ディヴィットはサンタクロースだ。 ディヴ・ザ・サンタがやってくると聞けば、子供たちは一斉に靴下をベッドの端からぶら下げたものだ。 彼はその声に応えるべく、今ごろは世界中の子供たちに、プレゼントを届けるためにソリに乗って夜空を駆けていたはずだった。 なのに、どうして──? 彼は手足を縛られ、暗い地下室に閉じ込められていた。「ほら早く喋っちまいな」 目の前にいるのは、自分と同じように立派なヒゲを蓄えた老人だ。彼は次から次へと人物の写真を見せ、ディヴにサンタとして磨き上げた“あの能力”を使えと強要するのだった。「言うもんか! それは彼の大事な秘密で……ああ、そいつは友人のパンツを欲しがってるぞ。──はうあ! 言ってしまった!」 ディヴは勝手に喋り出す自分の口を押さえるのだった。 しかし自白剤の効果を防ぐのは至難の業だった。しかもその自白財は稀代の発明家オータム・バレンフォールが調合したものなのだから、なおさらだ。 ディヴ・ザ・サンタは仕事中の事故でモフトピアに転移した。今年、彼の雇ったトナカイは鼻が赤くなかったために道を間違え、凍った山にソリを激突させてしまったのだ。 異世界をさまよっていた彼は、アニモフとこのバレンフォールの歓迎を受けた。サンタクロースだって、へえ! 発明家の老人は親切にも、彼をこの0世界に連れてきてくれて、ロストナンバーとしての生活のことをいろいろ教えてくれた。 ──何? マジか、あんた顔を見るだけでそいつが欲しいものが分かるのか? バレンフォールは、ディヴが持っているサンタとしての特殊能力──読心術に非常に興味を持ったようだった。 ここでゆっくりするといいぜ。そう言われて、振舞ってもらったブランデーに何かが入っていたというわけだ。「畜生、なんだってあんた、わしにこんなことするんだ?」「まあいろいろと事情があんだよ」 一方、酒に酔わせて連れ込んだサンタクロースを前に、バレンフォールはため息をついていた。 なんだってこのおれが、こんなめんどくせーことを……。 サンタの口から次々と明かされるロストナンバーたちの秘密と欲しいものをメモに書き取りながら、彼はナラゴニアとの決戦を思い返す。 覚えているだろうか。あのナラゴニアに多大な打撃を与えた超兵器「レディ・カリスの首飾り」のことを。 彼の作ったあの兵器は、ロストナンバーたちから借り受けた大量ナレッジキューブを消費して目覚しい効果を上げた。 しかし、だ。 ナレッジキューブはまだほとんど皆の手元に戻っていないようなのだ。面の皮の厚さには定評のあるバレンフォールだが、さすがの彼も協力してくれたロストナンバーたちに申し訳ない気持ちでいっぱいになった。 それで、こう──なったわけだ。 バレンフォールは、ナレッジキューブを分けてくれたロストナンバーたちの写真を見せながら、彼らの欲しいものを聞き出して、なんとかそれらをクリスマスプレゼントとして渡してやろうと思ったのだった。 目の前に縛り上げたサンタにその役をやらせようという発想は、彼の頭の中には無い。 ただ、他人の秘密は蜜の味と申しまして……。「聞ーぃちゃった、聞いちゃった……!」 その地下室をそっと抜け出す小さな影。──いたずら妖精のシェイムレス・ビィだ。彼女はその小さな頭の中に、今聞いてしまった秘密をぱんぱんに詰め込んで、0世界の空へ飛び出した。 彼女は秘密というものに目がない。聞いてしまったら、誰かに話さずにおれないのだ。 ビィはハミングしながら空を飛んでいく。この時期だけの演出で0世界は夜になっており、ときおり白い粉雪もちらついている。 彼女は笑いを噛み殺しながら話しやすそうな相手を空から探した。どこの誰にこのこと話してやろうかな、と、嬉しそうに笑いながら。=============!注意!パーティシナリオでは、プレイング内容によっては描写がごくわずかになるか、ノベルに登場できない場合があります。ご参加の方はあらかじめご了承のうえ、趣旨に沿ったプレイングをお願いします。=============
