オープニング

「ヘンリー&ロバートリゾートカンパニー」は、今のところ、特定のオフィスというものがないらしい。
 リゾート企画の打ち合わせ場所は、世界図書館のホールであったり、空中庭園の一角であったり、ターミナルのカフェであったり、ケースバイケースだ。そのほうが、ロストナンバーたちも気軽に声を掛けることができ、企画も持ち込みやすいだろう、ということのようである。
 しかし、司馬ユキノが企画を持ち込もうとしたその日、彼らは少々異色の場所を使用していた。
 秘密のビーチこと、海のチェンバーにいるというのだった。
(そんな……。緊張する)
 企画持ち込みの趣旨を伝えると、レディ・カリスの許可はすぐに下りた。勇気を振り絞って、彼らを訪ねる。
 海上に張り出したデッキと建物――南国ふうの水上ヴィラが目に入る。ラタンのチェアと木製のローテーブルが置かれた床面はガラス張りで、まるで海の上を歩いているようだ。
 打ち合わせが一段落したのだろうか、ヘンリーとロバートは、それこそリゾートにふさわしいラフな服装でチェスに興じている。
 ユキノに気づき、ロバートが気さくに破顔した。
「こんにちは。司馬ユキノさん――、でしたね。ようこそ、ヘンリー&ロバートリゾートカンパニーへ」
「はい、初めまして」
「初めまして。そんなに緊張しなくてもいいんですよ」
 ヘンリーがゆったりと微笑む。ユキノはほっと息をついた。
 そして、若干震え声で、プレゼンテーションは開始されたのだった。

  * *

「場所は、壱番世界の日本、岩手県遠野市。私の地元です」
 資料がテーブルに並べられる。遠野についてのレポートが丁重な手書き文字で綴られており、数枚の写真が添えられていた。
 レポートの内容をなぞりながら、ユキノは口頭で説明を始めた。
「遠野市は『民話のふるさと』とも呼ばれ、多くの伝承が残されています。有名なものではカッパ伝説があり、かつてカッパが住んでいたと言われる『カッパ淵』という場所があります」
「のどかなところのようですね」
「はい。涼しい場所なので、カッパ探しだけでなく、ゆったりと自然を楽しむのにも適していると思います」
「こちらの『遠野ふるさと村』も興味深い」
「江戸時代の遠野の山里を再現した施設です。『南部曲がり家』と呼ばれる古民家が移築され、水車が回り、小川が流れ、水田や畑では実際に作物が栽培されています。ここでは『まぶりっと衆』と呼ばれるインストラクターの方の指導のもと、農作業を体験することができます。他にも、そば打ち、陶芸、染め物、小物作りなど様々な体験ができますので、旅のいい記念になるのではないでしょうか」
「レジャー施設もあるんだね。『柏木平レイクリゾート』」
「猿ヶ石川沿いに展開された自然の中の施設です。森林散策、ボート、釣り、サイクリング、ピザ作りなど色々と遊べます。変わった所では写経なんかも」
「写経」
 ロバートが反応を示した。
「きみも挑戦してみるかい、ロバート」
「考えておこう」
「コテージが貸し出されているので、そこでのんびりと過ごすこともできますよ。バーベキューができる場所もありますので、遠野名物のジンギスカンをお友達同士で楽しむのもいいかもしれませんね」
「なかなか充実しているね」
「少なくとも、ドンガッシュの出番はなさそうだ。このところ働かせ過ぎたし、たまには休んでもらおうかな」
「あと、こちらの『卯子酉(うねどり)神社』は、市内郊外にある神社です。赤い細長い布に願いごとを書いて、境内の木の枝に、左手だけで結ぶと願いが成就すると言われています。卯子酉様は縁結びの神様として祀られているので……、れ、恋愛関係のお願いをする人がとても多いです」
「ほう。興味のあるロストナンバーは多そうだ」
「すごくご利益があるそうで、全国から多くの参拝者が訪れている場所です。あと、恋愛にまつわる場所して『めがね橋』があります。半円アーチ状の橋脚が連なる石でできた鉄道橋で、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』のモチーフになったと言われています。この橋が見渡せる広場は『恋人たちの聖地』と呼ばれていて、カップルで訪れると幸せになれる――そうです」
 夜は綺麗にライトアップされ、めがね橋の周辺には蛍が飛び交い、ロマンチックで幻想的な雰囲気になるのだと、ユキノは言い添える。
「それに、遠野では夏祭りが開催されます。至る所に屋台が立ち並び、地元の美味しい食べ物や豊富な地酒・地ビールなどが振る舞われます。夜には盆踊り大会があり、参加者は何らかの音の鳴る物を持ち、それを鳴らしながら踊ります。仮装コンテストもあって、優勝者には賞品が出るみたいですよ」
 ひと息に話し終え、ユキノはふたりを見つめる。
「ここは本当に田舎です。お洒落で華やかなお店などはほとんどありません。でも、こういう場所ならではの魅力もあるってこと、皆さんに知ってもらいたいし……、できたら、少しでも好きになって欲しい」
 真剣な眼差しで、声音で、言う。
「……どうか、ご検討ください。よろしくお願いします」

