漂っていた。 PNGの起こした本棚崩落の余波で一部が落ちる。 間もなく、第二波の震動で片付けた書類が床に散らばった。 重ねて、一二 千志は几帳面な仕事をしていた。 その背中には必要以上の威圧感が放出されたのだった。 「すさんだ状況なのはわかった」 玖郎は巨大な本棚の上に降り立ち、周囲を見回す。 いつのまにやらあちこちで悲鳴や怒号、ついでに破壊音までしている。 このままで書類整理が終わるとも思えない。 だが玖郎自身、書類と向き合い整理する戦力として大した力になれない事も理解していた。 「……さえずりでもするか? 以前壱番世界の者に、ひぃりんぐだか環境音楽などと評された かような作業に不慣れなおれが直接介入するよりは、支障がでぬとおもう」 図書館全てにささやかな鳥の合唱が響く。 果てしない作業量に殺伐としたロストナンバーの心も癒されているに違いない。 自然のBGMに力を得たか、一二の背中から放たれる無言の圧力を切り裂いたのは緑髪の少女。 「コケ、手伝う」 森間野 コケはそう宣言して、散らばった書類を拾い出す。 その傍らからボギーが顔を出した。 「忙しそうだニャ」 「猫さん。拾って」 コケの言葉にボギーは猫背を伸ばして胸を張る。 「猫の手も借りたいって言うことかニャ? にゃははは、オレ様も、手伝ってやるにゃ!」 コケ、ボギー、そしてアラムの手を借りて書類が集まると、一二は無言のまま、再び書類を整え出した。 「みんな、ありがとう!」 定刻の数十分前、タイミング的にはぎりぎりといったところで予定していた作業量が終わった。 「来年は計画的にな」「次は最初から呼べよ」「疲れたぁぁぁ」「今度遊びに行くね」などなど、 エミリエに声をかけ、ロストナンバー達が帰路につく。 中にはリベルのチェックが終わるまでと残る者もおり、打ち上げだ宴会だと騒ぐ声も複数あった。 図書館を後にするロストナンバーに手を振って見送るエミリエの後ろにいつのまにかリベルが立つ。 「さて、今年は無事に終わったわけですが」 「う、うん。終わったよ!」 「ロストナンバーの手助けを受けてはいけない、というルールはありません。一人ではないですがよしとしましょう」 「やったぁ!」 「で」 リベルはパスを開いてエアメールのページを示す。 「このパス、参加者の誰かの落し物でしょう。返して来てあげてください」 「わ。……わっ」 慌ててエミリエはパスを奪い取る。 開かれていたページは、偶然か必然か、今回の救助要請のページである。 もしや、仕掛けた悪戯がバレたのかとエミリエはリベルの顔を覗き込む。 相変わらずの鉄面皮ではあるものの。 「……うわー。これ、バレてるよねぇ」 ほんのわずかな雰囲気の違いに、エミリエは来年もまた書類整理が自分の仕事になるだろうことを予感するのだった。
このライターへメールを送る