今日はクリスマス・イヴなのだそうだ。 華月は独りカフェで窓の外に降る粉雪を眺めていた。遊郭の守り手であった彼女は当然そのイベントに馴染みが無い。 聞くところによると、今夜は皆で集まり酒や美味しい食事に興じるのが常らしいのだが、彼女は人が多い場所が苦手ときている。 今日は本当に静かな夜だった。 独りでは寂しいような気もする。けれど──自分にはこの静けさが合っている。 少女は微かに自嘲的な笑みを漏らし、そっと手元のココアに口をつけた。 「みぃつけた!」 しかし、静寂は突然カフェに侵入してきた小さな影によって破られた。 シェイムレス・ビィである。妖精はいきなり華月を指差し客全員に言ったのだった。 「あのね、聞いて聞いて! あいつねえ、恥ずかしいんだよ」 「え?」 「人が苦手だからって大勢の場所に馴れようって無理して食堂に行ったら、オムレツと間違えて豚角煮丼を三人前も頼んだんだよ! そんで急いで食べようとして舌を火傷してね、帰ろうとしたら店員に激突して胸触られて、思わず殴り返しちゃったんだって! それでねー……」 次の瞬間、ビィの顔面に熱いココアのカップが激突した。 「ギャー!」 ヒュンッ。続けて妖精に黒い影が襲い掛かる。下から繰り出された恐るべき槍の一撃はカフェの壁を盛大に破壊した。 「いい、いったいそんな、なんで……!」 攻撃をよけたビィを見る華月。完全武装済みの彼女の顔は真っ赤だ。 「おいおい、いきなりどうしたんだ?」 突然沸き起こったトラブルに、食事をしていた水鏡晶介が近づいてきた。すでに魔塊と呼ばれる暗黒物質を呼び出している。 ココアまみれのビィを助けようとすれば、パシッと手を弾かれる。 「触んないでよ、ネカマやってたくせに!」 え゛? 晶介の動きが止まる。 「ビィ聞いちゃったんだから。あんた女の振りしてネットゲームやってたんでしょ。アカネだって、あんたアカネなんて面ァ?」 慌てて口を塞ごうとした彼の手をすり抜け、妖精は天井高くで大声でのたまった。 「みんな聞いてーこの人ネカマだよー、アカネちゃんだよー!」 「おぃぃ~! もう年末になるってのに、何て事バラしてんだよっ!!」 華月は口撃にやられ、自ら部屋の隅っこで背を丸めてぶつぶつ言っている。慌てふためく晶介は魔塊を向けようとするが、暗黒物質は身体をくねらせ笑っているようだ。 「ち、違う! あれは覚醒前の話で今じゃなくて……いや、そうじゃなくて! あれはどれぐらいバレずに済むかの実験で──!」 周囲の目線に、がくりと膝をつく晶介。 「ウヒャヒャ、おもしれー」 ギャングのヴァージニア・劉は彼らの姿を見て思わず大笑いしていた。クリスマスの余興にしちゃ上出来じゃないか、そう思った時。 「あーそこで笑ってる奴! あんたハードSMのエロ本欲しいんでしょ。やーね、みんなー、ここに×××攻め好きの変態がいますよー!」 ガタッ。劉は椅子を蹴倒すと同時に、鋼糸を飛ばした。 意外に素早く、ビィは急降下して机の影に隠れて攻撃をかわす。劉は呼吸も荒く周りを見回した。 このちび、誰彼かまわずバラすとかとんだ羞恥プレイじゃねえか……! 「やーい変態!」 「ほっとけよ、童貞が夢見て悪ィか!」 舌打ちする劉「くそっ、スタンにバレたら何言われるか……! 最悪、変態扱いされて追い出されちまう」 「童貞?」 隣りに立った黒ずくめの女がそう呟き、劉の表情が凍りついた。 謎めいた古美術商、三雲文乃である。メロンパンを手に、ほれほれとビィにパンを振ってみせる。 ぴょこ、と妖精が顔を出した。 