 ヘンリーとロバートは、同時に頷いた。
「考え抜かれたいい企画ですね。参加者への配慮がとても行き届いていて、ユキノさんの人柄が伝わってくるようです」
「『遠野』という地をよく知っていて、さらに、訪れるひとびとが、どこで何を楽しめばいいのか、多様なニーズにも応えているね。採用させていただきます」
「ありがとうございます」

  * *

 三々五々、遠野行きロストレイルに向かうひとびとに、無名の司書がすがりつくように声を掛ける。
「遠野に行くひとにお願ーい。もし現地でカッパに遭遇したら、そのひとロストナンバーなんで保護してきて。あと、あとね、遠野産ホップを使用した地ビールを地ビールを地ビールをお土産にお土産にお土産に、うわーんあたしも行きたいよう遠野。行きたいよう」

 泣き崩れる司書をよそに、今、発車のベルが鳴る――



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!注意!
パーティシナリオでは、プレイング内容によっては描写がごくわずかになるか、ノベルに登場できない場合があります。ご参加の方はあらかじめご了承のうえ、趣旨に沿ったプレイングをお願いします。
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品目パーティシナリオ 管理番号2899
クリエイター神無月まりばな(wwyt8985)
クリエイターコメントさてさて。
この企画は、遠野出身の司馬ユキノさんが、ヘンリー&ロバートカンパニーに直接、熱意あふれるプレゼンを行ってくださり、成立の運びとなりました。
また、ユキノさんはツアー開始前にヘンリーとロバートに同行し、スタッフとして事前折衝も担当くださってます。
(その様子は企画シナリオで描写されます)
※こちらでは、いち参加者としてお楽しみいただくかたちになります。

ツアー詳細につきましては、ユキノさんのご説明をご参照のうえ、メインの行動をお選びくださいませ。

1)カッパ淵へ冒険旅行
カッパと遭遇した場合、ロストナンバー保護イベント発生となります。よしなによろしくです。

2)柏木平レイクリゾートで遊ぶ

3)卯子酉(うねどり)神社&めがね橋を散策

4)夏祭りを楽しむ

どなかたとご一緒に行動する場合は、そのむね、記載をお願いいたします。
※このシナリオにはNPCは登場しません。
……と言い切るのもちと淋しいので、今回、お仕事のないドンガッシュさんに来ていただいてます。
しかし、休みかたのわからない男ゆえ、何していいんだかわからない模様。

それでは、遠野でのひととき、お楽しみくださいませ。

参加者
シーアールシー ゼロ(czzf6499)ツーリスト 女 8歳 まどろむこと
川原 撫子(cuee7619)コンダクター 女 21歳 アルバイター兼冒険者見習い?
司馬 ユキノ(ccyp7493)コンダクター 女 20歳 ヴォラース伯爵夫人
アマリリス・リーゼンブルグ(cbfm8372)ツーリスト 女 26歳 将軍
虚空(cudz6872)コンダクター 男 35歳 忍べていないシノビ、蓮見沢家のオカン
ティリクティア(curp9866)ツーリスト 女 10歳 巫女姫
ガルバリュート・ブロンデリング・フォン・ウォーロード(cpzt8399)ツーリスト 男 29歳 機動騎士
蓮見沢 理比古(cuup5491)コンダクター 男 35歳 第二十六代蓮見沢家当主
流渡(chaz5914)ロストメモリー 男 32歳 妖怪
坂上 健(czzp3547)コンダクター 男 18歳 覚醒時:武器ヲタク高校生、現在:警察官
ヴィンセント・コール(cups1688)コンダクター 男 32歳 代理人(エージェント)兼秘書。
ジューン(cbhx5705)ツーリスト その他 24歳 乳母
ハルカ・ロータス(cvmu4394)ツーリスト 男 26歳 強化兵士
雪・ウーヴェイル・サツキガハラ(cfyy9814)ツーリスト 男 32歳 近衛騎士/ヨリシロ/罪人
アキ・ニエメラ(cuyc4448)ツーリスト 男 28歳 強化増幅兵士
相沢 優(ctcn6216)コンダクター 男 17歳 大学生
ゼシカ・ホーエンハイム(cahu8675)コンダクター 女 5歳 迷子
ハクア・クロスフォード(cxxr7037)ツーリスト 男 23歳 古人の末裔
しだり(cryn4240)ツーリスト 男 12歳 仙界の結界師
樹菓(cwcw2489)ツーリスト 女 16歳 冥府三等書記官→冥府一等書記官補
橘神 繭人(cxfw2585)ツーリスト 男 27歳 花贄
音成 梓(camd1904)コンダクター 男 24歳 歌うウェイター
ミルカ・アハティアラ(cefr6795)ツーリスト 女 12歳 サンタクロースの弟子
キリル・ディクローズ(crhc3278)ツーリスト 男 12歳 手紙屋
アルド・ヴェルクアベル(cynd7157)ツーリスト 男 15歳 幻術士
天摯(cuaw2436)ツーリスト 男 17歳 ソードマイスター(刀神匠)
飛天 鴉刃(cyfa4789)ツーリスト 女 23歳 龍人のアサシン
黄燐(cwxm2613)ツーリスト 女 8歳 中央都守護の天人(五行長の一人、黄燐)
百(cmev9842)ツーリスト 男 49歳 鬼狩りの退魔師
天倉 彗(cpen1536)コンダクター 女 22歳 銃使い
南河 昴(cprr8927)コンダクター 女 16歳 古書店アルバイト
ユーウォン(cxtf9831)ツーリスト 男 40歳 運び屋(お届け屋)
荷見 鷸(casu4681)コンダクター 男 64歳 無職
アルウィン・ランズウィック(ccnt8867)ツーリスト 女 5歳 騎士(自称)
森山 天童(craf2831)ツーリスト 男 32歳 鞍馬の黒天狗