「ビィ知ってるよ! あんた毒薬欲しがってるんでしょ、それも『やたらゆっくりと苦しみつつ死にいたる毒薬』だって──」 「まあ良くご存知で」 文乃はベールの下で笑う。「最近、家に害虫がでるんですのよ。とっても困っていましたの。そう、あなたみたいに煩い虫に使えたらって、ね……?」 「へ……っ?」 ビィは青ざめて首を引っ込めた。 「このガキ!」 劉が放った鋼糸がおかまいなしにカフェの椅子やテーブルを破壊する。しかし崩れ落ちた木片の中にビィの姿はない。 「逃がしましたわ」 冗談でしたのにねえ。言いながらくすくす笑う文乃。 「お仕置きだ、黙らせてやる!」 カフェを飛び出す劉。外は粉雪が舞っている。 * 「ねぇ、知ってる? メンタピって幼女好きのロリコンなんだよー!」 「上城弘和ってストレスで生え際がヤバいらしいよ」 「水薙って実はドールオタクで、人形相手に“~でちゅよー”とか話してるんだって! 最悪だよね~」 ビィは街角のカフェやターミナルなどで、とにかく様々なことを喋りまくった。悲鳴を上げて逃げ出す者や、血相を変えて妖精を追いかける者も倍増中だ。 キャハハハ! 高らかに笑うビィの前に、一人の少女がふわりと舞い降りる。リーリス・キャロンである。 「! あんたはチャイ=ブレの支配から逃れたくて──」 「うふふ……ビィちゃん可愛いね」 すかさず秘密を口走る妖精の頭を、リーリスは引っ掻き回すように撫でた。 「お手伝いしてあげるからリーリスのお願いのことは忘れてね……ね?」 肩を掴まれ鼻が付くぐらいの距離でそう迫られると、さすがの妖精もウンと頷く。 「おいで、こっちよ」 リーリスがビィを連れてきたのは小さな広場だった。ステージに降り立つと、少女は大きな声を張り上げる。 「はい注目! ビィちゃんがみんなに伝えたいことがあるそうで~す!」 通りすがりの人々が集まると、妖精は顔ぶれを吟味し始めた。その中でビィは一人のツインテールの少女を見つけびしっと指差す。 「何??」 それはセリカ・カミシロだ。 「あいつね、隠してることがあるんだよ。あのね、あいつ耳──」 「──きぁわわわ!」 いきなり大声を張り上げるセリカ。 「だ、だ、黙りなさい…! それ以上喋ったら、は…発砲するわよ!!」 彼女は思わず銃を抜くが、周りの目に赤面し慌てて収めた。「ご、ごめんなさい、取り乱してしまって……ほら、お菓子をたくさんあげるからいらっしゃい」 セリカはメロンパンを取り出して振ってみせる。もちろん餌付けする魂胆だ。 「……」 つられて、そおっと手を伸ばすビィ。しかし寸前でそのパンがパッと奪われた。 「およしな、捕まっちまいますよ」 着物姿の男──奇兵衛である。大店の主を思わせる品格を持つ彼は、あろうことかビィを紙の箱に閉じこめてしまった。 セリカの手は紙箱を掴んだだけだ。 「ちょっ、何を?」 その問いに答えるのは、奇兵衛の謎めいた笑みだけだった。人ならざる男は、ふわりと後方へ飛びのき走り去る。 慌てて紙箱を開くセリカ。彼女が、からっぽの中身を確認すると同時に声があがる。 「へへーん、こっちだよ」 奇兵衛の肩の上で手を振るビィ。 「もうっ!」 「がんばってね~。メリークリスマス」 慌てて追いかけるセリカをリーリスは涼しい顔で見送った。集まった人たちからこっそり精気を分けてもらい、幸せそうにくすくすと笑いながら。 * その頃、ようやく準備が整ったサンタクロースがターミナルに現れた。 発明家のバレンフォールである。 自らの企画が“わめく妖精”という副産物を生み出したことは露知らず、彼は伝統的な赤い衣装に身を包み、リヤカーを引きながら相手を見つけ贈り物を渡していった。 「何? プレゼント?」 きょとんと発明家を見るのはリュエールだ。本日は女性体をとった彼女(?)は、もらったプレゼントに不意を突かれていた。 中身は某有名店の数量限定手作りハンドバッグだった。目を丸くするリュエール。これは色も形も、まさに自分が欲しかったものだったからだ。 「これは……どうしても手に入らなくて、諦めていたんだが良く手に入ったな」 感心しながらバッグを開けたり縫い目を見たりしている彼女の脇を、バレンフォールはおうとか言いながら恥ずかしそうに通り過ぎていく。 「旦那、どうしたでやんす? そんな格好して」 次に出会ったのは旧校舎のアイドル・ススムくんだ。 「ん? まあ、いろいろあんだよ。お前らにはホレ、これだ」 と手渡された大きな包みを開けてみれば、お揃いの戦隊スーツがいくつもいくつも……合計千体分も入っている。 「こ、これはっ……、旦那がそんなにわっちらススム戦隊の雄姿を見たいと思っていたとは……くぅぅ」 あれよあれよと集まってきたススムくんは、250体にまで膨れ上がり老人を取り囲んで男泣きに感動を味わう。 「分かったでやんす、一刻も早いわっちらの増産と旦那のお手伝いをさせていただきやす」 彼らはばらばらと街中に散らばっていった。イチゴ味心臓をまち散らしながら、プレゼントを受けとるものたちを探すのだ。 「メリー・クリスマスでや~んす!」 「わあっ! サンタだ!」 ススムくんたちの声を聞き、キャアキャアと子供たちが寄ってくる。 アルウィン・ランズウィックと兎の二人は、彼を本物のサンタだと思い込んでいた。キラキラとした目で見られバレンフォールは息を呑む。違げぇよ、というひと言を飲み込んで。 「お前、昨年にも会ったじゃねえか」 と、アルウィンに重そうな包み、兎には軽そうな包みを渡す。 「ソリだ!」 「あっ、抱き枕じゃないですか!」 二人は声を上げプレゼントに目を丸くした。 小さな狼少女は、大人も乗れるソリをもらった。キャスターを取り外して雪の無い所でも使用できるものだ。同居人達と遊べるし、荷物も運べてお手伝いできる。 若き超能力使いが高く持ち上げて見せたのは、胴体の長い兎の形をした抱き枕だった。売り切れてしまったはずなのに、どういうわけかそれはそこにあった。 二人は手を取り合い、飛び上がるように喜ぶ。 「ごくろーさんま、です!」 バレンフォールをハグして頬にキスするアルウィン。彼女は手持ちのビスケットと温めた牛乳を水筒ごと老人に手渡す。 兎はクッキーの入った小さなフクロウをサンタにプレゼントした。 「サンタさんにプレゼントです。お世話になってる人と作ったので、味は大丈夫だと思います!」 「おう……何だか悪りぃな」 さしものサンタも嬉しそうだ。 そんなわけで。即席サンタは子供にプレゼントを渡すが、大人にはオトナなプレゼントを渡すわけで……。 老人はカフェで食事をしていた楽団員の有馬春臣を見つけ、ひょいとプレゼントを渡す。 面食らうものの、春臣は中身を開けてさらに驚愕した。写真集のようなそれには彼の求める“女性の美”があったからだ。 思わずパッと本を閉じて、周りをきょろきょろと見回し、もう一度そっと開く。 「どーよ?」 「実に……実に素晴らしい。大変結構な物を頂き、心から感謝する」 御礼もそこそこに、目を爛々と輝かせ、そっと写真集を開く春臣。発明家は頷き、彼の肩をぽんぽんと叩いた。秘密にしといてやるからな、と囁いて。 「ところでよ……あんたのシャツ欲しがってる奴がいるんだが、くれないか?」 一方、女の脚の写真集を熱心に見ている男の隣りで、川原撫子も驚愕に身を震わせていた。 目の前にあるものは幻ではないか? そうも思えてくる。 「これはっ、……さんのブロマイドと満漢全席じゃないですかぁ☆ 死ぬ前に1度、……さんをじっくり眺めながら、心ゆくまで満漢全席堪能したいって……なんで、なんで知ってるんですかぁ!?」 