ノベル

ACT.1■カッパ淵の冒険

「カッパさん、こんにちはなのですー。ゼロはゼロなのです。なにはさておき、パスとノートとチケットをどうぞなのですー」
 シーアールシーゼロは、いつの間にか河童のそばにいた。でもって、無名の司書から預かった「ロスナン保護用三点セット」をさくっと渡して任務完了していた。なぜかって? 説明しよう。ゼロたんはゼロたんだからだ。
 もっとも、行動をともにしていたのが巫女姫ティリクティアであったことも大きな要因である。ティアたんは、河童ってどんな姿をしたロストナンバーなのかしらとわくわくしながら、勘の赴くままにカッパ淵を探索していたのだ。見つからないはずがあろうか。
「心配ないわ。私たち、あなたを保護しに来たの。ティアって呼んでね?」
「……ゼロ? ……ティア?」
 まだ10歳くらいの子どもの河童は、おずおずと、しかし、うれしそうに頷く。
 出身世界とは似て非なる場所に転移し、心細くて仕方なかったところ、美少女ふたりが助けにきてくれたのだ。
「なるほど、遠野伝説にあるとおりの、赤い肌の河童だね」
 散歩気分でふらりと立ち寄った荷見鷸は、河童発見に興味深そうに、しかし自然な物腰で、
「皿は乾いてないかね?」
 と聞いた。
 河童は無言で首を横に振る。美少女以外とは話したくないらしい。おませさんだった。
 鷸さんは、東北地方出身の民話好きである。相当数を丸暗記している。
 河童くんに振られた以上、仕方がないので、卯子酉神社に由来を調べに行こうか、淵の主が何故卯子酉という名でまつられているのだったか、片葉の葦など探してみようか、と、その場を辞した。

「まずはこれでも食べて落ち着くと良いと思うのですー」
 ゼロが胡瓜を差し出す。
「……いいの?」
 河童の少年は、赤い肌をいっそう紅にして、胡瓜を受け取る。
「女の子から胡瓜をもらうなんてはじめてだ……」
 聞けば、彼の国では、女性から男性に胡瓜を贈ることは愛の告白を意味するらしい。
「異世界では文化が違うのですー。まずはお友だちから始めましょうなのです」
 大人なゼロたんだった。

  **

 ヴィンセント・コールはたいそう妖怪に興味を持っていた。
 なので、保護する気満々だった。
(河童。かつてこの地に存在したかも知れない伝説の妖怪。なんというロマン)
 てなことを空想しながら、隠れ易い場所の目星をつけ、その付近に飲食物とセンサーを置いて、待っていた。
 待っていた。
 ……待っていた。
 のだが。
 そんなヴィンセントさんの前を、美少女ふたりと手を繋いで、河童の少年が通り過ぎていったのだった。