テーブルにところ狭しと並べられた料理の数々、真ん中には額に入れた某氏の写真。 人前で名前を呼ばない理性だけは持ち合わせていたが、撫子は感激のあまりバレンフォールを熱烈にハグした。これは狼少女のハグより数倍強力で、老人は青白い顔でグェッと感激とも悲鳴ともつかない声を上げて気絶した。 * その近くに、我らがシェイムレス・ビィが迫っていた。 追っ手から逃げ切り出会ったのは、陰気な着物姿の男──業塵だ。すかさずビィは彼を指差した。 「ねえみんな、あいつってばアレアレ……あの足がいっぱいある虫、なんだっけ? アレに変身──」 ビィに、どこからともなく大量の虫が集まりワッと襲いかかった。真っ黒になるほど虫にたかられ、ギャーと悲鳴が上がる。 それは大百足だ、と心の中で業塵。彼は本来力の強い妖怪なのだが、神やら何やら居るしバレると後が面倒なので、それを黙っているだけのことなのだ。 ボロボロになったビィが地面を這いながら脱出してくると、業塵は大妖怪オーラをチラリズムさせて妖精を睨んだ。 ひっ、息を呑んで逃げ出すビィ。しかし少し離れると振り返り、彼女は叫んだ。 「あいつの持ってる酒、人間の味がするんだってー!」 その捨て台詞を聞いた人々はドン引きするが、当の業塵は微笑んだ。 「その話なれば、よい」 にやにやする業塵とすれ違ったのは、肉饅を買い込んだニコル・メイブだ。いつもの花嫁姿の彼女は前から歩いてくるのが武道家のツァイレンだと気付く。 「やあ、ニコル。君を探してたんだ」 と、渡されたのはプレゼント。ジンジャークッキーだよ、と言葉が添えられる。 「やだ……ありがと」 嬉しそうにニコルが微笑んだ時。頭上に災厄が飛来した。 「ニコル・メイブって女知ってるー? あいつ、あの難しい名前の道場あるでしょ、あそこに──」 タタンッ! ビィの言葉を引き継いだのは二発の銃声だ。ニコルが二丁の拳銃をいきなり抜き撃ったのだ。 「? もしかして翠円門のこと?」 「わーわーわー!」 弾が命中しコロッと逝っていたビィが、むくりと起き上がる。存在自体が不思議そのものである彼女は、時間が経てば衣装も含めて元通りだ。 「婚約者がいるくせに!」 「うるさい! 黙らせてやる!」 ニコルが銃を構えるとビィは一目散に逃げ出す。 「手伝うよ」 「えっ、それはダメッ!」 ツァイレンがそう言うと、ニコルは赤面で固辞するのだった。 「でさー、コタロ・ムラタナって奴いるじゃんさー」 さらにさらに、ビィの口は止まらない。 「アイツああ見えて少女漫画大好きなオトメンで最近のお気に入りは“クロミツとオオバコ”ってのらしいんだけど最近リアルに告白されてから読んでると物凄く恥ずかしくてベッドに顔突っ込んで足バタバタさせちゃうから続きが読めないんだってちなみにお相手はぁー……」 ビィの背後に黒い影がゆらりと立ち上がった。フル装備殺気満載覚悟完了のご当人である。 ビシュッ、ドガッ! ザクッ、グチャッ! 今まで妖精がいた場所にボウガンの矢が雨あられと降り注ぐ。その流れ弾の一つがカフェの窓枠にグサリと刺さる。 「あれ?」 中には満漢全席+αを満喫中の撫子がいた。彼女は外に見知った影を見て立ち上がる。 ……と思ったら気のせいだったようだ。オトメンは顔を両手で覆いながらキャーと逃げ出した後で、妖精の姿も消えていた。 * 「みみ、みーみみみ、みみ!」 「こらっ待ちなさい!」 ビィを見つけたセリカは追跡を再開していた。あの秘密を守るためにも妖精を放っておけないのだ。 「挟み撃ちにしようよ」 同じくニコルもビィを追いかけていた。彼女たちは協力プレイは思いついたものの、妖精の近くだからこそ秘密をばらされるのだということには思い至らない。 ビィは素早くトラムの下をくぐって追跡の目を逃れ、上へと飛んだ。花屋の屋根を越えて姿を隠そうとする。 そこで屋根の上で寝ていた少女とぶつかりそうになった。 「どいて!」 「? 妖精さんこんにちわなのですゼロはゼロなのですー」 シーアールシーゼロである。ビィは不幸なことに彼女の秘密を思い出せなかったので、挨拶代わりに自分がいかに重要な任務についているかを早口でまくしたてた。 「え? ターミナル中に伝えなければならない重要なことがあるのです? ゼロも協力するのです」 そしてわずか数秒後。 セリカとニコルが追いついた時には、そこには異様な空間が広がっていた。 巨大化した傘に靴、りんごにメロンパンなど様々なものが道を阻んでいたのだ。中心には小さな妖精が大きな拡声器の前に陣取っている。 ビィは待ち構えたように、ニコルを指差した。 「あいつさー、もし帰れなかったらあの道場に居付いちゃおうとか思ってるらしいよー!」 大音量で秘密を暴露され、花嫁の顔が一瞬に真っ赤になった。幸いにも居合わせた者にしか秘密の意味は分からなかったが、ニコルは顔を両手で覆いながらキャーと走り去っていった。 「グラウゼ・シオンってさ、ハローズのでゲットした、白いワンピースのテディベアを抱っこしないと寝れないんだってー! マジカッコ悪いよねー」 そして次々に暴露されていく秘密。満足そうにうなづくゼロの脇で、頭を抱える男が一人。 「なんで知ってるんだー!」 「? 大丈夫か?」 通りかかったハクア・クロスフォードは、ごろごろとのたうち回る司書の姿を無表情で眺める。 彼は同居している少女へのプレゼントを考えていたところ、道端のサンタからちょうど良いものをもらった帰りだった。 手足の長いカエルの親子のぬいぐるみである。大きくて緑色のそれにリボンをかけようと、彼は淡々と店を探している。 やめてーと言いながら走り去る晶介や、どたどた走ってきたススムくんたちとすれ違う。背後ではビィが巨大化したリンゴを操り、それはもう大変な状況だ。 「……ここだな」 しかしあくまでマイペースなハクア。喧騒をものともせず、彼とカエルの親子はハローズに消えていった。 そして一進一退の様相を見せていた要塞の戦況が動いた。 仕返し組の文乃と劉が戦線に復帰したからだ。 防衛側はビイを中心に、メロンパンを食べているゼロと、面白がって加わった奇兵衛のみ。だがゼロが戦友に、これ美味しいから食べてみるのですーとメロンパンをおすそ分けしている間に、本丸が討たれていた。 「このチビめ」 とうとうビィはぐるぐる巻きに縛られ、口にガムテープをべったりと貼られてしまった。 フガフガと喚いているがそれはもう意味を成していない──。 * 「騒いでるやつがいるなあ」 一方、要塞の攻防戦の脇でバレンフォールはせっせとプレゼントを配り続けていた。 「えっ? えっ?」 贈り物を渡された吉備サクラは包みを開けてびっくり仰天する。 彼女はいろいろと妄想していた。大学に入ったらあの人に告白しようと思っていて服飾美術学科の方にも行きたいなと思っていて受験に合格したらワインレッドの毛糸を買ってセーター編んであの人にプレゼントしたいな、と。 で、包みの中には服飾美術学科の二次募集の要項とワインレッドの毛糸が入っていたのだ。 「凄いです! 博士天才です、エスパーです! どうして……どうして分かったんです? ありがとうございます、頑張ります」 「まあ何だいろいろとな。ちなみにおれは博士じゃねえ技術屋だ」 「まったくだ、エスパー過ぎるな」 隣りで感嘆の声をもらすのはエイブラム・レイセン。もらったプレゼントの中から様々な玩具……それもオトナなものを次々と取り出してみせる。 「△★%に、$□#■×だろー。あっ、これ◆@#¶じゃねーの?」 アイテムを見て、サクラはキャーと両手で顔を覆うものの……どこか嬉しそうに逃げ去っていった。 