  **

 雪・ウーヴェイル・サツキガハラは、大きく息を吸い込んだ。
 遠野の空気は生まれ故郷に似ていて、とても気持ちが和らぐ。古い雑多な《カミ》の気が満ち、安堵も覚える。
 遠くから、明るい話し声が聞こえてくる。どうやらロストナンバー保護は成功したらしい。
 澄んだ水辺には、小さな祠があった。一礼し、雪は静かに、水の流れに足を踏み入れる。
 人知れず行われる、清めの剣舞――
「この地にいつまでも、古きモノたちの息吹が満ちるように」

  **

「壱番世界の緑は、みんな優しいね」
 カッパ淵から少し離れた森林のなか、橘神繭人はやわらかな笑顔を見せる。
「わしは、ぬしの笑顔をほんに愛しいと思うわえ」
 天摯は世にも嬉しげに、思いっきり目を細めた。植物を友とする繭人のために森林散策を提案した甲斐があったというものだ。
 繭人は少しはにかみながら、木漏れ日を見上げる。
 故郷を思い出し、やるせない気持ちになることもあるけれど、今は支えてくれるひとがいるので辛くない。
「ありがとう、天摯たちがいてくれるから、俺は進むことを知ったんだ」
 その表情はいっそう、天摯の気持ちをあたためた。
 思えば、出会ったとき、繭人はあれどに追いつめられていたのだ。それが今は、こうやって「のんびり」することができるようになっている。
「ぬしの歩く道に、これからもただ光があるように」
 それが天摯の、偽りのない気持ちだった。
 今までも、これからも。

 繭人の笑顔に、少し陰りが宿る。
 もし、天摯がどこかに再帰属するのならば自分もついていきたい――とは、まだ言い出せていない。

ACT.2■遠野点景

 一台の車が、遠野市内を走る。軽快かつ慎重な安全運転である。
 運転手は司馬ユキノ。同乗者は音成梓とミルカ・アハティアラ、百。合わせて四名のミニツアーだ。
 飲食物の補充や、無名の司書への地ビールなどの買い出しを兼ねてのドライブだった。
「いいところだなー。このツアー、ユキノちゃんが計画したんだって? やるじゃん!」
 さわやかな風が、開けた窓から吹込んでくる。助手席の梓に言われ、ユキノは照れくさそうだ。
「皆さん、楽しんでくださってるといいんですけど」
「そんなのばっちりに決まってるじゃん」
「皆でこうやって車に乗って行くのっていいですね! 景色も素敵」
 ミルカはにこにこと、流れゆく風景を眺める。ソリにはソリのいいところがあるんですけどね、と加えるところが、サンタ娘クオリティだ。
「故郷を思い出しやすなぁ」
 百がぽつりと言う。
「あっしは車というものに乗るのは初めてなので緊張しておりやしたが、皆さん良いかたばかりで」
 多少固かった百も、挨拶を交わしたあとは落ち着いたようで、持参の緑茶と和菓子などを配り、話に花を咲かせる。
「ミルカさんのお洋服は、夏仕様なんやねぇ」
 和菓子を手に、ミルカはにっこりする。
「はい! TPOに合わせてみました!」
「あ、ユキノさん。あとで運転代わるよ? みんな、何か買い物があったら言ってくれよ、荷物持ちするからさ」
 気どりのない口調ながら、梓は細やかな心遣いを見せた。
 立ち寄った店舗は、異様に地ビールの品揃えが豊富だった。美味しそうな地元食材を買い込みながらも、首を捻る梓に、ユキノは、
「ヘンリー&ロバートリゾートカンパニー一同、根回し頑張りました」
 と、にっこりする。
「私も司書さんのお土産、買います。あとは……」
 ミルカはメモ用紙を見ながら、買い忘れがないかどうかチェックに余念がない。
 買い物を終えたあと、四人は高清水高原展望台で車を止めた。
 遠野が一望できる絶景スポットである。
 あれは何ですか、と、はしゃぐミルカに、ユキノはひとつひとつ、丁重に説明する。
「そうだ、あとで皆さんでバーベキューしませんか? ジンギスカン」
 ユキノの提案に一行は喜んで同意する。
 百がゆるやかに三味線をかまえ、この情景にふさわしい音曲を奏でた。

「すみませーん! そこのひとー! シャッター押してくださーい!」
 通りがかりの壮年男性に、梓はデジカメを渡す。
「うむ? このスイッチを押せばいいのか?」
 律儀にカメラを構える男性をよくよく見れば、ドンガッシュだった。おなじみの作業着とは違う旅仕様が、なかなかサマになっている。
「ありがとうございます。よろしかったらドンガッシュさんも、あとでバーベキューご一緒しません?」
 ユキノからの意外なお誘いに、ドンガッシュは困惑しつつも、頷いた。

 なお。
 後で知ったことであるが、このとき梓は、森山天童に尾行されていた。
 天童は隠れ蓑ですがたを隠し、上空を飛行していたのである。
 道中、折りをみては、メジロやヒヨドリをあやつり、梓の頭をつつかせるなどの悪戯をしていたのだが。

 記念写真のすみっこに心霊写真の如く見切れて写ることにより、あえてその証拠を残したのだった。悪戯はバラしてなんぼっちゅうかね。

  **

 柏木平レイクリゾートで、相沢優はしだりとともに、仲良く嬉々としてピザ作りに励んでいた。
 ピザはトマトと夏野菜、ベーコンをふんだんに使用し、とろりとチーズを乗せた逸品である。料理上手に定評のあり優のこと、当然、出来映えはばっちりだ。
 ピザを食べたあと、しだりはいったん、写経をするために場を移した。
 会場にはすでに樹菓が来ており、筆を手に黙々と書き続けていた。
 漢字文化圏出身であるため、樹菓は筆の扱いに長けている。
(書類作成の仕事を、思い出す)
 彼女はいつでもどこでも、冥府の仕事を忘れられない。
 ふと、思う。
 たとえば、死者が生者の世界に帰ってくる「お盆」という慣習は樹菓の世界にはなかった。
 こういう制度があったなら、冥界の死者たちの気持ちも変わるのではないかな、と。
 経文の中身にもそそられ、写経の指導官に積極的に質問をする。
「色即是空、空即是色……、この空とは何ですか?」
「一見、何もないように見えますが、全ての事柄、無限の事柄を内包している状態を指します」
「……経は奥深いね。一度では読み解けない」
 しだりはといえば、初めてにも関わらず、完璧な写経を行っている。
 担当官が戦慄するほどの、微動だにしない正座で。

  **

 ハクア・クロスフォードは、遠野ふるさと村にて、陶芸と染物、そして小物作りに挑戦していた。ゼシカ・ホーエンハイム、キリル・ディクローズも一緒である。
 この後、夏祭りに参加することを考えて、キリルは浴衣姿だった。手には団扇、足には草履、頭には鉢巻。
 ……なぜ鉢巻なのかはともかく、可愛いので無問題。
「ぼくとゼシカ、ハクアの分、合わせてみっつ。作れるかな、作れたらいいな」
 たどたどしいながら懸命に取り組んだおかげで、素朴な平皿や、今日の空のように美しい青の染め物、小さな財布や巾着袋などが出来上がった。
「ゼシ、上手?」
「ああ、ふたりとも、とても上手だ」
 キリルとゼシカの頭を、ハクアは優しく撫でる。

  **

「おいハルカ。蕎麦打ちしような。あと陶芸。それと農作業も!」
 アキ・ニエメラは嬉々としてさまざまな体験に参加していた。
 普段はまずハルカ・ロータスの希望を優先させる彼も、今回ばかりは自身の興味が勝ってハルカを連れ回している。
「悪いな」
「いや」
 詫びるアキに、ハルカは苦笑する。アキが楽しそうにはしゃいでいるのが新鮮で、何だか嬉しいのだ。
「いつも俺のことを考えてくれてありがとう。でも俺、アキがしたいことを一緒にするのも好きだよ」
 ハルカには、戦場の記憶しかない。
 それでも、家族のことについて、少し思い出したこともあった。
「そう言えば、うちでは白い豆を作ってたんだよなあ」
 陶芸や農作業をどこか懐しく体験しながら、無意識に、そんな言葉が口をついて出る。
「いつか戦わなくていい時代が来たら、こうやって何かを生み出す仕事がしてぇな」
 蕎麦を啜り、しみじみとアキは言うのだった。