エイブラムは玩具を手に、惜しそうに彼女を見送るとサンタに視線を戻した。 じっと見る。じっくり見る。にや、と笑う。 「お、おい、ちょっと何その目つき、まさか……!」 ひええっと悲鳴を上げて逃げ出すバレンフォール。それと一仕事終えた文乃がすれ違った。パンパンと手の埃を払いながら。 この頃になって彼女は気付いていた。どうも秘密を暴露される者と、サンタにプレゼント──それもドンピシャなものをもらっている者がいるらしい。 「あら、あなたも何かもらったんですの?」 道端に肩を揺らせてうずくまっている者を見つけ、彼女は声を掛けた。 振り返ったのは隻腕の軍人のヌマブチだ。彼の片腕にはDVDボックスがしっかりと抱えられている。 「『ウルトラ魔法大戦MPサーガTHE FINAL JUDGEMENT』のDVD/BDボックス」でありますよ」 なぜか無表情で軍人は饒舌に語る。「いやー、某そのとき旅団側だったし、手持ちも世界樹の実しかなかったしでどう考えても間違いなく絶対に微塵も協力してない筈なんだが、このプレゼントがあまりに魅力的すぎて言い出せず大人しく受け取っちゃったでありますてへぺろ。ちなみに一押しは四巻十二話……」 文乃は彼をグーで殴った。 * 「よっ、爺さん」 「うぉっ! ……なんだお前か」 変態から逃げ出し物陰に隠れていたバレンフォールは呼ばれてビクッとした。が、相手が坂上健だと気付き、胸をなでおろす。 健はにこにこしながら彼に大きな包みを押し付けた。 「爺さんまた今年もサンタやってるって聞いたからさ、俺からのプレゼント。たまにゃ爺さんだって貰わないとさ。また面白い発明待ってるぜ」 目をぱちぱちやりながらバレンフォールは包みを開いた。 中にあったのは、手作りの羊の縫いぐるみと、プラスチックで出来たあの──あの羊毛エンジンの宇宙船だった。 じわ、と発明家の目じりに涙が浮かんだ。 「うう……あ、ありがとよ」 と、小さな声で礼を言う。 「悪りぃな、お前へのプレゼントでいいものが手配できなくてよ」 「そりゃそうだよ爺さん、気にすんな」 だってさ、と健は続ける。「俺の今一番欲しいのは彼女だからな……! 目指せKIRIN脱却ってさ……ううう」 喋ってるうちに健の目じりにも涙が浮かんでくる。年齢の離れた二人はポンポンとお互いの肩を叩き合う。 「お前さー、なんだその、あれだ。風呂でも入りに行こうや」 「うん」 何の脈絡もない誘いに、素直に応じる健。 「あ、バレンフォールさん。メリークリスマス!」 数分後、二人は銭湯オウミの前で知り合いと出くわした。女子高生の一一一だ。 「はい、これ。去年渡しそこねたプレゼント」 一からクッキーを受け取ると、気恥ずかしいのか発明家は礼を言い、お返しにと緑のバクのような縫いぐるみを取り出した。 「お前のはよく分かんなかったんだよ。これでもいいか」 そうかも、ですね。少し寂しそうにしながら縫いぐるみを受け取る一。パッと笑顔になり、「ちなみにこれ何ですかバッキーって書いてある……」 「知らね」 「そうですか……。んーそれはそうと二人とも、何か変ですよ今日」 彼女が事件のことを話し出すと、そこへ憤慨した様子の青海要が戻ってきた。彼女は立ち話をしている三人に愚痴をこぼす。 「知られたくない人だっているの! 個人情報保護法よね!」 彼女は妖精に気になる人の名前をばらされそうになり、どっりゃぁーとダイビング体当たりで阻止してきたところだった。 「秘密か、んー? もしかして」 バレンフォールは心当たりをつらつらと話し始めた。 「実はさ、こないだモフトピアでサンタのジジイを拾ってさ、それでさ……」 経緯をすっかり話し終え、「あのちっこいのが聞いてたのかな?」 「自白剤!?」 ふと気が付くと一と要が怖い顔で、発明家を睨んでいた。 