ACT.3■恋人たちもそうでないひとたちも

 出発の、少し前。
 飛天鴉刃は、たいそう真剣な顔で黄燐に相談していた。
 ひとつは、アルド・ヴェルクアベルと一緒に遠野へ行く予定なのだが、同行しないか、ということと、もうひとつは――
「せっかくなので、浴衣を着ようと思う」
「浴衣! すてきね」
「どの柄が良いか、見立ててくれないか」
「いいわよ。まっかせなさい! でも、あたしがお邪魔して良いのかしら?」
 ……といいつつ、現在に至っている。
 ちなみにここはカッパ淵のほど近く。時系列としてはACT.1でゼロたんとティアたんが河童の少年を保護した直後のことである。
「壱番世界の日本って、何となく賑やかなイメージがあったんだけど、こんなのどかな場所もあるんだね」
「たしかにいいところであるな。インヤンガイのようなところより、こういう自然が多い方が良い」
 鴉刃たんの乙女ごころを知ってか知らずか、アルドくんも浴衣姿だった。
「夏のお祭っていったら、コレが定番なんだってね」
 女子ふたりを無邪気に見て、やっぱり鴉刃も黄燐も浴衣似合うね、僕はどうかな、似合ってる? などと、聞いてくる。
 鴉刃たんは、
「うむ、アルド。新鮮で良いな。似合ってるぞ」
 と、アルドくんの姿をじっくりと眺めるのだった。
「本当、ふたりとも新鮮ね」
 黄燐もしみじみ頷く。
「あ、そろそろカッパ淵かな? 司書さんがカッパ保護してきてって言ってたし、ちょっと見に行こうか」
 アルドくんはナチュラルに鴉刃たんの手を掴む。
「さ、鴉刃、こっちこっち!」
「う、うむ」
 それまで、
(インヤンガイは酒が美味いが、そういえばここにも地酒があったような……。しかし飲めるのは私だけか。止した方が良いか)
 などと思っていた鴉刃たんは、んなことすっとんだのだった。
 黄燐はといえば。
 |△・) さーて、ここいらでお邪魔虫はそっと退散を、と、きびすを返す。
「それにしても、遠野って良い所よね。あたしも、こういうの好きだわ。元は五行の天人だしね。ふふっ」

  **

「ひとにはっ……、ひとには怖いもの見たさって感情があるんだよっ! カップルでなきゃ幸せになれないってんなら、一生来れないかもしれないじゃないかド畜生っ」
 恋人たちのスポット、めがね橋のど真ん中で、坂上健は絶叫していた。
「り、リア充……、リア充、爆発しろぉっ」
 健くんはめがね橋を一度度見てみたかったのだ。それだけなのだ。
 もしかしたら、ぼっちでもご利益を得る方法はないだろうかと徘徊したあげく、リア充カップルの多さに悶絶した次第である。
「いいんだ、俺は就職したら見合いして即結婚するんだー!」
 そんな折り、健くん健くん、お見合いのほうがシビアなのよ〜、と、無名の司書からのメッセージがノートに入る。いらんお世話に、健くんの目幅泣きは一層激しくなったそうな。

  **

「本当はコタロさんと来たかったですぅ……。御利益、欲しかったのにぃ」 
 浴衣すがたの川原撫子は、神社へ行くのを見合わせた。神社に行ったら寂しさで憤死する。
 コタロは都合がつかなかったようだ。その理由はわからない。
「失敗、しちゃったかもですぅ……。慰めて仲直りしたかったのにぃ…」
 撫子は先ほどから屋台に陣取り、地酒をあおっていた。
「おっちゃんさん、お代わりですぅ! も、浴びるほど呑みますからぁ」
 呑んだあとは盆踊りにでも行けば、少しは気が晴れるだろうか。
「コタロさんの、ばか……」
 小声で、つぶやく。
 誰にも聞こえていないと思っていたら、背中をぽんと、叩かれた。
「コタロさ……」
「彼氏じゃなくて、悪かったわね」
 レトロな浴衣を来た少女が、【あなたの肝臓を大切に! 伝説のウコン配合DXドリンク】と書かれた小瓶を押し付けてくる。
「無茶飲みはほどほどにね。肌は荒れるし顔はむくむし、恋愛どころじゃなくなるわよ。……じゃあね」
 この前はありがとう、と、言った少女が誰だったか、撫子が気づいたときには、彼女は雑踏のなかに紛れ、見えなくなっていた。

ACT.4■地ビールと夏祭り

 アマリリス・リーゼンブルグは決意していた。それはもう、固く。
 無名の司書があれほどに執着する、遠野産ホップ使用の地ビールを飲んでみることを。
「これは……!」
 ひとくち飲んで、瞳を見開く。
 美味い。想像していたより、繊細な味わいだ。少し苦みがあるのに花の芳香も感じる。
 そういえば、ホップとは花の部分だ。ビールは麦と花の酒でもあるのだった。
「アマリリス殿との変わらぬ友情に乾杯!」
 隣では、ガルバリュート・ブロンデリング・フォン・ウォーロードがすごいピッチで杯を重ねている。
「強くておられる」
「アマリリス殿こそ」
「一度、飲み比べをしたいと思っていた」
「望むところ」
 遠野麦酒のヴァイツェン、ピルスナー、アルトに加え、河童麦酒にわさびエール、三陸・海のビールなどが並べられる。
「まあ呑まれよ、呑まれよ!」
 杯が空いたそばから、ガルバリュートはどんどん注いでいく。
 勝負というよりその美味しさにつられ、おおいに飲んだアマリリスは、良い心持ちになり、羽根をぱたぱたさせはじめた。
「楽しんでらっしゃいますか?」
 夏祭りの様子を見に来たユキノが、声を掛ける。
「これはユキノ殿。この度はご苦労でござった」
「……ユキノ。今夜の貴女は、どんな花よりも美しい」
 酔っぱらいのアマリリスは、いつも以上に口説きモード絶好調であった。

「やはり、民衆の活気というのは良いものであるな」
 ガルバさん、イイコトいってるようだが、目が据わってる。
 その証拠に、おもむろに脱ぎ始めた。
 Fu~、なんだか熱くなってきちゃった……、というやつである。
 アマリリスさんは、ガルバさんが脱いだところで別にどってことないので、飲み続けるかたわら、無名の司書用に地ビールセットを、来られなかったヌマブチ用に、今回その存在を初めて知ったノンアルコールビールを購入することに余念がなかった。

  **

 ユーウォンは屋台を見回りながら、祭りの雰囲気を楽しんでいた。
 彼は、酒が大好きというほどでもない。だが、嫌いでもない。酒飲みたちが楽しそうに飲み比べなどをしているのは微笑ましい限りだ。
「お客さん、つっっよいねーーー!」
 酒飲みを見て来たはずの屋台の親父さんが、感に堪えたように言う。
「ああ、おれは飲めば飲むほど強くなるんだよね」
 料理屋台の種類は豊富だった。それぞれに特色があり、作り手のこだわりがある。
 蘊蓄を聞きながら、勧められるままに味見をする。
(そういえば無名の司書さん、飲みに行けなくて何だか気の毒だな)
 ……よし、あとで飲み比べの感想をたっぷり聞かせてあげよ!
 土産とは言わないユーウォンさんはクールな男だった。
 
  **

「おまえの胃袋はブラックホールかぁぁーー!」
 遠野の夜空に、虚空のツッコミが響き渡る。
 今更何を、と言うくらいの勢いで、蓮見沢理比古は浴衣の袖をまくりあげ、地元の美味を無限にもぐもぐしていた。幸せオーラが眩しいくらいに発散され、虚空ならずとも目がくらみそうである。
「とりあえず司書さんには地ビールをダース単位で買ってくか。ロバートには、そうだなぁ、いっそ素朴なリンゴ飴とか瓶ラムネとか?」
「ロバートさんには地酒も買っていこうかな。下見のときは自分のものどころじゃなかっただろうし。司書さんにはビール一年分くらいお土産にした方がいい?」
 さすがは蓮見沢コンツェルン代表、お土産が規格外である。どうやってロストレイルに乗せますのん、という野暮なことは置いておこう。
「こんにちは」
 優がしだりをともなって合流した。トラベラーズノートで連絡を取り、待ち合わせたのだ。
 四人は連れ立って屋台を巡り、イカ焼きやかき氷、たこ焼などを買い求める。
 かき氷を食べながら、しだりは、屋台の灯りにふっと目を止めた。
 ……ささやかな、郷愁。
「来て、よかった」
 同様のことを、虚空や理比古も感じたようだった。
「いいところだな。空気がウチとよく似てて、親近感が湧く」
「俺、ここの空気、好きだな。何だか懐かしいよね」
「ユキノ嬢に企画の御礼をいいたいが、今どこに。……お」
 辺りを見回した虚空は、飲み比べ屋台でアマリリスに口説かれているユキノを発見した。
 優はくすくす笑いながら、後で一緒に射的でもしようか、と誘う。
「夏は遊ばないとな」
 
  **

 朝顔柄の浴衣をまとい、アルウィン・ランズウィックは、盆踊りの輪に加わっていた。
 見よう見まねだが、とにかく楽しい。
「こうやって踊るんだよ」
 知らないひとが親切に教えてくれて、それもうれしい。
 両手に持ったビー玉の袋を鳴らし、独創的なアレンジで踊り続けた。
 ひと踊りしたあとは、ヴィンセントと夜店を回る。
 射的もヨーヨー釣りも金魚すくいも、大騒ぎしながら彼に張り合うが、とてもかなわない。
 同居人へのお土産を買いもとめ、自分のお金で買ったたこ焼きを、ヴィンセントに渡す。
「……お礼」
 ヴィンセントが意地悪に思えるのは、彼が自分を対等に見るからではないかと感じ始めたのだ。
 素直に感謝はしないけれど、少しずつ、友達と認めているのかも知れない。
 彼女の成長に驚きながら、ヴィンセントはたこ焼きを頬張った。
 