「サンタを騙すなんて、なんて大人気ないことするの!」 「覚醒したての人に迷惑かけちゃいけません! バレンフォールさんの事も図書館の事も誤解されたらどうするんですか!」 「──話は聞かせていただきました!」 そこで突如、ミニスカサンタが現れた。サンタの弟子ミルカ・アハティアラである。 「わたしが配達のお手伝いをしますから、そのデイヴさんを放してもらえませんか? なんてったって、わたしサンタクロースですから、配達には自信あります!」 「お、おう。おれのガレージに居るよ」 突然の展開に、しどろもどろに答える発明家。 「分かりました。ではディヴさんを解放したらすぐ戻ります!」 「よし俺手伝うよ」 健とミルカはサンタ救出に走り去っていった。 * というわけで。 残されたバレンフォールは二人の少女にお説教を食らっていた。例の自白剤は没収され、しょぼんと頭を下げている。 そこへぐるぐる巻きにされた妖精を連れた一団が通りかかった。一と要が気付いて呼び止めていると、ぷはっ。ビィはようやく自力で口のガムテープを外していた。 「あーんあーんあーん! ひどいよ、みんながビィをいじめるよー!」 妖精は突然大声で泣き始めた。その泣き声の盛大さに、居合わせた面々は居心地が悪くなり顔を見合わせる。 そこへ無事に助け出されたデイヴ・ザ・サンタが健に付き添われてやってきた。 関係者がついに一堂に会す時がきたのだ。 「よし!」 すかさず一がバレンフォールの口に何かを押し込んだ。自白剤である。 「何を!?」 「ちゃんと皆さんに事情を説明して、それからディヴさんに謝るんです!」 「おれは別に何もしてな……くねえな。そいつを捕まえてそれから……」 さっそく自白剤の効果でぺらぺらと真相を喋りだすバレンフォール。怖い顔をする面々が増えていくのに、ツンデレを封印された発明家はゴメンナサイなどと口だけだ素直に謝っている。 「待ってみんな」 そこで要が声を上げた。「恩返しをしようって考えは、素敵だと思うわ。それに彼の発明のお陰で助かったんだし、ね? みんなもう許してあげようよ」 仕方ねえなあ……。劉がそうこぼすと、そうですよ、とミルカが大きな包みを手に前に進み出た。 「これ、そのビィちゃんにもあげようと思って用意したんですけど……」 ミルカは華麗に包みをはがしてみせる。 それは大きな大きなイチゴのホールケーキだった。 「みんなで食べましょうよ」 パァッと集まった皆の顔に笑顔が浮かぶ。食べる食べる! と必死に叫ぶ妖精に、ミルカはそっと人差し指を唇に当ててみせる。 「もう人が嫌がることしちゃ駄目よ?」 「うんしないしない! ビィ、ケーキ食べたい!」 「どうぞみんな、ウチで食べてって」 要は皆を銭湯の中へと案内していった。ちょっと寒い夜に、美味しいケーキと温かいお風呂なんて最高じゃないか。幸せそうに皆で顔を見合わせる。 「おう悪かったな」 「まあ代わりにやってもらったんでハイ」 簡単な言葉を交わし、最後にディヴはミルカに付き添われて銭湯の暖簾をくぐろうとした。 そこでふと気が付く。 道端にセクタンが一匹、放置されていたのだ。 あれは誰かのペットかなと、ディヴ。見れば、ぼーっとした表情とマヌケな顔に欲望はおろか知性すら見当たらない。 ああいった生き物(?)に、欲しいものなど存在するのだろうか? 欲しいもの── ──ッ!?!? 見つめていたディヴの顔が突然青ざめた。 彼は叫ぼうとして、ドサッ。思わず尻餅をつく。恐怖のあまり腰を抜かしたディヴは転がるように銭湯へと逃げ込んでいった。 そして。 無表情なセクタンの顔に、ほんの少しだけ、ニヤリ、と形容すべき歪みが宿ったのだった。 (了)
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