  **

 祭りを楽しむひとびとの活気のなか、ハクアとキリルとゼシカは、三人で手を繋ぎ、屋台を回っていた。
「お面、お面もいろんな種類があって、楽しい」
 鬼。狐。般若。そして。……みゅ、と、キリルは首を傾げる。壱番世界の特撮系の出典がわからなかったのだ。
「ゼシカに似合うお面、どれ、どれがいいかな」
「ゼシ、おひめさまがいい」
 愛らしいお面をゼシカは指さした。
「あとね、りんごあめと、わたがし!」
 望まれるままに買い求めながら、ハクアは、そういえば昔、妹達と祭りに参加したな、と、懐かしい思い出を話す。
  
  **

 ジューンは、お祭りへの参加を好む。
 異文化における祭事には、その種族のアイデンティティが色濃く反映されるからだ。
 最初は調査を兼ねていた。だが今は、ただ楽しむためだけに参加している。
 自身の記録をマザーコンピュータには伝えられない。
 万一、それでマザーが転移でもしたら、コロニーが崩壊してしまう。
 そんなことを考えながらも、土産物探しに専念する。
「このお土産なら、緋穂様やエーリヒも喜んでくれそうです。こちらはツギメ様にお似合いでしょうか」
 
  **

(前も来たことがありヤすが、何度来てモここは面白くて良いところでやんスねぇ)
 流渡は遠くから祭りの風景を見ていた。
 日中、ぶらぶらと川や森林を散歩したときにも感じたことだが、この地は、ひとと妖怪との距離が近い。
 というよりも、今でも妖怪という存在を受け入れてくれている感じがする。
 そういえば司書は、河童が現れるかもしれないと言っていた。
 また、アズキアライやザシキワラシが、後から参加する予定だとも。
 
 ……と。
 線香花火が、目に入った。
 そのひかりに誘われ、流渡は歩みよる。
 
ACT.5■仮装大会の行方

【出場者】
 ・シーアールシーゼロ
 鈴を持ち、白い着物と三角の布で、オバケの仮装。
 目の錯覚ですかーー、くらいに巨大化したり、戻ったりでオバケ度UP!
 決め台詞「ドンガッシュさんにまどろみを伝授するのです」

 ・ティリクティア
 ゼロとペアのオバケ。
 決め台詞「ゼロと一緒にいると本当飽きないわ」

 ・森山天童
 天狗のコスプレ。
 翼は自前、山伏の衣装で準備万端。顔は天狗の面で隠す。
 決め台詞「一位じゃないと、普通に凹む」

 ・ゼシカ・ホーエンハイム
 蕗の葉を持ったコロポックルの仮装。
(蕗の葉に隠れてキリルのほっぺにキス、というオプションつき)
 決め台詞「ゼシね、おばけさんとお友達になりたいな。仲良くなれば怖くないもの」

 ・ガルバリュート・ブロンデリング・フォン・ウォーロード
 ボディビル大会と間違え出場。悩殺ポーズでキメっ!
 決め台詞「見たか拙者の勇姿!」

 そして、優勝は……、
 
 主催者側のご好意で、同票一位でございますよ。

ACT.6■銀河鉄道は往く

 天倉彗と南河昴は、ふたりだけで、現地の電車で移動しながらの旅だった。
 夕焼けが空を染める釜石線の電車の中で、昴は銀河鉄道の夜を想う。
 感動しながらも、少しだけ怖くなる。
 夕暮れ時の電車は、姉が居なくなってしまうような気がして。覚醒時の事故のように。
 妹の様子に、彗はさらりと告げる。
「もしまた恐竜が現れたら、私が撃ち倒すわ」
 と。
 遠野市内を見て回ったあと、ふたりは、無数の蛍が行き交うめがね橋に立った。
 
 めがね橋に、銀河鉄道を思う。
 蛍の向こうに星天を見る。
 見覚えのある星座を懐かしく思う。

 昴の差し伸べた両手に、一匹の蛍が止まった。
『僕たちずっと一緒に行こうね』
 蛍を掌に包み、姉に差し出す。銀河鉄道の夜の台詞を口ずさみながら。

 帰りの電車の窓からも、姉妹は星を見ようとした。
 しかし彗は睡魔に襲われ、ふわぁ、と欠伸をする。
 疲れたのだろう、昴は、ことん、と、眠ってしまった。
 冷えはしないかと気にかけながら、彗は車窓の光景を見る。

 ――おかえりなさい、カムパネルラ。
 



 ――Fin.

クリエイターコメントおっっまたせしましたぁぁーー!
某司書がお土産を強要したせいで、皆さんのご負担が多くなって申し訳なく!
(こちらでも平謝り)
でもでもごちそうさまでした。ありがたく飲み干します。

皆さん、とても楽しそうでほっこりしました。
このたびはご参加、ありがとうございました。
ユキノたんと手に手を取って、御礼申し上げます。
公開日時2013-10-06(日) 23:00

 

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